511bNbf6h+L



1: 世界@名無史さん ID:???
ライヴァルのヴェネツィアと比べてイマイチパッとしないが、それはジェノヴァの歴史を書いた本が圧倒的に少ないせい。
ヴェネツィアよりも船一隻の力では上だったらしいじゃねーか。
西地中海の覇者、ジェノヴァについて語ろうぜ。







3: 世界@名無史さん ID:???

まず、本なんだが、本当に少ない。
ジェノヴァ人自身が自国の歴史をあまり書き残さなかったらしい。
日本で有名な本って言うと、塩野七生の『海の都の物語』で脇役として登場する。
しかし、ここで書かれている以上に詳しいものを見たこと無い。
何か他にジェノヴァの歴史に触れた本は無い?


62: ハリネズミ ◆qBLXpo7Q9Y ID:???
>>3
J.R.ヘイル編『イタリア ルネサンス事典』東信堂 7800円
ジョノヴァに直接的または間接的な項目が多少ある。
項目「ジェノヴァ」より

「16世紀にはジェノヴァはヨーロッパの最も重要な金融市場の一つ、さらに絹織物生産の一大中心地ともなった」として、経済の立ち直りの早さを指摘し、その成功はカーサ・ディ・サン・ジョルジョ(サン・ジョルジョ銀行)の強さに帰するとする。
ついで、ジェノヴァの「情けないほど混乱した」政情を述べる。また、ルネサンスの文化的発展についてわずかな役割しか果たしていないことを指摘している。

監修 望田幸男、村岡健次『近代ヨーロッパの探究9 国際商業』ミネルヴァ書房4200円 第7章「スペイン王権支配下のグラナダ「王国」と地中海貿易」宮崎和夫
ナスル朝グラナダにおけるジェノヴァ商人による経済活動と、ナスル朝崩壊後のをマラガを軸に記述されている。なお、巻末に文献解題として、文献が紹介されている。

フェルナン・ブローデル『ブローデル歴史集成』藤原書店 9500円
「第一巻 地中海をめぐって」第3部第四章などにおいてジェノヴァが取りあげられているようです(ちなみに私はこの本は未読)。


66: Krt ID:???
>>62
ブローデルのこの本におけるジェノヴァ評価は、ジェノヴァが本当に富裕になったのは十六世紀、それも後半の話で、1557年のハプスブルグ帝国の財政破綻がアントワープの栄華に幕を引き「ジェノヴァ人の世紀」が始まった、そしてその力の源泉は新大陸の銀とスペインの為替をドッキングし各地に分配することでスペインを初めとするヨーロッパの財政を支配したその金融力だった、というもの。ここまではまあ定説なんだろうけれどその定説では「ジェノヴァ人の世紀」は1627年のスペインの財政破綻によって終わることになっている訳だ。
ブローデルが「ジェノヴァ人の世紀は1627年に終わるのか?」で問題にしたのはジェノヴァの持続力に関するその定説の信憑性なんだろうと思う。

もともとブローデルはイタリア諸都市が衰頽する年代をそれまでの定説より遅らせて1630-1650年ごろまで繰り下げた人物なわけだけれど(「地中海」で)この問題に関しても彼は1615-1788年におけるジェノヴァ駐在ヴェネツイア領事の書簡の分析を通じて疑義を投げかけている。
つまり1627年の巨大な損失以後もジェノヴァは急激に衰えたわけではなく相変わらず巨額の資金がこの街を通過し続けていた、即ち衰頽はもっと緩慢にやってきたのではないか?というのがここでのブローデルの主張だと思う。


4: 世界@名無史さん ID:???
『中世ジェノヴァ商人の「家」 アルベルゴ・都市・商業活動』
亀長洋子 刀水書房 12000円


6: 世界@名無史さん ID:???
アマゾンで「ジェノヴァ」で検索したが、歴史系は本当に>>4しか出てこなかった。
ショボーン・・・

それだけではなんなので
・中世では特に黒海貿易に力を発揮
・14世紀から1768年までコルシカを領有
・現モナコ大公のグリマルディ家はジェノヴァ貴族出身


11: 世界@名無史さん ID:???
今じゃベネチアのほうがよほど負け組みだな。
ジェノバ、ミラノ、トリノの三角地帯はイタリア経済の中核だし。



17: 世界@名無史さん ID:???
>>11
陸続きのメストレは工業栄えとるよ
しかし、そのせいでヴェネツィアは沈下する罠


12: ハリネズミ ◆qBLXpo7Q9Y ID:???
甚野尚志・堀越宏一編『中世ヨーロッパを生きる』東京大学出版会で「遺言にみる中世人の世界」(亀長洋子) においてジェノヴァを取り扱っているが量は少ない。
病床や旅立ち出産前などにおいて遺言・遺書を残すことがある。
その内容は自分自身の来世に対する救いを求める行為でもあり、
また、現世のやりくりに対する指示をも意味したといった内容だった気がする。


18: 世界@名無史さん ID:???
今まで読んだ中で一番ジェノヴァについての記述が多かった本は「ヨーロッパ覇権以前」。
ヴェネチアとの比較みたいな内容で面白かった。



19: 世界@名無史さん ID:???
ジェノヴァがヴェネツィアと比べていまいちぱっとしないライバルだったのは、ジェノヴァが基本的に家単位でしか活動しなかったのに対し、ヴェネツィアは何かと国家単位で行動してたからだとか。


22: 世界@名無史さん ID:???
ヴェネチアと違って地下鉄があるよ。
宿も安いし。


23: 世界@名無史さん ID:???
>>22
ヴェネツィアに地下鉄は無理だろ。

・・・と思ったら、ヴェネツィアも地下鉄今度作るってさ。
マルコ・ポーロ国際空港からムラノ島経由でアルセナーレ(旧海軍造船所)まで南北に8kmの海底地下鉄。


24: 世界@名無史さん ID:???
最近じゃバルセロナに抜けれたらしいけど、ジェノヴァの水族館はヨーロッパ屈指の規模。


25: 世界@名無史さん ID:???
で、思ったんだが、結局ジェノヴァは都市としての話題はあっても共和国時代の話は殆んどないのなw


27: 世界@名無史さん ID:???
ジェノヴァの持っていたクリミア半島の領土の歴史は?
イタリア系ロシア人はもう居ないの?


28: 世界@名無史さん ID:???
ラテン帝国崩壊の頃、クリミア半島沿海部はヴェネツィアから奪ったんだよね。

ビザンツ滅亡の頃(15C初頭)には黒海のジェノヴァ領は、

・カッファ(現フェオドシヤ,クリミア自治共和国)を中心としたクリミア半島南岸
・クバン川までのケルチ海峡東岸
・ドン河口の商業都市タナ(現アゾフ市、ロシア,ロストフ州)
・ドニエストル河口(ウクライナ,オデーサ州のビルホロド・ドニストロフスキーか?)
・ドナウ河口(ウクライナ,オデーサ州のキリヤ?)
・ゾングルダク(トルコ北西部)
・アミスス(現サムスン,トルコ北部)

と手広くやっていたようだが、1461年のトレビゾンド征服から1475年のカッファ陥落
までにすべて失った。

現在のクリミア自治共和国の人口構成は、ロシア、ウクライナ、クリム・タタールでイタリア系ってのは聞かないな。
いたら面白いんだけどな~(いやスターリンに粛清されてるか)


33: 世界@名無史さん ID:???
>>28
やっぱり復活したビザンツはヴェネチアを恨んでたんですか?


42: 世界@名無史さん ID:???
>>33
コンスタンティノープル回復時にヴェネツィア人は追放されたようですが、間もなく復帰してます。
衰微した帝国には仇敵であるヴェネツィアを無視できるだけの実力も気力もなかったようです。


52: 世界@名無史さん ID:???
>>33
ラテン帝国が建国されてから、ジェノヴァ商人はコンスタンティノープル貿易から締め出されたため、ニケーア帝国に接近。
ビザンツ帝国復活は、ジェノヴァ艦隊の援助を得たもの。
そのため、ジェノヴァ人は、西欧人が一般的に居留地とする場所ではなく、ガラタと呼ばれる特別な地区を与えらたりビザンツ領内に監視塔を築く事も許可されたりして、優遇され、逆にヴェネツィアはビザンツ内から締め出されます。
しばらくして再びコンスタンティノープル貿易を許可されたけど、ジェノヴァの優位は最後まで変わらなかった模様。



29: 世界@名無史さん ID:???
クリミア・ゴート人は宗教何だったの?


32: 世界@名無史さん ID:???
>>29
たしか正教徒。


35: 世界@名無史さん ID:???
>>32
では、ゴート人はロシア人に吸収されたということか?
それともクリミア・タタールか
オスマン・トルコの奴隷にされてイスラム教社会に同化か?
ジェノバ人も陥落した時 逃げられなかったものは 奴隷化かイスラム教改宗か?



36: Cipher ID:???
15世紀初頭 カスティーリャ王国のセビーリャにジェノバ商人が居留地を持ち、ワイン、オリーブ油、羊毛の輸出を担った。
セビーリャはまた金融業の中心となり、造船業や石鹸製造業も発展し、15世紀末には人口は約4万人となった。



37: Cipher ID:???
スペインが新大陸との交易を始めると、1543年にセビーリャ商人は王に献金し、新大陸交易を独占、セビーリャは発展を遂げ、16世紀末には人口は16万人に増えた。
新大陸との貿易は金、銀の貴金属が中心だった。セビーリャと新大陸を航行した船舶の総トン数は1550年代から90年代にかけて3倍以上となった。

スペイン人の中には「外国人が商業を行い、富は王国から消えている」
というものもいた。


38: Cipher ID:???
しかし16世紀末をピークに新大陸の銀山が枯渇。またセビーリャを経由しない新大陸とヨーロッパ諸国との直接取引が発展、オランダやイギリスの私掠船の活動が強まり、セビーリャの発展も下り坂となる・・・

うーん・・・新大陸との交易にジェノバ商人の関わり具合がここまであったとは・・・調べてみて初めて知ったよ。


39: Cipher ID:???
考えてみりゃコロンブスってジェノバ出身なんだよね。
しかも>>28さんが言ってる黒海の貿易拠点をジェノバが失った後、コロンブスが新大陸発見のための冒険に出かけるわけだから、黒海貿易を失った後のジェノバって結構、追い詰められていて、それを打開するためにジェノバの代表のコロンブスが 一か八かの賭けに出たと考えるのが正しいかもしれない。


42: 世界@名無史さん ID:???
>>39
1395年にティムールが五年戦役の最中に行ったキプチャク・ハーン国征伐によって、同国の首都サライが灰燼に帰したのをはじめ、アストラハンやタナなど多くの交易都市が軒並み掠奪・放火されました。

これによってシルクロード交易の主力は、ティムール朝本国を経由する砂漠の道に移り、キプチャクの内乱状態も相俟って、モンゴル期以来繁栄したカスピ海北方を経由するシルクロード草原の道は致命的な打撃を蒙り、衰退します。

ジェノヴァが黒海のさらに奥のアゾフ海にあるタナを支配し始めたのはこの後ですが、15世紀にはもう既に黒海貿易自体の利点が大幅に失われていたようです。

コロンブスは代表というよりスタンドプレーでしょうが、結果的には失われた東方の穴を、見事に新大陸で挽回した立役者になったと言えると思います。



46: Cipher ID:???
>>42
なるほどね。今、本読み返してみたんだが、ジェノヴァに限らずイタリア諸国は1500年以降、軒並み衰退への道を歩んでるね。
危機に陥ってたのはジェノヴァだけではなかったんだ。

フィレンツェなんかもなんとか経済の衰退を乗り切ろうとしてアメリゴ・ヴェスプッチが新大陸に行ったり
他にもいろんなことしてるけど、ジェノバほどの得点は得られていない・・・衰退期のイタリアを一番、うまく乗り切ったのがジェノバだったといえるのかな?


47: Cipher ID:???
ところで>>1はジェノバがヴェネツィアのライヴァルとか書いてるけど、15世紀のイタリアの5大国ってフィレンツェ ヴェネツィア ミラノ ローマ教皇領 ナポリって手元の本には書かれててジェノバは枠外なんだが・・・本当にライヴァルだったのか?


60: 世界@名無史さん ID:???
>>47
ヴェネツィアとの最後の戦争である第四次ヴェネツィア=ジェノヴァ戦役(1378-81)でジェノヴァ軍は一時はヴェネツィアの海上封鎖まで成功しながら、ラグーナ南端のキオッジアの戦い(1380)で、侵攻部隊は無条件降伏に追い込まれ、敗退します。

翌年サヴォイアの仲介で、キプロスでのジェノヴァの優位や、タナにおける両国の権益の平等の確認など、本国に傷を負ったヴェネツィアの譲歩で、ジェノヴァ優位な内容でトリノの講和が締結されて、戦争は終結しました。

しかし、ヴェネツィア占領を目前にしながら失敗したことに、ジェノヴァ社会は深刻なダメージを受け、派閥抗争の激化、国家元首が5年に10人も変わるなど、極度の政情不安に陥り、国内の人間関係の亀裂が進み、国家の求心力は急速に失われていきました。

混迷するジェノヴァ共和国は1396年、フランス王シャルル6世に臣従礼をとり(-1409)、遂には独立を失います。
15世紀に入ると1421-35年にはミラノ公フィリッポ・マーリア・ヴィスコンティに占領されるなど、近隣諸国に次々に蹂躙されて威信を失い、1528年以降は滅亡(1797)までスペインの保護下におかれます。

しかし国家の凋落とは反比例するかのように、個人主義的傾向を強めたジェノヴァ商人はトリノ講和以後、商取引高は増加し、15世紀にはますます繁栄し、聖ジョルジョ銀行を代表とする政府を頼りにしない独立独歩の商業スタイルを確立していきました。



63: 世界@名無史さん ID:???
>>60
負け太りて結構多いかもね。
イギリスの名誉革命も、オランダのイギリス征服だったというし。



50: 世界@名無史さん ID:???
個々の商家の力が強く、「国家」としはジェノヴァはまとまり無いからなぁ。


51: 世界@名無史さん ID:???
結局、ピエモンテのサルジニア王国の領土になったの?


53: 1=52 ID:???
>>51
ミラノ領、フランス領、スペイン領等を経てナポレオン戦争後のウィーン会議でサルディーニャ王国が獲得。


57: 世界@名無史さん ID:???
結局サルディニア王国と一緒になったことが結果的にはよかったことになるんだね>>ジェノヴァ
トリノの付き人みたいになったけど。

18世紀のジェノヴァとサルディニア王国との関係ってどうだったのかな?


67: Krt ID:???
>>all
実は、ジェノヴァだけではなく他の地中海の経済都市国家であるヴェネツイアにせよ、ドゥブロヴニク(ラグーザ)にせよ、十六世紀というのは決して衰退期ではなく、むしろ繁栄期といってもいいぐらいの時代なんだね。
(参照:ブローデル同書中:「十六世紀におけるヴェネツイアの経済生活」p543 :B.クレキッチ「中世都市ドゥブロヴニク」:彩流社:p.166f.)

これらの都市の繁栄も十七世紀になると下り坂に向かうわけだけれど、実はその理由すら一様ではないわけだ。もちろん背後における共通の要因として、地政学的にも経済的にも地中海の重要性が相対的に低下した、ということはあるだろうけれど、それよりもスペインやオスマン帝国の混乱と衰えの方が理由として大きい。ドウブロヴニクに至ってはあの不幸な1667年の大震災による痛手という偶発事さえ大きな理由だろう。
だからなんでもコロンブスと結びつけて解釈するのは危険だと思うな。


68: 世界@名無史さん ID:???
なんか神戸に似てる町だね。
港のほうに高速走ってるの見たときにはデジャヴに襲われたよ



72: 世界@名無史さん ID:???
>>68
山が海のすぐ近くまで迫ってるからね。
俺も神戸とオモタ



106: 世界@名無史さん ID:???
有名なジェノヴァのクロスボウ兵って実はジェノヴァ人じゃなくてあちこちからリクルートしてきた兵隊らしいね。
フランス人とかか?


108: 世界@名無史さん ID:???
>>106
ミラノ周辺じゃない?
武器・防具の製作が盛んだったし。
優秀な兵は高度な武器の産地から出るそうだ。



109: 108 ID:???
あ、そういやサルディーニャ島が石弓兵で有名だったな


110: 世界@名無史さん ID:???
ミラノは、傭兵隊長が大公になったことあったっけ?


111: 世界@名無史さん ID:???
スフォルツァね。


127: 世界@名無史さん ID:???
ジェノバ市、リグリア地方はいつサボア家の支配下になったの?


129: 世界@名無史さん ID:???
ウィーン会議の結果じゃなかったっけ?


132: 世界@名無史さん ID:???
ウィーン会議のときには、18世紀半ばまでジェノヴァ領だったコルシカ島の帰属は問題にならなかったの?


133: 世界@名無史さん ID:???
>>132
ジェノヴァは要求しなかったでしょ?
コルシカからは代表出せなかっただろうし。


136: 世界@名無史さん ID:???
>>132-133
もともとジェノヴァがフランスに売却した。
フランスのタレイランが、会議をリードした1人。



138: 世界@名無史さん ID:???
>>133>>136
サルデーニャがジェノヴァ併合のついでにコルシカも要求したりしなかったのかなぁと思ったもので。
あの段階でのサルデーニャ王国は、ジェノヴァを回収したとしても、間にコルシカ島があるために、サルデーニャ島が飛び地状態になっているわけだし。


137: 世界@名無史さん ID:???
ジェノヴァの4大家門ってスピノラとドーリアとフィエスキとあと何処だっけ?


143: 世界@名無史さん ID:???
>>137
前の方にも出てきたけどグリマルディじゃなかった?

ついでに、4大家門の下ぐらいのランクにアドルノ家というのもあったが、あるいは哲学者T・W・アドルノのご先祖かも知れん。
彼は母方の名字を名乗ったわけだが、母親はコルシカの名門出身だったらしいから。


144: 137 ID:???
>>143
サンクス。

4大家門のうち、グリマルディに関しては前のほうにあったね。
あと、ドーリアは傭兵隊長として有名だし、フィエスキは教皇2人出してるけど、スピノラって有名人いる? 



145: 世界@名無史さん ID:???
>>144
スペインの将軍でスピノラっていう人がいますよ。


146: 137 ID:???
>>145
スペインの将軍ですか。
何か有名な出来事に絡んでるんでしょうか?


147: 世界@名無史さん ID:???
>>146
ベラスケスの「ブレダの開城」で、真ん中で市長からカギもらってるヤシ



1024px-Velazquez-The_Surrender_of_Breda

148: Cipher ID:???
ポルトガルとジェノバの関係
1248年 セビーリャ征服でジブラルタルから大西洋への出口が確保され、13世紀後半にはイタリアとフランドルの間で定期航路が開設されるとイタリア諸都市、特にジェノバの商人は格好の中継地点となるリスボンに進出し、居留区を得るようになった。
1317年 ポルトガルは海賊対策のためジェノバからエマヌエレ・ペサーチョを世襲提督として招聘し、海軍を創設した。
ジェノバ人の持つ貿易・金融・公開の知識と資本はポルトガルにとって貴重であり、後に海外進出でも重要な貢献をするようになる。
だが、一方で自国商人の成長が阻害された面もあった。


152: 世界@名無史さん ID:???
>>148
というと、スペインやポルトガルにあれほどの富が流れ込みながら諸産業の成長はあまり見られなかったのはジェノヴァ商人の影が一因であった ということかな?


153: Cipher ID:???
>>152
う~ん。それも関係しているかわからないけど・・・
一般にはスペインの場合、スペインの大部分を占めるカスティーリャで「手仕事」への蔑視感情が根強く存在していたことが産業が発展しなかった主な原因ではないかな~。
スペインでは1783年に勅令を発して、全ての手工業活動は「名誉あるもの」とし、手工業者の自治体役職就任を禁じた差別的自治体規約を無効としてるけど、なかなか手工業者に対する蔑視はなくならなかったみたい。

一方、ポルトガルの場合はエリセイラ伯とかが国内工業の保護育成に力をいれたりしたものの、1703年12月にイギリスとの間で結ばれたメシュエン条約によって輸入品が大量に流入、ボルトガル国内の工業基盤が破壊されたことが原因っつーのが一般的な説です。



149: Cipher ID:???
そういえばコロンブスも最初はポルトガルに話をもちかけたんだよね。


154: Cipher ID:???
まあポルトガルにおけるジェノヴァの影響力は
ttp://www.geocities.jp/timeway/kougi-55.html

「16世紀初めにポルトガルがインドに船団を送るための費用です。これが、1年で22万クルザード必要だった。ところがポルトガル王室はそのうち5万クルザードしか用意できていないのです。残りの資金はジェノバ、南ドイツの商人などから借りている。」

つーのを見てもわかると思う。


150: 世界@名無史さん ID:???
ジェノバは、サルジニア王国の領土になってからも、順調に発展し続けたの?


151: 世界@名無史さん ID:???
11世紀にジェノバのグルマルディ家に支配され,16~17世紀にはスペインの勢力下にあったが,フランス革命によりフランスに併合された。ウィーン会議によりサルジニアの保護下におかれ,1861年フランス保護下の公国となる。
モナコはモナコ市・ラコンダミーヌ市・モンテカルロ市とフォンビエイユ地区とからなる。モナコ市には政府や王宮・豪華客船とヨットの入る港が,対岸のモンテカルロには1879年開設の国営カジノやホテルがあり,気候温暖・風光明媚で世界の観光客を集め,
カジノ収入や切手発行も国の重要な財源になっている。




中世ジェノヴァ商人の「家」―アルベルゴ・都市・商業活動
亀長 洋子
刀水書房
売り上げランキング: 1,826,094