51VU3x8GdNL



1: 世界@名無史さん 投稿日:2011/07/18(月) 20:24:13.10
世界史上の愚かな皇帝や国王、公、首長、スルタンなどをあげて語りましょう。
ここでは失政の他に無能低能やDQNキチガイな統治者やスキャンダラスな統治者もOK。
彼らの失政や愚かぶり無能ぶりを暴きましょう。

ここでは首相や大統領のようなものも含めるものとします。








340: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/01(木) 13:51:26.65
毛沢東
ポルポト

マジで訳の分からない
怪しげな呪術のようなことをやって大失敗。
占いで何かを決めていたい原始時代の統治者のように理不尽。
その被害の規模からしても
世界史上最強の失政キングだと思うわ。

380: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/01(木) 22:54:52.41
暴政とか虐殺とは一味ちがうDQNぷり。
ボカサ1世万歳!

384: Ryuju ◆RlujhF6VrA 投稿日:2011/09/02(金) 22:33:25.18
暗君とは筋が違うが、自分が築いたものを自分でぶち壊した独裁者ってのもいるな。
インドネシアのスハルトだけど。
権力掌握過程でインドネシア共産党の関係者を50万人殺したとも言われてるが
それはさておき。

あと5年早く大統領辞めてれば優秀な部類だったんだけど
最後の5年が最悪だった。
自分の子供が始めたファミリービジネスで国際的な批判浴びるわ
アジア通貨危機で資金援助巡ってIMFとの合意をひっくり返して更に信用なくすわ
娘婿が民主化運動弾圧するのを黙認して国内の知識人層から見放されるわ
最後には子分格に詰め腹切らされるという。
この過程でインドネシアの経済ガタガタ。
「お前スカルノが経済ガタガタにしたの受けて開発独裁に舵切ったんだろ」
とツッコミ入れたいね。
バカというかアホというか。

387: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/03(土) 12:41:37.83
玄宗、乾隆帝、ムガベなどは前半名君で後半ボケちゃったタイプ

419: 山野野衾 ◆m6VSXsNcBYte 投稿日:2011/09/05(月) 21:52:44.12
有能であったものの、君主としては駄目だったのがDQN系で赫連勃勃、石虎、冉閔。
有能かつ魅力的であるが負ける原因を積み重ねてしまったのが、苻堅、蕭衍。
彼らに倒された東昏侯などの雑魚も入れると、更に増える。
時代はずっと下るものの、誇張を考えても張献忠は酷い。

東昏侯の妊婦虐待で思い出しましたが、ズールーのシャカも狂いましたね。
以上の例で本当に能力が低かったのは、ゲリメルとテオダハドだけですが。

420: 山野野衾 ◆m6VSXsNcBYte 投稿日:2011/09/05(月) 22:09:16.32
>以上の例で本当に能力が低かったのは、ゲリメルとテオダハドだけですが。

失礼、東昏侯もです。
孫皓や陳の後主(蕭衍になれなかった男)は、ここで言われるほどでもないか。

日本だと無気力や迷惑人間はいますが、極端な暴君・愚君となると思い浮かびませんね。
歴代天皇では、陽成院が二人殺したぐらい。
家臣の妻を奪った大友宗麟・毛利輝元にも、取り得はあった。
死に様が酷かったのは、四条院。
不良といえば白河や後白河や後鳥羽でしょうが、これも最悪には程遠い。

421: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/05(月) 23:35:49.69
>>420
>日本だと無気力や迷惑人間はいますが、極端な暴君・愚君となると思い浮かびませんね。

武烈天皇はそういう意味の極端な暴君にあたるのだろうだけど、創作説根強いしねえ。
むしろ、当時の日本人が考えた最大限の暴君があの程度という点で古代人の可愛さを感じる。

435: 山野野衾 ◆m6VSXsNcBYte 投稿日:2011/09/06(火) 23:18:12.77
>>421
>むしろ、当時の日本人が考えた最大限の暴君があの程度という点で古代人の可愛さを感じる。

悪行=爪を剥いだ手で山芋を掘らせるというのがありましたが、熱した銅の柱など
用意出来ない、当時の日本の文明度を端的に表した話だと思います。
ある程度文明が発達していないと、猟奇的かつ大規模な暴政も出来ない。

425: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/06(火) 02:15:55.63
足利義教が一番暴君らしい人物。

426: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/06(火) 06:53:04.96
単に政教分離・関東平定しようとしただけじゃね?
一応幕府の権力は義教で回復させてるから暴君って訳でもないだろ
北条時政の方がひどくね?

435: 山野野衾 ◆m6VSXsNcBYte 投稿日:2011/09/06(火) 23:18:12.77
>>426
信長もそうですが、近代的な意味での「政教分離」は考えていなかったと思います。
義教は評価出来ない訳ではありませんが、目的第一の暴君ではあったでしょう。

目的・理想の為に人を泣かせたという点では、俗信の信仰施設を破却させた徳川光圀、
神仏分離をいち早く実行した徳川斉昭、仏教を弾圧した儒教馬鹿の池田光政あたりが
日本のプチ暴君。とはいえ、やはりスケールが小さいですね。
光圀は、個人的に二人殺していますが、逆に言えばその程度。
池田光政が、縛り上げた僧侶の口に無理矢理魚肉を突っ込ませて「お前は生臭物を口
にしたから僧侶失格」と次々強制還俗させたのは、暴君臭がしますが。

暴君といっても、単なる快楽思考と、理念や理想に従う人がいますからね。
イワン雷帝には変に信心深い所がありましたし、キリスト教倫理で融通がきかなかっ
たという面では、マリア・テレジアにだって暴君要素はある。

436: 山野野衾 ◆m6VSXsNcBYte 投稿日:2011/09/06(火) 23:23:46.69
儒教馬鹿で仏教弾圧という点では、保科正之にもそういう傾向がありましたからね。
同時代の三人(光圀・光政・正之)を指して「三名君」と呼ぶ場合がありますが、
悪い冗談というか、人の評価の難しさを感じさせられます。
(この中では、淫祀以外は認めて、晩年は禅宗に帰依していた光圀が一番穏健派か)
実際、功績があった面も否定出来ませんし。
暴政も善政も、同じ理念から生じている。

428: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/06(火) 11:45:18.60

◎強欲保身タイプ:自分の利益や保身の為なら、汚職から売国まで無節操になんでもやるタイプ

◎狂人タイプ:先天的にしろ後天的にしろ、精神的に狂っていたり壊れていて、とんでもない事をしでかすタイプ

◎無能タイプ:ただ何もできないだけならまだしも、打つ政策が悉くマイナス方向にばかり作用するので性質が悪いタイプ

◎強引タイプ:自分の意思や政策を通す為ならどんな強引な手を使っても押し通そうとするタイプ

ここで、最後の強引タイプは更に次の様な広がりがあるかと

・劇薬タイプ:方向性自体は間違ってないものの手段が強引すぎたり、
        後世には良い結果を残すものの、同時代人からは反発された政策を押し通したタイプ
        始皇帝の諸政策、信長の叡山焼き討ち、綱吉の生類憐みの令などがこれに当てはまる
・理想倒れタイプ:考え方が古い、時代に逆行してる、有力層や多数派のニーズを無視してる、
           等々の現実に適応しない政策をゴリ押しするタイプ
           後醍醐天皇の建武の新政、ウィーン会議、諸々の共産主義革命・政策などがこれに当てはまる
・暴君タイプ:単純に統治者の意に沿わないという理由だけで、数多の者達を徹底的に排除・弾圧してきたタイプ

429: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/06(火) 12:10:35.31
>>428
ヒットラー伍長殿はフルコンプだなw

437: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/06(火) 23:50:23.00
ブラジルのヴァルガス大統領って結局どんな評価なの?
WW2を無事に過ごしたことだけでも名大統領かもしれんけど
つねにポピュリストの評価がつきまとうし
最後に自殺して自らを聖人化したのも、その後のブラジル政界に暗い影を落とした。

220px-Getulio_Vargas_(1930)


ジェトゥリオ・ドルネレス・ヴァルガス

ジェトゥリオ・ドルネレス・ヴァルガス(1882年4月19日 − 1954年8月24日)は、ブラジルの政治家。1930年から1945年までの間と、1951年から1954年までの間にブラジル大統領を務めた。

1930年の大統領選挙で敗れるが、当時の政治腐敗などの不満を背景に、軍事クーデタを成功させて政権を掌握した。統一国家の建設を目標にサンパウロの反乱を鎮圧し、1934年に議会から認められて正式に大統領の座についた。中央集権的でファッショ色の強い新憲法を制定し、イデオロギーの国家統一を口実に共産党の反乱を鎮圧した。
ヴァルガスの独裁は第二次世界大戦中も続くが、終戦後の1945年10月末に軍事クーデタが起こり失脚した。しかし同じ年のうちに上院議員に選出された。

1951年には、ヴァルガスはかつてのような軍事クーデタでなく、ブラジル史上初の民主的選挙によって大統領に就任した。その際、都市プロレタリアートや左翼からの支持を集めるため、その政治姿勢はかつてより左傾化しており、このために第二次ヴァルガス政権と、以降1964年までの諸政権の時代をポプリズモ時代と呼ぶ。

政権末期は国民解放党(共産党)に接近した。1954年にはこれに反発を抱いたアメリカ合衆国から独裁政治を糾弾される。また、反大統領の姿勢をとるジャーナリスト暗殺計画などへの関与も疑われ、ヴァルガスへの退陣要求が強まった。こうした中、1954年8月25日にヴァルガスはピストル自殺を遂げた。



438: オツガイ ◆EAbyJft1LY 投稿日:2011/09/06(火) 23:56:24.46
>>437
確かにヴァルガスは人によって評価が分かれるタイプだけど、
何だかんだ言ってブラジル内での人気は今でも割りと高いよ。
ブラジルに限らずラテンアメリカじゃポピュリストは人気あるね。

441: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/07(水) 10:36:47.17
ヴァルガスもクーデターで大統領職についたり反体制派を暗殺したり黒い部分はあるじゃん。

457: オツガイ ◆EAbyJft1LY 投稿日:2011/09/07(水) 23:23:58.98
>>441
まぁ独裁者だったからね。暗い部分があるのは当然だろうね。
ていうより、全く暗い部分のない統治者なんて少ないだろうし。
とは言え彼のやった政策はそれなりに評価できる部分もある。
人によって評価は分かれるし、ブラジル人も手放しで褒めてる、
訳じゃないけど、ブラジルの大統領の中じゃ人気あるほうかな。
無能ではなかったと思うけど個人的には他の独裁者と比べて、
人間的魅力というかカリスマ性が少し欠ける気もするんだよね。
僕自身はペロンみたいなタイプのほうが魅力を感じるからなぁ。

442: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/07(水) 11:16:35.12
ブラジルで言うならクビチェックも経済混乱やら招いた意味ではこのスレに沿った人物だろうね。


200px-Juscelino


ジュセリーノ・クビチェック

ジュセリーノ・クビチェック・デ・オリヴェイラ(1902年9月12日 - 1976年8月22日)は、ブラジルの政治家で、元ブラジル連邦共和国大統領。

積極的な外資導入などにより日本やアメリカなど諸外国での評価は高かったものの、ブラジリア建設と遷都などの強引な手法、そして経済的な混乱を招いたことに対してブラジル国内では賛否が大きく分かれた。


457: オツガイ ◆EAbyJft1LY 投稿日:2011/09/07(水) 23:23:58.98
>>442
クビチェックもヴァルガスな並みにブラジルじゃ賛否両論ある、
人物だからね。ブラジルの近代化に一定の貢献はしてたけど、
その一方で経済的な混乱を引き起こすはめになった訳だしね。

458: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/08(木) 00:08:55.83
ブラジルは帝政期の暗君の方が酷い気がする

460: オツガイ ◆EAbyJft1LY 投稿日:2011/09/08(木) 01:14:20.27
>>458
まぁ、確かにペドロ1世は微妙だったけどペドロ2世は、
それなりに有能だったからブラジルじゃ今でも割りと、
敬われてるらしいよ。帝政時代のブラジルって皇帝、
2人しかいないし、ペドロ1世も何だかんだ言ったって、
一応、ブラジル独立の父だからね。まぁその割りには、
あまり微妙な評価しか聞かない気もしなくはないけど。
でもペドロ2世のほうはそんなに悪くない君主だったね。

462: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/08(木) 13:15:27.12
>>460
徳島文理大学の八幡和郎教授は、ブラジルの帝政を「南米ポルトガル語圏の統一を守った」と高く評価してる。

ポルトガルに帰らずにブラジル皇帝になっただけでも、ペドロ1世には功績があるのではないかな。

466: オツガイ ◆EAbyJft1LY 投稿日:2011/09/08(木) 17:01:48.45
>>462
まぁ、確かに度重なる地方での反乱があったのにも関わらず、
ブラジルが分裂しなかったのはブラジル皇帝による求心力が、
一因となってるしね。その点では、ペドロ1世も評価できるかな。
ブラジルを独立させ統一を守ったという点じゃ暗君ではないか。
ペドロ1世がブラジルを追い出された原因はシスプラチナ州の、
喪失が大きいからね。それ以外は近代的人物で悪くはないね。
ただ夫婦問題に関しては当時からすでに悪評が多かったけど。

484: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/08(木) 20:37:55.78
そういやハイチのデュヴァリエ親子はまだ未出?

あと小物だがリベリアのテーラー元大統領。

200px-Duvalier_(cropped)


フランソワ・デュヴァリエ

フランソワ・デュヴァリエ(1907年4月14日 - 1971年4月21日)はハイチの大統領。大統領就任以前は疫病への取り組みを通じて高い評価を得たことで、「パパ・ドク」という愛称で呼ばれた。

しかし就任後は独裁色を強め、政敵を粛清し、軍を弱体化させた。個人崇拝や、トントン・マクートと呼ばれた地方を基盤とする民兵組織や、ブードゥー教を利用した圧政を敷いたことにより、およそ3万人のハイチ人が死亡したといわれ、それを逃れて亡命した知識人たちがハイチには戻ることはなかった。

1964年から終身大統領となり、また息子のジャン=クロードにその地位を引き継がせた。



520: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/10(土) 07:26:19.56
ホラズムのアラーウッディーン
ビルマ王朝のパジードー
とくにパジードーはイギリスにベンガル割譲を迫って攻撃しかけるなんて馬鹿すぎる

524: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/10(土) 08:42:06.28
ナイマン部のクチュルクとかどうだろう
よくある宗教政策の失敗だが、世界史上の影響は大きかった


クチュルク

クチュルクは、モンゴル高原東部の遊牧集団ナイマン部の王族。西遼(カラ・キタイ)の第4代皇帝。

即位後、西遼以前に中央アジアを支配していたカラ・ハン朝の残部が西遼の宗主権下で存続していたタリム盆地南部のホータン、カシュガルを次々に征服し、中央アジアに勢力を広げた。また、契丹人貴族の支持を得るために、妻の影響も受けてナイマンの旧来の信仰であるネストリウス派キリスト教から仏教に改宗した。しかし熱心な仏教徒となってイスラム教を弾圧したため、領内の住民の大多数を占めるムスリムのクチュルクに対する反感が強まった。

このため、1218年にモンゴル帝国の将軍ジェベが率いる部隊が到来すると、領内のムスリムは雪崩を打ってモンゴルに従い、クチュルクの勢力は壊滅した。



525: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/10(土) 16:52:06.09
>>524
領土を広げたまでは良かったがな。ただ、あの当時、誰が君主でも勢いに乗るモンゴル軍は倒せなかっただろうね。

666: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/29(木) 14:55:10.62
>>525
それはそうだけど
イスラム弾圧で領民敵に回してなきゃあれほどあっさりやられることもなかったかと

530: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/10(土) 21:16:41.71
暗君だったら後漢の章帝だろう
儒教の狂信者で後の中国ダメにした張本人

534: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/11(日) 00:19:22.34
>>530
何か失政あったか?

548: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/11(日) 04:33:04.37
>>534
外戚の好き勝手させて周辺諸国の反感買ってボロボロ
国内政策も皆無、んで国内も国境も酷い状況で封禅
あげくに皇后の一族にクーデター起こされかける
やったことは儒教の学術会議ぐらい?ってぐらい酷い

531: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/10(土) 22:55:58.46
やっぱり「てい」とすら読んでもらえない煬帝はすごいな。
これから隆盛にむかっておかしくない帝国を一気に滅亡させちまった。

535: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/11(日) 00:29:09.34
司馬炎の後半生はいかがでしょうか。
ガイシュツかな?

539: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/11(日) 03:34:15.42
>>535
最初は名君だったが、治世の後半で節を失う君主ってカテゴリーはあるよね。
唐の玄宗とか、インドだとシャージャハーンとか。
乾隆帝も若干、その嫌いがある。
徳川綱吉もそうかな。

543: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/11(日) 03:44:47.90
とんでもない暗君でありながら、長い治世を反乱もされずに、平和に過ごして逃げ延びた、
っていう、本人にとっては幸福な、世の中にとっては不幸な例。

っていうとやっぱり、圧倒的に万歴帝か?

546: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/11(日) 03:55:11.04
>>543
日本だと足利義政が近いが、逃げ延びたとは言い難い。
やっぱり暗君が長く続くと、何か問題が出て廃位されるとか、なるよね。

宰相級に有能なのがいれば、あり得るかも。
例は最盛期を過ぎたオスマン朝にあると思う。

555: 山野野衾 ◆m6VSXsNcBYte 投稿日:2011/09/11(日) 10:35:55.71
>>546
万暦帝も義政も、初期はやる気があった様ですよ。
ただ周囲がそれを聞いてくれず、聞かせるほどの強制力も持てなかったので
政務への関心を失わざるを得なかった。

554: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/11(日) 10:35:46.91
>>543に相当するのは、フランスで言えばルイ15世かな。
これも結果論だが。

547: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/11(日) 04:02:54.88
奴隷市場から女を買い漁って値段を高騰させたという
ムラト3世か

553: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/11(日) 10:01:00.37
ニコライ2世の評価はやはり暗君になるんだろうねぇ。
亡国の君主でもあるし、変な坊主にいれあげてるし。

554: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/11(日) 10:35:46.91
>>553
ルイ16世もそうだが、本人のやりよう次第では殺されずに済んだしね。

555: 山野野衾 ◆m6VSXsNcBYte 投稿日:2011/09/11(日) 10:35:55.71
>>553
人格的にはそこまで悪くは無かった様ですが。
判断を誤ったのと、皇帝になった時代が悪かった。

556: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/11(日) 16:12:45.79
>>553
ニコライ2世の失敗は絶対王政にこだわったことだろう。
立憲君主制に移行していれば良かったと思う。まあ、ロシア
の場合、真の不幸はバカなナロードニキどもだがね。奴等が
いなければ、あそこまで滅茶苦茶にはなっていなかった。

ルイ16世は崇禎帝に似ていると思う。アメリカ独立戦争は
久々のフランスにとっての得点になったしね。

558: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/11(日) 20:15:22.85
ニコライ2世よりもっと暗君チックな同時代のヴィルヘルム2世が生き残ってる点
ニコライ2世は色々と不幸が重なっただけなように感じる。
確かに変な坊主に肩入れしたけど、ようやく生まれた男子が先天性難病抱えてるって常人だったら宗教に入れ込んでもおかしくない。
思想が保守的過ぎたのは痛かったけど日露戦争の対日交渉や後処理などそれなりの能力はあったと思うけどな。

559: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/11(日) 23:09:14.41
とはいえ、20年以上帝位にあって、一貫して専制君主として
民衆を抑え込もうと高圧的な政策をとってるよな。ニコライ2世。

血の日曜日事件にしてもそうだし、民衆の圧力にまけて国会開設認めても
気に入らなければすぐ解散させちちゃうし。

さらにラスプーチンの妖言信じて前線司令官を更迭したりもしてる。

これって暗君・暴君の典型じゃね?
まぁ正教では列聖してるらしいが。

561: 山野野衾 ◆m6VSXsNcBYte 投稿日:2011/09/12(月) 00:26:12.42
>一貫して専制君主として
>民衆を抑え込もうと高圧的な政策をとってるよな。
>気に入らなければすぐ解散させちちゃうし。

これはもう、ロシアだからという気も。
ニコライ2世という男の前も後も、大概似た様な感じではありませんか。
失敗する様な行動であったのは間違いありませんが。

568: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/13(火) 00:08:26.73
どう見ても暗君だけど、憎めない、
人気のある暗君っていうのもいるね。
最も良い例は、南唐後主・李煜だと思うが、他にもいると思う。


李 煜

李 煜(り いく)は、十国南唐(江南)の第3代(最後)の国主。後主とよばれる。君主としての政治的能力はほとんどなく、それよりも文学的・芸術的な才能のほうがはるかに優れていた。

内政では貨幣に鉄銭を導入して経済を混乱させ、重用する韓熙載などの臣下に任せきりであった。国力が衰えてきたとはいえ江南の豊かな経済力を背景に、自身の詞や数々の逸話で知られるような文芸活動と絢爛豪華な宮廷生活を続けていった。

569: オツガイ ◆EAbyJft1LY 投稿日:2011/09/13(火) 00:15:21.03
>>568
そういう例だと僕はムガル帝国のフマーユーンが真っ先に思い浮かぶ。
どう頑張っても擁護不可能な無能君主だけどなんか憎めないんだよね。
性格や生き様が可愛らしい感じがするからね。彼は無能ではあったけど、
決して暴君ではなかったしそれなりに文化的なところもあったしね。まぁ、
でも一度ムガル帝国を滅ぼしたぐらいだし有能じゃないのは確かだけど。
後、失礼かも知れないけど彼の最期の死に方はちょっと笑える。

570: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/13(火) 00:21:56.46
同じ文化的暗君でも、徽宗はいただけない
どこが違うのかって言われると、説明に困るんだけど

573: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/13(火) 00:33:29.61
>>570
蔡京や童貫みたいのを重用したのがいけなかったんじゃね?

571: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/13(火) 00:26:47.70
フマーユーンは、墓地が観光名所になるくらい、愛されていた(いる)からねえ。
やっぱり人柄なんだろうけど、次代のアクバルで大発展を遂げたっていうのも
事後的には、大きいと思う。

576: オツガイ ◆EAbyJft1LY 投稿日:2011/09/13(火) 00:38:50.73
>>571
フマーユーンはムガル帝国を復活させた後に間抜けな理由で、
すぐに死んで、アクバルにバトンタッチ出来たから、そこだけは、
ファインプレーだったかも知れないね。もしあのまま彼の治世が、
長引いてたら、またスール朝あたりにやられそうな気がするから、
名君のアクバルがその後に続いてムガル帝国を発展させたのは、
確かに良かった。だからフマーユーンの悪評はあまり聞かないのかな。

582: Ryuju ◆RlujhF6VrA 投稿日:2011/09/13(火) 12:23:32.96
>>571

世襲的君主だと、後継者がまともかどうかで評価決まる部分が結構あると思う。
初代プロイセン国王のフリードリヒ一世なんか
フランスの真似して財政ガタガタにした「文化的暗君」に属する人間なんだけど
子供が軍人王で財政切り詰めて建て直して
孫が大王と呼ばれるまでになったもんだから全然目立たない。
むしろ「血を流さずに交渉で国王になれて、国土や臣民の一体感を強めた」と評価されてる。

極端な話、カエサルだって死後の内戦で共和派が勝ってたら
どういう評価受けてたか分からんし。
そういう意味で後継者選びは大事だと思う。

587: オツガイ ◆EAbyJft1LY 投稿日:2011/09/13(火) 17:08:29.10
>>582
ビザンツ帝国のバシレイオス2世は名君と評されることが多いし、
実際名君だったと思うけど後継者に関して言えば微妙だったね。
結局この後のビザンツではゾエという皇女を中心にして貴族が、
権力争いをするようになったから、コムネノス朝が誕生するまで、
国内が混乱するはめになってしまった。これと似たようなのだと、
有名なスレイマン1世も後継者のセリム2世はただの大酒飲みで、
無能だったね。まぁこっちのほうはソコルル・メフメト・パシャという、
名宰相が彼を補佐したからそこまでひどくはならなかったけどね。

583: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/13(火) 13:01:59.04
アウラングゼーブはムガール帝国を弱体化させた暗君だと思うし、インド人も大概同意してくれる。
ところがパキスタン人に言わせると、彼こそが偉大な帝王なんだそうだ。

見る人によって、歴史は異なるね。

604: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/21(水) 20:21:34.98
アルバニアを統率していたスターリン主義の大統領ってだれだっけ?
鎖国していたやつ

606: オツガイ ◆EAbyJft1LY 投稿日:2011/09/21(水) 20:59:33.01
ホッジャは本当に何がしたかったのか良く分からない人だったなぁ。
まぁ、ある意味で自分の思想(スターリン主義)を最後まで貫いたと、
言えるのかな。変に自分の思想に拘ったせいで鎖国しちゃったけど。


200px-HODŽA_druhá_míza


エンヴェル・ホッジャ

エンヴェル・ホッジャ(1908年10月16日 - 1985年4月11日)は、アルバニアの政治家、共産主義者。アルバニア労働党第一書記、1944年から1954年まで同国の首相を務めた。

ホッジャ政権下のアルバニアはスターリン主義(ホッジャ主義)への固執からヨーロッパに於いて孤立し、半封建的国家として産業化を推し進めた。


612: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/23(金) 10:42:48.17
自国民や他国民を虐殺した指導者全部

ナポレオン、ヒトラー、スターリン、毛沢東、ポル・ポト、フセイン、アミン、ミロシェビッチ、トルーマン、オサマビンラディン、バシル、金正日
多すぎて書くの面倒

615: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/23(金) 16:50:49.90
イギリスで一番の暗君はジョン?
フランスはシャルル6世?

619: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/23(金) 19:14:37.25
>>615
暗君といえば反動政治で革命起こしたシャルル10世だろ。

三色旗が嫌だというだけで王政復古をおじゃんにしたアンリ5世も馬鹿さ加減は似たような感じだが。馬鹿親子だな。

617: 山野野衾 ◆m6VSXsNcBYte 投稿日:2011/09/23(金) 18:14:53.04
ジョンよりメアリ1世の方が酷いと思いますし、リチャード1世も結構な事をしている気が。
下手を打ったという点では、君主だが女王ではないマチルダとか。

620: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/23(金) 19:42:31.96
ここは、時流に乗ったつもりが終りを良くしなかったナポレオン三世……かな。
どうしてああなった…エムス誤報事件

623: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/23(金) 20:12:25.60
有能だったのに年取ってダメダメになったパターンは?

デヴァレラとかか?まぁあいつは最初からダメダメだった気もするけど。

640: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/24(土) 17:15:01.20
>>623
ネロやイヴァン雷帝も入るかな

624: 山野野衾 ◆m6VSXsNcBYte 投稿日:2011/09/23(金) 20:40:09.92
梁の武帝が典型でしょうね。
とはいえ、あの人も侯景の乱かそれに類することがなければ普通に文化の発展
した国の君主として終わっていた気も致しますが。
単に無能なだけなら晩年の彼以上、だが平和・安定ゆえに酷い目に遭わずに済
んだという君主は、もっと多いでしょう。

626: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/23(金) 20:48:20.68
623-624
唐の玄宗もそうじゃないかな。

641: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/24(土) 20:07:04.33
逆に最初ひどかったけど年取るごとに成長して、最終的に名君になったのもいる
アショカ王、徳川家康

まあ例としては稀だけどね

643: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/25(日) 00:00:41.17
まあ古代は暗君の宝庫だよなw

ローマ皇帝だったらカリグラ、晩年のネロ、マルクス・アウレリウス・アントニヌスの息子コモドゥスは鉄板でしょ

あと暗君ではないけど、フランク国王カール大帝と再婚話があがったビザンツ帝国初の女帝イレーネはグロい。実の息子の皇帝コンスタンティノス6世の目をえぐって追放してから、皇帝に即位してる。

中国歴代王朝も腐るほどいるけど、有名なところで、紂王、煬帝、海陵王、徽宗、晩年の万暦帝、袁世凱、毛沢東ってとこかな。

逆に則天武后とか悪く言われ過ぎw
国を乗っ取った女禍のイメージがあるが、逆だね。結構農民たちに善政をしいてたみたいだし、宋代の殿試の先駆けとなる制挙の実施とか、仏教保護とか、意外といろいろやってる。彼女が全国につくらせた大雲寺は日本の奈良時代の国分寺のモデルにもなってる。

666: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/29(木) 14:55:10.62
>>643
中国の場合、史家が儒者であるのも問題だよ
あの光武帝すら「士大夫を肉刑に処す暴君」なんてとんでもない言いがかり
つけられてるくらいだw



655: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/26(月) 03:07:38.95
>>643
ローマ帝国最高(最低?)の暗君を一人選べって言われたら
ネロよりもカリグラよりも、ヘリオガバルスだろう

666: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/29(木) 14:55:10.62
>>655
在位の短さとから皇帝権力の低下から「被害」は少ないけどね

666: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/29(木) 14:55:10.62
>>643
中国の場合、史家が儒者であるのも問題だよ
あの光武帝すら「士大夫を肉刑に処す暴君」なんてとんでもない言いがかり
つけられてるくらいだw

645: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/25(日) 09:44:33.84
紂王の悪行は反逆を起こした周のプロパガンダだろう
外征のスキを狙われて城を落とされただけ

揚帝は暗君ではないが、政治のセンスがないとしか言えない

646: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/25(日) 12:49:35.37
煬帝は行動力のある無能ってかんじだな
王莽と同類

647: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/25(日) 19:08:58.84
行動力のある無能なら正徳帝だな。

648: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/25(日) 19:51:08.67
ジャン2世やルイ9世も行動力のある無能って感じ。

653: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/25(日) 23:58:42.96
>>648
ルイ9世って無能かな?十字軍以外の政治軍事活動では大きなヘマはないと思ったけど

656: 世界@名無史さん 投稿日:2011/09/26(月) 19:39:18.17
>>653
まさに2回の十字軍が問題。
1回ボロ負けしてんだからもう一度やるな。
それと善人気取りでイングランドのガスコーニュ領有を認めたせいで英仏100年戦争の遠因を作るし。


引用元: ・【皇帝国王】世界史上の愚かな統治者【大統領首相】







東ハト 帰ってきた暴君ハバネロ 56g×12袋
東ハト
売り上げランキング: 1,122