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1: 人間七七四年 投稿日:2009/08/02(日) 01:32:34 ID:2G3TAu6x
豊臣秀次は、叔父であり養父である豊臣秀吉から関白を譲られました。
その後、秀吉に実子・秀頼が誕生したこともあり、秀次は高野山に追放後切腹になりますが、
もし秀頼が生まれず秀次が関白のまま秀吉の死を見届けていたら、
秀吉の死後の豊臣秀次政権はどうなっていたのでしょうか?









4: 人間七七四年 投稿日:2009/08/02(日) 04:08:40 ID:Ujt49fco
近江を拠点にした秀次が健在なら、岐阜の秀信から中村や山内らがいた駿河までの東海道が簡単に東軍化することも無かったと思われ。
しかも上杉だけでなく、伊達や最上も秀次に付いていたと思われる。
さらに三成が中枢からいなくなり、武断派と三成の対立も起きない。
このことから家康の野望が成就することはないね。

14: 人間七七四年 投稿日:2009/08/03(月) 06:28:23 ID:r5okgWYu
>>4
>近江を拠点にした秀次が健在なら、岐阜の秀信から中村や山内らがいた駿河までの東海道が簡単に東軍化することも無かったと思われ。
 
豊臣秀次は近江→尾張に移封されてるよ
尾張清洲→豊臣秀次
三河岡崎→田中吉政
遠江浜松→堀尾吉晴
遠江掛川→山内一豊
駿河駿府→中村一氏

5: 人間七七四年 投稿日:2009/08/02(日) 09:14:37 ID:8Hb6s40D
秀次が関白のままだったら、家康に豊臣家の政治的権限が無いはずだから、
家康どうこうっていうのは無くなるんじゃない、普通に。

秀次は子供もたくさんいたし、
豊臣政権は安泰だったと思うよ。

6: 人間七七四年 投稿日:2009/08/02(日) 09:26:25 ID:crPddeW7
五大老という役職自体秀次粛清で生じた政治的空白を埋めようとした苦肉の策だからな
まあそれでも家康が淀と秀頼抱き込んで造反とかなったら侮れないと思うけど

7: 人間七七四年 投稿日:2009/08/02(日) 10:05:08 ID:8Hb6s40D
>>6
秀頼が生まれずっていう前提でしょ。

もし秀次関白のまま秀頼が生存、秀吉死亡だとしても、
秀次は家康がしたように、秀頼を廃して、後顧の憂いを断つだけだと思うけど・・・。

8: 人間七七四年 投稿日:2009/08/02(日) 10:44:12 ID:0Za0W0gU
長期政権にするためには徳川の力を削ぎたいところだな

10: 人間七七四年 投稿日:2009/08/02(日) 13:46:08 ID:XB+qoT7X
>>8
徳川の後継者争いに介入して、秀康が徳川を継承する。
もし秀忠が徳川家を継承したとしても、今度は家光と忠長の後継者争いに介入する。



12: 人間七七四年 投稿日:2009/08/03(月) 01:53:02 ID:dk6/s7fi
そもそも秀次の政治的能力はどんなものだったのだろう?
全くゼロ?側近の操り人形?あるいは・・・

14: 人間七七四年 投稿日:2009/08/03(月) 06:28:23 ID:r5okgWYu
>>12
>全くゼロ?側近の操り人形?あるいは・・・

後世語られるような殺生関白な人ではない
だからと言って優れた政治能力を語る材料も無い
ただ古典文化には興味があるらしいので無能とは言い難い


家康が天下を狙うならどんな隙を作るかだね
普通の謀反じゃこれ幸いに討伐軍を派遣され終了になりかねない

20: 人間七七四年 投稿日:2009/08/03(月) 17:15:31 ID:QrkUkCq6
近江八幡の領地はけっこうよく統治していたらしい
水争い裁きが銅像になって残っていたり、悪代官を自ら裁いたりしている
秀吉の後継者としての政治力があるかどうかは別として、決して無能ではなかったよう

13: 人間七七四年 投稿日:2009/08/03(月) 06:23:55 ID:gDoHmGRe
大名が秀次の言うことを聞くのかが問題

25: 人間七七四年 投稿日:2009/08/03(月) 23:08:26 ID:JVgjvFP+
>>13
秀吉亡き後、秀吉の正当な後継者であり関白である秀次の命に背く大名がいるかどうか。
背けば討伐軍を派遣&関白の命で朝廷から朝敵のお墨付きまでもらうぞ。

15: 人間七七四年 投稿日:2009/08/03(月) 08:53:27 ID:jabTt11T
秀吉は秀次が有力大名達に金を貸しまくってるのを人気取りをしていると糾弾しているから、秀吉の厳しいやり方から、かばってやったりで大名連中に人気はあったんだろうし
蒲生の家督の件でも前田と協同して秀吉に対立してるし
秀次が最上や伊達や浅野や細川(彼らは家康がかばったと言う)らと謀反を考えていると思わせるだけの危機感を抱かせるだけの能力はあったんだろうね。
朝鮮出兵で反感を買ってる秀吉に対して、大名達の支持により実際にクーデターや謀反しようと言う気があったのかも知れん。
軍事指揮能力も小牧長久手で良将になる為には必要な負ける経験をしてるし、紀州や四国征伐や九戸討伐などで実績をあげてる。

17: 人間七七四年 投稿日:2009/08/03(月) 14:50:00 ID:51zNwJAM
秀次じゃ家康に潰される

そもそも家康が強大すぎてどうにもならんわ

前田、毛利、上杉も全くダメだったな

19: 人間七七四年 投稿日:2009/08/03(月) 16:06:01 ID:muxf7buT
家康の指導力が突出したのは、豊臣首脳部の機能不全も一因だからなあ
つまりは秀吉の晩年の行いゆえなんだが…

24: 人間七七四年 投稿日:2009/08/03(月) 22:41:56 ID:moDGEIIG
>>19
秀吉の晩年もアレだけど、元々、一門があまりいないのに、
大和大納言家も秀次家も断絶で、
一門級の有力武将の小早川隆景も前田利家もQ太郎も蒲生氏郷も死んじゃってるし
家康にしてみれば、アレ?天下とれちゃうよ?ってかんじだったと思う。

21: 人間七七四年 投稿日:2009/08/03(月) 19:37:27 ID:jabTt11T
五大老の制度がアホ過ぎなんだよ。

22: 人間七七四年 投稿日:2009/08/03(月) 20:24:51 ID:pwhg2jS2
秀次個人の器量で豊臣衰退を食い止めるのは無理だろう

26: 人間七七四年 投稿日:2009/08/04(火) 09:45:03 ID:t8LTvIBQ
成人した後継者が居るってのは大きいよ

27: 人間七七四年 投稿日:2009/08/05(水) 06:56:05 ID:OGBZl7M0
秀次は人気あったからね。
いくら家康でもどうしようもないだろね。
そもそも家臣同士の争いだから豊臣秀頼を出陣させない淀殿と三成の分権が起きないだろうし。
秀次は朝鮮の件に絡んでないから近江派の三成と尾張派中心の武断派の対立もないだろう。
五大老の制度もなく家康は老衰して死ぬだけ。
黒田勘兵衛は円滑な家督継承を目的に長政のためにわざと家臣達に悪態をついて嫌がられたって言うけど
秀吉も晩年は権力者特有の傲慢さや悪態をつきまくってるから、秀次に人気あったのもわかる。
三成のやり方への反発もあって、秀次待望論みたいなもんもあったんだろう。

28: 人間七七四年 投稿日:2009/08/05(水) 07:27:34 ID:KFjuZrXR
まぁ豊臣を割ろうと画策するなら、まず手っ取り早いのが後継者問題を起こしてしまうことか。
秀頼と違って血筋的には唯一無二の存在ではないから、
「晩年の秀吉公の真意は金吾殿にこそあった」なんて言いがかりつけて別の神輿を担ぐ。

唐入りをどうまとめるかで秀次の真価が問われるな。そこをやり損じたら求心力低下で
足利末期みたいな状況になりかねん。

31: 人間七七四年 投稿日:2009/08/05(水) 12:56:22 ID:8x2Dyl6F
>>28
従三位、中納言と正二位、関白、左大臣じゃあなあ……政治を執るようになって浅い訳でも無いし。

33: 人間七七四年 投稿日:2009/08/05(水) 13:50:16 ID:OGBZl7M0
他家に養子に出された金悟は難しいな。
そもそも輝元の養女が正室だが、輝元に英断と統率力がない。
この先は秀次謀反の際に巻き添え喰ったからだが、史実通りに小早川の継承時に豊臣奉行最強とも言える山口宗永が送り込まれたら独裁されるからなあ。
まあ子孫の山口多聞の方が有名だが。
秀次健在なら家康も大名間の婚姻は堂々とやらなかっただろうし、秀次は子だくさんだから有利大名に送り込みまくりだろ。
東海道は秀次の付くのは間違いないし、要衝近江は秀次の統治実績の地盤あるし、上杉伊達最上らが奥羽陣営も秀次だし、家康は手も足もでない。
もしも武断派が三成ではなく秀次に反抗したら面白いけどな。

34: 人間七七四年 投稿日:2009/08/05(水) 14:21:54 ID:RcC0hK0y
>>33
>上杉伊達最上らが奥羽陣営も秀次だし

上杉は伊達&最上と確執があるよ
どちらか一方は家康のテコ入れが入ると思う

関ヶ原合戦を天下取りの切欠に想定しているならこの要因は・・・

 ①文治派と武断派の確執
 ②北政所と淀君の確執

なので秀次が生きていても豊臣家の矛盾が解決されないまま


ところでみんな触れていないけど秀次が生きているなら前野長泰や木村重茲も生きていることになるよね?
彼ら的には三成と組んで家康に対抗するとも思えないんだがどうなんでしょう?
秀次と家康が組んで淀君&文治派を一掃するという方向もありかと?

37: 人間七七四年 投稿日:2009/08/05(水) 16:50:02 ID:My61ak4m
近江派と尾張派の対立はあったんだから関ヶ原的な戦いはあったかもな。
三成が家康と組んで清正や正則の秀次と争うなんて展開もあったかも

43: 人間七七四年 投稿日:2009/08/06(木) 09:35:45 ID:OOiXU16b
家康は、図らずも絶好の機会が訪れたから、
天下を拾っただけで、野心なんて持ってなかったと思うけどね

家康が野心を持ったのは五大老になってからだと思うよ

44: 人間七七四年 投稿日:2009/08/06(木) 16:43:21 ID:+sQgBaWN
小早川隆景と前田利家が死んだ時点で確定だろうな

この二人が後10年長生きして秀頼が成長していたら諦めたかも
秀次は東北勢と仲がいいから 家康は挟み撃ちにされて駄目だったかもね

45: 人間七七四年 投稿日:2009/08/06(木) 18:46:19 ID:2jLvaRkU
>>44
小早川や前田に関係は無いだろう
豊臣政権の問題点の多さが家康の野望を決定付けたよ

 ①秀吉の葬儀を開かない異常さ(北政所vs淀君)
 ②唐入り問題(武功派vs文治派)

これだけでも充分なのに 秀次vs秀頼 と言う要素も加わればw

秀次は東北勢と仲がいいとは言っても東北勢が一枚岩でない以上挟み撃ちは無理

49: 人間七七四年 投稿日:2009/08/07(金) 05:29:11 ID:YXr1qmGc
>>45
スレ的には秀頼が産まれない(だから秀次が後継者のままでいられた)という前提だから
秀次vs秀頼という構図はなくなるし、淀もたいして力はもてない。

やっぱり唐入りが問題だよな。外国の例をみても、外征失敗がきっかけで弱体化した王朝・国家は
数多いし、秀次の器量も、無能ではないが天下人クラスではなかったという評価だし。

50: 人間七七四年 投稿日:2009/08/07(金) 18:39:53 ID:1IrfuRFi
>>49
唐入りは失敗とまでは言い切れない。秀吉の死が無ければ倭城を拠点に朝鮮南部地域を支配することは可能だった。
秀吉が生きてれば戦況次第では、もしかしたら家康まで渡海させられていたかも知れない。

50: 人間七七四年 投稿日:2009/08/07(金) 18:39:53 ID:1IrfuRFi
>>45
徳川幕府も本多正純や大久保長安の更迭事件起きてるし、幕府は忠勝ら武功家臣を政権中枢から排除してるし、
三河武士ではあるが新参の井伊を重く用いたりしてるようにいろいろ不協和音は生じたりしてる。
政権の問題点なんて鎌倉幕府も足利幕府もたくさんあった。完璧な政権など期待するのが馬鹿。
秀次政権でいろいろ問題が起きても、すぐそれが家康が利用する隙になるかどうかは限らない。

52: 人間七七四年 投稿日:2009/08/08(土) 01:55:12 ID:S64ivuT4
秀次は秀長ポジションでうまくやってるような気がする
やはり本人も充分に成人して後見人が必要なく、
さらに子供がたくさんいて、他家へ養子や正室として送り込める利点は大きいです
家康のいる地域はかなり秀次に固められているようにみえる
秀次の地盤が弱いのは西国方面

58: 人間七七四年 投稿日:2009/08/08(土) 18:02:57 ID:MoaFOfeY
後継者問題もないし、有力大名との婚姻もあるし、優秀な部下もいる
秀次がいてトップが安定してるのに、七将が暴走するわけもないし、
難しいことなんて何もないよね

59: 人間七七四年 投稿日:2009/08/08(土) 18:09:44 ID:Xvfv1PGF
七将でも福島正則は秀次のことを嫌ってたという逸話が残ってる
また、秀次が後を継いだ場合、秀吉政権で重きをなした奉行たちは
当然秀次家臣団にとって代わられるだろうから、彼らが不満を抱く可能性も有る
後継者問題が存在しない以上、家康が天下獲りに動くなら正則や奉行衆と連携するしかないな
けどそれにしたって針の穴みたいに小さい可能性だし、
元来慎重な家康はそんな分の悪い博打打つくらいなら大人しく一大名として人生を終えるような

65: 人間七七四年 投稿日:2009/08/10(月) 05:44:31 ID:vCDdxyzD
唐入りという負の遺産がどうしてもネックになるな。
もっとも、秀頼と違って秀次なら、当事者なんだから責任は免れないんだが。

主従関係の基本は、家来の功に正当な評価を与えることだが、あれだけ現場が混乱し
あいつのせいで負けた、こいつが報告を歪めやがったと諸将の言い分が食い違っている
状況ではそれは不可能。どうしても不当な評価をされて不満分子へ転ぶ連中は出てくる。

・そもそも多大な犠牲を出して一片の領土も得られなかった骨折り損
・秀吉死亡による求心力の低下も避けられない
・不当な評価をされたと憤る大名には家康が近づく

形は変われど、関ヶ原のような内乱発生は避けられないだろうな。

66: 人間七七四年 投稿日:2009/08/10(月) 07:34:48 ID:Ve0WGNdk
秀次は朝鮮出兵にほとんど関わってないから武断派と文治派の対立は関係ないから逆に安定する可能性の方が高いわけだが。
養子だった小早川秀秋なら朝鮮出兵したがな。

67: 人間七七四年 投稿日:2009/08/10(月) 12:52:49 ID:X7/McVI9
さすがに関係ないは通らんだろ秀次の立場考えれば。
名目上は最高権力者、実質上でも共同統治者くらいはいってよい立場だろ。

71: 人間七七四年 投稿日:2009/08/11(火) 23:55:26 ID:pgeRsR/K
どうなるにしろ、家康みたいに大身外様をいくつか潰すか、
大幅に力を削る必要があるね
その分を政権基盤の強化と唐入りの不満解消に回す

91: 人間七七四年 投稿日:2009/08/22(土) 14:48:02 ID:/uyq0GaO
秀次は無能ではないし、関白府として機能しはじめた辺りでの粛清だからな
諸大名と手堅く縁戚、政権ブレーンもかなり付いていたから政治も安定
あのまま秀吉死ぬ頃までつつがなく政権運用してたら、家康のつけいる隙は皆無

99: 人間七七四年 投稿日:2009/08/23(日) 07:04:00 ID:Ej15ggLP
秀次の権力は秀吉がいてこそのものだから、
誰もついてきゃしないわな。

100: 人間七七四年 投稿日:2009/08/23(日) 12:05:03 ID:4RVL6BYN
>>99
権力の引継ぎは順調に行われてたよ
ただそれをぶち壊したのは秀吉だけどな

101: 人間七七四年 投稿日:2009/08/23(日) 14:42:45 ID:YGSdRhGi
源頼朝→頼家

豊臣秀吉→秀次

いくら順調に政権が移行しようが、二代目の力量が足りなくて
有力家臣に取って代わられる運命は避けられないと思われる

102: 人間七七四年 投稿日:2009/08/23(日) 15:19:54 ID:MMC13t7a
軍事センス皆無の秀忠が引き継いだ徳川幕府が磐石だったように
きちんと権力委譲ができていたなら豊臣政権も磐石だったんじゃないか?
秀次の資質は関係無しに成人した後継者がいるってだけで政権奪取は厳しかったのではないだろうか。

103: 人間七七四年 投稿日:2009/08/23(日) 17:18:28 ID:KCn6ZXc3
秀忠の時は敵勢力は完全に壊滅していたわけで、同じ状況に置くのは無理があるよな
秀忠だって家康亡きあと生きるか死ぬかの修羅場に放り込まれたら厳しかったと思うよ

105: 人間七七四年 投稿日:2009/08/23(日) 19:06:17 ID:MMC13t7a
>>103
秀頼の時も敵対戦力なんて残ってなかった。
仮に家康の後継者が幼君だったら伊達とか前田とかが黙ってないと思うんだけどな。
家康だって豊臣の内紛からチャンスを拾った訳だし徳川の内紛だってあったのでは?

111: 人間七七四年 投稿日:2009/08/24(月) 05:44:20 ID:VKajpjZG
>>105
>秀頼の時も敵対戦力なんて残ってなかった。

思いっきり戦時中だったんですけど。それも史上最大規模の海外遠征中。

106: 人間七七四年 投稿日:2009/08/23(日) 22:27:27 ID:nRliVDux
何で徳川ありきなのかわからない
秀次が無能で、有力家臣が政権を簒奪があるとしても、
その有力家臣っていうのは浅野長政とか田中吉政だろ?

107: 人間七七四年 投稿日:2009/08/23(日) 22:33:09 ID:VmB4ESI/
長政は家臣と言うより目付けだな
充実しているのは武将クラスではなくてもっと下の方でしょ

109: 人間七七四年 投稿日:2009/08/23(日) 22:48:52 ID:nRliVDux
>>107
秀次関白で秀吉死んでるんだから、
秀次が豊臣家の当主で、浅野長政は有力家臣だろ

政権内で決定権を持たなきゃ政権簒奪は出来ない
それが出来る権力を握る可能性があるのは
浅野長政とか田中吉政とかその辺だっていう論旨なんだけど?

122: 人間七七四年 投稿日:2009/09/11(金) 14:05:44 ID:hhmCR5Vr
どの小説読んでも大抵秀次は愚か者扱いだな
どっかで実はそれなりに優秀だったよとか評価してるやつはいないのか

123: 人間七七四年 投稿日:2009/09/11(金) 15:00:17 ID:OZEt3Yfh
>>122
秀吉が主人公なら秀次が品行方正で優秀だと何かと都合が悪い

124: 人間七七四年 投稿日:2009/09/11(金) 15:25:26 ID:6LdE1VH+
>>122
文武両道に優れていた と言う人も居ますな。

確かに教授陣は超一流。でも先生がよければ生徒も良いと言うことはないわけで。
仮に個人的に文武兼ね備えていても指導者としてどうかという話ではありますね。
淫行とか残虐の噂は確かにあったわけだからそういう傾向の人物だったんでしょう。

しかしあんだけ大勢の大名・公家が連座する(しかける)と言うのは尋常じゃありません。
戦国乱世を渡ってきた奴らがそんなアホな賭けには手は出さない(政宗君はやるかもしれんけど伯父さんはやらないと思います)。
秀次は族滅しなきゃいかんほどやばい奴ではなかったんでしょう、たぶん。

個人的には秀次がいても、いつか徳川が公然と叛旗を翻す日が来たとは思いますが。
史実ほど綺麗にはいかず、家康存命のうちには決着できないかと思います。

133: 人間七七四年 投稿日:2009/09/12(土) 00:19:31 ID:fOXlQT5v
秀頼が生まれなければ秀吉は死ぬまで何も考えずに名護屋に留まって朝鮮出兵にのめりこんでいたわけだ
それによって史実以上に増幅されるであろう秀次が不満にどう対処できるかが最大の鍵だろう
史実の場合は家康が恩賞として豊臣領を正しくばら撒き、三成の首を刎ねて解決したが
秀次がそこまで責任を取って実行できるかどうか

179: 人間七七四年 投稿日:2009/09/12(土) 22:42:03 ID:fOXlQT5v
そもそも朝鮮出兵にのめり込んでいる時点で
秀吉に秀次の後見をしながら支える気がないのは明らかだからな
どうせ実子でもないし、俺の死後にお前の首が取られたらお前自身が悪いんだよ
くらいの気持ちしかないだろうね
秀次も秀吉が死ぬ前に統治者としてきちんと成長しておかないとかなり厳しいだろう

235: 人間七七四年 投稿日:2009/09/15(火) 13:52:28 ID:9IYKrIcY
秀頼がおらず秀次だけとすると、

家康的には初めは秀次を懐柔、手を結んで有力大名追い落としとか。
例えば上杉最上間の庄内問題を蒸し返して最上びいきの裁定、上杉を挑発。
初めのほうなら秀次も自分の色出したい&ナメられちゃいかんで通りそうだけど。
である程度敵味方作っといて関ヶ原的豊臣内部抗争の図式に持っていくと。

しかし史実より茨の道、家康が大きく賭けに出る瞬間がくるかどうか疑問が残るな。
勝つ可能性が低すぎれば家康は次代に譲るだろうし。寿命も足りんような。

238: 人間七七四年 投稿日:2009/09/15(火) 19:12:55 ID:Z9QQOvHP
>>235
まぁ、その場合
その関ヶ原が勃発するまで事が大きくなる可能性なんて1%くらいしかないけどな
秀次一人しかいないのに家康が懐柔できる隙間なんてないしな

241: 人間七七四年 投稿日:2009/09/15(火) 20:08:04 ID:Z9QQOvHP
史実と決定的に違うのは、豊臣恩顧の大名が家康に付き従わないということなんだよな
中には池田や藤堂みたいな家康贔屓の大名もいるが
こいつらだって、加藤や福島が靡かないことには露骨に家康支持なんて出来ないし
さりとて全国の外様を引き連れて豊臣政権に戦を挑めるほど家康は他の外様に支持されていない

結果、家康が叛旗を起せなくて戦が起きず天下泰平な限り
秀次が早死にでもしない限り、政権自体は長持ちするんじゃないかな

243: 人間七七四年 投稿日:2009/09/15(火) 20:27:42 ID:6a7XEWWP
>>241
秀次生存なら藤堂は大和豊臣家の家老の可能性が高い。


244: 人間七七四年 投稿日:2009/09/15(火) 20:45:14 ID:Z9QQOvHP
>>243
秀保が死ぬのは変わらないのに高虎が家老として残るというのは、よく分らんね
史実を見ても秀保の死に伴い、高虎は高野山に出家して
それを秀吉の計らいで四国の小大名になってるくらいなのに
秀次が生きてたら出家せずに大和の家老とか論理が飛躍しすぎ

242: 人間七七四年 投稿日:2009/09/15(火) 20:09:35 ID:klaKSxsB
朝鮮役の恩賞問題は残る。これを解決できないと豊臣政権はずっと火種を抱えることになる。

243: 人間七七四年 投稿日:2009/09/15(火) 20:27:42 ID:6a7XEWWP
>>242
最大のネックですね。
ただ秀次生存の場合は朝鮮の役そのものが変わるかも。
秀頼が誕生したので秀吉渡海はないでしょうが、
秀次や家康の総大将はあるかもしれません。

244: 人間七七四年 投稿日:2009/09/15(火) 20:45:14 ID:Z9QQOvHP
>>243
秀保が死ぬのは変わらないのに高虎が家老として残るというのは、よく分らんね
史実を見ても秀保の死に伴い、高虎は高野山に出家して
それを秀吉の計らいで四国の小大名になってるくらいなのに
秀次が生きてたら出家せずに大和の家老とか論理が飛躍しすぎ

246: 人間七七四年 投稿日:2009/09/15(火) 21:12:13 ID:AD/pE0mM
すまないが
秀長が家康くらい長生きしていたらどうなんだろうか?

247: 人間七七四年 投稿日:2009/09/15(火) 21:14:48 ID:4GPrcU/G
利家が生きてただけでも豊臣に手が出せなかった家康なのだから
秀長が生きてたら手を出すことすら考えないだろ。

251: 人間七七四年 投稿日:2009/09/15(火) 22:23:42 ID:Z9QQOvHP
むしろ
秀吉、秀長、秀次、秀秋、秀家、秀保、鶴松、秀頼

豊臣家全員、長生きだったら?どうなるかの方が興味沸いてきた

永遠、唐入りに情熱を燃やして結果的に国が疲弊して家康にチャンス到来かも

引用元: ・豊臣秀吉の死後、豊臣秀次が後継者になっていたら?







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