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1: 世界@名無史さん
を教えてください。
今でいう統合失調症でもよいのでお願いします。








7: 世界@名無史さん
>>1
早良親王に祟られた桓武天皇とか、
菅公に祟られた醍醐天皇とか。

10: 世界@名無史さん
 
桓武天皇は実弟で皇太子の早良親王を廃し、流罪に処したうえ、
絶食死に追い込んでいる。
早良親王の没後数年して桓武天皇の后妃や母が相次いで亡くなり、
新たに皇太子に立てた安殿親王(平城天皇)は病に伏し、
新都長岡京の工事は遅遅として進まず、洪水まで起こる。
あまりの凶事つづきに、天皇は早良親王の墓所へ陳謝のため使者を
立てたり、「崇道天皇」の尊号を贈ったりと必死にその霊を慰めた。

醍醐天皇の場合は、道真配流事件の数年後に腹心の藤原時平を失っている。
さらに時平の妹との間にもうけた皇太子保明親王も夭折し、
保明親王と時平の娘との子で、かわりに立太子させた慶頼王も亡くなってしまう。
醍醐天皇に止めをさしたのは、有名な清涼殿への落雷で、
直後から天皇は不予となり、三ヵ月後に崩じてしまった。

11: 世界@名無史さん
>>10
なんか、霊のようなものにとり付かれているような状態(統合失調症)とか言うのでなく、
身の回りに悪い事が起こったり、天変地異が起こったので、
霊に対して謝ったという感じですね。
本人自体にとりついたというより、世の中全体に影響与えたように
その当時の人は思ったんですね。
まあ、それはそれで辛かったでしょうね。

14: 山野野衾 ◆F6mxNHihgE
>>11
日本の歴史・文学書(中世以前)を読んでいて怨霊の出てこないものを探す
ほうが難しいですよ。御霊会で検索なさっては?鏡物だと腐るほど出て来る。
なお最古の怨霊は早良親王だと言われていますが、長屋王だという説も。
死ぬまえに霊というか自身が死ぬ様子を霊視して悩まされたというのがエリ
ザベス一世。座って死にたがったのはその為?

21: 水上飛行機
醍醐天皇はその後地獄の業火で焼かれていた・・・と地獄を旅行したお坊さんの
(藁)回想で明らかにされました。帝がそんな・・・、って感じ。
 最近では川端康成が自殺の少し前から三島由紀夫の亡霊を普通に見ていたらしい。
「あ、三島君が来たよ・・・」って。必ず楯の会の制服で現れたんだって。

27: 山野野衾 ◆F6mxNHihgE
>>21
醍醐天皇の話は「道賢上人冥途記」ですね。「扶桑略記」第廿五 天慶四(941)年
辛丑春三月の記事にあります。絵は「松崎天神縁起」などにあります。

9: 世界@名無史さん
ハプスブルクには結構いるだろ…あ、統合失調より躁鬱か。

17: 世界@名無史さん
>>9
ルドルフ2世とか?

21: 水上飛行機
>>17
ルドルフ2世はまじでやばかったらしいね。桐生操の本なんであまりしっかりした
ソースじゃないが何人も歴史上の人物分の夜食を用意させて、ブツブツつぶやきな
がら・・・だったらしい。最後の死に方は他殺か発作的な自殺か、妄想による事故死
かって感じだったそうだからね。ところで、結構ありふれた怪談なんだけど、独
語をしゃべれない観光客にフッと乗り移って猛烈にルドルフ2世らしき人物が「い
かに自分が不遇だったか」を語って、ドイツ語が分かるツアコンだけがびびってし
まうって話しもあるらしい。

28: 世界@名無史さん
>>21
その話はルドルフ二世じゃなくて、ルートヴィヒ二世では?
ドイツ語なんか全然喋れない日本人観光客にルートヴィヒの霊がとりついて
ドイツ語をペラペラ喋ったという話、何かの本で読んだ。

12: 世界@名無史さん
則天武后って、自分が殺させた高宗の皇后と側室の亡霊を恐れて
遷都したんじゃなかったっけ?

16: 世界@名無史さん
清盛だろ。
庭に骸骨の山があってそのてっぺんのデカい髑髏と目があったが
彼は逆に睨みかえして追いはらったそうな。

その後高熱で死亡したそうだが・・・・・
カコ(・∀・)イイ!

18: 山野野衾 ◆F6mxNHihgE
>>16
ついでに天狗が笑って、正室が夢に地獄からの迎えの車を夢に見たというお
まけつき。こういう場合睨み返さないとやられてしまうというのは当時の俗
信であったようですが、なかなか出来ることではない。
まあ事実とすればの話ですが。

20: 世界@名無史さん
ロンドン塔の幽霊達
アン・ブーリンなど沢山

26: 世界@名無史さん
新羅の景徳王は父親である聖徳王の冥福を祈るため、巨大な鐘をつくろうとするが
志し半ばで他界。息子である恵恭王はその意思を引き継ぐが、何度作っても失敗。
そんな時、王はある噂を耳にした。
「生きた子供を一緒に溶かし込むとひび割れを防げる」。
王は貧しい家の幼い子を誘拐し、生きたまま鉄湯にいれ鐘は完成する。
しかしその鐘を鳴らしても鐘の音はせず、出るのは幼子の声だけ。
「エミレェ、エミレェ(お母さん、お母さん)」。

34: 世界@名無史さん
英国ハノーヴァー朝のジョージ1世。
彼はハノーヴァー時代の妃のゾフィア・ドロテアの浮気に怒って
彼女を、死ぬまで、32年も幽閉した。
1727年6月3日、彼の馬車に、そのゾフィア・ドロテアの
遺言状が投げ込まれ、恨みのこもった文面を見たジョージ1世
は心臓発作を起こした。そして、6月12日に死んだ。

35: 世界@名無史さん
小早川秀秋

37: アマノウヅメ ◆4cna7XPsQo
怨霊は加害者意識の裏返しなんだそうです。無実の人が怨霊になる(と思われる)。
罪悪感無ければ何もなし。」

39: 水上飛行機
>>37 
日本では特に民衆が同情したものを怨霊として見るようになると
ころがあるね。でも、「生きてて欲しい」とまでなると大塩平八郎や真田
雪村みたいね生存神話になるんだろうけど。逆に西洋では罪悪感の中に神
様を恐れるというファクターが加わるね。そんな意味で、西洋というと御
幣があるけどエジプトのアクエンアテン王なんてどうかなぁ。

47: 世界@名無史さん
ゲーテは自分が痔で苦しんだのを悪魔のしわざと信じていたらしいね。

48: 山野野衾 ◆F6mxNHihgE
ルターは悪魔にインク壺を投げつけていました。城の壁にその跡がまだあるとか。
日本の怨霊話なのですが、北条時宗といい島津義弘といい自国民と他国民の霊を
ともに祀っていたのは優しさとか情けによるものではなくむしろ恐れに対するも
のであったと考えたほうがいいですね。
靖国神社もそういう意味合いと無関係とは言い難い。
余談:義経の霊が鎮められていないと井沢元彦氏が書いていましたが、藤原氏の
霊と共にちゃんと慰霊されています。

49: 47
言われてみればルターだったような気がする>痔

「悪魔は肛門に潜んでいる!」

51: 世界@名無史さん
怨霊と言ったら、周の宣王
名君の最期が幽霊に襲われて死亡って…
まあ名君では無かった説もあるが
似たようなのだと、呂后もか

55: 世界@名無史さん
兄の頼朝と対立した義経が逃亡を図った際、大物浦で暴風雨に遭い、
その波間に平家一門の怨霊が出現したという話もある。
あとは……源義平の首を斬った武士(名前失念)が義平の霊に殺され
たとか、ずっと時代が下ると、臨終間際の秀吉が信長の霊を見たとか、
小早川秀秋が大谷吉継の怨霊に祟られて狂死したとか……咄嗟に思い
出せるのはそのくらいかな。
やっぱり武士は死を覚悟の上で戦うわけだから、殺された側がよほど
パワフルだったり(義平の場合)、悪質な裏切りで無念の死を遂げた
り(吉継の場合)とかでないと、相手に祟るということはなかった
んじゃないのかな。秀吉の場合は、信長の子供たちを殺したり家来に
したりした良心の呵責が「信長の霊」を見させたのかも。

57: 山野野衾 ◆F6mxNHihgE
>>55
ただ大谷吉継、織田信長、柴田勝家あたりは個人の祟りだったので所謂「怨霊」
とは言い難いのでは。春日局に祟ったという青山忠俊らと共に頭に浮かんでは
いたのですが、そういった理由で書きませんでした。

58: 世界@名無史さん
>>57
個人の祟りって怨霊とは違うの?
というか、この場合の「個人」って、祟る側がという意味?
祟られる側がという意味?(柴田勝家の首なし武者行列の場合、
祟る側も祟られる側も個人とは言えないと思う)
あと、春日局に青山が祟ったという話は初耳なので、詳細きぼんぬ。

59: 山野野衾 ◆F6mxNHihgE
>>58
普通「怨霊信仰」という場合の「怨霊」とは都や国家全体に災厄をもたらす
ものであり、それに対して国ぐるみで慰撫するものでしょう。
「愚管抄」にある龍となって地震を起こした平家一門は怨霊といえる。しか
し個人が個人に祟るものはまた別の問題です。
「怨霊」が出やすいのはやはり権力闘争がそのまま国家に繋がる状況なので
余計に武将同士のことで「怨霊」が生じにくかったのでは。
武者行列も地域に祟りそうですがやはり「愚管抄」の最後の辺りで列挙され
ていた井上内親王らの怨霊とは同格には論じられない。
青山云々は失脚させられた彼が居城から江戸の方角を睨み「おのれ春日の女
狐(こういった表現は「沙石集」あたりからか)め。必ずや半年のうちに取
り殺してくれん。」と言って死に、彼女もその通りに死んだというもの。

60: 世界@名無史さん
そろそろ日本史から世界史に話を戻しますか。
超うろ覚えだけど、処刑されたテンプル騎士団の祟りで、時の教皇と
フランス王が死んだという話を読んだ記憶があるけど。

63: 世界@名無史さん
ヨーロッパのたいていの古城には
それがらみのいわくの一つや二つがよく伝わっていますな。

65: 世界@名無史さん
トリエステにあるミラマール城は、呪われた城として有名。
オーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフが弟のマキシミリアンに与えた城
だが、マキシミリアンはメキシコ皇帝になった後に銃殺。
フランツ・ヨーゼフの皇后エリーザベトと皇太子ルドルフ、その次の
皇太子フランツ・フェルディナントもこの城に住んだことがあるが、皆
変死している。
第一次大戦後に住んだイタリアのアオスタ公爵は、ムッソリーニに協力
したため戦犯として処刑。
城を接収したアメリカ軍人二人も心臓発作で急死した。

69: 世界@名無史さん
そぼいえばヒトラーだよね。彼は寝室で幻覚でかしらんが「あいつがむかえに来る」
とか騒いでいたり「私は新しい種類の人間に会った。それは私より邪悪な・・」とか
いっとったし。
 
でもヒトラーは麻薬中毒だったといわれてるしなあ。

74: 世界@名無史さん
良心の呵責がない奴は怨霊見ないのかな
だとすると犯罪でも悪い奴ほど恨まれないことになるんじゃないの?

76: 世界@名無史さん
良心の呵責のないものに天罰はくだらないようだ。
申し訳ないと感じ始めると、おかしなものになやまされる。
こういう例がけっこうたくさんある。

96: アマノウヅメ ◆4cna7XPsQo
怨霊とは加害者意識の裏返しとか・・・
たしか角田文衛氏の説です。紫式部も「心の鬼」と言ってますしね。

98: 山野野衾 ◆F6mxNHihgE
>>96
伴大納言は無実とはされませんでしたが、怨霊にもなっていませんでしたね。
疫病神(『今昔物語集』)にはなっていましたが。
『宝物集』で小野タカムラが天神と並んで無実の罪により流罪とされていた
事と冥官であったとされた(『江談抄』など)はやはり関係があるのでしょう。

103: アマノウヅメ ◆2atuWPtiaQ
>>98
左大臣藤原顕光は道長一家に祟りまくってますね。
流罪にもなにもならなくて、ただ外戚争いに負けただけなんですが。
左遷されたり、お産で非業の死を遂げた(定子)甥や姪たちは祟らない。
生前の人格も影響するんでしょう。

77: 山野野衾 ◆F6mxNHihgE
後世書かれた話ですが、松永久秀は果心居士に亡妻の霊を見せられて怯えて
いましたね。

78: 世界@名無史さん
松永久秀は無神論者で有名なんじゃなかったっけ?
彗星が現れて不吉な出来事の前触れだと皆が騒いでたら、
あれは天体の運行に従って現れるだけだから、予兆でもなんでもないと言い放ったとか。

84: 山野野衾 ◆F6mxNHihgE
>>78
合理主義者=無神論者とは限りませんよ。例えば雨乞いの恩賞を求めた
僧侶に「これだけ炎天下が続けば雨は降って当たり前」と言った平清盛も
延暦寺を焼き討ちした織田信長も信心深い人物でした。
清盛は東大寺も焼き払わせていますが、無神論者であったとは考え難い。
因みに清盛も信長も散々気を遣ったにも関らずないがしろにされた時点
で焼き討ちを敢行したのであり闇雲にやったわけではありません。
信長も焼き討ち後祟りを気にしていましたし、その時々で必要なものを
見定めていただけでしょう。

87: (××)
意外に思われるかもしれないが、
聖武天皇と光明皇后もある意味怨霊に苦しんだ夫婦といえる。
東大寺に国分寺の建立がそれを示している。

88: 山野野衾 ◆F6mxNHihgE
>>87
一般には怨霊信仰は早良親王以降のものとされていますが、長屋王も確かに
怪しいですね。『日本霊異記』では遺骨の流された土佐で疫病が流行ったと書
かれている。
『続日本紀』には疫病流行と地震の後長屋王の遺児らに官位が授けられた事
、長屋王の謀叛(非謀反)を告発した人物が長屋王の遺臣と囲碁の最中に口
論して切られたことが書かれている。
ただ光明皇后は武則天に憧れていたようで、国分寺云々もその為とも。

89: 世界@名無史さん
物部守屋や蘇我蝦夷・入鹿親子もあやしいんでネーノ?

90: 山野野衾 ◆F6mxNHihgE
>89
笠を被った鬼の姿で葬列を眺めていたというやつですか。『愚管抄』では確か
に蘇我大臣の怨霊とされていますね。ただ前にも書いたような国を挙げて鎮
撫するような「怨霊」はやはり平安初期頃の産物とされています。
原イメージぐらいはあったでしょうが。

102: 世界@名無史さん
アメリカ、ニュージャージー州南部では、241年間にわたって悪魔の
目撃例が報告されているが(最後に目撃されたのは1976年)、その
目撃者の中にはナポレオンの兄で元スペイン王のジョセフ・ボナパルト
もいる。1816年から39年まで、ボーデンタウンという町に一軒家
を借りていた彼は、ある日、狩りの最中に悪魔を見たという。

105: 世界@名無史さん
>>102
南部では昔っから悪魔崇拝、悪魔教などの迷信じみた話が盛んで、
今でも銃の乱射やら連続殺人やら猟奇的な犯罪が起きると決まって
悪魔教徒の関与がささやかれるとか。
まあ、悪魔教なんて一種の都市伝説で、実際はそんなたいしたことないらしいけどね。

107: 世界@名無史さん
まだアメリカのサラ・ウィンチェスターが出ていないのが不思議

時は19世紀の末ごろ。
ライフル銃で財を成したウィンチェスター家の長男と結婚し一児を儲けたが、
子供は一年足らずで病死し、その後まもなく夫も死亡。
不安になって占い師に相談すると
「二人が死んだのはウィンチェスターの銃で射殺された人々の怨霊にとり憑かれた所為で、
 その霊を鎮めるには、一日も休まず大きな屋敷を造り続ける他無い」と言われる。

その後、サラ主導でサンノゼに屋敷を建設することになったが、
彼女が亡くなるまでの38年間、本当に一日も休まずに建築作業が行われていたそうだ。
しかも彼女は、毎日一室にこもって占いや交霊をやって、
その結果如何によって部屋を増やしたり、扉を封印したりする事もやっていたと云われる。

今では観光地になっていて、公式HPもある(全部英語だけどw)
http://www.winchestermysteryhouse.com/

108: 世界@名無史さん
甥である幼い王を殺して王位についた李朝の世祖。
殺した王の母である顕徳王后に呪われ、まず王子が重病に。
全国から僧侶を集め、慰霊祭を行うが王子は死亡。
怒り狂った世祖は王后の墓を暴くが、次は自身が悪夢にうなされ続け、
ついに重い皮膚病にかかり死亡。次の王も在位1年ちょっとで死去。

126: 永遠の青 ◆V9k1yZSe4M
マイナー話ですが、後漢末に司隷校尉(警視総監)だった胡軫は、
仲の悪かった游殷を無実の罪で殺した一ヵ月後に病床につき、
「俺が悪かった。游殷が幽霊を連れて来た」とうわ言を言いながら、亡くなったそうです。

127: 山野野衾 ◆F6mxNHihgE
かの武則天が怖がって霊符に頼り、猫を追放したというのも何と言うか。

129: 世界@名無史さん
日本の話ですが、応天門の変で有名な伴大納言は怨霊としては異色。
彼は死後、疫病神として京の街に現れるのですが
「私は生前この国から大きな恵みを受けた。
今年は大きな疫病が流行る予定だったが、その礼に咳の病に負けておいた」
と告げて消えた、と伝えられています。

141: 世界@名無史さん
シエイエスはテルミドールの後に自分の召使いに
「ロベスピエールさんが来たら私は留守だと言ってくれ」といったそうですが、
これは霊に怯えていたというよりボケが始まっていただけかな。
いつからそんなこと言い出したのか知らないけど。

142: 世界@名無史さん
エドガー・アラン・ポーは大鴉の幻影を見ている。
そのタネはアルコール中毒によるせん妄発作なのだが、
歴史上の人物も、薬物中毒や精神病で怪異を見たものが多いんじゃなかろうか。


引用元: ・悪霊にとりつかれ苦しんでいた歴史上の人物







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