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1: 世界@名無史さん 2016/01/13(水) 20:11:15.72 0.net
確かに後継者は育てられなかったかもしれない
次の権力者が長期政権を築いて国を安定させたかもしれない
しかしながら、その類い稀なる手腕に天下は皆ひれ伏した
そういう人物を語ろう









2: 世界@名無史さん 2016/01/13(水) 20:29:05.66 0.net
大体はそいつが後継者を育てなかったり、反乱の余地を生むような政治をしてたけど力で押さえつけてたのがそいつが死んで崩壊するパターンやな
後継者がまるっきり悪いパターンは楊 堅くらいじゃないか?

3: 世界@名無史さん 2016/01/13(水) 20:44:07.95 0.net
豊臣政権崩壊の一番の原因は間違いなく秀吉
秦も間違いなく始皇帝
フランス帝国も間違いなくナポレオン
第三帝国も間違いなくヒトラー

当てはまらない人物のが少ないな

6: 世界@名無史さん 2016/01/13(水) 21:27:07.77 0.net
後世ではボロカスに言われてる王莽や袁世凱も相当なやり手だったのは間違いないな
袁世凱は単純に顔が好きだわ
優しそう

33: 世界@名無史さん 2016/01/16(土) 15:26:22.41 0.net
>>6
無能が前王朝を打倒できる道理がないからな。

190: 世界@名無史さん 2016/03/21(月) 08:52:09.62 0.net
>>33
ロンノルは無能だった

196: 世界@名無史さん 2016/03/22(火) 19:22:47.31 0.net
>>190
ポルポトやヘンサムリンも無能

210: 世界@名無史さん 2016/03/25(金) 07:18:29.08 0.net
>>190
CIAにそそのかされて王制倒して共和制にしたんだっけ

7: 世界@名無史さん 2016/01/13(水) 21:31:45.64 0.net
本人が政権崩壊最大の原因ではないのは楊堅の他は頼朝とか?
源氏は間違いなく政子のせいだ

9: 世界@名無史さん 2016/01/13(水) 22:20:10.39 0.net
中華王朝で純粋に一代で王朝起こして一代で滅んだ(後継者がいなかった)となると
新・王莽、周・武則天、順・李自生、中華・袁世凱くらいか

欧州だと、案外見当たらないな
ナポレオン1世とナポレオン3世がパッと出てくるけど

19: 世界@名無史さん 2016/01/14(木) 12:07:14.05 0.net
>>9
武則天は玄宗皇帝が後継者だと言えなくもない

11: 世界@名無史さん 2016/01/13(水) 22:22:56.30 0.net
>>9
カエサルは?

18: 世界@名無史さん 2016/01/14(木) 12:00:40.34 0.net
>>11
カエサルにはオクタヴィアヌスという立派な後継者がいたじゃないか

14: 世界@名無史さん 2016/01/13(水) 23:27:34.45 0.net
第一市民さんがいなくても、アントニウスが継いでただろ
その場合どうなっていたか知らんが

暗殺されちゃったんだから、自力で負けたナポレオンとは事情が全くちがうが

20: 世界@名無史さん 2016/01/14(木) 12:19:37.12 0.net
アントニウスはカエサルが治世での才を見限って後継候補から外してる
遺言状だと第一候補がオクタヴィアヌスで第二候補はデキムス・ブルートゥス
後継者として才能を認められてたのに暗殺に加担するデキムスェ…

26: 世界@名無史さん 2016/01/14(木) 20:24:27.96 0.net
>>20
塩野さん、こんばんは

21: 世界@名無史さん 2016/01/14(木) 13:04:48.82 0.net
王莽は真面目なバカってイメージ
Wang_Mang


王 莽

王 莽(おう もう)は、新朝の皇帝。字は巨君。

居摂3年(8年)に王莽は天命に基づいて禅譲を受けたとして自ら皇帝に即位、新を建国した。この出来事は歴史上で初めての禅譲であり、簒奪に相当する。
王莽は周代の治世を理想とし、『周官』という書物を元に国策を行った。だが、現実性に欠如した各種政策は短期間で破綻、貨幣の流通や経済活動も停止したため民衆の生活は漢末以上に困窮した。また匈奴や高句麗などの周辺民族の王号を取り上げ、華夷思想に基づく侮蔑的な名称(「高句麗」を「下句麗」など)に改名しようとしたことから周辺民族の叛乱を招き、それを討伐しようとしたが失敗。さらには専売制の強化なども失敗、新は財政も困窮した。

生活の立ち行かなくなった農民の反乱(赤眉の乱)が続発。王莽が南陽郡で擁立された劉玄(更始帝)を倒そうと送った公称100万の軍勢も昆陽の戦いで劉玄旗下の劉秀(光武帝)に破られ、これで各地に群雄が割拠して大混乱に陥る。遂には頼む臣下にも背かれて、長安城には更始帝の軍勢が入城、王莽はその混乱の中で杜呉という者に殺された。68歳。これにより新は1代限りで滅亡した。


22: 世界@名無史さん 2016/01/14(木) 13:24:52.71 0.net
王莽みたいな奴が失敗するのは分かるけど
王莽以下の奴らが無難に王朝引継げるのがなんとも

23: 世界@名無史さん 2016/01/14(木) 14:13:53.05 0.net
王莽の失敗は、経営学者の会社経営失敗、政治学者の政策失敗のようなもの

24: 世界@名無史さん 2016/01/14(木) 14:16:08.99 0.net
中国は統一したり、前政権を倒す人と、その後長く統治するひとで分担してるよね

25: 世界@名無史さん 2016/01/14(木) 14:37:24.74 0.net
明の太祖はその例外

29: 世界@名無史さん 2016/01/14(木) 23:36:46.28 0.net
>>25
明も実質的には朱元璋が建てた国は朱元璋の死後すぐ滅びて
永楽帝の国が長く続いたと考えられる

28: 世界@名無史さん 2016/01/14(木) 22:06:47.42 0.net
二代目やらかし系って楊堅の他にいる?

32: 世界@名無史さん 2016/01/16(土) 15:17:10.43 0.net
>>28
秦王朝の二世皇帝

37: 世界@名無史さん 2016/01/16(土) 18:21:44.90 0.net
>>32
秦は始皇帝の政治の反動も大きいんじゃねーの?
秀頼よりは胡亥の責任は重いだろうが

34: 世界@名無史さん 2016/01/16(土) 16:25:44.14 0.net
ボカサには夢とロマンを感じた
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ジャン=ベデル・ボカサ

ジャン=ベデル・ボカサ(1921年2月22日 - 1996年11月3日)は、中央アフリカ共和国の大統領(在任:1966年 - 1976年)、中央アフリカ帝国皇帝としてはボカサ1世(在位:1977年 - 1979年)。

1972年には終身大統領を宣言し、1976年12月4日には国名を「中央アフリカ帝国」とし自ら皇帝として即位した。改称からちょうど1年後の1977年12月4日には、国家予算の2倍にあたる2500万ドルを費やしてナポレオン1世を真似た豪華な戴冠式を行い、「皇帝ボカサ1世」となった。
国力とあまりにかけ離れた戴冠式に、世界中から批判を受けると「偉大な歴史は、犠牲なくしては創造できない。民衆は犠牲を甘んじて受けるのだ」と語った。


35: 山野野衾 ◆qDubHAi3S/a/ 2016/01/16(土) 17:42:15.95 0.net
イヴァイロの人生は小説じみていると思います。

1、出自は自前の豚すら持たない豚飼い。
2、仲間を集めて侵略者たちを撃退する。
3、皇帝と貴族に反旗を翻す。
4、皇帝軍を撃破し、皇帝を処刑。
5、自らが皇帝になり、北の帝国及び南の帝国と戦う。
6、亡命先で暗殺される。
7、死後、生存説が流れて偽物が出現する。

言わずもがなの項籍も大概ですが。
地方政権ですが、冉閔の生涯も印象に残りますね。
イヴァイロ

イヴァイロ(? - 1280年もしくは1281年)は、第二次ブルガリア帝国の皇帝(ツァール、在位1278年 - 1279年)。

1277年に農民反乱を起こし、ブルガリアの貴族たちに皇帝への登位を認めさせた。東ローマ帝国とモンゴル国家であるジョチ・ウルスとの戦争に勝利し、数年の間帝位を保った。しかし、外国の反撃と貴族の反発に遭って失脚し、ジョチ・ウルスに追放され、暗殺された。


39: 世界@名無史さん 2016/01/16(土) 21:21:53.49 0.net
イバイロは豚飼いという二つ名がいい

40: 世界@名無史さん 2016/01/16(土) 22:13:23.48 0.net
豚飼いが天下を取ったのか・・・
世界史は奥深いな。

44: 山野野衾 ◆qDubHAi3S/a/ 2016/01/16(土) 22:43:10.50 0.net
本名が「羊飼い」だった、マムルーク朝のバルクーク。

1、ブルジー・マムルーク朝の開祖
2、王朝の所在地はエジプト
3、でも本人はウクライナ出身
4、奴隷として売られて来た
5、ティムールと戦いそうだったが、実現せず
6、一度失脚し、二回即位した
7、食中毒で死亡

とこちらも波乱万丈。息子は世襲への反発もあり、23歳で暗殺される。
跡目はバルクークの元部下が継いだが、その息子も世襲に反発されて廃されている。

45: 世界@名無史さん 2016/01/17(日) 09:12:34.37 0.net
ティムールも一代で滅びた印象があるけど
けっこう続いてんのね

46: 世界@名無史さん 2016/01/17(日) 10:00:38.72 0.net
成り上がりは権威がないから当人はともかくその死んだあとが大変だよね
権威の意味や習得方法は地域の文化や宗教によってバラバラだし
当人が生きてるうちにガッチリシステム構築できりゃいいんだけど

その視点で見たらやっぱり、アウグスはすごすぎるな 最強の二代目だね 初代だけど

47: 世界@名無史さん 2016/01/17(日) 10:15:54.86 0.net
ユリウス一門は一応名門なうえ
次代のクラウディウス一門はローマ屈指の名門で正直王になってもおかしくない家だから
成り上がりとはちょっと違うので
一代限りのというスレ趣旨からはなんか違うような

48: 世界@名無史さん 2016/01/17(日) 10:20:33.94 0.net
一代限りだったやつが、なぜ一代で終わったのか、終わらなかったやつがいたのかと思うとき
二代目の性能や、初代が死んだ時の状況、死んだことによる求心力の変化
などを鑑みてもいいじゃないと思っただけっす

49: 世界@名無史さん 2016/01/17(日) 13:26:59.74 0.net
創始者にはほとんど責任なくて二代目だけがやらかした隋はすげーわ

54: 世界@名無史さん 2016/01/18(月) 15:32:23.16 0.net
>>49
文帝にも責任は大いにあるだろ。
①子供の教育を間違えた。
②後継者の選択を間違えた。
③権力を自己に集中させすぎて、結果激務。んで→①

59: 世界@名無史さん 2016/01/18(月) 19:24:23.84 0.net
>>54
それば言いがかりだろ
逆に煬帝が超善政を敷いたとして次期皇帝を決めた楊堅のおかげとか普通言わないし、権力の集中は中華皇帝ならそんなもんだしなぁ

50: 世界@名無史さん 2016/01/17(日) 17:27:39.09 0.net
オドアケルとかシアグリウスとか
神聖ローマ皇帝ならズップリンブルク家のロタール三世

オドアケル

オドアケル(433年 - 493年3月15日)は、西ローマ帝国の軍人にして帝国を滅ぼした人物。東ゲルマン族のスキリア族(英語版)出身。西ローマ帝国の傭兵隊長を経てイタリア王に即位した。

476年、西ローマ皇帝ロムルス・アウグストゥルスを廃位し、東ローマ帝国の皇帝ゼノンへ西ローマ皇帝位を返上、自らはゼノンの代理としてラヴェンナを中心としてイタリア統治を開始し、イタリア王に即位した。オドアケルはローマ元老院をそのまま残し、古代ローマ式の統治方法を採用した。

しかし、488年に東ローマ帝国への内政干渉に失敗する。それを口実に、ゼノンは東ゴート王テオドリックにオドアケル討伐を命じた。翌年テオドリックはイタリアに侵攻を開始する。しだいにオドアケルは首都ラヴェンナへと追い込まれ、493年に降伏したが、その直後に暗殺された。


51: 世界@名無史さん 2016/01/17(日) 19:20:23.11 0.net
>>50
シアグリウスは一応、父親のアエギディウスの基盤継いでるから二代目だ

52: 世界@名無史さん 2016/01/17(日) 23:18:03.80 0.net
オドアケル以外は二代目のお坊ちゃんが国を滅ぼしただけじゃないか・・・

53: 世界@名無史さん 2016/01/18(月) 14:48:51.56 0.net
アッチラはある意味最強じゃないのかな?
実質的に一代じゃないのかな?
アッチラ以前のフン族も強大だったのかもしれないけど、きちんとした
王権が整っていたのか不明なところもあるし
綺麗さっぱり消えてしまって、どんな面をしていたのか
どんな言語を話していたのでさえ、さっぱり不明だからな。
キリストだって、一応はアラム語を話していたと言うのは分かっているのだから
で、それだけ綺麗さっぱり消えてしまったにしては、
経営学のお手本になるような逸話も残しているし

55: 世界@名無史さん 2016/01/18(月) 16:25:48.13 0.net
>>53
アッティラは前代として叔父のルーアがいるし、
帝国が崩壊したのは息子のエデコの代だし、微妙に一代限りとはいえないような

58: 世界@名無史さん 2016/01/18(月) 19:16:51.37 0.net
ナポレオンボナパルト
オリバークロムウェル
フニャディヤーノッシュ

西洋史でぱっと思いつくのはこの辺かな?

60: 世界@名無史さん 2016/01/18(月) 20:11:34.89 0.net
>>58
マーチャーシュ1世「解せぬ」

王朝としていうなら、マーチャーシュ1世の方が1代限りにふさわしくないか?

61: 世界@名無史さん 2016/01/18(月) 23:00:25.68 0.net
清盛も頼朝も一代限りみたいなもんだよな
まぁどっちも名門だし後継者もいたんだけどね

62: 世界@名無史さん 2016/01/18(月) 23:06:38.86 0.net
ロタール3世が挙がっているのに
コンラート1世が挙がっていない

205: 世界@名無史さん 2016/03/24(木) 16:56:22.61 0.net
>>62
神聖ローマ皇帝関連では

コンラート一世
ロタール三世
オットー四世(ヴェルフ家)
アドルフ・フォン・ナッサウ
フリードリヒ三世(美王)
ルートヴィヒ・デア・バイエル
ルプレヒト(ライン宮中伯)

といったところか

64: 世界@名無史さん 2016/01/18(月) 23:52:38.40 0.net
蛮族界の一代限りの覇者 苻堅

苻 堅

苻 堅(ふ けん)は、五胡十六国時代の前秦の第3代皇帝(大秦天王)。

漢人の王猛を重用して華北統一に成功し、前秦の全盛期を築く。中国統一を目指したが、大軍を南下させたところを淝水の戦いで大敗し、以後諸部族が反乱・自立して前秦は衰退して苻堅もかつての部下姚萇に殺害され、前秦は実質的に滅亡した。

伯父の苻健が355年に死去すると、跡を継いだ苻生に仕え、357年5月には関中への侵入を図った羌族の族長姚襄と三原(現在の陝西省三原県)で戦い、勝利して姚襄を殺した。

第2代皇帝で従兄で隻眼でもあった苻生が暴政を行って乱行を繰り返したため、357年6月にはこれに不満を持つ一派から異母兄の苻法と共に支持を受けて符生を殺した。ただし記録によると苻生の暴虐が実際以上に悪く描かれているとされ、一説には傍系から即位した苻堅の正統性を強調するための誇張であるとされている。しかし兄が辞退したため、生母の勧めもあって彼が第3代皇帝として即位した。


71: 世界@名無史さん 2016/01/23(土) 20:53:31.31 0.net
なんだかんだで一代限りのやつのほうが成し遂げたこと自体は後に続く長期政権を確立したやつより偉大だよな

72: 世界@名無史さん 2016/01/23(土) 20:58:38.89 0.net
長期視野とか維持能力ないのに、勝てるからってやたら拡大しちゃうやつって
はた迷惑なだけなんじゃないの
勝てるからって勝ちまくるのも問題だよね
誰のこととはいわんけど

74: 世界@名無史さん 2016/01/23(土) 21:18:19.80 0.net
沢山いすぎて誰だ?ってレベルだな。
大体人間死んだらそれまでなんだから、死んだ後なんか勝手にしろって感じだ。

75: 世界@名無史さん 2016/01/23(土) 21:23:41.97 0.net
そら前政権の遺産があるんだからそれを掠めとるやつは政権維持も楽だろ
完全独立勢力が政権を奪取したのならわかるけど家康なんかは豊臣政権の臣下だったわけだし

89: 世界@名無史さん 2016/01/24(日) 15:21:59.78 0.net
>>75
乱世→統一→早期崩壊→再び乱世→再びまったくの別勢力が統一→長期政権へってパターンないのかな?
劉邦にしても家康にしてもなんか最後に勝っただけで前政権の横流し感が強い
いや、最後に勝つのが凄いのは当然なんだけどさ

77: 世界@名無史さん 2016/01/23(土) 21:25:35.67 0.net
一代で栄光を極め、子孫にがっぽり財産残して
手取り足取り教えて死ぬか

一代で栄光を極め、子孫には何も残さず
自由にやれと言い残して死ぬか

78: 世界@名無史さん 2016/01/23(土) 21:26:25.83 0.net
ナポレオンみたいに自分の代で畳むところこまでいこう

79: 世界@名無史さん 2016/01/23(土) 21:46:09.69 0.net
・自分の代だけで終わる奴
・自分の代は維持できたもののその綻びが二代目に降りかかって崩壊する奴
・自分の代は磐石だったものの二代目の失政で滅びるやつ

だいたいこの3パターンだね

80: 世界@名無史さん 2016/01/23(土) 21:52:59.93 0.net
>>79
そいつがあまりに活躍しすぎて弱小勢力だった前の代や落ちぶれた後の代の連続性が無視されがちなやつもいるよね
アッティラとかアレクサンドロスとか
アレクサンドロスなんかはこの板で一代限りとか言ったら怒られそうだが、世間の認識はそんなもん

81: 世界@名無史さん 2016/01/23(土) 22:03:51.78 0.net
アレクが無能ならフィリッポスが一代限りでギリシャを獲った男として語られてたな

82: 世界@名無史さん 2016/01/23(土) 22:52:49.67 0.net
親父が偉大すぎてカリスマありすぎると
死んだ時に二代目は苦労するよね
オヤジの神格化とかして権威の持続をはかるのもわかる
うまいこと生きてる時に二代目上げしてくれる親父ならいいけどね

85: 世界@名無史さん 2016/01/24(日) 03:29:51.26 0.net
これは、うまく次代に繋げた成功者の二代目スレが立つな
地味だけど名君っていう人結構多いし

86: 世界@名無史さん 2016/01/24(日) 04:18:55.98 0.net
李世民さんがニヤニヤしてます

関連記事 【太宗】 李世民 【貞観】


88: 世界@名無史さん 2016/01/24(日) 15:00:55.37 0.net
李世民と魏徴の会話
「創業は易く守成は難し」

名言だなぁ

93: 山野野衾 ◆qDubHAi3S/a/ 2016/01/24(日) 18:25:25.94 0.net
>>88
家康は太宗と頼朝を尊敬し、老年期に入ってから『貞観政要』と『吾妻鏡』を
読み耽っていたようですが、きちんと活かしましたね。
天下を獲った(これも関ヶ原後で一変したという見方は近年再考されています
が)後が本番という点は、前任者を反面教師にもしている。

97: 世界@名無史さん 2016/01/24(日) 20:43:23.82 0.net
日本史の話題ばかりになるけど、
外国だと一代限りの天下人の事はナポレオンとヒトラーを除いて
あまりネタにならないのかネェ
すぐに後継者権力者が資料を破棄するのかネェ

102: 世界@名無史さん 2016/01/24(日) 22:04:51.49 0.net
西洋は一代からの成り上がりが極端に少ないっていうのもあるね
一国が崩壊しても周辺国が健在だったり、血縁者が比較的スムーズに継承したりして混乱しっぱなしが少ない

本気で1代で起こって1代で滅んだのって、ブルガリア皇帝になった豚飼いとボナパルト家くらいしかいないんじゃないか
あとはエル・シッド(奥さんが2代目になったけど)とか

関連記事エルシッドとレコンキスタ


106: 世界@名無史さん 2016/01/24(日) 23:41:57.39 0.net
背教者ユリアヌスは思想的には一代限りだったな
自ら軍団率いて蛮族相手に圧勝した皇帝としても

107: 世界@名無史さん 2016/01/25(月) 01:38:53.15 0.net
宗教的に一代限りといえばアメンホテプ四世

偉大な人間だったと思われるが失敗した
写実的な芸術といいとことん合理的だったんだろう

ロマンは感じる
王権強化という意味でも一神教を生んだという意味でもすごい

108: 世界@名無史さん 2016/01/25(月) 03:01:55.30 0.net
イクンアトン?
あれ合理的なんかね?

110: 世界@名無史さん 2016/01/25(月) 08:47:33.23 0.net
合理的というか王権強化には宗教改革が必要という近代もしくは近世の先取りをして
その方法が抽象化した一神教ってすごい天才だとおもう
一神教は結局今現代でも流行る優れた思想

あと間違いなく神を信じてなかった
一神教なんてやれば他の神ののろいがあるはずなのにまったく恐れていない

131: 世界@名無史さん 2016/02/14(日) 18:48:43.77 0.net
ハイチのジャック1世は話題にならないのかな。

Jean_Jacques_Dessalines


ジャン=ジャック・デサリーヌ

ジャン=ジャック・デサリーヌ (1758年9月20日 - 1806年10月17日)は、ハイチ独立運動指導者、独立後最初の統治者であり、1805年には自らジャック1世として皇帝の座に就いた[。今日もハイチ建国の父として敬愛されている。

ハイチ革命において、フランスの植民地だったサン=ドマングで、トゥーサン・ルーヴェルチュールの部下として活躍した。1802年に彼が拘束されると反乱軍の新たな指導者として再蜂起し、1803年11月18日ヴェルティエルの戦いでナポレオンの派遣したドナチアン=マリ=ジョゼフ・ド・ロシャンボー率いるフランス軍を破り、サン=ドマング領内から駆逐した。

1804年に独立宣言し、国名をサン=ドマングから先住民であるタイノ人がつけた名であったハイチに変更した。ムラートと黒人の将校による議会から総督に選ばれ、さらにナポレオンに倣って皇帝として即位した。権力を掌握すると報復として白人を大量に殺した。しかし、皇帝になったものの、北部のアンリ・クリストフと南部のアレクサンドル・ペションらの勢力に圧迫され、1806年に暗殺された。


178: 世界@名無史さん 2016/03/17(木) 17:24:54.29 0.net
パッと思いつくのが李自成 袁世凱 タークシン あたりかな

184: 世界@名無史さん 2016/03/20(日) 15:40:42.35 0.net
アフリカは一代で失脚してるヤツが結構いるな
カダフィ、厶バラク、メンギスツ

185: 世界@名無史さん 2016/03/21(月) 00:06:06.88 0.net
中央アフリカ帝国皇帝とかな。
珍品が一杯いる。

186: 世界@名無史さん 2016/03/21(月) 01:10:42.65 0.net
カストロはどうなるか?

191: 世界@名無史さん 2016/03/21(月) 14:05:29.12 0.net
>>186
キューバは弟が二代目を継承してるじゃん

187: 世界@名無史さん 2016/03/21(月) 07:41:44.18 0.net
近現代の政治家が一代限りなのは当たり前でしょ
金日成みたいなのが例外なだけ

193: 世界@名無史さん 2016/03/22(火) 09:31:02.10 0.net
ここまでインドのハルシャ・ヴァルダナなし。
ラージプート時代に入る前の古代インド北部最後の統一者だし、
三蔵法師のおかげでそれなりに知名度あると思うのだが。
ハルシャ・ヴァルダナ

ハルシャ・ヴァルダナ(590年 - 647年)は、古代北インド最後の統一王朝であるヴァルダナ朝の大王(在位:606年 - 647年)。グプタ朝滅亡後の混乱のうちにあった北インドを統一した文武両面に秀でた名君のひとり。

550年ころ、グプタ朝が「白いフン族」と呼ばれたエフタルの侵略によって滅亡すると、北インドは分裂状態に陥った。

ヴァルダナ朝はデリー北方のスターネーシュヴァラ(ターネーサル)の出身であり、ハルシャの祖父王アーディトヤ、父王プラバーカラの間、フーナ、マールワの両地方を抑えて国勢を拡大した。兄王ラージャ・ヴァルダナがベンガル地方(金耳国、カルナスヴァルナ)の支配者シャシャーンカの奸計による不慮の死を遂げたあと、606年、16歳でデリー北方に所在する父祖伝来のターネーサルの王国と、義弟の死で空位となったマウカリ朝の領土とを合わせたガンジス川上流域の大国の王位についた。

「三蔵法師」としてその学識は並ぶ者なしといわれた玄奘は唐からの求法僧で、629年に中国を出発、630年ころヴァルダナ朝インドに訪れている。玄奘を喜んで迎えたのが、当時インド最大の学者といわれたシーラーパドラ(戒賢)だった。ハルシャ王も玄奘一行を手篤くもてなし、布施をあたえてプラヤーガ(現在のアラハバード)に招いて大宴会を催したという逸話が残っている。


197: 世界@名無史さん 2016/03/22(火) 20:07:19.48 0.net
ハルシャ・ヴァルダナって一代で成り上がったっていうには
父や兄の地盤を引き継いでいて地盤固まりすぎてる気が
ハルシャ・ヴァルダナが該当するならアレクサンドロス大王も該当しちゃうし


138: 世界@名無史さん 2016/02/15(月) 14:22:49.33 0.net
合衆国皇帝の名前が出てないぞ。

関連記事アメリカ合衆国皇帝ノートン1世を語るスレ


139: 世界@名無史さん 2016/02/15(月) 16:09:49.70 0.net
>>138
動物王国と同じ感覚だからな

引用元: ・一代限りの天下を取った人物にロマンを感じるスレ





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