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1: 世界@名無史さん 投稿日:2011/08/29(月) 07:00:16.31
中世~近世の地中海世界のスレはあるけど、古代を扱っていないようなので古代の地中海世界のスレ立てました。








2: 世界@名無史さん 投稿日:2011/08/30(火) 15:57:36.08
栄光のローマ

6: 世界@名無史さん 投稿日:2011/08/31(水) 18:11:45.84
地名はフェニキア由来が多いな次がローマギリシア由来か

7: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/03(土) 05:08:39.41
レバノン杉を伐採しまくって衰退してもーた...orz

8: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/03(土) 06:51:53.36
森あったの?

13: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/03(土) 19:23:48.99
>>8
地中海東岸のレバノン山脈から小アジアにかけて広く分布していた。
フェニキア人がかなり浪費、続くローマ人も大量輸入した。でも伐採制限を記した石碑があるそうな。
その後も減少を続けて、オスマン時代にほぼ壊滅した。

9: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/03(土) 06:59:10.23
輸出してたんだから森だったんだろう。

11: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/03(土) 12:55:33.11
ギリシャもパレスチナ、レバント地方も今はハゲ山ばかりだが、かつては森林だった。
ただ雨量が少なく木を切ると再生不可能な気候なので今のようになった。
ヨーロッパの森も何度か伐採されつくしたが、再生可能な気候だったので全部植林。
レバノン杉は旧約聖書にも出てくる貴重品。

12: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/03(土) 16:22:45.91
多分気候変動もあるけどね。
サハラの変化からみるに

15: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/05(月) 22:20:15.91
>>12
あとヤギ

14: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/04(日) 14:58:24.66
レバノン杉の伐採は、メソポタミアの『ギルガメシュ叙事詩』にも出てくるほどだしね。

18: 世界@名無史さん 投稿日:2011/10/16(日) 20:48:40.48
結局海の民って何なの

19: 世界@名無史さん 投稿日:2011/10/16(日) 21:58:33.13
>>18
次の1)~5)の連合勢力。のちに6)7)も加わる。 

1)ギリシアのアカイア人(いわゆるホメロス叙事詩の主人公たちと同じ)
2)小アジア南西部のリュキア人(ヒッタイト人と近縁のインド・ヨーロッパ語族)
3)サルディーニャのヌラーゲ人(インド・ヨーロッパ語族の古いの)
4)シチリア東部のシクニ人(民族系統不明でイタリア半島から渡ってきた)
5)イタリア半島のエトルリア人(ローマに吸収されたあれ。屈折語を話す民族)
6)パレスチナ南部のペリシテ人(ユダヤ人の敵のあれ。ミケーネ文明のクレタ人と近縁)
7)パレスチナ北部のチェケル人(トロイアから流れてきたという人もいる)

117: 世界@名無史さん 投稿日:2014/04/08(火) 01:08:00.30
>>19
これ元ネタは何処から持ってきたんだろうな
ヌラーゲの話しは知らなかった

23: 世界@名無史さん 投稿日:2011/11/19(土) 23:34:48.04
青銅器の海の民が鉄器のアッシリアを滅ぼしたのが謎だな

24: 世界@名無史さん 投稿日:2011/11/19(土) 23:49:33.70
鉄器も使ってたでしょう。
もちろん、アッシリアからの鹵獲品ですが。

25: 世界@名無史さん 投稿日:2011/11/20(日) 12:06:25.41
ヒッタイトが「海の民」によって滅亡させられた後、彼らが独占していた精錬師
ないし鍛冶師は分散を余儀なくされ、前11~前10世紀に、その一部は
ギリシア世界と接触して鋳鉄術を伝える。
やがてこの技術は、ギリシア北部の山岳地帯に住んでいた、インド・ヨーロッパ語系の
ドーリア人たちの支配するところとなるが、別の集団は、おそらく黒海北岸の
ステップ地帯に住んでいた馬匹飼育民のキンメリア人へと流れた。

85: 世界@名無史さん 投稿日:2013/10/26(土) 05:39:26.45
ところで「海の民」の実態は?

86: 世界@名無史さん 投稿日:2013/10/26(土) 07:11:33.50
ただの海賊や船を利用して移動や侵入を頻繁におこなった部族をまとめてそう呼んだだけ

多くの文明や国家を滅ぼした正体と言う意味では気候変動が正解

40: 世界@名無史さん 投稿日:2012/01/25(水) 20:40:04.46
映画トロイをミタ
アガネムノンというのがアカイア人の王なんだな
トロイは特にアポロンを信仰していたんだな
アテネは女神アテナ、スパルタはヘラクレスとか
ギリシア神話という世界は共有していたんだな

41: 世界@名無史さん 投稿日:2012/01/25(水) 20:58:05.03
どうだか
ギリシア人は異民族の神について語るときも、ギリシアの神々に当てはめて記述しているし

42: 世界@名無史さん 投稿日:2012/01/25(水) 23:36:58.41
>>40
共有というか、それぞれのポリスが別々に崇めていた神を持ち寄って体系化したのが
いわゆるギリシャ神話の体系と考えてくれ。

44: 世界@名無史さん 投稿日:2012/01/27(金) 13:26:04.43
オリエントは中国よりずっと先進国だというのに
まともな歴史書が出来たのは書経よりも200年もあととは・・・

45: 世界@名無史さん 投稿日:2012/01/27(金) 18:31:56.92
>>44

現在旧約聖書としてまとめられている古代ユダヤの書籍のうち、
申命記以降、エステル記までは元は別々の歴史書。特に歴代誌はダビデから
バビロン捕囚までのユダヤ国家の5世紀間のまとまった歴史叙述。バビロン捕囚が586年だから、
書経より100年以上早い。

46: 世界@名無史さん 投稿日:2012/01/28(土) 16:51:07.82
べロッソスにしてもマネトにしても聖書にしてもまあ体裁は整ってるな
でも、中味が薄いような気がするのだよ
どうも西洋の歴史は彩りが無いというか、豊かさが無いというか、薄いというか
文学性、物語性に乏しいと思わないかね?

47: 世界@名無史さん 投稿日:2012/01/28(土) 17:30:54.50
豊かとか文学性、物語性とか、その度合いは主観的な話だよね。

自分は特に、西洋の歴史(具体的にどの史書を対象としているのかよくわからないが)
の文学性、物語性、彩りが乏しいとは思わない。

49: 世界@名無史さん 投稿日:2012/01/29(日) 01:19:02.81
そこら辺は原典で読める語学力があるかどうかも関係ある気が。旧約の話だけど
故・井筒俊彦氏曰く「すでに中性化され、毒気を抜かれた訳文(ラテン語)では分からないのだが、
原典で読むとき、最初の頁から言うに言われぬ強烈な人間的臭気が、いきなり、まともに
吹き付けてきて、思わず慄然と立ちすくんでしまうことがある」とか。

57: 世界@名無史さん
楔形文字で書かれた歴史資料について言わせてほしい。
耐久性のある書字材料だったため、1世紀頃に至るまで大量に残っている。解読が追いつかない程だ。
それは、楔形文字の消滅した後のパルティア後期~サーサーン朝期の史料が少なさとは対照的だ。

シュメール期や古バビロニア期の諸王朝の事件を記録した『年名表』。
アッシリア・バビロニアの諸王朝に関する『年代記』や『王名表』の類。
もちろん、これらの国王の事績を記した碑文も重要な史料となるし、
各都市から出土する行政文書・商業文書などもある。

また、天文学者プトレマイオスの『アルマゲスト』の巻末付録である、
歴代バビロン王の統治年表も歴史を復元するのに役立っている。

そして、ヘレニズム期のセレウコス朝などの政治史を復元するために活用されているのが、
バビロンで作成された『天文日誌』だ。これは、その年の出来事と天文現象などが記録されている。
同時代のギリシア・ラテン語文献の記述との比較や、天文学的アプローチも可能で、その価値は計り知れない。

59: 世界@名無史さん
>>57
ごくろうさん。
こういうところに人材を投入できるような国にして欲しいね。

68: 世界@名無史さん 投稿日:2013/09/11(水) 21:11:01.85
ミノア文明に興味があったのだが、人身御供が有ったらしい事を知ったてから気持ちが萎えてしまった‥古代では珍しい明るくて優しい文明だと思っていたのに…

70: 世界@名無史さん 投稿日:2013/09/11(水) 21:49:26.49
人身御供ってミノタウロスの話?

71: 世界@名無史さん 投稿日:2013/09/12(木) 21:16:56.29
線文字Bの古文書に「〇〇女神に少年〇人、少女〇人」という様な記録が残っており、さらに地震で倒壊して放置された神殿跡からは後ろ手に縛られて台に乗せられた少年、短剣を持った成人男子、ボウルを持った成人女子等の骨格が発掘されているそうです
どー考えても人身御供では?

72: 世界@名無史さん 投稿日:2013/09/12(木) 21:20:21.86
>>71
ちなみにソースは以前にヒストリーチャンネルで見たイギリスBBCのドキュメンタリー番組です

73: 世界@名無史さん 投稿日:2013/09/12(木) 22:06:30.98
71-72
そうなんだthx
でも線文字Bはミケーネ時代じゃなかった?

75: 世界@名無史さん 投稿日:2013/09/12(木) 23:12:30.17
>>73
線文字Bは確かクレタの勢いが衰えてギリシャ本土の勢力に一度征服されてから使われる様になったと記憶してます
線文字Aで書かれている言語は今も不明ですが線文字Bで書かれている言語はギリシャ語ですから
ミケーネが元々使っていたのかクレタからの輸入かは私には判かりません

78: 世界@名無史さん 投稿日:2013/09/13(金) 10:12:26.31
>>75
解説ありがとうございます
線文字B=ミケーネの文字ならミノア文明とは関係ないのでは?と思いまして
でもミノアに元々あった風習がギリシャ人征服者に受け継がれた可能性もありますかね

80: 世界@名無史さん 投稿日:2013/09/13(金) 14:56:55.04
>>78
恐らく衰退したミノアを征服したのはミケーネでしょう
どっかで読んだ受け売りですが自分でもそう思います
衰退の原因はサントリーニ島の大噴火による大津波でしょう
他人事ではありませんね(>_<)

83: 世界@名無史さん 投稿日:2013/09/24(火) 00:57:03.18
圧倒的なエジプト産小麦の流通を押さえたとこが勝者なイメージ

84: 世界@名無史さん 投稿日:2013/10/20(日) 21:28:47.22
エジプトはアッシリア以降はペルシャやギリシャと外部に支配されっぱなし
ギリシャ系プトレマイオス朝が土着化したがこれもローマに滅ぼされた

90: 世界@名無史さん 投稿日:2013/11/29(金) 22:14:41.68
フェニキア人が覇権を握っていた
以上

91: 世界@名無史さん 投稿日:2013/12/01(日) 18:03:07.28
クレタ人は海産物食べ放題みたいな印象
それだけですごく幸福そうな感じ

92: 世界@名無史さん 投稿日:2013/12/08(日) 15:18:25.78
海の民とヒクソスが撹乱要因だね。

93: 世界@名無史さん 投稿日:2014/03/11(火) 23:10:48.75
エジプト人自身が、もう少し海に対して積極的になれればなあ・・・

100: 世界@名無史さん 投稿日:2014/03/29(土) 02:02:15.37
海の民について詳しい本紹介してくれ それかヒッタイトについて詳しい本

エーベルハルト・ツァンガーの「甦るトロイア戦争」って本では
アヒヤワはアカイアではないと言ってたが、いやいやそれはないだろと 
でも海の民について纏まった本ってこれくらいしか見たことないんだよな
メルエンプタハ碑文やメディネト・ハブ碑文の邦訳がある分ネットの方が断然詳しいけど


トレバー・R・ブライスのヒッタイト本も邦訳されてないし 
日本の書籍だとマッドワッタ文書やタワガラワ書簡の一次資料の邦訳も見かけたことがない
金払って買った本よりネットの方が詳しいのは悔しくもある
 
シケリアのディオドロスによるとアフリカでアトランティスを征服した女王ミュリネ率いるアマゾン軍が
小アジアに戦争しかけてトラキアのモプソスとスキタイのシピュロス王に撃退されたという記述があるが
これは全く何の根拠もないデタラメなのだろうか?
スキタイのシピュロスというのはシュッピルリウマと音が似てるからシュッピルリウマ1世と連想してみたくもなる
それにイリアスにはミュリネの塚なる地名が登場するのも安易に関連付けてっ妄想してみたくもなる

252: 世界@名無史さん 投稿日:2014/05/01(木) 00:32:25.98
>>100
|ω・)ノ □ 本ドゾー  大城光正/吉田和彦『印欧アナトリア諸語概説』大学書林1990

通販で購入出来るかは微妙ですが(汗 紀伊国屋やジュンクドウだったら店頭で手にはいるかも知れません。
大学書林の本はお高いのはいつものことということで(^^;

これは現在では死滅してしまった、インド=ヨーロッパ語族アナトリア語派の文法についての概説書です。
扱われてる言語はアナトリア語派に分類されるヒッタイト語、パラー語、ルウィ語、
ヒッタイトの象形文字として知られる象形文字ルウィ語、リュキア語、リュディア語の6つの言語です。
うちヒッタイト語を扱っているページ数はグロッサリーを含む全377ページ中10-123.pp、全体の三分の一ほど。
聖書ヘブライ語、アラム語のものを抜かせば、日本語で読める古代語をあつかった学術的な文法書はこれ一冊だけといえます。

欧米に比べまだ日が浅いとはいえ、日本のオリエント学・アッシリア学のレベルは非常に高いので後身のためにも
日本語でシュメール語やアッカド語(古期~新アッシリア語&バビロニア語含む)の本格的な概説書や文法書を出して欲しいと切に願います(^^;

397: 世界@名無史さん 投稿日:2014/09/24(水) 00:16:35.41
>>100>>130


遅ればせながら「甦るトロイア戦争」読んでるんだけど
マッドゥワッタ文書は検索にすらひっかからないレベルだねぇ

まぁ、アヒヤワもアカイアの一部でしか説明されてないしなぁ、、、

http://en.wikipedia.org/wiki/Madduwatta
http://en.wikipedia.org/wiki/Assuwa_league

398: 世界@名無史さん 投稿日:2014/09/26(金) 23:33:26.02
>>100>>397

アヒヤワに関するヒッタイトのテクストで重要なのは
次の4つ

(1)紀元前15世紀後半のヒッタイト王トゥドハリヤシュ2世の年代記
(2)「タワガラワ書簡」
(3)「マッドゥワッタ文書」
(4)「サウスガムワ条約」


ここには一部載ってる。
http://crazyhis.web.fc2.com/war/bc14/bc14HITT.htm
http://crazyhis.web.fc2.com/war/bc14/BC14HITT.gif

ちなみにミラワタの位置に関しては諸説あるもよう。(マルマラ海の南岸)


ここも 有史以来(ヒッタイト、アルザワ、アヒヤワ)とある。
http://www5.pf-x.net/~mikeo410x/index.php/~otheroldhistoryhittites


120: 世界@名無史さん 投稿日:2014/04/09(水) 21:01:10.48
フェニキア人とユダヤ人はかなり近いっぽいけど
地理的な問題だけなんだろうか?

121: 世界@名無史さん 投稿日:2014/04/09(水) 23:51:38.32
だろうね シリア沿岸は川で区切られてるから
ところでゲルハルト・ヘルムのフェニキア人って本だと
海の民とフェニキア人が集合して商業航海に乗り出したとある
ミュケナイだと竜骨のある船が使われていたが、
シリアやエジプトでは青銅器時代は平底の船しかなかったというのだ
ギリシャよりフェニキアの方が海の進出が後進であったという説

ペラスゴイ=ペリシテ  エトルリア=トゥルシア=トロイア などと俺が読んだ本には乗ってなかった説をはいている

ヘラクレスのルーツはテュロスのメルカルト神で、
ヘラクレスは狂気から子供を火に投じるなど、モロクの儀式などに代表されるフェニキアの生贄の習慣が垣間見えるのだという

127: 世界@名無史さん 投稿日:2014/04/10(木) 22:34:25.26
>>121
平底船は荷物がいっぱい積めて交易向きだったらしい

128: 世界@名無史さん 投稿日:2014/04/10(木) 23:43:22.59
>>121

俺が適当にチョイスしたレヴァントの主要都市を北から挙げると

1.ウガリト        → アナトリアの玄関
2.アルワド        → 天然の良港
(アッカル平野)     → カデシュ
3.ビュブロス      → レバノン杉
(ベイルート)
4.シドン         → ベカー渓谷(ダマスカス)
5.テュロス       → 海外植民地(カルタゴ他)
6.メギド-ドル     → イェズレル渓谷
7.エルサレム     → トランスヨルダン
8.アシュケロン-ガザ  → ペリシテ人

ってとこですかね?
矢印の先は後背地などを書いてみた

131: 世界@名無史さん 投稿日:2014/04/11(金) 21:38:49.49
>>121>>128

フェニキアの都市は主人、女主人という
神のカップルにより統治されていて
三大都市をそれぞれ挙げると

【テュロス】
男神:メルカルト
女神:アシュタルテ

【シドン】
男神:エシュムン  → 医術の神アイスクレピオス へ
女神:アシュタルテ

【ビュブロス】
男神:バアル(フェニキア語で「主人」あるいは「頭」)
女神:バアラト(バアラト・ゲバル→ビュブロスの女主人) → アフロディーテ へ


メルカルトは西方の植民都市である、キティオン、カルタゴ、カディスでも確か信仰されてて
そんでテュロスの殖民都市だったカルタゴは

【カルタゴ】
男神:メルカルト
女神:タニト(タニト-アシュタルテ)

ということらしい。

132: 世界@名無史さん 投稿日:2014/04/12(土) 00:36:12.83
ビブロス
バアル・シャミンとバアラト・ゲバル

シドン
エシュムンとアスタルテ

ティルス
メルカルトとアスタルテ

カルタゴはティルスの神々が後に
バアル・ハモンとタニト(アスタルテの尊称の1つが独立化)

あとメルカルトについて 「オリエントの世界の発展(世界の歴史4)」中央公論社から

ウガリットのバアル神話にみられる死からの甦りの物語は自然界の再生をテーマとするが
これはビブロスの若神アドニスの神話を生む一方、アルファベットとともにフリュギアに伝えられて
アッティス神話の形成に影響を及ぼした。この若神はティルスではメルカルトと呼ばれ、
その英雄的行為のゆえに、ギリシアのヘラクレスと同一視された (フェニキアの項)

メルカルトは人類を救済する英雄としての神話が伝えられている。フェニキア人の神々の歴史
において第5代目の神であり、生誕時には将来の英雄にふさわしく捨子伝説の主人公であった。
長ずるに及んでギリシアの英雄神ヘラクレスと同じく数々の功業を成し遂げるが、その中心
テーマは人類の救済であった。このようなメルカルト崇拝はアレクサンドロスの時代には、
フェニキアはもとより地中海域や地中海アジア全域に広まっていた
(アレクサンドロスのティルスの項)

134: 世界@名無史さん 投稿日:2014/04/12(土) 02:24:48.54
>>132
俺の出店はグレンEマーコウのフェニキア人なんだけど
そっちもバアル・ハンモン、別名「アマヌスの主」になってるな。
アマヌスとはウガリトの北の山岳地方である。とある


あと、ついでに
黒海と地中海の間の海流は
表層海流と深層海流の方向が逆転してるのだ

136: 世界@名無史さん 投稿日:2014/04/12(土) 13:59:01.50
>>132

「死と復活」はヒラム王によって
”メルカルトの目覚め”として国家的な祝祭になったらしい。
確かカルタゴから使者が春には本国を訪れるのが通例となってたはず。


アドニスに関しては
ギリシアの作家ルキアノスが、ビュブロスで毎年行われていたアドニス神の祭りのことを書いている。
ギリシア神話によればその神は、イノシシにに殺されて1年間を生の世界と死の世界で半分ずつ生きることを余儀なくされた若い狩人である。
アドニスという名前はセム語のアドンすなわち「主人か」アドナイ「私の主人」に由来するので、ビュブロスのバアル神と同一の神だった可能性がある。


とりあえず全般にウガリトの影響はかなり大きいようだ。

137: 世界@名無史さん 投稿日:2014/04/12(土) 16:22:47.15
>>136
アレクサンドロスがティルスを攻略したとき、神殿にはカルタゴからの巡礼者も
いたみたいだし、いつごろメルカルト→バアル・ハモンに変わったんだろう?

138: 世界@名無史さん 投稿日:2014/04/12(土) 17:11:59.68
>>137
俺もちょっと気になった
たぶん、カルタゴの独立の頃を境に変ったんじゃないかと思ってるんだがどうだろうか?

カルタゴは本国メルカルト神殿への御布施という形で
植民地税を払っているんだけど、この辺りも関係あったりするのかな


122: 世界@名無史さん 投稿日:2014/04/10(木) 00:15:21.78
メルカルトはヘラクレスと同一視されたのは知ってるけど
(アレクサンドロスがティルスの神殿に参拝しようとしたし)
ルーツなのかな?
ちなみにアルサケス時代には初期のフリ人に崇められ
バビロニアの重要な神ともなったネルガルもヘラクレスと同一視された

123: 世界@名無史さん 投稿日:2014/04/10(木) 00:43:11.10
そもそもヘラクレスの生国テーバイはフェニキアのテュロスの王子カドモスが建てた
ギリシャに文字を伝えたのもカドモスだと神話は言う

124: 世界@名無史さん 投稿日:2014/04/10(木) 00:58:21.14
つまりアレキサンドロスは父方の祖がヘラクレスとされてるのに
テーベを叩き潰したことになるのか

126: 世界@名無史さん 投稿日:2014/04/10(木) 22:12:55.49
>>123>>124

そんでもって、そのテュロスを再起不能にまでぶっ潰したのが
アレキサンダー大王なんだよなww


これはもう自分のルーツを呪って
消し去りたかったんじゃないのか?

129: 世界@名無史さん 投稿日:2014/04/11(金) 00:11:32.54
>>126
たしかにアレキサンドロスはヘラクレスに関係するテーベやティルスを壊滅させたけど
それはやはり父方の祖のヘラクレス、母方の祖アキレウスを超えようとしたためか?

いずれにしても容赦ないな

133: 世界@名無史さん 投稿日:2014/04/12(土) 01:06:32.49
フェニキアは後進民族との物々交換が主で
ギリシャやリュディアが貨幣を自前で鋳造したより300年ほど遅れて貨幣を作ったそうな
もともと大した軍事力ももってなかったからギリシャ勢力が西地中海に進出してきた時フェニキアは傭兵に頼るようになる
プルタルコスによるとティモレオンと戦った時は渡河の途中でフェニキアの名士が集まる部隊が襲撃され10万のフェニキア軍が1万のギリシャ軍に敗北 
孫子みたいだね

163: 世界@名無史さん 投稿日:2014/04/15(火) 02:44:14.52
>>133
フェニキアが海外に植民地を持つ動機となったのが
ギリシャが商売地で次々と植民地を建設して
ここ俺のもんって言い出したかららしい

それまで原住民と仲良くやっていたフェニキア商人は商売しづらくなるから
防衛的な対応として重要な都市を植民地としただけで
交易自体はそれ以前から存在しているので単純に遅いって訳ではない


そんでもって、貨幣を鋳造するようになったのは
ギリシャ商圏で商売しやすいように貨幣を発行したようで
最初はシチリア島の西部モティアやパノルムスといった都市で
重量基準はアッティカ-エウボイア式が採用されたようだ

145: 世界@名無史さん 投稿日:2014/04/13(日) 00:20:00.62
フェニキアの植民市にどうしてカルタゴとの中間くらいに位置する
リビアのキュレネやアポロニアの土地に手をつけなかったんだろ?

おかげでこの辺りはドーリス系植民市になってしまってんだけどさ

152: 世界@名無史さん 投稿日:2014/04/14(月) 00:09:25.24
>>145
本土と目と鼻の先のキティオンでも

フェニキア人が初めて植民地をつくったのは
その都市の考古資料と碑文からみて前9世紀半ばごろ

しかしキプロス島は前11世紀ごろには重要な貨物集散地として機能していたそうだ
そんでもって前8世紀の終わりには自治を獲得している

160: 世界@名無史さん 投稿日:2014/04/14(月) 22:37:12.33
>>145

カルタゴより東の北アフリカ海岸へフェニキア人が商いに来ていたかどうかについては、考古資料が極めて乏しい。
その辺りに関しては、航海上の現実的な問題が大きかったかもしれない。
北アフリカの沿岸にはジブラルタル海峡からポート・サイドへ向かって西から東へ強い海流が流れており、
エジプトからカルタゴへ海岸沿いに航海するのは著しく困難であった。
そのうえシルティスと呼ばれるリビア中部の不毛な480kmの海岸線を行くあいだは、
叩きつけるような強風と、危険な浅瀬と、視界の悪さに悩まされる。
そういう苦労をするくらいなら、東の本土からカルタゴやその向こうを目指すフェニキア人の船乗りは、
きっと外洋をまっすぐ西へ進むコースを選んだだろう。


ちなみにポエニ人は利用してるので地理的な問題だったんじゃないだろうか。
フェニキア人の有名な植民地はハドルメトゥムとレプティス・マグナらしいが、
カルタゴから人が来るまであまり積極的に利用されなかったようだ。

161: 世界@名無史さん 投稿日:2014/04/15(火) 00:08:56.87
>>160
なるほど、航海の困難さが空白地域を生んだのか ありがと

レプティス・マグナ近隣のサブラタやオエア(トリポリ)
http://www.hgeo.h.kyoto-u.ac.jp/ogata/libya2008/index.html
ハドルメトゥム(スース)下に位置するレプティス・ミノル(レムタ)はそこまで重要じゃない?
http://www.hgeo.h.kyoto-u.ac.jp/ogata/tunisia2009/index.html では(ラムタ)の個所

164: 世界@名無史さん 投稿日:2014/04/15(火) 22:01:12.58
>>161
ちゃんと調べた訳じゃないので憶測だが
著者は本土フェニキア人と西方ポエニ人を別けて記述してるんで
カルタゴの植民地だったりするんじゃないだろうか?

153: 世界@名無史さん 投稿日:2014/04/14(月) 00:21:27.82
キプロスはサラミス、キティオン、パフォス等ギリシア系植民市が
後々フェニキアのに取って変わられたの?
つまり先に進出していたのはギリシア系?

154: 世界@名無史さん 投稿日:2014/04/14(月) 01:09:54.49
>>153
青銅器時代後期のキティオンはキュプロス島の重要な集落だったが、
フェニキア人が入植する前は150年ぐらい放棄されている

もう一つフェニキア人のコミュニティがあったのは、
原住民の町があった南部海岸のアマトゥスの港である。

とのこと。
という訳で普通にギリシア人の方が先なんじゃないのかな。


引用元: ・古代の地中海世界







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