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1: リサとギャスパール ★ 2016/03/01(火) 18:25:59.65 ID:CAP_USER*.net
明治維新時、旧大名や公家などの名家に対して上から与えられたもの、と認識されがちな華族。だが、実際には懸命な請願活動によって勝ち取った例も少なくない。
武家や公家をはじめ僧侶や神主、軍人など約900人に及ぶ請願者の記録を収めた大著『〈華族爵位〉請願人名辞典』(吉川弘文館)が刊行された。

華族とは、明治2年から日本国憲法が施行された昭和22年まで存在していた貴族制度。公・侯・伯・子・男の各爵位が設けられ、最終的には通算で千家以上が爵位を得た。

同書は、松田敬之・花園大准教授(日本近代史)が、宮内庁書陵部宮内公文書館の請願記録『授爵録』(全32冊)を中心に政治家の日記や当時の新聞などを活用し十数年がかりで編んだ。
松田准教授は「華族の研究は近年盛んだが、“なれなかった人”という観点での調査はあまりないのでは。誰が誰を推したかという請願の状況から、隠れた人的ネットワークも見えてくる」と指摘する。

たとえば、大阪府知事などを歴任した薩摩藩出身官僚の高崎親章(ちかあき)は請願にあたり、意外にも長州閥の大物、山県有朋(ありとも)を頼った。
「ただ山県も熱心に推したわけではないようで、この請願は当時の首相の原敬につぶされました」(松田准教授)。
また「民法の父」として知られる法学者の梅謙次郎の場合は元老の井上馨ルートが使われたが、仲介者が不用意な発言で“雷おやじ”のあだ名を持つ井上の機嫌を損ね、失敗に終わった。

華族になるには一定の家格や勲功が必要な上、資産状況のチェックも入った。ただ肝心のボーダーラインは不明瞭で時代によっても変わるため、さまざまな悲喜劇も生まれた。
旧熊本藩藩主の親戚筋にあたる細川興増(おきなが)は明治11~12年ごろから自薦他薦含め計12回請願し、30年にようやく許可。
一方で、旧伊勢神宮外宮神主の某氏は15年から40年以上にわたり11回請願したが、全て却下されている。
日本に貴族が存在した時代、功成り名遂げた人々の上昇志向を生々しく明かす同書は、読み物としても面白い。(磨井慎吾)



「〈華族爵位〉請願人名辞典」
http://www.sankei.com/life/news/160229/lif1602290010-n1.html 2016.2.29 09:36








2: 名無しさん@1周年 2016/03/01(火) 18:27:06.84 ID:ZhX2zU3y0.net
 

  _ノ乙(、ン、)_下世話な本よねw




           ちょっと読んでみたいとは思ったけどw

4: 名無しさん@1周年 2016/03/01(火) 18:29:35.05 ID:uI4axBlf0.net
必死に華族になりたいと請願する家がある一方で
華族になるのを辞退して謀反の気配ありと監視対象になった家もある。

8: 名無しさん@1周年 2016/03/01(火) 18:32:13.69 ID:CptLXxto0.net
面白そうだな
読んでみるか

10: 名無しさん@1周年 2016/03/01(火) 18:34:29.57 ID:2R0ByCBk0.net
いまは、下品な成金のことをセレブとよんでもてはやすんだよね

12: 968 2016/03/01(火) 18:36:56.68 ID:+lpekoS70.net
『五尺にたりぬししやくなり

勝海舟だが 爵位なんぞはつまらんもの

15: 名無しさん@1周年 2016/03/01(火) 18:40:15.55 ID:7Lm1BFDc0.net
日本は貴族制を復活するべき
当然、特権は与えず名誉職にする

文化や技能の継承を主な仕事にし、名家には皇務の補佐をさせる

26: 名無しさん@1周年 2016/03/01(火) 19:03:34.76 ID:VX4K++760.net
>>15
とんでもない話だ。

昭和の軍人たちは、華族になりたくて手柄を立てようとした、
勝手なことをやったという側面も大きいのだから。

満州事変で男爵が3名誕生しているんだぞ(荒木貞夫、本庄繁、岑生)。

絶対に華族制度は復活させてはいけない。

17: 名無しさん@1周年 2016/03/01(火) 18:42:28.31 ID:uZrhXaLs0.net
東京一極集中の原因は華族令。

華族』は戦前に存在した日本の『貴族』です 。同年11月20日、華族は東京に居住しなけれ ばならなくなりました。 
当初は華族に等級はありませんでした。1884 年、華族令が制定され、 華族は公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵の爵位に 分けられました。

明治維新でどう変わった? - 教育のまぐまぐ! http://education.mag2.com/osusume/2008/06/122.html

悪いのは伊藤博文。山口の田舎から東京に引っ 越すのに日本中の華族をともにさせた。

21: 名無しさん@1周年 2016/03/01(火) 18:50:25.54 ID:StCPx/790.net
>>17
殿様や藩主を全部東京に連れてきちまったんだからな
琉球なんて王様まで召し上げられたわけで

20: 名無しさん@1周年 2016/03/01(火) 18:48:36.95 ID:I+fLC1Qv0.net
明治維新後、爵位をもらえなかった功成り名遂げたわけでもない人々の
上昇志向だったんじゃないかな

24: 名無しさん@1周年 2016/03/01(火) 18:56:25.16 ID:VX4K++760.net
>>1
華族になりたかったのになれなかった有名人

・森鴎外
・平岡定太郎(三島由紀夫の祖父)

軍人、官僚にとって華族になれるか、なれないかは重大な関心事だった。
子孫の学歴、縁談、すべて変わってくるのだから。

25: 名無しさん@1周年 2016/03/01(火) 19:01:17.98 ID:l+4QlzwH0.net
うーむ今更ではあるが
今でも続いてるようなものと感じるのは私だけか?
華族出身とか判るし
自称じゃなければだがw

27: 名無しさん@1周年 2016/03/01(火) 19:06:31.93 ID:VX4K++760.net
>>25
社会階層というものは厳然としてある、日本は共産化しなかったので、
続いているように感じられるのは当たり前。

ただし、すでに特権は失われているので、淘汰は進む一方だよ。

有名な大名華族も絶家したり、絶家の危機にある家がいくつか知られている。

31: 名無しさん@1周年 2016/03/01(火) 19:26:31.47 ID:LbdN9GQf0.net
>>25
華族の家系かどうかは苗字で大体分かるらしいな

28: 名無しさん@1周年 2016/03/01(火) 19:11:02.13 ID:VX4K++760.net
>>1
昭和の陸軍軍人が

1.華族になりたかった
2.ドイツ駐在武官がナチスに金髪美人をあてがわれて骨抜きにされた
3.敗戦後、日本共産党への入党者が相次いだ

ことは誰も触れようとしないが、いくら強調してもしすぎることはない。

40: 名無しさん@1周年 2016/03/01(火) 19:45:41.43 ID:/F9t1Pj20.net
また鹿鳴館建てればいいのに

41: 名無しさん@1周年 2016/03/01(火) 19:49:34.77 ID:HFGO/Phj0.net
なんで貴族じゃだめなの?
なんで家族と混同する音にするんだか。
日本語か日本人だかの悪癖。

42: 名無しさん@1周年 2016/03/01(火) 19:58:39.18 ID:Cks1ls7JO.net
華族制度は四民平等って意味じゃいわば退行だからな。
新政府の汚点だよ。

47: 名無しさん@1周年 2016/03/01(火) 21:10:21.54 ID:+t9g0K+t0.net
爵位はないけど、今も総理経験者や裁判官に朝廷で位階配ってるじゃん。従三位とか。

48: 名無しさん@1周年 2016/03/01(火) 21:10:49.63 ID:J6E3a4UZO.net
日本にも社交界があって女の子は16歳になると白いドレス着てデビューするとか遥か昔にテレビで見たような

引用元: ・【書籍】日本に貴族が存在した時代 華族に「なれなかった」人達とは 「〈華族爵位〉請願人名辞典」





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