儒教の評価を再検討しよう

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1: 世界@名無史さん 2019/02/03(日) 07:46:10.25 0
フランスの高名な哲学者ヴォルテール氏はかつてこのように言った

「儒教は実に称賛に価する。儒教には迷信もないし、愚劣な伝説もない。また道理や自然を侮辱する教理もない」

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【J】フランス革命←これで今のフランスが出来たんやろなあ

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1: 名無しさん@おーぷん 2019/03/13(水)22:23:26 ID:pfm
全然違って草
この後すぐ王政に戻ってるやんけ

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【考古学】紀元前450年ごろに歴史家ヘロドトスが見たナイル川の貨物船「Baris」は実在した

1: しじみ ★ 2019/03/18(月) 16:07:50.64 ID:CAP_USER
古代ギリシアの歴史家・ヘロドトスの著作「歴史」第2巻にはナイル川についての記述があり、「Baris」と呼ばれる貨物船が描写されています。長らく、学者たちはその文章の解釈に苦労していましたが、ナイル川河口近くで沈んでいた船の調査により、Barisがどういうものだったのかが明らかになっています。


ヒルティ財団の支援を受けて、アレキサンドリア近海の調査を行っていたオックスフォード大学海洋考古学センターは、水没した港湾都市「トロニス-ヘラクレイオン」の遺跡周辺で、船体の70%が残っているという極めて状態のよい難破船「Ship 17」を発見しました。

調査に携わったアレクサンダー・ベロフ氏の論文掲載の資料によると、見つかった時点の姿はこんな形だったとのこと。
https://i.gzn.jp/img/2019/03/18/herodutus-egyptian-boat/01.png

トロニス-ヘラクレイオンはこのあたり。アレキサンドリアの北東に位置します。
https://www.google.com/maps?ll=31.304167,30.100556&z=10&t=m&hl=ja&gl=JP&mapclient=embed&cid=4716057926406606565

(略) 

ヘロドトスが「竜骨(キール)に穴が開いていて舵を通していた」という操舵システムは、このようなものであったと考えられています。
https://i.gzn.jp/img/2019/03/18/herodutus-egyptian-boat/02.png

オックスフォード海洋考古学センターでは研究結果をまとめて出版しており、Ship 17についての話は「Ship 17: a baris from Thonis-Heracleion」という書籍にまとめられているとのことです。この本はAmazon.co.jpでも購入可能で、記事作成時点の価格は6458円です。

全文は
https://gigazine.net/news/20190318-herodutus-egyptian-boat/

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なぜ日本人はクツを捨てたのか

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1: 日本@名無史さん 02/06/02 07:27
古墳時代の豪族達、奈良時代、平安時代の貴族、役人達はくつを履いていた。しかし武士はクツをはかなかった。武士の世になり、クツを履く人口はますます少なくなった。江戸時代、クツを履いていたのは、京のお公家さん数百人くらいだと思われる。奈良時代なら、貴族、官人と地方役人で、少なくとも2-3万人の日本人はクツを履いていたはず。
坂上田村麻呂の軍隊だってみんなクツを履いていたかもしれない。官軍だから。
しかし秀吉の朝鮮出兵軍はみんなわらじだった。そりゃ、みっともないって。朝鮮軍や明軍にバカにされるわ。
そりゃ、寒いって、氷点下20度のところでわらじじゃあ。

なぜ、時代がさかのぼるにつれ日本に限ってクツをはかなくなったのか。どう考えたって、ぞうりやわらじよりクツのほうがいいじゃん。
この疑問に答えられる人募集!

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方言調査するからちょっと来てくれ

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1: 名無しさん@おーぷん 2019/03/17(日)21:48:09 ID:o2x
「どんつき」ってわかる?

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【歴史】吉野ケ里遺跡で弥生時代後期のすずり。有明海沿岸で初。佐賀県教委発表

1: 記憶たどり。 ★ 2019/03/14(木) 11:32:19.98 ID:KqMMqTwn9

佐賀県教育委員会は13日、国特別史跡の吉野ケ里遺跡(同県神埼市、吉野ケ里町)で出土した石製品が弥生時代後期のすずりとみられると発表した。すずりは北部九州を中心に相次いで確認されているが、有明海沿岸では初めて。県教委は「吉野ケ里では中国大陸や朝鮮半島の遺物が出土しており、すずりは有明海を通じた対外交流を裏付ける史料の一つ」としている。

すずりは、弥生後期の竪穴住居跡から1993年に出土した。長さ7・8センチ、幅5・2センチ、厚さ1・0センチ。
長方形の板状に整形され、全ての側面が磨かれているため、完成品とみられる。表面にこすったような跡が残る。
ただ、墨が付着した痕跡は確認されていない。

(略) 

県教委は14日から4月上旬まで、吉野ケ里歴史公園で展示会を開く。


全文は
https://www.nishinippon.co.jp/nnp/culture/article/494037/

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土偶の作られた本当の意味

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1: 天之御名無主 2016/06/20(月) 20:46:02.29
語ろう

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豊前小倉十五万石 小笠原家

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1: 日本@名無史さん 2007/12/19(水) 18:18:29
小倉藩について語るちゃ
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古代マヤ文明の遺跡で見つかった「雨乞いの儀式」の痕跡

1: ガーディス ★ 2019/03/17(日) 10:38:31.71 ID:0DN5TXRS9
マヤ文明の古代遺跡チチェン・イッツァ(Chichén Itzá)の地下にあるバラムク洞窟で、1000年前から手つかずになっていたと見られる、儀式用の部屋が見つかった。

マヤ文明の神話では、洞窟や洞穴は「シバルバ(恐怖の場所)」への入り口とされている。洞窟や洞穴はこの地域における、貴重な水源でもあった。

(略)

今回発見された部屋からは、155以上の遺物も見つかっている。雨の神「トラロック」の祭礼品や聖なるジャガー「バラムク」の像、日常的に使われていた道具なども見つかった。祭礼品や像の様式から、これらの遺物は7世紀から10世紀のものとみられている。

マヤ文明の滅亡を招いた主な原因としては、西暦800~1000年にユカタン半島で続いた干ばつがあげられている。今回の発見はこの説に沿うものかもしれない。西暦700~1000年頃、チチェン・イッツァの人々は儀式用の部屋で、雨の神に遺物をささげていたと推定できる。人々は雨を降らせようと必死で祈ったが、彼らの願いは叶わなかったのかもしれない。

全文は
http://news.livedoor.com/lite/article_detail/16172559/
http://image.news.livedoor.com/newsimage/stf/9/8/984cb_1522_d6e4a74b_b9d88615.jpg

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【茶器バカ】松永久秀【爆死】

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1: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/06/19(月) 14:31:09 ID:L2VjuquY
ヌメロウノ戦国野郎。

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