【登場人物】

京都地所 賃貸人A
本行院・住職 賃借人B

【物語】

京都地所から建物を借りて、宿坊を経営している本行院。
天下の信長の常宿になろうと、あれやこれやと手を尽くして
いるが―。

本行院住職:信長様、ようこそ京都にお越し下さいまして。
   本日のお泊りは、いかがでござりましょうか。

信長:本行院か。
   お前のところ――、の隣の本能寺じゃ。

住職:いやいやいや。
   このたび手前どもでは、VIPルームを増築しまして
   個室の露天風呂を併設したところでござりまする。

信長:……。

住職:(小さな声で)女人衆もご用意しておりまする。
   必ずや信長様にご満足いただけるかと…。

信長:下がれ
   この信長、遊びに来たのではないわ。

住職:ハッ、ハァ〜ッ。

そして、その夜―。
「敵は本能寺にあり!」との号令を叫ぶ一人の男。
本能寺に明智光秀率いる行軍が雪崩込むやいなや、
寺には火が放たれ、隣の本行院も類焼。
住職が増築したVIPルームは焼失してしまった。

――――――――――――――――

京都地所:住職。
     このたびは無念じゃが、建物が焼失した以上、
     賃貸借契約は終了じゃ。

住職:隣からの類焼とあっては、致し方ないことで
   ございまする。
   しかし、私が増築したVIPルームの費用は
   お支払いくださいませ。

京都地所:それは、どういうことじゃ。

住職:お借りしたそなたの建物を、私どもの費用で
   グレードアップさせたのですから、
   その分を、お支払い頂くということでございまする。

【問題】
 Aは、Bに対して自己が所有する建物を賃貸していたが、Bが有益費を支出して同建物に増築部分を付加して同建物と一体とした場合において、後にその増築部分が隣家の火災により類焼して失われたときにも、Bは、Aに対して増築部分につき有益費の償還請求をすることができる。(H10−30類、H21−32)
【正解】「×」

【解説】

住職:増築にかけた費用を請求できない…。
   しかし、増築したVIPルームは建物の価値を
   グレードアップさせるものであったはず。
   されば、かかった費用は有益費にあたるのでは
   ございませぬか。

さくら:建物と一体となった増築部分によって建物の
    価値が増加したのですから、その増築費用は、
    有益費にあたりますね。

住職:それならば、私が支出した有益費は、賃貸借終了時に
   賃貸人に対して償還請求できたはず―。

さくら:確かに、価格の増加が賃貸借終了時
    「現存」している場合は、賃貸人が法律上の原因なく
    価値の増加分を得ることになりますから(不当利得)、
    有益費を支出した賃借人は、賃貸人に対し、
    その償還請求することができます
    (608条2項、196条2項)。
    しかし、今回は、類焼によって価格の増加分が
    失われましたから、価格の増加分はありません。
    したがって、賃借人は、賃貸人に対し、有益費を
    償還請求できません

住職:なんてこった。
   増築すれば、宿坊は繁盛、かかった費用は
   有益費の償還請求で回収できると見込んで
   おったのに…。

京都地所:敵は煩悩にあり
     そなたが増築すべきは、露天風呂より
     防火壁であったな。


【条文】
(賃借人による費用の償還請求)
第608条 賃借人は、賃借物について賃貸人の負担に属する必要費を支出したときは、賃貸人に対し、直ちにその償還を請求することができる。
2 賃借人が賃借物について有益費を支出したときは、賃貸人は、賃貸借の終了の時に、第196条第2項の規定に従い、その償還をしなければならない。ただし、裁判所は、賃貸人の請求により、その償還について相当の期限を許与することができる。

(占有者による費用の償還請求)
第196条 占有者が占有物を返還する場合には、その物の保存のために支出した金額その他の必要費を回復者から償還させることができる。ただし、占有者が果実を取得したときは、通常の必要費は、占有者の負担に帰する。
2 占有者が占有物の改良のために支出した金額その他の有益費については、その価格の増加が現存する場合に限り、回復者の選択に従い、その支出した金額又は増価額を償還させることができる。ただし、悪意の占有者に対しては、裁判所は、回復者の請求により、その償還について相当の期限を許与することができる。