珍60 珍敷塚の壁画は内容的に多くの要素が含まれて非常に複雑である。呪術文が中心を占めつつも、叙情詩的な要素を多く含み、壁面をじっと観察していると、物語を見せられるような不思議な感動を覚える。壁面の剥落が残念で、感傷もまた禁じ得ないのであるが、個人的に好きな壁画で、今まで何度も足を運んでいる。
 その不思議な文様についてこれから解説を加えていきたい。

珍図面 壁画の概略は図に示したとおりです。近くの日ノ岡古墳では幾何学文が中心で、器物文様は脇役の扱いだったが、ここ珍敷塚(時代が下ると推定されている)では主役となり、幾何学文は殆ど見られない。

 まず目を引くのは、壁画の中心に並べられた3個の巨大な靫である。この靫、大きいだけでなく、左右非対称で非常に特異な形状をしている。通常靫は左右対称形で描かれることが多く、この様な形状は他では余り記憶にない。両脇の靫は左側に取手のような物も付いている。

 靫の上には発達した1個の蕨手文が大きくかぶさっている。近くの日ノ岡古墳で初めて描かれた時に小さかった蕨手文は、ここでは大きく横に広がって発達し、成長の極致に達したようでもある。 これらの文様は呪術文であり、侵入者を制するように描かれたと考えられている。靫と蕨手文をもう少し凝視すると赤色の小さな斑点も沢山入れられている。

 靫の両側には実に興味深い叙事詩的な文様が並べられている。まず左側(剥落が少ないので良く確認できる)には珍しい配色の同心円文が描かれ、その下には櫂を漕ぐ人物、帆柱を乗せたゴンドラ形の舟が描かれ、舳先には鳥が留まってる。人物は先の尖った帽子をかぶっているようである。

 右側は剥落が酷くて確認が難しいが、上段には飾りの付いた盾を持つ人物、その下には上から見た蛙(赤の斑点が沢山入れられているが、目だけは青で入れられている)と円文、更に下には前から見た蛙と柵に留まる鳥が描かれている。

 左側と右側は靫で分けられているが両方1セットとして構成されていると解釈されている。すなわち、左側の同心円文は中心を赤で塗り周囲に赤の斑点が取り巻いている。これは太陽を示すと考えられている。その下の舟を中心とした文様であるが、記紀神話には死者の魂を鳥が霊界に送る「天の鳥舟」が登場し、その「天の鳥舟」を表しているとする説が主流である。

 蛙は日本ではここだけに見られる文様であるが、大陸では月の中にいる動物として、月の円文中に描かれている例が多くある。大陸とは描かれ方が少し違うが、これは横の円文と合わせて月を表現しているとされている。

 靫の左右の文様は全体で当時の葬送思想を表しており、太陽の輝くこの世(画面左側)から、天の鳥舟に乗って死者の魂が月の照らす霊界(画面右側)に向かって旅立つ様子を表しているとされており、古代人の精神世界を垣間見るようで非常に興味深い。その上大陸思想の影響もうかがえる。

 壁画の一番下は赤や青や地肌の太い横線が端から端まで通されており、ここにも赤の斑点が多く散りばめられている。この太い線は大型船の舷側示すとする説もあり、器物を乗せた大船が船首の手すりに鳥を留め(右端の鳥が留まった柵)天の鳥舟を遠景に冥界に進んでいるところを示しているともされている。

 壁画の最上部は石材の線に沿って赤い縁取りもされており、蛇が体を伸ばしているところとも言われている。

 その他にも諸説多く、極めて優れた、極めて特異な古墳壁画である。

 皆さんも、このような多様な解釈を脳裏に留めつつ再度壁画を凝視すれば、古代人の壮大な精神世界イメージや、自分独自の図文解釈が湯水のごとく湧いてきて飽きることのない時間を過ごすことが出来るであろう。