君にブログの才能はない。

東京に住み始めた社会人の日記。シンゴジラ>アイマス>ラブライブ

漫画と小説の本棚を作り、「かぐや様は告らせたい」の感想書いた

そういえば小説と漫画の本棚がないと思ったので作って。

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取り急ぎかぐや様の感想を書きました。

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読んで。マジで。

アクタージュ scene18. 枕投げ 感想

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アクタージュ

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道に迷った話。

 本当の優しさとはなんなのだろうか、と考え始めると僕は道に迷ってしまう。それは仕事や、家庭や、様々な場面に当てはまる問いだ。似たような問いに、本当の愛とはなんだろう、などがある。

 アナと雪の女王でオラフは「本当の愛?そんなの簡単さ。自分より人のことを大切に思うことだよ」と言った。道化に真実を語らせるのはディズニーの常套手段だが、まあ、僕の心は僕が望むよりも簡単にできているから、泣いた。

 本当の優しさ、そんなものはまやかしだ。そういう意見もわかる。自分にとって本当に大事なのは自分だけ。僕は割とそう思って生きてきた。僕がした優しさに見える何かは、きっと本当の優しさではないのだ。本当の愛でもないのだ。だから伝わらず、それを悪用されたり都合よく解釈されるのも当たり前なのかもしれない。

 「本当の愛?そんなの簡単さ。自分より人のことを大切に思うことだよ」オラフよ、それは全くもって簡単じゃない。つまり、それって嫌われるかもしれないってことじゃないか。誤解されて、嫌われて、それでも自分より相手のことを考えているならばダメージを受けることなどない。ダメージを受けるのは自分が大事だからなのだ。僕の優しさは真実の鏡に映せば、自分のやりたいことを選んで相手のやるべきことから奪っているだけなのかもしれない。それは思ったよりも簡単で、簡単だから伝わらない。

 仕事をはじめて7年目、簡単なことばかりやっている人たちの姿に一人怒りに震えていた僕は、その言葉を今度は自分に向けねばならない。本当に、面倒な話だ。人と仕事をするのは。そう思わないかい?

 しかし希望は人の中にしかなく自我も人とのつながりの中にしかない。そこだけは僕は確信している。人は悪意を持つ。裏切る。だがそれがどうした。今日偽物の優しさを行使して人から役割を奪った僕は明日は意図せず本当の優しさを行使しているのかもしれない。同じだ。そして僕は人間の不確定さを愛している。そこはオラフにも恥じることない、本当の愛だと思う。多分。

 何もかもうまく行かなくて、全ての善意は徒労に終わり、頑張っている人が損をする、そんな仕事が溢れているのに、それでも人が仕事をやめない理由は、憲法に書いてあるからではないのだ。仕事がしたいから、仕事を通じて人に触れたいからなのだ。何もかもうまく行かなくて、全ての善意は徒労に終わり、頑張っている人が損をする、それでも、人を、この場所をなかったものにはしたくない。きっとそれになんとなく気づいている人が多いのだ。

 うまくいっていても、いかなくても、自分に嫌気がさしても、時には逃げ出しても、また僕は偽物の優しさを抱えて電車に乗る。そして誤解されて、冷たい言葉を吐かれて、呪いの言葉を空に放って、それが流れ星になって、何処かの誰かがそれに願いをかけている。面倒だけれど、悪くない。 うまくいっていても、いかなくても、自分に嫌気がさしても、時には逃げ出しても、また僕は偽物の優しさを抱えて電車に乗る。そして誤解されて、冷たい言葉を吐かれて、呪いの言葉を空に放って、それが流れ星になって、何処かの誰かがそれに願いをかけている。面倒だけれど、悪くない。

あご出汁鍋の奇跡

僕は自他共に認めるクズの本懐なので、趣味が一番捗るのは何かやらなければならない別のことがある時である。それはすなわち、TOEICの受験勉強をしなければならない今日のような日のことを言うのであるが、電車の中で日課のリスニング教材、ではなくスマホゲームの周回をこなした僕は、いよいよ家に帰ったらリスニング教材をやらねばならないストレスに直面して、なぜか帰り道のスーパーで一人用に切り揃えられた野菜とさとーのごはんと鶏団子を購入していた。腹が減っては戦はできぬ、この夜遅くに一人鍋に興じようという試みである。幸いあご出汁鍋のもとは購入済みであるのだ。

そして僕は家に帰ると手早く料理に着手した。と言っても、全て放り込んで待つだけである。しかし僕はここで奇跡を目にする。一人暮らしの問題点というのは食材の分量の調整が難しいことなのだが、僕が放り込んだ鶏団子と野菜は、なんと鍋の素の2人前の分量を忠実に再現していた。これは運命なのではないか。

僕はそっと、鶏団子の出汁が滲み出たあご出汁の味見をしてみる。無茶苦茶うまい。うますぎる。滲み出た鳥の油と鶏団子に含まれていた生姜が、あご出汁と奇跡のコラボレートを果たしている。しかし、料理というものは不思議だ。海を泳ぐあごと、地中の生姜と、地を力強く踏みしめるニワトリがどうしてこのような調和を奏でることができるのか。

ちゃんこ鍋に魚。なるほど、それは全て海だ。
しかしあご出汁鍋に鶏団子。これは異物ではないか。

僕はあつあつの鶏団子を頬張りながら、母なる大地が生み出した奇跡の具材のコラボレーションに舌鼓を打つ。奇跡とは気付かないところに潜む。そう、あなたのすぐ隣にでも。

そして僕は最後の仕上げに入る。几帳面に残しておいたさとうのごはんを、綺麗な鶏の油が浮いたあご出汁に投入し、卵をまわし入れる。そして煮え立ったら少しの塩胡椒。ここに神はいた。ミシュラン三ツ星の大金星。どうしてこんなに美味しいのか理解に苦しみながら、僕はあご出汁卵雑炊をペロリとたいあげる。

日本は終わった。世界は闇だ。好きに言えばいい。一人暮らしの冴えないサラリーマンが、時短のためご飯も炊かず包丁も使わずにこのような料理の天上の調べを味わうことができる。これは日本の、日本だけの素晴らしい文化である。幸せは食事の中にある。僕は分量通りに丁寧に作る鍋の奥深さを学んだのだった。

そのあと30分、リスニングの勉強をした。

2017年 アニメランキング

新年最初の記事は、2017年アニメの感想を、ゆるいランキング形式でお届け。
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僕らはみんな健康の奴隷

金は命より2

最近、ジム通いをはじめた。
人間の体とは実によくできているもので、
毎日仕事でデスクワークをし、休日は家でゲームをしている人間の筋力は、
みるみる最適化され、不要な筋肉は削ぎ落とされる。

そして大学生後半からスポーツをやめて、過剰な最適化がなされた僕の体は、
普段の生活が不快になる程度にはぼろぼろになってしまったのだった。
ボロボロの体では、体を起こしてPS4をやるのも億劫で、
寝転がったままスマホゲームをやるぐらいしかできることがない。

趣味の時間すら阻害されるのだから、もう仕方ない。
僕は諦めて、潔く健康のためにお金と時間を使う事にしたのだった。
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