ゲナエウス・ドミティウス・アンニウス・ウルピアヌス


1 :世界@名無史さん 2010/10/18(月) 10:16:29 0

法は人を支配し、人は法を支配する




12 :世界@名無史さん 2010/10/18(月) 15:13:37 0

王権神授説では、王の意向と法律とはどっちが優先なの?




13 :世界@名無史さん 2010/10/18(月) 16:25:17 0

>>12
王の意向だよ。王は神に成り代わって世俗を納めるというロジック。
しかし、その分教会(法王)の下に置かれる。カノッサの屈辱がその典型例。



15 :世界@名無史さん 2010/10/18(月) 17:16:50 0

>>13
そうじゃないでしょ。王権神授説では王権も教会
神に直接由来するものなんでしょ。




16 :世界@名無史さん 2010/10/18(月) 18:51:41 0

>>15
だから由来するというロジックで国王が「珍は国家なり」といって自由に制度を決めたから
絶対王制と言われてるんだよ。国王が従うのは法王だけだから。




17 :世界@名無史さん 2010/10/18(月) 20:46:46 0

絶対王政は法王からも皇帝からも独立してるんだよ。




18 :世界@名無史さん 2010/10/18(月) 20:56:02 0

ピョートル1世は「皇帝は神に対してのみ責任を負う」
と言っていたらしいが、聖書には一番えらい者は皆に仕えなさいとか
書いてあるんだが・・・。

「君主は神にも臣民に対しても責任を負う」ってのが
キリスト教的には正しいんじゃないの?
ルイ16世はどうもそういう思考をしていたようだ。




27 :世界@名無史さん 2010/10/19(火) 09:19:39 0

>>18 ルイ16世?




33 :世界@名無史さん 2010/10/19(火) 19:48:06 0

>>27

最近の研究で、ルイ16世は実は極めて開明的な君主だったことが
明らかになりつつある。




35 :世界@名無史さん 2010/10/19(火) 20:14:29 0

>>33
>ルイ16世は実は極めて開明的な君主だった
開明的というより優柔不断だったため諸侯らのアンシャン・レージムをコントロールしきれず、
また革命勢力のプチ・ブルジョワジーを押さえ込む施策も後手に終わっている。
国民議会との妥協点もアンシャン・レージムを敵に回して自分のクビを絞めただけ。
確かにルイ14世時代から続く財政難という負の遺産もあったが、財政改革を命じた大臣を
コロコロ変えるなど一貫性も希薄だったし、何より避けて通れない第二身分への課税も
本気で取り組んでない。独立戦争を支援したためアメリカ人には彼に対して同情的な
論調があるのだろうが、国内財政を破綻に追いやっただけという重要な失敗面は拭えない。




19 :世界@名無史さん 2010/10/18(月) 21:50:58 0

王権神授説
王権は神から付与されたものであり、王は神に対してのみ責任を負い、また王権は人民はもとより
ローマ教皇や神聖ローマ皇帝も含めた神以外の何人によっても拘束されることがなく、
国王のなすことに対しては人民はなんら反抗できない」とする政治思想のこと。

ヨーロッパの絶対王政期における、長く「神の代理人」とされてきたローマ教会の権威・権力からの
王権の独立と、国民に対する絶対的支配の理論的根拠となった。代表的な論者に、フランスのボダンや
ボシュエ、イングランドのフィルマーなどがいる。

ボシュエによる王権神授説
フランス教会の独立を擁護し、ルイ14世の宮廷説教師として、専制政治と王権神授説を支持したことで
知られる。
『世界史叙説』(1685年)では〈神は国王を使者としており、国王を通じて人びとを支配している。
国王の人格は神聖であり、彼にさからうことは神を冒涜することである〉という王権神授説を展開している。




20 :世界@名無史さん 2010/10/18(月) 21:54:47 0

ジョン・ロックによる王権神授説批判

ジョン・ロックは『統治論』(または国政二論)を書き、その前編でフィルマーの王権神授説を批判した。
フィルマーは聖書を根拠にしていたが、ロックは聖書を逆手にとって家と国は同じであり、国の主権者は
国民の父であり、国民は主権者の子であって、この支配権は神から与えられたと主張した。
国民は生まれながらにして、国の主権者なのである。この『統治論』の第二編が有名な『市民政府論』
(岩波文庫)である。




22 :世界@名無史さん 2010/10/19(火) 03:38:17 0

>>20
へ~結構、詭弁なんだね。




25 :世界@名無史さん 2010/10/19(火) 09:08:29 0

>>22
王権神授説そのものが詭弁だから、ロックはそれを逆手に取っただけ。




26 :世界@名無史さん 2010/10/19(火) 09:10:47 0

王権神授説って要するに中国の天命思想を翻案したようなもんじゃないの?




31 :世界@名無史さん 2010/10/19(火) 10:00:41 0

王権神授説的なものはどこでも発生するだろ
特に古代の王兼祭司制はどこでもそうだ
ただヨーロッパの場合封建制のときにそれが一度崩れたからな
哲学的に正当化しようとしたんでしょ




32 :世界@名無史さん 2010/10/19(火) 10:12:44 0

>>31
契約的封建制、選挙王政、身分制議会、自由都市、聖俗分離等々だね。




42 :世界@名無史さん 2010/10/23(土) 00:42:31 0

西欧の近代法ばかり注目されてるけど
イスラーム法もよくできていると思う




43 :世界@名無史さん 2010/10/23(土) 01:28:55 0

イスラーム法の研究者さん?
日本でイスラーム法について、よくできてると思うとかってレベルで語れる人はすごく限られてる気がする
なんせ日本語でイスラーム法について書かれた本って、法源論中心の大雑把な概説書か
礼拝の仕方について書かれたムスリム向けの本ぐらいしかない。

まあ英語書籍読んでる素人さんかもしれないけど、どっちにしろすごいな




45 :世界@名無史さん 2010/10/23(土) 09:33:08 0

>>42
>>43
しかし、現実の運用面では、ソマリアでブラジャーはずせだとか
タリバンで音楽禁止だとか
そういったわけのわからんのだけが幅をきたしているのだが、




47 :世界@名無史さん 2010/10/23(土) 17:47:08 0

>>45
それコーランを極端に解釈してるだけだからな
イラクは非戦闘地域ってのと同じ類だよ




48 :世界@名無史さん 2010/10/23(土) 20:16:58 0

ブラジャーはともかく音楽非推奨は、伝統的にそうだろ?




50 :世界@名無史さん 2010/11/05(金) 06:32:41 0

>>48
音楽非推奨って言ってもそこでいう音楽っていうのは官能音楽のことでスーフィーなどが宗教的目的で用いる音楽はアリとされる。
と言っても、昔も今もこれはあまり守られていなく普通に非宗教的な音楽もイスラム世界では流行っている。
ムスリムの歌手なんかもあまり珍しい存在ではない。




49 :世界@名無史さん 2010/11/03(水) 14:34:01 0

シカゴ学派的イスラーム法解釈
http://d.hatena.ne.jp/ced/20060519/1147988507




52 :世界@名無史さん 2010/11/05(金) 17:57:58 0

>>49
そういえばどうなんだろう?
僕はイスラム史にちょっと興味があるだけで、本格的にシャリーアを学んだ訳じゃないから誰か詳しい人いたらヘルプ頼む。
ただ、歴史的にみて飲酒と音楽の禁止はムスリムの間でもあまれ守られてなかったような気がする。




55 :世界@名無史さん 2010/11/06(土) 08:02:42 0

>>52
実際にはいろいろ抜け道があって、ムスリムが音楽を演奏するのは好ましくないので、
異教徒に音楽を演奏させて楽しんだ、とかなw



54 :世界@名無史さん 2010/11/06(土) 06:28:10 0

シャリーア的には「クルアーンの読誦は善、音楽は悪」らしい。

音読と黙読、「内面」と読誦
http://cyborg.relove.org/thought/reading.html




56 :世界@名無史さん 2010/11/06(土) 10:22:04 0

そもそもコーラン解釈学というのがあってだなあ




58 :世界@名無史さん 2010/11/06(土) 16:03:53 0

西欧諸国でムスリム移民がいろいろ摩擦を起こしてるけどさ、
シャリーアは属人主義だから、世界中どこへ行ってもムスリムは
これを守らなきゃいけないんだよね。


http://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/metadb/up/kiyo/AA11625039/BullGradSchEducHiroshimaUniv-Part3-EducHumanSci_57_213.pdf
一つは法の認識である。近代法は属地主義を取る。その観点からはラシュディは
イギリス市民で、彼の行為をイスラーム法が裁くのはおかしい。しかし、
イスラーム法は、属人主義を取る。信徒はどこにいてもイスラームの教えに
従わなくてはならない。ラシュディはサルマンという名が示す通り、ムスリムとして
イスラーム法に規制されるとホメイニーが判断するのは、当然といえる。
イギリス市民権を取っただけでは、イスラーム法から離れることにはならない。
言いかえると、イギリス側はラシュディをイギリスの人間だと思い、
イスラーム側はラシュディをイスラーム共同体の一人だと考えている。
ここに認識の対立がある。




59 :世界@名無史さん 2010/11/06(土) 16:39:24 0

>>58
でもトルコやアルバニアのようにイスラム教徒が大多数を占めているのにも関わらず、
シャリーアが適用されない国もあるがね。




シャリーア

シャリーア(アラビア語: شريعة‎ Shari'a)は、イスラーム教における宗教に基づく法体系。非ムスリムからはイスラーム法、イスラーム聖法などとも呼ばれる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%A2



60 :世界@名無史さん 2010/11/06(土) 20:22:54 0

>>59
カザフスタンやインドネシアもそうかな。

マレーシアやシンガポールの笞刑というのは
イスラム法に由来するのかと思ったら違うみたいだね。




62 :世界@名無史さん 2010/11/06(土) 20:46:36 0

イスラーム圏の場合、西欧法の移植に失敗したと考えていいのかな?

まあ、日本も完全に成功したとはいいがたいが。




68 :世界@名無史さん 2010/12/10(金) 01:18:11 O

>>62
ボワソナードが起草した民法案が制定・施行まで
こぎつけていたら、日本法はどうなっただろう。
多分フランス式自然法の観念が儒教的封建法の観念
に取って代わって日本に浸透した可能性がある。




ボアソナード

ギュスターヴ・エミール・ボアソナード・ド・フォンタラビエ(Gustave Emile Boissonade de Fontarabie、1825年6月7日 - 1910年6月27日)はフランスの法学者、教育者。日本の太政官法制局御用掛、元老院御用掛、外務省事務顧問、国際法顧問等を歴任。勲一等旭日大綬章受章
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%A5%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%83%BB%E3%82%A8%E3%83%9F%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%9C%E3%82%A2%E3%82%BD%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%83%89



73 :世界@名無史さん 2011/02/03(木) 01:21:27 P

>>62
「失敗した」ということは西欧法を移植しようとしたのか?




76 :世界@名無史さん 2011/04/06(水) 11:16:02.82 0

>>73
ケマル・アタテュルクはスイスの民法を参考にトルコの法律を作ったよ。
現在も基本的に使われてるから「失敗」じゃなくて「成功」してると思うけど。





ムスタファ・ケマル・アタテュルク

ムスタファ・ケマル・アタテュルク(Mustafa Kemal Ataturk, 1881年3月12日 - 1938年11月10日)は、オスマン帝国の将軍、トルコ共和国の元帥、初代大統領(在任1923年10月29日 - 1938年11月10日)。トルコ独立戦争とトルコ革命を僚友たちとともに指導したことで知られる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B1%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%82%BF%E3%83%86%E3%83%A5%E3%83%AB%E3%82%AF



64 :世界@名無史さん 2010/11/17(水) 20:58:34 0

イスラームの司法制度の一般的枠組みは大征服期にビザンツ帝国から借用されたものであり、
それがアッバース超のもとでペルシア起源の要素を加えつつ、ムスリム固有の制度として
再定義され、独自の発展を遂げたとする見方も出されている。
この見方は、司法権が本質的には行政権と一体のものであり、それが支配者または
その代理機関を通じてさまざまな発現形態をとる、という様相に主として着目している。




65 :世界@名無史さん 2010/11/17(水) 21:51:59 0

イスラーム法はローマ法の流れを汲むのか。




66 :世界@名無史さん 2010/11/18(木) 10:10:53 0

ビザンツ帝国では中央から派遣された属州総督が皇帝の代理機関として各州の
行政および司法を管轄した。だが、総督はローマ法の専門家ではないことから、
司法権の行使に当たっては法学者によって構成される諮問委員会の補佐を受けたほか、
総督自身が司法権の下部委任という形で独立の司法観を任命する場合もあった。
他方、サーサーン朝では司法権は基本的にゾロアスター教の聖典『アヴェスタ』の
解釈をもとに神官たちにより行使され、大神官(聖職者の中の聖職者)が彼らを統括した。
アッバース朝のもとで発足した、「大カーディー」(裁判官の中の裁判官)制度は、
呼称の上でも目的の上でも、このサーサーン朝の大神官制度に由来するともいわれる。
いずれにせよサーサーン朝やビザンツ帝国のもとでは支配者(国王ないし皇帝)があらゆる
権限の源泉とされ、その限りで司法権は行政権と不可分一体である。
だが支配者は両者をさまざまな形で発現させることができ、これを一括して
委任することも、別々の機関に委ねることもできるが、最終的には自らこれら
権力を行使する余地を留保している。支配者による権限の委任は通常は受任機関による
下部委任の権限をも含んでおり、国家機構はこの委任の連鎖によって説明される。




67 :世界@名無史さん 2010/12/07(火) 13:37:16 0

私有財産の尊重の概念はナポレオン以前には出てこなかったのですかねぇ




70 :世界@名無史さん 2010/12/14(火) 19:50:50 0

>>67
ローマ法は?




75 :世界@名無史さん 2011/04/06(水) 10:56:04.51 0

イスラム世界には法の支配の思想がある。




79 :世界@名無史さん 2011/06/02(木) 18:56:47.55 0

法の支配じゃなく
どんなに無能な公務員だろうと万が一にも責任を取らないで済む為の法と法の支配だな




85 :世界@名無史さん 2011/06/08(水) 16:31:32.64 0

以下、旧約聖書のダニエル書 6章14節から16節より。
彼らは王に言った。「王様、ユダヤからの捕囚の一人ダニエルは、あなたさまをも、署名なさったその禁令をも無視して、日に三度祈りをささげています。
王はこれを聞いてたいそう悩み、なんとかダニエルを助ける方法はないものかと心を砕き、救おうとして日の暮れるまで努力した。
役人たちは王のもとに来て言った。
「王様、ご存じのとおり、メディアとペルシアの法律によれば、王による勅令や禁令は一切変更してはならないことになっております。」

ダニエル書の執筆年代や史実性については論争がありますが
それはさておき、これは法治主義ですよね?信教の自由を侵害しているので法の支配ではなく。




98 :世界@名無史さん 2011/11/28(月) 22:50:31.93 0

>>85
ヘロドトスにもそんな話があったな。
姪かなにかと結婚したかった王様が結婚できる法はないか聞く話。
それの答えが「ペルシャ王は好きなことをして良いという法がある」
何じゃそれって思った。




101 :世界@名無史さん 2012/02/08(水) 05:23:19.63 0

法律は、国が国民を縛るもの

憲法は、国民が国を縛るもの




引用http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/whis/1287364589/