2014年10月19日

歴史研究評価 権威の私物化は許されることなのか?

田母神論文について、歴史書として批評した歴史家の批判に関して、私信を述べさせていただく。

田母神論文の誤りを正す
http://tuneari.fc2web.com/spalte/081120.html

この批評、相当癇に障った批評と読める。
何が気にいらなかったのであろうか?

引用して欲しくない人に引用された結果なのか?
こういうシナリオでの引用は、不本意だったのか?

詳細はっきりしないが、大方、そんなところであろう。

一見辛辣な言葉が並んでいる。とりあえず、文章末尾の表現に注目したい。

………………………………

一.張作霖爆殺事件は関東軍河本大作大佐によるものという史実が確定している。

 二.盧溝橋事件について田母神論文には劉少奇が外国人記者との会見で
「現地指揮官は自分だった」と証言しているとあるがそんな会見は存在しない。
 東京裁判で旧陸軍関係者が会見があったと聞いたと語ったことがある程度の単なる噂にすぎない。

 三.論文には私(秦郁彦)の著書『盧溝橋事件の研究』も引用されているが、
そこでは事件の首謀者=中共説をはっきり否定している。
 私は軍閥宗哲元率いる第二十九軍の兵士が偶発的に撃った銃弾と結論付けている。

 四.太平洋戦争がルーズベルトの罠だったとする説は学問的には誰も認めていない。
ルーズベルトが対日開戦の名分を得るため、真珠湾の太平洋艦隊を日本軍に叩かせて“リメンバー・パールハーバー”を演出したという説は俗説中の俗説。

 五.ハリー・ホワイトはハル・ノート当時は次官ではなく財務省の一部長に過ぎない。
ホワイトがハル・ノートを決めたなんて言いすぎ。

 (『週刊新潮』208年11月13日号、25頁より)

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「単なる噂にすぎない、結論付けている」という下りは、一般的な批評としてはままある表現である。

ところが、

「史実が確定している、そんな会見は存在しない、学問的には誰も認めていない、という説は俗説中の俗説、決めたなんて言いすぎ」という文章表現を眺めると、相当カッカした状態での批評であることが手に取るようにわかる。

一流であるはずの学者が、「という説は俗説中の俗説、決めたなんて言いすぎ」などと合理的根拠の乏しい言い方をしている時点で、私は、学者としての見識、資質を疑う。田母神論文を歴史書だと認め専門家として批評するのであれば、技法的解釈に基づき、冷静な批評をすべきだった。

また、私のような素人が、歴史研究した結果を公表した場合も、大凡無視されることにはなるだろうが、万が一歴史書と認識された場合、「史実として確定している、学問的には誰も認めていない」と言われそうな気がしている。

ただ、見方を変ええると、このような物言いを野放しにしていいのか

と思っている。

「史実として確定する」については、歴史学者にこのような言い方で批評させていいのか?という公序良俗、社会規範の視点からの問題提起である。歴史学者によって密室で、あるいは一部の専門家集団内の暗黙の了解で決めることが許されることなのであろうか?また、それは、公正中立、不偏不党の視点から、公開の場で決められるべきものではないのか?

さらに、「学問的には誰も認めていない」とは、歴史研究の解は多数決で決めるべきものなのだろうか?少数であってもそちらが正しいということはないのだろうか?アマチュアであっても特定分野において、専門家に勝る歴史観を持つ可能性はないのであろうか?

私には、田母神論文批判は、権威をかさに着て、気にいらない歴史研究を罵倒したようにしか見えないのである。
国の機関の学者・研究者は、本来公僕のはずであるが、その公僕が、権威を私物化したように私には映るのである。

「君は、私がある学術分野の日本の権威であることを知らないのか」と、ある帝国大学卒の人に言われたことがあるが、これも権威の私物化だと思っている。私は、その方が幼稚な専門家にみえて、吹き出しそうになった。

たとえ気にいらない論文が眼の前にあったにせよ、感情を丸出しにせず、技法的な手法に則って批評してこそ、専門家であり、それこそが専門家の矜持のはずである。

歴史学者ジョージ・アキタ氏は、『「日本の朝鮮統治を検証する」1910-1945』という本を書くにあたって、多くの歴史研究者の文献を調べ、分析したそうである。
私は、こうした研究態度が、日本の相当数の歴史学者に欠けているのではないかと、みている。
やるべきことをせず、その一方で、気にいらない研究(提案)に出会うと、権威(経験)を以て批判する手法は、私は仕事上、何度も経験してきたことなので、歴史界もたぶんそうなのだろうと察しはつく。

秦郁彦がそうだったか、そうでないのか私は実態を知らないが、
もし、日本の歴史学者の大半が、

ジョージ・アキタ氏のように、公正中立、不偏不党の視点で文献情報を収集し
たとえ、アマチュア文献だろうと、注目に値する文献ならきちんと読み
その権威を私物化せず
気にいらない歴史書であっても技法的手法に沿って分析し
客観的な研究態度、批評姿勢を維持していたら

慰安婦問題はおろか南京虐殺問題の論争もこれほど深刻とはならなかったに違いない。

歴史認識問題の国内の対応を振り返る時、少なくとも、納税者である我々は、その権威が私物化され、暴走しない様、もっと監視すべきだったのかもしれない。

もっとも、大半の歴史学者の目が節穴の可能性は残っている。在野の研究者による新刊書が激増している、昨今の出版事情はそのことを示している。社会は、既に、歴史学者に期待していないのかもしれないのだ。

歴史家秦信彦は確かに、田母神論文を批判したが、全国各地で開かれた田母神講演会は、動画などを見る限り、どこも大入り満員だったようである。
田母神は、秦郁彦にこっぴどく批評されたが、その田母神による、歴史認識に係わる滔々とした演説は全国どこでも拍手喝さいを浴びた。

私の意見に異論ある方に問いたい。

田母神講演会、第一部において、田母神が例によって歴史認識について語った後で、「という説は俗説中の俗説、決めたなんて言いすぎ、史実として確定している、学問的には誰も認めていない」と、第二部の講演にて語れるだけの合理的かつ客観的根拠はどれほどあるのだろうか?

私は、いつか秦郁彦に聞いてみたいと思っている。



waninoosewa at 05:07│Comments(0)TrackBack(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Clip to Evernote

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