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1: もろ禿HINE! ★@\(^o^)/ 投稿日:2016/02/25(木) 07:37:16.37 ID:CAP
イースター島、人殺しの武器を作らなかったと新説 


ラパヌイ(イースター島の現地名)のモアイほど、世界的に有名な遺跡は数少ないだろう。
また、その石像を作り上げたポリネシア人たちの悲しい結末ほど、人類の未来への警鐘となる話も少ないだろう。

1722年にヨーロッパ人が初めてこの島へやってくる前のこと、島の人々は不思議な巨石像を次々と作り、そのおかげで島中の森林が伐採され、資源は急速に枯渇し、残された乏しい資源をめぐって島民の間に争いが起こり、やがて完全な社会崩壊、経済崩壊へつながったのだと言われてきた。(参考記事:「謎に満ちたモアイ」)

しかし今、島のいたるところで発見されているごくありふれた遺物が、その通説を覆そうとしている。

1877年当時、島に住むラパヌイの末裔はわずか110人だった。ヨーロッパの民族学者たちイースター島の社会を崩壊させた武力闘争に関する口承を収集し始めたのがこの頃だった。
島のいたるところで出土した数千個もの石器は、武器として使われたと考えられた。黒曜石で作られた石器は、小さく細長い三角形をしており、柄がつけられた。

元ナショナル ジオグラフィック協会付きエクスプローラーのジャレド・ダイアモンド氏は、2005年に出版した著書『文明崩壊』で、マタアと呼ばれるこれらの石器を「頻発する内乱」の遺物として紹介した。米国の国防脅威削減局の刊行物でも、「石器時代の武器発達」の一例として挙げられている。

ところが、新たに発表された研究報告により、マタアには実は殺傷能力はなかったとする証拠が示された。しかも最近では、後世に語られるようになった武力闘争も実際にあったのかどうか、ラパヌイ研究者の間で対立する意見が出始めている。島民たちは確かに森林伐採と環境破壊の影響に苦しめられたものの、文明崩壊まで至ったのは、外部の人間との接触があってから、彼らの持ち込んだ疫病と奴隷制のためであったという。

論文の著者は、殺傷能力がないマタアを作ったのは、孤立した島社会に暮らす人々があえてそうしたのだと指摘する。彼らは、狭い島の中で互いに殺し合いをすれば、いつか全員が死んでしまうということに、早くから気付いていたのである。(参考記事:「石器時代の大規模な「武器工場」を発掘」)








2: もろ禿HINE! ★@\(^o^)/ 投稿日:2016/02/25(木) 07:37:48.48 ID:CAP
「殺傷能力はその辺の石と変わりない」

ナショナル ジオグラフィック協会から支援を受けている米ビンガムトン大学のカール・リポ氏率いる研究チームは、400個以上のマタアを分析し、その形状に特定の機能を示唆するような一貫した特徴があるかどうかを調べた。
例えば、細長くとがった形なら、肉を貫き内臓を傷つけることができる。
調べたマタアは、縦と横の長さが6~10センチ、形は実に様々で、使用目的別に分類しようにも、これらの形に共通点を見つけることができなかった。むしろ、様々な形をしているということは、島の日常生活のあらゆる場面で、田畑の耕作や食べ物の加工など、多目的な用途に使われていたのだろうと考える方が自然だ。

マタアの鋭い刃先は、物を切ったりこそげ取ったりするのには理想的だが、その重さと非対称性は、人を刺し殺すには十分でないと、リポ氏は結論付け、「殺傷能力はその辺の石とほとんど変わりはない」としている。

また、米スミソニアン自然史博物館自然人類学部門の責任者ダグラス・アウズリー氏の率いる研究チームが、イースター島で見つかった469個の人間の頭骨を調べたところ、マタアによるものと思われる切り傷の痕が見つかったのは、そのうちわずか2個だけだった。ほとんどの傷は、飛んできた石に当たってできたものであるという。島へやってきた西洋人は、島の人々の多くが石を投げて相手を攻撃していたことを記録に残している。

考古学者ポール・バーン氏は従来の崩壊説を支持する研究者の一人であり、ジャレド・ダイアモンド氏も著書でその研究を何度も引用している。
バーン氏は、マタアが人を殺すのに有効な武器ではなかったとする説に反論し、「もちろん致命傷を与えることが可能です。そもそもこれは物を切る道具ですから。骨に痕跡を残すことなく、大けがを負わせることもできます」と指摘した。

これに対し、アウズリー氏はもう少し慎重な見方を示している。「私の経験では、本当に誰かを殺したいと思うなら頭を狙うでしょう。顔を切り付ければ頭蓋骨に証拠が残るものです」

争いが起こったとされる時から数百年も後に収集された口承だけを頼りにすることは、研究者の間でも論争の種となってきた。
「人口が少なく、島民は全員が知り合いという小さな島です」と、アウズリー氏は言う。
「ほんの数人が死亡した事件でも、島全体に話が伝わり、何度も繰り返し話題にされれば、そのうち話が膨らんで実際よりもずっと残虐な出来事として伝えられてしまうでしょう」
(参考記事:「南太平洋の島で謎の石器を発見、現生人類の到達前」)
続きはナショナルジオグラフィック日本版サイト
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/022400064/




9: 名無しのひみつ@\(^o^)/ 投稿日:2016/02/25(木) 08:30:44.26 ID:Z7KocZND.ne
その辺の石や枝切れ、水さえあれば殺せるだろ(棒

10: 名無しのひみつ@\(^o^)/ 投稿日:2016/02/25(木) 08:32:49.52 ID:RZK1l6RE.ne
定説を疑うのは大切だけど外来人や疫病によるものならそういう伝承になるだろ。
人の集団が殺し合いをするのは理屈じゃないしな。

13: 名無しのひみつ@\(^o^)/ 投稿日:2016/02/25(木) 09:36:35.25 ID:0EnlstGy.ne
>ほとんどの傷は、飛んできた石に当たってできたものであるという。島へやってきた西洋人は、島の人々の多くが石を投げて相手を攻撃していたことを記録に残している。

まあ、こう書いてあるんだから武器そのものはあったわけじゃん
ただの投げやすい石だけど

14: 名無しのひみつ@\(^o^)/ 投稿日:2016/02/25(木) 09:37:38.31 ID:+940tS4B.ne
まぁ戦争みたいな事しなくたって
生活と生産の為のリソースを宗教トーテム競争の為に使い続ければ人は減るわな
イースター島みたいな小さな閉環境じゃ特に顕著なだけで

16: 名無しのひみつ@\(^o^)/ 投稿日:2016/02/25(木) 09:40:05.38 ID:oRKkkn7b.ne
珍説もいいとこ。

パロ がたおされたのは、どうみても憎悪から。

18: 名無しのひみつ@\(^o^)/ 投稿日:2016/02/25(木) 10:13:41.60 ID:JO9qz0FL.ne
海洋民族が島外への逃げ道を知らないわけがない

資源が減ったから島外への避難しただけ
考えようによっては戦争するよりずっと楽

20: 名無しのひみつ@\(^o^)/ 投稿日:2016/02/25(木) 10:29:49.39 ID:0EnlstGy.ne
>>18
ジャレド・ダイヤモンドの本といえばグリーンランドもそうだけど
どっちも末期の段階では、島外へ出るための船の材料も無かったわけだよなあ

21: 名無しのひみつ@\(^o^)/ 投稿日:2016/02/25(木) 11:14:36.66 ID:hV/P6fl/.ne
投石は世界中で広く使われた立派な遠距離攻撃手段なんだが。
その辺の石の殺傷能力舐め過ぎだろ。スリングなんて一線級のガチ兵器だぞ

22: 名無しのひみつ@\(^o^)/ 投稿日:2016/02/25(木) 11:30:05.42 ID:zC5ZETTm.ne
この説は、イースター島の土人たちは平和で穏やかな人だったに違いない!
ってバイアスが多々かかっているように見える。

この説を正しいとすると、多くの疑問が残る。

・モアイを倒したのは誰か?
戦争がなかったのなら、誰が島内のモアイを倒したのか?欧米人ではない。

・食人は何故行われたのか?
食人が行われた形跡が見つかっている。対立部族などではないのなら誰を食べたのか?

・森林伐採と環境破壊の影響に苦しめられた人々はどうしたのか?
頻繁に飢饉に見舞われた人々はどうしたのか?争いはいけないことだと静かに息を引き取ったのか?

37: 名無しのひみつ@\(^o^)/ 投稿日:2016/02/25(木) 15:26:16.76 ID:L903xgut.ne
>>22
その程度の疑問の答えなんて考えればいくらでも出てくる

>・モアイを倒したのは誰か?
イースター島は火山島なので、火山性地震で一気に倒れたと考えられる
最後の噴火は10万年前らしいけど、今も水蒸気を噴いてなかったっけ?

>・食人は何故行われたのか?
ポリネシアには亡くなった人を食べて弔う風習がなかったか?

>・森林伐採と環境破壊の影響に苦しめられた人々はどうしたのか?

本当に飢饉は頻繁に訪れたのだろうか
発見された頃は小氷期だから気候変動による乾燥化で森が急速に消えていったことが考えられる
あのサハラ砂漠だって気候変動で密林から数百年で草原に変わり、やがて今の砂漠になったんだぜ

ま、正しい解釈は学者に任せるw

24: 名無しのひみつ@\(^o^)/ 投稿日:2016/02/25(木) 11:44:52.16 ID:uZiS9bZk.ne
>>1
結局は平和な原始共産制の幻想みたいなことになるんじゃね

25: 名無しのひみつ@\(^o^)/ 投稿日:2016/02/25(木) 12:18:39.57 ID:iRK/N+ME.ne
衰退期に入っても大規模な争いが無かったとすると

飢饉などのとき、生贄と称して食人して凌いだ
飢饉などのとき、生贄と称してモアイを倒してそれを捧げた

こんな所かね

26: 名無しのひみつ@\(^o^)/ 投稿日:2016/02/25(木) 12:45:14.39 ID:jvcITvyP.ne
殺し合いはやったんだろう
武器っぽいものは武器ではなかったというだけで

28: 名無しのひみつ@\(^o^)/ 投稿日:2016/02/25(木) 13:26:44.78 ID:7BUCMvAd.ne
包丁でも、鎌でも、ナタでも、棒きれでも
使いようによっては、人を傷つけられるで。

29: 名無しのひみつ@\(^o^)/ 投稿日:2016/02/25(木) 13:30:11.47 ID:UtaZefp9.ne
古代人の方が平和的であったって考え方はすきじゃないな。現代に絶望してる連中が過去に逃げてるだけにしか思えん
人間は今も昔も大差ねーよ


39: 名無しのひみつ@\(^o^)/ 投稿日:2016/02/25(木) 17:30:21.99 ID:oiRYlHYB.ne
典型的なムラ社会を
想像すれば良いのかな?

確かに残虐な事件は中々起こらなさそうだ

42: 名無しのひみつ@\(^o^)/ 投稿日:2016/02/25(木) 17:42:20.94 ID:kw2GS7xw.ne
南米で数千万人を虐殺した国がなかったけ?ペルーの文明は崩壊したよね。

43: 名無しのひみつ@\(^o^)/ 投稿日:2016/02/25(木) 18:33:43.58 ID:YAjXKQH/.ne
だから津波だって…滅亡の原因
何度言ったら

44: 名無しのひみつ@\(^o^)/ 投稿日:2016/02/25(木) 18:40:31.22 ID:+zqGuszS.ne
石を投げて攻撃してきた事例があって
柄と用途別の石器を作る文化があったのだから
組み合わせた投擲武器を集落同士の争いで使っていたけど
人口減少で戦闘の距離と規模が縮小したのと柄に使う資源も無くなって
直接石で殴ったり絞め殺した方が早くなっただけだと思う

引用元: ・【考古学】イースター島、人殺しの武器を作らなかったと新説 島内の争いがもとで衰退したとする従来説に異論





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