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1: 世界@名無史さん
つい最近笠井孝之氏の林彪と毛沢東を読みまして
林彪が英雄と言われていた事に驚きました。
私は事情に疎いので皆さんの林彪評を教えて頂けないでしょうか。
出来ましたら毛沢東についてもお教え頂ければお願いします。







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林 彪

林 彪(りん ぴょう、リン・ピャオ、1907年12月5日 - 1971年9月13日)は、中華人民共和国の軍人、政治家。中華人民共和国元帥。
文化大革命で失脚した劉少奇に代わって毛沢東の後継者に指名されるが、政争に敗れてソビエト連邦に亡命する途上、モンゴル人民共和国において客死した。





4: nanasi
林彪はいいやつか悪いやつかは知らないが、毛沢東の悪評を押し付けられていたから
評判は悪いと思う。

5: 世界@名無史さん
悲惨な死に方をした人

7: 世界@名無史さん
>>1
林彪は平型関の戦いで板垣師団を撃破し、百団大戦で日本軍に大打撃を与えた名将
よく覚えておくように

9: 世界@名無史さん
ところが、林彪は朝鮮戦争では「アメリカとまともに戦っては負ける」
と思ったか、仮病を使い逃げたよね。ホントに持病が悪化して指揮でき
なかったのか分からないけど。

8: 世界@名無史さん
>>1
そうだな。毛沢東は政治オンチ。軍人としては一流。
権謀術数も一流。

11: 世界@名無史さん
真っ黒の焼死体をテレビで見ました

それだけ

12: 世界@名無史さん
ありゃあ。こりゃまた懐かしい人名が、モンゴル国境こえて謀略くさい
墜落死。三王(ワン)東興なんて名前が脳裏を

14: 世界@名無史さん
よく周音来が、林彪を殺した後、死体を飛行機にのせて
証拠隠滅と聞くが、毛沢東の支持がないと周はそんな
大それたことはできんだろ

17: 世界@名無史さん

武なら林彪文なら劉少奇

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劉 少奇

劉 少奇(りゅう しょうき、リウ・シャオチー、1898年11月24日 - 1969年11月12日)は、中華人民共和国の政治家。凱豊や胡服などといった別名も使用した。 第2代中華人民共和国主席(国家主席)などを務め、中国共産党での序列は毛沢東党主席に次ぐ第2位であったが、文化大革命の中で失脚、非業の死を遂げた。


19: 世界@名無史さん
そして鄧小平は武も文も兼ねる。
らしいが、鄧小平の評価については中国の著者が書いた
ものばかり鵜呑みしてはいかんよな

20: 世界@名無史さん
林彪も劉少奇も非業の死を遂げ、鄧小平も3度失脚し、
彭徳懐も追いやられて、紅衛兵の天下となった。
背後には毛の影が・・・・。
やはり老害と化した毛の権力への妄執が毛に続く次世代の
凋落を招いたと思われ。

22: 世界@名無史さん
林彪と劉なら劉のほうが悲惨だな

林彪は飛行機事故にしろ処刑にしろあっさりしんだっぽいから


最期

自宅監禁状態であった劉は病の床に就くが、散髪、入浴ともに許されず、警備員はおろか、治療する医師からも執拗な暴行や暴言を受けた。劉の部屋には劉を非難するスローガンを記した紙が壁中に貼り付けられた。治療する医師からは、病状の回復のためにはがす提案もされたが受け入れられなかった。上記の党からの除名は劉の誕生日にラジオで放送され、劉はそれを聞くことを強要された。それ以降、劉は言葉を発しなくなった。過去の病歴のため劉はいくつかの薬を常用していたが、それも取り上げられた。多くの歯は抜け落ち、食事や服を着るのにも非常に長い時間がかかった。1968年夏に高熱を発した後はベッドに横たわる状態となったが、身のまわりの世話をする者はなく、衣服の取替えや排泄物の処理などもされない状態であった。

1969年10月17日、河南省開封市に移送。寝台にしばりつけられて身動きができぬまま、暖房もないコンクリートむき出しの倉庫部屋に幽閉された。受け持った地元の医師が求めた高度な治療に対し、上部機関は「ありふれた肺炎治療薬」のみを投与するよう指示した。限られた治療の中で病状は悪化し、11月12日に没した。


24: 世界@名無史さん
毛先生はプロレタリア人民革命に尽力されましたが、
反革命分子の台頭により初期の目的を達する事が出来ないと
悟り、林彪同志と劉少奇同志を打倒せざるを得なかったのです。
1968年10月に劉少奇は八期十二中全会において除名されており、
中華人民の名において打倒されています。
林彪同志が反革命分子であったことは蒙古への脱出行途上での
墜落死において明らかです。
米国で黒人の公民権運動が盛んになり、ベトナムでの帝国主義打破が
盛んになりつつあるこの時代に革命への歩みを停滞する事は人民への
裏切りに他ならない。

25: 世界@名無史さん
どこの引用だよw

29: 世界@名無史さん
>>25
以前見たネパールのマオイストの英訳版を漏れの拙い
学力で翻訳してみますた。


27: 世界@名無史さん
林彪って水が飲めないだよね

28: 世界@名無史さん
>>27
俗説だろうが、日本軍との戦闘で負った傷が原因で激痛が走る持病が
あったそうな。
なんでも痛覚神経と体内に入った弾の破片がちょっとした事で刺激
されて激痛が走るらしい。
1つや2つではなく、全て摘出する事が不可能だったのと、鉛毒で
精神的に不安定だったそうな。
ソースが伴野郎の中国モノなのでどこまで信用したものか・・・。

30: 世界@名無史さん
林彪は本当に指揮官として優秀だったん?

32: 世界@名無史さん
>>30
独ソ戦でスターリングラード戦に参加した事があるそうな・・・。
ただ、金日成も参加したとかフルシチョフも参加したとか
な、なんか眉唾くさい。

34: 世界@名無史さん
思いっきり眉唾だな

35: 世界@名無史さん
>>34
俺もそう思うが、
ソ連も北朝鮮も中国もこの3人がそれぞれ戦闘に参加した事に
なっとる。
本当に参加した事あるのか誰かソースきぼんぬ。

36: 世界@名無史さん
名将軍・猛将林彪将軍が総司令として指揮をしていた。
林総司令はソ連でスターリングラード、
レーニングラードの対独戦に参加して、
戦術を学んできた中共軍きっての近代戦の戦術家である。

林彪って時代遅れの人海戦術で毛沢東に気に入られたと思っていたが。

37: 世界@名無史さん
>>36
人海戦術は朝鮮戦争の不正規軍でよくやられていたけど、
林彪は病気と称してその頃消息不明なんだよね。
中共不正規軍は実は彼が指揮していたりして。

40: 世界@名無史さん
>>36
本当に参加したのか?
共産圏でスターリングラード戦は甘露の響きがあるらしいが、
金日成やフルシチョフや林彪が本当に参加したのか?
どこの部隊で何をしていたのか希望。

50: 靡莫
>>40
林彪は1938年に閻錫山との戦闘で負傷し、この年に療養のために
ソ連へ行っています。その後、モスクワ防衛戦の際、
林彪はスターリンのためにドイツ軍の戦略意図を分析し、
それが的確だったため、スターリンから大いに賞賛されています。

ただ、林彪が帰国したのは1942年2月ですので、
同年8月からのスターリングラードの戦いには参加していません。

51: 世界@名無史さん
>>50
スターリンに激賞されるのって良いことなのかな?

52: 靡莫
>>51
そのあたりは微妙ですが、林彪にとっては、
自分の軍事的才能やソ連との関係を宣伝できるという
強みはありますよね。

57: 世界@名無史さん
>>50
■●初心者歓迎 スレを立てる前に此処で質問を 83

>>112-114でソース不明でいまいちよく分からないとあるが・・・・
林彪の駄法螺くさいな・・・・。
とりあえずスターリンが林彪を誉めたというソースきぼん。

66: 靡莫
>>57
中国で刊行されている林彪の各種伝記(辛力『林彪三兄弟』名流出版社
(香港)、韋力『1965年前的林彪』西蔵人民出版社など)がソースです。
ただ、ソ連での林彪の活動について他に詳しい文献が無いか、もう少し
調べてみます。

72: 靡莫
ソ連での林彪についてですが、台湾の研究者である李天民氏が、
『林彪評伝』(明報月刊社、1978年;香港)の中で、
以下のように論じています。

林彪はソ連での療養が3年間にも及んだために、その間の動向について
多くの推測やデマが流れたそうですが、林彪が紅軍に関する論文を発表
したこと、そしてモスクワ防衛戦の際にスターリンに進言を行って
賞賛を受けたことは、確実としています。

しかし、林彪のソ連滞在における最大の目的は、毛沢東とスターリンの間の
パイプやコネクションを形成することにあった、としています。
当初、中ソの共産党間で強力なパイプを持っていたのは、王明(陳紹禹)ら
のソ連留学生グループでした。
それに対抗するため、毛沢東は独自のパイプを形成しようとし、
林彪にその役目を負わせたのだ、と李天民氏は見ています。

残念ながら、その後は林彪に関する研究は進展しなかったようで、
李天民氏の著作以上の研究成果は、僕が知る限りでは無いようです。
38: 世界@名無史さん
名将とはいえるだろうが、英雄といえるかどうか。
政治的判断を誤ったとはいえるだろうが、国賊といえるかどうか。
妙な二分法で語るのは、いい加減によしたほうがいい-人物ではあろうな。
再評価希望。

39: 世界@名無史さん
林彪がいなければあの時毛沢東は劉、鄧グループに
名誉主席に棚上げされてたかもしれない。

41: 世界@名無史さん
しかし、林彪より功績も実力も上の将軍が
中共には5人以上はいるな、
朱徳の功績とかも文革時代には、
こいつに横取りされていたんだろ
それと、自分に都合の悪い会議とかになると
持病といって欠席したり
毛沢東の後継者になったが、その地位が不安定になると
暗殺しようとしたり、(真相はわからんが)
あんまり人間的に好きになれない

44: 世界@名無史さん
鄧小平は馮玉祥や劉伯承の指揮下で政治委員になった事は
あるが、軍を率いた事は無いはず。
文革期に将軍になった事ない。

46: 世界@名無史さん
林彪はともかく周恩来の評価が高すぎると思うのだが

47: 世界@名無史さん
>>46
周恩来は西安事件で蒋介石を説得できたんだよね。こんなことができるの
は共産党では彼しかいなかった…。

48: 世界@名無史さん
>>47
説得というより拉致して脅迫したというのが実情に近い。

84: 世界@名無史さん
>>48
違います。
拉致をしたのは張学良と陽虎城。
そして共産党内でも上がった、蒋介石死刑要求を否定して
蒋に第二次国共産合作を説得、成功させたのは周の功績。

86: 世界@名無史さん
>>84
蒋介石を助けたのはスターリンだろ。
宋慶齢の手記に書いてあったはず。
毛は中共を軽視するソ連の姿勢に激怒していたが、スターリンに逆らえなかった。

83: 世界@名無史さん
>>46
周恩来の評価が高いのは当然。
毛沢東も蒋介石も要らなかった。
「孫文→周恩来という形で中国の最高指導者になってれば」とは
孫文夫人、宋慶麗の本音。

49: 世界@名無史さん
共産党って分裂気質にしか見えないなー
ほのぼの山賊してたかと思えば、地主つるし上げたり
変な洗脳してたかと思うと長征してたり

林彪って最初は蒋介石の所に行こうとしてたんでしょ?
蒋介石も勿体無いことしたものだ

53: 世界@名無史さん
林彪が何故偉いのか

1.抗日戦で八路軍はほとんど隠れていて戦ってないのだが
 唯一平型関の戦いで林彪指揮の下日本軍を打ち破った

2.国共内戦で初期に共産軍は連敗続きだったが
 東北に進撃した国民党の最精鋭部隊を林彪が全滅させて形勢逆転

3.人民解放軍は5大野戦軍に分かれていたが
 八路軍の主流を形成した部隊で組織された第四野戦軍を掌握した

4.第四野戦軍の先輩彭徳懐を讒訴し失脚させ国防相の座を襲い
 軍令部門の第一人者としての定評に加え軍政部門も掌握した

5.毛沢東の文化大革命発動にいち早く同調したが
 紅衛兵の暴走を行政機関をマヒさせたところで弾圧し
 軍人を送り込んで各省市に革命委員会と称する奪権機関を成立させた

6.その力を背景に憲法を改正し林彪は毛沢東の後継者と明記させた

56: 世界@名無史さん
>>53
韓信に野心を持たせて朱元章の毒味を利かせて
呉三桂のへたれ加減をミックスしたようなヤシだな。

54: 世界@名無史さん
林彪が名誉回復ってありえないのか?

あと中国で国葬って毛沢東と周恩来だけだっけ?


再評価

1981年の林彪・四人組裁判では「反革命集団の頭目」とされ、彼が抗日戦争であげた戦功は歴史から抹消されることとなったが、近年、研究者の間では革命期における軍人・林彪の功績を客観的に再評価しようという機運も起きており、北京の革命博物館の展示でも林彪の名が見られるようになった。


59: 世界@名無史さん
そうか?劉少奇の名誉も回復されたぐらいだし、
いまさら故人の名誉を回復してもトウショウヘイも逝って
大分たつし別にどってことないじゃん。

60: 世界@名無史さん
>>59
うーんその意見には賛同できない。劉と林ではかなり立場
が違うし、鄧小平は死してなお現政権に影響がある。
敵対していた林彪の名誉回復をするのはデメリットはあるが
メリットはない。今更何のために?ってのもあるし。


80: 世界@名無しさん
中国人に言わせりゃ、「林彪?、いまさら勘弁してよ」
て感じじゃないですか?

87: 世界@名無史さん
中共が政権をとっているかぎり林彪は国賊です

104: 世界@名無史さん
孫文→周恩来になっていれば、インド的な性格の国家になっていた可能性あり。
社会主義・資本主義混合型のアジア的ごちゃ混ぜ経済な。あ、今の中国じゃん。

105: 世界@名無史さん
>>104
といって、文化大革命の損失は凄まじくて目も当てられない訳だが……。
周恩来は現実主義者だったから結局毛沢東に屈服したし。
この男の才能はトップよりもナンバーツー、または調停役としてのものだと思う。
それで寿命が縮んだんだろうがな。ストレスで。
毛沢東がもっと現実に眼を向けていれば……。

112: 世界@名無史さん
>>105
たしか、長征の最初の段階で、毛沢東を指導者に選んだのは周恩来なんだよな。
このとき、周恩来が自らトップになる勇気さえ持っていれば、中国史はかなり
変わっていたかもしれない。蒋介石とどれだけ上手くやれたかはわからんけどね。

107: 世界@名無史さん
文革の動機は確かに毛沢東の奪権闘争だが、今の中国の官倒の状況を見れば、
毛沢東流の永続革命論にも一定の意味があったような気がする。
中国四千年の歴史の中で官吏の腐敗を抑えることができたのは、毛沢東一人と言っていい。

108: 世界@名無史さん
自分自身が一番腐っていたからね

109: 世界@名無史さん
>>108
そか? 多大な蓄財したわけでも、身内をやたら引きたてて王朝作ったわけでも
ないやん。

120: 世界@名無史さん
抗美援朝義勇軍の指揮を執る筈が仮病使っちゃって・・・
勝算を読んでたんだろうなあ。
政治的キャリアに傷が付かないようにね。
軍人ってより権力闘争の名手だな。
一番の欠点は親バカなところだろうて。

121: 世界@名無史さん
>>120
それはどうだろう。ずっと政治局にも入れなかったんだし。
確か林彪の政治局入りは1958年だったよね?

131: 世界@名無史さん
中国共産党史は実にまともな文献が無いですね。
現在でも中国には言論の自由が無いので現政権に都合の悪い
資料は出てきませんね。
ソ連の資料、台湾の資料、全部併せても未だ実像は出ない感じです。

134: 世界@名無史さん
林彪の評価を考える時に、彼の古傷による体調がよく解りませんね。
ロシアに治療にも行ったし、麻薬がどうとかいう話もある。
文革のころは病人にはみえないし。
中国の真相は難しい。

135: 世界@名無史さん
モルヒネ中毒だったと言われてるけどね。


引用元: ・【中国】林彪は国賊か英雄か【共産党】






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笠井 孝之
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