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1: 奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. 投稿日:2006/10/24(火) 00:16:46 ID:K4Si42Sa0
まずはここから。








17: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/10/28(土) 13:21:12 ID:5ZA7Fjqp0
宮城谷しか読んだ事ないのだけど
なんか他にいい作家の人いる?

18: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/10/28(土) 16:53:18 ID:0CnKDMPQ0
わりとこの時代の歴史小説書いている作家多いよ。
要は、史記の範囲だから。

19: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/10/28(土) 18:01:10 ID:Z/8JLypmO
陳舜臣とか?

61: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/11/19(日) 13:56:31 ID:OAFq0vorO
この時代の戦争が一番好き。
三軍とか開戦の使者とか旒とか、雰囲気が最高。

75: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/11/26(日) 09:37:48 ID:cYDPAouF0
三国時代が世間的には人気があるけど俺はこの時代が好きだな。
諸子百家の出現や始皇帝の出現など、面白すぎる。

76: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/11/26(日) 09:38:34 ID:cYDPAouF0
やっぱり乱世は面白すぎる。漢の時代はつまらない。

77: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/11/26(日) 23:00:05 ID:JCgXVKV7O
確かに。
2大勢力よりは、まさしく群雄割拠してほうが、外交や同盟関係にも
見るところが多いね。主役級の国も多い。

78: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/11/26(日) 23:28:55 ID:xv9bfVau0
戦国はともかく、春秋並にごちゃごちゃしてるとワケワカランって人も多いぞ
かといって楚漢のような2カ国の対立だとシンプルすぎて面白くない
国3つってのがちょうど良いらしい

実際俺も春秋なんかは何がなんだか_| ̄|○

80: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/11/27(月) 08:16:53 ID:QkWuDOXb0
春秋はでもいいよ、他の時代と違って他国が必ずしも滅ぼす対象じゃないから
諸侯が会盟したりするエピソードはいいもんだ

81: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/11/27(月) 14:34:50 ID:6RsJnbGi0
秦の統一王朝が当初は例外だったのかもね
春秋の大国晋とか斉は秦と違ってある意味ぬるいよね

82: 奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. 投稿日:2006/11/27(月) 21:08:52 ID:mOAfqCHc0
晋の献公は他国を滅ぼしてる。ある意味先駆者かも。

83: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/11/27(月) 21:35:18 ID:/KEZbChs0
春秋時代に他国を滅ぼした例は他にもあるし
献公が特異なのはこの時代には珍しく同姓の国を滅ぼしまくってること
なんじゃないかと

85: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/11/27(月) 21:43:13 ID:9lDE+jB3O

統一より、覇者になることが目標だった諸侯だからこそ、外交や同盟に複雑な
面白味があるな。
覇者

覇者(はしゃ)とは、中国(春秋時代)の周王朝下の諸侯(君主)に与えられる名誉「覇」を得た者の尊称。

徳を以て天下を治める者を「王者(周王室を指す)」と呼ぶのに対し、実力および諸侯の信を得て天下にその名を知らしめた君主を「覇者」と呼んだ。初期は、周王室を護って夷狄を退けること(尊王攘夷)によって授けられたが、周の権威が失われるにつれ、諸侯を集め盟主として会盟を行うことで覇を唱えるようになった。代表的な存在として斉の桓公、晋の文公などがいる。覇者のうち5人を挙げて春秋五覇と呼ぶが、どの人物がその5人に当てはまるかについては文献によってまちまちである。



86: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/11/27(月) 22:03:14 ID:1h5z2pGu0
とはいっても斉の桓公と晋の文公以外は覇者候補だらけで

87: 奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. 投稿日:2006/11/27(月) 22:04:55 ID:mOAfqCHc0
楚の荘王は認めてほしいなあ。

88: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/11/27(月) 22:39:29 ID:InAPkErd0
秦の穆公も認めてもらいたいですね。

89: 奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. 投稿日:2006/11/27(月) 22:42:36 ID:mOAfqCHc0
穆公は僭主とかフィクサーとか。

90: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/11/27(月) 23:11:24 ID:xRShaxxAO
穆公は地方覇者って感じがするな

92: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/11/28(火) 00:35:28 ID:Nk59vRIt0
宋の襄公のことも忘れないであげて下さい

といっても他の覇者候補と比べると
こいつが覇者?と言われると微妙すぎる

95: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/11/28(火) 01:00:24 ID:PRZ5XQwNO
俺個人としては鄭の荘公、楚の成王、晋の悼公も覇者候補だな

96: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/11/28(火) 16:15:36 ID:mg2/wQct0
>>95
なかなか玄人受けする意見だけど五覇って
一般的には斉の桓公、晋の文公、
+楚の荘王,呉王闔閭,越王句践、宋の襄公、秦の穆公、呉王夫差

この中の誰かな?

97: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/11/28(火) 17:05:07 ID:K4niwXe9O
「孟子」と「荀子」の二通りの五覇が一般的でしょ。

覇者の条件として、尊王攘夷と会盟の主催は必須じゃない?

98: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/11/28(火) 18:52:29 ID:PHYzqoxv0
そのせいで呉王・夫差が第二候補としては最有力だね

ただ宋の襄公も推してあげたい
諸侯会同は催しているし、桓公歿後の斉の扮装も収めてるし、
なにより宋襄の仁を春秋公羊伝では絶賛されてるところも認めてあげたい
非常に人間のできた人でもあるし

99: 奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. 投稿日:2006/11/28(火) 21:40:34 ID:wj/kY22K0
建前でオレが択ぶならこうなるかな。

斉桓・晋文・楚荘・宋襄・秦穆

100: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/11/28(火) 21:54:20 ID:r2JasAsl0
五覇じゃなくて三覇でいいんじゃね?w

101: 奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. 投稿日:2006/11/28(火) 21:55:24 ID:wj/kY22K0
三覇五鎮とでも言えばいい感じではあるね。

102: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/11/28(火) 22:04:56 ID:r2JasAsl0
>>101
それもいいけど春秋に関しては呉楚や秦は域外扱いでも個人的にはいい感じがするなあ。

103: 奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. 投稿日:2006/11/28(火) 22:10:14 ID:wj/kY22K0
うん。地方の覇者を「鎮」という字にあてはめたつもり。

104: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/11/28(火) 22:13:51 ID:r2JasAsl0
>>103
ああ、そう意味かあ。納得。
最初に五覇を設定したのは孔子だっけ?
罪なことするなあw

107: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/11/29(水) 03:07:55 ID:aI8p1hphO
実は覇者では越が好きだったりする。
夫差の話題は終わってしまったか…、乗り遅れてしまった残念。
また機会つくってね。

109: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/11/29(水) 11:10:40 ID:CBFmcldw0
荀子=斉の桓公、晋の文公、楚の荘王、呉王闔閭、越王句践
孟子=斉の桓公、晋の文公、楚の荘王、宋の襄公、秦の穆公

夫差をはじめてあげた人は誰なのかな?

夫差

夫差(ふさ、? - 紀元前473年)は、中国春秋時代の呉の第7代、最後の王。姓は姫。春秋五覇の一人に数えられる。先代の呉王闔閭の次男。


....越王勾践によって討たれた父・闔閭の仇を討つため、伍子胥の尽力を得て国力を充実させ、一時は覇者となったが、勾践の反撃により敗北して自決した。


110: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/11/29(水) 16:59:04 ID:tjUU0DFRO
『漢書』には夫差が入ってるみたい

112: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/11/30(木) 19:53:38 ID:IxPg1CroO
夫差は伍子ショを自殺に追い込んだ憎き男なんだが、なぜか憎みきれないやつなんだよな最後に反省してるからだろうか?

113: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/11/30(木) 21:22:18 ID:O60LP9W4O
夫差は勾践に情けをかけるわけだけど、政治的に失策であっても、悪人には思われないからじゃないかな。

114: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/11/30(木) 21:48:38 ID:H2rxsKy3O
しかし、家族を殺され復讐に燃え、且つ呉の忠臣であり国を作った中心であった
伍員の生きざまと、献策には、あまり非の打ち所が少ないからね。
夫差に、勾践を殺しておかねば必ず痛い目に遇うと、何度も言い続けたが、逆に
それが仇になり、伍員は夫差に殺され、一方、夫差を殺した勾践は、夫差の悲願
でもあった覇者になるわけでしょ。伍員ファンは多そうだし、嫌うかも…。
なんか項籍と劉邦の縮図に重なるんだよね。范増ファンは少ないけどね。

115: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/11/30(木) 22:04:47 ID:d2PUOHLB0
以前に学校の世界史で斉の桓公、晋の文公以外の春秋の五覇を二人挙げよという問題が出たんだが
5人が人や資料によってまちまちなのにどう答えれば良かったんだろうか?
どう答えても誤字がなければ正解にする気だったのだろうか、激しく気になる。
ちなみに俺は夫差と勾践と答えようとして「勾践」と漢字で書けず×だったがなw。

117: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/11/30(木) 22:57:23 ID:O60LP9W4O
>>115
手元の『新 世界史B』(数研出版)だと斉桓公・晋文公・楚荘王・呉王夫差・越王勾践になってる。

大辞泉を引くと孟子と荀子の2パターンが載ってるので、どれが一般的か微妙だね。

まぁ、参考書の人選だと春秋時代のトピックを、順を追いながら説明しやすいかな。

119: 奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. 投稿日:2006/11/30(木) 23:01:51 ID:EKe9v2/40
キリがないのでアレなんだが、覇者の条件ってのがあると思うんだ。

122: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/11/30(木) 23:58:09 ID:H2rxsKy3O
>>119
ちょっと自信が無いけど、周の近くに領土があり、同盟国を守れるだけの軍事力
を保有する国とか読んだ記憶がある…、でも別の称号だったかも…

123: 奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. 投稿日:2006/12/01(金) 00:03:53 ID:dArQlPFt0
尊王が根底になければならない、と言ったのは陳舜臣だったかな。

124: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/12/01(金) 00:25:49 ID:sNaTsyfRO
五覇という言葉にこだわらずに覇者を挙げてみると、斉桓公、晋文公の二人で終わってしまう
無理に五人挙げようとするから半端者を候補にしなきゃならなくなる
せいぜい番外的に中原から遠い西の覇者として秦穆公、南の覇者として楚荘王を認めるくらい

126: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/12/02(土) 03:38:11 ID:ffU8gp2SO
越や呉の王様はなぜ名前表記なんですか?
文公や荘王ような諡号?をつける風習がなかったんですかね

127: 奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. 投稿日:2006/12/02(土) 22:48:21 ID:V/0X7UGr0
>>126
呉王闔閭は自分で名乗った王号だったはず。本名は光だし。

128: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/12/03(日) 01:16:07 ID:J+mHfZh1O
>>126
呉と越の歴代の名前をみたけど、諡法に則った諡号は見当たらんかった。
夷狄扱いされてた秦や楚はちゃんとあるのにね。

呉や越では祭祀儀礼を扱う制度が未整備のまま滅びちゃったのかな。

おいらごときには手に余る謎ですね。

129: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/12/03(日) 03:14:45 ID:YMMrq7tC0
呉越の復習合戦は、理解を超えるな
人間がゴミのようだ

132: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/12/03(日) 21:08:37 ID:qYA/+rDe0
中国は周が神話の時代から登場していれば
天皇みたいに廃されず残り続けたのだろうか

133: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/12/03(日) 21:43:56 ID:u95P9FZH0
神話の時代にあった夏は滅ぼされたし、周が夏の時代にあった
としても同じだろうよ。

134: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/12/04(月) 00:38:19 ID:fz3TrSHOO
禅譲神話があると、遅かれ早かれ王莽や曹操・曹丕親子のような実質的簒奪が行われたんじゃない。
まぁ、前提として禅譲を理想とする思想が生まれ広く定着する必要があるだろうけどね。
歴史的に儒教がその役割を担ったわけだね。

139: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/12/06(水) 22:38:00 ID:rZrj24N/O
しかし春秋戦国時代のように各地に独立国をつくる国家経営と、始皇帝のように
一国のみで国家を経営するやり方はどちらのほうが平和なんでしょうね?

140: 奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. 投稿日:2006/12/06(水) 22:40:12 ID:2sNJ6CMs0
広すぎる土地と都市国家の時代だからねえ。
オレは後者だと思う。昔も今も。

141: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/12/06(水) 22:54:19 ID:rZrj24N/O
民主主義はまだその時代はないと思いますが考慮しました?

142: 奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. 投稿日:2006/12/06(水) 22:56:35 ID:2sNJ6CMs0
民主主義なんてのは頭になかったね。
原始共和主義に支配者が乗っかってるだけのイメージで。

143: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/12/06(水) 23:00:06 ID:rZrj24N/O
そこなんですよ私が考えてしまうのも。
尭、瞬のようなトッブならば問題ないでしょうがエイ政のようなファシストであれば最悪かと。
或いは地方分権的な国家態勢であるほうが民意は反映するのではないでしょうか?

144: 奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. 投稿日:2006/12/06(水) 23:06:45 ID:2sNJ6CMs0
民意の反映ってのが必要かどうか分からんけどね。
周代の中原全体を平和に治めたいのなら、郡県制並みの行政区分で充分だと思う。

146: 奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. 投稿日:2006/12/06(水) 23:18:14 ID:2sNJ6CMs0
周は楚を異民族として除外すれば、擬似親藩と譜代で構成されてるから。
戦国期は単位が大きくなって士大夫が官僚化していっただけ。

庶民の勢力と支配者が分離するほど成熟してないか、
それほど人口・社会が発達してないかのどちらかなんだろうね。

147: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/12/06(水) 23:23:23 ID:+NGu7JHG0
まあ周自体が最初は西方の異民族でしょ。
つまりは後進地帯から来た征服者ゆえに、そんなに集権的な統治は無理。
一門・功臣を各地へ封建する以外の有効なやり方ってなかなかないよ。

148: 奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. 投稿日:2006/12/06(水) 23:33:35 ID:2sNJ6CMs0
周の場合、一族功臣を各地に封じて中央に権力が集中してないからね。
鄭の成立なんかがその際たる例。

149: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/12/06(水) 23:35:18 ID:rJd73Rhp0
なんかいまいちピントがずれた話をしてる感じ。
周の時代はそれほど版図が広いわけでもなく統治技術もまだあまり発展していなかった。
だが時代が下るにつれ版図も広がり、統治技術も発展してきた。
その結果として秦の統一があった。
それだけの事じゃない?

150: 奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. 投稿日:2006/12/06(水) 23:36:40 ID:2sNJ6CMs0
統治技術という言葉があるなら、それはまだ始まったばかりだったんだろね。

151: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/12/06(水) 23:40:43 ID:rJd73Rhp0
>>150
商を倒した時点でも、統一という概念はなかったんじゃないかな?
あっこの土地が余ってるからお前は向こうへ行けや。ただし、オレのことは兄貴分として立てるのは忘れるなよ。
ってな感じ。

153: 奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. 投稿日:2006/12/06(水) 23:45:07 ID:2sNJ6CMs0
>>151
うん。だから擬似一族という言葉を使った。
召公をはじめ文王の庶子として記される諸侯は、たぶんほとんど異民族。

156: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/12/06(水) 23:58:26 ID:rJd73Rhp0
>>153
だろうね。
結局、周は天下の主という事実も自覚もなく、精々盟主であるという程度の概念しかなくそれ以上の事は想定の埒外だったのだろうね。

152: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/12/06(水) 23:42:29 ID:rZrj24N/O
しかし季斯が献策できていたということは研究はかなり進んでいたのでは?

153: 奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. 投稿日:2006/12/06(水) 23:45:07 ID:2sNJ6CMs0
>>152
それはある程度官僚制が成熟した時期の話だし。

157: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/12/07(木) 22:05:00 ID:Mpgx8UWOO
しかしこの時代は各国の太子や公子がやけに優秀な時代だよね…。
後継ぎの教育にかけては後年よりもスパルタだったのだろうか?

158: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/12/07(木) 22:31:13 ID:YrC1ZOPZO
しかし優秀な公子にかぎって君主になることは少ない気がしないでもない

164: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/12/07(木) 22:58:38 ID:Mpgx8UWOO
ところで孟嘗君(字が違うかも…)の話は水滸伝と関係はないのかな?
なんか宋江っぽくないですか?

孟嘗君

中国の戦国時代末期の四君の一人。姓は田。名は文。父の田嬰 (えい) は斉の威王の子で薛 (せつ。山東省) に封じられ,父の死後跡を継いだ。賓客を好遇し,その食客は数千人に及んだという。秦の昭王はその賢明なことを聞き,王の8 (前 299) 年招いて殺そうとしたが,狗盗 (こそどろ) や鶏の鳴き声の上手な食客の手引で秦から脱出に成功したという「鶏鳴狗盗」の故事が有名。



165: 奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. 投稿日:2006/12/07(木) 23:02:51 ID:EwDIM/Do0
本人が無芸なところとか?
上に立つものは徳さえあればいいのは中原ならではの上司像かも。

166: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/12/07(木) 23:08:25 ID:Mpgx8UWOO
人徳もあるけど食客の面々もね。
通行証偽造の達人とか盗みの達人とかああいう無頼漢でも一芸あれば雇うし、
援軍に行く際に彼らは率先してついてきたらしいから聡明な人だけでなく、そ
ういう荒くれ者からも尊敬され愛されてる点。

171: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/12/07(木) 23:19:57 ID:Mpgx8UWOO
言われてみれば、たしかに鶏鳴はまだしも狗盗については徳のある人
ということを踏まえれば少し矛盾があるな…。

175: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/12/07(木) 23:38:31 ID:YrC1ZOPZO
孟嘗君は決して無芸ではないよ
戦国策を読むとわかるが外交官として優秀だ
将軍としても秦軍を破ってるしね

176: 奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. 投稿日:2006/12/07(木) 23:43:07 ID:EwDIM/Do0
もちろん。他国の宰相だったりもするから無能ではない。
ただ孟嘗君は侠の要素が強くて、そこに求められるイメージを背負わされてる感じで。

179: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/12/09(土) 00:04:18 ID:wT6Gv2/zO
この頃の公子の知名度は、本人の名声と王の子という
名声ではどちらによる知名度が高かったんだろうか?

180: 奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. 投稿日:2006/12/09(土) 00:07:25 ID:ALPBN0gS0
春申君の例もあるから、王子だからというだけではないだろうね。

181: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/12/09(土) 00:24:16 ID:wT6Gv2/zO
逆に言えばそういう特殊な人だから春申君が好きでもある。他だれかいる?

182: 奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. 投稿日:2006/12/09(土) 00:25:39 ID:ALPBN0gS0
戦国策の安陵君は結構お気に入り。

186: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/12/09(土) 03:09:51 ID:nIebNJY1O
戦国後期には〇〇君ってのがあちこちで見られるようになるね。
だいたい王子とか功臣がなってるみたい。
廉頗もちゃっかり信平君になってるし。
こうゆう場合の君号ってどうゆう意味なんだろ。

188: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/12/09(土) 10:44:56 ID:hWwcx1Tr0
>>186
地名でなければ雅字を選んだのかな

187: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/12/09(土) 07:49:09 ID:nem6FtT00
平原君は四公子の器じゃないね
まだ平陽君の方がマシ

190: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/12/09(土) 14:22:33 ID:xJlNQyp10
>>187
でもなんだか憎めないタイプだよな
失敗したらすぐ反省するし
逆恨みしないのは意外に難しい

191: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/12/09(土) 19:16:28 ID:E/30tr21O
楽毅が望諸君
田単が安平君
白起が武安君

192: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/12/09(土) 20:38:23 ID:xFf+qI/s0
商君、というのはそのへんと意味的には違うの?

193: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/12/09(土) 21:32:55 ID:nIebNJY1O
商鞅は商の地に実際封じられてるけど、もっと後の時代だと封地とは関係無く、功績を讃える称号っぽくなってる感じがするね。
薛の孟嘗君は諡号みたいだし。

197: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/12/10(日) 23:44:27 ID:v1qdtGQGO
勾践と夫差の故事、臥薪嘗胆は本当なんだろうか。
薪の上で寝たり馬(?)の胆舐めてる王からは臣は離れていくと思う…。
この頃できた故事って結構怪しいの多くない?

198: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/12/11(月) 01:05:25 ID:DJIDIGiw0
嘗胆は史記にもあるが、臥薪はそうじゃない(別の史書にはあるけど)
苦痛をいとわない主に優秀な人が集まるのは普通だと思うが、何かおかしいか?

200: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/12/11(月) 22:36:16 ID:1hJZL5oq0
薪の痛み、胆の苦味で、あの屈辱は忘れない・・・って意味じゃないの?

胆はクマの胆と聞いたが。

201: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/12/11(月) 23:57:12 ID:C4iZ6n8J0
史記には門を通るたびに門番に「お前は会稽の恥を忘れたか」と罵らせたとあるけどさ
門番の方もドキドキもんだよな
なんか殊更キゲンが悪いときとかに言ったら平気で斬首とかにされそう


204: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/12/12(火) 16:34:08 ID:7Mif8eT/O
斉の桓公ってひょっとしてあんまりお利口じゃない?
なんか菅仲死んだ後は不様で惨めで愚かにしか見えないんだけど
何かすばらしい逸話無い?

桓公

桓公(かんこう)は、春秋時代・斉の第16代君主。春秋五覇の筆頭に晋の文公(重耳)と並び数えられる。鮑叔の活躍により公子糾との公位継承争いに勝利し、管仲を宰相にして斉を強大な国とした。実力を失いつつあった東周に代わって会盟を執り行った。

紀元前645年、国政の要であった管仲が亡くなると、国政を顧みなくなり放蕩に明け暮れるようになった。管仲が亡くなる時に引き立ててはいけないと言った佞臣たちをも登用し、国政は乱れた。桓公が病床に就くと、公子達の後継者争いの中で、紀元前643年10月8日に息を引き取り、その後納棺されるまでの67日の間、その遺体は放置されたままになり、翌紀元前642年8月に太子昭が孝公として位につくまで、埋葬される事もなく、そのため遂には扉からウジが這い出してきたという。斉はこの後もたびたび後継者争いが起こり、覇権は晋、楚へ移った。


205: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/12/12(火) 17:13:32 ID:09cmozbWO

>>204
斉の桓公は、管仲が生きてる間は国政を任せきったのが最大の功績なんじゃない。
管仲を登用したのも鮑叔牙の強い推挙があってのことで、あまり人を見る目は無かったんでしょう。

207: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/12/12(火) 21:09:25 ID:2nkwA0/F0
 
いくら素晴らしい臣下がいても君主がアフォならジ・エンド。
管仲・鮑叔と同時に他にも色々有能なのがいたらしいし
そいつらを使いこなして覇者になった桓公はやっぱり
ただ者じゃないと思うぞ。
管仲死んで天狗になったのが運の尽きだったがな。

232: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/12/15(金) 13:48:18 ID:gHnyqrWtO
桓公がボンクラ?
名臣の意見を聞き続け、亡国の憂き目にあった国を助け、覇権を確かなものにし、流浪の公子だった重耳を礼遇した、あの桓公が?
管仲死後だけでボンクラ扱いは可哀相すぎないか?

235: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/12/16(土) 00:00:33 ID:YxUJFRlF0
桓公は確かに名君だと思うけど、アホなところもあったのは確かじゃない?
後宮で被髪して車乗り回したりとかしてなかった?

236: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/12/16(土) 13:32:54 ID:2QpHTabUO
桓公は封禅の儀式を行おうとして管仲に止められた暴走野郎です

237: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/12/16(土) 13:33:42 ID:2QpHTabUO
桓公は封禅の儀式を行おうとして管仲に止められた暴走野郎です

238: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/12/16(土) 14:13:40 ID:sgYFYsJG0
頭はいいけどアホってやつだなw
名君だけど、決して優等生ではない
そういうところが俺は好きだ

239: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2006/12/16(土) 14:20:24 ID:rjJV8Nzi0
だから王者ではなく、覇者なんでしょ

241: 奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. 投稿日:2006/12/16(土) 23:35:02 ID:ANOflRf20
>>239
一応まだ中央に王者がいるからね。

引用元: ・戦国春秋






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