北方侵進

BL系二次創作SSブログです。 カップリングは、リバーシブルから、マイナーものまで。

桐野逸樹

『氷解』(逸樹&進哉@カフェ・リンドバーグ)

 進哉が逸樹の家を出て、1年が経った。
 バイトを辞めるまでの暫らくの間は、たまに、逸樹の家に来て、泊まっていった。
 そして、進哉は、年始ギリギリまでバイトに入って、予告通り、バイトを止め、就職した。
 いざ、就職してしまうと、やはり、中々会う機会も少なくなってくる。

 逸樹は、進哉に会う前の独り暮らしに戻っただけなのだが、やはり、進哉と共に生活した日々は深く根付いていて、ただ、以前と同じ状態に戻っただけ、と言う風に考えることは出来なかった。

 進哉が言ったこと。
 このままだと、進哉がずるずると、逸樹に甘えてしまう、と。
 それは、逸樹にも当てはまることだった。
 逸樹も、進哉の存在に甘え、寄り掛かっていた部分があると。

 その生活に、ぽっかりと空白が出来てしまった。
 もちろんだからと言って、仕事に個人的な事情を持ち込むことは出来ない。
 『カフェ・リンドバーグ』は存在し続けて、逸樹も、その仕事を放り出すことは出来ない。
 そして、進哉と出会えた、この店を潰すような真似も。

 進哉は、逸樹に恋人として、1人の大人の男として、認めてもらえるようになりたいと言った。
 傷つくことを恐れ、誰かと、対等に向き合うことをせず、距離を置いてきた逸樹。
 逸樹こそ、進哉のことをきちんと見直し、失うようなことはしたくなかった。

 それでも、たまに、不安はある。
 今は、進哉の若くて一途な想いが逸樹に向けられているかもしれないけれど、その対象が、他の誰かに移ってしまうのではないかと言う不安が。
 進哉の想いを疑っているわけではない。
 ただ、逸樹は進哉を失ったら、もう二度と、誰も、愛せないような気がしていた。
 それでなくても、半分、愛し愛されることを諦めかけていたのに。

 だから、逸樹は武装して、仮面をつけて生きてきた。
 誰にも気付かれないように、深く踏み込まれないように。
 けれど、進哉に会って、その純真さに強さに惹かれた。
 氷の鎧で多い被せてきた逸樹のココロを、決して、情熱的、というわけではないけれど、次第にその氷が融かされていくのがわかった。

 進哉を認めていないわけではない。
 けれども、長年覆ってきた逸樹のココロはどうしても、不安に怯えていた。
 だから、進哉に壁の存在を気付かせてしまった。
 そのココロを隔てる距離を感じ取って、物理的に、離れるカタチをとった。

 進哉は、週末にきちんと時間をとって、逸樹の家へ来てくれる。
 そのまま、夜を一緒に過ごして、朝を迎える。
「やっぱり、逸樹の入れるコーヒーが一番美味しい。」
 進哉はそう言ってくれる。

 週末を待ちわびながら、逸樹は、自分自身のことを考える。
 たまに、仕事が忙しくて、土日に休みがとれず、どうしても会えない、と申し訳なさそうに連絡してくる進哉に会えない寂しさを感じながらも、声が聞けただけでも嬉しかった。

 進哉は、今の会社に、不器用ながらも、少しずつ慣れていっているようだった。
 『カフェ・リンドバーグ』でもそうだったけれど、その学び取ろうとする熱心さは、わかる人間が見ればわかる。
 それを、理解してくれる人間が、その会社にいてくれることに少し安堵した。
 それと同時に、そんな進哉に、逸樹のように、惹かれる人間がいるのではないかという不安もあったが。

 進哉も年齢を重ねていく。
 当然のことながら、逸樹も。

 そう、そして、今日は、逸樹の誕生日だった。
 普通の会社員が、しかも、入ったばかりの進哉が、平日に休みを取れるはずもなかった。
 逸樹も逸樹で、誕生日だからなんて理由で店を休むはずもなく、お互い仕事をこなしていた。

 それでも、と、仕事を終え、帰宅した逸樹の元へ、バイクでやって来た。
 進哉にメットを渡されて、促されて、後部に座る。
 そのまま、暫らくバイクを走らせて、森林に囲まれた小高い丘に辿り着いた。

「ここは……?」
「この間、夜、バイクを走らせていて、偶然見つけたんだ。都会なのに、ほら、ここからは、結構、星が見えるでしょ。一度、逸樹と来たくって。俺、大して何も、プレゼント出来ないから……」
「そんな……とても、嬉しいです。」

「逸樹、俺、頑張ってるつもりだから。逸樹とちゃんと並んで歩けるように。」
「僕も、進哉君に愛想をつかされないように、努力しないといけませんね。」
「愛想をつかすなんて、俺、そんな……。」
「すみません。僕が、僕自身に自信が持てなくて。」
「……」

 そう言った逸樹に進哉は黙ってしまった。

「そろそろ、帰りましょうか。カラダが冷えてしまいますから。」
「うん……逸樹の家に行ってもいい?」
「ええ、もちろん。」

 再び、バイクを走らせて、逸樹の家へと辿り着く。
 シャワーを浴びて、夜風で、冷えかけていたカラダを温め合う。

「逸樹……」
 名前を呼ばれ、口付けられて、進哉に抱かれる。
 逸樹を抱くことに慣れてきた進哉の指で官能が高められていく。

 そして、その熱を受け入れて。

「…ぁ……あぁ……ん……進哉……くん……」

 久々に会うわけじゃないけれど、あれから、1年経って、より男らしくなったと感じる。
 一途で純真だけど、決して、その芯は弱くない。

「は……ぁ……っ!……ああ…っ…!」

「逸樹……逸樹……」

 真摯に求められて、嬉しくないわけがない。
 そして、自分の名前を呼ばれて。

「ん……イきそ……っ!」
「俺も、も……」

 そうして、熱がはじけた。
 焼け付くような熱さではない、心地良い暖かさ。

「俺も、逸樹に抱いて欲しい……」
 そんなに、素直に言われたら、手に届く欲しいものを欲せずにはいられない。

 逸樹の愛撫に感じてくれている様は更に、逸樹の欲情を煽っていく。
 そして、進哉の望むように、逸樹は自分のモノを挿入していく。

 進哉の欲してくれている、逸樹の熱を与えて。

「あ……んん……逸樹……ぁ……あ……」

 北風と太陽、どちらが、旅人の服を脱がせられる?
 あの話で、勝ったのは……。

 けれど、逸樹のココロの氷を融かし始めたのは、どちらでもない。
 そして、普通、融けた氷は、水になり、もっと熱ければ、気化するけれど、この氷は何になっていくのだろう。
 まだ二人、もう少し時間がかかりそうだけど、その歩幅は、少しずつ近付いている。


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『ほろ苦い日、それから』(逸樹&進哉@カフェ・リンドバーグ)

 人手に困っていたのは確かだった。
 進哉を採用する際、接客業をするのに、少し不向きではないかとは思った。
 けれど、進哉、眼差しは真剣だったし、そこから『やる気』がある事はみてとれた。
 決して、他人に対して配慮が出来ないわけではない。
 ただ、少々、不器用なだけ。
 根本的な性質というのは、変えようがないが、それでも、人と接することに慣れていこうとする気があるのなら、雇ってみてもいい、そう思った。

 そして、進哉の状況を聞いて、ある程度の期間なら、逸樹の家の部屋は空いているから、間借りさせてあげてもいい、と思った。
 進哉はその申し出に対して、恐縮そうな感じをしていたが、逸樹のもつ、柔らかい物腰の説得に、進哉は応じた。

 実際に、店で働き出して、やはり、確かに不器用だけれど、他の従業員にも助けられて、進哉は店に馴染んでいる。

 私生活においても、仕事面においても、進哉が、逸樹に尊敬の念を寄せてくれている。
 進哉からみれば、年齢としても、かなり上で、しっかりした大人に見えるのかもしれない。
 しかし、それ程、逸樹は自分が誰かに尊敬されるほど、立派ないい大人ではないことを自覚している。
 それでも、これから、成長していく進哉に、逸樹が学び取ってきた社会経験から、いいものがあれば、それを学ぶ機会を与えてやりたいと思った。

 そんな関係が、長く続き、逸樹の私生活の一部にも進哉が自然といるようになって、より親密に、そう、恋人になって、家でも、職場でも、時間を共に過ごすようになった。
 進哉の一途な想い。
 それが、逸樹に向けられて、歯がゆく、嬉しくもあった。
 逸樹の中々開くことの出来ないココロも、進哉に対して、少しずつでも、開いて、答えてあげたかった。

 ぶっきらぼうで、表情が豊でない進哉の照れたような笑みも、そして、逸樹とは全く違った感じで、優しく向けられる笑顔も、もちろん、真剣な表情も、逸樹にだけ特別に向けられる感情が、愛おしかった。

 そうして、今日、9月30日。
 1日の仕事を終えて、同じ屋根の下に帰ってきて、同じベッドで夜を迎える。

 進哉の性格をそのまま現したように、進哉は逸樹を抱いてくる。
 始めの時よりは随分慣れたが、それでも、逸樹の感じる場所を探るように指を這わせ、器用ではないが、丁寧に、一途に愛撫してくる。

「ん……ぁ……進哉君……」

 逸樹も感じていることを伝えるように、そして、求めるように進哉の名前を呼ぶ。

「逸樹……」

「は……ぁ……あぁ……んん……」

 逸樹のカラダの隅から隅まで愛撫を施され、そんな所にまで、自分の神経が通っているのだと、そして、快感を得ることが出来るのだと、実感する。
 『上手じゃないけど』と、それでも進哉は、逸樹のモノを咥え、口で直接的に、刺激てくる。
 そんなに、熱心に、丹念にされたら、逸樹の方が我慢出来ない。

「進哉君……もう……」

「逸樹、俺も、もう、我慢できない。」

 進哉は自分のモノを逸樹に挿入していく。
 それから、ゆっくりと、抽挿が開始されて、徐々にスピードが増し、より深く、逸樹の裡からの快感を引き出してくる。

「…んん……ぁ…っ!……あぁっ…!」

 進哉の全てが、逸樹に向けられて、今は、ここに、2人だけで。

「は……んん……ぁ……進哉…く…ん……あっ…!」

 今、進哉が何も口にしなくても、真摯な想いが向けられているのはわかる。

「逸樹……もう……イきそう……」

「僕も…進哉君……あ!……っっっ!」

「ん…っ…!」

 欲望を放って、逸樹のカラダに身を任せて体重を乗せてくる進哉。
「ねえ、逸樹。逸樹も、俺のこと、ちゃんと欲しいって、ココロを開いてくれているって、思っても、いいんだよね?」
「それは、もちろん、そうです、進哉君。」

「逸樹が、こういう時でも、そうやって、敬語で話すから、俺、やっぱり、自信がもてなくて……。」
「すみません。こういう話し方に、もう慣れてしまって、この歳になって、中々変えることは出来なくて。」
「……逸樹も抱いて、俺のこと一方的じゃないって、そう思いたい。」

「進哉君……」
 ああ、だって、欲しいのは、逸樹だって同じなのに。

 進哉の肌をたどって、逸樹もまた、同じように進哉を欲しているのだと、その肌に刻み込んでいく。

「…ぁ……んん……は……ぁ……逸樹っ…!」

 進哉は、自信を持てない、と言ったけれど、それは、逸樹も同じことなのだ。
 もちろん、絶対的な自信など存在しないし、もし、本人が、そう思い込んでいるとしたら、それは、過信なのではないのだろうか。
 それでも、相手に対して、心強さを分け与えることが出来たら、どんなにいいだろうか。

 進哉が逸樹のモノを受け入れて、カラダで知る、お互いの満たされた感覚。
 それは、与えても、受け入れても、そして、その両方で、得ることが出来る。

 言葉で、態度で、思いのたけの全てを伝えることは、中々難しい。
 けれど、今は無理でも、今、出来る事を、出来る限り努力た全てを。

「…逸樹……逸樹……ぁ……あぁ!…っ!……ん…くっ…!」

 絶頂に達して、しばしまどろんで、シャワーを浴びて、再びベッドにもぐりこみ、眠りについた。
 翌朝、進哉が目覚め、キッチンに向かうと、コーヒーの香りが充満していた。
 『モーニングコーヒーを一緒に』なんて、進哉にしたら、愛しい逸樹のオリジナル・ブレンドなら、尚更のことだろう。

「あれ? 逸樹、この匂い……いつもとは、違う?」
「ええ、わかりました? 実は、今日10月1日はコーヒーの日で、『バリスタコンテスト』なんかも、催されるんですよ。だから、いつもとは、ちょっと違った感じで、ブレンドしてみました。いかがですか?」
「うん。いっつも美味しいけど、これも、すっごく美味しい。」
「よかったです。さて、朝食も摂って、仕事に向かいましょうか。」

「うん……あの……逸樹……帰ったら、少し、話、してもいい?」
「ええ。はい。」

 珍しい、進哉が話をしたい、というのは。
 いや、会話自体しないわけではないが、改まって、何か言いたいことでもあるのだろうか。
 逸樹は、あれこれ考えたけれど、特に思い当たる節もなくて、その日の仕事の忙しさに、考えている暇もなかった。

 仕事を終えて、家に帰って一休憩すると、進哉が、真剣な表情で、話しかけてきた。
「逸樹……本当は、相談しようかとも思ってたんだけど、俺、自分で決めることにした。……逸樹のことが好きなのは変わらないし、別れたいとか、そういう風に思っているわけじゃない。だけど、俺、この家を、出て行こうと思ってる。間借りさせてもらって、貯金も何とか出来て、実際に段取りももう出来てる。逸樹と一緒に住めて、嬉しいけど、今のまま、ずるずるといさせてもらったら、結局は、逸樹に甘えさせてもらっていることになってしまうから。だから、一旦、自分の足で、生活してみようと。そして、今すぐじゃないけど、バイトも辞めようと思ってる。いつまでも、アルバイトをしている訳にもいかないし、実際に、バイトが休みの日に、何社か面接に行って、何とか内定をもらえた。年明けに、そこの会社に入るつもり。店のほうは、いくらアルバイトでも、急に辞めて、迷惑をかけるわけにいかないから、それまで続けるつもり。引越しの方は、次の俺のバイトの休みの日にでも。」

「進哉君……」
 いつの間にか、当たり前のように一緒に過ごしてきた日常。

「逸樹に追いつけないのはわかってる。それでも、少しでも近付きたい。逸樹が、俺に対して、ココロを開いてくれて、変わろうとしてくれている中で、俺が、それを望んでいるだけじゃ、駄目だと思ったから。ちゃんと、逸樹に認めてもらえるようになりたい。……別々に生活の場を持っても、たまに、ここに来てもいい?」

「僕の方が、いつの間にか勘違いしていたのかもしれませんね。いつまでも、進哉君が、ここにいてくれると。恋人になったら、尚更。」

「親離れできない子供、子離れできない親、そういう感覚になってしまったから、ちゃんと、恋人として向き合う為に、一旦、区切りをつけたいと思う。それでまた、付き合い続けていられたら……また、一緒に暮らしたい、駄目? 逸樹?」

「駄目なんて……そんな。僕も、進哉君が、思ってくれている程、きちんとした大人ではありません。僕も、少し、考えた方がいいのでしょうね。」

 コーヒーのように、少し、ほろ苦くなってしまった日。
 そして、引越し当日の朝、休みである進哉に対して、逸樹は仕事だったので、仕事場に向かった。

 その間際に、口付けを交わした。
 これは、別れではなく、新たなる関係のスタート。
 またいつか、本当に、今度は、ちゃんと恋人として、一緒に暮らせる日に2人、思いを馳せて。


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『オリジナル・ブレンド』(逸樹&智裕@カフェ・リンドバーグ)

 智裕は元々頭がいいし、器用だ。
 そして、その上、これがまた……と、逸樹は苦笑をもらす。
 まあ、その気持ちはわからないでもない。
 それは、逸樹も同じことだから。

 好きな人と、同じものを味わえたら、同じ時を楽しめたら、それはとても幸福なこと。
 その為に、智裕が、逸樹に内緒のつもりで、努力している。
 智裕は、それだけ熱中しているから、気付かない。
 そんな智裕の姿を、逸樹も気付かない振りをして、見守っている。

 そんな智裕の姿を見て、逸樹も負けていられない、と思う。
 幾つになっても、それは必要なことなのだ。

 進哉が居候していた、逸樹の家から、独り立ちしていった。
 そして、『カフェ・リンドバーグ』でのアルバイトも辞め、とある食品会社へ就職した。
 智裕は、アルバイトから、正式に従業員として働くことになった。
 まあ、智裕は色々才能があるから、本当にこの先、どうして行くのかはまだわからない。
 焦る必要はないが、あまり、手を広げすぎても、かえって、何かに専念することができなくなって、疎かになることが出てこなければいい。

 そこら辺は、智裕はきちんと考えているだろう。
 そして、どんな道を選ぼうとも、智裕の人生の邪魔をする気はないし、そこはそこで、しっかり見守っていこうと思っている。
 もちろん、恋人として、共にある、ということを譲る気はないが。

 確かに、智裕は、精神的に大人で、本当にしっかりしているが、やはり、実年齢、経験、という点では、やはり、逸樹よりも、まだ足りない部分はある。
 その為には、実際に経験を積んでいく他はない。

 そして、人生経験を積んでも、尚、どうしても足りない部分、と言うか、欠けた部分は存在する。
 逸樹のそんな部分を、智裕は補ってくれるし、だからこそ、お互いがお互いを認め合い、より成長していこう、と望めるのだろう。
 一方的な想いではないから。
 そして、どちらも、簡単に、追いつかせる気はない。

 では、逸樹と智裕、二人の距離が縮まることがないのか、と言われれば、そうではない。
 心情的には、誰よりも近く、傍にいる、と感じている。
 それでなければ、恋人でいられるはずがないだろう。

 進哉が、逸樹の家を出て行った今、智裕は、気兼ねもせず、逸樹の家を訪ねることが出来る。
 智裕の家に行くのでも構わないのだが、今現在、智裕が、逸樹の家に来たがる理由……。
 まあ、それは、今は伏せておこう。
 すぐにわかることなのだが。

 そして、逸樹の誕生日。
 まあ、お互い同じ職場で過ごすのだが、朝から、智裕が、三原に何かしら、頼み込んでいるようだ。
 三原も三原で、ある程度は察しているようで、そんな智裕に応じている。
 どこまで、どう察しているのかはわからないが。

 一日の仕事を追え、帰ろうとすると、智裕が、中くらいの紙袋と、それよりも小さめの紙袋を二つ提げてやって来た。

「今日も、逸樹さんの家、行ってもいいでしょ?」

 そう尋ねてくる智裕を拒めるはずもないし、寧ろ、本当に、そのままさらって行きたいくらいだ。

「ええ。暗いですし、危ないから、一緒に帰りましょう。」
「あ、逸樹さん、何かそれ、僕が危ないみたいじゃない。逸樹さんが、オヤジ狩りに遭わないように、僕がしっかり付いていてあげるから。」
「オヤジ狩り……って、智裕……」
「あ、嘘嘘。逸樹さん、若いから。ね? そうでしょ? だって……」

 智裕は、その先、はっきりとは口にしなかったが、それがどういうことかはわかる。

「そうだね。智裕に、負けないようにしないと。」

 これは、勝ち負けの勝負の話ではないのだが。
 家に辿り着くと、智裕は、中くらいの方の紙袋から、皿を並べ食卓になにやら取り揃えている。

「智裕、これは……」
「三原さんに作ってもらったの。だって、やっぱり、三原さんの料理って、美味しいじゃない? 『桐野さんの誕生日だから』って、言って、少し豪勢にしてもらったんだ。」
「その食材費はは、一体どこから……。」
「賄い用とかじゃないよ。材料は、僕じゃあ、わからなかったから、三原さんに頼んだんだけど、僕の貰ってる給料から、払ってるから。」
「ありがとう。智裕。」
「お礼は、まだまだ、これから先でいいよ。ほらほら、折角だから、一緒に食べよう。」
「ああ。いただきます。」

 料理は、『カフェ・リンドバーグ』で誰もが認めるとおり、問題のつけようのない味だった。

「あ、食後のコーヒーは、今日は、僕が入れる。」
 そう言って、智裕は、小さめの方の紙袋から、コーヒー豆を取り出し、逸樹がいつも使っているものを利用して、コーヒーを入れている。

 恐らく、上等な豆を使っているんだろう、その匂いが、立ち込めて来る。

 2人分のコーヒーカップに注ぎ、逸樹と智裕、二人の前に並べる。
 それを、口にするやいなや、智裕が逸樹の顔を覗き込むように尋ねてくる。

「どう? どう? どう? そりゃさあ、まだ、逸樹さんには全然敵わないと思うんだけど、僕なりに、工夫してみたんだけど。」
「ええ、美味しいですよ。」
「本当に? あんまりだったら、遠慮なく言ってよ。」

 ……そう、これが、智裕が逸樹の家にやってくる理由。
 逸樹が家で、コーヒーを本格的に入れるから、それが一式揃っている、逸樹の家へやって来て、智裕も負けじと、それに取り組んでいる。

「嘘なんか言いませんよ。本当に。それに、こんな夜に、コーヒーを何杯も飲んでどうするんです、眠れなくなったら。」
「そんなに早く、眠る必要ないでしょ? 折角なんだし。」
「明日も、仕事なんですよ。」
「一晩くらい大丈夫でしょ? 眠らせないで。そして、眠らせないから。」
「本当に、明日どうなるか、知りませんよ。」
「大丈夫。僕はもちろん、逸樹さんも若いから。」

 ベッドに沈んで、逸樹は智裕のカラダにキスの雨を降らせていく。
 それを、受け止める、智裕の瑞々しい肌。

「…ぁ……ん……逸樹さ…ん……」

「智裕……」
 耳元で、そう囁くように名前を呼ぶことに、智裕が弱いことを知っている。
 その上で、愛撫の手は止めない。

「あ……あぁ……ん……は…ぁ……」

 逸樹のモノを受け入れ、それに感じている智裕。
 それが、とても愛おしくて、より深く、求めていく。

「…あぁ…っ!……ん……イイ…っ…!もっと…!…逸樹さん…!」

 智裕に求められて、より貪欲になっていく。

「逸樹さん……逸樹さん……ぁ…っ…も……イく…っ!」
「智裕…っ…く…ん…!」

 達してもまだ、お互いを欲しているのは、同じだから。
 智裕は宣言した言葉通りにするだろう。
 そして、逸樹もそれに対して負けるわけにはいかない。

 智裕の欲望を受け入れて、より近く、智裕の存在をリアルに感じている。

「…ぅ……ん…っ…あっ!……ぁあ……智裕…!」

 あのコーヒーは、本当に美味しかったよ。
 智裕が、考えて、逸樹の為に入れてくれてたから尚更。
 逸樹の為の、智裕のオリジナル・ブレンド。

 そして、行為の後に、キスを交わし、二人の吐息が交じり合う。
 これが、この世で二人だけの、たった一つのオリジナル・ブレンド。



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『破片を埋めて』(逸樹&智裕@カフェ・リンドバーグ)

 『カフェ・リンドバーグ』任されていても、何年も同じように経営に携わっていても、トラブルというのは防ぎようがなく、もし、何らかのカタチで店が潰れるようなことになったら、やはり、真っ先にその責任を負って、働いてくれている仲間を守らなければならないんだろう。
 それが、店を経営していくということ。
 人を雇うということ。

 アルバイトの人員を選ぶ時でも、その人の適正・不適正、そして、仕事に対する意欲、それを見極めなければならない。
 逸樹は、そう考えている。
 だから、応募を見て面接に来ても、無理そうだと思う時は、少々人手が足りなくて困っている時でも、誰でも良いというわけにいかず、断っている。


 そして、逸樹は、どうしても1人で抱え込み、本心を見せないことを見抜かれないように、人当たりのいい、かすかな笑みを浮かべている。
 まあ、そういう穏やかな笑顔は、接客業をしていく上で、客に対して警戒心を与えずにおくことができて、当たり前のようになっていた。

 人手が足りなくって、その分、働いてくれている皆の負担がそれぞれ重くなってしまう。
 それでも、不満も言わず、それぞれが、精一杯働いてくれていた。
 そんなある日、たまたま、別の店を偵察に行っていたとき、1人のギャルソンに会った。
 逸樹とは違ったタイプだけれど、とても、接客業をするのに向いている、と思った。
 彼、篠原智裕と、少し話して、そこの店に雇われているわけではなく、ただ、たまたまヘルプで入っているだけだと言っていた。

 常に、その店で働いているわけではないのに、他の店員よりも、経験年数が多いようにみえた。
 会話の受け答えにしてもそう。
 客を喜ばせること、その為にはどうしたらいいのか、それを知っている。
 もとから、人間が大好きらしい。
 これだけ、性分的にも、合っているのに、正式に働いているわけではない、と言うのは、もったいない気がする。

 そこら辺は、智裕には智裕なりの事情があるのだろうし、ヘルプでもこれだけやれる、それならば、ヘルプでも構わないから、試しに自分の店で働いてみないか、と誘った。
 それを承諾してくれて、時折バイトに入ってくれるようになって、その順応性は間近で見ているととてもすごくて、智裕の方も、気にいったようで、ほぼ正式に、『カフェ・リンドバーグ』で働いてくれる事になった。

 智裕を採用するに当たって、履歴書で、実年齢を見た時は、少なからず驚いた。
 あれだけ慣れているのだから、もう少し上かと思っていた。
 話す内容も、逸樹と話していても、遜色なかったから。
 若さは若さとしてあるのだけれど、しっかりとしている。

 そんな智裕と付き合うようになって、やはり、少し踏み込んでみれば、違った面もまた見えてくる。
 智裕にしてもそうだろう。

「ん……ぁ……桐野さ…ん……」

 智裕の若いカラダを抱いて、それに、溺れているようで、逸樹は、自分の年齢というものをやはり考えてしまう。
 けれど、智裕という人間の魅力に抗えない。

「篠原くん……」

「…は……あ……んん…ぁ……っ!」

 逸樹の手で、快感を得て、今、感じている姿を知るのは逸樹だけだ。
 そして。
 シャワーを浴びて、ベッドで逸樹の隣で眠りについた智裕の顔を見ているのは逸樹だけだ。
 寝顔というのは、警戒心とか、気どることとか、全く出来ないから、とても自然な姿だ。
 大人びている智裕も、こういう時はやはり、歳相応で、可愛らしく思う。

 逸樹はそう呼ばないが、店で『ちぃ』と呼ばれるのが、一番相応しい時のようだ。
 そんな、智裕の寝顔を見ながら逸樹は普段決して呼ぶことのない呼び名を口にしてみる。

「ちぃ、智裕くん……智裕。」

 少し身じろいだ智裕だったが、起きてはいないようだ。
 智裕の略歴をみても、留学してスキップしているから、周りにいた人間は、智裕よりも年上だったのだろう。
 そして、そういう人間と接していくうちに精神的にも、自然とかなり大人びてきたのだろう。
 けれど、どこか、早く、大人にならなければ、とそういう生き方をして来た、智裕の中に、ある種の事情のようなものを感じざるを得なかった。
 智裕はしっかりしているから、大丈夫だとは思うのだが、早く大人になりすぎた故の、どこか欠けた部分を補ってやりたかった。

 もちろん、完璧な人間などいないから、逸樹にも、欠けた部分はあるのだろうが。
 逸樹自身はある程度、それを自覚している。

 逸樹も眠気に誘われて、意識は闇の中に落ちていった。

 朝が来て、目覚めて、いつものように仕事に出かける。
 そして、仕事があけて、夜がやってくる。

「ねえ、桐野さん、僕、実は聴こえていたんですよ。桐野さんが、僕の事『智裕』って呼んでくれたこと。桐野さんは、どうしても、他人と距離を置くから、僕と2人きりでいても、どことなく少し距離を置くから、だって、ずっと、『篠原君』って呼んでたし。でも、『智裕』って呼んでくれて、それって、近くにいたい、って思っている証拠だって、思ってもいいんですかね?」

「……聴こえてたんですか。ズルいですね。」
「あ、本当にそうやって、呼んでくれたんですね。夢の中だけじゃ、なかったんだ。」
「夢……では、実際聴いていたわけではないんですね。私は、篠原くんに、カマをかけられたんですか。」
「……それが、現実なら、いいな、と思って。これからは、2人きりの時はそう呼んで下さい。そして、僕も、『逸樹さん』って呼んでもいいでしょう?」
「篠原く……いや、智裕、それは、もちろん……」

「逸樹さんからすれば、年齢的にずっと下かもしれないけれど、僕だって、子供じゃないんですから。」
「そんなことは、わかってますよ。」
「逸樹さんの寝顔も、可愛いですよ。」
「可愛いと言われても……あまり嬉しくないですが。」
「でも、事実だから。それに、僕にも、逸樹さんの特別な表情、見せてください。」

 そうして、覆いかぶさってきた智裕のカラダを受け止めて、その愛撫に身を任せていく。

「ああ……ん……篠原く……ん……」
「『智裕』って呼んでって言ったでしょう?」

 逸樹が、そう呼ぶまで、昂ぶらされて、焦らされて。

「智裕……もう……」

 そう呼んで、やっと与えられた。

「……んん……ぁ……あぁ……智裕……っ!」

 与えられる快感を追って、そして、それを分かち合って、達した。

「僕、ずっと、束縛されるのが嫌で、だから、同じ店で働き続けるのが嫌だったけど、今の店で働けて、同じ所にいても、別に束縛されている訳じゃないんだって、わかりました。何かを独占する事も、独占させる事も同じ。だけど、逸樹さんと一緒の時間を過ごしていきたい。2人きりになっても、窮屈だとは感じない。」

 お互い、大人でありながら、少し欠けている部分。
 例えるなら、どうしても、埋まらなかったパズルのピースをもし、相手が持っていたなら、そこを埋めてもらえばいい。
 自分だけでは、どうしようもないことを、相手と補い合っていけたなら、そして、並んで歩んでいけたなら、それは、とても嬉しい事なのだ。
 欠けた破片(ピース)を持ってくれている相手と出会えたこと。
 その相手と、少しずつ距離を縮めて付き合っていける。
 お互い、歩み寄って、分かち合って。

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『お替り自由』(隆二&逸樹@カフェ・リンドバーグ)

 失ってしまった日から、やはり、それだけ愛していたから、そのダメージは大きかった。
 誰かと恋愛をしたいと思っても、もし離れて行ってしまったらどうしよう、同じように失ってしまうことになったらどうしよう、再び誰かを好きになって、そうなった時、自分は、果たして立ち直ることが出来るだろうか。
 そんな不安が、長い間付きまとっていた。
 他人に、深入りすることを恐れた。
 そうして、自分自身がそうなってしまわないように、それでも、その中で生きていくための処世術を身につけた。

 そんな、自分を、彼自身も辛いはずなのに、ずっと見守り、支え続けて来てくれた人間。 その彼の、自分の中での存在の大きさに、中々気付くことは出来なかったけれど、今は違う。多少強引なところもあったけれども、それでも、本当に、嫌なことを彼は強いてこなかった。

 実質上、自分の店を持って、そこで雇い入れた人間に恵まれた事もあっただろう。雇う際に、もちろん、その人間の適正などを見るのだが、それでも、実際に働いてみないとわからないことも多い。自分が働いてきた経験上、若い人間にその人間によって、それぞれ対応の仕方は違うのだが、教えることもあるし、教えていることによって、自分が気付くこともある。それから、実質上の経験は未熟かもしれないけれど、自分が教わることも。

 まだ若い彼らを見ていて、羨ましいと思う面もある。だが、自分がそこに戻れるか、というとそれは不可能な事だとわかっているし、あの頃ほど、心理的に、情熱的に誰かを愛する事は、やはりないのかもしれないが、それでも、今、確かに、彼に愛されて、そうして、自分を持ち直すことが出来て、彼を、愛している、と思う。

 それに、自分よりも、圧倒的に仕事で忙しい人だから、やはり、中々、時間をとるのは難しい。外で会うか、彼の家で会うか、そんなケースになる。忙しい中でも、自分の為にそうやって時間を割いてくれるのは嬉しい。
 今日の約束も、彼から連絡があったのだが、もしかしたら、都合上、無理かもしれない、とは思ったが、自分の家へと彼を誘った。

「嬉しいね。そうやって、逸樹が誘ってくれるとは。是非とも、都合をつけるよ。」

 そう言ってくれた。恐らくは、その前後で、仕事が更に忙しくなっているのではないかとも思う。多少は無理をしても、どうしても穴の開けられない仕事なら、仕事を放り出すような人間じゃない。彼の喜びが、自分の喜びと共にあるのなら、やはり、嬉しい。

 この期間中は、自分の店『カフェ・リンドバーグ』の方でも、チョコレート関係の品は多い。パティシエの三原の作るトリュフや、チョコレートケーキもまた、人気を馳せている。
 2月14日バレンタインデー当日も完売、といいながらも、自分や同じ従業員の為に、トリュフを残しておくところも、彼らしいかもしれない。
 それを、それぞれ、その場で堪能して、店を閉めた。
 そして、自宅へと戻る。

 ほぼ、約束をしていた時間といっていいだろう頃に、インターフォンが鳴った。
「やあ、逸樹。良かったよ、時間に間に合って。」
「どうぞ。隆二さん。遅れる時でも、隆二さんは、仕方がないじゃないですか。」
「それを言われると、ちょっと辛いのだがな。少しは余裕を持って、時刻を決めているつもりなんだが。食事も、一緒に取れなくて、残念だ。」
「それはまた、次の機会にでも。コーヒーを入れましょう。」
「ああ。逸樹が本格的にいれるコーヒーは久し振りだな。」
「今日は、あまり、そちらの方に、期待をしないでください。」
「逸樹がいれて、不味いと思ったことはないが?」
「いえ、そういう意味ではなくて……。まあ、でも、取り敢えず、試してみてください。」

 そうして、彼の前に液体を注いだ、カップを置く。

「これは……カフェ・モカ、か。」
「ええ。でも、普通のとは、少し違うんです。コーヒーにこれを……『モーツァルト チョコレートクリームリキュール』です。これで、カクテルを作ったこともありますが、今の僕には、これの方が。リキュールのアルコール度数が17%あるので、店ではやはり、出来ませんからね。」
「そうだな。今日は、これが合ってるかもしれない。逸樹自らの手で入れたコーヒーとの調和もとてもいい。そして、これは、今日の私だけの特権、か。お替りは、何杯でも、か?」
「隆二さんに気に入ってもらえて嬉しいです。リキュールの残量がある限り、何杯でも。」

「私からは、たいしたものではないがな。まあ、一応。でもあれだな、デパートの売り場、というのも凄いものだ。」
「隆二さんが行かれたんですか? それはまた、それだけで貴重な。女性客で混雑しているでしょうに。」
「ははは。でも、彼女達は、チョコレートに釘付けで、そこに、私のような男性客がいようが、気にしてなかったぞ。」
「それでも、見てみたかったですね。その隆二さんの姿。」
「……少し時間があったんで、デパート内を、少しうろついてみたよ。普段行かないところも。1月には発売されているんだな。化粧品売り場で、真由子に似合いそうな、春の新色の口紅が目に留まったんで、それを買ってしまったよ。真由子に供えて来た。店員は、大方、『彼女にプレゼントか』とでも思っているんだろうがな。」

 そういって、苦笑する彼。失った過去の思い出の日々を、彼も、共有してくれている。

「ありがとうございます。隆二さん。何よりの、理解者でいてくれると……。」
「理解者……。それもあるかもしれないが、それだけではないだろう?」
「ええ。それは、もちろん。昔のように、情熱的ではないけれど、心の中では、穏やかに、隆二さんのことを、愛してます。」
「ふっ……。情熱的ではなく、穏やかに、か。そういう、恋愛もあるだろう。そういう逸樹もまた、心地良い。どうであろうと、これから長くやっていければ、それにこしたことはない。」
「そう、ですね。僕も、今は、隆二さんと共に。」
「だがな、逸樹。」
「何ですか?」
「心の中は、穏やかなのかもしれないが、身体の方は、とても情熱的に求めて来てくれてると思うぞ?」
「それは……隆二さんも、同じでしょう? その面では、僕も負けるつもりはありませんし、その求めに応じることも。」
「やはり、そういう逸樹もいいな。私も同じだ。」

 空になった、コーヒーカップと、彼から貰ったチョコレートの包みを、机の上に置きっぱなしにして、シャワーを浴びてベッドの上で抱き合った。
 重ねられてくる口付けに応じて、もっと、もっと、と。

 直に触れ合う、素肌が熱を帯びている。
 そして、欲望の兆しもまた、同様に。
 彼の腕に抱かれて、後腔に彼の存在を受け入れる。

「ん……ぁ……隆二……さん……」

 飲み込んで、貪欲に求めて。
 それが、与えられることを知っているから。
 欲して、それが手に届くところにあって、それを、手にして良いと言われて、その手を伸ばすのに、躊躇したくない。
 そこで、戸惑って、何もせずにいるよりも、はるかにましだと思う。

 そうして向かえた絶頂は、確かに、1つの頂なのかもしれない。
 けれど、1つきりではないと知っている。

 彼のカラダを求めて、それを彼が、受け入れてくれるのも。
 そうやって、求めてもいいのだと。

「く……んん……逸樹……ぁ……」

 冬の山に登るのは危険を伴う。
 それでも、わざわざそれを求めて山の頂からの景色を、澄んだ空気を、求める人間もいる。
 冬という寒さに加え、その標高は届くことはなくとも、天に近いのだろう。

 一度築いてしまった、氷塊山を崩すのは、大変かもしれない。
 それでも、ランプに灯をつけて、照らしてくれたなら、それはそれで、見応えがあるかもしれない。

 氷の大陸、南極にも人は挑戦する。
 あそこの氷は、凍っていなければならないのだ。
 全てが水となれば、海は溢れ、陸地を覆い、人の住処はなくなってしまうだろう。
 水を通り越して、全てが、気化してしまえば、人は、やはり、生きていくことは出来ない。

 再び、欲望を放って、休息に入る。
 その間に、ウィスキーをいれたグラスを、2人で口にした。

「そういえば、逸樹。お替りは何杯でも自由だといったよな?」
「ええ。可能な限り。」

 グラスを置いて、カラダを求められて、それに応じていく。
 そんな熱にやられたのだろうか、ウィスキーのオン・ザ・ロックのグラスの中で、氷が、カランと音を立てた。
 これは、領海の侵犯ではないよ。
 お互いの了承の上だから。そう、認め合って、上陸したのだから。

 唯一無二のお替り自由。
 そう、穏やかに、そして、情熱的に、求め合えられる限り、与え合えられる限り、どちらかの命が尽きるまで、何杯でも。



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『大人の甘み』(隆二&逸樹@カフェ・リンドバーグ)

 幾つになっても、今日という日は、逸樹にとって特別なのだろう。
 それぞれ、それぞれに、とって、『この世に生を受けた』という日。
 それを、覚えていてくれて、祝ってくれる人がいる。
 やはり、それはとても嬉しいことなのだ。

 辛いことがあった、悲しいこともあった。
 それでも、まだ生きているということ。
 死んだら……もう、会えない。
 一緒に祝うことも出来ない。

 もし、亡くなった人を想って、その人のことを思い出したのなら、その人は、あの世で笑っていてくれるだろうか。
 生きて一緒に祝うことが出来たら、どんなにいいかと思う。
 けれど、失った人はもう戻らない。

 そして今、共に祝ってくれる人がいるのなら、その人と、共に生きていたいと思う。
 それを許してくれるだろうか。
 例え、許してもらえなくても、構わない。
 今の、逸樹の想いが逸樹にとって大切だから。
 そして、同じように、逸樹のことを、大切だと想ってくれる人がいるから。

 『カフェ・リンドバーグ』で、ささやかなお祝いというには、多少豪勢とも思えるお祝いをしてもらった。
 その腕を振るったのは、殆ど、三原だったけれども、それを、企画し、一緒に祝ってくれた従業員に、感謝している。
 逸樹は今手がけている、この『カフェ・リンドバーグ』を愛している。
 そして、一緒に支えてくれる従業員に支えられて愛されていると思う。

 そして……。

 以前、隆之に誘ってもらったバーで、再び、隆之と会う。
 この、特別な日に。

 バーの扉を開けると、マスターの声に出迎えられた。
 隆之はまだ来ていないようだ。

「いらっしゃいませ。」
「こんばんは。」

 カウンターの一席に座り、店内をそれとなく見回す。
 そして、差し出されたメニューに眼を通す。
 取り敢えず、隆之が来るまで、何か軽いものを、と考えていたところに、隆之がやって来た。

「いらっしゃいませ。」
「こんばんは。マスター。すまなかったね。逸樹、少々、遅れたようだ。」
「いえ、隆之さん、僕も、今来たところですから。それに、本当にありがとうございます。お忙しいのに、時間を作ってくださって。」
「当然だろう。今日は、偶然、『カフェ・リンドバーグ』の方による用事があって、忙しそうだったので、店の方には寄らなかったが、やはり、流石、逸樹の店だ。上手くいっているようだし、離れたところからだが、働いている逸樹の姿を見られてよかったよ。」

「……隆之さん……お恥ずかしい。」
「恥ずかしがることなんてないだろう。働いている人間の、真剣な姿とは、いいものだ。」
「僕も、隆之さんが働いている姿は、憧れます。」
「憧れ、か。本当に、それだけか? 逸樹。」
「隆之さん……」

「ああ、そうそう。マスター。実は、今日は、逸樹の誕生日でね、何か、いいものあるかな。」
「いいもの……ですか。誕生日、とは関係ないのですが、お二人とも、甘い物は苦手でいらっしゃいますか?」
「私は、苦手というわけではないが、それ程、得意でもないな。逸樹は、大丈夫だろう?」
「ええ。そうですね。」

「もしよろしかったら、こちらを。一応、今日限定なので。」
 そうして、2人の目の前に置かれたのは、チョコレートだった。

「マスター、これは?」
「トリュフ、ですね。きのこに似た形状をしているでしょう? 本物も、世界三大珍味の1つですが。本日、10月15日が日本できのこの日とされているので、それで。チョコレートなら、様々なアルコールに合いますから。ウィスキー・ボンボンがあるように、ウィスキーでも、焼酎でもワインでもビールでも。トリュフ自体にアルコールを入れることが多いそうなんですが、アルコールと味わっていただく為に、入っていません。」

「ちなみに、ウィスキーと合わせるとしたら、何を置いています?」
「ブレンデッド・ウィスキーと、アイリッシュ・ウィスキーの方ならございます。」
「では、私は、ブレンデッドの方をロックで。逸樹はどうする?」
「元々、トリュフにはどういった種類のアルコールを入れるものなんでしょうか?」
「確か、ラム酒や焼酎などを。ああ、そういえば、何かで有名になったらしい、焼酎トリュフの焼酎の方は、今、当店にございます。」
「では、それでお願いします。」

「しかし、チョコレートに合わせるなら、バレンタインでもよさそうなものを。」
「バレンタインは、お店からよりも、恋人からの方が嬉しいでしょう。男性同士でも。その日はその日で、何か、オーナーは考えていらっしゃると思いますけれど。」
「そういえば、以前のお礼を直接伝えていないのですが、いらしてないのですか?」
「すみません。本日は、開店直前に、寄ってすぐに帰りました。四明後日は、仕事の方で、こちらに来るのですが。」
「そうですか。」
「申し訳ありませんね。気を使わせてしまったみたいで。うちのオーナーのやる事は、オーナーが好きでやっていることなので、あまり気になさらないでください。では、ごゆっくり。」

 会釈をして、マスターが他の客の方へ向かっていった。

「じゃあ、逸樹、お誕生日おめでとう。」
「ありがとうございます。隆之さん。」
 始めの一杯を飲んで、次は別の物でと、お互い、逆のものをマスターに頼んだ。

 程よく飲んで、店を後にし、タクシーに乗って、隆之が用意したと言うホテルに向かった。
 そうして、隆之に求められて、それを受け入れて、その快感に酔った。

「あ……ぁあ……ん……隆之さん……」

 その名を呼んで、今、逸樹の目の前にいるのは、隆之なのだと、確認する。
 そして、隆之も逸樹を受け入れてくれる。

 隆之の目の前にいるのも、逸樹なのだと。

「逸樹……イイよ……」

 まだ若かったあの日々も忘れない。
 そして、その上に今現在が成り立っている。
 歳をとってきても、大人は、大人で、その甘さがある。
 ただひたすら甘いだけではないものが。

 今は、今で、大切な人と、大切な日を祝えている。
 これから、何年先に、君の元へ逝くだろう。
 その時、君は、どんな顔をしているだろう。
 でも、それまでは、隆之と共に生きていけたら、と願っている。


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『ヴィンテージ』(隆二&逸樹@カフェ・リンドバーグ)

 自分が、あの店『カフェ・リンドバーグ』を任されるようになって、何年目になるだろうか。
 今日は、その何週年目かの記念で、店が上がった後に、働いてくれている人たちと一緒に、ささやかながら、お祝いをした。

 彼らが、店に馴染んでくれて、従業員同士仲良くしてくれていると、店自体の雰囲気も良くなるので嬉しい。
 パティシエとしての三原の腕はかなりのものだし、ギャルソンの篠原、一ノ瀬、高見沢、それぞれの接客に対する姿勢は、例え一見様だったとしても、常連客だったとしても、変わりなく丁寧に接してくれている。

 そして、そのおかげで、この店も、繁盛することが出来ている。

 従業員とのささやかなパーティーを終えた後、この店以外にも、チェーン店を展開していて、渡辺グループの総帥として、多忙な身である隆之さんからも、招待を受けていて、その待ち合わせの為に、バーに向かった。

 そのバーに来るのは初めてだった。
 一応地図を渡されていたが、あまりにも小ぢんまりとしていたので、一瞬、その入り口を見落としてしまいそうになった。

 店の名前を見ると、そこには、『Labyrinth 』と記されてあった。
 そのバーに入ると、もう隆之さんは来ていて、独りでカウンターで飲んでいた。
 明るすぎない照明と、華美ではないのだが、店内に飾られた、ゴシック調の調度品。
 その店内の雰囲気とあいまって、賑やかさはなく、穏やかな空間が流れていた。

「逸樹、お疲れ様。」
「隆之さんこそ、お忙しい中、わざわざありがとうございます。」
「従業員たちとも、お祝いをしてきたんだろう。いいな。若い子達に囲まれて。」
「そんな、いやですね。隆之さん。」

 隆之が逸樹のことを、からかうように言ってくる。
 昔からの知り合いとはいえ、隆之にはかなりの立場がある。
 それでも、こんな風に、自分に対して、ずっと変わらぬ態度で接してくれるのはとても嬉しい。

「逸樹、酒はいけるか?」
「あ、ええ。」
「ここのマスターの腕は、中々のものだぞ。」
 そう言って、この店のマスターを紹介された。
 年は、私達より、少し下くらいだろうか。
 隆之が、中々、と褒めるくらいだから、余程いい腕をしているのだろう。

「はじめまして。何になさいますか?」
「私と同じものでいいかな。これを手に入れるのは、中々、難しかったでしょう。」
「そうですね。滅多に手に入らないものですし、お試しになってみられますか?」
「そんな貴重なものを、よろしいのですか?」
「ええ。折角に機会ですから、どうぞ。」

 その重厚な味わいは、かなりの年代物だろう。
「マスターは、お一人で、このバーを開かれているのですか?」
「実質上の運営は。私は、雇われマスターですし、残念ながら、それ程の経営手腕もありませんから、オーナーにかなりの面で、頼っている部分はありますが。」
 雇われマスター、か。
 私と同じ、と言うことか。
 逸樹の場合は、隆之に経営上の実質を殆ど任されているから、多少は違うのかもしれないが。

 隆之の話によると、隆之とここのオーナーとが、知り合いらしい。
 ここのオーナーは、いわゆる企業家ではないから、持っている店も、この店一軒だけだし、それだからこそ出来るのだろうか、これだけ、趣向性の富んだ店を持っていられるのは。
 実益がどれくらいあるかわからないが、かなり、趣味が入っているように見える。
 それでも、経営を続けていけるのは、やはり凄い。

 隆之の企業家としてのその手腕の程は知っているつもりだが、実際、その面での顔を殆ど知らない。
 以前、逸樹自身、店をもっていたこともあるが、隆之に自分の腕を見込まれて、誘われて、今の『カフェ・リンドバーグ』を持つに至ったが、そのことにも、とても感謝している。

 渡辺グループに入るまでも、色々、世話になってきたが、そういう男に、見込まれて、自分の腕を磨いていけるのは、逸樹にとってもかけがえのないものだった。

「ふふ、僕は、隆之さんに見守っていただけなかったら、どうなっていたでしょうね。」
「逸樹はいつも本心を押し殺すからな。私の前で、それをしないでいてくれているのは嬉しいよ。それに、今の、逸樹があるのは、逸樹自身の力だろう?」
「そう隆之さんに言っていただけると、光栄です。」
「私は、逸樹のそういうところも、嫌いではないが、もっと、自分の魅力に気付くべきだ。」

「僕の……ですか?」
「ああ、どうだ。『カフェ・リンドバーグ』にしたって、逸樹が見込んで、そして、彼らも、逸樹の期待に応えるため、熱心に働いて、やっていけている。そして、私も、そんな逸樹に期待している。」
「僕も、隆之さんの期待に応えたいと思っていますよ。」

 そう、相手に期待されたら、それに応えたいと思うのは当然のこと。
 まして、それが、特別な相手だったら。
 あの子達は、逸樹の期待に応えようとしてくれている。
 そして、そのおかげで、あの店も成り立っている。

 そんな店を続けられることを、あの子達が望むなら、逸樹もその期待に応えないわけにもいかない。
 もちろん、隆之の為にも。

「ああ、そういえば。」
 マスターが話しかけてきた。
「今日、そちらのお店の記念日でしたのですよね。渡辺さんから、オーナーの耳に入ったようで。」
「ええ、そうですけど。」
「こちら、オーナーからです。折角お二人でいらっしゃっているから、お二人で召し上がってください。」
 それは、『カフェ・リンドバーグ』を開店した年のヴィンテージもののワインだった。
 そして、メッセージカードに『これから益々、熟成されることを願って』そう添えられていた。

「あの、いいんですか。私は、その方にお会いしたことがないんですけれど。それに、こちらのバーに寄らせてもらうのも初めてですし。」
「渡辺さんとオーナーは、元々知り合いですし、オーナーは、そちらのお店に出向かれたこともあるようです。」

「はは、彼らしいな。逸樹、折角だから、いただいておこう。こういう場合は、受け取らないのも、相手に恥をかかせることになる。」
「では、本当にありがたくいただきます。オーナーにもよろしくお伝えください。」
「はい。かしこまりました。」

「マスター、これ、もうすぐに飲めるのかな?」
「冷蔵庫で少し冷やされてからの方がいいかと思います。」
「そうですか。ありがとう。」
「もしよろしければ、こちらをどうぞ。」
 それは、手軽に扱えるスクリュープルというコルクスクリューだった。
「もしかして、これも、彼から?」
「ええ。」
「本当に抜かりのない人だな。」
 隆之が苦笑している。

「逸樹、折角の記念日だから、スウィートをとってあるのだが。」
「隆之さん……。」
「もちろん、断らないだろう?」

 どうして、この誘いを断ることが出来ようか。
 逸樹自身も望んでいることなのに。

 ホテルに着いて、備え付けられた冷蔵庫にまず先ほどもらったワインを入れておく。

 そうして、キスを交わし、お互いのカラダを貪りあい、その熱を受け入れあっていく。
 記念日だから、久し振りだから、そして、それ以上に、お互いのカラダを欲しているから。
 欲して与えられ、欲されて与える、その快感を、その信頼関係を。

 行為を終えて、ワイングラスにワインを注ぎ、グラスとグラスを重ねあった。
 これが、『カフェ・リンドバーグ』と共に過ごした年月の味。
 そして、あのメッセージカードにあったように、これからの『カフェ・リンドバーグ』と隆之と逸樹は熟成を重ねていく。



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