51cnxleYmWL



1: 世界@名無史さん 2011/01/26(水) 22:53:24 O.net
原始共産制を目指してたというけど、なぜそんな極端な理想に走ったのか。
そしてそのために自国民の3分の1を虐殺するとか。
飛躍し過ぎてて良くわからないんですが。
なぜこんな連中が権力を掌握できたのか。








149: 世界@名無史さん 2011/07/25(月) 12:15:08.03 0.net
ポル・ポトの脳内では善だったのさ。

151: 世界@名無史さん 2011/09/03(土) 16:11:55.03 O.net
しかしどうやってポル・ポトがクメール・ルージュの中で権力を保ち続けたのか
弾圧や虐殺をどう指揮していたのかは今ひとつハッキリしないよね。
ただの善人ではあれほど長期間に渡って指導者として居座ってられないと思うが。

153: 世界@名無史さん 2011/09/03(土) 18:52:24.86 0.net
No.2が揺らぐことなく支えていたからだと思うよ。
No.2って言っても、ポル・ポトを選んで神輿にかつぎあげた裏番長なんだけどね。
名前は忘れたけど、そのNo.2にインタビューするドキュメンタリー映画を観た。

154: 世界@名無史さん 2011/09/04(日) 20:14:56.99 0.net
ポルポトは殺人狂だったのでしょうか?
そういう風に結論付けるのが一番すっきりしますが、意外にもポルポトの周辺の
何人かは、彼のことを思慮深く、潔癖な人間と評しています。
実際、ポルポトは権力に対する執着こそ強かったものの、ベトナムのホーチミン
と同じくその生涯において決して私服を肥やす事は無かったと言われています。
また、若い頃にフランスに国費留学した位ですから、教養もありました。

では、なぜあれ程までの悲劇が生まれたのでしょうか?
かつてポルポトに単独インタビューしたジャーナリストが居ます。
そのジャーナリストが虐殺の理由を直接聞いた時、ポルポトは
「ベトナムが、この国を狙っていたから・・・」
というチンプンカンプンな言い訳をしていました。
実はその裏に、言いたくても言えない恐ろしい事実があったらしいのです。

ポルポトは、当時の中華人民共和国の国家主席だった毛沢東に支援を仰ぎ、
アメリカの傀儡政権であるロンノル政権を倒し、カンボジアの実権を握りました。
つまり、ここでポルポトは毛沢東に大きな「借り」が出来たわけです。

確かにロンノル政権は軍の幹部達が私利私欲に走り腐敗しており、それを憎み
シアヌーク殿下の復活を願う、カンボジア国民やベトコンのバックアップが
有りましたが、ロンノル政権にはアメリカから大量の武器弾薬の援助が有った
ので、中国からの武器の援助がなければポルポトのクメールルージュの勝利は
難しかったと考えられます。

ロンノル政権を倒すために、どうしても中国の援助が欲しかったポルポトは、
毛沢東の気に入る殺し文句を用意しました。それが、「カンボジアを農業社会
からストレートに完全な共産社会へ移行する世界最初の国にする」という申し出
でした。これは毛沢東が理論上は可能としながらも、文化大革命で挫折した試み
だったので、もし成功すれば毛沢東の理論が正しいことを証明することになる
ため、毛沢東は大きな関心を示しました。この一言があったために、都市部の
住人を強制的に共同農場に追い立てたそうです。

155: 世界@名無史さん 2011/09/04(日) 20:15:37.99 0.net
時を同じくして、中国から大勢のアドバイザーがやって来ました。アドバイザー
と言えば聞こえは良いですが、ポルポトが毛沢東と交わした約束が確実に実行
されるための監視役でした。そして、アドバイザーがはじめに提案したのが、
「資本主義に毒されたすべての知識人や金持ち」 の処刑だったのです。

ポルポトは初め、「資本主義に毒された人々を農耕作業を通して再教育しよう」
と考えていました。これは自然な考え方です。ポルポトは、かつて自分の仲間
を“左翼狩り”で大勢殺したシアヌーク殿下には強い恨みを持っていましたが、
同胞である一般のカンボジア人を憎んでいたわけではなかったのですから。

ところが、毛沢東は巧みにポルポトの逃げ道を塞ぎ、知識人の多くを処刑する
命令を出すことをポルポトに承知させたそうです。さらに、毛沢東は何故か
農場で働く人間全員に、わずかな食事しか与えることを許可しませんでした。
表向きの理由は、資本主義で贅沢に慣れきった身体から毒を抜くということで
したが、真の目的は他にあったと言われてます。

常に空腹の状態にしておいて、隙を見て食べ物を盗み食いした人間を処刑する。
それが恐ろしくて従順に働く人間には、極端な栄養不足のため餓死する運命が
待ち受けている。実際、あと半年ポルポト政権が継続していたら、ポルポト派
の兵士を除く全国民が餓死していたでしょう。つまり、約一千万人居たカンボ
ジア人が、わずか十万人程(半分がポルポト兵、残り半分が国外に逃げた人)
になっていたわけです。十万人では国家として成り立ちません。

その段階で、中国から大量の移民が入って来たらどうでしょう?
カンボジアという国名は残るかもしれませんが、国民のほとんどが中国人に
取って代わられてしまえば、国を乗っ取られたのと同じ事です。
これが毛沢東の真の狙いでした。

173: 世界@名無史さん 2011/11/14(月) 22:26:51.89 O.net
>>154->>155
これってマジ?

174: 世界@名無史さん 2011/11/14(月) 23:04:30.18 0.net
>>173
読み物としては面白い
史実として見るには眉にツバつけといたほうがいいレベル

159: 世界@名無史さん 2011/09/11(日) 01:23:31.68 0.net
末期のポルポトインタビューを思い出す。
私は具合が悪いんだよ。私のことはいいじゃないか。みんな責めるから気分が悪いよ。
みたいな老人の愚痴だった。
俺はやっぱりこの人は危険な独裁虐殺をやる人物だと
勘で思った。

160: 世界@名無史さん 2011/09/11(日) 09:13:48.37 0.net
もともとが教師で終わるべき人だしな。
上に立つ器ではない

176: 世界@名無史さん 2011/11/15(火) 01:05:44.46 O.net
ポルポトは最後は殺されたが有力だよな

183: 世界@名無史さん 2011/11/18(金) 19:17:42.57 0.net
それ以前に、ロン・ノルっていったい何だったんだろう。
こいつさえ居なければ、カンボジアの悲劇の九割は防げたような気がする。
ただ単にCIAに騙された売国馬鹿に見えるけど、実際の所はどうだったんだろ。

200px-LonNol


ロン・ノル

ロン・ノル(1913年11月13日 - 1985年11月17日)は、カンボジアの政治家、軍人。カンボジア王国国防相、首相、クメール共和国首相(初代)、大統領を歴任。

1970年3月18日に癌治療でモスクワと北京へ訪れているノロドム・シハヌーク国家元首の政権をクーデターで倒した。国会にシハヌークの退位を決議させると、フランスに滞在していたシハヌークの従兄弟であるシリク・マタク親王を呼び寄せて首相の座に就けた。

政権奪取後は激しい反ベトナムキャンペーンを行い、在カンボジアのベトナム系住民を迫害した。

1968年から続いたアメリカ軍のカンボジア空爆は、ロン・ノル政権になって以降、人口密集地域を含むカンボジア全域に拡大され、数十万人の農民が犠牲となった。さらに難民が100万人以上都市へ流入し、食糧輸出国であったカンボジアは食糧輸入国に転落した。こうした状況から反政府勢力クメール・ルージュの勢力は伸張し、政府軍との間でカンボジア内戦が始まった。ロン・ノルは、アメリカへ支援を求めざるを得なかった。

1970年11月18日にニクソン大統領は、カンボジア政府への援助金1億5,500万ドル(8,500万ドルは軍事援助)を連邦議会に求めた。ロン・ノル政権はシハヌークの中立政策で展開していた北ベトナム軍とベトコン追放の名目でニクソン政権を頼り金とCIAの支援を受け取ったが、それでクメール・ルージュの攻勢を止めることはできなかった。1971年4月20日、国会により元帥に指名[1]され、1972年3月10日に国家元首に就任。同年3月13日に大統領に就任した。

共産勢力が迫る1975年4月1日、ロン・ノルはカンボジアを出国し、インドネシア経由でハワイへ逃れた。その後1979年にカリフォルニア州フラートンに移り住み、1985年に死去した。


208: 世界@名無史さん 2012/02/17(金) 16:17:07.73 O.net
>>183
アメリカがベトナム戦争対策によって出来た政権だからな。
アメリカがインドシナ介入に情熱を傾けなくなったらそれで終わり。

国共内戦末期の国民党に近い状態。
援助される資金も物資も武器も適切に使えば勝てるものを度重なる腐敗でどうにもならなくなった。
賄賂さえ渡せば敵でも通すし、物資も渡す。
これではなぁ。


まあ、大半の国民的には不正にシアヌークを追放し、シアヌークに比べ大した権威もない奴が国家元首なんて、というところ。

228: 世界@名無史さん 2012/07/16(月) 00:43:14.11 0.net
>>183
ロンノルもそうだけど一番訳のわからんのはシアヌークだわ
わが国で喩えたら自民党のアメリカ犬に耐え切れなくなって天皇陛下が
共産党に助けを求めるようなものだぞ
一体何なんだよシアヌークって

234: 世界@名無史さん 2012/09/01(土) 03:59:35.62 0.net
>>228
1970年3月にシアヌーク国王(正式には元首)が外遊病気療養中に
ロン・ノル首相兼国防相と副首相シリク・マタク(王族でシハヌークの従兄弟)が、
政府閣議と議会下院でシアヌークの廃位(正式には国家元首職解任)を決議してシアヌーク追放クーデターとなった。

軍部隊が反乱を起こしてプノンペン王宮を攻撃したり、シアヌークの近衛隊を
打倒した軍事クーデターではなく、政府内の会議や議会の議決によるサイレント・クーデターであった。

クーデターは、ペンタゴンがシアヌークを北ベトナムやベトコンと近い
「容共主義者」として疎ましく思い、親米派のロン・ノル国防相兼首相を支援して追放させたと言われている。
クーデターの直後には、米空軍が、シアヌークを批判中傷する大量のビラを空中からプノンペン市内中にばら撒いた。

しかし、このシアヌーク追放クーデターは、あくまでもペンタゴンの独断であり、
CIAは反対していたと言う。CIAは、シアヌークの農村部での神格化を良く認識しており、
シアヌーク無きカンボジア政府では、国民の支持が希薄で弱体化して、北ベトナム軍やベトコン、
ポルポト派と対峙出来ない事を良く把握していた。と言われる。

235: 世界@名無史さん 2012/09/01(土) 04:03:44.42 0.net
むしろCIAは、シアヌークを国王(元首)に据えたままカンボジア政府を右傾化させるべく各種
工作を繰り広げており、ホワイトハウスもCIAから、そう報告を受けていた。しかしその直後に
シアヌーク追放のクーデターがプノンペンで発生した為にホワイトハウスは大混乱状態になり、
ニクソン大統領は「ラングレー(CIA本部所在地)のアホどもは、一体何をしているんだ!」と
激怒した、と言われている。

この時点では、ペンタゴンとCIAは、対カンボジア政策にかい離が有り、
双方の調整が付かないまま、見切り発車的にペンタゴンがシアヌークを追放してしまった。

その為に案の定、農村部ではロン・ノル新政権の支持が広まらず、ベトコンと左翼勢力の
活動が活発化した。70年3月にシアヌークを廃位したロン・ノル新政権やペンタゴン、CIA
は半年近くシアヌークにカンボジアへの帰国と国王(元首)復帰を水面下で呼びかけた。

しかし、シアヌークは、既に近衛隊や王室顧問団をロン・ノル新政権に解体されており、
更に国王(元首)の権限を剥奪されアメリカやロン・ノル将軍の傀儡にされる事を予見
しており、彼らの帰国や復帰要請を無視し続けた。
そしてついにシアヌークは、中国の仲介斡旋でポルポト派と組む事を決定した。
ポルポト自身も中国からの要請でシアヌークを元首として遇する事を承認したと言う。
従来の敵であったカンボジアの左翼ゲリラを組んでシアヌークは、ロン・ノル新政権と対決する事にしてしまう。

これが悲劇の第一歩と成る。

189: 世界@名無史さん 2011/11/28(月) 21:13:29.23 0.net
ポル・ポト派No.2はまだ英雄気取り

「同志ナンバー2」という呼び名で知られるチアは、虐殺をこんな例えで正当化したという。
「人々がワニについて語るときは胴体の話ばかりして、日常生活で大切な頭や尻尾の話はしない。
我々は悪い連中しか殺していない。良い奴は殺していない」
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2011/11/no-1.php

194: 世界@名無史さん 2011/12/05(月) 20:14:54.46 0.net
ポルポトも毛沢東も、会って話をすると、礼儀正しくて誠実な人だった言うのが何か切ない

230: 世界@名無史さん 2012/07/17(火) 13:24:56.58 0.net
>>194
毛沢東は、自分的には、いい面も悪い面もあったとおもうよ。
彼がいなければ日本を含む列強にいいようにやられてた可能性大。
国共合作も英断。
文化大革命は取り巻きが悪い。

231: 世界@名無史さん 2012/07/18(水) 00:25:45.79 0.net
>>230
マオは軍人としては1流、政治家としては3流。
ぽる・ポトはどちらも3流。

209: 世界@名無史さん 2012/02/18(土) 18:22:34.04 0.net
ポルポトは善悪二元論みたいな考え方の持ち主で自分が悪と思う物は絶滅させてしまおうなんて極端な行動に出たんだと思う

218: 世界@名無史さん 2012/02/24(金) 18:23:18.17 O.net
>>209
なんか現代日本のいい教材となりそうだね。
政治家、官僚、マスメディア、ネットユーザー、知識人、その他、なにかと善悪二元論や二項対立的な安易な発想に閉じこもりがちだから。

210: 世界@名無史さん 2012/02/18(土) 18:57:03.11 0.net
アレクサンドロス大王、カエサル、ナポレオン、チンギスハン、始皇帝
のような華やかさがないね
政治家にして軍人なのに英雄みたいな華やかさがない

212: 世界@名無史さん 2012/02/19(日) 04:08:33.96 0.net
ポルポトはあらゆる暴君暗君の中で一番意味不明だわ

213: 世界@名無史さん 2012/02/20(月) 06:41:37.70 O.net
水清ければ魚住まず とか、清濁併せ呑むが毛ほども耐えられないか、利点を認識できなかったんじゃないかと。

卑近な例だけど、エロ本は不健全だし自分に必要ないから総て無くすべしって主張するような人。

214: 世界@名無史さん 2012/02/20(月) 23:43:36.99 0.net
ポルポトは私欲が少なかったらしい


216: 世界@名無史さん 2012/02/22(水) 15:43:38.20 0.net
自分以外の人間を理解できなかった人ってことか

217: 世界@名無史さん 2012/02/22(水) 16:44:14.91 0.net
結果は180度違うけど
思考形態はジュネーヴ市民に勤勉と清貧を強要したカルヴァンと同じだな

220: 世界@名無史さん 2012/03/10(土) 22:40:56.94 0.net
原始共産制なんて、ピグミー族みたいなジャングルの民でしか実現不可能だろう。

233: 世界@名無史さん 2012/08/10(金) 23:10:45.86 0.net
今の世界を作った古い種を滅ぼし、新しい種で世界を一から作り直そう
そんなラスボス思考を実際にやっちまったのがポルポト?


236: 世界@名無史さん 2012/09/01(土) 07:11:34.85 0.net
ポルポトみたいな人、現実にもたまにいるよ。
山奥の農村で風変わりなことやってるオッチャンとか。
たいていは嫁に食わしてもらってるようなもんだけど。

すごい純粋で人格者なんだけど、でも家族以外は誰も関わろうとしないw

239: 世界@名無史さん 2012/09/01(土) 15:48:03.11 0.net
70年代もシハヌーク体制のままだったら、絶対にポルポト派が政権を握る事は無かった。
と言われている。

シハヌークの体制にも問題は、有るにはあった。
野党つぶし(サムクル一党独裁化)や立憲君主制潰し(絶対王政化)、
華僑を中心とする都市部のブルジョワジーと知識人からのシハヌーク批判、
シハヌークが気まぐれに政治や外国路線の右傾化と左傾化を繰り返す、などである。

しかし人口の9割を占めるカンボジア農民の圧倒的支持と
仏教保護者としてのシハヌーク神格化でカンボジア政局はシハヌーク中心に
安定しており、シハヌーク抜きのカンボジア政局は考えられなかった。

特にカンボジアの農村部は、ベトナムや中国の農村部と違い、階級分化が
発生しておらず、地主階級がほとんど居ない状態だった。カンボジア農民の
ほとんどが、中規模独立自営農民であり、農民同士の財産格差・農地規模格差の
問題はほとんど発生していなかった。

むしろカンボジア農村部の社会問題は、米穀商や食料問屋のほとんどを占める
華僑によるカンボジア農民への搾取だった。華僑によるコメの買い叩き行為の
方がはるかにカンボジア農民の怒りを勝っていた。

シアヌークは、米穀商や華僑によるカンボジア農民への搾取を止めさせる為に
国営商社や日本の農協組織を模範にした農民協同組合を国庫からの拠出で設立、
華僑系の米穀商を経ない流通ルートを構築させ、華僑によるカンボジア農民へ
の搾取行為を辞めさせた。また、日本の農協から農業技術者を招き食糧増産の
為の農業技術や農業土木技術の導入を図っても居た。

240: 世界@名無史さん 2012/09/01(土) 15:48:36.54 0.net
さらにカンボジア国内の大手銀行は、フランス系や華僑系だった為、
カンボジア王国が国有化し法外な利子での貸付をやめさせて、農民への
安い金利での貸付拡大など国内で農民保護策をシアヌークは積極的に行っていた。

その為に大部分が華僑であるプノンペンでのブルジョワジーは、シハヌーク政府
による民業圧迫だとし反発していた。このシハヌークの農民保護策で米穀商を廃業
に追い込まれた華僑も少なくないとされる。この華僑によるシハヌークへの反発が
ポルポト派を始めとする反シハヌークの左翼勢力を支持基盤となり資金源ともなる。

そして都市部知識人もそれに同調しており、都市部でのシハヌーク批判はそれなりに
大きいものがあった。しかしカンボジア王国では工業化政策をほとんど行っていない
為に都市部や工業地帯への人口集中が発生しておらず、都市部の人口はカンボジアの
一割に満たなかった。その為シハヌーク批判も都市部だけの現象であり、人口の大部
分を占める農村部の圧倒的支持を獲得しているシハヌークの政治的基盤は揺るがなかった。

カンボジア農村部では、
ポルポト派などの左翼ゲリラが支持を広げる余地は無く、
シアヌーク神格化もあり、カンボジア農民からはむしろ嫌われていた。
ポルポト派ゲリラの要員は、少数派でカンボジア農民から差別されている
山岳民族がほとんどであり、この事もカンボジア農民からポルポト派が嫌われる
要因の一つになっている。

このために60年代初頭のポルポト派ゲリラは農村部に支配地を拡大させる事に
失敗しており、山岳部のゲリラキャンプを維持するのが精一杯だった。しかも
従来からのカンボジア農民の差別的扱いに反発していた山岳民族は、ポルポト
派ゲリラになる事で農民への復讐を果す面もあり、既にこの時期から農民への
暴力行為や虐殺行為を行っていた。

これらの事情によりシハヌーク体制下でポルポト派が
農村部で支持拡大を行う事は、事実上不可能な状態に陥っていた。

251: 世界@名無史さん 2012/09/08(土) 19:42:42.91 P.net
>>239-240
農民保護とか銀行国有化とか、
シアヌークって至極マトモなことやってたんだな

これ追い出したとか米国アホすぎだろ
当時は社会的混乱が即共産革命に繋がる時代だったわけで
わざわざ共産化の種を撒いたことになる

252: 世界@名無史さん 2012/09/08(土) 21:20:45.73 0.net
>>251
事大主義的に主要大国の間を渡り歩いて援助を引き出すという態度を取ったから。
とはいえ外交が馬鹿ならまともな外交をとるように援助にあたって条件をつければよかったわけだし、ペンタゴンの大きなミスではあるな。
イランといい、韓国といい、アメリカは反米になるとまずい国をわざわざ反米にするような失策をやることがあるな。

296: 世界@名無史さん 2013/12/12(木) 01:30:56.44 0.net
>>251
王様社会主義とか仏教社会主義と称して、
王政のまま社会主義的な政策を実行していた。

その為に一番困ってしまったのが、カンボジア国内の左翼勢力。

王様が左翼的な政策を実行したので、左翼勢力は、国内で政治的に
活躍する場が無くなり、シアヌークに反対する理由すら無くなってしまった。

この為に60年代は、シアヌークの下でカンボジアは、安定していた。

もっとも農業国で食うに困らない為に、工業化には全く不熱心だった。
しかし、それ故に国内の階級分化が発生せず、クメール農民層の支持を
集めて小さいながらの安定を得ていた。

このまま70年代に突入していれば、アソコまでの内戦や虐殺は、絶対に発生しなかった。
そもそもシアヌーク体制下では、ポルポト派が、拡大する要因が無かった。

307: 世界@名無史さん 2014/12/11(木) 12:40:54.27 0.net
>>296
>この為に60年代は、シアヌークの下でカンボジアは、安定していた。
>クメール農民層の支持を集めて小さいながらの安定を得ていた。
>そもそもシアヌーク体制下では、ポルポト派が、拡大する要因が無かった。

ちょっと違うな
シアヌークは東南アジアの指導者に多いタイプなんだが、軍と共産主義者の
反目と均衡の上に、神輿として乗っていた。

だから均衡が崩れる(外圧も含む)と、軍事クーデターや赤色革命がすぐ起きた。
タイとベトナムの間という、地政学的にも不安定な位置にあったから
シアヌークが保身の為に積極的にそんな無茶苦茶な均衡を作ったんだが、
そのためカンボジア国内に危険なマオ主義が育つのを放置する形になり、
結果的にシアヌークがポルポトによる虐殺の土台を作った。
シアヌークのように自己保身しかオツムにない八方美人の国王は
国と国民をグチャグチャにしてしまうという典型

309: 世界@名無史さん 2014/12/12(金) 14:21:48.83 0.net
>>307
シアヌークの身の振り方ひとつでクメール・ルージュによる大虐殺は起きなかったわけだけど、
その割にあまりシアヌークって批判されないね。

311: 世界@名無史さん 2014/12/12(金) 18:26:30.70 0.net
>>309
米国は南ベトナムを見捨ててインドシナから撤退してインドシナは赤化したから、
カンボジアの親米的・自由主義的な人はみんな殺されてしまい、
生き残っている人々も、自分達を見捨てた米国に親しみを持ちようもなく、
カンボジアが、タイやマレーシアのような欧米風の国になるのは難しいだろう

だからシアヌークがポルポトの虐殺に関わっている事は
そんなに大した問題じゃない。
中国共産党の60才以上の指導者に文革に無縁な人はほとんどいないのと同じ。
虐殺に関わっている人を全部追放したら国が成り立たない

248: 世界@名無史さん 2012/09/03(月) 23:08:09.81 0.net
ポルポトは過去に何かコンプレックスがあったのかね?



260: 世界@名無史さん 2012/10/30(火) 18:47:48.44 0.net
>>248
知識人コンプレックスはあったみたい
フランス留学してるけど成績は並み以下だった
学校教師程度の教育は受けたけどそれ以上は受けてない
そのせいでキューサムファンみたいなインテリを嫌ってたとか

263: 世界@名無史さん 2012/12/31(月) 19:18:00.10 0.net
過去コンプレックスを強く抱えてるリーダーって
やっかいだな、朱元璋とか、
リーダーにする人は幸福度の履歴調査をやったほうがいいかも、

268: 世界@名無史さん 2013/02/01(金) 22:29:55.22 0.net
すべての人類の争いは
貨幣経済と宗教だ
ポルポトはその問題を解決したのに
なぜ批難されるかわからない

反貧困主義者よ今こそ立ち上がるべきだ

276: 世界@名無史さん 2013/08/31(土) NY:AN:NY.AN 0.net
>>268
闘争心は原罪なんだからさ、
金銭、身分、宗教による格差をなくしても、
人間の心に潜在する闘争心は消えないんだよ
わかるか?

269: 世界@名無史さん 2013/02/02(土) 22:22:27.53 0.net
通貨を消滅させて宗教人を皆殺しにしたら問題解決
わかりやすい、いかにもポルポト的ですなあ

270: 世界@名無史さん 2013/08/13(火) NY:AN:NY.AN O.net
農村の文化を尊重しただけだよ!

272: 世界@名無史さん 2013/08/17(土) NY:AN:NY.AN 0.net
クメールルージュも幹部には特権あったみたいだし、
不徹底じゃね。

278: 世界@名無史さん 2013/10/05(土) 16:21:16.84 0.net
自国民の1/3を虐殺てあるけど
期間はどのぐらいでこんなに虐殺したの?

293: 世界@名無史さん 2013/11/03(日) 00:20:02.54 0.net
>>278
ほぼ1/5の190万説が濃厚なんじゃなかったか

279: 世界@名無史さん 2013/10/12(土) 16:03:42.47 0.net
3年9ヶ月。

292: 世界@名無史さん 2013/10/31(木) 22:05:50.22 0.net
彼なら日本のヤクザやブラック企業を粛清してくれるだろうに。

308: 世界@名無史さん 2014/12/12(金) 12:18:31.56 0.net
>>292
>彼なら日本のヤクザやブラック企業を粛清してくれるだろうに。

それだけに留まらないだろ
教師や公務員、軍人まで皆殺しにされたら
社会基盤が崩壊しちまう

299: 世界@名無史さん 2013/12/15(日) 02:21:29.58 0.net
シナヌーク時代のカンボジアは、工業化をしなかったから、
自国で軍事力が強化できず、周辺国や大国に翻弄されたとも言える。

工業化しつつも労組を無力化(禁止を含めて)して政治的に安定させている国はいくらでもある。

カンボジアの人口や国民性を考えて、重工業や化学は無理にせよ。
繊維産業などの軽工業程度は、シアヌーク時代でも出来たはずで、それすらやらなかったのは、シアヌークのミスとも言える。

300: 世界@名無史さん 2014/07/15(火) 13:12:21.52 0.net
逆らう人間は全部処刑。

 
no title

306: 世界@名無史さん 2014/12/10(水) 19:38:57.42 0.net
>>300
ファシスト剛田武

310: 世界@名無史さん 2014/12/12(金) 16:31:34.01 0.net
シアヌークはロン・ノルに国を追われ、ポル・ポトに利用された
被害者と言うイメージが強いからな

325: 世界@名無史さん 2015/02/12(木) 17:34:32.05 0.net
いい人そうにみえて内面はかなりの残虐性を秘めた人物。
ある意味一番恐ろしい。

326: 世界@名無史さん 2015/02/13(金) 00:13:50.58 0.net
恐らく本当にいい人なんだろう。

レーニン「地獄への道は善意で敷き詰められている」

327: 世界@名無史さん 2015/02/13(金) 07:59:54.91 0.net
個人的にはいい人だが組織の長になったら悪魔に変貌するタイプ?

328: 世界@名無史さん 2015/02/13(金) 09:10:15.64 0.net
恐らく、権力持たなかったらいい人のままで終わってただろうが
内面には残虐性を秘めてたんだろうな。人の良さそうな人の方がなんか
きっかけがあった時は怖いかもな。

329: 世界@名無史さん 2015/02/18(水) 17:21:13.49 0.net
積極的に人を殺したいという願望はなかったかもしれんが
マジ基地なのは確実だろ

331: 世界@名無史さん 2015/03/25(水) 15:40:18.91 0.net
ポルポトが善人だったとしたら、虐殺が進行していた頃は何も感じてなかったのだろうか。
虐殺の主体は誰なのか。原動力になったものは何なのか。
原始共産主義による理想社会実現のためには、徹底した旧社会の排除が必要で
そのためには虐殺もやむ無しって発想が飛躍し過ぎじゃないか。そしてそれを現実にに実行する異常さ。
カンボジアの農民がクメールルージュの体制にとってさして脅威だった訳でもないし。
インドネシアみたいに華僑による搾取への怨みや、体制への浸透に対する恐れが原動力なのとも違うし
アフリカみたいに現地の民俗的な対立がそれほど激しかったのだろうか。
カンボジアの虐殺って、なんか急に異星人が攻めてきて人類を虐殺し始めたような異様さを感じる。

333: 世界@名無史さん 2015/03/25(水) 22:06:32.52 0.net
>>331
シハヌーク時代から共産主義者弾圧は激しかったし、
またロンヌル政権時代の北ベトナムとの対立と、アメリカの空爆でカンボジアは深刻な食糧難を迎えて大量の餓死者が出ていた。
そういう時代にポルポトは10年以上もジャングルで、それこそ原始人みたいな地下活動を続けていて、そうした苦しいゲリラ生活の中から完全平等主義の原始共産制の思想が生まれたとも言われている。
クメール・ルージュがやったことが突出して残虐なのは確かに狂気とも言えるが、それに至る前段階は存在しているということ。

332: 世界@名無史さん 2015/03/25(水) 21:03:28.67 0.net
比較的裕福な農家の末っ子に近い生まれで、奨学金でパリに留学して観念的な共産主義に染まるも
帰国してからクメール共産党ではパリ留学組にも関わらず、農業従事とか肉体労働の使いっぱしりにされたのを不満に思ってたり
その一方で帰国したってのも自分が試験に落第したからで、国から奨学金もらいながらそれに挫折した挙げ句、反国家的な活動に熱中するという矛盾があったり
その辺りにポルポトの屈折した感情があったんじゃないかね。
ポルポトが後にインテリを異常に恐れて片っ端から殺したのは、自分のそういう矛盾や学の不足を見抜かれるのが怖かったからだという説もある。

335: 世界@名無史さん 2015/03/26(木) 09:21:20.13 0.net
ポルポトを善人だと証言する人物もいるが、同時に権力に対する異常とも言える執着や
執拗なほどの猜疑心の強さを証言する人物もいる。
まあそうでなきゃあんな事はやらんわな。

336: 世界@名無史さん 2015/03/26(木) 11:04:52.65 0.net
密告や拷問はシアヌークやロンヌル政権時代の置き土産という面もあるしな。

339: 世界@名無史さん 2015/03/26(木) 19:03:25.77 0.net
こないだYOUTUBEでポルポトの伝記みたいのを観たけど、、
何度ジャングルに逃げ込んでるかわからんぐらい
ピンポン玉みたいにあちこちに弾かれ飛ばされまくってる人生なのね
なぜ首都や都会を異常に憎むに至ったかは朧げ~に分かるような気もした

俺の説:
ポルポトは、宮廷ダンサーの従姉に惚れていた。が、彼女は王家の妾に・・
その恨みが旧体制全てへの怒りの源泉となっていったのだ

340: 世界@名無史さん 2015/03/26(木) 19:21:54.52 0.net
>>339
その割にはニコニコしながらシアヌークと握手したりしてるが。

341: 世界@名無史さん 2015/03/26(木) 20:35:54.02 0.net
俺もポルポトのドキュメンタリー観たけど
ポルポトは自分を全能の天才と信じて疑ってなかったって証言もあったな。
自分が間違うはずがないから、国民を強制労働させたり家族を解体したり
知識階級を再教育という名の虐殺で無くしたりさせたことも国民の為になると本気で信じてたと。
ポルポトのところに上がる報告がポルポトにとって都合の良いものばかりで、何万人も強制労働で犠牲にして作ったダムを見て喜んでたとか
自分が苦労して権力を握ったから、理想のためには多少の犠牲は当然で、それを乗り越えたときにこそ国民を理想社会に導けるのだと心のそこから信じてたらしい。
当時の党の広報係が、ポルポトは現実から切り離されて、象牙の塔に隔離されて生きているかのようだったと回想していたな。

342: 世界@名無史さん 2015/03/27(金) 07:32:47.47 0.net
でもポルポトは首都でもフランスでも学業が振るわず、公費留学費用を
打ち切られて帰国してる。それほど頭が良いという自己認識あったかな

こないだ悪名高い絶滅収容所のドキュメンタリ見てたら、政権後期になると
収容所での殺人が減る方向に向かってたとのことで、なぜかというと
彼らが殺していた「裏切り者」や「非愛国者」が実は無実で、単に拷問で
取調官の聞きたいことを引き出していたからに過ぎないことにさすがに
政権中枢も気づいたから、と

初めから気づけよそのぐらい・・

343: 世界@名無史さん 2015/03/27(金) 10:49:50.75 0.net
10年以上もジャングルの地下で資本家恨みながら生活してた共産主義者が
いきなり一国の政権なんてとったらそりゃおかしくもなるわな。
スケールは違うが日本なんてずっと野党第一党で、何度も選挙通ってきたはずの選良が政権とってもおかしくなったわけで。
貨幣制度を廃止した理由も「我々はジャングルで生活してたときに貨幣は一切使わなかったから」だもんな。

362: 世界@名無史さん 2015/03/30(月) 21:06:02.02 0.net
今でいえばISISみたいなもんだろ
アメリカも中国もソ連=ベトナムに対抗する勢力として利用しようと思ったんだけど
結局人を殺しすぎたので無理だった

370: 世界@名無史さん 2015/04/05(日) 18:01:38.80 0.net
それにしたってポル・ポトの左翼キチガイぶりは突き抜けすぎだろ。
あれはもう冷戦とか反帝国主義とかとは別のなにかだ。

374: 世界@名無史さん 2015/04/05(日) 19:14:19.57 0.net
ポルポトの狂気のレシピ

1 非合法集団特有の暴走する猜疑心
2 目的が手段を正当化するレーニン主義
3 カンボジア人の伝統的反ベトナム感情
4 カンボジア秘密爆撃などによる反米感情
5 訪中したらたまたま文革で超盛り上がっていて狂熱に感染
6 最初の支持母体である少数民族がジャングルで自給自足してたので
  これこそ答えだと思い込む

他にもあると思うがざっと

383: 世界@名無史さん 2015/04/20(月) 16:26:32.51 ID:DZlg/pFhr
異論はあるだろうがコイツは間違いなく理想主義者の善人だよ、矛盾や悪を受け入れられないから大人を皆殺しにする程だから潔癖とすら言っていい

387: 世界@名無史さん 2015/06/10(水) 11:01:29.46 0.net
カンボジア現代史の本、カンボジア人の手記などを読むと、シアヌーク政権末期、
既に行き詰っていて、ロンノル政権が成立した時は、少なくとも都市のインテリや
中流階層は歓迎していたそうだ。

389: 世界@名無史さん 2015/07/31(金) 23:46:18.06 0.net
シアヌークの支持基盤は都市ではなく農村地帯だったからね。
ポルポトが立たなくても、都市しか抑えてないロンノル政権が
早晩倒れる事は自明な訳で、その後出来るのは反米政権に決まってる。
つくづくアメリカの外交政策のバカさ加減だよな。

シアヌークがあせってクメールルージュと組んだから、ポルポトの
目が出てきた訳だけで、独自にレジスタンスを組織すれば良かったのに。

397: 世界@名無史さん 2015/10/15(木) 19:23:27.12 0.net
ポルポトの最後の1年がどう言うものだったか知りたいね
政権就いている時とその後のゲリラ戦の頃は結構分かっているんだけど

398: 世界@名無史さん 2015/10/15(木) 19:25:39.75 0.net
現地カンボジアや海外でもカンボジア大虐殺についてマクロ視点、ミクロ視点ともに
ドラマや映画になっているが。
肝心のポル・ポトを主役に描いた作品が無い気がする。
生い立ちから死までを描いた作品を作って欲しい物だ。
ポル・ポト役をやりたい俳優が居るかどうかが問題だけど

399: 世界@名無史さん 2015/10/15(木) 19:42:14.66 0.net
通史的にやると、シハヌークの扱いが難しすぎる感じ

401: 世界@名無史さん 2015/10/18(日) 11:03:38.10 0.net
ドラマで全50話のポル・ポト伝希望したいね
1話がポル・ポト誕生で49話でポル・ポト死去で最終回50話限定でタ・モク主演

403: 世界@名無史さん 2015/10/19(月) 14:23:48.26 0.net
シハヌークを相当ぼかして空気にしてしまうのと
フン・センとヘン・サムリンを完全な正義にしないと無理

404: 世界@名無史さん 2015/10/24(土) 14:34:35.66 0.net
フン・センとヘンサムリンは虐殺に関わっているからね~
命令だとは言えど、フン・センなんてガチガチのクメールルージュの少年兵出身で
本当にポル・ポト信奉者だったし

405: 世界@名無史さん 2015/10/26(月) 21:39:17.74 0.net
個人的には、ヒトラーよりもポル・ポトの方が恐ろしい。
ヒトラーの行動や理想は、一応は理屈の上では理解できる。
ポル・ポトの自己破壊的な自国民虐殺や国家弱体化は、まるで理解できない。

410: 世界@名無史さん 2015/11/03(火) 20:40:20.87 0.net
>>405
ヒトラーもスターリンも大虐殺やって犠牲の上に発展を築いたけど
ポル・ポトはただ虐殺と破壊をやっただけ、発展なんてしてない
そして、ヒトラーもスターリンも自分の手で人を殺した経験がある(ヒトラーは戦場でスターリンはテロで)
でもポル・ポトは自身の手ではだれ一人殺していない。
ヒトラーとスターリンには狂気の中に正気が見え隠れするタイプだが、ポル・ポトは狂気が一切存在しないのが逆に怖い
物凄く人当たりのいい人物。完全無欠のサイコパスだ。気が付いた時にはもう遅いってタイプ。
もし小人物として実際に近くに存在したら一番危険なのがポル・ポト。
気が付いたら一家を乗っ取られて家族で殺し合いをさせられる羽目に陥る。

408: 世界@名無史さん 2015/11/03(火) 12:35:49.90 0.net
ポルポト派全盛の頃、よく「民主カンボジアの声」放送を聞いてた。
その頃の「ヴェトナムの声」はよくカンボジアのKFP通信の報道としてカンボジア
のニュースを流してたけど、どっちも信用できないニュースだった。

413: 世界@名無史さん 2015/12/26(土) 19:23:06.10 0.net
ポルポトは優しいおじさんだったらしいよ。
農村文化を尊重したからインテリなはちょっと辛かったらしいけど。

414: 世界@名無史さん 2015/12/31(木) 19:16:58.92 0.net
優しくても人が死ぬことを屁とも思ってない

425: 世界@名無史さん 2016/01/31(日) 21:38:02.94 0.net
昔のように農耕具を持って田畑を耕し、育てた作物を皆で平等に分け与えられる社会では、貧富の差も身分の差も争いも無かった。 それで皆幸せだったのだ。
それなのに、今は知識や技術が金を産み、知識や技術を持つ者と持たざる者の間に資産格差が生じている。資産格差が生じれば、それは持つ者と持たざる者との間の争いを生む。
そのような事は、これまで有史以来繰り返されてきた階級間闘争の歴史の繰り返しである。今日までのあらゆる社会における歴史は、階級闘争の歴史であるのだ!
↑ポル・ポトの精神構造は、大体こんなもんかね?

427: 世界@名無史さん 2016/02/01(月) 06:08:46.58 0.net
この人の事は、政権期よりも、フランス留学時代や
政権崩壊~死(個人的には、暗殺されたと思ってる)の時期に興味ある。
前者は政権下での狂気のルーツとしての興味。後者は政権期よりも謎に満ちてるから。

429: 世界@名無史さん 2016/02/01(月) 23:44:13.51 0.net
ポル・ポトの功績を強いて挙げるとすれば、
ポル・ポト時代に造られた巨大な貯水地は、
ヒトラーが膨大な国債を投じて建造したアウトバーンみたく
現代のカンボジア住民の役に立ってるみたいだな。

430: 世界@名無史さん 2016/02/02(火) 00:52:37.55 0.net
とは言っても、資本主義の否定ゆえに
機械は一切使わず、専ら人力での建造。
死なずに済んだ筈の人間が、ここでも
バタバタと死んでいった。
だから、カンボジア人の前では
貯水地建造をポル・ポトの功績とは言えん。

432: 世界@名無史さん 2016/02/02(火) 04:56:27.63 0.net
ポル・ポトにしてみれば、資本家が機械等の生産手段を持ち、労働者を雇い入れて労働させ、
商品を売り、利潤を得ると言う資本主義を否定し、完全平等の社会を実現したい。
そのためには、資本家と労働者の間に格差をもたらす元凶である機械等の生産手段を否定する・・と言うことじゃね?
医者、芸能人、学生等を抹殺したのも、恐らく似たような理由でしょ。
彼らの持つ知識・教養や特殊技能が金になり、それが格差を生み出すと考えたんじゃないの?

433: 世界@名無史さん 2016/02/02(火) 20:13:30.76 0.net
この人が絵に描いたような悪党面なら、この人にあまり関心は持たなかったかも。
ポル・ポトのにこやかな笑顔の写真と併せて、ポル・ポトの虐殺の一端を知った事で
「え?こんないかにも温厚そうで感じの良い人が?」と言うのがスタートだった。
実際、少し調べてみたら、やっぱり1個人としては良い人だったと言う証言多数。

435: 世界@名無史さん 2016/02/02(火) 23:25:27.34 0.net
>>433
悪いやつがやることには限度がある。
やり過ぎると却って損するからだ。
だが善意でやることには限度が無い。
ポルポトも善意だったのだろう。

「地獄への道は善意で敷き詰められている」 (レーニン)
こ言葉は大変な説得力がある名言だ。
レーニン自身もその最悪の実例なのだから。

441: 世界@名無史さん 2016/02/06(土) 09:58:10.63 0.net
ポル・ポトが病死なのか毒殺なのか自殺なのか、永遠に判りそうにないのが、残念やね。
爪や頭髪の変色とか見てると、心臓発作とはにわかに信じがたいし
これは完全に偏見だが、あまり自分から死ぬタイプに見えないから
個人的には、ポル・ポトに全責任を擦り付けて逃げきりを図ろうとする連中の手による毒殺かな?と思ってるわ。

442: 世界@名無史さん 2016/02/06(土) 15:44:54.79 0.net
政権崩壊後から死までをドキュメンタリーでもドラマでもいいからきっちりやって欲しいね
もちろんカンボジアン人自らの手で
ポル・ポト伝~

序盤=生い立ちから政権掌握まで
中盤=政権時代
終盤=政権崩壊から死まで

3つの時期を分離してやると面白そう。本でもいいんだけどな。

444: 世界@名無史さん 2016/02/06(土) 23:36:36.00 0.net
政権崩壊~死に関しては、あまり語られないよな。
晩年のポルポトが「良心に恥じることはしていない」
「間違いはあったかもしらんが、良いこともした」とか言ってたのは知ってるが、
政権時代を回顧して、どういう発言を他にはしていたかとかを、もっと知りたい。

445: 世界@名無史さん 2016/02/11(木) 23:22:23.23 0.net
白髪老人になったポル・ポトが、屋外のちょっとした小屋みたいな所で
大勢の集団に囲まれて、司会っぽい奴が何かを言ったり
集団が喚声(?)を上げる中、黙って椅子に座っている映像を観たんだけど
これ、ポル・ポトが内輪で終身刑を言い渡された裁判の様子かね?

446: 世界@名無史さん 2016/02/12(金) 11:35:30.05 0.net
確かに謎が多いよな。ポル・ポトが確かに善人だったなら、その動機にしろ命令権者にしろ
虐殺の主体として働いていたのは何なのか。
ポル・ポトがただの理想主義者の軽い神輿だったのなら、ナンバー2以下が狂っていたのか。

416: 世界@名無史さん 2016/01/11(月) 15:43:46.11 0.net
イスラム国の支配地域はきっとクメールルージュ状態なんだろうな


引用元: ・ポル・ポトはなぜ大虐殺を起こしたのか





ポル・ポト―ある悪夢の歴史
フィリップ ショート
白水社
売り上げランキング: 528,614