51QqhCSzGoL



1: 世界@名無史さん 2013/04/11 20:32:23
范蠡が囚人部隊に自殺させたやつかな








7: 世界@名無史さん 2013/05/09 01:19:23
韓信の背水の陣と
エパミノンダスの斜形陣

基本にして奇策
ただ背水の陣は凡将には真似できないだろうな
斜線陣

斜線陣(梯形陣とも)は、古代ギリシアの戦法、陣形の一つである。

テーバイの将軍エパメイノンダスが、レウクトラの戦いにおいて、ファランクスを変形させ創作した陣形である。密集陣形の左側に主戦力を配置し、戦力の弱い右側へ行くに従って突撃を遅らせ、左側から敵陣を崩壊させる。

この戦術においては兵力のバランス(主力翼に兵力を集中しすぎると敵戦列を突破する前に自軍の他の部隊が突破され、主力翼の兵力が不十分だと敵戦列を突破しきれない恐れがある)と突破のタイミングの正確な予測が必要となる。



40: 世界@名無史さん 2013/05/14 04:55:54
>>7
エパメイノンダスの斜線陣はたまたまそう見えただけでそういう戦術でなかったという解釈がある
考察サイト
http://crazyhis.web.fc2.com/aspar/leuktra.htm

42: 世界@名無史さん 2013/05/14 06:30:51
>>40
最強を誇ったスパルタを倒したのは新戦術ではなく政治工作って解釈か
面白いし説得力あるね
あとホモつええ

44: 世界@名無史さん 2013/05/14 18:11:01
>>40
面白いな
1.斜形陣は偶然の産物か
2.エパミノンダスのオリジナリティはどこにあるか
3.斜形陣自体の効果はどうなのか
という問題点に集約されると思うが
個人的には3こそが重要で、それは結局クセノフォンの記述とネメアの戦いをどう評価するかによると見た

あとおしくらまんじゅう式に重装歩兵を解釈するのが定説っぽいけどそれってどうなんだろうね
最初の助走のついた突撃だけで勝負が決まるわけでもないし、
勢いを無くした状態で後ろの人間が前に押そうとしてもあんまり意味がないと思うんだけど

10: 世界@名無史さん 2013/05/09 18:30:08
フリードリヒ大王の斜線陣こそ奇策
なお奇策すぎて失敗したこともあった模様

出現当初奇策だったのが第一次世界大戦の準備砲撃をほぼなしで突撃させる戦術
のちの浸透戦術の原型で、膠着していた塹壕戦に変化をもたらした
浸透戦術

浸透戦術(しんとうせんじゅつ)とは、軍事戦術のひとつである。多くの場合に指す浸透戦術は、歩兵による敵陣への奇襲的突破をさす。

敵に気づかれる事無く、敵陣内部に浸透する事によって敵軍を無力化・殲滅することが第一目標である。

第一次世界大戦中にロシアのアレクセイ・ブルシロフが考案し、ドイツのオスカー・フォン・フーチェルが取り入れた。両人の名を取って「ブルシロフ戦術」「フーチェル戦術」とも呼ばれる。
ローコストハイリターンであるため、劣勢陸軍の主戦術として採用される。

歩兵部隊の敵陣地に対する浸透戦術のほかにも、スパイを敵地に侵入させて諜報活動や破壊活動を行なう場合、また情報戦における浸透戦術もひとまとめに浸透戦術と呼称されている。



12: 世界@名無史さん 2013/05/10 01:00:58
奇策  冬のアルプス越え

これやろ一番アホっぽいけど斬新なのは

13: 世界@名無史さん 2013/05/10 01:24:51
世界史に燦然と輝く奇策

船の山越え
bMaVt2z


コンスタンティノープルの陥落


コンスタンティノープルの陥落(コンスタンティノープルのかんらく)とは、1453年5月29日、オスマン帝国のメフメト2世によって東ローマ帝国の首都コンスタンティノープル(現イスタンブル)が陥落した事件である。

メフメト2世の艦隊は、金角湾の入り口に東ローマ帝国側が渡した太い鎖によって、その中に入ることができなかった。途中、救援物資を積載したジェノヴァ船3隻と東ローマ船1隻が金角湾に来航し、オスマン艦隊と海戦になったもののオスマン艦隊は彼らを拿捕する事に失敗した。

オスマン帝国側は膠着状態を打開すべく、金角湾の北側の陸地(ジェノヴァ人居住区があったガラタの外側)に油を塗った木の道を造り、それを使って陸を越え70隻もの船を金角湾に移す作戦に出た。「オスマン艦隊の山越え」と呼ばれるこの奇策は成功し、これによりジェノヴァ船による援助物資の供給は阻止され、東ローマ帝国軍の士気をくじくことになった。



15: 世界@名無史さん 2013/05/10 01:43:32
無難なところでトロイの木馬

19: 世界@名無史さん 2013/05/10 15:16:32
定石を奇策が打ち破ったのは
カエサルとポンペイウスが戦ったファウサルスの戦い
Thessaly_Plain


ファルサルスの戦い


ファルサルスの戦いは、紀元前48年8月9日に、グナエウス・ポンペイウスらの元老院派とガイウス・ユリウス・カエサル率いるカエサル派の間で行われた戦いである。

ローマ内戦中の最大の激戦となった戦闘であり、カエサル派が元老院派を破った結果、カエサルはローマの覇権確立へ大きく前進した。



23: 世界@名無史さん 2013/05/11 18:31:11
>>19
ポンペイウスが勝負出なければ勝ってたけどなあ

20: 世界@名無史さん 2013/05/10 17:22:35
新戦術と奇策の区別が付いていない人がいるな。

21: 世界@名無史さん 2013/05/10 22:20:12
奇策だったのが後に汎用性もっちゃったのが新戦術

24: 世界@名無史さん 2013/05/11 18:35:32
最低の奇計の一つは馬謖の街亭の戦い

25: 世界@名無史さん 2013/05/11 19:02:11
馬謖は奇計というより兵書に高い山が有利と書いてある!と上ったら
水なくて切られましたみたいなw
孔明も実際は応変は今一だが緻密な補給は巧みだった為大敗はない

28: 世界@名無史さん 2013/05/12 00:57:45
羽柴秀吉の中国大返し

秀吉が本能寺の変で光秀に討たれた信長の仇を取るため、水攻め中の高松城にて急遽毛利軍と和睦し
岡山⇒大阪間150キロもの山陽道を僅か二昼夜で2万の軍勢を走らせ、三日目に山崎の合戦で明智軍を打ち破った。(世に言う「光秀の三日天下」)
その後に秀吉がスピーディに実権を握ることになった発端の作戦。

36: 世界@名無史さん 2013/05/12 15:25:25
ここは天才奇術師ジャスパー・マスケリンのスレですね。
ジャスパー・マスケリン

ジャスパー・マスケリン(Jasper Maskelyne, 1902年 - 1973年)はイギリスの奇術師。1930年代から1940年代にかけて活躍した。

マスケリンの最もよく知られた業績は第二次世界大戦中にイギリスの軍情報局に協力して行なった大規模な計略、欺瞞、偽装である。

彼の最大の手品はアレクサンドリアやスエズ運河を隠蔽してドイツ軍の爆撃機の方向を誤らせるものである。彼はアレクサンドリアから3マイル離れた湾に夜明かり、建物、灯台、高射砲隊といったものの模型を作った。
またスエズ運河を隠すために回転する円錐状の鏡を用いて、回転する光で幅9マイルに及ぶ光の輪を作った。

1942年、マスケリンは第二次エル・アラメイン会戦に先立つバートラム作戦に参加した。これはドイツ軍のロンメル将軍に連合軍が南から攻撃してくると思わせるためのもので、実際にはイギリス軍のモントゴメリー大将は北からの攻撃を計画していた。
北には千台もの戦車がトラックに偽装されていた。南にはマジックギャングによって二千台の戦車の偽物が置かれていた。
偽の線路、偽の無線会話、偽の建築音まで偽装された。偽の水用パイプラインも敷設され、攻撃が行なわれるのはずっと後であるように見せかけた。

ウィンストン・チャーチルはマスケリンの成果を褒め称えたが、マスケリン自身が望んだほどには評価されなかった。




37: 世界@名無史さん 2013/05/12 17:36:44
トラファルガーの海戦

敵の集中砲火うけるところに突っ込んで分断した
日本海海戦のま逆

41: 世界@名無史さん 2013/05/14 06:24:08
敵陣へ向かい、途中の川を渡ったところで食糧を三日分のこし他は焼き払い、船を沈め退路はないから殺されるか敵をぶち殺して食料を奪って生き残るか、という状態にした項羽

45: 世界@名無史さん 2013/05/14 19:26:22
ミッドウェーの海戦だな
劣勢のアメリカ軍が、戦力優位の日本軍を完膚なきまでに叩き潰した

46: 世界@名無史さん 2013/05/14 21:50:11
>>45 
南雲のオウンゴールw

48: 世界@名無史さん 2013/05/14 23:48:29
バイバルスのやった「敵の城で伝書鳩使ってるみたいだからこっちで用意した伝書鳩に偽の命令書を持たせてかく乱」

57: 水 ◆TCygujgOWY 2013/05/15 01:09:48
アレクサンドロス大王の病死したやつの死体を要塞だか城に投げ込んだやつ
まあ最高かどうか分からんが結構な奇策だよな

59: 世界@名無史さん 2013/05/15 01:18:17
>>57
それ攻城の基本じゃね?

61: 水 ◆TCygujgOWY 2013/05/15 01:42:21
>>59
この時代はもう普通にやられてた戦術だったのか。
アレクサンドロス大王が世界で初めてやったとか聞いたからすげーと思ったんだよな。

62: 世界@名無史さん 2013/05/15 01:56:53
相手の戦意をくじくために首とか手足を放り投げることはあったけど
疫病を狙ったのはアレクが初めてなのかな?

それ系統の策だけど、四面楚歌ってある意味すごい奇策だよな

63: 世界@名無史さん 2013/05/15 01:58:27
歌で敵を倒すとかいうアニメも真っ青の奇策

66: 世界@名無史さん 2013/05/15 07:52:04
一番戦果が多かったのは
疫病にかかった患者が来てた毛布をわざとわたして先住民を浄化したアメリカ入植者のみなさんがとった策でFA
数百万いたインディアンが5%くらいしか生き残れなかったとかw
ナチスも敬礼するレベル
天然痘

北アメリカでは白人によって故意に天然痘がインディアンに広められた例もある。フレンチ・インディアン戦争やポンティアック戦争では、イギリス軍が天然痘患者が使用し汚染された毛布等の物品をインディアンに贈って発病を誘発・殲滅しようとした。

19世紀に入ってもなおこの民族浄化の手法は続けられた。モンタナ州のブラックフット族(英語版)などは、部族の公式ウェブサイトでこの歴史を伝えている。



65: 世界@名無史さん 2013/05/15 05:49:32
死体どころか、ヌコ様を投げ込んだバチ当たりがいたな

70: 世界@名無史さん 2013/05/16 02:32:57
攻城戦で猫を放り込んだのはいたがな

猫を神聖視していたとされるエジプト第22王朝を攻めたアケメネス朝のカンビュセス王他にもこんな事をした

エジプト人が死守していたベルザの城をペルシャ王カンビセスの大群が久しく囲んで落とせないでいた。智慧の深いカンビセスは、攻撃軍の先鋒に当たる兵士や士官の全部に楯を与える代わりに猫を一匹ずつ持たせた。
この、世にも堂々たる進軍が起こされると同時に、城の輿論が決した。エジプト人は猫を殺すくらいなら潔く城を明渡そうと云うのに一致したのだった。
(「猫のいる日々」大佛次郎氏著 より抜粋)
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75: 世界@名無史さん 2013/05/17 07:33:05
馬に木の枝をくくりつけて、大量の土煙がでるようにして、兵士の数を実際よりも大幅にたくさんいるように見せかけた策
それで圧倒的に兵数不利なのにほぼ戦わずに城を落とすのをティムールとかがやってた

68: 世界@名無史さん 2013/05/15 10:42:27
中国なら陳平の冒頓の嫁の買収も奇策だな。
嫁を買収して絶体絶命のピンチ脱出自体は孟嘗君とかあるけど、
戦場では世界史上陳平だけだろ。
遊牧民はオルドまで連れ歩いてるのな。
陳 平

陳 平(ちん ぺい、? - 紀元前178年)は、中国秦末から前漢初期にかけての政治家・軍師。

当初は魏咎・項羽などに仕官するものの長続きせず、最終的には劉邦に仕え、項羽との戦い(楚漢戦争)の中で危機に陥る劉邦を、さまざまな献策で救った。

紀元前200年、劉邦は匈奴討伐に自ら出征するが、冒頓単于の作戦で平城(現在の山西省大同付近)の白登山で包囲されて食糧も尽きてしまった。
ここで陳平の奇策で何とか和睦をして劉邦は帰る事ができた(白登山の戦い)

固く秘密とされたため、策の内容は分からないが、冒頓単于の閼氏(皇后)に中国の美女が単于の物になるかもしれないと吹き込んで、その嫉妬心につけこんだものと伝わっている。


76: 世界@名無史さん 2013/05/17 09:05:38
城と周辺の米を買い占めてから兵糧攻めをした秀吉の鳥取城攻めは評価していいと思う

77: 世界@名無史さん 2013/05/17 09:16:42
大阪冬の陣が早くおわったのも
大阪で兵糧の買い占めがおこったからとか

78: 世界@名無史さん 2013/05/17 12:52:22
兵糧買占めもコロンブスの卵で
後から見れば実は経済的にも効率的で何でもないようにみえるけど
当時は誰も思いつかなかった戦術なんだよね

81: 世界@名無史さん 2013/05/17 17:15:39
奇策!倶利伽羅峠 火牛の計

83: 世界@名無史さん 2013/05/18 09:18:01
>>81
そりゃ平家物語の作者が史記にある田単の奇策をパクった脚色で
実際の倶利伽羅峠で火牛の計が使われたことにはかなり懐疑を持たれてるで

82: 世界@名無史さん 2013/05/18 08:40:09
兵糧不足で死にかけてしかも敵が迫ってきてた状態で
米を砂山の上にぶちまけて、大量に兵糧があるように見せかけて、敵をしりぞかせた策

すさまじいリスクを払ってるのが最高

90: 世界@名無史さん 2013/05/19 08:02:22
ロシアのやった焦土戦術

焦土戦術ならよくあるが首都まで自らの手で荒廃させてまで相手に使わせないのはやばいわ

91: 世界@名無史さん 2013/05/19 08:54:22
>>90
ナポレオン戦争のときのあれは、果たして焦土戦術といえるかどうか微妙。
開戦当初の後退は戦力の終結を図るためのものだし、
モスクワ大火はモスクワ総督が自暴自棄のあまりに起こしたものとも、
市内で暖をとっていたフランス軍による失火ともいわれ、真相は不明。

すくなくとも、アレクサンドルもクトゥーゾフもそんな命令はだしていない。

94: 世界@名無史さん 2013/05/19 10:01:45
くそ~ゲリラがウザすぎる!! 一面に広がる森に隠れてて不意打ちばっかだ!どうすればいいんだ

そうだ毒物まいて森を全て枯れさせよう


小学生が考えそうな奇策を実際におこなうアメリカさん流石や

106: 世界@名無史さん 2013/05/21 00:03:16
一番無慈悲にして心理的成果を上げすぎた奇策 
カンネーのハンニバル・敵歩兵陣形の長方形→三角形化装置

カンネーに関しては塩野さんも頓珍漢な解説してるし、日本語サイトはwikiを始めロクな解説がない
さすがに欧米のはましだけど、それでも発想の把握が甘い

ガリア歩兵を凸型に配し、その後ろにとっておきの歩兵軍団を両翼に分けて配置
ガリア兵が指示通り後退しつつ三角形の鋳型を作り、ローマ重装歩兵団を誘導して流し込む
ハンニバル子飼いの傭兵どもが左右両辺から補強して締め上げ、ガリア人は突端に蓋をする

ロートの中のローマ兵の密度が過剰になったところで背後を必然的にとっていたカルタゴ騎兵が押し潰しにかかる

最強重装歩兵の誉れの欠片も残らぬ圧死、半ば味方同士による磨り潰し死 最初から最後まで100%計画通り 

108: 世界@名無史さん 2013/05/21 04:02:04 ID:nMgy7QZC0!
カンネは奇策と分類していいのかな・・・
奇襲とは言えても奇策とは違う気がするわ

111: 世界@名無史さん 2013/05/23 23:47:11
奇策
黄金ばら撒いて経済破壊の術

112: 世界@名無史さん 2013/05/24 23:15:08
黄金は限りあるから無理だな
紙幣を刷りまくり踏み倒す

113: 世界@名無史さん 2013/05/24 23:17:05
>>112
マンサムーサっていうやつがおってな

紙幣は偽札作戦をいろんな国がやろうとして失敗してるな
マンサ・ムーサ


マンサ・ムーサ


マンサ・ムーサは、マリ帝国の10代目の王(マンサ)。
現在の価値にして約4000億ドル(約35兆円)という人類史上最高の総資産を保有した。

マンサ・ムーサは1324年のメッカ巡礼で有名である。豪華なムーサの一行は周辺の国家にマリ帝国の富裕さを知らしめた。一行はニジェール川上流の首都ニアニからワラタ(現ウアラタ、モーリタニア)、タワト(現在のアルジェリアの都市)を通った。途上で訪れたカイロでは莫大な黄金をばらまいたため、金相場が暴落し10年以上の間インフレーションが続いたといわれる。



117: 世界@名無史さん 2013/05/26 07:31:18
第二次ウィーン包囲のソビエスキのフサリアによる縦深突破戦術
桶狭間とは桁が違う規模
見事と言うほかはない
Battle_of_Vienna_1683_11


第二次ウィーン包囲


第二次ウィーン包囲(だいにじウィーンほうい)は、1683年に行われたオスマン帝国による最後の大規模なヨーロッパ進撃作戦である。

1683年、ハプスブルク家領の北西ハンガリーでテケリらハンガリー人による反乱が起こり、反乱者たちはオスマン帝国に対して支援を要請した。これをスレイマン1世の第一次ウィーン包囲以来150年ぶりのオーストリア占領の好機と考えたカラ・ムスタファは、15万からなる大軍を率いてハンガリーからオーストリアに侵入、ウィーンに迫った。

オスマン軍は13日にウィーンに到達し完全に包囲、町の西部から城壁の突破をはかって攻撃を仕掛けた。しかし最新の築城法で要塞化されて第一次包囲の時代よりはるかに堅固になったウィーン市の防備を破ることができず、攻城戦は長期化した。

9月12日、オーストリア・ポーランド・ドイツ諸侯の連合軍がウィーン郊外に到着、ウィーンとその周辺を見下ろすようにしてウィーン市西の丘陵上に展開した。
オスマン軍は数の上でも依然としてウィーン守備軍と連合軍の合計を上回っていたが、長引く包囲戦により士気は低下しており、装備も旧式で不十分であった。またクリミア・タタール軍などオスマン軍の一部は強権的なカラ・ムスタファに反発しており、大宰相に対して非協力的ですらあった。

偵察を放ってオスマン軍の情報を探っていたヤン3世はこのような状況を掴んでオスマン軍の防備体制が弱体であることを見抜いた。連合軍による攻撃の開始は翌9月13日が予定されていたが、ヤン3世は到着した9月12日の夕刻に連合軍に総攻撃を命じた。

偵察によってカラ・ムスタファの本営の位置を正確に把握していたポーランド・リトアニア共和国軍精鋭の有翼重装騎兵「
フサリア」の3000騎はオスマン軍陣地の中央突破を敢行しこれを分断、そのままムスタファの本営までまっすぐ突撃し大混乱に陥れた。

わずか1時間ほど続いた戦闘によってオスマン軍は包囲陣を寸断され、散り散りになって潰走した。夕暮れで暗くなったために追撃は早々に打ち切られ、カラ・ムスタファは無事に逃げ延びることができたが、戦闘はオスマン軍の惨憺たる敗北に終わった。




119: 世界@名無史さん 2013/05/26 09:41:38
>>117
そりゃ地中海の東半分の国と日本の愛知県で規模を比べられてもって感じだな

ま、現代だと愛知県とオーストリアが結構近いんだけど

118: 世界@名無史さん 2013/05/26 07:33:03
あのフサリア戦術は紛れもなく世界の軍事史上最も見事な騎兵突撃

120: 世界@名無史さん 2013/05/26 15:42:04
オーストリアの没落っぷりは欧州一やでぇ…

121: 世界@名無史さん 2013/05/26 16:28:37
確かにな
ほんの100年前はロシア、イギリス、フランス、ドイツと並ぶ大国だったのにな

122: 世界@名無史さん 2013/05/26 16:56:28
ビスマルクの頃のドイツ建国に組み込まれていればなあ・・・
と思わなくもない。
バイエルンは上手いことやったのではなかろうか

127: 世界@名無史さん 2013/05/26 22:16:32
結婚でせっせと領土を広げたハプスブルグ帝国はよく試されるが実際にやると大変な作戦だな。
王族に体力と生殖力がないと失敗する。

133: 世界@名無史さん 2013/05/27 21:59:47
>>127
たしかに。
対照的にポーランドではピャスト家もヤギェウォ家も嫡男が途絶えてしまった。
家訓として男系の閨閥を作ることが徹底されていなかったのか、それともドイツ人の陰謀(たとえば鉛を摂取させて生殖能力を衰えさせるなど)か。

132: 世界@名無史さん 2013/05/27 17:31:18
パーマストン外交もある意味離間工作だな
建前は「ヨーロッパの勢力同士がこれ以上争うのは無益」
本音は「既にイギリスが覇権を確立させているから、ヨーロッパ大陸をまとめる勢力ができないかぎりはイギリスの優位性は持続し続ける」

弱者の味方をするのにも理由があるってのをしっかり体現してる
勢力均衡による平和が現実的な落とし所ってところも考えて、敵にすらそう考えさせたのが凄い

多国間の会議でも、弐国間の対話でもない
仲介外交による利権確保は素晴らしい策

135: 世界@名無史さん 2013/05/28 22:47:04
中華人民共和国の人海戦術
物量ではなく、人量!
関連【量で】人海戦術の歴史【質を制す】


136: 世界@名無史さん 2013/05/28 23:31:05
ロシアのほうがやったの速かったんじゃないか?それにあんまり奇策とは言えないし
現代戦で人海やったってのは確かに異常だけど

138: 世界@名無史さん 2013/05/29 20:45:44
朝鮮戦争のときのあれも、ただ闇雲に兵をぶつけていったわけではなく、
米軍が入りたがらない山岳地帯を行軍して米軍の側背面をついたり、
火力不足を補うために大量の迫撃砲を持ち込んだりと、あれこれ手を尽くしている。

139: 世界@名無史さん 2013/05/29 22:38:39
西安事件。
蒋介石を抗日に追いやり、
消滅寸前だった中共が漁夫の利を得て
国共内戦に勝利。
西安事件

西安事件(せいあんじけん)は、1936年(民国25年)12月12日に中華民国西安で起きた、張学良・楊虎城らによる蒋介石拉致監禁事件。

中国では西安事変と呼ばれる。事件収束に至る真相の詳細はいまだ不明だが、この事件によって、その後の共同抗日と国共合作が促されたとされる。



145: ふ号作戦 2013/05/30 18:34:32
風船爆弾



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風船爆弾


風船爆弾(ふうせんばくだん)とは、太平洋戦争(大東亜戦争)において日本陸軍が秘密裡に開発した気球に爆弾を搭載した兵器である。

陸軍少佐であった近藤至誠が、デパートのアドバルーンを見て「風船爆弾」での空挺作戦への利用を思いつき、軍に提案をしたが採用されなかったので、軍籍を離れ、自ら研究を進めた。その後、近藤は病死するが研究は進められ、神奈川県の陸軍登戸研究所で開発されている。

「ふ号兵器」という秘匿名称で呼ばれていた。戦果こそ僅少であったものの、ほぼ無誘導で、第二次世界大戦で用いられた兵器の到達距離としては最長であり、史上初めて大陸間を跨いで使用された兵器となった。



146: 世界@名無史さん 2013/05/30 23:11:11
風船爆弾は実は凄まじい金かけてる。
風船爆弾に投じた金額は戦艦大和1隻を遥かに上回る

148: 世界@名無史さん 2013/05/30 23:58:44
背水の陣は誤解してる奴多いけど
ただ寡兵が川を背に逃げられずに必死に戦ったから勝ったわけじゃないのよ
寡兵だから逃げられないようにして一時的に対抗してる間に背後の城を別働隊に攻め落とさせてるのよ。
あれの凄いところはそこ。

150: 世界@名無史さん 2013/05/31 00:07:55
>>148
それね

戦場で兵士たちは相手を殺すことよりも自分が死にたくない気持ちの方が遥かに強いんだよね
だからいざという時に逃げ道である背後の退路の方が気になる

その退路を断って味方を死ぬ気にさせて時間稼ぎをする間に
突如相手の退路を突いて動揺で一気に崩壊させるという
自軍敵軍兵士たちの心理をうまく利用した作戦だね

149: 世界@名無史さん 2013/05/31 00:06:45
陽動作戦ね
素人の浅知恵の布陣、蹂躙し放題の餌と思わせ、母屋をいただくのね

151: 世界@名無史さん 2013/05/31 01:06:35
誰か別働隊用意しないで背水の陣してまけなかったっけ

152: 世界@名無史さん 2013/05/31 09:06:17
項羽がカンシンより前に背水の陣同然のことしてる
敵地に速攻で侵入して川を渡ったら船と食料を燃やして、兵士たちに死にたくないなら敵ぶっ殺して奪えってやった
高速の移動と士気の維持の両立をした凄い策
まぁ項羽自身が化け物だったからできただけなんだけど

187: 世界@名無史さん 2013/07/20 08:28:55
ポーランドのピウスツキがソ連のトハチェフスキーを撃破したやつ。
ヴワディスワフ・シコルスキが第一騎兵団を率いて大迂回作戦を取り、ソ連の大軍が一網打尽に包囲されそうになって逃げたやつ。

ニコ動にその映画が字幕付きであるけどな。


引用http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/whis/1365679943/l50


ナチを欺いた死体 - 英国の奇策・ミンスミート作戦の真実
ベン・マッキンタイアー
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