July 2011

July 31, 2011

風の通り道

この暑い中、電気が来ないので、ブンブン風を送ってくれる扇風機もおとなしくしている。

なので、探すは「風の通り道」。

ドミトリーのあちこち歩き回って、 爽やかに風が吹き抜ける場所を探す。

いったん見つかればしめたもので、 そこに腰を落ち着ける。

すると、「次は、10万Rsへの挑戦です。インドの大統領は誰でしょう!?選択肢は次の4つ!」

と、クイズ番組のまねをする子どもに冷やかされる。

「体の穴の種類は何種類でしょう?」

やれやれと思いきや、今まで爽やかだった風が、勢いを増してきた。

待望の雨が降るかもしれない。

Okazu


July 29, 2011

水不足・・・



DSCN8879ニランジャナ川。


凧揚げが行われた場所にも草が生い茂っている。

6月半ばにかけて8日間連続で雨が降ったそうだが、それ以降はまとまった降水がなく、本来ならば水で潤っているはずの川も、見ての通り。

8日間降り続いた雨は、確かに恵みであった。

しかし、中には水はけの事情で、他の土地から水が流れ込み、水浸しになってしまった畑もある。

それまで順調に育っていたその畑の作物は壊滅的なダメージを受けた。

天候というのはままならない。

もちろんこれは世界共通のこと。この地域に限った問題じゃない。

でも、由々しき問題であるには変わりない。

例えば、牛乳の価格が上がっている。
水不足で収穫量が減った牛の飼料の価格が上昇。
十分な量のエサを食べることができない牛からの牛乳の採取量が減少。
価格の上昇のほかに、文字通り水増しされた、薄味の牛乳も出回っている。

野菜の価格も同様に上昇している。

米の田植えも行われているが、十分な水を確保できないため、すでに枯れ始めているところも。

ある農家では、貯蔵庫に蓄えてあるはずの
米ももうない。一昨年から続く雨不足のためだ。

一体どうすればいいのやらと、途方にくれてしまう。

Okazu

 


July 26, 2011

はじまりへ向けて・・・さっぱり!!

20日のブログで書いたとおり、おれの部屋は3ヶ月の間に荒れ放題になっていた。
まさかこんなにも荒れているとは夢にも思わないおれは、3ヶ月ぶりにドアを開けた瞬間、身も凍るような思いをしたのだった。

あまりの荒れっぷりにびびったおれは、とりあえずその場から離脱し、別の部屋へ避難した。
その後三日間、部屋から目を背けるため朝からスジャータ村に出かけたり、大学に行ったりして状況確認をしたり、ドミトリーの子達に被災地やWAF in Fukushimaの報告をしていた。

しかし、ついに4日目夜。SKYPEでakkoさんとミーティングをしているときに、「Okazu君、WAF2012に向けて新しい一歩を踏み出すために、まずはさっぱりすることからはじめようよ。そうじゃないと、お客さんを迎えられないし、精神衛生的にもよくないよ。Tシャツ3枚あれば、旅に出れるじゃない」という言葉に背中を押され、ついに重い腰を上げるに至ったのだった。それが先週金曜日。

日月曜と時間が取れず、今日、全てにカタをつけるつもりで、再びマスクと手袋、長袖長ズボンを装着し、意を決し、部屋へ突入した。

かなり誇張して書いているように思われるかもしれないが、鼻を刺す埃とカビのにおい、散乱するねずみのフンを前にしてひるまないほうがおかしい。

 いらないもの、使うわけにはいかないものをできる限り手際よく分けていく。
約1年10か月の歳月が詰まった部屋には、かなり物が溜まっていた。膿のように感じてしまう。長いこと連続して部屋の中にいるのは体に良くない気がした。機械になりきり、本当に必要な物だけを残していく。こんなものがあったな、と感傷に浸っている場合ではない。ダンシャリ、ダンシャリと呪文のように唱え作業を進めていく。

それでも、日々何かにつけて書き取っていたノートを見つけると、動きをとめて、ページをめくらずにはおれない。

WAFが立ち上がった当時。WAF2010へ向けて。WAF2010後。WAF2011へむけて・・・。それらは当時を鮮やかに思い起こさせる記録。記憶が呼び起こされる。ちょっとトリップする。そういったものはすぐさま救出。

二時間ほどでごみをまとめ、荷物を出し終え、後の掃除はゲストハウスの掃除屋さんに任せた。
(さらに2時間ほどで部屋があの状態から元通りに戻った・・・凄い腕だ)

そうそう、スーツケースの中でもだえていたねずみの赤ちゃんは 、一丁前の大きさに育って、元気よく外の世界に飛び出していった。何もせずにすんでよかった、と胸をなでおろした。

その後、運び出した荷物を雑巾で水ぶき。
その時に使った雑巾が注目に値する品だ。
DSCN8880これはカディ製品。
別に雑巾として作られたわけじゃないのだろうが、非常に使いやすい。

手紬の太い糸で織られているから、新品でも吸水が◎

汚れをすすぐと、かなりすっと汚れが落ち、日本の白い雑巾のように黒ずまない。
若干染色されていることがさらに効果を高める。
(使った後でも見掛けが汚くない)

乾くのがとっても早い。

何よりお手ごろ価格。

ということで、カディ雑巾、次回帰国するときに買って帰ろうかなリスト入り。

夕方には、物の拭き掃除も終わり、ひと段落。後は整理整頓。


「住めば都」という言葉があるが、今回の場合それが行き過ぎた。
1月〜4月にかけて、忙しさと、震災のショックとで清潔さのことなど気にかけていなかった結果、部屋はおれの「巣穴」になってしまっていたのだった。ずっと人を寄せ付けない、開かずの間と化していた。

ダメですね、それじゃ。

せめて、「狭くって散らかっていますけど、どうぞどうぞ」、くらい言えないとまずいって。
もともとこまめに掃除する性格でないのだが、インドだからとさらに気を抜いていたのがまずかった。
心を入れ替えようっと。

さて!
なぜこんなに掃除のことを長々と書いているのか。一応理由があるんです。

実は、このブログ「インドの子どもたちの今を知る」、明日で運営開始から丸二年!
(akkoさん、気づいてました?)

なので、今日でさっぱりと今までのものを片付けて、新しく一歩を踏み出そうというわけだったのです!!
自分の中のけじめ。


あ〜〜さっぱりしたーー
よっしゃー、いくぞーーーーー!!はじめのいっぽ!!


Okazu 


wall_art at 23:30|PermalinkComments(5)TrackBack(0)okazuって 

July 24, 2011

On Sunday

日曜日は隣の学校から朝の歌は聞こえてこない。
平日は、毎朝7時半頃から歌い始める。
いつも、にわとりの声で朝が始まるシーンが思い浮かぶ。
今日でインドに戻ってきて一週間。信じられないほど早く過ぎた。
こうやって、いつの間にか8月になり9月になり、フェスまで半年を迎えることになるのだろう。

さて、今日は皆が待ちに待ったクリケットトーナメントの決勝戦だった。
といっても前みたいなワールドカップではなくて、草クリケットの大会だ。
毎年、暑いのに何故かこの時期に開催されるトーナメント。 
スジャータ村チームは勝ち進み、決勝戦に進出していたのだった。
相手はブッダガヤチーム。
おいおい、町対村では規模が違いすぎはしないか、と思ったが、スジャータ村チームは抜け目なく、助っ人を用意していたようだ。そのあたり、ずるがしこい。

DSCN8875日中になると、日差しがきつくなるので朝8時開始だったのだが、ゲストの村長(最近新しく変わった)をはじめ、政治家たちが大幅に遅刻したため10時半にずれこむ。この遅刻は威厳を見せる、裏パフォーマンスなんだとか。いらんことを。

さんさんと照り輝く太陽のもとでの試合。
スジャータ村チームは相次ぐミスと、監督の起用のまずさで優勝を逃してしまった。
 
おれは木陰に吹く風が気持ちよく、途中でうとうと眠くなってしまった。

Okazu塾のPrakash.Jrも出場していて、意外や意外、打って、捕って、活躍していた。スポーツがそんなに得意そうには見えないから。




DSCN8877見晴らしよし。

風通しよし。

座り心地よし。

特等席。

300人ほどの観客の99.8%が男。




















午後から大学の学部長のもとへ。
試験がどうなっているのか、教えてもらう。
いつになるのかは、まだ決まらないらしい。(心の中で笑うしかない)
日本で何をしてきたかを報告する。この先生は人のため、勉強のためになるなら好きにやってよい、という姿勢なので大変助かっている。3ヶ月も日本にいられたのはそのおかげだ。ちなみに、僕の専攻はLabor and Social Welfare(労働・社会福祉)。
この先生は一番上の息子が34歳で、下が27歳なので結構なお年だが、色々な学会などにもしっかり顔を出しているらしい。体が大きくて、目つきが鋭いので、一見怖い。でも、中身はかなりおちゃめ。
蚊に刺されるのが大嫌いな先生は、終始蚊の話題に触れていた。憎たらしげに。
よく蚊に刺されるもの同士、話が弾む。 

帰り道、髪を切ってもらう。鏡を見ると、腕が見事に日焼けしている。
なんだか、インド人っぽくなった気がする。

行きつけのTOFUレストランで、新しいメニューを試してみる。
トマトとチキンのスパゲッティ。
ボウルで登場。トマトの酸味が利いて、鶏肉とぴったり。これははまりそうだ。50Rs(100円)。

部屋に帰ってきて、洗濯。
昨日、旧部屋から救出した、セーフゾーンにあった服をジャブジャブ、ゴシゴシ、これでもかと洗う。

現在、停電中。PCの電源危うし。

Okazu


July 23, 2011

命を抱きしめる

RIMG0058

石巻の花やさんの源さんとの出会いを喜ぶokazuくん☆☆☆

思わず感涙。(詳しいことは→http://blog.livedoor.jp/saladparty/archives/2011-07.html#20110722

被災地では、魂の出会いがあります。

だから、また、石巻に行こうと思っています。

今度は、「おおたや」さんというフランス料理のお店で食べる会を開きます。
これは前にokazuくんたちと石巻に行ったとき、「おおたや」さんの雰囲気や意気込み、そしてプティフールの味に感動して発足したプロジェクトです。

今はコーヒーと簡単なランチが主流だけど、「おおたや」さんは、小川軒で修業して、ヨーロッパにも食べ歩きしてきている研究熱心な人。ずっといっしょに傍らにいる奥様がまたステキな人。
今も350円のサイフォンコーヒーに手作りのプティフールがついています。丁寧に作られた逸品。

「石巻おおたやさんの会」では、そんなおおたやさんにフルコースの腕をふるってもらいます。
手に入りにくい食材はこちらで安全に留意したものを選び、送っておく予定です。

「石巻おおたやさんの会」第一回
●8月9日(火)13時〜@石巻「フランス料理 ルレ・おおたや」
●予算 フルコース(アミューズ・前菜・魚料理・肉料理・デザート・お茶)5000円+飲み物+持ち込んだ食材費(頭割にします)
●お申し込み info☆wafes.net(☆を@に) ※定員になり次第締め切らせていただきます。
●基本、現地集合、現地解散ですが、仙台から石巻行きのバスがたくさん出ています。
※石巻に行ったら、津波被害の現場も訪れ、その目でしかと見届けるとよいと思います。

みなさん、ふるってご参加を!!

akko




wall_art at 10:14|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

July 22, 2011

上矢部高校での報告会

RIMG0069

美術を志す高校生たちの前で報告会。

高須賀千江子のダンスに号泣者続出。

「夢は、かなうよ」

ダンスの中でささやかれたその言葉を吸い取り紙みたいに吸い取っていた。

「インドの子どもたちからの手紙を受け取りました」と涙しながら言ってきてくれた子もいた。

高校生って、ふっくらやわらかな土みたいな存在に思えたのだった。

小さな種まき、できたかな。

akko


wall_art at 00:50|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

July 21, 2011

Okandra塾の今を知る

さて、Okandra塾。

おれがいない3ヶ月の間、Ravindraさんが切り盛りしてくれていた。

ここで彼について、おさらいしておこうと思う。

Ravindraさんはもともと、スジャータ村の出身で、農家に生まれ育った。
大学では植物学を専攻し、デリーで働いていた経験もある。
ニランジャナスクールでは、クリニックのスタッフとして働いていたことがあって、その時、日本語をマガダ大学で勉強していた。(2008年)おれは、まずはそんな彼に日本語を教え始めたのであった。
彼につれられて、大学の日本語学科に初めて訪れた。
おれはそこでワーキングビザをもらい、教師としてインドに滞在できないかと考え始めた。幾らかの時間がたち、決心をして学部長に話をしに行った時、たまたま学生ビザ担当の人と出会い、大学院に進むことに方向を変えたのだった。(学生ビザのほうが融通が利く)

なので、彼は、現在へとつながる流れのターニングポイントに位置する人でもあって、付き合いも深い。

そうこうあって、彼は今ニランジャナスクールのシニアクラス(公立校に通う中学くらいの生徒の補習を行うコース)の先生をしている。もちろん、農業もしている。おれが持っているこの地域の農業に関する知識の多くは彼からもらったものだ。

WAF2010から、とっても積極的かつ献身的に活動を支えてくれている彼は人柄も良く、信仰心も厚い。何かにつけて自分の考えをしっかりと持ってる。ちょっと人に頼りがちなところもあるけれど、それ以上に頼られる存在で、困っている人をほうっておけないたちだ。今28歳で、奥さんと子供が一人。

ちょっと前置きが長くなってしまったけれど、そんな彼とやることにしたOkandra塾。
目的は、ニランジャナスクールの先生たちに、来年のフェスにさらにコミットメントしてもらうことにある。
今年の反省点として、先生たちへの注意があまり向いていなかった、自分たちはもっとやりたかった、と先生たちから出てきたので、それを活かす形だ。

言葉が通じなくても交流はできるけれど、通じたらもっと面白い。というか、色んなことに関心が向いて人生面白くなるだろうし。

Ravindraさんがやってくれたのは、
・おれが教えたところまでの復習
・自分が勉強した教科書を使って、練習させる
・数字や曜日、月の名前の単語練習

DSCN8859
そして、特筆すべきは、それらのまとめのテストを自分で作り実施してくれたことだ。

これは、三年前に二人で勉強していたときの成果といえるだろう。ここで活かされるとは、とちょっと感動である。

というか、おれのいない間、ずっと切り盛りしてくれていたという事実に感動せずにはおれない。















DSCN8862
みんな、まだ会話らしいものはできないが、繰り返した復習の成果で、挨拶はできるようになった。

一週間に3回の授業がこれから続く。

みんな、がんばるぞーー!!







Okazu

wall_art at 01:56|PermalinkComments(0)TrackBack(0)Okandra塾 

July 20, 2011

衝撃

ずっと日差しをさえぎってくれていた雲が、ついに耐え切れず雨を降らした。

ようやく降ったかー、とほのぼのする。

川はまだまだ本来の姿を現してはいないが、気持ち程度の潤いを与えてくれる。

今朝は早起きしてしまったので、

問題の部屋を片付けていた。
すると、衝撃的なものを見つけてしまったのだ。

ねずみが部屋から出て行ったとは二日前に書いたとおりだが、そのねずみがまた部屋にいた。
それ自体は別に驚くことでもない。
どれどれと置きっ放しにしてあったスーツケースを開けてみる。
中の荷物を取り出していると、そこには、なんと、ねずみの赤ちゃんが・・・・・・・・・。
三匹のうち、二匹はじゃれあっていて、一匹は空に向かってもがいていた。
まだ、毛は生えておらず、ボディは肌色。目も見えていないよう。

実は、来るときの飛行機で読んでいた「第四間氷期」という本の中に、水棲動物への改造を受けている哺乳類の描写があった。それがかなり細かく描かれていたので、頭の中でできていたイメージと実物の赤ちゃんがかぶり、身震いしてしまった。そのうごめきが脳裏に焼きついてしまって、どうしようかと思った。

でも、のけるわけにはいかないよなぁ・・・と思って、とりあえず見なかったことにして、荷物を戻した。

まぁ明日考えよう。

このおっちゃんがなじみのリッティ屋。

DSCN8867
おっちゃん「今日はどうだ」
O「まぁまぁだね。おっちゃんは?」
おっちゃん「ちょっと、いいな」
O「ちょっと?」
おっちゃん「雨が降ったからな。でも寒い時期が一番だわ」
おっちゃん「おめー、肉は食うのか」
O「食べるよ。おっちゃんは?」
おっちゃん「食べるよ。でもたまにな。今は高くってな。鳥は最近安いが、魚は1kg100Rsするから。まぁ、うちは5人家族で、とっても小さい家族だから、半分もありゃ足りるんだけどな。デリーのほうでは、切った鳥を売ってるんだぞ」(このあたりでは、生きている鳥を買って帰り、家でほふる場合が多い)

おっちゃんはいろんなことを教えてくれる。







DSCN8868
リッティです。

一個4Rs (8円)
 















DSCN8869このソースが味の決め手で、焼きナス、焼きトマト、青唐辛子、ジャガイモ、その他スパイスでなるソースが絶妙。

リッティ自体は素朴な味。味は違うけど、おやき的な存在。

 







今、ニランジャナにアメリカの学生たちが来ていて、子どもらがダンス三昧。
サニーとゴータムは踊るやつらだけど、ビクラムが参戦!かなり踊るじゃん!
O「どうしたの?そんなに踊らなかったじゃん」
V「前は恥ずかしかったけど、吹っ切れたんだよ」

おーし、フェスのときもよろしく頼むぜ!

Okazu