自分が太鼓の達人に出会ったのは、この記事を書いた現在から7~8年前。「PS2 太鼓の達人あっぱれ!三代目」を買ってもらった時でした。当時、家庭用で初めて演奏した曲は、かんたんの「六甲おろし」だったと思います。

最初はかんたんでフルコンボが出来る程度。遊び始めてから3日後、冗談でむずかしいコースの一番難易度の高かった「KAGEKIYO」をプレイし、がむしゃらに叩いてみて、玉砕した時の自分。今となってはいい思い出です。

それからしばらくして、簡単に飽きてふつうコースをプレイし、最高難易度まで辿り着いていよいよむずかしいコースに挑戦。そして難易度が低くとも、ノルマクリア成功して喜んだ自分。

それからむずかしいコースの曲が全て出来るようになり、気づけば難易度が標準の曲をフルコンボできるようになった自分。

そしてとうとう「KAGEKIYO」のむずかしいコースをフルコンボした頃、「太鼓の達人あつまれ!祭りだ!!四代目」が発売され、早速プレイして難しいの最高難易度だった「Ridge Racer」で玉砕した自分。そして四代目をやりこんでいる中、おにコースの存在を知り驚いた自分。それがきっかけで三代目のおにも出してみた自分。そのとき「メカデス。」のおに譜面をオートで初めてみて驚愕した自分。実際に初プレイした結果、400コンボくらいまで繋げてしまった自分に驚いた自分。それがきっかけで自分の実力が上がってきていると実感が持てた時の自分。

「太鼓の達人ゴー!ゴー!五代目」で、恋文2000のおにで玉砕した自分。

「太鼓の達人わいわいハッピー六代目」で、タベルナ2000のおにで玉砕した自分。

「太鼓の達人ドカッ!と大盛り七代目」で、十露盤2000、きたさいたま2000の驚愕の難易度でフルコンボに絶望した自分。

三代目、四代目、五代目、六代目をようやく全曲フルコンボして歓喜の雄たけびを上げた自分。

七代目で十露盤2000、きたさいたま2000をフルコンボしてさらに喜んだ自分。



・・・それからしばらくして、自分はさらに成長していき、新2000シリーズにも全く動じなくなっていきました。

DSも、操作はしにくかったものの全曲フルコンボを難なく達成した自分。

Wiiシリーズになって、「きたさいたま2000」を楽々フルコンボした自分。このころから精度を気にしはじめました。

「Rotter Tarmination(裏)」をフルコンボした自分。「燎原ノ舞」をフルコンボした自分。このころからはフルコンボしても当然、といった感じに。

それからしばらくして、ついに人生初の全良曲「勇気りんりん」が誕生した時、すごく喜んでいた自分。それから全良曲をさらに3曲増やし、4曲になった頃の自分。

全良に苦戦しつつも、可一桁曲をだんだん増やしていった自分。

気づけば、難易度☆10の曲を可一桁に乗せていた自分。

そして、Wii3が出てきた頃には4強レベルの曲を可一桁に乗せていた自分。この時は、全良曲が9曲になっていました。

PSPDXが発売されて、精度の取りにくさに苦戦した自分。しばらくして、全良曲が10曲になりました。

しかし、それからというもの全良曲は増えず可一桁が増える一方。



そんな中、決定版が発売される3週間前から一気に全良の勢いが加速。この3週間で全良曲が30曲も誕生。

これがきっかけで、全良の勢いにスイッチが入りました。最初はアニメ曲の難易度が標準的な曲ばかりだったものの、全良曲が50,60,70・・・と増えていき、ついには6強曲を全良し、さらに自信をつけていきました。

そしてついに100曲を突破し、この頃にはあの曲で可1を達成していました。

120譜面目になって、自分の全良曲はとんでもないことになり、6強、そして1狂を全良するレベルに。



そして、2012/2/24。太鼓活動からおよそ8年・・・



万戈イム-一ノ十 全良達成。



今思えば、これまで色んなドンだーさんに憧れていた自分。その憧れていた人を超えていき、現在はCSの頂点という夢のようなことが現実に。



ここまで上り詰めるまでにあった数々の苦労は、自分にとってすごく良い思い出です。何度も挫折を味わっては、その数だけ悔しさを味わい、その悔しさを全て乗り越えていった自分は、本当に誇れる存在だと思います。




昔の自分へ・・・

「あきらめずに今まで頑張ってくれて、ありがとう」