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1: 日本@名無史さん 投稿日:2005/09/19(月) 19:04:09
高貴な方から庶民まで大いに語ろう。








3: 日本@名無史さん 投稿日:2005/09/20(火) 08:20:23
日本の神

クシナダヒメ

コノハナサクヤヒメ

繊細な名前だ。

4: 日本@名無史さん 投稿日:2005/09/20(火) 11:12:04
莵道貝蛸皇女

初めて見たとき笑ったなぁ

110: 日本@名無史さん 投稿日:2007/03/02(金) 00:47:39
>>4
皇女が出る某漫画のスレでは「蛸ちゃん」「蛸姫」って呼ばれてた。

5: 日本@名無史さん 投稿日:2005/09/20(火) 18:33:07
子がつく名前は皇族や公家の女性だけ?

7: 日本@名無史さん 投稿日:2005/09/24(土) 01:27:11
>>5
武家の女性も諱は○子じゃない?
三姫ー富子 
篤姫ー敬子みたいに名前が二つある

33: 山野野衾 ◆CXSSL1llHI 投稿日:2005/11/21(月) 00:25:50
>>5
親王宣下・結婚・官出仕・着裳を機会に童名を改めていましたね。
中世の武士なら、童名の代りに通称で呼ばれたり、結婚などを機会に
○○氏女や姉子や中子や三子と名乗っている例が多い。
時政女も、『曾我物語』真名本では万寿、仮名本では朝日となっていま
すが、いずれにせよ、政子と最初から名乗ってはいなかった筈です。
しかし、大河ドラマでは政子で通している。
その割に、豊臣秀吉の正室を吉子とは呼びませんね。

8: 日本@名無史さん 投稿日:2005/09/24(土) 01:40:05
日本の女帝

推古天皇=額田部皇女(ぬかたべのひめみこ)
皇極・斉明天皇=宝皇女(たからのひめみこ)
持統天皇=鸕野讃良皇女(うののささらのひめみこ)
元明天皇=阿閉皇女(あへのひめみこ)
元正天皇=氷高皇女(ひだかのひめみこ)
孝謙・称徳天皇=阿部皇女(あべのひめみこ)
明正天皇=興子(おきこ)
後桜町天皇=智子(としこ)

10: 日本@名無史さん 投稿日:2005/09/24(土) 05:11:08
子ってのはまあ接尾辞がとりこまれたような感じだべ

19: 日本@名無史さん 投稿日:2005/09/29(木) 19:26:05
戦国時代の名前がいいね。
茶々、麻阿、瀬名、阿古、寧々、帰蝶、満天、古奈、小松、五郎八、誾千代

23: 日本@名無史さん 投稿日:2005/10/05(水) 03:31:17
皇室に何故「よしこ」がいないの?犬にポチとかコロってつけるのと同じくらい
古典的な名前なのにさ。ちなみに私は「よしこ」。

25: 日本@名無史さん 投稿日:2005/10/06(木) 00:57:17
醍醐家出身の賀陽宮好子妃が今のところ最後の「よしこ」
内親王は後桃園天皇の欣子内親王以来いないみたいね。
平安時代はぞろぞろいたのに。

26: 日本@名無史さん 投稿日:2005/10/08(土) 20:56:37
花魁の名前がいいな。美雪とか小梅とか茜とか。

39: 日本@名無史さん 投稿日:2005/12/26(月) 12:47:35
江戸時代の東北地方では「るん」とか「りん」とかいう名前があったらしいな。
ソースがあればよかったんだが、忘れた。
「江戸時代の女性史」だったか「東北の女性」とか何とか言う本だった気がする。
確か著者も女性。

40: 日本@名無史さん 投稿日:2005/12/29(木) 14:58:16
奈良時代の女名がオモシロイ
小屎(おぐそ)、若女(わかめ)、乎婆婆(おばば)、額(ひたい?)、美久努麻売(みくぬまめ)・・・

52: 日本@名無史さん 投稿日:2006/04/02(日) 13:11:15
>>40
藤原小屎は桓武帝の後宮にいた女性だね。小屎なら可愛いんだが、
平安期の受領の妻に下毛野屎子(くそこ)という女性がいたと思う。
屎=糞だから、意味もウンコちゃん という事になるはず。

57: 日本@名無史さん 投稿日:2006/05/09(火) 15:08:19
>>52
別に実名があったのでは?
船名や子供の幼名の『◯◯丸』(丸=ウンコ)と同じで魔除けだろ。

平安以前は、女性の諱は記録されないからな。

41: 日本@名無史さん 投稿日:2005/12/29(木) 15:25:31
公家の系図を見て気づいたのだが、女子の実名は父親の実名の下の一字に
「子」をつけるのがデフォ?

53: 日本@名無史さん 投稿日:2006/05/08(月) 05:11:04
>>41
北条時政の娘なんか、長女が政子で次女が時子。

54: 日本@名無史さん 投稿日:2006/05/08(月) 05:16:20
>>41
秀吉の正室の吉子は夫の一字かな?
あと、秀忠正室の徳子は徳川の「徳」からつけたのだろうか?

42: 日本@名無史さん 投稿日:2006/01/06(金) 13:02:59
名前は記録されるということと関係が深く、女子の場合、女官・后妃が記録に通用するような名前をつけた。
例えば普通に嫁にいくとそういう機会がないが、夫が大臣になったり子が皇后や関白になって自分にも位階が与えられると、そのときあらためてそういう名を撰定した。
親の一字をもらうのは女官クラス。つまり中級貴族。后妃になる上級クラスは学者などに撰定させた。

54: 日本@名無史さん 投稿日:2006/05/08(月) 05:16:20
>>42
摂関家クラスでも親の一字って例はあるよ。
近衛前久の娘(後陽成の女御、後水尾の生母)の前子とか。

48: 日本@名無史さん 投稿日:2006/03/06(月) 22:51:26
江戸時代になると○宮□子や○君□子とか○姫□子という名前になるよね
読み方もものすごく変わってきて漢字も普通の辞典に載っていないような字になっている

50: 日本@名無史さん 投稿日:2006/03/16(木) 03:48:44
○子(なんとかし)
最強
高貴な御方の姫君は「子」はこじゃなくてしに限る

51: 日本@名無史さん 投稿日:2006/04/02(日) 12:48:46
読み方がわからないから便宜的に音読みしてるだけだろ。

63: 日本@名無史さん 投稿日:2006/05/12(金) 09:06:00
明治37年生まれの死んだおばあちゃんの姉妹はみんなカタカナの簡単な名前だった
 

69: 日本@名無史さん 投稿日:2006/05/24(水) 04:34:53
明治とかだと、変体仮名の名前をつけられて、
まだ生きてるおばあちゃんとかいるんじゃないかな?
住民基本台帳ネットはどうなってるんだろう?
変体仮名をカバーしてるんかな?

71: 日本@名無史さん 投稿日:2006/05/30(火) 23:55:00
学校教育から変体仮名を廃止したのは明治35年だっけ?

>>69
『大日本史料』とかは最近のものでも変体仮名のところは変体仮名で書いてるし、
今でも変体仮名の活字ってあるところにはあるんじゃない?

70: 日本@名無史さん 投稿日:2006/05/29(月) 23:01:12
1901年生まれのひいばーちゃんは変体仮名だったけど1901年生まれだったらまだいるね

85: 日本@名無史さん 投稿日:2006/08/26(土) 07:24:25
日本の女は場所の名で読まれた。出世魚と同じ。大政所も、北の方も、みな場所・建物の名。
いかに立派な建物に住まわされたかがセレブのステイタスだった。

86: 日本@名無史さん 投稿日:2006/08/26(土) 11:02:01
>>85
それは男もそうだろ。
六波羅殿とか小松殿とか鎌倉殿とか。

87: 日本@名無史さん 投稿日:2006/08/26(土) 23:54:56
そっちは建物じゃなくて地名だろ

104: 日本@名無史さん 投稿日:2007/01/21(日) 02:25:38
女院号なんて、どれも邸宅の名前か内裏の門の名前だね。

88: 質問スレより転載 投稿日:2006/10/08(日) 09:07:09
612 名前:日本@名無史さん[sage] 投稿日:2006/09/28(木) 18:52:41

「子」のつく女性名の変遷について質問させて下さい。
↓自分で検索してみて近代に至るまでの経緯はなんとなくニュアンスとしては解りましたが、
http://homepage2.nifty.com/osiete/s647.htm
http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/ktb015.htm 
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4336047456
‘明治になって解禁されたから「子」名前が増えた’みたいな記述をみると、
じゃあそれまではどの辺の身分までなら「子」をつけてよかったんだろうと疑問に思います。
歴史は全然詳しくないんですが、聞いた事のある範囲だと大名家の女性でも
「○姫」とか「お○の方」みたいな一字名前で、「○子」だとどうしても公家の女性のイメージなのですが…。
武家の女性でも朝廷へ上奏する書類に名前を記す必要がある時は体裁をととのえるために称号みたいな形で
「○子」とつけたんでしょうか?
たしか徳川吉宗の生母の於由利の方が「紋子」の名前で従二位の位を贈られたと聞いた事がありますけど…。

あと上にはURLを載せきれませんでしたが、本場?のはずの中国では「子」は男性限定の尊称で、
女性は人妻の場合は主に実家の姓で○氏・○夫人、複数姉妹が居る場合は特に○大嬢・○二嬢のように
呼ばれていたとありました。日本では例が無いわけでは無いみたいですが(例・坂上大嬢)
このタイプの呼称があまり定着しなかったのは、やっぱり日本の親族のシステムになじまなかったのが原因なのでしょうか?

まとまりの無い長文で申し訳ありませんが、長年の疑問なので教えていただけたらとても嬉しいです。

89: 質問スレより転載 投稿日:2006/10/08(日) 09:08:13
617 名前:日本@名無しさん[sage] 投稿日:2006/09/29(金) 00:05:34

>>612
「子」を女性の名の一定形と考えるよりも、××号や○○丸のような漢文体の書に
用いる女性名の接尾語のように考えるべきです。

元々は、検索されているページにある大名兒(おおなこ)のように、「△△コ」という
呼び方があって、それが△△子に変わっていったのでしょう。平安時代の唐風文化
の普及と共に頻用されたことに注目してください。

でも、そんな彼女たちでも和文体の手紙ではしばしば「△△」と書きますし、
口語では目上からは「△△」、他人からは「お△△さん」と呼ばれる。
宮城(きゅうじょう)では「△△子」と呼ばれることもありえはしますが、
まず以って称号や通称で呼ばれる人たち。

元々は、あくまで中国式の書の中での名前だったということです。

ですから、「子」をつける区分けの本質的なところは、身分によるわけではない。
(漢文体であった)公文書に名が記される人たち、(漢文体の)書をしたためる人たち、
そういった人たちが書の中で「△△子」と残しているというだけです。極端に言えば。
ですから、農民や平民でも漢文なんて書かない女性は「子」がつかない。
使わないからです。

庶民にも広まるのは、宮廷文化が市井に広まる江戸時代以降。
維新後、姓名が一人一形式に定められ、さらに皇民意識が高められていく
明治後半、后妃にあやかった一種の流行として「△△子」は爆発的に普及
していくことになるのです。

91: 日本@名無史さん 投稿日:2006/11/22(水) 19:15:21
○子っての昭和は多いね
昭和後期~平成にはあんまりいなくなるけど

95: 日本@名無史さん 投稿日:2006/12/14(木) 21:01:03
>>91
90年代に「子のつく名前の女の子は頭がいい」という、
統計学を駆使した論文著書が出ている。
論文の趣旨は、「○○子」という子の親は昔気質で教育熱心だから躾も行き届いて頭がいいが、
「○○美」とか「○○香」とかいう子の親はアッパラパーで好き放題に育てるからDQNな子が多い、という内容。
内容はともかく、社会学への徹底した統計学の導入という研究手法はそれなりに評価受けているという奇書。

ちなみに原題は「大和撫子はなぜ消滅したか」だったそうな。
名前に子をつけなくなったから、ってちょっ、おまっ、、、

106: 日本@名無史さん 投稿日:2007/01/28(日) 17:17:19
確認される最古の「子」がつく女性は42代文武天皇の夫人となった
藤原宮子かな?飛鳥時代晩期の生まれで妹には臣下出ながら45代
聖武天皇の皇后となったアスカベ媛がいます。

107: 日本@名無史さん 投稿日:2007/01/29(月) 09:26:53
継体天皇の妃に「尾張連目子媛」という女性がいる

119: 日本@名無史さん 投稿日:2007/05/10(木) 17:47:39
小野妹子

124: 日本@名無史さん 投稿日:2007/05/15(火) 09:04:25
>>119
あの時代は男にも子の付く名前は普通にいたからね。
蘇我馬子だの、麻呂子皇子という皇族もいたな。
「子」の文字が使われてなくてもたとえば、
ちなみに聖徳太子の妃の蘇我刀自古娘だってあて字で、
読み名はおそらく「とじこ」、
後世ならば「こ」に「子」の文字をあててもよかったはず。

125: 日本@名無史さん 投稿日:2007/05/15(火) 09:08:31
天武天皇の側室に尼子という人がいましたね。女性としては最古?

126: 日本@名無史さん 投稿日:2007/05/15(火) 09:36:37
>125
「子」の付く女性名としては、天武天皇の側室、胸形尼子娘より古く、
継体天皇の元妻(日本書紀・最初の妻の意味か)に、
尾張目子媛という人がいるね。
継体天皇の側室にはほかにも、三尾稚子媛という人がいる。

133: 日本@名無史さん 投稿日:2007/07/12(木) 11:23:42
紫式部や清少納言は、ほんとはどういう名前だったんですか。
そもそもなんで紫式部に清少納言なんですか。

134: 日本@名無史さん 投稿日:2007/07/12(木) 11:59:17
「紫式部」「清少納言」ともに候名
本名はわかっていない。
紫式部は藤原香子ではないかと日本の女性の名にくわしい角田文衛氏は言っているけれども
反論は出ている。

紫式部・・・最初の候名は藤式部だった。藤原氏の藤と、父親の官職式部大丞から。
       源氏物語は有名になりその中の登場人物紫の上から紫をとって紫式部といわれるようになった

清少納言・・・清原氏の清。少納言のほうは親戚に少納言がいたのでそこからとったらしいが詳しくは不明

135: 日本@名無史さん 投稿日:2007/07/12(木) 19:42:42
「ほんとうの名前」っていう感覚がないよ
それは近代民法の感覚

136: 日本@名無史さん 投稿日:2007/07/12(木) 20:17:09
そうだな
出世魚みたいに名前変えまくるし

137: 日本@名無史さん 投稿日:2007/07/12(木) 21:05:32
まあ現代でも筆名や芸名ならわりとぽんぽん変えるし
「本名」の概念がなければそんな感覚かもね

138: 日本@名無史さん 投稿日:2007/07/12(木) 21:43:23
ウィキの近藤勇の奥さん(つねさん)のページで
実家の松井姓か旦那の家の近藤姓かではっきりしないみたいなんだけど
この時代の庶民の女性はどう名乗っていたんだろうか?
上流階級なら実家姓で書かれてるけど。
つねさんレベルの人は実家姓なのか婚家姓なのか、
それとも屋号とか、~村の○○みたいなだけだったんだろうか?

139: 日本@名無史さん 投稿日:2007/07/13(金) 13:37:43
日本で初めて戸籍法が定められたのは明治4年。
それまでは、基本的に男も女も生家の姓を一生名乗っていた。
士農工商の時代は庶民に苗字はなかったしね。
屋号は別。商家などの通称のようなものだから、
~屋のおかみさん、みたいな呼び名はあったと思うけど。
戸籍法以降、結婚すると、夫か妻いずれかの姓に統一された。

140: 日本@名無史さん 投稿日:2007/07/13(金) 18:44:18
なんで細川ガラシャは細川姓を名乗ろうと思ったんすか?

144: 日本@名無史さん 投稿日:2007/09/11(火) 21:32:03
ガラシャは、正しくは「明智玉」だろう。
明治以降の人が、勝手に細川と呼んでいるだけ。
洗礼を受けたとき、名前を変えたから、「明智ガラシャ」か。

146: 日本@名無史さん 投稿日:2007/09/11(火) 22:00:04
ガラシャは名前を変えたんじゃなく、洗礼名。
「明智玉」は変わらないよ。
信者同士で呼ぶなら、「ガラシャ姉妹」などの呼び方になる。
また、教会関係で書かれる場合は、「明智ガラシャ玉」になる。

149: 日本@名無史さん 投稿日:2007/09/11(火) 22:23:32
>明智ガラシャ玉

出典ある?
まじめに質問

150: 日本@名無史さん 投稿日:2007/09/11(火) 22:34:00
いや、自分は知らないよ。
ただ、当時の洗礼名を持った日本人の名前を書いたものが
いくつかあって、それが大体そういう書き方になっている。

ちなみに、現代も、洗礼名を姓名の間に挟んで書く教会が多い。

151: 日本@名無史さん 投稿日:2007/09/15(土) 23:42:03
イエズス会の作法では
「おほども・よししげ・フランシスコ」
みたいにするんじゃないのか?

152: 日本@名無史さん 投稿日:2007/09/15(土) 23:52:28
いや現代だと洗礼名を頭に持ってくるところが多いから
聞いたんだけど
パウロ山田太郎みたいな

153: 日本@名無史さん 投稿日:2007/09/15(土) 23:54:29
それともういっこ
苗字と女性名って通常セットで言うもの?
明智玉みたいな
あらためて外向きで使わなきゃいけない事情があって初めて
明智玉子みたいな名乗りを作るんじゃないの?

148: 日本@名無史さん 投稿日:2007/09/11(火) 22:22:48
女性は本来実家の姓を名乗ったものだが
時代が進むと婚家の姓を名乗るようになる
例えば野村望東尼の野村は婚家の姓だ

明治以後は必ず婚家の姓を名乗るようになるが
家紋は女紋として母から娘へ受け継がれた
実家の姓の場合は父系だが
女紋は母系継承だから更に古い根っこがある

155: 日本@名無史さん 投稿日:2007/09/16(日) 14:09:38
もし女の子ができれば
古くからある名前+呼びやすい、かわいらしいってことで
禰々もしくは寧々にしたいと思ってるんだが
ねねって世間的にはDQNネームなのか?

158: 日本@名無史さん 投稿日:2007/09/17(月) 03:18:32
>>155
「かわいらしい」を基準にして名付けるのは、子供の将来のことを考えると必ずしもよいとはいえないよ。
若い頃はかわいらしい名前でさほど違和感なくても、いつかは年を重ねるごとに名前のイメージと本人の実像とに乖離が生じていく。

だから「かわいらしい」的な価値判断が入らず、また奇抜でもない、落ち着いた名前のほうが名付けられる子供の側から見ればベスト。

159: 日本@名無史さん 投稿日:2007/09/17(月) 04:42:07
なにはともあれ、親にとっていい名前ではなく
子供にとっていい名前であるように考えてつけるべきだな。

163: 日本@名無史さん 投稿日:2007/09/17(月) 22:47:40
だが、皇室の名前は保守的すぎると思う。
○仁、○子に限定しなくてもいい。
女子の名前は「ひとみ内親王」とか「あけみ女王」とかあってもいいんじゃね。

165: 日本@名無史さん 投稿日:2007/09/17(月) 22:56:38
あけみやひとみはやっぱ皇女としては安っぽいな
子の伝統があるんだから子でいいと思う

171: 日本@名無史さん 投稿日:2007/09/18(火) 08:59:55
>>165
ひとみ子、あけみ子
で無問題。

173: 日本@名無史さん 投稿日:2007/09/18(火) 14:35:52
>>171
そう言えば、美智子皇后の母君は本名が富美さんだったけど
いつの間にか富美子さんに改名してたな。

174: 日本@名無史さん 投稿日:2007/09/18(火) 14:46:07
>>173
だからもう、改名でいいよ。
明治天皇の皇后も、幼名は富貴君だったのに、
入内するときに一条勝子、立后するときに一条美子と改名した。
嫁ぐときに正式に名前を改めるのが、天皇家のしきたりなんだから。

175: 日本@名無史さん 投稿日:2007/09/18(火) 15:59:26
明治天皇の皇后は他にも改名してたような
つか天皇公家に限らず昔の人は男も女も改名しまくりだよ

177: 日本@名無史さん 投稿日:2007/09/18(火) 19:36:32
>>175
富美君→寿栄君→勝子→美子だったような
富美君を寿栄君にしたのは尊いお方と名前がかぶったかららしい(富貴宮のこと?)

179: 日本@名無史さん 投稿日:2007/09/18(火) 20:22:51
>>177
そそ、寿栄君もあった
あと春子って時も一瞬あったような覚えが
美子と同じだから字を当ててるだけだろうけど

176: 日本@名無史さん 投稿日:2007/09/18(火) 18:58:46
立場が変われば名も変わる
昔はそれが普通だった
「本名」とか「本当の読み方」とかそういうものの感覚自体が今と違う

178: 日本@名無史さん 投稿日:2007/09/18(火) 19:37:07
字も当て字だから違う字を当ててたりするしね

180: 日本@名無史さん 投稿日:2007/09/18(火) 20:54:14
明治時代でも結構女の改名あるな(○○を○○子にするのを除く)
皇族だったら晴子女王→絢子女王とか。

181: 日本@名無史さん 投稿日:2007/09/19(水) 18:47:44
森鴎外じゃないけど、娘にマリーとかアンヌみたいな名前をつけるのも
国際化社会に対応してると思う。

マリー内親王、アンヌ内親王なんて、なかなかいいと思う。

183: 日本@名無史さん 投稿日:2007/09/19(水) 19:40:59
愛子内親王殿下みたいに「愛」なんてつけちゃうのは
十分キリスト教チックだと思うけどね
少なくとも仏教的神道的意味で「愛子」とは名づけていない

184: 日本@名無史さん 投稿日:2007/09/19(水) 20:05:24
孟子の一説だね
仁者愛人、有礼者敬人。愛人者、人恒愛之、敬人者、人恒敬之
けど



ダサい

185: 日本@名無史さん 投稿日:2007/09/19(水) 20:37:03
柳原愛子

ただし「なるこ」と読んだ

186: 日本@名無史さん 投稿日:2007/09/19(水) 20:38:18
>>185
親父が柳原光愛(みつなる)だから、
女官が親父の名前を一字もらうのは普通だな。


引用元: ・日本女性の名前について







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