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1: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/05/06(土) 20:03:23 ID:Uif07EKK0
日本が、過ち始めたと思う時期を教えてくださいな。
説明も!








4: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/05/06(土) 20:29:50 ID:Uif07EKK0
私、主は石原莞爾が、申された。ペリー来航からかと思うのですが。

5: 無色庵 投稿日:2006/05/06(土) 20:31:13 ID:oMEzuvsm0
満州事変をお咎めなしにしたことでしょう。
外国と勝手に戦争を始めたのに、関係者を処分しないから、後に現地軍が
中央の命令を無視して、独断専行をするきっかけになったと思います。

6: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/05/06(土) 20:31:47 ID:Xad1wHEY0
日本海海戦がぼろ勝ちすぎたのだろう
連合艦隊も半数ぐらい沈んだのなら日本人も戦争をなめない

10: えICBM 投稿日:2006/05/06(土) 22:24:23 ID:p7YLkVdv0
第一次世界大戦に本気で参加しなかったことだろう。
地理的に難しくはあるが、大西洋をはさんだアメリカも参加しているから理由にはなりにくい。
この大戦に参加しなかったために、第一次世界大戦で決定的に変化した国際関係を読めなくなる。
また、列強不在の大陸で漁夫の利を漁りまくるという悪い癖を覚えたのも痛い。

11: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/05/07(日) 05:37:50 ID:OEvQssM70
軍閥のトップに立つ山縣と、政党政治のトップに立つ原敬。強い影響力を
持つ二人が、ほぼ同時期に亡くなったのは痛かったね。
特に原は、軍人経験がないのに海軍大臣になったりして山縣の死後、軍を
政治の元に置く動きをしてたのに、自分が先に殺されちゃった。
敵を作りすぎたから遅かれ早かれ、いずれは殺されてそうだけど、せめて
後1,2年は生きてて欲しかったなぁ

12: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/05/07(日) 06:33:46 ID:rUoGqhrV0
国内事情:二二六事件とその後の廣田内閣の軍部大臣現役武官制。
対外事情:アメリカ、イギリスなどのブロック経済化

13: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/05/07(日) 21:08:33 ID:5ddcDcwZ0
やはり、鉄道王ハリマンとの提携を断ったからだろう。
あれ以来、アメリカとの仲が悪くなり、日英同盟も米の画策した四カ国同盟
により消滅。シナの特殊権益や、満州のことなど、日本のすることは何にでも
反対するようになった。

14: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/05/07(日) 21:56:27 ID:GxQC3e6a0
高橋是清の暗殺じゃネーノ?
あれでユダヤとのコネクションが切れたもんな。

以降はWASPをはじめとした勢力に揺さぶり続けられるだけの日本だよ。
その弊害は現在においても続いている。

16: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/05/08(月) 07:25:53 ID:ks7Od+AYO
日本の悲劇は明治維新から始まった。明治以降軍国の道を歩みはじめた日本。

23: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/05/08(月) 21:57:39 ID:03xFY7Fz0
>>16
大正という明るい時代があったことを忘れてはいけない

18: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/05/08(月) 10:20:08 ID:dgg5b7vl0
小村寿太郎の存在

①ポーツマス条約における小村寿太郎による外交の失敗が大きい
日露戦争の戦費は当時の日本の4年分の国家予算に相当するものだったのだが
結局これを請求することができなかった、またそれに見合うものも獲得できなかった
戦争には勝ったが、肝心の条約締結の段階で大敗を喫してしまった

②米国との満州鉄道共同経営は予備協定を結ぶまでの段階になっていたが
 小村寿太郎の猛烈な抗議にあい、破棄することとなる。 ①での
 条約締結時の大敗が大きく尾を引いている。
 

とはいっても彼は官僚時代には不平等条約の解消に尽力した人物の1人でもあったわけだから
責める気にもなれないんだよな・・・
外務大臣としての小村寿太郎の存在としておいたほうがいいか

19: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/05/08(月) 14:20:20 ID:5CM7uufq0
小村寿太郎はポーツマス条約でロシアから領土・賠償金が取れなかったため
暴動が起こり焼き討ちされた。
その埋め合わせのためロシアと米に根回しして朝鮮を併合した
これがケチのつき始めで太平洋戦争まで突き進む
悪いのは無知な民衆と彼らに情報を与えなかった政府・軍とマスコミ

26: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/05/08(月) 22:17:22 ID:rNJQhk+j0
張作霖を現地軍が勝手に殺害
犯人を予定通り処罰できず、天皇をも激怒させる
後の軍部独走(満州事変等)の要因にも

27: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/05/08(月) 22:22:51 ID:rNJQhk+j0
憲法制定時にも懸念材料を残した
首相が軍部の意に沿わない決断をして、統帥権干犯と糾弾される羽目に
軍部大臣現役武官制等と共に、軍部へのコントロールが困難になっていく

31: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/05/08(月) 23:54:48 ID:xyRi6kTf0
満州を中国に返還しなかったのは間違いだったな。
リットン調査団は日本に形だけでも帰しとけと言ったわけだし・・・
別に本当の意味で返還する訳ではないんだから
ここは形だけでも返還するべきだったんだよ。

41: 日本@名無史さん 投稿日:2006/05/10(水) 00:47:59 ID:SHFn45tD0
世界と協同歩調を取らず、独自路線を目指して結局、孤立化してしまった。
つまりは世事に疎いくせに、天狗になってたんだな。これが最大の過ち。

44: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/05/10(水) 03:04:04 ID:TeAG2HYLO
1925年に実現した普通選挙。
これによりパーチクリンな国民の声が
法的に政治的意思決定に影響することになったことが
悲劇の始まりであった。
まさに、日本にとって、暴走・崩壊への片道切符であった。

46: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/05/10(水) 08:48:23 ID:i3fndtbzO
集団無責任政治

非常時に耐えれるものじゃないと

56: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/05/10(水) 22:06:48 ID:TeAG2HYLO
あれだけ国民の反発を招きながらも
国家主導で急激な近代化を図ったにも関わらず、
人件費の安さを武器にアメリカで粗悪品を売り捌き
ドルを日本に垂れ流しこむという産業構造から
脱却する前に世界恐慌→アメリカの市場閉鎖が
発生してしまったことが運の尽き。

それでも、明治のように国の舵とりが有志専制に委ねられていれば
冷静な国家運営を図ることができただろうに、
不幸なことに大正デモクラシーを機に
国民の政治参加意識は高揚しており、
またそれを国政に反映する普通選挙も実現されており、
法的には議会を、感情的には軍部を媒介にして、
藩閥排除後急速に腐敗の度合いを深めていた政府を
民意が機能不全に至らしめることになった。

姿の見えない抽象的な国民および軍部という
巨大なプレッシャーの前に、為政者は一切の弱腰な選択肢を奪われ、
ひたすら威勢のいいスローガンを振り回して
国民の鬱憤を対外拡張に向ける他に方法はなかった。

61: 連合艦隊 投稿日:2006/05/11(木) 19:53:07 ID:m8sB723g0
日本の不幸、20世紀人類の不幸はソビエト共産主義とアメリカ民主
主義という人類の2大災厄に原因がある。日本はアメリカやソビエト
ロシアみたいに自分のイデオロギーを押し付けて、真の目的は国土や
資源の侵略、国の乗っ取りということは考えたことすら無かった。

62: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/05/11(木) 19:58:32 ID:/RQ91XAZ0
>>61
>ロシアみたいに自分のイデオロギーを押し付け

八紘一宇、五族共和
とか言いながら満州のような傀儡国家(重要ポストは日本占め)
を建てたりしたんだろ

>資源の侵略、国の乗っ取りということは考えたことすら無かった。

インドネシアの様な資源豊富な場所は直轄領とされ
独立も認めなかったが

72: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/05/12(金) 11:25:33 ID:BjWHeJ0F0
第一次大戦後、産業構造のレベルを欧米並みに引き上げることを怠ったのが大失敗


重要工業助成ノ方策ニ関スル件
     昭和2年2月26日 閣議決定
 刻下内外ノ情勢ニ鑑ミ国運ノ伸張ヲ図ルカ為ニハ産業ノ振興ヲ策スルノ必要今日ヨリ
急ナルハナシ然ルニ我国工業発達ノ迹ヲ見ルニ之ヲ欧米ノ工業先進国ニ比シテ
年月尚浅ク国家ノ存立及一般産業ノ発展ニ直接重大ナル関係ヲ有スル工業ニシテ
未タ其ノ確立ヲ見サルモノ少カラス国際経済競争場裡ニ列国ト伍シテ能ク憾ナキヲ
期スルカ為ニハ之等重要工業ニ付テハ自然ノ発達ニ委スルコトナク之カ保護助長ノ
方策ヲ講スルコト極メテ緊切ナリ依テ国防、軍事上ノ必要ニ出ツル工業、
一般工業発達ノ基礎ヲ為ス工業又ハ国民経済ノ消長ニ深甚ノ関係ヲ有スル
工業ニシテ国内ニ於テ未タ存在セサルカ又ハ僅ニ発達ノ萌芽ヲ蔵スルニ
過キサルモノニ就キ之カ確立ヲ助成スル為必要ナル財政上ノ援助ヲ与フルハ
最適切且有効ナリト認ム而シテ此種工業ニ属スル曹達灰、アルミニューム、
人造藍、硫酸アムモニア、工作機械、精密機械銅鉱濕式製錬其ノ他ノ諸工業ニ付
之カ成立ノ方策ヲ考究セムトス
其ノ具体的方策ニ付テハ大蔵当局ト協議ヲ遂クルコトトシ其ノ成案ヲ得タル上
之ヲ議会ニ提出スルコトヽ致度


73: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/05/12(金) 16:19:08 ID:tEACHTvE0
シベリア出兵の引き際が以後の大失敗の一原因かな
ダラダラと維持費がかさんで軍縮→民生産業育成のプロセスを妨げた

75: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/05/13(土) 02:51:30 ID:Te1ldj2A0
まずは三国同盟。

ナチと組んだのは最低の選択だった。日本の運命は決した。
今でも大日本帝国はナチスドイツと同一視されている。日本史上最悪の禍根。

さかのぼって満州事変。
満州事変や石原莞爾を誉めてる人がいるが、正気だろうか?
これは、勝った負けた、成功失敗、以前に「日本国の法律上の犯罪」。
こんなの、アメリカ、イギリス、ドイツなんかの先進国なら、
関東軍の首脳部全員、軍法会議で銃殺。
中央政府を無視して勝手に暴れる軍隊は、もはや近代国家の軍隊ではない。
関東軍も最低だが、自分のところの軍隊を制御できない日本政府はさらに最悪。
これ以後の日本政府は政府ではなくなった。

さかのぼって昭和天皇。
国家が「主権者としての天皇」を必要にしているのに、立憲君主としての天皇像に固執した。
これが昭和政治の無責任状況を生み出す。
昭和天皇が、226事件の時の峻厳な政治態度をその後も常時に取っていれば、
日本は狂わなかった。

さかのぼって明治憲法。
政治に積極的に関わる天皇や、山県や伊藤のような超法規的政治権能者である元老が
いないと、マトモに機能しない憲法はまずかった。

さかのぼって明治維新。
薩長ではなく、徳川幕府を主体にした政治体制で近代化していれば、
急成長は不可能だったが、無茶な海外進出もなかった。
インドシナの山奥で日本人が無意味に何万人も餓死するようなことはなかっただろう。

77: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/05/13(土) 05:27:04 ID:8xX0xMWZ0
戦後GHQが方向転換というか反共態度を明確にしたときに
反共教育を徹底しなかったのは拙かったのが誤りの始まり
その前には他所の国家に比べれば大きな過ちは無い

78: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/05/13(土) 08:37:04 ID:2fBjy1Zb0
>>77
>その前には他所の国家に比べれば大きな過ちは無い

政府を無視した現地軍の独走を容認なんて
他の近代国家ではあり得ない事でやばい方向に向かってしまったが

君にとっては大したこと無いんだね

84: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/05/13(土) 20:32:21 ID:c5Eg48RX0
自分の国の軍隊を制御できない政府は最悪、文明国とはいえない

確かにそうだが、いまだに軍事クーデターや軍事独裁政権は多い
70年前の日本なら仕方ないかもしれない

しかし戦争に負けて焼け野原になって外人が最高権力者として君臨したのだから失敗だろう
それでも失敗ではないというなら明治の人は何のために苦労してきたの?
あの世の伊藤・山縣・大山・東郷などは東条や近衛をほめるだろうか?

99: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/05/14(日) 18:01:46 ID:krvGCAd+0
最終的な失敗は「日米戦での敗戦」で良いんじゃないの?
で、そこに至った決定的な原因を語れば?

101: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/05/14(日) 20:11:40 ID:aZhJChi8O
海軍の戦争反対を新聞が報道すれば世論が盛り上がって開戦にいたらなかったかもね……いやそれでも陸軍はいったか

112: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/05/15(月) 23:00:33 ID:9XxL9ABi0
とりあえず満州事変は起こしちゃだめ

113: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/05/15(月) 23:09:30 ID:9cvUNGh40
ハルノートでこのままじゃジリ貧と突っ走るのではなく
冷戦まで座して待てば回路の日よりもあったりして

166: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/05/18(木) 01:44:41 ID:JyhIdxKu0
決定的だったのは三国同盟よりむしろ日中戦争が泥沼化したことじゃないの?

「どこから?」という問いならWW1で中途半端な参戦をしてしまったことだろう。
国際協調路線になった国際社会の空気が読めない要求を出しまくったあたりからだろうな。

167: 世界@名無史さん 投稿日:2006/05/18(木) 05:37:40 ID:rMbG1aBB0
>>166
とはいえ当時のアジア人が受けていた評価を考えると難しいな。
ウィルソンの「民族自決の原則」なんていうのも、当時適用されたのは白人だけだったり。
もちろん日本が「アジアの解放を目指した」うんぬんではなく、
「所詮は」東アジアの小国である日本は、弱腰になればすぐに封じ込められるわけで、利用価値がなくなれば簡単に切り捨てられただろう。

168: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/05/18(木) 06:47:09 ID:JyhIdxKu0
>>167
そういう意味でも国際社会というものをもっと正しく認識するべきだった。
移民法への異議などはともかく
21か条なんかは明らかに正当な要求を逸脱している。

WW1戦後処理からその後の日本の孤立化の下地が醸成されている。

182: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/05/19(金) 19:30:17 ID:1+mHjOW50
一次大戦が終わった時点で列強と肩並べて帝国主義終了宣言すればよかったんだよ

194: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/05/20(土) 10:10:23 ID:112FNtBAO
明治維新で明治天皇を大元帥に祭り上げ軍国になった日本
約80年は戦争一色

195: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/05/20(土) 11:04:03 ID:2dn4X+V00
>>194
それは問題じゃない。
軍事力で外国を征服するのは当時の世界ではどこの国もやっていたことだから。

199: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/05/20(土) 14:00:23 ID:+Zr3Tebn0
>>195
それもせいぜい一次大戦まででは。
その後も続けようとしたのはDQN行為

216: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/05/21(日) 01:48:32 ID:a3/ZiDpk0
>>199
第一次大戦後の似非平和主義は
イギリスやアメリカがすでに持っている広大な植民地を維持するためのものだということに気づけ。

220: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/05/21(日) 05:50:45 ID:+b2BmDaK0
>>216
同時に日本の植民地や支配地域もまた保証されていたのだが。
建前であろうと相互保証があるからこそ軍縮が可能になり、
建艦競争で潰れずに済んだ。その建前こそが日本の防衛と存続
に真に必要だったのだ。

212: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/05/21(日) 00:41:41 ID:09fOD4iJ0
日本近代史の分かれ道。
最大なのは、日露戦争の終戦処理だったと思う。
これは日本史、アジア史というより世界史を変えた。

日露戦争は実質的には日本の勝利ではない。事実上は停戦だ。
イギリスやアメリカが世界戦略として「ロシアの勝利は困る」と
思ってくれたからこその停戦。
もし何らかの理由で、イギリスアメリカが「今回はロシア勝利でもしょうがない」
と判断していたら、ロシアは戦争継続、日本は破産していた。

この日露戦争の判定負けがロシアロマノフ王朝の正当性に大きな傷を負わせ
結果としてロシア共産革命となる。
もし日露戦争がロシア勝利、または引き分けに終わっていたら、
ロシア革命はなかったか、あってもブルジョア革命で止まっていた可能性が高い。

ボルシェビキなんて革命に成功したから必然性があるように見えるが
実際にはとても国民大多数の支持なんか無可能な異常な過激派。
凄まじい幸運の連発で政権を取っただけ。

中国共産党が政権を取れたのは、日本のシナ事変のお陰、と言われるが、
ロシア共産党が成功したのも、日本の日露戦争のお陰、なのだ。

日露戦争が痛み分けの停戦、ロシア優勢のまま終戦、となっていれば、
明治政府は、政治的にも経済的にも軍事的にも大きく傷つく。
陸海軍の政治勢力は後退し、その後の横暴は起こらなくなる。
自由民権派は勢いづき議会中心の政治体制が早く進む。明治デモクラシー。
戦時公債を返すためにも経済中心の社会体制に。
朝鮮や中国に手を出す余裕はなく、大陸にのめりこんで沈没した昭和の悲劇はない
大陸から離れ、海洋国家としての貿易立国が早く進んだだろう。

朝鮮はロシアの勢力化に入る。
白人に事大するのはそんなに屈辱でもなく、案外うまくいくのではないか。

234: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/05/23(火) 05:45:03 ID:1nn7oz+N0
日露戦争は大勝利ではなく痛み分け
あれ以上の継続には耐えられなかった
しかし弱みを見せると危険なので大勝利を強調
一般国民はそれを信じ、過剰な自信を持ってしまった

243: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/05/25(木) 16:13:19 ID:unN1pipT0
日韓併合で、調子づいた。
その後、満蒙は生命線とか思い込んだのがアウチ

244: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/05/25(木) 16:59:04 ID:+IXnKGjY0
日韓併合なんて調子付くほどのことでもないだろ
国際的にも非難されてないし
満州事変も日本の既得権益を認めさせるのが目的なら
やり方はまずいが方向性としては理解できる
問題はそこから拡大方針に走ったことだろうな
中国全土を支配できると思ったことが「調子づいた」
つーか目の前にソビエトがいるのに何がしたかったんだか

245: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/05/25(木) 22:45:48 ID:ZKw0pkpW0
過ちなんて、日独伊三国同盟に決まってるだろ。
日独は良いが伊は明らかに過ちだろう。

日米戦の敗戦の原因となった事象を過ちとするならね。

246: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/05/25(木) 23:21:04 ID:/ekLMHmt0
俺は皇道派が陸軍内で力を失ったのが決定的だったと思う。
これにより、対中一撃論を唱える統制派が陸軍内の権力を握ることになった。
また、満州についての考えも両者は大きく違う。
皇道派はあくまでソ連に対する防壁と考えていたが、統制派は大陸進出の足がかりと考えていた。
そして結果は、皇道派の危惧通り、泥沼にはまり英米の介入を招いてしまった。

248: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/05/26(金) 00:02:49 ID:5bmYcDN80
満州事変は、関東軍独走という内部統制面の問題で見られることが多いが
外交的に見ると、念願の日本の特殊権益の国際的承認を引き出した@リットン報告書
という点だけはなかなか優れた策だった
ただ、それだけではもう満足出来なくなっていたのもまた関東軍だが

250: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/05/26(金) 11:13:03 ID:zK5k2s0e0
リットン調査団の国連勧告をたとえ口先だけでも受け入れていれば歴史は変わっていただろうね
中国の抗議や第三国の介入ではなく国際機関の勧告だから従っても不名誉ではない
むしろ国際連盟の権威を高めることにもなる

251: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/05/26(金) 11:39:52 ID:SUilh9pN0
>>250
同意。
日本自身も常任理事国なんだから、国際連盟の権威が高まれば日本の
影響力も大きくなる。自ら裁定に服したという範を示したという事で、連盟
内部での発言力も上がり、建前に沿った要求を英仏に通しやすくなりも
しただろう。

252: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/05/26(金) 14:19:20 ID:Ys8sxP+d0
国際連盟の権威が高まれば米も参加し、独・ソも加盟する
国連でドイツの正当な権利を平和的に回復することができれば
第二次世界大戦も防ぐことができたかもしれない

257: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/05/26(金) 18:08:28 ID:3+oX7iJu0
第一はマスコミ、軍隊、一般世論共に領土を広げることが国益だと思っていたことである。
この考えの間違いは当時既に石橋湛山が指摘し、戦後の経済発展で証明されている。
しかしマスコミは抜け駆けの功名を褒めそやし、軍部は中央の指示に反しても、
罰する事が出来ず、追認した。軍部の横暴が非難されているが、
マスコミの主張こそが軍部の独走を許したのであり、マスコミの責任は大きい。


二点目は、中国の民族主義高揚の軽視である。
日露戦争における日本の勝利に触発され、ウィルソンの民族自決主義に代表される、
世界的な民族主義の高まりの中で、加藤高明の二一箇条要求が出された。
この高圧的な交渉態度が致命的な失敗となり、その後の融和策も有効な決め手が得られなかった。


三点目は中国の政局の乱れと、約束を守らない当局の姿勢である。
地方政権と中央政権は共に責任をなすり合い、面従腹背が日本のいらいらを募らせた。
更に今日のアメリカがコソボに介入するのと同じで、日本の利害も絡み、
内政の乱れが見ておられないお節介が、又中国の民族主義を煽った。


263: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/05/28(日) 04:21:20 ID:JceSLv9E0
国内だけ見てるといろいろあるだろうが、国際的にどうあがいてもああなるという面もある。

日本が自力で過ちを修正出来るかどうかってとこから言うと
国際連盟を脱退するかどうかが選択のギリギリだろうな。

それ以降特に日中戦争後は国際社会で孤立しどんどん選択肢がせばまっていく。
サイアクの状況を避けるにはどの手を打つかって状況だろ。
日独伊軍事同盟なんていい例だ。

276: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/06/09(金) 15:32:53 ID:pPs6yj300
昭和天皇独白録では大戦の遠因は
対華21か条や9カ国条約に置かれていたな
昭和の御世になったときにはもう遅かったという意味か・・・?

278: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/06/11(日) 01:41:32 ID:s7UOtdtk0
利用される陛下を救い出すという選択肢は無いの?
戦前も今も怪しい取り巻きに好きに利用されてないか?
今の取り巻きが信用に足る理由はあるの?

279: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/06/11(日) 12:25:45 ID:1u9PvUW+0
>>278
昔226事件という出来事があってな、
「君側の奸」を取り除こうと青年将校たちが暴動を起こして首相や蔵相を殺したりしたんだ。
結果、「俺の股肱を殺すとは怪しからん、自ら近衛兵を率いて鎮圧してやる」とまで言わせるほど
昭和天皇を激怒させてしまった。

何事も独りよがりは良くないという教訓だ。
これが歴史に学ぶという事だよ。

280: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/06/11(日) 12:35:28 ID:1u9PvUW+0
ついでに言うと、226事件を受けて軍務大臣現役武官制が復活、
軍が大臣を出してくれないと組閣できないという事で軍の発言力が強くなり
軍部暴走の一因となってしまった。

わずかな人間の軽率な行動がまずい結果をもたらす事もある。

294: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/06/14(水) 21:47:01 ID:D0SOT6xo0
第一次世界大戦の対応がまず過ぎだったんじゃないかと思う。
御前会議はおろか軍部ともまともに相談せずに内閣の判断で
参戦したことで、政界と軍部との間に溝を作ってしまったことがまず一点。
対華二十一カ条で欧米の目が届かない状況で事実上中国を
属国にするのに等しい希望条件を付けたことが第二点。
(もし満州地域の権益の延長と、大戦終了までの山東省の
ドイツ権益を一時的に日本が管理という条件だけなら、
日本への悪印象を列強が持つこと無かったんじゃないかと思う)
三点目に欧州にほとんど軍を派遣しなかったこと。
大規模に陸海軍を送ることで総力戦がどんなものかの理解が深まり、
軍内部での効率化(装備品や部品の共通化とも)への気運が高まったかも。
四点目にパリ講和会議で民族自決に基づき満州国の成立を
認めさせてしまえてればと思ってしまう。
こんな感じ。(長文スマソ)

300: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/06/23(金) 22:02:58 ID:Z+9PbDfr0
アメリカと仲悪かったのが原因かと。
つーことで、ハリマン協定を拒否した時から。

307: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/07/01(土) 07:27:07 ID:A5KezSir0
よく言われることだが、日露戦争だろう。
桂内閣は最悪。

308: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/07/01(土) 07:48:47 ID:ndjJR75Z0
というか戦後処理だろうなぁ。マスゴミが最悪。

311: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/07/02(日) 03:20:12 ID:yherYKle0
>>308
日露開戦時のマスゴミも最悪。
つーか、桂内閣の煽りじゃん。

333: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/07/16(日) 06:10:48 ID:92lfyYUK0
第一次大戦の参戦と、対支21ヶ条要求、シベリア出兵。この3つが大きいな。
日露戦争までは、日本は帝国主義的膨張政策を採っていた訳では無かった。しかし
第一次大戦中の火事場泥棒的な、上記の3つの動きで、大戦後の欧米列強の世界戦略が
かつての植民地支配・帝国主義的膨張主義から、国際協調路線に変化したと言う時代の
流れを完全に見誤り、結果、一国だけで突出して膨張主義を全面に押し出す外交・軍事政策を
推し進めて世界の中で目立つ存在になってしまった。張作霖場殺や満州事変の自演テロなども
そこから派生してる訳だ。

342: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/07/16(日) 19:19:13 ID:2uw6zGaT0
東京の官僚機構そのものの制度疲労だよ。昭和の終戦の際に完全に破壊するべきだった。

352: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/07/18(火) 19:33:19 ID:3TPwfl4R0
俺的には、日清戦争の理論構成が甘かったのじゃないかと・・・。

日清戦争は、戦争目的を朝鮮の中立性確保、戦争の相手方を清国のみとしたために
戦後処理が甘くなった(紛争の余地を後に残した)。
朝鮮の外交自主性を認めたために、日露戦争を余儀なくされた。

日清戦争は、戦争目的を日本の独立性の確保とし
戦争の相手方に清国のみならず、朝鮮も加えるべきだった。
そうすれば、朝鮮の外交自主権剥奪、保護国化という戦後処理が自然に導かれたと思う。

伊藤博文は朝鮮に甘かった。

359: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/07/26(水) 14:27:29 ID:fsxyVwVj0
過ちは、格差の拡大と貧困を野放しにしたことだろ

経済政策の失敗や、財閥の富の寡占が、貧困層を拡大して
結果、血盟団を生み5.15事件、2.26事件につながっていったんだから
そして、みんなが腹を減らしてイライラした空気の中で、満鉄が爆破されたもんだから
チャンコロは皆殺しにしろって、国民感情が爆発
イケイケドンドンの流れを止められず、破滅に向って一直線だからな

日本に限らず古今東西、戦争の原因は貧困だからな
満腹の時にケンカする奴は、いないよ

360: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/07/26(水) 18:36:18 ID:GMCh/62A0
みんなビンボがわるいんや・・・・


引用元: ・【失敗】日本の過ちはどこから?【推理】







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