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1: 世界@名無史さん 投稿日:2007/01/15(月) 23:22:40
あらあら、あそこの人が記憶喪失になっているみたいですよ。
どこかで見た顔のような・・・・? 歴史上の人物のような気が・・・・?
さあ皆さん、質問をして得られた回答を元にその人が誰かを推理して下さい。
そうすればその人の記憶喪失は多分すぐに治ります(笑)。
記憶の戻った方はその御礼に、あなたの名前を尋ねられると思うので、
是非、名乗ってください・・・・もし記憶がはっきりしているものならば。
もし記憶喪失になっていたら、他の人に助けを求めましょう。





645: 643 ◆p.kGg/L64s 投稿日:2007/06/09(土) 14:21:51
お恥ずかしいことに私も自分の名前が思い出せないのだ。
お集まりの紳士淑女諸君、いったい私は誰なのかご存じないかね?

646: 世界@名無史さん 投稿日:2007/06/09(土) 18:39:31
こーてーのみかた?それとも、てき?



オーストリアの皇帝のことなら若い頃彼の軍隊と戦ったが今は関係ないな

647: スペイン宗教裁判官 投稿日:2007/06/09(土) 19:23:22
あなたは敬虔なカトリックか?



貴方に見つかったら火あぶりにされるだろうね。教皇は好きでない。

648: 世界@名無史さん 投稿日:2007/06/09(土) 19:54:35
あなたの国は世界一の強国だと思いますか?



いや、私が若い頃は統一国家すらなかった。

649: 世界@名無史さん 投稿日:2007/06/09(土) 20:16:09
ノーベル賞を受賞したことはありますか?



いや、つい最近できた賞じゃないか。

650: 世界@名無史さん 投稿日:2007/06/09(土) 20:17:34
情報は何で仕入れる?人づて?本?新聞?ネット?



うむ、新聞か本だろうな。私には手紙や論文も重要だ。ねっと?交霊術のことか?

651: 世界@名無史さん 投稿日:2007/06/09(土) 20:23:05
アメリカ合衆国ってご存知?



もちろん知ってるが行ったことはない。
653: 世界@名無史さん 投稿日:2007/06/09(土) 21:25:54
トリエステの問題について一言。

イルレデンタか…イタリア人の土地はイタリアの国土だと思うが、正直右派の大声には辟易している。

656: 世界@名無史さん 投稿日:2007/06/10(日) 12:17:37
あなたは政治家ですか?

政治家連中とは縁があるが、私自身が政治家と呼ばれた覚えはないな。

657: 世界@名無史さん 投稿日:2007/06/10(日) 12:59:59
ロシアを支配しているのは皇帝ですか?

かの地では相変わらず専制的な皇帝の支配が続いておるが、不穏な噂も絶えないな。    

659: 世界@名無史さん 投稿日:2007/06/10(日) 17:52:38
ドイツ人についてどう思われますか?


個人的感想を言わせてもらえば、どうも好かんな。

660: 世界@名無史さん 投稿日:2007/06/10(日) 18:25:55
普墺戦争には参加しましたか?
したとすれば、一兵卒としての参加でしょうか。


私が従軍したのはその前の戦争だけだな。

662: 世界@名無史さん 投稿日:2007/06/11(月) 11:34:25
あなたはフランス人ですか?それともイタリア人ですか?


ふふん、イタリア人だよ。正確にはユダヤ系イタリア人とでも言うのかな。

664: 世界@名無史さん 投稿日:2007/06/11(月) 20:18:28
軍人以外の職業を経験されたことはありますか?


誤解があるようだが、従軍してたのは若い頃だけで私の本職は軍人ではないぞ。
軍服がまったく似合っていないと娘にも言われているのだ。
肩書きは他にもあるがとりあえず大学教授だった。

667: 世界@名無史さん 投稿日:2007/06/11(月) 21:03:46
大学ではどのような科目を専門にしていましたか?


精神病学だ。

668: 世界@名無史さん 投稿日:2007/06/11(月) 21:06:34
実業家として活躍された経験は?


事業とは縁がないな。顔がユダヤ商人そのものだと見当違いな批判はされたが。

669: 世界@名無史さん 投稿日:2007/06/11(月) 21:59:43
あなたが従軍したのはイタリア統一戦争で、軍医としての参加でしたか?


そのとおーり。もうわかってしまったかな?

671: 世界@名無史さん 投稿日:2007/06/11(月) 22:45:36
チュザーレ・ロンブローゾさんですか?


まさにそのとおり、私こそ近代犯罪学の父(と一部では称される)チェーザレ・ロンブローゾだ。
「犯罪人論」で現代社会に渦巻く犯罪者に科学の光を当てて以来、
科学的刑法学を広めようと必死になっていたのだが…
最近の学会では誰も私の話を聞いてないな。ええい、生来性犯罪者は居るといったら居るんじゃい。
今のうちからきちんと治療か除去しない限り人類はどんどん退化するというのに。
最近では私のところに来る患者も少ないし…あーいやだいやだ。

ところで>>671、君はなかなか見込みある。ぜひお名前を伺いたいものだ。
そして、私の講義を聴いてくれるよな?な?

(中の人;あっさり当てられてしまった、世界史上はマイナーですが犯罪学の入門書には必ず出てきます)

Cesare_Lombroso_signed


チェーザレ・ロンブローゾ

チェーザレ・ロンブローゾ(1835年11月6日 - 1909年10月19日)は、イタリアの精神科医で犯罪人類学の創始者である。犯罪学の父とも呼ばれることがある。ノーベル生理学・医学賞を受賞したカミッロ・ゴルジの指導教官でもある。

ロンブローゾは身体的特徴として「大きな眼窩」「高い頬骨」など18項目を、また精神的特徴として「痛覚の鈍麻」「(犯罪人特有の心理の表象としての)刺青」「強い自己顕示欲」などを列挙した。彼によれば、これらの特徴は人類よりもむしろ類人猿において多くみられるものであり、人類学的にみれば、原始人の遺伝的特徴が隔世遺伝によって再現した、いわゆる先祖返りと説明することができる。
また、精神医学的見地からは悖徳狂と、病理学的見地からはてんかん症と診断される。

そしてこれらの特徴をもって生まれた者は、文明社会に適応することができず犯罪に手を染めやすい、即ち将来犯罪者となることを先天的に宿命付けられた存在であると結論付けた。これが「生来的(生来性)犯罪人説」である。こうした彼の立論の背景には、当時流行していた ダーウィニズムへの傾倒があった。

1913年、チャールズ・ゴーリングが『イギリスの受刑者―統計的研究』において、「精密な測定を行った結果、犯罪者とそうでない者との間には有意な差は認められなかった」と発表するなど批判的意見が続出し、生来的犯罪人説は次第に退潮。現在では、この理論は極めて僅かな信奉者を除いては疑似科学として退けられている。



673: 世界@名無史さん 投稿日:2007/06/11(月) 23:35:08
そうでしたか、精神医学にたずさわるかたでしたか。思えば私の今まで
の生涯も精神の病を患いそうなことの連続でした。そういえば名前が思い
だせません。だれぞ私の病を治療してはいただけないでしょうか。

674: 世界@名無史さん 投稿日:2007/06/11(月) 23:58:24
心をすり減らしたことというのは、外交戦でしょうか? または、政争でしょうか。

ある意味私は政争のための道具のような人間だったといっておきましょう。

676: 世界@名無史さん 投稿日:2007/06/12(火) 00:32:40
あなたの生まれた国は海に面していますか?

もちろん海に面しています。

677: 世界@名無史さん 投稿日:2007/06/12(火) 00:35:51
あなたは女性ですか?


私が男に見えましたか?

678: 世界@名無史さん 投稿日:2007/06/12(火) 00:43:00
教皇の娘さんですか?


教皇?私がさる国の王族の血筋にあたることなら否定しませんが。

685: 世界@名無史さん 投稿日:2007/06/12(火) 21:47:42
 
ということは、「教皇」という存在自体はご存知であると。

あなたの血が繋がっているという王族は、あなたが今いる国の王族ですか?

むろん教皇の存在くらいは知っています。血がつながっているというの
は私が今住んでいる国の王族で間違いありません。

680: 世界@名無史さん 投稿日:2007/06/12(火) 01:06:24
クリスチャン?ムスリム?それとも先祖伝来の信仰ですか?


私が生まれ育った環境としては先祖伝来の信仰に近いです。

681: 世界@名無史さん 投稿日:2007/06/12(火) 02:01:48
やはりお国は島国ですか

島国です。

683: 世界@名無史さん 投稿日:2007/06/12(火) 11:17:01
戦士階級が国政を壟断していたりしません?


 少なくとも今の世の中ではそのようなことはありません。

684: 世界@名無史さん 投稿日:2007/06/12(火) 20:21:06
あなたの国に宣教師が来たことはありますか?


もちろん何度もあります。

686: 世界@名無史さん 投稿日:2007/06/12(火) 21:54:53
政争のための道具というのは、有力者の家に嫁入りさせられた、ということですか?


そのとおりです。

687: 世界@名無史さん 投稿日:2007/06/12(火) 21:55:03
政略結婚で婚約を破棄させられましたか?


そのようなことには至っていません。

689: 世界@名無史さん 投稿日:2007/06/12(火) 22:15:32
どこかの大名とは血縁関係はありますか?

いえ、少なくとも私が記憶している限りどこぞの大名との血縁関係はありません。

690: 世界@名無史さん 投稿日:2007/06/12(火) 22:19:58
モンゴル帝国はご存知ですか?


 噂に聞いたことくらいならありますが、なにしろ遠い昔のことなので詳しい
ことはわかりません。

692: 世界@名無史さん 投稿日:2007/06/12(火) 22:53:14
満州国はご存知ですか?ご存知なら一言お願いします。


 ………(涙)

693: 世界@名無史さん 投稿日:2007/06/12(火) 22:55:08
念のため、日本人でいらっしゃいますよね?

そのとおり日本人です。

695: 世界@名無史さん 投稿日:2007/06/12(火) 22:59:20
正親町三条家のご出身でしょうか?


その通り私は正親町三条家の出身です。

696: 世界@名無史さん 投稿日:2007/06/12(火) 23:06:02
絵を描くのは好きですか?

若い頃の私の夢は画家になることでした。

699: 695 ◆cRrahr6O6U 投稿日:2007/06/12(火) 23:11:36
どのようにお呼びすべきなのか迷いますが、とりあえず。
嵯峨浩様でいらっしゃいますでしょうか?


そうでした私の名は嵯峨浩、中国名は愛親羅浩。どうやら病のため私の命もほ
どなく終わるようです。思えば満州国の滅亡以来、辛いことばかりでした。し
かし長く行方がわからなかった夫と再会できたのは私にとって唯一の光明でした。
親切な方、貴方のお名前をお聞かせください。


嵯峨浩

嵯峨浩(さがひろ)1914年(大正3年)3月16日 - 1987年6月20日)は満州国皇帝愛新覚羅溥儀の実弟溥傑の妻。「流転の王妃」として知られる。

女子学習院卒業後の昭和11年(1937年)に当時陸軍士官学校を卒業し千葉県に住んでいた愛新覚羅溥傑との縁談が関東軍の主導で進められ昭和12年(1938年)2月6日に満州国大使館の発表で二人の結婚が内定した。同年4月3日に東京の軍人会館(現九段会館)で挙式。
昭和18年に溥傑が陸軍大学校に配属されたため東京にもどる。

その後、満州にもどり、終戦を新京で迎える。夫が皇帝の飛行機による亡命に同行する一方、浩は陸路で朝鮮に行き、そこから海路で日本へ帰国することになった。しかし途中で国民党軍に身柄を拘束され、上海へと移される。上海から海路で日本に帰国した。

夫の溥傑は溥儀とともに撫順の労働改造所に収容されたため、長らく家族と会うことはなかった。その間、昭和32年(1957年)12月10日に長女・慧生が、学習院大学在学中に心中事件を起こしてしまう悲劇に見舞われる(天城山心中)。彼女は周恩来に「父に会いたい」という手紙を出しており、周はそれに感動し、浩とその子供の中国入国と溥傑との面会を認めた。夫と再会後は北京に居住し、1987年に同地で死去した。



702: 695 ◆cRrahr6O6U 投稿日:2007/06/12(火) 23:25:49
いつの世にも女というものはつらいものですね。

私の名前ですが・・・あれ? どうしたものか、思い出せません。
誰か私の名前を呼んでいただける方はいらっしゃいませんでしょうか?

703: 世界@名無史さん 投稿日:2007/06/12(火) 23:31:19
あなたはキリスト教徒でしょうか?


申し訳ありません。
私個人の信仰がどのようなものであったのか、記憶の中から拾い出すことが
できませんでした。

ただ我が国の国教はキリスト教ですし、父方の血のことを思い出すと、おそらく
キリスト教徒だったのではないかと思います。

706: 世界@名無史さん 投稿日:2007/06/12(火) 23:55:08
お国の国教はプロテスタントでしょうか?


ええ。この一世紀近くの間、我が国の国教はプロテスタントです。

708: 世界@名無史さん 投稿日:2007/06/13(水) 00:10:23
あなた自身は高貴な生まれの方ですか?


井の中の蛙、ということは十分承知していますが、私は私の体に流れる血を、
高貴なものとして尊重しております。

710: 世界@名無史さん 投稿日:2007/06/13(水) 00:17:22
やっぱりお国は島国でしょうか?


島国の中の島国と言えるでしょう。

でも、我が国の独立もいつまで持つものか……せめて私の命の火が消えるまでは、
持ちこたえて欲しいものです。

712: 世界@名無史さん 投稿日:2007/06/13(水) 08:18:48
リリウオカラニという人はご存じ?


複雑な感情はありますが、それでも私の叔母上として、そして我が国の最後の女王
として、尊敬すべき相手だと考えています。

714: 世界@名無史さん 投稿日:2007/06/13(水) 23:16:11
結核はちゃんと療養せねばなりませんな。


今となっては切にそう思います。

でもそれどころではない、もっと大切なものがあったのですから、後悔は
しておりません。

717: 世界@名無史さん 投稿日:2007/06/14(木) 11:06:24
貴女は王国の衰亡に心を痛めておいでだ。
若いみそらで叔母の嫉妬に苦悩し、早世してしまった美しき女
では、早くその魂を鎮めるために思い出させましょうか、
カイウラニ王女
貴女の名前はこれで間違いないかな?



私はまだ生きております・・・ひょっとすると、まだ生きていると勘違い
しているだけのさ迷える魂なのかも知れませんが。

それはともかくとして、ああ、その響き。
それは間違いなく私の名前です。
その言葉を口にに載せた貴方、貴方のお名前はなんとおっしゃるのでしょう。


_1897_(PP-96-8-010)


カイウラニ

カイウラニ(1875年10月16日 - 1899年5月6日)はハワイ王国の王女。

1875年にカラカウア王の妹であるリケリケ王女を母に、スコットランド人アーチボルド・クレグホーンを父として生まれ、生後すぐにカラカウア家へ養女に出される。早くから王家の次世代後継者と目されて、国民的人気も高かった。

1889年から、カラカウア王の指示でイギリスに留学。留学中にカラカウアは死去し、伯母のリリウオカラニから王位継承権第1位を指名される。1893年にクーデターが起こってハワイ王国が滅亡すると、英国留学中だったカイウラニは渡米してクーデターの不当性を訴え、グロバー・クリーブランド米大統領との面談に成功し、徹底調査する約束を取り付ける。

1897年11月、カイウラニは8年ぶりにハワイに帰国。1899年、23歳で死去。


719: 717 ◆s0QVeaZRZg 投稿日:2007/06/14(木) 20:31:25
思い出されましたか、それは良かった。
では、私も名乗りましょうか。 ……む? 父の死で悲しさの余り
失念してしまったようだ。
誰か思い出させて下さらんか? 父の仇を取らねば為らぬのに、
このままでは名乗りを上げることも出来ぬ。

720: 世界@名無史さん 投稿日:2007/06/14(木) 20:35:35
あなたの父はどのようにして殺されたのですか?

 
すまない、錯乱していて見苦しい所をお見せした。
殺害された方法は急襲されて弓を射られたそうだ。
私はその場に居なかったので本当の事は判らぬが、その仇の名は……
それすらも失念してしまったらしい! 何たる不孝。

724: 世界@名無史さん 投稿日:2007/06/14(木) 20:48:07
世界の中心といえばイェルサレムですよね?

 
いぇるされむ? 何所だねそこは? 
それに世界の中心は我が地域の近くだ。

727: 世界@名無史さん 投稿日:2007/06/14(木) 21:27:48
ではそろそろ
汝は皇帝陛下の敵か味方か、答えよ!


少々居丈高な物言いをされるようだが……私の記憶が戻るのなら
それに甘んじてお答えしよう。
私の地域の周辺には「皇帝」と冠する統治者はいるが、私の属する部族では
その称号を有する者は居ない。
ちなみに周辺国、といっても一国だけだが皇帝に対して父上は反旗を掲げて
いた。
だが私の代では部族の経済を潤すために和解しようかと思っている。

729: 世界@名無史さん 投稿日:2007/06/14(木) 21:55:17
隋という王朝はご存知?


遠い遠い昔の王朝だな。
私の部族はその頃から居たようだな。昔、史書で読んだ事がある。

731: 世界@名無史さん 投稿日:2007/06/14(木) 22:00:59
世界の中心が近くにあるとのことですが、それは聖なる山々のことですか?

 
いや、国家だ。自然物でも人工物でもない。
あぁ、まだ頭がはっきりしない

733: 世界@名無史さん 投稿日:2007/06/14(木) 22:12:09
李継遷という人をご存知ですか?

 
判るような判ら無いような……どんどん記憶が薄れていっている。
でも、その名は近しい者のように思える。 

735: 世界@名無史さん 投稿日:2007/06/14(木) 22:27:38
お茶は好きですか?
また、貴国で茶は産出しますか?

 
嗜好の問題で言えばどちらでもないな。
産出はして無いと言うより出来ないな。側近達は好きな者が
多かったような気がする。だから輸入している。

(中の人:小説か何かだとあるかもしれませんが、本人の嗜好
については記述が見つかりませんでした)

737: 世界@名無史さん 投稿日:2007/06/14(木) 22:56:29
乗馬はお得意ですよね?

 
無論だ。でないと如何する事も出来ない。

739: 世界@名無史さん 投稿日:2007/06/14(木) 23:13:07
貴方の所では姓が二つありますか?


父上も私も与えられた姓ならそうだ。徐々に思い出してきたぞ。

740: とてた ◆0Ot7ihccMU 投稿日:2007/06/14(木) 23:15:09
漢土の中心地は長安ですか?


いや、開封だ。

741: 世界@名無史さん 投稿日:2007/06/14(木) 23:21:11
お子さんの名前は嵬理さんとおっしゃる?


そうだ。生まれたばかりでな、なかなか利発そうな顔をしている。

743: 世界@名無史さん 投稿日:2007/06/15(金) 23:14:46
あなたは西平王の李徳明さんですね。



まだその名では無いが、今からその名を父上の柩前にて名乗ろうと
考えておる。

そう私は、いや、余は阿伊克。今日から李徳明と改名し、父である李継遷の遺
志である党項の統一の為に、まずは父の仇である河西の吐蕃酋長、ペンラジェ
(潘羅支)を倒して部族の士気を高めた後、疲弊した組織および経済水準を回復
する施策を講じようと考えておる。
……二度と悲しみからとは言え、記憶なぞ失くしたくは無いものだ。
部下の手前でそうならなかったのが、せめてもの救いだ。

己の名や仇の名のみならず、父上の名すらも忘却しておった余が居丈高に
言うのも何だが、総てを思い出させてもらった礼がしたい。
丁度、玉や東西の美男美女、並びに書物や経典などが西平府に揃っておる。
して、貴殿の名は何と申される?
李 徳明

李 徳明(り とくめい、太平興国6年〈981年〉 - 明道元年〈1032年〉11月)は、西夏王朝の実質的な建国者。
父・李継遷の業績を発展させたのみならず、外交面でも大勢力である宋・遼の間で巧みな外交手腕を発揮し、西夏の基礎を築いた。


引用元: ・ここはどこ?わたしはだれ?~十日目~






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