2015年12月01日

「殉国七士、殉国六十烈士、三百万余戦没者追悼昇殿参拝」ご案内

イベント案内情報です。


「殉国七士、殉国六十烈士、三百万余戦没者追悼昇殿参拝」ご案内

  昨年は皆様のお力添えのお蔭で、戦後初の上記追悼コンサートを豊島公会堂にて開催させて頂き、大好評裡の内に終えることが出来ました。今年も!というお声を沢山頂きましたが、諸々の困難があり、今年は有志の皆様と靖国昇殿参拝をさせて頂き、ご英霊に追悼と日本再生の祈りを奉納致したく存じます。何卒、多くの皆様のご参加を心よりお待ち申し上げます。

*呼びかけ人・・加瀬英明、 水島 総

日時:平成27年12月19日 午前10時より

   当日、昇殿参拝される方

*参列者は午前9時半までに靖国神社参集殿にご集合下さり、受付にて玉ぐし料御願します。

*参加申し込み:下記の申し込み先にお申込み下さい。

      メール申込み:ffumi50@rhythm.ocn.ne.jp

      FAX申し込み:0480-90−1261(舩冨)

      電話申し込み:070−5375−4915(実行委員会)

*締切:12月出来るだけ早目に、12月10日位迄にお申し込み下さい。

*玉ぐし料:御一人 千円 (受付にてお納め下さり、参集殿にお入り下さい。)

当日、御当地より遥拝される方

*当日(12月19日午前十時)に現地にて、靖国神社の方角をお願いします。

  *玉ぐし料:御一人千円を「日本の心歌い継ぐ会」下記口座にお願いします。恐縮ですが、

        振込手数料はご負担下さい。

“12月19日玉ぐし料”と通信欄に明記のうえお納め頂ければ、後日収支報告をネット上にて発表します。

*振替先:   郵便局   001906538715 「日本の心歌い継ぐ会」東京事務局

FAX申し込み:御住所____________________________

         御氏名              連絡先________

お問い合わせ: 電話:070−6941−1941(愛甲)

                                   発起人・戦没者慰霊祭実行委員会

平成2711月吉日

 



waninoosewa at 07:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ◆ 保守活動 

2015年11月24日

GHQが狙った洗脳のルーツ

倉山満が書いた「嘘だらけの日米近現代史」によれば、アメリカという国は、南北戦争時代から、戦勝側の立場で歴史を塗り替える習性があると指摘している。

さて、渡部昇一の本ばかり読み親しんでいた人の場合、「マッカーサーは、議会証言で日本が自衛戦争を余儀なくされたという発言」の記述によって、マッカーサーが、さも親日家であるかのような印象を持ってしまう。

私は、マッカーサー議会証言については、マッカーサーは、日本を数年占領統治した末にやっと、自分たちの外交政策の過ちに気づいて発言した程度の事だろうという認識である。

このブログにおいては、マッカーサーは油断ならない人物であろうとの視点から分析を試みてきた。

・議会証言したからという理由でマッカーサーが親日派だと思い込んではいけない
http://blog.livedoor.jp/waninoosewa/archives/1456755.html

・マッカーサーの正体
http://blog.livedoor.jp/waninoosewa/archives/1457030.html

また、ブログ「しばやんの日々」にては、ニューズウイーク紙を引用する形でマッカーサーの配下が、親米的な日本人が公職追放されている実態があるとしている。

GHQの中にもソ連の工作があったのではないか
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-246.html

また、ウイロビーの回顧録からの引用となるが、「GHQに雇われている(無国籍者を含む)304人の外国人のうち、最大グループを形成する28%(85名)はソ連またはソ連衛星国の出身である。そのうち42名はソ連の市民権の持ち主である」としている。

アメリカがGHQの中の左翼主義者の一掃をはかった事情
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-257.html

つまり、マッカーサーは、ソ連を利するための、間抜けな占領政策を行なった統治者ということになるのだ。

その前提で、議会証言を評価しなくてはならないのである。

議会証言だけを強調することは、マッカーサーの人物鑑定を見誤ることを意味するのである。

ここで、親日的だから人物として信用できそうだー、というスタンスで書き綴る、リライトものの歴史ブログの罪深さを指摘せざるを得ない。

涙なしでは読めない、感動ものの歴史小話の行きつく先は、「外国人が少しでも親日的なポーズをとればころっと騙される、(外国人に対し異常に無防備な)日本人を大量生産する原因」になるだろうという意味においてである。

そういうリライト主義者たちの感動ものの話、(私は嫌いではないが)、書く人は、感動ものの小話とするために意図してデフォルメして書いている、ことは、この程度のブログ経験しかないがなんとなく想像できる。そうしないと、ブログのアクセスは伸びず、本も売れなくなる、ビジネス的に当たり前のことではある。具体的に言うと、小説的な書きぶりを採用することになるのだ。

私は、歴史書を読みつつ、歴史の中における感動する話は一部はあるものの、すべてがそうではなく、知りたくないことを知ることの方が多いかもしれないと思いつつある。

私の考えに反発される方、そうではないと思いたい方に私はお聞きしたい。

我々の日常生活において、涙なしに読めない感動的な話が、毎日発生しているのであろうか?
夫婦の会話、家族との会話、職場での会話において、感動することが毎日毎日発生しているのであろうか?

私は、なんとなく気が晴れない、むしゃくしゃした心理状態の人にとって、感動ものの話は、清涼飲料水以上の効果をもたらすことを否定しない。韓流ドラマや、お昼の不倫もののドラマを視聴するよりは健全であることは認める。

だが、感動的な話に慣らされることは、それ自体が一種の「洗脳」の範疇に分類されることを認めざるを得ないのだ。

だって、そうではないか。プーチンについては、ネットの世界では、親日家というイメージが先行しているではないか?メドヴェージェフは、その反対に、結構、悪意にとれるどぎついことを日本に対し言い続けているではないか。私には、メドヴェージェフ発言がロシアの本音であろうと思えて仕方がないのである。

従って、マッカーサーについて言えば、あの議会証言の件だけを認識することは、冒頭で紹介したような、GHQの洗脳シナリオに知らず知らずのうちに、嵌ってしまう懸念があると私的せざるを得ないのだ。

一方で、渡部昇一を含め、多くの保守系言論人は東京裁判史観が問題だとしている。戦後レジーム脱却のためには、東京裁判史観を打破しなくてはならない、としている。

本当にそうなのであろうか。東京裁判以前に、マッカーサーによって、歴史(戦史)が創られた可能性はないのか、ということに繋がるのである。



waninoosewa at 07:44|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ◆◆ 歴史の検証、見直し 

2015年11月19日

山本五十六とキリスト教の係わりについて

実は、山本五十六がクリスチャンであるという趣旨の情報が存在する。

文献的にははっきりしない部分はあるものの、ネット情報で確認できるので紹介させていただく。。

実兄と孫がクリスチャンなのだそうだ。

山本五十六の実兄は、「13歳の時に戦場で置き去りにされた体験から、戦場で一番犠牲になる「民」を救うことを考え、それはキチンとした教育を教えることが大切だと考えるに至り、キリスト教の牧師になった」のだそうだ。

http://homepage3.nifty.com/k-haruaki/nagaoka-ojiya2.htm

山本五十六のお孫さんは洗礼を受けたのだそうだ。

縁といえば、山本五十六の孫と僕と笹川良一会長
http://blog.livedoor.jp/michael4649/archives/50922464.html


山本五十六記念館では、山本五十六が保持していた聖書の現物が展示されているのだそうだ。

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山本五十六の「聖書」 (中田安彦 / ジャパン・ハンドラーズと国際金融情報)
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/489.html

記念館で販売している資料集から引用する。

(引用開始)

幼少の頃、キリスト教の牧師ニューエルから感化を受けている。ニューエルは長岡高校で英語を教え、ベースボールの指導もした。この聖書は山本五十六がアメリカ駐在時代に求めたもの。神道、仏教書なども読んでいた。

「山本五十六記念館展示図録」
(引用終わり)

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また、山本五十六は、カトリック信者で昭和15年ローマ法王に謁見したしたとの情報がある。

太平洋戦争と戦後を作ったフリーメイソンの走狗たち
http://www.millnm.net/qanda3/752KhxiDDRuYI44573.htm

これらの情報については、裏付けはないが、山本五十六とキリスト教は無縁ではないようである。

山本五十六フリーメーソン説は、どうやらこの辺の情報を起源としているのであろう。




waninoosewa at 18:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ◆◆ 歴史の検証、見直し 

2015年11月14日

朝日新聞は南京で二度誤報した!?

いくつかの情報から、日華事変当時、中国で記事を書いてきた朝日記者の素性と素行を疑う必要があると思うに至った。

まず、以下の情報によれば、蒋介石は、南京虐殺というプロパガンダ作戦を意図していた可能性を指摘している。

南京を脱出し多くの中国兵士を見捨てた蒋介石・唐生智は何を狙っていたのか
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-414.html

実際、南京は、虐殺の名所みたいな土地柄だったようだ。

南京は「大虐殺の歴史的名所」だった
http://blog.livedoor.jp/waninoosewa/archives/1560564.html

倉山満は、「負けるはずがなかった!大東亜戦争」という本の150〜151頁にて、かく記述がある。

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負けるはずがなかった!大東亜戦争

倉山満

150〜151頁

日清戦争の頃の日本は、伊藤博文が「首都を落としたから和平を結べなくなる」と言って、北京を落とす寸前で和議を持ちかけています。西太后が北京を出たくないと思っていることを知っていたのです。しかし、支那事変の時の日本は、朝日新聞に「南京陥落」の誤報をスクープされてしまったので、「それなら今から南京陥落しなきゃ」「明日までに落とそう」とやってしまう。しかもその時蒋介石はとっくに重慶に逃げています。支那事変は、日本では誰もやめることを考えずに始めてしまっているので、そもそも戦争計画などあるはずがありません。唯一まともな和平条件を考えていたのが石原完爾で、すぐに失脚してしまいました。

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倉山満は、たぶん、気づいているのであろう。

さて、南京陥落の誤報をスクープした朝日記者、何者なのであろうか?

蒋介石あるいは、共産党関係組織を繋がっていた形跡はないのか、私は疑っている。

その時点で、そういう記事を書いた人間が、戦後、南京虐殺についてどう報道したか、が確認できればいいのである。

もし、万が一ということになるが、戦後の朝日による南京虐殺報道の関係者であることが証明されれば、朝日は居場所を失うことになると予想する。




waninoosewa at 09:31|PermalinkComments(0)TrackBack(1) ◆◆ 歴史の検証、見直し 

2015年11月13日

「南京事件」とは何か 諸説と“真相”の間に 3論客の見方相互検証

論客と言えそうなのは、藤岡信勝先生くらいのようです。

ポイントとなるのは、便衣兵をどう見分けるか、です。

「南京事件」とは何か 諸説と“真相”の間に 3論客の見方相互検証
http://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/blog-entry-6021.html



waninoosewa at 19:32|PermalinkComments(2)TrackBack(1) ◆ 推薦図書、動画等