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1: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/05/20(日) 15:49:47 ID:atgdntZJ0
太宗(唐)
http://ja.wikipedia.org/wiki/太宗 (唐)

中国史上最高の名君?

関連【太宗】 李世民 【貞観】

 








TangTaizong


李世民

太 宗(たいそう)は、唐朝の第2代皇帝。高祖李淵の次男で、隋末の混乱期に父の李淵を補佐して主に軍を率いて各地を転戦、群雄を滅ぼし、後に玄武門の変にて 兄の李建成を殺害し皇帝に即位した。貞観の治と言う、唐王朝の基礎を固める善政を行い、中国史上最高の名君の一人と称えられる。
隋末唐初の混乱か ら国土を回復させ、後の唐の土台を築く治世を行ったこと、唐の領土を広げ、北方異民族の脅威を長年に渡って取り除いたこと、兄の李建成に、李世民の存在が 皇太子の座を危うくしていること感じて殺害することを進言した魏徴の命を助け、彼を始めとする部下たちの諫言をよく聞き入れたことなどから、中国史上でも 有数の名君と称えられる。

一方で、即位に関して敵対関係にあった兄の李建成や弟の元吉に先んじて対抗処置として行った玄武門の変にて殺害しており、また高句麗への2度の遠征に失敗している。

また『太宗実録』の編者であった許敬宗は、賄賂により筆を曲げたと両唐書の伝にあり、太宗に関する記録の全てが信用できるとは限らない。



234: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/10/02(火) 23:28:41 ID:THKwxFsD0
李世民って意外とアンチが多いのな

235: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/10/02(火) 23:50:43 ID:p/2h4+5l0
別にアンチじゃないけど。
史書では褒められすぎだから、再評価の過程で批判が出てきただけ。
歴史屋が求めるのはあくまで実像よ。

236: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/10/05(金) 21:13:08 ID:b6UyTGzO0
李世民って、長孫皇后が死んだ後、元斉王妃、つまり弟の嫁だった楊氏を、
後継の皇后に立てようとしたらしいけど、そんなに仲が上手くいっていたのかな?

李元吉は玄武門の変で、5人の子も殺されているけど、
それって楊氏の産んだ子ではなかったの?

玄武門の変

玄武門の変(げんぶもんのへん)は、626年7月2日(武徳9年6月4日)に発生した唐の高祖の後継者争い。これに勝利した李世民が第2代皇帝として即位することになった。

高祖は長男の李建成を立太子するが、隋討伐で戦功を挙げた李世民の名声が高まり、天策上将なる称号を与え、東宮に匹敵する弘義宮を建築するに至り、皇太子の地位に不安を持つようになった。
世民の勢力を削減しようとした建成は、世民から礼遇されている謀臣である房玄齢と杜如晦を讒言により排除した。その後建成の幕臣魏徴や弟の李元吉が世民暗殺を建議した。

この計画を事前に察知した世民は、讒言によって遠ざけられていた房玄齢と杜如晦を道士に変装させて自邸に呼び寄せ対策を協議、建成の部下で長安北門である玄武門の守備隊長である常何を買収、武徳9年(626年)6月4日に変を起こした。

これにより後継者争いに勝利した世民は父である高祖から譲位を受け、第2代皇帝太宗として即位した。



237: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/10/12(金) 23:27:41 ID:Y6qBhHMT0
>>236
こうゆう行為をするということは李氏が伝統的な漢族ではなく
北方民族(鮮卑)か鮮卑(漢)化したものだという証拠だね。
私は唐朝李氏=鮮卑説を採るけど。

238: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/10/13(土) 00:37:17 ID:ALfN4gkE0
>>237
突厥が当時の唐をして「タブガチ」と呼んだ。
これは「拓跋」の音である。

239: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/10/13(土) 15:53:04 ID:Tpv7vz7J0
この時期の鮮卑族って、ちょうど今の満州族みたいだな。
決して民族弾圧を受けているわけでもないのに、
漢化が進んで、民族が消滅しつつあるような。

240: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/10/14(日) 19:52:31 ID:3mzTej2w0
遊牧民は数が圧倒的に少ないからね。文化的な同化をはじめたら、漢民族に吸収されてしまうよ。
それでも数世紀単位の時間が必要だったともいえるけど。

243: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/10/19(金) 15:47:52 ID:3l4UD9iZ0
皇后に立てようとするぐらいだから、よほど気に入ったのかな、元弟嫁。

353: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2009/01/31(土) 23:52:13 ID:OnoVZan40
山を利用して陵をつくるという唐の墓制、李世民が葬られている昭陵につっ立っているという奇岩…
これらのことは李氏が鮮卑族であることを暗示しているのではなかろうか
山を利用して墓をつくる、墓に奇岩を立てる、あるいは奇岩そのものを墓にする、等の墓制、風習は、
北方系民族に独特のもののようだし

354: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2009/02/01(日) 00:34:37 ID:a1GXRdpt0
>>353
山を利用して陵を作るのは漢の文帝がしてることでございまして

247: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/12/15(土) 07:16:54 ID:e1NvFeRE0
貞観政要読むと、理想的君主に書かれているね。
政治制度もよくできている。

でもこの人死んだらすぐ唐は駄目になっていったね。なぜだろう。
マキャベリの言葉「その生前だけでなく、死後も国家が永続するようにしなければ名君ではない」。

248: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/12/15(土) 22:32:40 ID:eRmVf0Bu0
すぐと言うほどでもないと思う。
簒奪はされはしたけど。

249: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/12/17(月) 23:40:04 ID:GgAUlg0r0
初唐→盛唐→中唐→晩唐だっけ。

251: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/12/18(火) 14:28:11 ID:dwEuZTuN0
>>249
そういう言い方をするのは唐だけだっけ?

252: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/12/26(水) 14:44:31 ID:s3Gr24WY0
漢や宋は、前後(東西)、南北で分けるしな。

初明 → 盛明 → 中明 → 晩明

ってのも何だか、変だ。

254: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/12/27(木) 23:50:26 ID:APcPY04F0
李世民って、李靖の手柄をかなり自分のものとして取り込んでいるな。


200px-李靖


李 靖

李 靖(571年 - 649年)は、中国唐代に太宗に仕えた軍人・政治家。李勣とともに初唐の名将として知られ、突厥征伐などで戦功を挙げた。李靖と太宗の対話は『李衛公問対』という書物にまとめられ、兵法書として高い評価を受けている。

常勝を誇った李靖の戦術の基本は、騎兵の機動力に依存した長距離奇襲戦法であった。敵の思いもよらない方角から攻め込んで混乱させ、敵が逃げる方向を正確に予測して伏兵を置き、挟撃して殲滅するという戦法によって、李靖は味方の兵が敵より少ない場合でも常に勝利を収めた。その鮮やかな勝ち方から、中国では李靖をして史上最高の名将とする書籍が多い。



255: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/12/28(金) 00:18:48 ID:E79h1C9I0
まぁちゃんと使いこなしたんだからある意味じゃ李世民の手柄の面もあるけどな。

突厥やったあたりで警戒されて殺されるか干されるぞ、普通。

256: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/12/28(金) 07:17:49 ID:OrxAkNWd0
まぁ、無能な君主の下では、それほどの活躍はまずできないな。
部下がいきいきしているのは、使っている人が有能な証拠。

257: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/12/28(金) 07:43:21 ID:eaVglB//0
部下の能力を自在に操る、って意味では
李世民は中華皇帝の中でもトップクラスなのでは?

258: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/12/28(金) 09:55:59 ID:A5yTdhYTO
名君っていうのは総じてそんなもんだろ。
劉邦にしろ曹操にしろ…

262: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2008/01/10(木) 21:31:29 ID:M0LjjHZF0
この人、息子の教育には悉く失敗してるな。

李承乾→素行不良で廃嫡
李泰→兄を蹴落とそうして、自分まで廃嫡される
李治→武則天に頭が上がらないヘタレ

329: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2008/08/23(土) 23:47:34 ID:CRiYxl2p0
>>262
李承乾は李世民が李泰ばかり可愛がるから廃嫡を恐れて蜂起した。
息子達に玄武門と同じ轍を踏ませてしまったわけだ。

331: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2008/10/06(月) 14:56:39 ID:6AeTavwW0
>>329
李承乾は李世民の悪い部分ばかり受け継いでしまったってことか

263: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2008/01/10(木) 22:19:07 ID:m9oJhYqg0
人格にやや難があるとは言え、父親自身は
偉大すぎるほどの人物だからな。
息子はなおさらボンクラに見えるのだろう。

264: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2008/01/11(金) 00:14:22 ID:zqP+/ov0O
李治は確かに武則天の尻に引かれたが、母ちゃんみたいな皇后を迎えてたら、
唐の最盛期の皇帝になったかも。
その分、貴族政治は長く続き、唐は早く滅亡したと思われる。

265: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2008/01/11(金) 22:09:07 ID:AhsfVV5i0
長孫無忌に簒奪されるのがオチじゃないか?


長孫 無忌

長孫 無忌(ちょうそん むき、生年不詳 - 659年)は、中国の初唐を代表する政治家。唐の太宗の長孫皇后の兄であり、唐朝の外戚に当たる。

太宗の長男で皇太子の李承乾が廃嫡されると、第九子(長孫皇后の子としては第三子)の晋王李治を皇太子とすることに成功した。李治を後継ぎに推したのは、第四子(長孫皇后の子としては第二子)の魏王李泰よりも李治のほうが長孫無忌にとって御し易いという目論見からであったとされる。

649年、太宗の臨終にあたって、李治の後見と輔政を託された。高宗が即位すると、太尉に進み、中書令を検校し、門下省と尚書省を領知した。三人の子はみな朝散大夫となった。ときに武昭儀(武則天)が高宗の男子を産んだため、これを皇后に立てる議論が起こったが、長孫無忌は武氏立后に反対し、数度にわたって高宗に諫言した。しかし、高宗に聴きいれられなかった。

655年に武氏が皇后として立つと、657年には褚遂良・来済らが謀反を誣告されて左遷され、長孫無忌は宮廷で孤立するようになった。659年、許敬宗が李奉節らに指示して朋党事件をでっちあげ、その黒幕を長孫無忌ということにして高宗に訴えた。高宗は許敬宗の弁舌に説得されてしまい、長孫無忌の官爵を削って黔州(貴州省)に流した。許敬宗や李義府がさらにかれの謀反を訴えたため、長孫無忌は配所で首を吊って自殺した。



266: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2008/01/11(金) 22:17:30 ID:z+SqzGqa0
>>265
さぁ、どうだろうか。
簒奪したがるヤツと、皇帝を意のままにして、体制のもとで権勢を奮いたいという
寄生虫なヤツとがいるからねぇ。

268: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2008/01/12(土) 00:17:57 ID:Jp9gOCSXO
>>265
> 長孫無忌に簒奪されるのがオチじゃないか?


母ちゃんがどういった性格で、親族に対して、どのような扱いを旦那に求めたかは知ってるだろ?
その辺のバランス感覚はあったでしょ。
たぶん、長孫無忌は幅をきかせない。

293: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2008/01/19(土) 17:37:11 ID:GVyPRacw0

いつも、思うのだけど、李世民の高句麗討伐って惨敗なの?
遼東も奪っているし、結構、敵軍も降伏させて、住民を奪っている
討伐は失敗だとしても、痛み分けか、勝敗つけるなら、判定勝ちのような気がするけど

295: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2008/01/19(土) 18:12:13 ID:kFWGwYxd0
>>293
三回の征旅に出て、目的を果せず、ただ物資を浪費したに終ったということで
評価できないことになるんじゃないかな。
つまり、軍事を弄んだ、という話。
征服がなっても、本国の経済状況悪化を招けば、また無用の出兵という評価にもなる。
勝てばいいとか、そういう次元ではないよね。

297: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2008/01/19(土) 19:31:12 ID:kFWGwYxd0
>>295
あ、そうだね。
そもそもの問題点はそこだったか。はぐらかしちまったな。
たしかに、惨敗というほどでもないかもしらんが、三回やって三回失敗ってのは
戦略的には惨敗と言っても良さそうだけどね。
4回やった隋は、そのあげくに国が崩壊したという先例もあることだし。
崩壊しなかったことを注視する必要もあるが、そもそもいくさを起こさなければ
もっと国内が安定できたのではないか、というあたりが批判の入りドコロだろう。
現に魏徴にはダメって言われていたし。李靖も消極的反対意見だったし。

298: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2008/01/19(土) 21:04:27 ID:yrT/pudO0
>>297
でも、惨敗って言い方はないような気がする。
曹操みたいに、敗北した上ですでに占領した土地を失っても、多くの人が『撤退に過ぎない』
って言い張って、擁護されているのに。
もちろん、同じ人ではないだろうが、李世民だけ一方的に責めるのはどうかと思う。

287: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2008/01/17(木) 15:37:52 ID:1xHWRlec0
初唐の皇太子は李建成を始めとして殺される確率が非常に高い。
李淵→李建成 李世民→李承乾 李治→李忠、李弘、李賢

288: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2008/01/17(木) 23:51:54 ID:KgGVOBcq0
>>287
鮮卑としての習慣も関わっていたりするかな?

289: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2008/01/17(木) 23:55:00 ID:uWAXPJH00
李治の時代なんか三人も皇太子が殺されてるな。

290: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2008/01/18(金) 14:05:46 ID:yPFBWFbi0
李承乾は別に殺されてはないだろ。

291: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2008/01/18(金) 17:10:01 ID:Yljarxuu0
廃嫡された2年後に憤死したけどね。

332: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2008/10/06(月) 15:30:02 ID:HM4D9ncb0
武田信玄みたいなもんか。

365: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2009/03/18(水) 11:21:40 ID:4r27M3oZ0
>>332
信玄や家康も貞観政要を愛読して政治のテキストにしていたらしいね。

334: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2009/01/06(火) 14:54:28 ID:yVHsixUK0
>>332
亀レスだけど
李世民と信玄は結構似てるような気がする

351: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2009/01/23(金) 21:18:30 ID:SxitArrO0
>>334
親父を蹴落としたのみならず息子に背かれてる所も似てるな。
李承乾は玄武門の変を再現しようとしていたのだろう。

356: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2009/02/18(水) 11:42:16 ID:VYQlq4n00
>>351
後を継いだ息子が国を傾かせたのも

357: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2009/02/18(水) 17:08:48 ID:vw4hMBUa0
>>356
でも嫁さんしっかりしてたから、その辺から違ってくる。


358: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2009/02/21(土) 09:17:06 ID:dwi28ua60
あれを、しっかりしている。と言う表現で合ってるかは、微妙だけれども。

359: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2009/02/21(土) 11:08:37 ID:3qfSRwUX0
内助の功という意味でのしっかりではないか?
覇気がある、と言ったほうが的確かな。

360: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2009/02/21(土) 17:57:39 ID:7ABoc/HF0
国を乗っ取ろうとした張本人だからなw

361: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2009/02/22(日) 15:41:07 ID:3jVVRY9G0
国家としてはしっかりなんだけど、
李一族にしてみれば、皆殺しだしな…

数年後に復活した王朝は、李氏だけど全てその嫁さんの子孫だしな。

362: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2009/02/22(日) 17:33:17 ID:anI0/W9z0
武則天っていつごろから簒奪の意思を持ち出したんだろう。
皇后に立てられた頃からか、高宗の死後か、それとも李世民に
見初められた頃には既に持っていたのか。

関連☆★☆ 武 則 天 ☆★☆

364: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2009/03/18(水) 11:00:50 ID:4r27M3oZ0
敵だけど竇建徳は人柄良いよね、
この人が天下とってもそれなりに安定した国になってたと思う。

367: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2009/04/03(金) 07:20:01 ID:atCCh4K10
竇建徳が皇帝になっても名君として称えられただろうな

368: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2009/04/04(土) 01:33:54 ID:dAdA8G6J0
晩年猜疑心が強く成って自滅した人が?

ないない。

374: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2009/04/05(日) 07:07:53 ID:C1iDhNgI0
>>368
太宗も晩年は微妙じゃねぇ?

369: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2009/04/04(土) 02:20:33 ID:s8rmw0tL0
布衣からのし上った人間は猜疑心が強い気がする

371: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2009/04/04(土) 19:21:06 ID:SXT8XXvx0
逆に自分で史書書きたかったりするところから可愛いところに見え始めてきて面白い
ものすごい自信家で漫画のキャラみたいなやつだったのかな

372: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2009/04/04(土) 22:48:25 ID:fGujGvf50
基本的に偉大なんだけど
ちょっと小物らしいところがある

373: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2009/04/04(土) 23:27:56 ID:TF1DvwsA0
悪役タイプだよな

381: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2009/04/08(水) 08:33:52 ID:Q811kUin0
>>373
太宗は名君だけど、その末端に小物さを感じるのは粉飾のせいだと思う

383: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2009/04/13(月) 21:55:21 ID:Ds861kqe0
>>381
「俺兄貴殺したよ、それがどうしたの?」って感じで開き直ればよかった。
下手に自分を正当化しようとするから小物っぽくなってしまう。

386: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2009/04/14(火) 09:53:53 ID:CZhwt0+S0
>>383
逆に開き直ったほうが大物ぽいよね
兄弟殺しましけど、それがなにか? みたいに

375: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2009/04/06(月) 08:45:35 ID:PLRUQG6p0
晩年はちょっと落ちてきてるよな。
麒麟も老いれば駑馬にも劣るってね。

なんといっても、李世民の輝いていたのは、秦王から天策上将軍だった頃だな。

387: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2009/04/14(火) 16:39:07 ID:mUPP8i9N0
李世民のドラマを見た人いる?面白い?

394: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2009/05/06(水) 09:34:58 ID:v6a01+tk0
>>387
「皇帝 李世民」(原題「貞観之治」)は今月入荷分で完結。
基本的に史実にかなり忠実で、NHK大河ドラマ的なつくり。
歴史のお勉強にはなる。
天下統一の大詰めのところから始まっており、天下統一戦ではなくタイトルどおりに貞観の治がテーマになってる。
だいたい玄武門の変と皇太子廃立は大きな山。
李世民は完全無欠のヒーローというより、悩める名君的なつくりかた。
魏徴が副主人公的で、長孫無忌、房玄齢の出番が多い、李靖はあまり大きく話に絡まない、李世勣は出番が少ない。

欠点としては、話がやや平坦で盛り上がりが弱く、人によっては退屈に感じるかもしれない。
後、CGを多用してるんだが、かなり出来が悪く、90年代のゲーム並。
特に俳優との合成はかなり見苦しい。この辺りは毛嫌いするタイプには耐えられないと思う。
また、史実に忠実と書いたが、これは他のドラマと比べてのことでドラマ上の脚色は多い。
目立った改変としては、皇太子のホモ相手の称心が美少年ではなく女になっている。
そのため、この部分の話がかなり苦しくなってる。
これは中国では性表現への規制が多く、テレビドラマでは同性愛は扱えないためと思われる。

389: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2009/04/30(木) 04:35:55 ID:UMLqX5JH0
太宗って宇文泰の曾孫なんだね
初めて知ってビックリした。

390: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2009/05/01(金) 19:02:11 ID:UGZ+J6qa0
宇文泰ー襄陽長公主ー竇皇后ー李世民

398: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2009/05/15(金) 12:19:49 ID:H/fHkr2h0
太宗の高句麗遠征て惨敗て言われてるけど
あんまり詳しく語られることないな

399: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2009/05/16(土) 10:04:55 ID:PiSmPi+Z0
そら本人チェックがバリバリ入ったところだしな

421: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2009/12/20(日) 21:50:42 ID:6ETAKNu40
李治を跡継ぎに選んだのも、自分の兄弟殺しが影響してるのかなあ

422: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2009/12/21(月) 20:55:00 ID:0z8K7hve0
李治は幸運な奴だよ
何の努力もしてないのに玉座が天からふってきたようなものだ
父親が太宗李世民、妻が則天武后だなんてかなり恵まれてるよ
もっとも、父親や妻が李治をどう思っているかは不明だが

423: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2009/12/22(火) 23:35:13 ID:FVyP0sCi0
兄の李承乾と李泰が共倒れしてくれたからな。
李泰を跡継ぎにしたら玄武門の変の二の舞だし、李治を選ばざるを得ない。
李世民としても李治なら兄弟を殺したりしないと判断したんだろう。

429: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2010/02/18(木) 15:30:11 ID:/S8uxPpH0
韓国ドラマの『ヨンゲソムン』『テジョヨン』見たけど、李世民が悪党に描かれすぎw
あと、どちらのドラマでも唐の丞相が長孫無忌だった。

431: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2010/02/18(木) 23:49:08 ID:1X+gGFd30
>>429
見てないけど
かませ犬扱いだろ

演技で曹操が悪役にされるみたいに

432: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2010/02/24(水) 17:26:51 ID:AuhkE2aR0
>>431
ヨンゲソムンでの李世民はかませだね。
でも、煬帝みたいに酷い描かれ方しかしてないわけじゃないよ。
しかし、この時代李世民と日本は戦ったりしないから、
朝鮮側での「名君だけど、ヨンゲソムンには負けた」って扱いが新鮮だった。
泉蓋蘇文なんて世界史には名前が出てこないしね。山川の用語辞典で確認したけど無かったよ。

442: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2010/05/11(火) 14:19:57 ID:Dm7DStRx0
ヨン・ゲソムン見たけど
超面白い

チョンドラマだと思って馬鹿にしてたのに
創世の竜よりもよく出来てる

471: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2010/08/24(火) 00:04:51 ID:t9CAFCc90
李世民、いい人じゃん。
色々なエピソードがあるし。

472: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2010/08/24(火) 13:00:34 ID:MuCjRAla0
兄の李建成はともかくとして、その罪のない息子たちまでも処刑したのはひどいよね。
あと親父の李淵は死ぬまで幽閉状態だった。

473: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2010/08/24(火) 16:50:59 ID:8OFG8F8k0
実の兄を殺し父を幽閉して皇位を簒奪した男を英主として讃えなければならなかった
唐代の史家には同情するぜ

478: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2010/08/25(水) 22:46:23 ID:Tkzoiwpc0
歴史書を改竄して自分を正当化したのが逆に評価を落としてるな。
善政を施せば兄弟殺しを差し引いても名君と評価されたろうに。


引用元: ・ 【太宗】 李世民 【貞観】






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