51Nrj0VDc4L



1: 世界@名無史さん 2012/02/03(金) 11:49:51.01 0.net
語れ。








6: 世界@名無史さん 2012/02/03(金) 12:17:22.38 0.net
モンゴルが世界にもたらしたもの それは破壊

9: 世界@名無史さん 2012/02/03(金) 20:33:57.53 0.net
モンゴル帝国の支配地域の大部分が後の共産圏になってしまう。


11: 名無し募集中。。。 2012/02/03(金) 21:48:47.47 0.net
アラブ人は交易商人が多かったから
モンゴル人よりは文明的だったんだろうな

15: 世界@名無史さん 2012/02/04(土) 00:04:43.58 0.net
モンゴル帝国と同じようなことしてたっぽい匈奴とか突厥とかはどうして大帝国を築けなかったんだ

18: 世界@名無史さん 2012/02/04(土) 13:13:00.78 0.net
>>15
モンゴルには農耕民族を効果的に攻撃し支配するためのなんらかの技術・制度的ブレイクスルーがあった?

30: 世界@名無史さん 2012/02/05(日) 19:33:30.66 0.net
>>15
匈奴は冒頓単于が一代で大帝国を築き上げた後は徐々に衰退した
4世紀以降は勢力を盛り返して劉淵やアッティラが東西で大暴れしてるな
突厥はシルクロードを支配するまでに拡大したが東西分裂した挙句に唐に軍事力で圧倒された

19: 世界@名無史さん 2012/02/04(土) 13:38:08.99 0.net
失う物がないものの強み。
それと騎馬技術と弓射的技術が極めて優れ、ヒットエンドラン攻撃が出来た。
例え不利になっても逃げるだけ。残虐な方法で殺戮を繰り返し戦意を相手に無くさせた。
だが、投降しても次の略奪の先頭に立たされるだけ。征服した兵隊を失ってもモンゴルには痛では無い。

22: 世界@名無史さん 2012/02/04(土) 18:57:13.09 0.net
弓騎兵を大量に用意運用できるのが騎馬遊牧民の強み
ペルシャや欧州の騎士は重装騎兵だし、
中華やイスラムは騎馬遊牧民を傭兵に雇いすぎて乗っ取られた

28: 世界@名無史さん 2012/02/05(日) 15:34:01.09 0.net
今、白鵬の番組やってるけど白鵬の部屋にチンギスカンの縦軸があった。
残虐な帝王でもモンゴルでは英雄なんだ。

29: 名無し募集中。。。 2012/02/05(日) 15:59:59.72 0.net
遊牧民系のあいだではチンギスハーンは英雄でしょ

34: 世界@名無史さん 2012/02/06(月) 22:24:42.50 0.net
そもそもモンゴルの残虐さは誇大宣伝だとか言われるけど
事実が殆どないただの宣伝だけでユーラシア中に
その残虐さが何百年も伝わるとは思えない。
降伏した敵を一般住民まで最前線に立たせて
己の楯にするなんて現代人の思考と言われようが吐き気がする。

40: 世界@名無史さん 2012/02/06(月) 23:45:34.72 0.net
>>34
>そもそもモンゴルの残虐さは誇大宣伝だとか言われるけど

これは岡田英男夫妻とか杉サマが言ってるんだが、結構疑問はある。
サマルカンドはモンゴルの破壊で別に新しく町を作り直してるし(旧サマルカンド
はアフラーシアーブの遺跡として残ってる)、カルピニの報告でも中央アジアの
道中にモンゴル軍に殺された死体が白骨化してゴロゴロしてたらしい。
トゥルイもニシャプール攻めたときに人首ピラミッド作って、これをティムールも
踏襲してたりもする。
他にも、バーミヤーン付近も本来豊かな土地だったのが荒地になったのは、
モンゴル軍がカレーズを破壊したせいだとも言われてる。アフガニスタンに関しては、
杉サマはチンギスではなく部下の武将が攻めたとかぼやかしたような書き方してたな。

今のモンゴル史や「中国の歴史」の元代に関する概説書がみな杉サマ著になって
て、大分困ってるわ。多分、岡田史観以外の研究者だと全く違った話になってる希ガス

868: 世界@名無史さん 2014/04/25(金) 18:32:33.64 0.net
>>34
>降伏した敵を一般住民まで最前線に立たせて
>己の楯にするなんて現代人の思考と言われようが吐き気がする。

支配したばかりの国の民を尖兵にするって大河ドラマでもよく見かけるし
レッドクリフでも魏軍がやってたし史実ではどこの国でも当たり前にやってることだと思うんだが
何でモンゴルだけ口を酸っぱくして叩いてる奴が居るのか不思議

36: 世界@名無史さん 2012/02/06(月) 22:25:19.99 0.net
アジア人が世界最大の版図を築いた。
それだけで、同じアジア人として誇りに思うやつもいるだろ。

52: 世界@名無史さん 2012/02/08(水) 09:46:26.93 0.net
アレクサンドロスはソグドで、カエサルはガリアで、それぞれ大虐殺を行ってる。
だが、被害者からの生々しい記述は充分に残されていない。
味方には気前よく寛容な名君・英雄としてのプロパガンダが主に残る。
チンギスやチムールの時代になると、歴史記述がどこもかしこも盛んなので、
あちこちで被害者の声が聞かれるようになり、モンゴル人にとって「名君」
だったことは関係なくなる。

65: 世界@名無史さん 2012/03/20(火) 03:14:13.53 0.net
>>52
というか、アレクサンドロスが建設した図書館には膨大な史書が保存されていたそうだが、
全て消失したのでわからなくなっている。
中国はやたらに保存する文化があるので他国よりも膨大なライブラリーが現存してい

53: 世界@名無史さん 2012/02/08(水) 09:57:58.38 0.net
アレクサンドロスやカエサルがチンギスハーンよりも野蛮でないように
見えるとしたら、それは歴史の当時の書き手が全て、彼らによって
甘い汁を吸えた国々の史家だったからに過ぎない。
モンゴルによるチンギスハーン崇拝の記録だけが後世に残ってるようなもの。
ただ、現代は逆に帝国の情報発信能力が飛び抜けすぎてて、古代に回帰してるが。

56: 世界@名無史さん 2012/02/08(水) 15:42:13.20 0.net
かつての共産圏のほとんどがモンゴル支配領域だったのは興味深い

59: 世界@名無史さん 2012/02/10(金) 23:37:17.46 0.net
・ユーラシア大陸で安全に陸上輸送の交易が出来るようになった事
・紙幣の発行

62: 世界@名無史さん 2012/03/19(月) 22:58:09.45 0.net
ロシア・中国・イスラムで一番モンゴルに否定的なのはイスラム(アラブ・イラン系)で
とモンゴルがスラヴ人や漢民族よりも比較的優遇したのに皮肉であり、
ロシアや中国では比較的モンゴルの歴史的役割を客観視している。

63: 世界@名無史さん 2012/03/20(火) 01:14:19.74 0.net
そうかー?バトウなんか文字通り罵倒されているじゃん。
なんか露助が世界遺産登録した城塞もたしかバトウの猛攻に耐えてその後ボクロムされた
となんかやたらシツコイことほざいているじゃん。

66: 世界@名無史さん 2012/03/20(火) 05:35:07.97 0.net
モンゴルで高官の地位には漢族系やスラヴ系よりもイスラム系が多く取り立てられた。
またロシアの税制や統治機構がキプチャクハン国時代が基礎となって成り立ったという。
タタールのくびきはロシアにとって良くも悪くも基礎を成していることは認める視点が
庶民的にはともかく史家的な視点ではある。

82: 世界@名無史さん 2012/03/24(土) 14:48:55.76 0.net

モンゴル帝国解体後にイラン・アフガンでモンゴル系支配層がどんな運命を辿っていったのだろうか。
かつてアッシリア人は帝国崩壊後に報復としてひどい目に合わされたようだ。
イラン・アフガンではモンゴロイド系は未だに地位は低い。モンゴルの子孫は散々な目に合ったと思うよ。
哀れ

83: 世界@名無史さん 2012/03/24(土) 16:07:39.06 0.net
>>82
アフガニスタンのモンゴル遺民・ハザラ人は、まさに差別を受け続けた民族だね。
不可触賤民とまではいかないけど、だいたいエジプトでのコプト教徒レベルの扱いかな。

70: 世界@名無史さん 2012/03/20(火) 09:58:24.11 0.net
中国、イラン、イラク、シリアを徹底的に荒廃させ
アジア落伍の主要な原因となった癌そのもの

73: 世界@名無史さん 2012/03/20(火) 15:13:59.08 0.net
>>70
その全てが「徹底的」ではないな。ブハラ、サマルカンド、ニーシャプール、バルフ、メルブ、スーサは徹底的に破壊されたが、イスファハーン、バグダッド、ダマスクスは殆ど破壊されていない。

例えばバグダッドだが、
1180年頃にバグダッドを訪問したイブン・ジュバイルの
旅行記に記載されるバグダッドの様子(荒廢している部分と繁栄している部分)と、
1330年頃にバグダッドを訪問したイブン・バツゥータの記載にあまり相違が無い。
フレグによる陥落時に虐殺は行われただろうが、破壊は大きく無かった可能性が
高い。しかも現在のバグダッドに残るマドラサの史跡は現在まで残っている。

75: 世界@名無史さん 2012/03/20(火) 19:57:10.06 0.net
>>73
アル・アシールは他にもヘラート、バグダードでの徹底的な破壊、殺戮、略奪を記してるよ
シリアでキトブカがバイバルスとクトゥズに大敗したからその先は被害を被ってないけどね。
まあ新大陸を徹底的に荒廃させた英国人よりマシなのは確かだが

76: 世界@名無史さん 2012/03/23(金) 02:40:12.70 0.net
>>75
「徹底した破壊」とは抽象的な表現だね。アシールの記載を具体的に教えて。
あと、アシールの「完史」は1231年迄の記載のようだけど、1258年のバグダッドの
モンゴル攻撃が記載してあるの?

77: オツガイ ◆EAbyJft1LY 2012/03/23(金) 09:29:34.76 0.net
そもそもアル・アシールって1233年に死亡してるし、「完史」も>>76の言うように、
1231年までしか書かれてないと思うんだけど。モンゴル帝国がバグダード攻略したのは、
1258年だから、バグダードの破壊が載ってるのはおかしいんじゃないかな。

78: 名無し募集中。。。 2012/03/24(土) 13:34:37.49 0.net
バグダッドの都市半分は廃墟になっていたことが
イブンジュバイルの旅行記に書かれているからね
しかしカリフを殺害したことは蛮族モンゴルの犯した最大の罪

79: オツガイ ◆EAbyJft1LY 2012/03/24(土) 14:05:39.43 0.net
>>78
フレグがカリフを殺したことが敵対勢力であるマムルーク朝の権威付けになってしまったんだから、冷静に考えても彼がカリフを殺したのは失敗だったね。
歴代イスラーム王朝がそうしたように、自らの権威付けに利用したほうが良かっただろうに。まぁ、フレグは宗教に対して寛容というか、適当みたいな感じだったからね。キリスト教なんかはフレグに親しみ抱いてたみたいだし。


85: 世界@名無史さん 2012/03/24(土) 21:47:51.56 0.net
>しかしカリフを殺害したことは蛮族モンゴルの犯した最大の罪

でも兵隊に払う給料をケチったとかみみっちい奴だったらしく、
こんなしみったれた奴を真っ当な貴族としては認めがたいのか、
面当てに財宝に満ちた蔵に閉じ込めて全く食料を与えず餓死させたという伝説が生まれた。

87: オツガイ ◆EAbyJft1LY 2012/03/24(土) 22:36:57.13 0.net
>>85
ムスタアスィムはカリフであることを鼻にかけた自尊心の高い無能者だったと、
書かれることが多いね。フレグもそういう小物だったからこそ殺したのかも知れないね。

88: 名無し募集中。。。 2012/03/25(日) 09:46:57.25 0.net
アッバース朝カリフでもナースィルは評判が良かった
イブンジュバイルの旅行記でもナースィルは容姿も評判も
良かったことが記録されている


89: 名無し募集中。。。 2012/03/25(日) 09:47:44.09 0.net
まあwikipediaに書いたの俺なんだけどねw

イブン・ジュバイルはナースィル在位中にバグダードを訪れており、
実際にナースィルを目撃している。
以下は、イブン・ジュバイルの旅行記におけるナースィルの評判と容姿についての記述である。
『カリフは時々チグリス河で船に乗っているのを見かけられるし、また、砂漠に狩猟に出かけることもある。
カリフは人々に気づかれないように質素に出かけるが、お忍びであるにもかかわらず、
カリフの名声はいや増すのである。けれども実は、カリフは人前に姿を現し、
人々に親愛の情を示すのを好んでいるのである。このようなカリフの性格は大衆に喜ばれている。
彼の治世は安楽で、公正で、人々は良い生活を送っているため、身分の上下を問わず彼のために祈りを捧げている[1]。』

90: 名無し募集中。。。 2012/03/25(日) 09:48:04.91 0.net

『われわれはカリフが西岸の見晴し台の前にいるのを見かけた。
カリフは見晴らし台から降りてきて、船で東岸の上流にある邸宅まで河を遡るところであった。
彼は若年で、顔一面に短い赤毛をたくわえ、姿麗しくまた見目麗しい色白の肌をしており、
背丈は中くらいで、好ましい容貌をしている。年の頃はおおよそ25歳。
金の刺繍を施したカバーウ様に裾の長い白衣をまとい、頭には金糸で刺繍した、
周囲にテンやそれ以上に高価な毛皮をつけた帽子を戴いていた。
カリフは本性を隠すためにこのようなトルコ人の衣服をまとっていたのだが、
いかに覆いをかけても、太陽は隠しとおせない[2]。」

91: 名無し募集中。。。 2012/03/25(日) 09:51:10.48 0.net
ナースィルは政治的手腕もあったみたいだし
彼の治世にモンゴルが攻めてきたとしても外交でうまいことしのいだかもしれないな

セルジュク朝がモンゴルに変わっただけで

174: 世界@名無史さん 2012/04/23(月) 22:12:26.67 0.net
チンギスハーンがアッバース朝と宋とキエフルーシを併合した後に、もっともっと後世に影響力が残るようなデッカいことをしてたら
我々モンゴロイドも今の白人キリスト教世界のように中国人日本人朝鮮人台湾人同士で団結しあって地上の支配者になってたかも知れないのに(アウグストゥスなんて目じゃねえぐらいに)


彼はモンゴロイドに数少ない絶対的カリスマ性を持った人物だった。

175: 世界@名無史さん 2012/04/23(月) 23:29:52.61 0.net
ポーランドもドイツとロシアだけでなく、遥か彼方から来たモンゴルにまで襲われて災難続きの国ざな。
何であの草原のカザフスタンと変わらないような遊牧土人が大それた事ができたのか?
白鴎の部屋にもジンギスカンの絵が飾ってあったな。モンゴルでは当然だけど超英雄なんやね。

177: 世界@名無史さん 2012/04/23(月) 23:56:45.55 0.net
まあ、単なるバカやただのマグレじゃ成し遂げられないね。当時世界最先端だった宋とアッバース朝の2つの超大国を同時壊滅させるなんて。
なんか古代ローマ人に通じる凄みを感じるんだよね>少数民族で世界帝国築いた

オゴデイが死ななければ…バトゥなら絶対イベリア半島までやってくれたはず
そうすれば神聖ローマもロスチャイルドも無く、白人の時代も無かった。


178: 世界@名無史さん 2012/04/24(火) 00:09:12.77 0.net
そうなったらフランク汗国、イスパニア汗国、イタリア汗国が産まれてたか?

197: 世界@名無史さん 2012/04/24(火) 22:37:13.62 0.net
宋がモンゴルに倒されてなければ
アジアで産業革命が起こりアジアがヨーロッパ列強に蹂躙されるなんて事はなかったかもしれない
本当にチンギス・ハーンは罪深い

214: 世界@名無史さん 2012/04/29(日) 10:04:11.74 0.net
フビライのベトナム遠征軍の元側資料規模は何人なの?
30万とか50万という数字は信用できん。

254: 世界@名無史さん 2012/05/31(木) 02:36:51.00 i.net
>>214
第一次ベトナム侵攻 3000名
チャンパ侵攻 2万5000名
第二次ベトナム侵攻 2万名 + チャンパ侵攻軍
第三次ベトナム侵攻 9万3700余名

215: 世界@名無史さん 2012/04/29(日) 13:40:15.37 O.net
歴史はだいたい10倍掛け。近代史すらむちゃくちゃな数字だから。

216: 世界@名無史さん 2012/04/29(日) 19:59:04.76 0.net
弘安の役は実際に10万以上の大軍だったというが。

217: 世界@名無史さん 2012/04/30(月) 01:07:58.31 0.net
ベトナム遠征軍は2~3万くらいじゃね
第一次元寇の時も元軍2万5000人に高麗軍1万9000人くらいだし
元が他国を制圧する場合に用意する戦力はだいたい2~4万程度だったんだろう
第二次元寇が14万とやたら多いのは南宋の兵の処理の為だったんだし

220: 世界@名無史さん 2012/05/08(火) 23:09:47.83 0.net
ワールシュタットではヘンリク軍4万VSバトゥ軍15万とか
凄まじい戦力差の説は誇張?

221: 世界@名無史さん 2012/05/09(水) 18:44:10.88 0.net
ワールシュタットの戦いそのものが捏造という人も居る
歴史学者の肩書を持つ小説家の言い分だけどねw

222: 世界@名無史さん 2012/05/09(水) 23:50:34.79 0.net
ワールシュタットの戦いが捏造だったとしても
その付近での戦闘はあったんじゃないの?
クラコフだって焼かれたんでしょ?
オーストリアにも侵入したって説もあるし

232: 世界@名無史さん 2012/05/15(火) 13:56:15.82 0.net
南宋って政治がダメダメなんじゃないの?内部分裂がひどくて女真や西夏やモンゴルの蛮族に対抗できない。
もっと鄧小平みたいな指導者がビシッとまとめていたらモンゴルを押し返していたんじゃないの?
モンゴルに滅ぼされた南宋も、清に滅ぼされた明も、阿片戦争で蹂躙された清も内部から腐乱し崩壊した感がある。

233: 世界@名無史さん 2012/05/15(火) 15:10:49.31 0.net
南宋はむしろ北宋滅亡後百年以上持ったことを評価してやれよ

237: 世界@名無史さん 2012/05/15(火) 20:04:11.54 0.net
お杉の話はおいておくとして、日元貿易って実態としてあったの?
交易してたとして、南宋遺民の漢人が私的におこなっていたものだからモンゴルの恩恵じゃないんでない?

238: 世界@名無史さん 2012/05/15(火) 20:10:59.93 0.net
それなりにあったよ、南宋代ほどではないけど。
南宋の制度を丸々継承しただけだけど、明と違って海禁はしてないから
一応モンゴルの恩恵とはいえるか?

239: 世界@名無史さん 2012/05/15(火) 20:12:22.70 0.net
そもそも日元貿易って鎌倉時代にどれだけ行ってたか疑問だし
鎌倉幕府滅亡後に至っては各地の地方武士達が各々勝手にやってたレベル程度だから
どう考えても日本に多大な影響を与えたとかありえないレベルだろ

240: 世界@名無史さん 2012/05/15(火) 20:16:04.35 0.net
前期倭寇は14世紀頃ので陳舜臣なんかはこれを
元寇の報復かの様に激しい勢いでやっていたとか言っている
その個人的見解はともかくとしても
その前期倭寇を鎮圧する力がモンゴルには無かったとか言ってたな
お杉はこの文章にカチンと来たのか
陳とかの小説家を毛嫌いする原因の一つになったみたいだけど

241: 世界@名無史さん 2012/05/15(火) 20:18:42.76 0.net
>明と違って海禁はしてないから

明が海禁するようになったのって1500年代以降の話だろ
それまでは義満や義教は明との貿易に積極的だったし
義持は大のオヤジ嫌いだから一時期滞ったけど

246: 世界@名無史さん 2012/05/19(土) 13:46:51.90 0.net
宋、明の官僚主義が中国の発展を押しとどめた点も大きいのではないか。
中華列強という形で中国の地方が独立国としてまとまった方が伸びそうだ。
しかし、中国で地方が独立する時代は戦乱期で安定すると統一してしまう。そして腐敗してまた戦乱になる。
春秋・戦国時代には少し欧州的な方向に行きそうにも見えたが。

247: 世界@名無史さん 2012/05/19(土) 14:02:20.91 0.net
中国の発展を押しとどめたのはモンゴル支配による破壊や
縁故主義と賄賂の横行、奴隷制の跋扈が大きいよ

255: 世界@名無史さん 2012/06/13(水) 01:35:49.14 0.net
ワールシュタットの戦いについてだけど、
双方、数万くらいの戦闘で、欧州軍が大敗したんでしょ。
当時の欧州は闇黒時代で、ワールシュタットの戦いでも
ヘンリク率いる欧州軍は、実際は寄せ集めの軍隊だったみたいですね。
例えば、日本の鎌倉武士団と、当時の欧州軍が戦ったらどちらに
軍配があがるでしょうか??


262: 世界@名無史さん 2012/06/14(木) 01:20:27.71 0.net
>>255
>当時の欧州は闇黒時代で、ワールシュタットの戦いでも
>ヘンリク率いる欧州軍は、実際は寄せ集めの軍隊だったみたいですね。

それ欧州軍じゃなくてポーランド軍
ハンガリー軍はバトゥの本隊に対しては割と善戦している

265: 世界@名無史さん 2012/06/16(土) 02:26:53.59 0.net
>ハンガリー軍はバトゥの本隊に対しては割と善戦している

バトゥの本隊はオゴダイの死までハンガリー平原に悠々と
居座って役人の任命を行い通貨の発行まで始めていたというが。

267: 世界@名無史さん 2012/06/16(土) 13:35:13.21 0.net
>>265
それはハンガリー軍を倒した後の話
スブタイの別動隊がポーランドからやってきて初めて勝てた

268: 世界@名無史さん 2012/06/17(日) 00:02:44.55 0.net
バトゥは、オゴタイの訃報で撤退しなかったら、大西洋まで
到達していた可能性はありますかね。

296: 世界@名無史さん 2012/06/19(火) 20:44:33.57 0.net
>>268
西欧の都市や城塞は石や焼き煉瓦製だから、かなりの苦戦が予想される。
ロシア東欧の都市の城壁は当時まだ木製だったので、あっけなく陥落した。
旧ローマ帝国領外ライン河以東ドナウ河以北のゲルマンやスラブは、元来
木造建築の文化圏だったが、当時ドイツはかなり西欧化して都市の城壁は
石や焼き煉瓦になっていた。
モンゴル軍は、華北やイラン・イラクなどの日干し煉瓦製城壁の都市を
次々と陥落させたが、シリアや南宋など石や焼き煉瓦の城壁の攻略には
時間を要している。

302: 世界@名無史さん 2012/06/19(火) 22:48:59.99 0.net
>>296
西欧の城壁は硬かったということですか。
今までのようには簡単にいかないという・・・
時のローマ教皇に、脅しの手紙を送ったという話が
あるらしいけど、本当でしょうか。
しかし、当時の欧州に、バトゥの本隊を退ける力は、正直なかったでしょうね。。。

269: 世界@名無史さん 2012/06/17(日) 03:05:30.77 0.net
ドイツの森林地帯で弾き返されるとも思うけれども
そのドイツ人を配下にして進軍しそうだな

270: 世界@名無史さん 2012/06/17(日) 10:06:58.53 0.net
>>269
それだともう完全にアッティラのパターンだな。
ガリアまで侵入した頃には遊牧民よりゲルマン人の歩兵の方が多くなってたとか。

300: 世界@名無史さん 2012/06/19(火) 22:14:11.79 0.net
アッティラ率いるフン軍がヨーロッパの諸都市を陥落させたのを見ると
モンゴル軍の脅威はヨーロッパの城壁ではなく風土病かもしれない

308: 世界@名無史さん 2012/06/20(水) 07:08:00.99 P.net
城の防御力なんて個別に検証しないと素材だけで単純に測れるものじゃないだろ
モンゴル軍は現地調達に頼っていたから、戦略的重要度の低い城が激しく抵抗するとわりとあっさり諦める
モンゴル側から見れば放置しただけでも、攻め込まれた側は「モンゴル軍を撃退した」ってなるわけで

309: 世界@名無史さん 2012/06/20(水) 14:41:39.66 0.net
日本やベトナム、インドネシアなんかは損害出たら諦めたけど
南宋に関してはあらゆる損害を度外視して落としたからな

310: 世界@名無史さん 2012/06/20(水) 14:42:49.36 0.net
その辺は距離の遠近もあるでしょ

311: 世界@名無史さん 2012/06/20(水) 15:51:16.21 0.net
>>310
西ヨーロッパもまさに遠いだけで旨味がないと判断されるんじゃね
バクダットはどんな損害出しても落としたけど、ダマスカスは一回撃退された
だけで諦めてたりするし

312: 世界@名無史さん 2012/06/21(木) 00:41:09.39 0.net
開封府は北宋朝の頃から三重の煉瓦覆いで堅牢な高い城壁に
包まれていたというけど、60年ばかり金の首都だった中都燕京は
どうだったんだろ? 以前から遼の副首都・燕雲十六州の要衝
だったんだから、そっちも相当に強固な防衛施設が整えられてた
と思うけど。モンゴルの脅威が顕在化してからは特に。

313: 世界@名無史さん 2012/06/21(木) 02:01:37.04 P.net
北京は開封と違って降水量少ないからなあ
宋代絵図見た限り宮城は煉瓦だけど外城は多分版築。
開封の城壁は低いよ、同じ煉瓦造りの平江府より低いし

224: 世界@名無史さん 2012/05/14(月) 00:06:36.31 O.net
モンゴルは日本の
相撲界を制圧しつつある。


引用元: ・モンゴルはいかに世界を変えたのか





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