February 05, 2017

猪苗代のワルリ画に込められたストーリー 「炭焼きの話」

ただいま、WAF in 猪苗代〜プロローグ〜で描かれたワルリ画を通じ、猪苗代の文化を次世代に伝える本作りのためのクラウドファンディングに挑戦中です!
https://motion-gallery.net/projects/waf_in_inawashiro_prologue

下記、プロジェクトの内容を伝えるアップデート記事 vol. 8 (2月5日配信)をシェアします。
 
 
おじさま二人に炭焼きについて教えてもらいました!この動画、注目は音です!

猪苗代の地形は、平野が広がる湖側と磐梯高原と呼ばれる山側に分かれます。標高800mにある吾妻地区高森に在住の佐藤さんに案内していただき、炭焼きをしているところにお邪魔しました。

標高800mなだけあって、高森はほとんど山の中。昔は炭焼きをする家が多かったのですが、今では限られているそう。タイミングよく炭焼きをしていたおじさまたちは、途絶えていた炭焼きを10年ほど前から復活させたとのこと。稲の刈り取りが終わり、雪が降り始めるまでのわずかな期間を利用して炭を焼いています。詳しい人にやり方を教えてもらって、試行錯誤を繰り返し、今の形ができたそう。窯は、石と土でできています。

いろいろな話を聞かせていただいた古民家に必ずある囲炉裏。
「普通の家には、囲炉裏は一家に一つだけ。だから、家族がみんな集まってくる。家庭のマグマのようなものかもね」と、語り部の鈴木さん。燃料となるのは、炭です。

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山から薪を持ってくる人。高森には川も流れていて、魚も獲れます。
ちなみに、ワルリの村では頭に薪を乗せて運びます。


囲炉裏
囲炉裏を囲んで、家族団らん。

上の動画でも言っているように、金属音がするのがいい炭。

24時間、まる1日かけて焼きます。
窯の温度は1,000度以上。
窯には種類があって、使う樹木の種類によってもできあがる炭に特徴がでます。
ここで使われていたのは、主に楢の木。
炭焼き、かなり奥深そうです・・・!

ワルリの村では、落ちている枝などを集め、そのまま燃料にしますが、炭化したら長持ちさせることができて消費量を減らすことができるんじゃ・・・炭焼き窯、作ってみたいな・・・とokazuの想像が膨らみました(笑)

鈴木さんによると、「子どもの頃(昭和21年生まれなので、今から60年くらい前)、親が地中の窯から出した炭を運ばせられたんだけど、学校の前を通るのが恥ずかしかったんだよね。誰かに見られたらやだな〜とか思ってね。」ふむふむ、子ども心は今も昔もそんな単純じゃないですね。


それにしても、炭焼きには山と人との関係がよく表れているなと思いました。間伐することで山が健やかに保たれ、人には暖をもたらす。お互いを支え合っていることがよくわかります。灰も様々に使われていたことでしょう(灰の使われ方はもう少し調べてみたいです。ワルリの村では多様に使われます)。

パチパチと火が燃える音、窯から出す時のとてもきれいな音が耳に残っています。
そしてバーベキューをしたくなったのでした。

okazu

January 31, 2017

猪苗代のワルリ画に込められたストーリー「魚獲りと食べ方の話」

ただいま、WAF in 猪苗代〜プロローグ〜で描かれたワルリ画を通じ、猪苗代の文化を次世代に伝える本作りのためのクラウドファンディングに挑戦中です!
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下記、プロジェクトの内容を伝えるアップデート記事 vol. 7 (1月31日配信)をシェアします。

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「再び始めよう」に描かれた、網で魚を獲る人々


猪苗代湖は日本で4番目の広さを持つ美しい湖。僕も子ども時代、夏には海水浴ならぬ湖水浴に、冬には白鳥を見によく行っていました。当時の写真に写る若い頃の親と、子どもの自分を見ると、郡山に暮らす人にとっても身近な存在だということを思います。明治時代の中頃にできた安積疏水を通って、猪苗代の水が郡山に運ばれている、という直接的な関わりも含めて。


TusharMayurHarshad3人が猪苗代に着いた初日、猪苗代湖の志田浜へ行きました。湖水を手のひらに乗せ、祈るようなしぐさで「はぁ、いいところだねぇ」としみじみと言う姿を見て、「なんだかうまくいきそうだ」と見通しが開けた気がしました。


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着いた日はとても良い天気で、湖面も穏やか。どこまでも水面が広がっていました。

翌日、晴天で強い風が吹く朝、遊覧船・「はくちょう丸」と「かめ丸」が出港する長浜でコイや小さな魚たちを見ました。冷たい風に「寒いー!」と言いながら、生き物たちとの出会いを喜んでいました。猪苗代のワルリ画には、猪苗代湖と水辺の様子が描かれています。目を凝らして見つめれば見つめるほど、多種多様な水棲生物が描かれているのがわかります。魚獲りをする人々も。それらが生き生きとしているのは、自分たちも村で魚獲りに勤しむからです。彼らは魚獲りについて話し出すと、止まらなくなります(笑)

(アップデートno1に写真があります!https://motion-gallery.net/projects/waf_in_inawash...)

猪苗代の人々と水辺の生き物たちの関わりを初めて聞いたのは、小桧山六郎さんのお話でした。「野口英世のお母さん、野口シカさんは、よくエビ獲りをしていたんです。シカさんが獲っていたのは、エビが静かな夜明け前にだったそうです。薄暗い中で作業する姿が、『猪苗代湖には化け物がいる』なんて噂になったこともあったそうですが(笑)エビを獲りの簡単な方法は、杉の葉を入れておくことなんです。そうすると、卵を産みにやってくるエビを獲ることができます。同じように、フナやコイも岸辺にやってきたところが狙い目なんです。ちょっと、残酷なようでもありますが・・・海から遠い猪苗代の人々にとって、貴重なたんぱく源だったんです」 


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水中の生き物たち。真ん中にいるのはエビです。

ほかにも、ドジョウやアカハラと呼ばれるハヤの一種など、食用にしていた水棲生物は多いそう。

食べ方も様々。背開きにして、はらわたをとって、串にさして、焼いて保存食にしておいたり。
(ちなみに、焼くのは、「すずめ焼き」と呼ばれます。すずめもそうやって保存していたそう)

それに、あまじょっぱい煮付け、燻製も保存の方法。

産卵時期のおおきなフナは、二晩くらいコトコト煮込んで骨まで食べられる味噌煮に。

鯉は、鯉こくにしたり、刺身を熱いお湯にくぐらせて酢味噌で。鯉のうまにもグー。

ぶつ切りにした鯉と、はらわたをいれてあまじょっぱく仕上げたり。

気になるエビは、天ぷらに。もしくは、味噌汁にいれてもおいしい。

八つ目ウナギも。でも、最近はみなくなったそう。なまずも、食べられます。

アカハラは天ぷらにするのがおいしい。


30年前、小桧山さんが野口英世記念館で勤め始めた頃に同僚に連れて行ってもらった小川では、産卵時期で遡上する魚を手づかみでとれるほど豊かだったそうです。

でも、最近は湖に注ぐ小川がコンクリートで固められ、水辺の生態が変わり、水棲生物はガクッといなくなってしまったそう。唯一、家の近くに、50m100mくらい岸が土のままで残っている名もない川があって、そこには水辺の生態が保たれているそうです。

「孫が郡山市に住んでいるんだけど、こっちにくると目を輝かせてその小川で遊ぶんだよね。小学4年生の女の子と小学1年生の男の子なんだけど、特に上の子の方は家でつくっている堆肥にいるミミズにも平気で触るし、虫が好き。ご飯の時は、だれよりも先に手をつける(笑)でも、好き嫌いは一つもないんだ」

そう話す小桧山さんは、とても嬉しそうでした。

そして、そんな風に遊べる子どもたちがうらやましく思えました。

okazu 



January 28, 2017

猪苗代のワルリ画に込められたストーリー「語り部の話」

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猪苗代に来ています。
猪苗代の方々に聞いた話をもとに描かれた「猪苗代のワルリ画」の絵本を作るにあたって、絵に込められた話を再度、物語の形に解きほぐそうとしています。

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ワルリアーティストたちに語っている鈴木さん 協力:会津民俗館(猪苗代町)

猪苗代の取材をする中、昔の暮らしや、民話、今の猪苗代や会津にも伝わる風習などを語ってくださった、鈴木清貴さん。昭和21年生まれの鈴木さんは、子ども時代に農作業の相棒だった牛や馬の世話をしていた最後の世代。ご退職後、語り部として、子どもたちに自身の子ども時代の遊びや、経験を伝えて、研究した風土史をまとめる活動を続けてきた背景には、こんな思いがあったそうです。

「郷土愛とはどこから来るのか」
その問いに真剣に向き合い、子どもたちが外へ出て行ったときに、「地元にはこんな話が伝わっている」「自分は体験していないけど、じいちゃん、ばあちゃんはこんなことを話していた」と、相手に伝える話を携えられるように、と積極的に活動を続けてきたそうです。

ワルリアーティストたちにとって子どもたちに「語り継いでいる」という行為は、とても感動的だったそうです。

「自分たちも、ワルリ族としてのアイデンティティの拠り所になっているのは、おじいさん、おばあさんから聞いた話や子ども時代に見て、聞いて、体験したこと。テレビや色々な楽しみが村に入ってきて、祭りに参加する子どもの数も前よりも減っているけれど、おじいさん、おばあさんが営んできた暮らしの形は、今もかろうじて残っている。自分たちはそれを大切に残し、次へとつないでいきたいと思っている」

だから、2枚目に描かれた「再び始めよう」には、大人が子どもたちに話を聞かせているシーンが描かれています。(一番上の写真)

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猪苗代の昔を伝える豆本の裏表紙の写真は、牛の世話をする子ども時代の鈴木さん。


鈴木さんは、20代の頃に心に決めたことがあったそうです。
「どんな人とでも話せる人間になろう」

この言葉には、色々な意味合いが込められています。誰とでも分け隔てなく接するということはもちろん、どんな立場の人とでも、どんな場でも物怖じしない、毅然とした態度ととる、ということ。それはつまり、自分の頭で物事を考え、見通しを持ち、意見を携えるということ。

鈴木さんから聞かせていただいたたくさんのお話。このアップデートでも書いていきますし、絵本の中にも登場させます。

お楽しみに!

okazu 


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January 23, 2017

猪苗代のワルリ画に込められたストーリー「雪の話」

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かんじきを履いてそりと雪の上をゆく人々

WAF in 猪苗代〜プロローグ〜でつながった猪苗代の方々のfacebookなどを見ると、今の時期の猪苗代の子たちは頑張って雪の中、学校に通っているそうです。通学路は子どもたちがすべてから解放される遊び場。寒い中にも楽しいものがたくさんあるでしょう。僕も、小学生の時に雪に飛び込んだら長くつがはまって足が抜けなくなってしまい、大人に助けられたことが何度かありました(笑)

ワルリアーティスト3人が聞かせてもらった中で、一番多かったのは雪についての話かもしれません。ワルリ画は、見当がつかないほど昔からワルリ族、主に結婚した女性たちによって引き継がれてきた壁画です。1970年代・約40年前にインド政府の役人によりその芸術性を見出され、キャンバス地に描かれた「作品」として少しずつ世の中に出回り始めました。以降、誕生してきたワルリ画多しと言えども、雪の上をゆく人々の足元に「かんじき」が描かれたのは、おそらく史上初でしょう。

彼ら3人がかんじきを見たのは、野口英世の生家を再現した建物の中でした。猪苗代町・翁島には、「野口英世記念館」があります。1000円札に肖像が描かれている野口英世は、この地域の出身です。リサーチ期間中、記念館の副理事長や、元学芸員の方から様々なお話を聞かせていただきました。元学芸員の小桧山さんが語ってくださったのは、野口が英世と名乗る前、「清作」として猪苗代で暮らしていた当時の様子でした。

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当時の暮らしを小桧山さんに解説してもらっている。ワルリの村には草履はないが、ヤシの木の葉っぱで編んだゴザやホウキがある

その頃の子どもたちは、寒い時には薪割り、縄をなうためのわらを柔らかくする作業などをやらされました。体を動かして暖まり、火のそばにはあまりこなかったそうです。というより、火のそばにいると大人から「寒いんだったら身体動かしてきなさい!」と手伝いをさせられたそうな。だから、火のそばに行かないで子どもたちで遊んでいるのがベターだったそうです。

当時の猪苗代湖には魚が今よりも多くいて、子どもたちが楽しんでいたのは魚釣り。川に遡上する魚が狙い目だったそう。その魚や、とりもちや網で捕まえた小鳥、木の実などをおやつにしていました。罠には他にも種類があって、馬の尻尾の毛を輪っかにして鳥の足を引っ掛けたり、米をまいてそれを食べに来たスズメをザルとつっかえ棒で捕まえる罠も。自分たちの村にある罠と照らし合わせて、「日本もそうだったのか〜」と笑いながら頷くワルリアーティスト3人。

教育を受ける子どもたちが少なかった当時、猪苗代で高等学校に通っていたのは清作と1人の友人だけでした。6km離れた学校に徒歩で通っていましたが、冬は、道が雪に覆われます。車も走っていないので、ザクザクと雪を踏み分けて学校へ。その足跡も、帰る頃には地吹雪で元どおり・・・。アメリカで研究に励む英世が恩師に送った手紙には、猪苗代の冬で培われた忍耐力が研究の支えになっています、と書かれていたそうです。時代は移り変わり、雪の量はかなり減っている、とのこと。けれども、雪は昔から猪苗代の子たちを強く育んできたのでしょう。

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翁島の長照寺さん(野口英世の菩提寺)で詳しく話を聞く。

清作はこの絵に登場しませんが、かんじきを履いて雪を行く人はこういう話からイメージされた気がします。この人たち、実は、山からそりで炭を運んできているのです。炭焼きの話は、また次回。

okazu



January 20, 2017

ワルリ〜猪苗代〜ラダック@玉川大学、学生たちの発表

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下記、プロジェクトの内容を伝えるアップデート記事 vol. 4をシェアします

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WAF2016の招聘アーティスト、ツツミエミコさんと高橋愛先生に招いていただいて、玉川大学の博物館教育論でレクチャーをさせていただいた。

昨年10月に一度、WAPの概要を映像を交えながら聞いてもらっていた。
このとき授業に集まっている大学2〜4年生にとって、
おかずくんの存在は、大きかった。

卒業後就職活動をせずにインドへ渡り、教育支援、コミュニティ創出のアートプロジェクトを立ち上げ、なんの後ろ盾もなく、現地に住みながら踏ん張っている人が、映像でも幽霊でもなくそこに出現したことは、なんともびっくりなことだったに違いない。

どの大学でもそうだけど、ふだんあまり質問が出ない大学の授業なのに、複数の手がぱぱっと上がったことに高橋さんもツツミさんも驚いていた。
授業の後も、話に来た学生がたくさんいた。

その後、ツツミエミコさんが提案した課題は、
「わふフェスで封筒の家を開催するとしたら、どんな形態にするか、自分たちがキュレーターとなり、プレゼンテーションしてください」
というものだった。

そして、1月17日に向けて、4人で一つのグループになった学生たちが、一斉に取り組み始めた。

そんなさなかに、授業はないけど、一つの質問をみんなでシェアしてもらえるよう、「ウォールアートプロジェクトQ&A」というブログを立ち上げたのだった。

http://wallartproject-qa.blog.jp

このことは、これまでひとつの事柄についてじっくり解説する場を持たなかった私たちにとっても一つの成果だったと思う。このブログはこれからも細くでもいいから長く続けて行きたいと思っている。

全部で9グループの発表があった。
どのグループもウォールアートプロジェクトとは何なのか。
わふフェスとは?
そして封筒の家とは?
ということにじっくりと取り組んでいた。

あるグループは、
「ラダックで行なうアースアートプロジェクトで封筒の家を開催する」という提案をした。
端的に「その土地の魅力に気づいて伝えていく」プロジェクトとして位置づけ、
お互いを伝えあうチャンスを作るのだという。
このプロジェクトをとてもよく理解してくれてのプレゼンだと思った。

そして成果は「大切なときに助け合える」ということ。
そのことこそ、まさに私たちが考えていることだ。
お互いを知ることが、どんなに未来を心強いものにしてくれるか。
あふれるほどの未来を持っている彼らは、そのことを人一倍、敏感に感じ取っている。

また、WAFのプロローグを開催した猪苗代に興味津々で、猪苗代の小学校や施設で開催しようというグループも多かった。

衣食住を通してその違いを理解する。
「夢」を交換する。
みんなでアート制作に取り組む。
いっしょに土に触る。
どのグループにもさまざまなこだわりの片鱗があった。

いいことだなぁ。
けど、もっともっとこだわっていってみて欲しいと思う。
日本の文化を伝えたいのなら、折り紙もいい。
適切なものをネット情報や論文で見つけるのもいいけれど、あなた自身が立っているそこからはじめてみてほしいのだ。
生まれた場所。
親、おじいちゃん、おばあちゃん。
そこに何があったのか、自分のルーツを掘り下げて、宝物をみつけてみてほしいと思う。

それは私たちがワルリ族の青年たちの姿から学んだことだ。

未来への視点、社会への視点をバックグラウンドとして持っている学生が多いことも嬉しかった。
これはとても大切なことだと思う。
今私たちがここでこのように過ごしている間に地球の裏側で何が起きているのか。
私たちのふつうの営みが未来にどんな影響をもたらすのか。
この先、あなたたちがどんなプロジェクトに携わっても、どんな仕事についても、その視点を忘れなければ、きっとこの世界はそれほどひどいことにならない。

そんなふうに思えた日だった。

ウォールアートプロジェクト代表
おおくにあきこのブログ「salad party」より転載
http://bluebearmagazine.blog.jp/archives/65914529.html



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January 18, 2017

猪苗代のワルリ画に込められたストーリー「マタギの話」

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下記、プロジェクトの内容を伝えるアップデート記事 vol. 3をシェアします

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この写真は、猪苗代のワルリ画の一部を切り取ったものです。注意深く見てみてください。

何の場面に見えますか?

丸と三角と線で描かれているのが、人々。

彼らが歩いているのは森の中。

木の上や川の中、岩の間にさまざまな動植物がいます。

ひとびとが担いでいるのは、クマです。

猪苗代には、マタギの家系のひとたちが住んでいます。

「僕が子どもの頃、ナイフ一本持たされて、森で生活してみなさいと育てられたんです。山の中で遊んでいました。そんな風に育ってきたのは、おそらく自分が最後の世代でしょうね。むしろ、最後の一人かも」

猪苗代で自分とあまり年の変わらない、30代半ばのSさんにこの話を聞いた時、すごい人に出会ってしまった、と僕の目はきっとキラキラしていたことだと思う。マタギの家系で、そんな経験を持っている人がいるなんて・・・。

ワルリアーティストの3人が猪苗代にやってきて二日目の夜。そのSさんの親類の方の家で鍋を囲みながら、猪苗代の山の暮らしを教えてもらいました。

人間と山で暮らす動物たちの関係性の昔と今。

生活の糧として必要な量の動物を狩って恵みに感謝していた話。

山の奥にある大きな木々が切り倒されてしまって山で暮らす動物たちの生活範囲が変化し、人里にやってくるようになった話。

今でも50代から60代の人は銃を片手に山へ入り、狩りをすることがあるそうです。

ワルリ族の村では子ども時代からジャングルでパチンコや罠で獲物を狩ることが糧を得るための生活の一部です。「気配を殺すこと。待つこと。風を読むこと。鳥の動きを見定め石の軌道と合わせること。」ワルリアーティストの3人は狩りをするために必要なものは何か、と尋ねられてこう答えました。そして、必要以上の獲物は狩らないです、とも。

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ワルリ族のパチンコ。イムリーという木に登り、手頃なY字の枝を見つけ、皮を剥いで加工。石を乗せる部分は竹の枝を使って編みます。

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狙い、よーし!


今回作ろうとしているのは、Sさんたちや他の方々に聞いた猪苗代の話から生まれたワルリ画と文が合わさった、小さな子どもたちもわかりやすく読める本です。
この本を通じて、猪苗代で培われてきた独自の文化を子どもたちに伝えていきたいと思っています。身近にあるからこそあまり見えていないものが見えたらいいな。自分の住んでいる土地の新しい扉が開いたら、と願って。

okazu



January 16, 2017

1.16 WAP実行委員会


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2017年。

今年はウォールアートプロジェクトにとってどんな年になるでしょうか。

今年は「日印文化協定」発効60年、日印友好交流年。

そんな年についについに!!

ウォールアートプロジェクトメンバーによるインドの現地法人「ART+BLUE Foundation」(アートプラスブルーファンデーション)の登記が完了しましたことをここに報告します!

理事長はおおくにあきこ、浜尾和徳、ワルリ画家のラジェーシュ・バンガードです。

最初に登記に動き始めて実に1年半の道のりでした。この財団は、インドでさまざまな文化的な取り組みを進める礎になります。

そして今年は、夏に3年振りのアースアートプロジェクト in ラダック。招聘アーティストに2年振りの淺井裕介氏。

そして9月にはワルリの村で第二回目の森会議を予定しています。

これらプロジェクトの公開も間もなくです!


さて、今回は、今年最初の実行委員会の内容をシェアさせていただこうと思います。今後もプロジェクトの動きをお伝えして、多くのみなさんに関わっていただけたらいいな、と思っていますので、どうぞ、よろしくお願いします。

※1月16日WAP実行委員会 参加者 夏目知道・酒匂克之・橋本淳司・おおくにあきこ・浜尾和徳


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1) わふのこ新聞ができました。

Web上での発信ではなく、人の手から手へ。そんな関係を復活させられたらいいな、という想いから、小さな新聞を作り始めました。まずは創刊0号。手渡したみなさんからは「へー、なんかいいね、こういうの」という、手触りを楽しんでいるような感想をいただき、

「ふふふ」な編集部です。

編集部員はもちろん、置いてくださる方、配ってくださる方を募集しています。遠くでも郵便やデータのやりとりなどで参加できるので、新聞作りに興味ある方はメールくださいませ。

info☆wafes.netへ。
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2) WAF in 猪苗代〜プロローグ〜のワルリ画を絵本に!

11月に開催したWAF in 猪苗代〜プロローグ。ワルリ族のアーティストたちが現地の人々のお話を元に描いた絵を用いて、土地の文化を子どもたちに残せるような絵本を作りたい! と志を抱いています。

現在、絵本作りのためのクラウドファンディングがスタートしています。

すでに多くのみなさんが情報シェアやファンディングで応援してくれています。でも、60万円という額は決して少額ではありません。

一人でも多くのみなさんの支援が必要です。どうぞ、よろしくお願い致します!

https://motion-gallery.net/projects/waf_in_inawashiro_prologue


3)4月ノコプロジェクト乾季のリサーチ編@ワルリの村について

水ジャーナリストであり、NPO法人ウォーターエイドジャパン理事長の橋本淳司さんを招いて進めるインド、ワルリ族の村におけるプロジェクトです。

雨季に続いて、乾季の水質調査をします。これは、ワルリ族の村で乾季の農業を実施するノコプロジェクトセカンドステージを進める上での大変重要なプロセスです。現在、雨季に大量に降る雨水を貯めて乾季に使えるようにする仕組みを考えています。そのための水質調査です。なるべく正確な結果を得るために、現地の人にノウハウを伝え、調査を継続できるようにします。

また、村人達はどのくらいの収益を上げれば、出稼ぎに行かなくてすむのか、農産物は何がよいのかなど、必要な情報のヒアリングを実施します。

4月の具体的な日程は未定ですが、上旬頃の1週間となる予定。日程が決まりましたら、自費渡航・滞在してお手伝いいただく若干名のノコボランティアスタッフを募集する予定です。

ノコボランティアスタッフに興味ある方は、ぜひ、ウォールアートプロジェクトまで連絡をください。

info☆wafes.net (☆を@に)


4)世界水の日「Water Literacy Open Forum6」に参加します。
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3)でお伝えしたノコプロジェクトに伴い、私たちが目指している雨水活用について発表します。水の大切さ、そして世界の水問題を知る重要なイベントです。ぜひ、ノコプロジェクトの応援にかけつけてください!

日時 2017年3月20日(日・祝日)12:50〜16:50(受付け開始12:30)

場所 国際基督教大学 国際会議場 

参加費 高校生・大学生無料、大人1000円(運営協力費として) 

WAP理事長・おおくにあきこのブログ salad party から転載 

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January 14, 2017

ノコプロジェクト説明会2@相生山徳林寺

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写真は、愛知県名古屋市にあるお寺、相生山徳林寺です。名古屋市内という都市部にありながら、蛍見られるほど豊かな自然を残す相生山の中腹にあります。

このお寺はとてもユニークな取り組みの拠点になっています。地域の人々が集まって宿坊をセルフビルドで建てていたり、アースオーブンがあったり、トイレ用水に雨水を活用したり、中国やベトナム、ネパールからの留学生がいたり。醤油や味噌を仕込むワークショップを開催していたり。境内を解放して、「つながりの朝市」という市も毎月開催されています。「ちゃんと向き合ってちゃんとつながる。つくるひとと食べるひと・使うひとが、のんびりじっくり話ができて、ちゃんと向き合いつながる朝市。」(https://www.facebook.com/徳林寺-つながりの朝市-2247194143580...)カフェもDIYでつくっているそうです。地域の人々の力が大結集している!そういう磁場を持ったお寺です。
(DIYで建てられた、宿坊・みんなの家)


(たくさんの人が集まって、おいしくご飯を食べながら色々なことが生まれているだろうことを物語るアースオーブン!)

この徳林寺にて、ノコプロジェクト説明会を開催しました。2015年の秋にはじめてお邪魔した徳林寺。2回目となる今回は、寒波で1年に一回あるかどうかのあいにくの雪。にもかかわらず、20人ほどの方々が足を運んでくれました。


(説明会開始前に、WAF with noco 2016の映像を上映。スイス人の二人も来てくれていました)

私たちにとって、WAFとnocoは、兄弟のようなものです。WAFが祝祭的なハレとするなら、nocoは、日常のケ。ウォールアートプロジェクトの両輪としてどちらも相互補完的に存在しています。

その中でも、”WAF in 猪苗代”は、両輪がかみ合ったものだったなぁ、と思うのです。nocoは、ワルリ族の人々の言葉で「もう十分です、ストップ」という意味。

自分たちの暮らしを見つめ、必要なものを取捨選択していく。そんなワルリ族の人々の姿勢に習い、つけた名前です。大事にしているのは、その土地にあるものを見つめる眼差しと、それらを土台にして未来をつくっていくこと。「古いものがいい」「伝統的な暮らしに戻るべき」というわけではなく、新しいものも適宜取り入れながら、大きなものに流されるのではない、自分たちの暮らしをつくっていこうという取り組みです。猪苗代のワルリ画、「Paripurna Jungle(パリプルナ ジャングル)〜十全な森」、「Chala Punha Surwat Karuya (チャラ プンハ シュルワット カルヤ)〜再び始めよう」には、その眼差しで見た猪苗代が表されています。(詳しくは次回のアップデートで!)

猪苗代で色々な方々から話を伺い、地域性を掘り下げていったこと、それをアートで表現したことは、ノコプロジェクトに興味を持ってきてくれた方々にとっても「参考になりました」と言ってもらえて、嬉しかったです。
(猪苗代のワルリ画のことを話しています)

以下、会の中で出た言葉のうちのいくつかを記します。(私が覚えている範囲なので、少し違っている部分もあるかもしれません・・・すみません!)

「自分の兄夫婦の子どもが、おじいちゃん、おばあちゃんが作っている野菜を食べないで、スーパーマーケットで売っているものを好んで食べている。自然にもっと触れてくれたら変わるのでは、と思い、積極的に野外へ連れ出すように誘っている」

「子どもも大人も遊びの時間をもっと大切にすることが必要なのでは」

「今の世の中、時間泥棒がいっぱいいる。気づくと、空いている時間に何かしなきゃと駆り立てられていて、ほんとうに何もしない時間がない」

「子どもたちの遊びの時間を大切に考えるなら、大人が遊びに夢中になっている姿を見せることも大事だと思う」

「通学路のような、大人たちに計画されていない場で好き勝手に遊べるのが子ども時代には大事なのかも」

「相生山を次世代のために残していきたいけれど、行政が主導していくと今の形は変わってしまいそう。でも、一体どうすればいいのかと迷っていたのだけれど、今日の話でヒントをつかめたような気がします」

「先日ここでエディブルシティの上映会なども開催したのだけど、なんとかしたいな、と考えて、動き出している人たちがあちこちにいるということに励まされる」

などなど、話はどんどん深まっていき、あっという間に終わりの時間がやってきました。雪で早めに名古屋を出なくてはならず・・・そうでなければ夜通しでも盛り上がっていたことでしょう。徳林寺に集う方々のその熱さたるや!

「このお寺は、いつでも開かれているから、誰が来ても大丈夫なんです」という和尚さんの懐の深い言葉に、磁場の発生源がある気がしました。

okazu



January 13, 2017

なぜ、インド?

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記事を読んでくださっている皆さま、

こんにちは!初めましての方も、ずっと応援してくださっている方もようこそ、このプロジェクトページへおいでくださいました。プレゼンページで、このウォールアートフェスティバル in 猪苗代〜プロローグ〜ドキュメンタリーBOOKについて、思いの丈を書かせていただきました、浜尾和徳(通称okazu*名前の真ん中に由来)です。

とりあえずこのプロジェクトを知ったものの、なんでインドなの?と、純粋な疑問を持っていらっしゃる方々もいらっしゃると思います。このアップデート記事で少しずつ分かっていってただけたら嬉しいです。報告会などでは、時系列を追って説明していくのですが、ここでは僕の私的な切り口から進めていきたいと思います。

インドへ初めて渡ったのは、2008年のことで、9年前になります。それから日本:インド=3:7くらい割合でウォールアートプロジェクトの現地コーディネーターとして活動しています。日本にいてのインドのイメージは色々とあると思うのですが、僕にとっては「面白い国」です。予想の遥か斜め上を行くことがたくさん起きます。よく、「『インドは「好き」になるか「嫌い」になるかのどちらか』っていいますよね」、という人に会います。僕はインドの色々なところを旅してヒンディ語でたくさんのインド人と話をしてきました。いい人もいれば、変な人もいるな、と思います。結局、人と人との関わり合いの話だなぁ、と。僕はインドの好きなところもあれば嫌いなところもあります。

でも、たくさんのことを学ばせてもらった、ということをお伝えしたいです。僕がいるのが主に田舎の村だからかもしれませんが、日本では見聞きしないこと、体験しないこと、様々なことが立ち現れてきます。そして、そこで生きている子どもたちが力強い!裸足で歩いていることが多いのも理由かもしれませんが、大地にきちんと足をつけている感じがします。なんというか、ガッツがある感じ。牛も一つ屋根の下で暮らしているし、餌を食べさせに行ったりと、日常で関わる自然が多いからかもしれません。
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3歳の女の子、アルティ。田植えに気合が入りすぎて、束ごと植えています(笑)


雨季はこんな感じです。これは、なかなか雨が降らなかった雨季序盤に、雨乞いの儀式をした翌日、朝からずっと雨が降った時の田んぼの様子です。


魚獲りの様子。魚もたくさんで入れ食い状態。


お昼前にとった魚は、ランチのフィッシュカレーになります。

今回猪苗代にやってきたワルリ族の青年たち、トゥシャールと、マユールとハルシャッドの3人もそうやって育ってきました。彼らの面白いところは、そういった自然に近い部分と、大都市ムンバイの大学に通っていた経験がうまい具合にバランスをとっていることです。どちらも生の経験として身体に宿し、自分の未来をどう描いて行こうか、と進み出している彼らの視点で猪苗代で絵を描いてほしいな、と思いました。「猪苗代”で”」というのは、そんな彼らの”姿”を子どもたちに見て欲しかったからです。もっと言えば、福島の他の地域の子どもたち、日本の他の地域の子どもたちにも見てほしいと思っています。こういう風に生きている人たちがいるっていうことを。
その、思ってもみなかった出会いが、思いもしなかった扉を開けてくれることを願って。
そして、僕たち、ウォールアートプロジェクトが好きなワルリ族の村や、インドを見てもらえたらいいなと思って。

それではまた次回。

okazu



January 12, 2017

「ウォールアートフェスティバル in 猪苗代〜プロローグ〜」のドキュメンタリーBOOK制作へ向けて、クラウドファンディングをスタートしました!

福島県猪苗代町で開催した「ウォールアートフェスティバル in 猪苗代〜プロローグ〜」のドキュメンタリーBOOK制作へ向けて、本日より、クラウドファンディングをスタートしました!

モーションギャラリーでの挑戦です。下記リンクからプロジェクトページへジャンプします。

https://motion-gallery.net/projects/waf_in_inawashiro_prologue
 
WAFでは、芸術祭を開催するだけで終わりにするのではなくて、その時に起きたこと、生まれたことをまとめ、発信するところまでを一つのサイクルにしています。

芸術祭を開催することが目的なのではなく、現地の人々と、制作中のアーティストとの触れ合いや、会話、一緒にお茶をしたり、食事したり、制作に向き合う後ろ姿だったり、そういう全ての中で生まれる化学反応が大切だからです。そして、それらを土台にして完成した作品に込められたものを、一人でも多くの方々に伝えていきたいです。そのために、人の手から手へと渡せる本、という媒体を選んでいます。


今回作る本の内容は、これまでのスタンスと少し変えて、猪苗代のワルリ画を描く上で聞き回った「猪苗代にまつわる話」を、彼らが描いた絵から逆に解きほぐしながら、文で綴れたら、と思っています。例えば、家の中で大人が子どもたちに話をしているシーンが描かれているのですが、猪苗代ではおじいさん、おばあさんがお話し上手だと、孫たちが惹きつけられ、その間に若夫婦が内職のわらじ編みに精を出すことができて、収入を得やすかった、というエピソードがあったりします。

他にも、クマを捕えるマタギ、村人を困らせる妖怪、米の収穫を祝う人々、カンジキを履いて雪上を行く人々。描かれたひとつひとつのモチーフに猪苗代の文化がギュッと込められているんです。

絵を解説するのではなくて、本を手に取った人たちが、絵から猪苗代に想いを馳せることができるような本にしたいな、と思っています。地域性をみつめ、さらに先に進んでいく指針を見つけるきっかけになってくれればな、と。


特に、子どもたちに、自分が暮らす土地でこれまでに紡がれてきた日々の営みを心のどこかに携えて、大きくなっていってほしいな、という願いを込めて本を作ります。

皆様の応援、どうぞよろしくお願いいたします!

okazu