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1:
彼は最高だよね







Aurangazeb


アウラングゼーブ
(1618年11月3日 - 1707年3月3日)は、北インド、ムガル帝国の第6代君主(在位:1658年 - 1707年)。

アウラングゼーブの治世は実に49年の長きに渡り、その治世の前半は、曾祖父アクバル以来の繁栄が続いた。アウラングゼーブは若年から厳格なスンナ派の信者であり、ムガル帝国の宗教政策を変えて帝国をシャリーアで統治しようとしたが、その反面ではアクバル以来の融和路線に反する厳しい宗教政策によって、ラージプートなど異教徒の離反を招いた。1681年以降、アウラングゼーブはデカンに大挙南下し、ビジャープル王国、ゴールコンダ王国を滅ぼし、さらにはマラーター王国を南に押し返した。だが、マラーターのゲリラ戦や重税に苦しむ諸地方の反乱、帝室における混乱といった様々な問題に悩まされ、その晩年は悲惨なものとなった。1707年にアウラングゼーブは死亡し、その死までに帝国の領土は最大となったが、 彼の死を契機に帝国は衰退・崩壊した。




4: 世界@名無史さん
やっぱ、兄弟殺して、父親も幽閉したんだっけ?
すごいよね。

5: 世界@名無史さん
でも当時の情勢を考えれば仕方のないこと

6: 世界@名無史さん
名前がカッコいいね。

7: 世界@名無史さん
でも「アウラングゼーブ」って何語だ?
チャガタイ語?ペルシア語?それともヒンドゥスターニー語か?

8: 世界@名無史さん
>>7
ペルシア語のawrang(王座)+zeeb(飾り)

9: 世界@名無史さん
中部の都市で「アウランガーバード」ってあるね。
あれも彼にちなんだもの?

12: 世界@名無史さん
>>9
そうだったと思う。
アウランガーバードにはアウラングゼーブの霊廟があったっけ。
日本人の観光客にはアジャンタだったかエローラへ行く途中の単なる中継地らしいが。

13: 世界@名無史さん
アウラングゼーブって何だっけ?
あー、何だっけ?

14: 山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM
>>13
DQNイスラーム原理主義皇帝(byムガール)。

15: 世界@名無史さん
こいつアホだよ。
ジズヤ復活させて、ムガール帝国を分裂滅亡に追い込んだ張本人。
ジズヤは、イスラム諸王朝における人頭税。

ジズヤは、イスラーム草創期にイスラーム政権の庇護を受けたズィンミーから徴収される貢納や租税一般を指したものであった。内容は地域差がおおよそあったが、大体においては地租と人頭税を併せたものであった。しかし、ウマイヤ朝末期以降にイスラームへの改宗者が増大すると、ジズヤをズィンミーから徴収される人頭税、ハラージュを地租・土地税とする用語法上の区別が定着するようになった。つまり、イスラーム政権が「ズィンマの民=ズィンミー」に対して下す「庇護(ズィンマ)の賦課」として租税という性格が明確化されるようになった。

16: 世界@名無史さん
>>15
それは後世の人間が言う結果論。

18: 世界@名無史さん
馬鹿だな
あそこでジズヤ復活させてなかったら結局経済的に破綻していた
元凶はシャージャハン、あいつば超高額な墓なんかつくるから
シャー・ジャハーン(1592年1月5日 - 1666年1月22日)は、ムガル帝国の第5代君主(在位:1628年 - 1658年)。

シャー・ジャハーンの時代はインド・イスラーム文化の最盛期であり、美術や建築などの華が咲いた。シャー・ジャハーンはまた、妃ムムターズ・マハルの墓廟であるタージ・マハルの建造者としても有名な人物である。当時、ヨーロッパから訪れた旅行者はシャー・ジャハーンを「壮麗王」(the Magnificent)として称えた。

シャー・ジャハーンは長男ダーラー・シコーを後継者としていたが、次男のベンガル太守シャー・シュジャー、三男のデカン太守アウラングゼーブ、四男のグジャラート太守ムラード・バフシュはこれを認めていなかった。結局、1658年に勝利したアウラングゼーブが皇位を継承し、シャー・ジャハーンはアーグラ城塞に幽閉され、亡き愛妃の眠るタージ・マハルを眺めながら、1666年に74歳で死去した。

20: 世界@名無史さん
陳舜臣さんがアウラングゼーブを主人公にした歴史小説を書いていなかったっけ?

22: 世界@名無史さん
>>20
インド三国志かな
読んだこと無いけど

27: 世界@名無史さん
>>20
インド三国志。面白かったよ。
陳舜臣さんはかなりアウラングゼーブを辛辣に書いていた。
「支配者としてはおろかな行為」とね。

29: 世界@名無史さん
シャージャハンは残酷な人だったらしい。タージマハルの建設に携わった人を皆殺しにしたそうだ。

30: 世界@名無史さん
>>29
皇帝になるため自分の兄弟を殺すような男だからね。
兄は毒殺、弟は捕らえ目を潰して地下牢に放り込んだ。
ただ、兄弟殺しはムガル皇室では当り前だった。

33: 世界@名無史さん
アウラングゼーブに関すれば、彼も兄弟殺して皇帝になったけどな。
特に父帝の寵愛を受けていた長兄ダラー・シコーはボロを着せて泥まみれの像に乗せてデリー市中引き回しの上「イスラムに対する背徳」の名目で斬首。
陳舜臣さんはインド三国志で「残虐というのも愚かである」と結んでいた。

36: 世界@名無史さん
海賊モア船長の遍歴にアウラングゼーブ帝とその娘がでてきていたな
海洋冒険小説だがおまえら買え!

37: 世界@名無史さん
兄弟が殺し合ったのは何もアウラングゼーブだけではない。
兄弟相克は、ムガール朝では、王位継承時の伝統みたいなもんだ。

38: 世界@名無史さん
>>37
たしか彼の父のシャー=ジャハーンも兄弟と争って即位しましたよね。

42: 世界@名無史さん
>>38
>たしか彼の父のシャー=ジャハーンも兄弟と争って即位しましたよね。

そうそう、兄を毒殺、弟の目を潰し、地下牢に放り込んだよ。

39: 世界@名無史さん
陳瞬臣のインド三国志では、原理主義者でムガール衰退の元凶みたいにかかれてたな
ただ、この本人気がなかったらしく途中で終わっている

43: 世界@名無史さん
>>39
陳瞬臣の酷評は俺は正しいと思う。
大体、国土をすっかり縮小、荒廃させ、財政はガタガタにした皇帝など暗君以外の何者でもない。

50: 世界@名無史さん
>>39
インド三国志はもともと同人的な媒体に発表していたので、人気は関係ない。
ただ多忙で季刊誌に休載するようでは申し訳ないので自分で打ち切ったんだって。

44: 世界@名無史さん
個人的に、先代のシャー=シャハーンがすきだ。
愛する女性にタージ=マハルみたいな
美しいものを贈るなんてすてきじゃないですか。
413px-Taj_Mahal,_Agra,_India_edit3

45: 世界@名無史さん
>>44
でも、それ税金からだよ。
膨大な税金取られ、労働に駆り出される人民はたまったものじゃないと思うけど。

46: 世界@名無史さん
しかも自分用の廟までつくるつもりだったんですよね。
同じ大きさの、黒いヤツ。

48: 世界@名無史さん
>>46
そっちも見てみたかったな・・・
タージ=マハルと対になるのかな。

49: 世界@名無史さん
>>48
二つの廟をまたがって橋をかけるつもりだったみたいです。
死んでもあえるように…でしょうか。
ロマンチクーだー

引用元: ・何だかんだいって皆アウラングゼーブが大好き



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