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1: 世界@名無史さん 投稿日:2012/05/21(月) 19:52:11.30
東インド会社からハドソン湾会社、果ては東洋
拓殖会社まで貿易会社について語ろう








2: 世界@名無史さん 投稿日:2012/05/21(月) 20:05:39.49
満鉄って戦後は電通に人材全部行ったんだっけ?

5: 世界@名無史さん 投稿日:2012/05/21(月) 22:22:58.04
>>2
総合商社に結構いってる

6: 世界@名無史さん 投稿日:2012/05/21(月) 22:26:11.48
>>2
電通に行ったのは「満鉄調査部 」

満鉄や他の拓殖会社は大手商社に行ったのが
ちらほらいる

7: 世界@名無史さん 投稿日:2012/05/22(火) 00:09:50.00
オランダ東インド会社は世界初の株式会社。
今の株式会社とはだいぶ違うけど、もともと株式会社って政府外郭団体みたいなものだったんだよな。
規制緩和論なんかで株式会社だと公益性を守れないって言われることがよくあるけど、それなら本来の形に戻って公益株式会社制度でも作れば良さそう。

10: 世界@名無史さん 投稿日:2012/05/24(木) 20:04:04.45
>>7
いまの感覚で言うと

商社+民間軍事会社
んで、大株主が政府

だとおもわれ

11: 世界@名無史さん 投稿日:2012/05/26(土) 18:35:10.90
昔の株式会社は国策会社ではあったけど、完全な国営企業ではなかったイメージ何だけど合ってるの?

12: 世界@名無史さん 投稿日:2012/05/28(月) 20:52:30.48
イギリスの東インド会社なんか、国策会社でも何でもなかったけど。

13: 世界@名無史さん 投稿日:2012/06/11(月) 23:49:41.47
フランス東インド会社は?

フランス東インド会社

フランス東インド会社は、フランスで1604年にアンリ4世が対インド貿易でのオランダとイギリスの独占に対抗して組織した特権会社で、その後、1664年に重商主義を信奉する財務総監コルベールのもとで再組織され、ルイ14世によって認可された国営貿易会社となった。本格始動がイギリスやオランダより半世紀以上遅かったが、植民地経営と商業利権の獲得をめざした。

1719年、財務総監ジョン・ローにより、フランスが展開していたすべての国営貿易会社[1]と統合されて、インド会社と名を改めた。この時に株式も王立銀行の銀行券と統合されたが、バブル崩壊によって、1725年に銀行から分離。1731年、アフリカとルイジアナ貿易を切り離して、再び東インド会社と名を戻して業務を続けたが、一般には以後もインド会社と呼ばれた。

このように東インド会社、あるいはインド会社という名称ではあるが、貿易の対象はインドに限定されるわけではなくて、世界各地に及んだ。特に18世紀以降の実態は国営貿易の総合商社であった。

1769年に一旦廃止されるが、1785年に財務総監カロンヌによって再建され、貿易会社として1795年まで活動した。


15: 世界@名無史さん 投稿日:2012/09/10(月) 21:02:54.04
>>13
イギリスに比べると国策。
イギリスの東インド会社は、経営が悪化して、倒産させることができず、
政府が運営することになったのが大きな流れ。
よって、インドを植民地化するための先鞭だったとか言うのはありえない。

16: 世界@名無史さん 投稿日:2012/09/10(月) 23:22:15.71
フランスの東インド会社って、他の会社とまとめてジョン・ローに任せたらバブった後にあぼーんしたあれか。

17: 世界@名無史さん 投稿日:2012/09/14(金) 20:56:04.69
特許会社
貿易の独占権を国王から特別許可を持って独占貿易会社。
インドやアジアが遠かったから成立する話で、近距離だったら、
無許可貿易が多かっただろう。

18: 世界@名無史さん 投稿日:2012/09/16(日) 23:09:43.28
船の共同出資から、合本会社が生まれ。
資本に恒常性を持たせた株式会社に発展する。
ヨーロッパ以外に似たようなものや過程は無かったのだろうか?

21: 世界@名無史さん 投稿日:2012/09/22(土) 23:02:09.00
オランダ東インド会社の交易航路は最高企業秘密
他国にその秘密を漏らした者には恐るべき血の制裁が

22: 世界@名無史さん 投稿日:2012/09/22(土) 23:56:34.91
イギリスの東インド会社の本を読んでいたら。
東インド会社のアジア航路の船員のほとんどが中国系というのには驚いた。

24: 世界@名無史さん 投稿日:2012/09/23(日) 09:21:58.29
>>22
そりゃアジア域内での交易なら現地のモンを使った方が手っ取り早くて安い。
VOCが来る以前から、ジャンク船の交易ネットワークが東南アジアからインド洋まで結んでいた。
司馬遼太郎はその歴史小説で、中国人は海を怖がって伝統的に海に出たがらないみたいなことを書いていたが、とんだ偏見だ。

25: 世界@名無史さん 投稿日:2012/09/23(日) 23:51:13.74
インドから西のアジア・インド間は中国系がほとんどを占め、インド・
ヨーロッパ間は、さすがにヨーロッパ系がほとんどを占めていた。
もし、インド・ヨーロッパ間も中国系が占めていれば、ヨーロッパの
鉄砲・大砲・船舶技術など技術力や制度などを取り込むことができ、
中国がヨーロッパに追い越されるのがもっと先に伸びたんだろうね。

26: 世界@名無史さん 投稿日:2012/09/24(月) 04:45:30.23
インドから西?

27: 世界@名無史さん 投稿日:2012/09/24(月) 19:52:38.64
アジアとヨーロッパの貿易が注目されやすいけど、
アジア間の貿易も東インド会社になっていた。
東インド会社の船と拠点を利用して、アルメニア人商人が協業
したりもしていた。

28: 世界@名無史さん 投稿日:2012/09/28(金) 22:19:06.25
ハドソン湾会社って、今も続いて存在しているのには驚いた。

ハドソン湾会社

ハドソン湾会社は、歴史的には北米大陸(特に現在のカナダ)におけるビーバーなどの毛皮交易のため1670年5月に設立されたイングランドの勅許会社・国策会社である。イングランド銀行の貸付を受けていた。

現在はカナダ最大の小売業を中心とする企業である。現存する北米大陸最古の企業でもある。


29: 世界@名無史さん 投稿日:2012/09/28(金) 22:25:01.23
存続どころか、カナダで最大の小売業の会社だよ。
今カナダに住んでるけど、日ごろ慣れ親しんでいるthe BayとかZellersを
所有している会社だと知って驚いた。

30: 世界@名無史さん 投稿日:2012/09/30(日) 00:29:10.01
VOCはユダヤ商人が入り込んでいる。

31: 世界@名無史さん 投稿日:2012/09/30(日) 00:45:44.44
そんなのどこにでもいる

32: 世界@名無史さん 投稿日:2012/09/30(日) 08:31:34.05
アムステルダムは欧州ユダヤ商人の最大拠点だったんだから(スペインの締付が厳しくなったアントワープから避難後)、そりゃ当たり前すぎる話だな。
ダイヤの権益をユダヤ商人が一手に握っているのも、この頃にインドに入り込んでいて下地があったためだと想像する。

34: 世界@名無史さん 投稿日:2012/10/06(土) 22:19:57.92
関税徴収の便宜上、貿易船の入出港はロンドン港に制限した。
これによりロンドン以外の地方港を利用する商工業者が東インド会社の貿易独占に反対をおこし、特許期間の期限切れ間際に、毎回もめ、しばしば私貿易人にも許可が与えられていた。
とはいえロンドンが圧倒的に独占していた。
ロンドンが驚異的に発展したのは、東インド会社のこの性質のおかげかもしれない。

36: 世界@名無史さん 投稿日:2012/10/08(月) 11:54:50.02
第一回航海の出資者の約半分はレヴァント貿易関係者。
リスク分散なのか、レヴァント貿易への不満なのか、出資の意図は不明だけど、
レヴァント貿易からの妨害は少なかったみたいだね。

37: 世界@名無史さん 投稿日:2012/10/14(日) 20:12:20.00
株式のおかげで、未亡人とか商才がない人間とか投資できるようになった。
さらに、ユダヤ人なども参加できるようになったのは大きいね。

南海泡沫事件で、株式会社の危険性も勉強できたし、イギリスは問題を抱えながら近代経済
の準備ができたわけだ。

38: 世界@名無史さん 投稿日:2012/10/21(日) 19:24:21.52
世界がユダヤの財閥に支配されている説の始まりだね。

39: 世界@名無史さん 投稿日:2012/11/02(金) 22:45:04.87
イギリスのモスクワ会社って、地味にロシア革命後も続いていたんだね。

40: 世界@名無史さん 投稿日:2012/11/11(日) 02:45:47.66
古い説だと、ヨーロッパが貿易を独占しているイメージが強いけど、研究が進むにつれて、
ヨーロッパが独占しているわけでないことも明らかになってきている。
イスラームもポルトガルの工法を取り入れ、キールをベースにした船を作るようになるし、
東インド会社の船だけが貿易していたわけじゃなく、イスラムの船も貿易をしていて、、
大型船も所有していたりもする。

41: 世界@名無史さん 投稿日:2013/03/13(水) 00:19:38.36
ただし上前をヨーロッパ人にはねられる。美味しいところを西欧人が独占していた事にかわりはない。

60: 世界@名無史さん 投稿日:2014/02/13(木) 09:38:00.86
>>41
貿易は地元商人にやらせておいて、そこから関税やら入港税やら海峡通行税をバンバン巻き上げる。そして未払い都市へは懲罰攻撃。

大航海時代の交易シミュレーションにもこの要素が欲しいんだよな。いくらゲームとはいえ、インドの地方領主のご機嫌を伺って、
ひいこら商品調達に駆け回るヨーロッパ商人なんぞあり得へん。

49: 世界@名無史さん 投稿日:2013/10/25(金) 16:20:26.35
イギリスの東インド会社って軍隊を持ってたんだっけか。
軍の階級とか、正規軍と同じだったんだろうか。

51: 世界@名無史さん 投稿日:2013/10/26(土) 03:52:24.14
ヨーロッパの貿易会社は、特別許可状をもらい貿易をする勅許会社(特許会社)であり、
資本的観点で言えば、制規会社を経て、合本会社(合本制会社)であって、
のちの株式会社の元となった。

自国の輸入業・輸送業・相手国の輸出業の3つを包括した業務で、
相手国の状況により商館、要塞を築き、独自の軍備を保持していることも
多かった。

日本では、朱印船貿易のような勅許会社に近いといえなくもないもの
はあったが、資本的にはヨーロッパのような形成は見られず、相手国
の輸出業のような部分もなかった。当然、輸出業の安定化のための
商館や要塞もなかった。

52: 世界@名無史さん 投稿日:2013/10/26(土) 07:26:31.95
最近インド人が「東インド会社」って名称の会社を復活させたらしいね
祖国をめちゃくちゃにした会社名なのって、イギリスに本社置いて商売して…
少しは誇りや恥の概念をもてばいいのにな

53: 世界@名無史さん 投稿日:2013/10/27(日) 01:20:03.34
めちゃくちゃにしたわけでもないし。うらんでないし。

54: 世界@名無史さん 投稿日:2013/10/27(日) 05:14:45.31
いやどう見てもめちゃくちゃにしただろ
どっちにしろインドは藩王国が勝ってやってたからめちゃくちゃだったけどな
より効率的で後先考えない搾取体制にしただけ

55: 世界@名無史さん 投稿日:2013/10/29(火) 18:01:26.80
フランスはめちゃくちゃ利益上げてたのにどうしてああなった…

56: 世界@名無史さん 投稿日:2013/11/02(土) 16:37:56.13
デュプレクスという超出来るインド総督の活躍で、
フランスはほとんどインドの覇権を握りかけていたのに、
本国の無理解で解任してしまいすべて水の泡に。
何もかもルイ15世の無為無策のせい。

64: 世界@名無史さん 投稿日:2014/08/04(月) 17:48:34.72
インドがイギリスの植民地だった頃紅茶の葉っぱを喜望峰経由の海路で帆船で
運んだと言いますが、この時代の英印間の物資の輸送ルートは喜望峰経由の海路がメイン
だったのでしょうか?
当時スエズ運河がなかったとしても地中海-スエズ地峡(陸路)-紅海ルートの方が
ローコストなように見えますが、100~150km程度でも陸路の輸送は海路と比べてべらぼうに
コストがかかるものなんでしょうか? それとも地形が険しいとか、軍事的に閉鎖されていた
とか特別な事情があったのでしょうか?

66: 世界@名無史さん 投稿日:2014/08/16(土) 06:19:44.24
>>64
両側に港を作らないといけない。船は移動できないので、インド航路用と
地中海洋で2倍必要になる。船員も二倍。陸路運搬を別要員で維持する
必要もある。荷物がない時にも待機費用がかかる。インド洋側は整備や
船員の休暇で本国に戻るなどローテーションも難しい。
郵便のような軽い物ならいいんでしょうけど。

67: 世界@名無史さん 投稿日:2014/08/20(水) 21:04:40.30
>>66
確かに初期コストはスエズ経由の方が高そうですね。ただし短時間で運べるので
回転数を稼げますから、輸送量が一定以上になればコスパは逆転しそうですが、
そこまでは需要がなかったってことですかね。
もしくは初期投資の壁で断念したとか。
ただそれ以前に政治的な問題が横たわっていたようです。

ベネツィア帝国やオスマン帝国のように時代においてその地域を制覇した勢力が
軍事力で他国を追い出したり、高い関税をかけたりして自由な貿易を阻んでいたそうです
http://ja.wikipedia.org/wiki/香辛料貿易

スエズ運河の構想は紀元前よりあったんですね
http://eritokyo.jp/independent/nagano-pref/abeken-col0003.html

68: 世界@名無史さん 投稿日:2014/08/30(土) 14:47:51.86
風の関係で、紅海用に別途必要かもしれないとなると船3回、陸上1回。
地中海とインド洋で、季節風が都合良くそろうのかも疑問。
気温によるお茶の発酵も気になるし。

速度も一便のみでいいような気もする。
ティークリッパーにおける最速スピード競争は、最初の一番到着=新茶が
高値で売れる。二便以降は遅くてもいいと思うよ。

65: 世界@名無史さん 投稿日:2014/08/16(土) 04:59:58.67
1702年のトランシルヴァニア貿易会社
オーストリア政府が関心を抱いたけど金が無かったのがいたい。

69: 世界@名無史さん 投稿日:2014/09/26(金) 22:36:48.40
インリェフティンガル
18世紀のアイスランドの毛織物会社。貿易会社と合併し、貿易も行った。
この会社があった拠点がレイキャヴィック。レイキャヴィックが首都になった
一因とも言われる。

引用元: ・【東インド会社】貿易会社【ハドソン湾】






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