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1: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/07/27(木) 20:57:39 ID:aI7Xj4Ou
織田との縁を切り、朝倉義景の救援に駆けつけるも、
朝倉からも軽く見られ、信長包囲網を断られ、
孤立無援となってしなった名将・浅井長政を語りましょう!!
長政以外の浅井家、妻・お市、長政の関連した事象、何でもおkです!









3: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/07/27(木) 21:08:30 ID:y2IeIBuy
この人が本当に優秀なのか、どうなのかってのには疑問符を付けたいね。


いや、義景に比べれば一目瞭然だが。

4: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/07/27(木) 21:09:46 ID:y2IeIBuy
あ、ちなみに政治手腕や、軍の統率のことに関してね。

死に様などは俺も結構好きな武将。

5: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/07/27(木) 21:11:11 ID:5AbFzY0/
朝倉と浅井の関わりは織田と松平と同様で
同盟ではなく従属のような関係だったとも言われているな
亮政時代(創業期)からのものだから累代のものと神格されたのか
後の佐々木(六角)氏や織田氏のものより重く見られたとか。

11: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/07/27(木) 22:40:47 ID:uRWs8f4r
長政は古くからの盟友朝倉を見捨てることが出来ずに仕方なく信長を裏切ったというのは創作だろうな
長政も所詮というか生粋の戦国大名だったんだよ。そこには野心もあり気骨もあった

15: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/07/27(木) 23:25:31 ID:Ug2qeGb/
あと隠居させたはずの久政が、信長を裏切るときに出てきてる
これは家中が朝倉派・織田派で分裂していたことを暗示させる

33: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/07/31(月) 00:58:41 ID:0UAjTcYl
>>15
死に体の久政が発言権を維持できたのは、やはり浅井は国人の連合体だったのだろう。
京極討伐の時には亮政が担がれ、六角が脅威になると久政が担がれ
朝倉や織田とのコネが出来ると長政が担がれやがて織田が邪魔になると
再び久政が担がれる。淀も豊臣に担がれたし最終的に徳川史観は浅井家そのものを担いだ
滅亡してなお、これほどまでに利用されまくった家も珍しい

35: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/07/31(月) 20:11:43 ID:aUhfBy00
>>33
そう考えると浅井は部下に翻弄された家なんだな・・・

20: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/07/28(金) 12:21:56 ID:8wNoxis2
確実に信長を殺せると思ったのに、まんまと逃げられる。
落城間近には譜代に裏切られる。
自分の没後の戒名まで決めさせて士気をどん底まで落とす。
生き抜くことが至上の価値であった戦国において、これらは致命的なまでの
失策でしょう。先祖に申し訳が立たないと思わなかったのか・・・・。

21: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/07/28(金) 17:25:53 ID:ItJwvL2z
>>20
だがその最後の意固地なまでの降伏拒否は
現世では美学とされているんだよな。
信長討伐失敗も朝倉の失態として長政の後世の評価は高いまま。

23: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/07/28(金) 22:37:29 ID:w2RqhioV
六角氏を倒したりと実は隠れた実力者でもあるぞ?

24: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/07/28(金) 23:44:24 ID:7+2eZJ7X
まあ六角倒したのは信長だけどな

25: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/07/29(土) 00:25:36 ID:rvTmIcyn
長政が六角から独立できた経緯を知りたい
長政が優秀だったのか、六角がしょぼかったのか

27: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/07/29(土) 02:44:44 ID:ZcpGSTGT
お市と仲が良かったのって結構凄いことだよね。
今考えると。

28: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/07/29(土) 02:48:55 ID:qnifl2V1
政略結婚なのにな

29: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/07/29(土) 23:00:33 ID:rvTmIcyn
朝倉さえ真面目にやれば英雄扱い

30: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/07/29(土) 23:19:37 ID:9BlwsprF
逆に朝倉が英雄扱いされるんじゃねぇw

36: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/07/31(月) 20:13:50 ID:QMGC/3xb
浅井井頼って奴は浅井長政の子孫?

37: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/07/31(月) 23:21:16 ID:ClOs0Qqv
浅井井頼は、浅井氏一族の浅井井規の息子だったと思う
この系統の浅井氏の通字は「井」だった
浅井井演-浅井井伴-浅井井規

本家浅井氏の通名は「政」だったので「井頼」なんて名前は出てこないと思う

38: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/07/31(月) 23:33:49 ID:rbx8wjex
いひろ-いとも-いのり

この流れだったっけね。別名が政賢とか政信とかいうあたりはどうしよう。
甥なんだろうか。

39: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/07/31(月) 23:41:40 ID:LXx07EUJ
最後の「いのり」が主君の「ながまさ」裏切った上に信長にも処刑された恥さらしだからな
「井」一族の痕跡を消したくて、井頼が「政」名義の名前を名乗って
誤魔化そうとしたと予想する
予想でしかないがな
浅井 井規

浅井 井規(あざい いのり、生年不詳 - 天正元年(1573年))は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。浅井氏の家臣。通称は七郎。浅井井伴の子。浅井井頼の実父ともいわれる。

1573年の小谷城攻防戦では、木下秀吉に内応し軍を城に引き入れるなどし、小谷城落城の手助けをするが、織田信長は井規の降伏を許さず、戦後に処刑された。


40: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/07/31(月) 23:51:35 ID:fQ7N5PxV
別名の「賢」と「政」が六角・浅井に絡むのが気になるね。
平井氏との間にできた庶子で井演家に養子に出されてた、という妄想もできる。

47: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/08/01(火) 17:36:21 ID:qUW4LGcb
井頼が大坂の陣で生き延びた説は、
京極家中に浅井作庵って人がいるから、出てるのかな?

59: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/08/01(火) 22:34:36 ID:60OD8HQf
信長が美濃も入手してないうちに
浅井長政に婚姻を持ちかけてた話が本当だとしたら、
長政は「尾張の大名と婚姻した」程度にしか思ってなかったのに、
それが後々に事実上の従属という意味だった事に気づき呆然としただろうね。
信長と家康との同盟も最初は対等だったが、
のちに自然な形で徳川の従属という事になったが、家康は柔軟性あった。
それに対して長政は柔軟に対応できなかったのね。

116: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/08/02(水) 14:54:59 ID:cDh6fAeq
長政が家督を継承した後も、久政の政治的発言力はあった?

117: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/08/02(水) 15:00:14 ID:cDh6fAeq
>>116
余裕であったよ。
久政は家臣たちに強制的に隠居を迫られて、
一時期は幽閉されたみたいだが、
なぜか復活して政治に口出しできるようになったらしい。
しかしこれがかなり謎なんだよね。

118: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/08/02(水) 15:06:22 ID:cnq3E8ZB
家臣達が長政の器量に不安を抱いたのかな。

114: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/08/02(水) 00:07:08 ID:FXQ25748
長政はお市の望むこと=織田信長の犬になることって勝手に解釈していたらしいが
結局それって、妹さんを嫁にください!って必死に兄に懇願するヤサ男の図ですな

119: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/08/02(水) 15:09:41 ID:9cK+WEjI
>>114
旦那(長政)が死んだのも、市が裏切りを兄貴に知らせたせいでしょ

121: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/08/02(水) 15:16:22 ID:3jk0p8Zt
>>119
市好きは戦国時代ファンには多い。
それを指摘したら市オタの奴らに叩かれたしね。

しかし、叩かれても市の「小豆」が、
長政裏切り看破の決定打になったのは動かないんですよw

122: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/08/02(水) 15:20:02 ID:6DgCnIXb
長政オタの俺が来ましたよ。
大体において、その逸話ってマジなんかい?
小豆袋の両端を縛ったものなんて差し入れられて
そんで浅井の裏切りを確信なんて信長ってなんてニュータイプ?

125: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/08/02(水) 15:57:50 ID:M3saCWfM
>>122
おそらく捏造だと思われます。
実際は他の事例と同じく普通に密書を使っただろうけど。
しかし、それだとあまりにも相愛といわれた夫の長政に対して
不忠、不義理なエピソードになってしまうので、
小豆という小道具を使って「市の板挟みの心境」を醸し出す話にすり替えたのかと。

128: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/08/02(水) 17:52:15 ID:35MGbDbZ
小豆袋のエピソードって朝倉家の資料に載ってるらしい

138: ナガりん 投稿日:2006/08/04(金) 23:10:35 ID:00SA+R7h
これは違うと思うけど・・・長政とおいちの結婚は、1560年であってほしい。
満腹丸は(長男)はお市と長政の子供であってほしい。実際やえという人らしいけど
1560年・愛知と志賀で岐阜(斉藤)をはさみながら、何とかたどり着き・・婚姻していたら・・
うれしい。ロマンチックじゃ!!

139: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/08/05(土) 00:22:29 ID:ISMdxzX6
どうも長政とお市の関係を小説などではドラマチックに書きすぎていると思う今日この頃。

148: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/08/09(水) 20:07:25 ID:NN7b6Gys
59 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 投稿日: 2006/08/03(木) 14:01:10 ID:ZZeon/Lu
一回京極の立場から、浅井の関係を整理するね(名前がかわる人は一つの名前で統一します)

永正二年(1505)京極高清が北近江統一
(家臣や叔父との確執で、一時甲賀や越前に逃れていたが、上坂家信を味方として統一)

大永三年(1523)上坂家信の子信光の専横を恨み、高清と子の高延の対立に乗じ、
浅見貞則、浅井亮政、三田村忠政らが高清と子の高佳を追放
高広を近江守護に擁立

この後
浅井亮政らが、浅見貞則を追放、浅井亮政が実権握る

天文十年(1541)この年より、京極高延、浅井亮政と争うが敗れる

天文十八年(1549)両者和議、北近江支配権は、完全に浅井に

60 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 投稿日: 2006/08/03(木) 14:02:22 ID:ZZeon/Lu
ごめんね
高広=高延です
統一出来ないや

149: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/08/10(木) 15:28:36 ID:WbVl0TLk
高吉は出てこないの?

150: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/08/10(木) 22:31:52 ID:T5CjYCw+
高吉=高佳と言いたいところだが

某事典では、高秀の子になってるんだよね
この高秀=高清なのかどうなのか
高峰、高秀がよくわからない

151: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/08/10(木) 22:33:44 ID:MlolprmP
http://www2.harimaya.com/sengoku/html/kyo_goku.html

はりまやによればこんな感じ。
ただどこかで高吉は養子だった記述の記憶があるんだよな。

152: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/08/10(木) 22:36:03 ID:OOQDkDem
亮政は北近江をまとめきれずに亡くなったみたいだな

153: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/08/10(木) 22:40:18 ID:vq9aGf7a
んで久政は京極高吉に娘を差し出す流れに繋がる。

163: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/08/12(土) 17:33:28 ID:xSNwQN2r
・四職京極氏に対して信長は家格で敵わない。
・浅井は1550年代までは京極家臣であり続けた。

で、よろしいか?

164: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/08/12(土) 17:35:57 ID:5+St+trs
少なくとも天文二十二年十一月の地頭山合戦までは京極氏の家臣すね。

165: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/08/12(土) 17:42:10 ID:jsLd6DU4
亮政死去までは確定すね。
小堀遠州の親父とか見ると、京極氏と浅井氏はかなり血縁も濃いような。

179: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/09/07(木) 18:04:43 ID:sEZXQ7KM
浅井・織田が決裂しても、お市は何故実家の織田に帰らなかったの?

姉川合戦以降も、お市は浅井に居座ってて、子作りに励んでたんでしょ?
居心地悪くなかったの?

長政って、サゲマンお市の毒にやられたみたいで、何だか哀れだね

180: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/09/07(木) 18:20:45 ID:Ja8wjwXL
信長とお市の仲が悪かったという説があったよな。

181: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/09/08(金) 00:56:58 ID:C/aLxVrB
そうかもね。
端を縛った小豆袋を信長に送って危険を知らせた、なんて偽話だといわれてるもんね

182: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/09/10(日) 06:39:48 ID:3SKkHqEk
長政が信長を裏切らなかったら、あの時点で朝倉は滅んでいたんだろうか。
そうなれば信長包囲網の効果も不十分で、史実よりも信長の天下統一
スピードは早まっていたかも知れない、とか夢想する。

でも、どっかの段階で浅井は北陸かどっかに転封させられる可能性が高そう。

197: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/11/07(火) 07:13:37 ID:gJtezpfI
長政はまっすぐ正しく生きたんだから本望じゃないかな。
鬼畜の信長なんかに土下座せずに正々堂々と男を貫いた快男子なのだから
良かったと思う。光秀にも当てはまる。
大河ドラマで主役にならないのがおかしいくらいだ。
利家や一豊なんかより、よっぽど主役を張る器だ。

200: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/11/07(火) 13:12:03 ID:yx03CfPg
まっすぐ正しく生きてきたなんてとてもじゃないが言えない

ようは生き残るために朝倉に味方したが失敗しちゃっただけでしょ?

201: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/11/07(火) 13:21:19 ID:WhJF6uHJ
長政的には、朝倉に味方して挟み撃ちにして信長をやってしまえば、
後々、自分が勢力拡大する時に楽になると考えたりとかしたんだろ。
でも、長政が想定したの戦いを信長がせず、脱兎のごとく逃げ出したって言うのが
一番大きな敗因だろうなぁ。

父親を廃して祭り上げられて、それをよしとする
野心家の一面もあるんだから、まっすぐ正しく生きたとは
思いにくいけどね。

202: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/11/07(火) 13:23:47 ID:Qx5By1bb
人の下につくのはいやじゃーって、その時点では一応主筋になる六角を裏切って、
その後には義兄が通り過ぎてから背後から裏切って。
己の欲望に対して、まっすぐ生きたというのなら正解かな。

203: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/11/07(火) 13:33:57 ID:WhJF6uHJ
>>202
わはは、うまい、座布団一枚。
確かに自分の欲望にまっすぐ忠実だw

204: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/11/07(火) 18:45:23 ID:vZ5af/u4
人間性はドラマにする分には可変可能だけど、生涯が短いから難しいな
亮政あたりから始めたら分からんが

205: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/11/07(火) 19:49:41 ID:xm/PGQrt
備前守は短編としてはドラマチックで、2時間ぐらいなら申し分ないと思うが。
死に際の美しさは特に現代人には受けると思うんだがな。
妻と子供だけは必死で逃がして、自分だけ責任を取って潔く自害してるんだから。
それもこれも義兄信長による裏切り行為に端を発するとばっちりで。
本来は市を寵愛して、親信長派の貴重な人間だったのに。

206: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/11/07(火) 20:16:19 ID:xm/PGQrt
浅井家にも勝ち馬に乗るチャンスはあった。
信長が朝倉を攻めた時点で、勢いのある信長に加担するか、それこそ
そのまま見過ごしたって、信長は朝倉を滅ぼしていただろう。
そして、実妹の市を娶ってる長政は、信長の義弟として家康以上の
地位を得られた可能性は高い。そう考えると、市を寵愛する長政が
本心としては信長に付きたかったとも推測できる。
ただ、朝倉との旧交、かつての恩義があり、父や家臣達はそれを許さない。
長政は苦渋の決断を迫られたという事だ。
信長の天井天下唯我独尊の姿勢が、浅井家全体を敵に回した。
最も信長寄りとも思われる長政さえ、信長の傲慢さを見せ付けられては
選択の余地は無かった。
そういう意味では、信長の命なら冤罪でも正室と嫡男を殺害する
家康とは実に対照的だ。

225: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/11/27(月) 18:25:52 ID:YKFRDS84
>>206
>ただ、朝倉との旧交、かつての恩義があり、父や家臣達はそれを許さない

これも今では疑問視されてるよ。それほど大した恩はない。
信長の浅井に対する態度がひどい、とよくいわれるが、「一言無かった」というだけで同盟・婚姻国相手に、宣告なしでいきなり後ろから襲うほうが、よほど外道。

いや、別に悪いとは言わんよ、それが戦国時代なわけだし。
ただ、それなら信長も決して非難されるようなことはしてないだろって話だ。

212: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/11/08(水) 02:33:57 ID:eMDxmOvF
信長が長政にひとこと朝倉を攻めるといってればね。
朝倉と同盟関係にあった長政への配慮とか、
信長流、手の内を明かさない戦略で長政に言わなかったとかあるけど。
信長に朝倉攻めの大義名分があるのだからひとこと相談してもよかろうに。
悲惨な兄弟喧嘩にならなかったであろうw
こういう所が信長を好きになれんところ。

223: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/11/09(木) 18:41:16 ID:lza+VpLC
長政といえば夫婦愛

224: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/11/14(火) 19:47:34 ID:XCQxhRY1
妻を愛し、子供を愛し、又、義弟を裏切った非情な義兄の妹でありながら
それまでと変わらず市を愛し続け、必死で最後まで妻子を守りながら
その母娘の無事を見届けて自害した。実に立派だ。
惜しむらくは万福丸等の男子が信長に惨殺された事だが、父は最期まで
子を守る為に最善の努力を尽くした。
父として、夫として、現代人の感覚的に尊敬出来る。

227: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/11/28(火) 21:25:30 ID:2Hmrh2XQ
長政は時勢の読みきれなかった梟雄の一人にしか過ぎないんじゃないの

229: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/11/28(火) 22:12:19 ID:k5IR7OlC
対立する二つの勢力に二股がけして戦が勃発したらどちらにでもつける態勢をとる
そして一方を裏切り背後から急襲する

やってることは小早川秀秋と一緒だよね

230: う~ん 投稿日:2006/11/29(水) 19:12:00 ID:CAcN3/mL
長政も悩んだかもしれんよ。己の決断でお家の運命が決まるんだから。

手段よりも生き残る事が第一義な戦国時代。家臣の中にも遠藤みたいに「信長は生かしとくと危険だからチャンス見つけて殺っちまおう」と進言する者も多かったかもな。

231: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/11/29(水) 20:41:07 ID:0g7lunCJ
なんでやめねん。最初に約束を破った信長の方が悪いに決まってるだろう。
戦国時代は大名と言えども家臣のゆうことを無視して動くことができないんだよ

232: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/11/29(水) 22:19:34 ID:UrWYULoy
悪い悪くないの判断で生きていけぬのが戦国

234: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/11/29(水) 22:35:36 ID:92judk/r
信長にとっては徳川のように同盟者という名の下僕の一人
なのに馬車馬のように働かないんじゃあ切る対象になるわな

239: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/12/01(金) 20:41:43 ID:OLeX+0rx
まあ、例え織田側に付いたとしても、重臣の一人として各地を転戦させられ
他の重臣と同じように切り取り次第で地方に追いやられる可能性が高いな

240: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/12/01(金) 20:44:03 ID:D3bsaJHf
もしも生きていたら、信長死後、前田利家のようになるかもしれん

242: 名無し議論スレにて投票方法審議中 投稿日:2006/12/14(木) 09:43:02 ID:0VadmEuE
重臣やお父さんに逆らえずに家を滅ぼした無能。
どこぞの糞企業が持ち上げて、義理堅い悲運の名将と評価されているが、現実はこんなもの。

251: 名無し議論スレにて投票方法審議中 投稿日:2007/01/10(水) 13:21:35 ID:cVmnXKcu
浅井長政って正直地味じゃないか?信長の義弟だったけど戦しました。
それだけじゃん。他の武将に比べると逸話とか人物像とかそういうのが全然ない。
wikipediaにも人物や逸話の項目がないし。

252: 名無し議論スレにて投票方法審議中 投稿日:2007/01/10(水) 19:57:58 ID:PyyMab6S
>>251
近江の旧主、六角(佐々木)を衰退させたぞ!

255: 名無し議論スレにて投票方法審議中 投稿日:2007/01/10(水) 22:35:25 ID:vZ9sjFM1
>>251
伊達も毛利も、大河ドラマで取り上げられるまでは誰もエピソード知らないよ
浅井も掘り下げればたくさんエピソードがあるが、知られていないだけ

262: 名無し議論スレにて投票方法審議中 投稿日:2007/01/24(水) 12:39:35 ID:Z9SUqTFs
結局浅井長政って淀の方の父でお市の妻、信長の義弟だから有名なんだよ。
所詮北近江だけしか支配してないしょっぱい大名だろ?

もし織田ファミリーと関わらなければ最上程度の知名度しかなかっただろう。
現に組んでる朝倉は知名度は低いが、浅井は朝倉より知名度がある。

263: 名無し議論スレにて投票方法審議中 投稿日:2007/01/24(水) 15:35:23 ID:00G5UOAE
でもあの斎藤義龍を追い払ってるし、そうなめたもんじゃないぜ

264: 名無し議論スレにて投票方法審議中 投稿日:2007/01/24(水) 15:52:47 ID:N+Vvlacg
つかミーハー除けば、普通に朝倉のが知名度あるだろ

271: 人間七七四年 投稿日:2007/02/22(木) 13:56:24 ID:/GGOzl99
絶世の美女と言われた織田家政略の切り札、市を嫁にあげたんだから信長も長
政には期待してたんだろうな。それが背後から裏切られたんだから信長は人間不信
になって比叡山焼き討ちなどの残虐行為をするようになったのかもしれん。

272: 人間七七四年 投稿日:2007/02/23(金) 18:46:19 ID:h1u8d7l0
その程度で人間不信になるなら弟に裏切られた時にとっくに(ry
ちなみに信長はその後も馬鹿みたいに他人を信じ続けてるよ

273: 人間七七四年 投稿日:2007/02/25(日) 17:06:42 ID:40ytfoip
結局、下克上の美濃の蝮こと斉藤、難攻不落の小田原と風魔の北条、
公家大名として名を馳せた今川、中国を支配した老将のいる毛利、
戦国最強の騎馬軍団武田、毘沙門天の加護ある上杉、
九州の強豪島津、独眼竜の伊達、親子揃って名高い立花。

そういう様々な大名に比べると浅井ってなんだろうね?

274: 奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. 投稿日:2007/02/27(火) 00:37:32 ID:UiOqAshs
飛躍し損ねた、好位置にいた土豪。

247: 名無し議論スレにて投票方法審議中 投稿日:2007/01/04(木) 23:22:34 ID:jbdFxL29
とにかく一度、大河ドラマでやってくれ

引用元: ・888   浅井長政総合スレ   888





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