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1: 日本@名無史さん 03/11/09 13:47
村医者,蘭学,蒸気船
そして近代の軍隊の創始者。








9: 日本@名無史さん 03/11/11 16:05
近代化という点では
英雄だな。
合理的で殺戮を目的にせず
勝利を目的にしていた。
必ず敵に逃げ道を与え追い詰めなかった
という。そのおかげで武士は数で勝っていても
最後まで戦わず逃げたそうだ。
窮鼠猫を噛むこともなく悲劇も生じさせなかった
というわけだな。

10: 日本@名無史さん 03/11/18 11:48
龍馬のように身長5メートル35センチのように巨像化したくないが、
大村先生は維新回天と日本の近代軍制には必要不可欠だった人物。

別に英雄じゃなくてもいい。知る人が知る存在であって欲しい。

そう書くと、龍馬ファンからの罵倒が聞こえてきそうだが。

12: 日本@名無史さん 03/11/19 08:48
惜しい、本当に惜しい。「歴史」がプレゼントしてくれたスーパーコンピュータという私見なんだが。
大久保と共にもっと活躍が見たかった。
 

18: 日本@名無史さん 03/11/25 10:11
もしかしたら自分がテロの標的にされる理由が思いつかなかったのかもしれん
相手の動機があまりにも子供っぽくて
と考えてみる。

「いずれはのぼせ上った軍人が勅諭を乱発して世界を相手に何かしでかすだろうから…」
という時期まで生きていてくれたら、と虫のいい空想をしてしまう。

19: 日本@名無史さん 03/12/05 02:04
風雲児たちのこの人面白いね
あんな人だったのかなぁ

23: 日本史@名無史 03/12/05 22:36
動乱の時代に現れる英雄の一人だね。
天がその時代に必要として送り、その働きが終わると迎える。
大村先生はやり残したことがあるかもしれないけど・・・。


25: 日本@名無史さん 03/12/06 07:02
海江田がやったんでしょ?
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海江田 信義

海江田 信義(かえだ/かいえだ のぶよし、天保3年2月11日(1832年3月13日) - 明治39年(1906年)10月27日)は、日本の武士(薩摩藩士)、政治家。

戊辰戦争では、東海道先鋒総督参謀となる。江戸城明け渡しには新政府軍代表として西郷を補佐し、勝海舟らと交渉するなど活躍するが、長州藩の大村益次郎とは、もとより性格の不一致もあることながら意見が合わず、宇都宮の政府軍の庄内転戦、江戸城内の宝物の処理、上野戦争における対彰義隊作戦などをめぐってことごとく対立し、海江田は周囲の人間に「殺してやりたい」などと言うなど憎悪していた。

明治2年(1869年)の槙村正直宛の木戸孝允の書簡では「海江田のごとき、表裏の事申し来り候につき」と名指しで危険人物として注意されていた。海江田が京都にて弾正大忠の官に就いていた際に、大村殺害犯(神代直人ら)などの浪人達とつきあいがあった事は、自身の談話録にも記している。更に、大村殺害犯の処刑に際して、弾正台から監視役として派遣された海江田は、直前で刑の執行を差し止めたため、政府の取調べを受け謹慎処分となった(「粟田口止刑始末」)。

以上の経緯から、海江田が彼らを扇動してかねてから憎悪していた大村を殺した、と噂された。海江田自身は、嫌疑を心配する大久保への返事に、大村の来京の事実を知らず、その風聞は自身を罪に落すものであると否定している。


28: 日本@名無史さん 03/12/06 12:14
>>25
海江田信義が大村暗殺の黒幕という説は近年、否定されつつある。
司馬遼太郎は何かと海江田を悪者にしたかったみたいだ。

27: 日本@名無史さん 03/12/06 10:12
大村のおかげで徴兵制ができた。恨んでた奴も多いんじゃないの?
夏目漱石先生は合法的な徴兵逃れをしたけど。

35: 日本@名無史さん 03/12/06 19:50
あの時代、大村だけではなく、
海江田や政府の役人のほとんどが暗殺者につけ狙われてた
特に京都では暴徒と化した志士達が暴れ回っていたし。

37: 日本@名無史さん 03/12/06 20:25
海江田説の原因は大村を襲撃した下手人を海江田が擁護したからなんだよね。

38: 日本@名無史さん 03/12/06 20:27
あれは擁護なんて生やさしいものじゃないよ。

39: 日本@名無史さん 03/12/06 20:28
死刑を赦免したんだよね?でも結局死刑になったんじゃなかった?

44: 日本@名無史さん 03/12/06 22:44
海江田が攘夷論者だったから水戸系の人を救おうとしただけとか?

45: 日本@名無史さん 03/12/06 22:51
>>44
海江田はこの頃には攘夷論を捨てている。
後に海外へも行っているし

53: 日本@名無史さん 03/12/07 08:08
海江田スレだれか立ち上げて、そっちでやっておくんなまし。

で、村田ですが花神のイメージ強すぎるんでは?
あれは私も大好きな小説ですが、真の姿ではけしてない物語の中の姿でしょう。
以前、図書館でかなり批判的な題名の本見ました。
あのときは花神マンセーだったので読まなかったんですが今となれば読んどけばよかった。

60: 日本@名無史さん 03/12/07 17:15
靖国神社に立ってる銅像が彼ですね。

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68: 日本@名無史さん 03/12/08 01:19
靖国神社は当初、上野に作る予定だった。
ところが大村益次郎が
「あそこは不浄の地だから、もっと小高いところにしたほうがよい」
と言って今の場所にできた。
不浄の地には西郷さんの銅像が建っておりますな。

69: 日本@名無史さん 03/12/08 17:37
>>68
それは初耳。
彰義隊の関係ですか?
朝敵・逆賊の穢れた血に染まった場所という事で。
そこに西南戦争の首魁西郷の銅像が立つというのはアイロニーかな。

70: 日本@名無史さん 03/12/08 17:43
>>69
やはりそうだと思う。今でも彰義隊の墓とかあるし。
でもあれって仮にも「恩賜」公園なんだよな。
不浄の地を「恩賜」公園にするとはこれいかに?

70: 日本@名無史さん 03/12/08 17:43
>>68
そもそも西郷の銅像はいつできたんだ?
明治天皇は西南戦争後も西郷がえらくお気に入りで、西郷を庇うような発言もあったらしいが。
ちなみに銅像の除幕式では、西郷の妻(名前忘れた)が銅像を見て、
「西郷はこんな顔じゃなかった」
と言い出し、物議を醸したそうにゃ。どうなんかのう。

71: 日本@名無史さん 03/12/08 19:29
西郷はスーパースターだね。
大村は実績の割りに地味な存在。
司馬が「花神」を書かなかったら、あまり名前を知られなかったのではないか?

72: 日本@名無史さん 03/12/08 19:52
>>71
ま、縁の下の力持ちの典型でしょうな。
本人の性格も性格だったし。

84: 日本@名無史さん 03/12/09 19:53
>>71
源義経や楠木正成のような奇策で勝つタイプじゃないし
日本人好みの名将じゃないからね

73: 日本@名無史さん 03/12/08 20:31
大村は、やっぱし薩の西郷に対抗する長の軍事ヒーロー(戊辰戦争の)
として作り上げられた部分もあるかと
山縣じゃ軽すぎるもんな

95: 日本@名無史さん 03/12/11 18:49
大村が殺されなかったら、明治の陸軍はどうなってたのかな?

103: 日本@名無史さん 03/12/11 23:06
>>95
大村が生きていても多分、ドイツを手本にしただろうからそんなに史実と大差はなかったと思う
むしろ、山県が陸軍のナンバーワンになれないことによる政治的影響の方が大きいと思われ

96: 日本@名無史さん 03/12/11 18:56
弟子の山田は、徴兵令は時期尚早と反対してた。

97: 日本@名無史さん 03/12/11 19:54
正直実務面なら大村より上の人は沢山いるだろう。
桂とか川上とか小坂とか・・・
ただ山縣より格上というのは大きい。

120: 日本@名無史さん 03/12/14 16:31
大村が長生き(80歳)くらまで生きていたら、元帥・参謀総長・陸相・首相などの要職は全て歴任して、元老となっていだろうね。爵位も子爵じゃなくて公爵だっただろうし。
山県は伯爵あたりで終わっていたかもしれんが。乃木も西南戦争での軍旗を西郷軍に奪われたのがマイナスになって、大佐で退役。故郷、山口中学の校長あたりで静かに余生を送ったと思われ。現実主義者の大村なら、乃木は大将にせんだろうし。

129: 日本@名無史さん 03/12/15 23:13
>>120
いや山縣はやっぱり、元帥参謀総長首相貴族院議長元老になるかと。
あれは人格的には問題ありだが、無能ではない。

127: 日本@名無史さん 03/12/15 23:01
結局、維新後権力を握ったのは、留学してた連中。
大村もぼさっとしてると、すぐ骨董品だわな。

130: 日本@名無史さん 03/12/16 00:46
組織を握るのは大抵が人心掌握術の優れた奴であって、
必ずしも組織外に対して組織利益を上げられる奴ではないだろ。
山縣や東条英機がいい例。

大村は組織利益は上げられるが、人心掌握術を無視したタイプ。
この意味が分かる奴少ないだろうな。

143: 日本@名無史さん 03/12/16 20:41
大村が暗殺されず、仮に明治20年くらいまで生きてたら、と妄想してみると
士族の反乱・自由民権運動・もしかして政党も徹底的に弾圧してたかも。という気がする
当然長州閥の若きトップとしての伊藤もありえないので
立憲政治・政党政治への移行も遅れる可能性も大きい。

145: 日本@名無史さん 03/12/16 23:12
大村がが長生きしていたら、
西郷派と大村と激突し、大久保をがもう少し違った第三勢力を形成するのでは?
それで下野した西郷。長州派がえばるも大村が抑える。
木戸も伊藤とかに嫉妬するのではなく、大村をだんだんと疎むようになる
そんなところで士族の反乱が発生。
大村を長とする、官軍を派遣する。
勢いに乗じて、薩摩までなだれ込んで、西郷軍を戦い
西郷を撃破。

日本の長として君臨するも、薩摩の残党に暗殺される。

その後政府の主導権を握ったのは、大久保利通であった。

146: 日本@名無史さん 03/12/16 23:52
大村が長生きしたとしても、後ろ盾の木戸が死んじゃぁ、ただの人だろ

人間的魅力は無かったんだから。
いくら軍事的能力があっても、そんなもんよ。

148: 日本@名無史さん 03/12/17 02:55
河井が薩摩か長州だったら大村以上の人物として評価されるね。
大村はたまたま長州に生まれただけで英雄扱いかよ。

155: 日本@名無史さん 03/12/17 09:55
>>148
まあ勝者とはそんなもんだろ。
でも大村が生きてたら徴兵制施行後
どんな役職についたんだろね。
まあ西南戦争は起こっただろうから
それには深く関わっただろうけど。

149: 日本@名無史さん 03/12/17 03:33
足を切断した大村
足を切断しなかった河井
結局は同じなんだから切断しないほうがまし。

150: 日本@名無史さん 03/12/17 06:10
>>149
大村の負傷した脚を切断する許可が下りるのが遅かった。
早くても、やっぱり破傷風で死んでたかな?

157: 日本@名無史さん 03/12/17 15:28
大村が生きていれば間違いなく参議になっただろうし、そうなれば間違いなく
征韓論に反対した。
であれば、西郷も大村には議論では勝てないだろうから、結局下野せざるを得ず
川路が挑発すればやっぱり西南戦争は起きただろうね。
大村がいれば、薩摩軍はあっさり鎮圧されるだろうが、結局は刺客に「西郷の仇」と
狙われて暗殺されるでしょう。
でも、大村が暗殺されていれば大久保暗殺はなかった可能性もある。
だから、日本の将来への影響を考えるなら「大村が生きていたら・・・」ではなく
「大久保が生きていたら・・・」になるわけです。


159: 日本@名無史さん 03/12/17 15:52
大村は必ずしも朝鮮出兵に反対しないだろう。

160: 日本@名無史さん 03/12/17 16:01
>>159
するだろ。
元々、当時の長州系要人は征韓論反対派だし、陸軍卿の山縣や海軍卿の勝海舟でさえ
「輸送船もなければ物資・財力もないのに海外派兵などありえない」と戦略面での問題を
指摘しているのに、兵站の重要性を知っている大村がその点に気がつかないわけないじゃん。


161: 日本@名無史さん 03/12/17 16:09
明治初め、木戸が朝鮮出兵論を唱えてた事があり、
大村はそれにある程度賛成してる。

162: 日本@名無史さん 03/12/17 17:44
>>161
いや、あれは賛成してないでしょ。
むしろ大村はじめ長州系要人・軍人に反対されて、木戸も征韓論の愚を悟り、速攻で征韓論反対に回った。
実際、征韓論を唱えていた時期の木戸も「確かに直接利益はないが・・」といった弁解の書簡を
大村に送っていまっせ。

165: 日本@名無史さん 03/12/17 20:40
大村は内乱鎮圧用(対西郷、士族)に鎮台(徴兵)
を作ったけど内乱が終わった後の軍をどう維持していく
つもりだったのだろか?
日本がたどったような外征型に切り替えるってより、谷干城
のような考えと同じようになった気がする。

166: 日本@名無史さん 03/12/17 20:50
ん~エンジニアの鏡だと思うけど、正直、神格化に伴う
逸話がこびりついてしまってどこまでが真実だか、
ただのトーシローからは分かりません。蒸気船の逸話なんか怪しそう。

あと、ビジョンというものは持っていないわけなのだから、コトが終わって
平穏な時代にまで生き延びたら、下手に表舞台に立たせていると
困った君になった可能性はあると思います。
まあ、キャラ的に自ら引くと思うけど。

この時代、そういう身の引き方分かってる人多いよな・・・

167: 日本@名無史さん 03/12/17 21:01
>166
大村は地位にそれ程固執するタイプじゃないでしょ。
「西洋軍制を研究をしたい」とか言って、ドイツに5年位留学 していた可能性はあるが。 
まあ、乃木もドイツ留学の経験はあるけど。(3年くらい)

169: 03/12/17 21:22
>>167
あの時点で、彼に「鈴を付ける」ことの出来る人はいないでしょうから、そのまま生き残れば、特に本人が言い出さない限り、陸軍大臣は確定で、彼のビジョンをもとに軍隊の構成は作られることになります。
ここまではかなり強い確率で発生するでしょう。

鎮台制は司馬遼は「対西郷対策」と言っているが、その史観を抜くと「国内鎮圧用構成」であると。
国外に出なければならなかった時期、彼が出せるビジョンがそこであったかどうかは疑問ではある、と個人的に思ってるだけです。ここは推測に過ぎないけれど。
日露戦争までの日本史の動きに彼はついて行けたのだろうか。

まあ素敵な国にちょっかいかけて大陸のずぶずぶに入らないほうが良かったとか
そういう議論は抜いとくとして、ここだけ司馬遼がいう
「いい時期に天に帰っていった」というのは同意しています。
できれば、もう少しだけ生きてモルトケ?と話交わしてほしかった気も
しなくはないですが。


170: 日本@名無史さん 03/12/17 21:22
年齢的にはどうだろう? 大政奉還時に、大村はもう44歳なので暗殺生き延びてもそんなに現役として動けるかな。参考までにあげると、同じく大政奉還時には、
勝45歳、岩倉43歳、西郷41歳、大久保38歳、木戸35歳、井上33歳、三条31歳、山縣・後藤30歳、伊藤27歳ですが。

171: 日本@名無史さん 03/12/17 21:51
>>171
意外と高齢だな。日清戦争までは、参謀総長として指揮を振るえそうだが。
日露戦争時には指揮官クラスは無理だろうな。
元老になってるだろうな。

172: 日本@名無史さん 03/12/17 22:08
川上の負担が減って、川上が長生きすれば、山縣専制は防げる。

173: 日本@名無史さん 03/12/17 22:41
>172
大村が長生きしていれば、山県の出番がかなり遅くなるのは確実。
山県専制が確立するのもかなり遅れるわな。

175: 日本@名無史さん 03/12/17 22:51
けど山縣かなり早い時期から兵部小輔になっているから、たぶん変らないかと。
軍というものが官僚機構である限り、山縣の台頭は防げない。
ずっと内乱が続けば、戦争技術屋が活躍するから、山縣の出るまくはないかもしれんがな。
・・・いや駄目か、前線には要らんが、後方支援などの軍政屋として必要になる。

176: 日本@名無史さん 03/12/17 23:02
>175
山県の事務能力は必要なくても、大村の指揮・作戦能力はあの時代の日本には必要だろう。
大村の頭の良さ、学識の深さは新政府の人間では最高レベルだろうし。
師匠の緒方先生も脱帽していた位だからね。
鹿児島士族の反乱も早い時期から予想していたし。
日露戦争の旅順攻防戦だって、あれだけの犠牲を出さずにすんだんじゃないのか。大村が第3軍司令官なら。
頭の良さ、作戦能力の高さは大村>児玉だろ。

178: 日本@名無史さん 03/12/17 23:37
>>176
>大村が第3軍司令官なら。

無茶言うな。
日露戦争時にもし大村が生きていれば80才。
維新の元勲は皆若いようなイメージがあるが、
大村は明治維新の時に既に44才。西郷より3才年上。

179: 日本@名無史さん 03/12/17 23:38
80近い大村が満州へ行くのは無理。首相・陸相も参謀総長も出来ないんじゃないかな。
今の80歳じゃなくて、明治の80歳だからね。

181: 日本@名無史さん 03/12/17 23:45
そもそも軍から追われたかも。あの時期はころころ各部署の
トップは変わってるし。でも木戸が生きてるうちはそんな
ことはないかな?
まあ1回辞表出したらもう再出仕することはなさそうな人
だよね。「やることがなくなったので辞めるだけです。」
とか言いそう。

183: 日本@名無史さん 03/12/18 00:40
格から行って、参議・陸軍卿→右大臣になってたかもよ。
あとは、枢密院議長とか。世代的にも性格的にも首相にはなりにくそう。

184: 日本@名無史さん 03/12/18 13:51
大村は最後までオランダ語にこだわって英語を真剣に学ぼうと
しなかったが、それはあの急を要する時代に英語を一から学んでいては
間に合わないと悟ったからだろうな。
英語力ではライバルの福沢や後輩の伊藤にも劣っていては、
政治家として大成するのは無理だろうし、本人もその気はなさそう。
だから陸軍最高位をしばらく勤めたあと、それなりの名誉職について
日清、日露で直接指揮を取るということはなかったろうな。

191: 日本@名無史さん 03/12/19 10:51
>>184
ドイツ語はどうよ?
大村は医療・軍事(陸軍)と縁が深いドイツ語はさっさと修得しそうだけど。
元医者で陸軍軍人だし、大村は。

192: 日本@名無史さん 03/12/19 21:07
>>184
外国語には興味を示すだろうけど
長州藩に登用されてからはそんな暇ないだろうし
明治維新が終わってからだとさすがに年齢的に外国語の習得がキツイだろうから
難しいだろうね

193: 日本@名無史さん 03/12/19 21:14
実際に外国語を操れたのは、正規の教育をうけた士官生徒出身者
例えば木越とか早川(田村)とかでしょう?山県も大山も桂も川上も
それほどしゃべれた訳じゃないと思うけど。

204: 日本@名無史さん 03/12/20 23:18
日常的な逸話に於ける信憑性はどの程度のものか、ご存知の方教えて下さい。
(例)某「今日も暑いですね~」村田「夏は暑いから夏なんです、いちいち暑いと断らなくてよい」。湯豆腐ばかり食ってる村田に呆れ顔で某
「また、豆腐ですか」村田「豆腐を莫迦にするものは天下を滅ぼします」。所詮は司馬さんのフィクションなのでしょうか?

208: 日本@名無史さん 03/12/21 13:33
>>204
フィクションかも知れない。
だけど、大村益次郎のキャラクターを表現するのにはいいフィクションだと思う。
(大村が作った蒸気船が動く。見ている連中が感動する。)
「蒸気船が動いた!!」
(大村が冷静に言う。)
「動くのは当たり前です!動くように作ったのですから。」
(感動した連中がムッとする。)

220: 日本@名無史さん 03/12/23 02:06
>>204
会話表現時代はフィクションだろうけど
村田が酒の肴に豆腐をむしってたのは事実。

238: 日本@名無史さん 03/12/25 02:09
>>204
夏は暑いものです」のネタ元は…

明治二年、わたしの友人の内藤駒之允が(大村)先生を訪問してまず
挨拶をした。「よく降ることでございます」と。ちょうど春雨のころ
であった。先生は「春はこんなものです」と。またある人が夏に先生
を訪問し「お暑うございます」と言うと「夏は暑いものです」と。
極上の返事でも「そうです」くらいのものであった。その無愛想な
ことはこのようであった。

           (「大村先生逸事談話」天野御民 談)

185: 日本@名無史さん 03/12/18 23:29
大河ドラマの「花神」て面白い?

186: 日本@名無史さん 03/12/19 01:43
花神の総集編は見たけど、どうしても全話を見てみたいな。ビデオやDVDは売ってないの?

190: 日本@名無史さん 03/12/19 06:44
厨房のときリアルタイムで見た。面白かった。
でも中村雅俊の高杉晋作はミスキャスト。

196: 日本@名無史さん 03/12/20 02:53
NHKの花神は自分の中では大河ドラマのベスト。
蔵六というと梅之助の顔が浮かぶし、イネさんというと
浅丘ルリ子の顔が浮かぶ。

ファンタジックなラブシーンがよかったな~

197: 日本@名無史さん 03/12/20 08:06
>>196
おれも「花神」は好きだった。
だけど、歴代の大河ドラマの中では低視聴率ベスト5に入るんだって。
ドラマとしては優れていたのに・・・・・・・・・。

206: 日本@名無史さん 03/12/21 01:07
今日はお寒うございますな。

210: 日本@名無史さん 03/12/21 19:06
>>206
冬とはこんなもんです

引用元: ・【花神】大村益次郎は英雄か?


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