[19世紀後半幕末総合]南北・普仏・西南・日清戦争



2: 名無し三等兵 2013/08/13(火) NY:AN:NY.AN ID:???
19世紀後半総合スレです。 

日本史で見ればペリー来航からの幕末動乱期から 
幕府倒壊・戊辰戦争、明治維新・明治新政府、西南戦争、日清戦争。 

世界史で見ればパックス・ブリタニカ、インド大反乱・南北戦争・普仏戦争・ドイツ統一、イタリア統一 

兵器史で見れば雷管発明、リボルバー発明、ミニエー弾、ガトリング銃、アームストロング砲、ボルトアクション小銃完成、モニター艦、装甲艦(甲鉄艦) 四斤山砲(フランス製前装ライフル式の青銅製山砲)など 

戦列歩兵・散兵戦などの歩兵戦術から、帆船や蒸気船などまで 
19世紀後半の時代で軍事に関係することなら陸海軍問わず、東洋・西洋の違いも問いません。 

上記すべての分野に全部精通している人なんていません。 
特定分野に詳しい神が降臨したら歓迎しましょう。 
その人が何か別の分野で間違っていても、叩きすぎないようにしましょう。 



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もし信玄と謙信が争わず同盟を結んでいたなら?

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1: 人間七七四年 2018/01/06(土) 14:05:26.87 ID:XaulE2tK
無駄に時を費やした川中島の戦い自体なかった
武田信繁も長生きしたかもしれない
家督も義信が継いでいたかもしれない

戦国史変わると思いますか?

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【お江戸の人らは稗や粟を食べてはるらしいどすなぁ】江戸時代の毛髪分析で食生活判明 上方人は江戸っ子より米を多く食べていた可能性

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1: 水星虫 ★ 2018/08/14(火) 19:04:03.06 ID:CAP_USER9
江戸時代の毛髪分析で食生活判明

http://www3.nhk.or.jp/lnews/kyoto/20180814/2010001257.html

江戸時代に出版された本の繊維に紛れ込んだ髪の毛を分析した結果、当時の食生活や地域間で食事の内容が違うことがわかったと、龍谷大学などの研究チームが発表しました。

これは龍谷大学理工学部の丸山敦准教授の研究グループが14日、イギリスのオンラインの学術雑誌で発表したものです。江戸時代の本の表紙に使われている再生紙には、当時の人の髪の毛が繊維にからまって紛れ込んでいることがあり、研究グループは、本が出版された時期や地域ごとに、髪の毛に含まれる窒素や炭素を特殊な装置で分析しました。

研究グループによりますと、窒素や炭素の同位体の比率からおおまかな食事の内容がわかり、江戸時代中期から後期にかけて海の魚を食べる割合が次第に増えていったことや、江戸の人たちがアワやヒエなどの雑穀を多く食べていたのに比べ、京都や大阪の人たちはコメを多く食べていた可能性があることが確認できたということです。

江戸時代の本は古本市などでも手に入りやすいことから、丸山准教授は、「今後は研究の材料をさらに収集し、細かい年代や地域を分析して飢きんの時期に、何を食べていたのかなどを調べていきたい」
と話していました。

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あなたが思う戦争映画の最高傑作を教えて下さい!

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1: 名無し三等兵 2017/10/04(水) 01:17:45.50 ID:/tmJWMmB
プライベートライアン

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あなたの町にある戦争、軍隊の名残

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1: 名無し三等兵 2017/04/06(木) 05:03:45.67 ID:+56lfJvX
あなたの町にある戦時中使われた物や施設、兵器など残ってたりしていたら書いてきましょう

ちなみに私の地元福井県には歩兵第36連隊が駐留していました。
戦後、駐留地があった所には部隊名がついた三六町が生まれました。

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【軍事】「間違いなく世界一の船だった」104歳の元乗組員が大和を語る



1: Toy Soldiers ★ 2018/08/14(火) 20:13:15.08 ID:CAP_USER9
深井俊之助氏は、大正3年生まれの104歳。部屋の中を杖もつかずに歩き、座る姿勢は背筋がピンと伸び、驚くべき記憶力で理路整然と語る。

深井氏は戦前、海軍の通信技術者だった父親の影響から海軍兵学校に入り、終戦まで戦艦乗組員として活動した。そして、いくつかの艦を乗り継ぎ、昭和19年3月、少佐として世界最大と謳われた戦艦「大和」の副砲長を命じられた。

深井氏がその当時を振り返る。

「『大和』は遠くから見るものであって、自分が乗るものとは思ってもいなかった。いざ乗船してみると、その大きさに驚くばかり。なかは迷路のようで、艦の後方に行くとどこにいるのかわからなくなるので、そんなときは階段を上って甲板に出て、艦橋を見上げて確認しました。

艦内は冷暖房完備。艦橋はビルのような高さでしたが、士官や伝令などはエレベータを利用できた。副砲長は艦の序列では上から5番目です。『大和』の乗員約3300名のうち250名が私の部下でした。

進路の指示をした時は足が震えるほどの緊張を感じました。漁船をよけようと思って『取舵15度』と指示しても、艦が大きいから全然曲がらない。いざ曲がり出して舵を戻しても、今度は元に戻せない。どうしようかと思いましたよ。

『大和』は間違いなく世界一の艦だったと思います。今後、これ以上の艦は建造し得ないと思っていたし、当時のすべての米艦船より優れていた。

主砲の46cm砲はいうまでもなく世界一ですが、私が指揮した15.5cm副砲も優れていた。砲弾の初速は毎秒920mと世界最高クラスで、命中精度も極めて高かった。

待遇でも『大和』は優遇されていました。士官の夕食は洋食のフルコースで、ステーキも出た。アイスクリームを食べられるのは『大和』だけで、他の船からも“大和ホテル”だと言ってアイスクリームを食べに来る乗組員がいたほどです」(深井氏、以下「」内同)


(以下略)

全文は
http://news.livedoor.com/lite/article_detail/15157773/

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【J】足利義輝ってどうやれば幕府再興できたんや?


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1: 名無しさん@おーぷん 2018/04/10(火)11:20:33 ID:BJ5
剣豪将軍の末路が悲しすぎて草

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【J】「徳川家康は天ぷら食いすぎて死んだ」「戦国時代のロープは味噌汁にできた」←これ

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1: 名無しさん@おーぷん 2018/04/05(木)12:29:47 ID:ytr
わいデブなんやけど、こういう食べ物の歴史話知りたい

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雄登さん致麻さん大発見 遺跡から装飾刀剣 高校生が見つける かつて栄えたオホーツク文化の北海道枝幸町

1: 水星虫 ★ 2018/08/11(土) 04:14:12.77 ID:CAP_USER9
遺跡から装飾刀剣 高校生が発見



http://www3.nhk.or.jp/lnews/sapporo/20180810/7000002187.html
※NHKローカルニュースは元記事が消えるのが早いので御注意を

オホーツク沿岸の地域でかつて栄えたオホーツク文化の道北の枝幸町にある遺跡で、花びら模様などの装飾が施された刀剣を地元の高校生が発見しました。同じような刀剣は本州でも出土しているということで、専門家は当時の交易を知る上で貴重な発見だとしています。

道北の枝幸町にあるおよそ1200年前のオホーツク文化の集落跡、目梨泊遺跡で、枝幸町教育委員会の発掘調査に参加していた枝幸高校の2年生2人が墓の跡から刀剣を発見しました。刀剣は50センチほどの鉄製で、木製の「つか」には座金と呼ばれる青銅で造られたとみられる装飾が埋め込まれています。
また木製の「さや」に付いた金属には細かい花びら模様が施されています。

細かい装飾の刀剣がオホーツク文化の遺跡から発見されるのは初めてだということです。
発見した黒木雄登さんは、「発掘作業は大変でしたが刀を発見できてうれしいです」と話していました。
また広田致麻さんは、「今回の発見がオホーツク文化を深く知るのに役だって欲しいです」と話していました。

発掘調査を指揮している札幌大学の川名広文教授によりますと、同じような形状の刀剣は
本州の遺跡から出土しているということで、当時の交易を知る上で貴重な発見だとしています。
川名教授は、
「見つかった刀剣が本州のどの地域のものとより似ているかなどを今後究明していきたい」
と話しています。

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荘園について語ろう

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1: 日本@名無史さん 04/02/25 16:41
とりあえず、不輸・不入の権

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