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1: 張春華 ◆Shunka/GUM 2006/10/24(火) 03:19:19 ID:SZCJaei80
漢の三傑の一人。
中国史上のみならず世界史上の名将ともいえる韓信を語りましょう!m9(*・ヮ・)
軍事的戦略能力なら中国史上一かも?

韓信についてはココ↓
http://kanso.cside.com/kanshin-top.htm
関連記事††国士無双††   韓信   ††背水の陣††

関連記事◆2◆††国士無双††   韓信   ††背水の陣††







414: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/04/20(月) 21:54:06 ID:sCqpQgkK0
項羽への人物批評とか
背水の陣なんかを考慮すると
人間観察に疎いわけじゃないんだよな。
自分は見えなかったってことかな?

415: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/04/21(火) 15:21:17 ID:BSEuRE+t0
見たいものしか見ないタイプの人間だったんじゃね
オタ気質というか

416: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/04/21(火) 16:43:05 ID:NSyDz/jC0
>>415
それは趙括とか馬謖とか、理屈倒れの駄目武将の典型だろ。
自分に都合のいい情報ばかり信じると碌なことにならん。
関連記事趙括と馬謖
419: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/04/22(水) 00:47:53 ID:Ao8xcv6Z0
>>416
それは経験の差で
そいつらと国士無双先生は同一延長線上にあったと思う
根が駄目人間なのは一緒だろう

420: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/04/22(水) 01:49:06 ID:0+Sb75xn0
経験の差ってほど経験豊富じゃないと思うが。
蕭何の推挙で一躍大将軍に抜擢されるまでは大軍率いた事なかっただろうし。

422: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/04/23(木) 02:48:49 ID:cuOxRkxZ0
横山の項劉で趙括について韓信が語ってたな
「趙括は兵法について知っていたが使い方は知らなかった」って
韓信は臨機応変にできたからこそ名将になったのではないかと。

晩年については、謀略に殆ど関わらなかったのも一要因にあると思う。
陳平・張良なんかは楚軍への謀略担当だったりしたから上手く粛清から逃れられたんだと思う。

趙括・馬謖は判断力不足と情報収集力のなさが駄目な所

423: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/04/24(金) 11:08:25 ID:7MhyTK+d0
馬謖の場合作戦以前に指揮能力が大きな問題があったのでその辺韓信とは全然違うだろう
自分で厳格な規律をつくり兵を訓練した韓信と違い、馬謖は諸葛亮との論戦はできても
兵卒やたたき上げの将軍と直に接する機会が少なかったんだろう、その辺も趙括と似てると思う
必要なことを理解し実行してた韓信と馬謖に経験しか違いが無いとは俺にはとても言えない

425: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/05/03(日) 00:16:39 ID:2Amsb8y00
苦労知らずボンボンでも霍去病みたいな例もあるし
本当に才能のある人はどういう環境で育っても
チャンスさえ与えられれば結果を出せるもんだろう
人生経験の差というより単純な才能の差では?

いくら歴戦の経験を積んでも白登山に誘い出され匈奴に包囲されるという
趙括・馬謖並みの失態を演じている劉邦みたいなのもいるけど

426: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/05/03(日) 13:02:31 ID:pKoUOEZ10
劉邦の失態というより、むしろ冒頓が凄すぎると言ったほうがいい。
まぁスレチなんで話を立て直すと、韓信と冒頓、ガチでやってほしかったな…

436: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/05/30(土) 06:59:59 ID:ssj4jw400
よく韓信最強とかいうけど、わずか半世紀前に白起がいたんだよな。
戦った回数で言えば数倍するし。

まず白起vs韓信で。

440: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/06/04(木) 14:01:00 ID:wxjowKnkO
韓信が騙し討ちをせず斉の田横と正々堂々と戦っていたらどうなっていたかは気になる
宮城谷氏はいくらなんでも田横のことを贔屓しすぎだし、過大評価しすぎだと思うが、それでも当代一流の人物だと思う
項羽に勝った(正確に言えば負けなかっただが)数少ない人物だしな

444: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/06/05(金) 03:58:11 ID:q2+YtDmJ0
>>440
正々堂々って、戦争をスポーツの試合か何かと勘違いしてんのか?
田横だって項羽と真っ向勝負したわけじゃあるまい。
してたら瞬殺確実だしなw

450: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/06/07(日) 04:25:49 ID:0Aaf3h4a0
広武山の戦いにしても項羽本紀だと「天下の弁士」侯公の力により
和睦が成立し人質が戻ってきたという書き方だけど
B面の高祖本紀だと侯公の名は出てこず
韓信が楚を攻撃し始めたため恐れた項羽が漢との和睦に応じ人質を返したとあるだけだからな
酈食其にしても侯公にしても韓信というカードあってこその功績だろう

>>444
項羽は城陽で田横軍数万と連戦したが下すことができなかったという記述だけなんで
どういう戦い方してたかまではわからんが
項羽はこのとき彭城を空にして全軍で斉に攻め込んだようなもんだから
たかが数万の兵でまともに真正面からぶつかりあうなんてことはさすがにしないと思う
各地で斉人が反乱起こしてたんで項羽の方も鎮圧のため兵を分散させていたかもしれんが

449: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/06/06(土) 23:34:19 ID:xlNlyISc0
>>440
>韓信が騙し討ちをせず斉の田横と正々堂々と戦っていたらどうなっていたかは気になる

何で騙し討ちの形になってしまったかというと
韓信の方が普通に攻め込もうとしていたのに田横が先に降伏していたからであって
斉よりはるかに弱小の西魏の説得には失敗した酈食其が斉の時は成功したのは
その後実績を重ね名声を確立した韓信の軍事力を交渉カードとして使えたからというのは無視できないだろう
今まさに韓信軍が国境を越えようとしているそのタイミングで、城下の盟を迫るがごとく降伏を勧め
斉がそれに応じたのだから田横の方は利害形勢を分析して韓信には勝てないと判断したんだろう
一方の韓信が斉に攻め込んだのはもちろん勝つ自信があったからで
井陘の戦いを見ても相当慎重で無理押しはしない韓信が勝つ気満々で攻め込み、田横の方は(多分)勝てないと判断した
正直まともに戦っても勝敗は目に見えていたと思う

それと田横が城陽で項羽相手に一歩も引かずに戦えたのは
項羽が斉攻略の際に捕虜を阬にしまくったため
どうせ降伏しても殺されると思った斉の兵がいわば背水の陣状態になってしまってたような気もする
もしそうなら無駄な殺戮はしなかった韓信相手に同じ力が発揮できるかはどうかは分からない

457: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/06/30(火) 02:36:44 ID:NY8a5GGk0
韓信の凄さは、正規兵を徴収されても寡兵を仕立てて斉を攻略した点だな。
戦だけでなく、練兵など軍事全般に優れていた上に対応力も高い。
この人なら、斉で独立して三国体制に持ち込めたと思うよ・・・・
項羽は歓迎するだろうし、この時点で韓信の武名は轟いてたはずだから。
三国鼎立の硬直状態に持ち込めば、劉邦は年齢的に不利か。

461: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/08/10(月) 19:55:03 ID:E+lh8a010
郡国制が韓信の悲劇を生んだ
李斯の郡県制を強いてれば

463: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/08/12(水) 22:59:18 ID:pGxfAdLb0
>>461
郡県制にするためには韓信らの既得権益を剥奪する必要があるから、納得する訳が無い。

464: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/08/13(木) 10:59:04 ID:FCQCbXN20
高校の時、世界史の先生が
「秦が郡県制を敷きました。でも、急激な変化に反発が出て、秦は滅びました。
その次の漢はまず郡国制を敷きました。
漢はわざと呉楚七国の乱を起こさせ、見事郡県制を敷くことができました。」
っていう説明してたけど、この見方なら韓信のは悲劇というより単なる予定調和。

465: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/08/31(月) 13:54:07 ID:dJLDfZSO0
システムを維持する上では不穏分子でしかないからな
かといってシステムの中心になるほどの主体性もないという中途半端さ
天才なのに優柔不断で強欲なのがいい

491: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/12/07(月) 02:45:00 ID:iZXUzPIQ0
自分を漢の大将軍にしてくれて同じ服と食事を与えてくれた漢王に義理立てして項王からの『申し出』を蹴った
っては横光のおっさんの漫画からだけど・・・
だとしたら韓信て結構真面目な男よのう
軍事的才能は天才でも政治力はおこちゃまレベル
もっと魅力的なのは劉邦に兵隊を取り上げられても文句一つ言わずに斉を平定した事だわな

492: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/12/07(月) 16:51:30 ID:h9ja2Ixx0
>>491
そのエピソードは横光の創作じゃないぞ。
史記淮陰侯列伝に載ってる。

494: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/12/14(月) 09:20:45 ID:is0meUnH0
淮陰侯列伝 読んだ
楚王に報じられて故郷に錦を飾って
綿打ちのババアを探して千金を与えて恩に報いる事ができただけでも
良しとするべしだね
この時期有頂天(所謂天狗)になって傲慢になっていたから成功を妬む
者が謀反の企て有りとちくったんだと思う
謙虚で公正無私であれば畳の上で死ねたと思う 大史公の仰るとおり

495: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/12/14(月) 13:01:40 ID:Xbzsypg40
微妙に違う。どっちにしても帝国の安定のために討伐される運命。張良のようにうまく立ち回る事が
出来ない限りはね。蕭何ですら疑われないための努力をしている。

497: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/01/17(日) 05:26:21 ID:HN9QT5Wt0
韓信の本質は才能 by司馬遼太郎

498: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/01/18(月) 23:35:02 ID:PWXBXFLA0
モーツアルトみたいなもんだなw
軍事的才能を表現したい欲求以外はどーでも良かった感じ。
もし斉で独立しておけば、軍事的には最強だったのにね。劉邦滅亡後疲弊
した項羽とやれば、韓信なら楽勝。
その後の統治も意外とうまくやったかも。ただし、権力闘争に弱すぎだか
ら、やっぱり部下や親族などに裏切られて悲惨な最期っぽいがw

499: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/01/19(火) 01:02:39 ID:RfZmZmAS0
>>498
劉邦滅亡しらた復讐モードの張良に暗殺されそうだわ
猜疑心弱すぎなんだよ韓信は

500: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/01/19(火) 01:15:58 ID:r581kq/P0
張良にとって劉邦は復讐の手段
忠誠の目的ではないと思う

502: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/01/19(火) 20:34:06 ID:0V3lHp200
頭はいいんだよね。だから、政治もいろいろ新機軸打ち出したり
して、名君と呼ばれてた気がする。
ただ、人が良すぎるんだよ。どろどろのカオスの中でごろつき共
とやり合ってのし上がった劉邦とは住む世界が違いすぎw

507: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/01/22(金) 14:56:29 ID:f1YgscLiQ
>>502
戦争に特化した才能だと思うがなぁ
いわゆる政治感覚は無かった人だと思う

503: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/01/19(火) 23:17:29 ID:2MrfWwYJ0
綿打ちの婆さんに飯を恵んで貰えるんだから

男としての魅力というか可愛げも有った筈

508: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/01/22(金) 17:08:55 ID:1DhOrL7A0
浮浪者してたことを見ても興味ないことはできないやらないってタイプだろうな

509: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/01/22(金) 19:00:50 ID:7KBgw3oB0
そこが天才と呼ばれる所以だろうが

517: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/01/30(土) 11:03:14 ID:OPsLclY40
俺は韓信の魅力をダメ人間っぷりと天才的な軍略のギャップだと感じてる
まあ、司馬遷も謙虚さがあればほぼ完璧な人間と言ってるから人間としても素晴らしかったのかも知れないが

521: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/02/01(月) 01:27:34 ID:AGt7MxDlO
項羽の死後五年くらい経ってても諸将に対する韓信の影響力ってのは隠然としてあったわけだよな?
その間韓信は公人としてはほとんど引きこもり状態だったにもかかわらず。
人の記憶なんて儚いもんだよ。それにどんな凄い才があったって尊敬されないやつってのはいる。
劉邦や鐘離昧やハンカイらに比べてどうだったなんてそんな正確な比較ができるわけもあるまいし、ここは相応に人柄にも見るべきものがあった、ってことでいいんじゃないかね?

522: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/02/01(月) 08:13:08 ID:ySRDXi580
人間的魅力が素晴らしかったなら使用人に告げ口なんてされなかったんでは

523: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/02/01(月) 14:07:48 ID:AGt7MxDlO
あれ私怨があったからだろ?
歴史上で謀反やら裏切り行為にあったやつ全員魅力なしかよ?暴論にも程がある。

525: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/02/01(月) 15:36:17 ID:uzD+Yooi0
確かに人徳で見てもかなりあると思う。
よく劉邦が人徳多いみたいに言われるけど、あいつはセコいだけ。
人間的魅力は韓信の方が上でしょう。
じゃないと兵卒はついてこないよ。
自分の命を預けたいと思わせてる武将の人間力って現代の人間には想像できない。

529: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/02/02(火) 23:54:38 ID:6HquGYit0
>>525
>よく劉邦が人徳多いみたいに言われるけど、あいつはセコいだけ。

そう思ってた時期が俺にもありました。しかし、劉邦は殺してやりたいほど憎い相手(雍歯)でも
手柄を立てれば罪を許し、候として封じる太っ腹なところが有る。だからみんなついてきた。
昔股くぐりさせた男を許した韓信にも通じるね。

530: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/02/03(水) 00:53:10 ID:V5sq/ji60
劉邦は自分を追い詰めながら見逃した丁公を「お前の不忠のせいで項羽は天下を失った」
とかかっこいいこと言って死刑にしながら
項羽に忠実だった鍾離昧や季布に対しても苦しめられたことを根に持って
殺そうとしてるから訳わからん
どうしろっていうんだ

531: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/02/03(水) 01:53:09 ID:G8maGu5U0
>>530
おそらく自分の口車に簡単に乗った丁公の変節漢ぶりが癇に障ったんだな。自分を裏切る時も
同じように簡単だろうと。
季布の処遇を見ると、鍾離昧だってうまく取りなしてくれる者がいれば取り立てられた可能性もある。

533: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/02/05(金) 22:16:35 ID:+fqjUEYY0
>>530
統一してから人格が変わり不安になったんだろ?
どっかの小説のあとがきで、「統一後の劉邦は酷すぎるから書かなかっ
た」とあったな。

最高権力者になってから人が変わったんだよ。

534: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/02/06(土) 16:19:21 ID:5AWS5HHY0
秀吉とか朱元璋タイプだよね

535: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/02/07(日) 22:08:48 ID:0i8Tgrpi0
ただ楚漢戦争中も関中の留守を預かる蕭何に猜疑心を向け
忠誠度をチェックしてたみたいだから
統一前からその傾向はあったみたいだけどね

あれだけ尽くしている蕭何ですら疑われてるんだから
韓信が疑われ粛清されるのは当然といえば当然
蒯通のいうこと聞くしか助かる道はなかったかもしれん

538: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/02/07(日) 23:56:48 ID:oxVZTS1r0
>>535
鼎立もあれはあれでムチャだったと思うけどね

生きる道があるとすれば、王を奪われて侯に格下げされてから徹底的に下手に出て劉邦におべっかを使い、反乱の誘いに全く乗らないようにする
これくらいだと思う
史記に伝わる話を信じる限り、王を奪われたのは濡れ衣くさいが殺されたのは自業自得だからな

540: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/02/08(月) 10:25:40 ID:l0JkxAnh0
>>538
自業自得っていうかこのままじゃどんだけ媚びへつらっても殺されると判断したからこその追い詰められた反乱計画に思えるんだが

543: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/02/11(木) 18:21:42 ID:w1Xb/r+60
>>538
なぜムチャなのかよくわからんが
蒯通の策では斉に加え楚漢が争っている間に趙や燕を合わせて第3勢力になり
両雄の疲れを待てというものだったが
韓信の場合斉の戦力だけで項羽を垓下において簡単に粉砕している
その項羽に単独では劉邦がまったく勝てなかったことを考えれば
軍事力だけなら間違いなく最強だろうし、うまくやれば十分可能性はあるだろう
というか固陵で劉邦が包囲されているときに見捨てていれば
後に残った項羽を討てばいいだけだし、いけたんじゃないか(蒯通が去った後なのが痛いが)?

蕭何が疑われただけでなくだけでなく
鴻門の会で命がけで劉邦を守った樊噲に至ってはちょっとした讒言だけで本当に処刑そうになったことを考えると
上からは軍才を警戒され下からは功績を妬まれやすい立場にいる韓信ならなおさらのこと
ガラでもない忠臣として頑張ったところで無事でいられるとは思えない
仮に劉邦から逃れられたとしても呂后がいるわけだし(あの謀反にしても少しくさい気がするし)
それなら独立しておいたほうが余程成算が高かった気がするが

544: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/02/11(木) 20:38:10 ID:58ZQo+w/0
>>543
韓信が斉を破った時の主力は曹参などの劉邦譜代の臣
韓信が独立した場合、彼らが素直に従うかといえば大いに疑問
主力の将軍たちに軒並み離反されるか、もしくは主力の将軍を軒並み粛清するか、いずれにしても大幅な戦力減を余儀なくされる
そして斉は征服したばかりの土地で、項羽にも強固に反抗した土地柄
内輪もめの戦力減があった場合、征服された旧斉勢力(最高実力者だった田横は死んでいない)が大人しくしているだろうか
「斉で独立を維持できれば」韓信が生き延びる道になるだろうけど、独立を維持するのがかなり厳しいんじゃないだろうか

545: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/02/11(木) 22:05:47 ID:xe9U9a3n0
>>544
そうそう、田横は彭越のところに身を寄せていたし
劉邦が酈食其のことは行き違いだったと後援する姿勢を見せたら
さらに一波乱起きそう…
この時点では同格の王だから田横も拒否する理由はない
酈商に遺恨が残るのは韓信にも当てはまる

韓信が敵の油断や士気の崩壊なしでも無敵かは証明できないしね

546: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/02/11(木) 23:36:29 ID:w1Xb/r+60
もし>>545のいうように彼を漢が利用すると仮定して、占領後の斉に田氏側の有力者がどれほど残っているか
あるいは蒯通の策では最初中立を保つよう勧めているが、項羽だけで防戦一方の漢が
わざわざ様子を見ている韓信を完全に敵に回すリスクを犯してまで田横を支援して斉を撹乱という手を打つか
(下手に刺激すると韓信が項羽と手を組み漢は万事休すかもしれん)
漢が単独で項羽を滅ぼせるなら、その後使う手としては有効かも(そこら辺は情勢次第だと思うが)
いずれにせよ漢の宮中で粛清を待つよりは遥かに可能性は高いと思うが

550: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/02/12(金) 07:29:25 ID:vf95ZJXV0
>>546
史記の高祖功臣侯者表によれば孔煕・陳賀は韓信より先に劉邦の配下になっている古参
どっちかというと韓信の下で働きつつも韓信の不穏な動きを牽制し、監視するためにわざわざ劉邦が付けたんじゃないのかねえ
それを抜いても韓信にどこまでもついていくような将兵が多数いた可能性は無いとはいわないが、全体として韓信に甘すぎる予測だと思う
もしそこまで有利な情勢だったら韓信は独立の誘いに乗ったんじゃないか?
つまり現実はそこまで甘くなかったから乗らなかったんじゃないかと思うが

552: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/02/12(金) 20:47:13 ID:ii0AbzQp0
>>550
>どっちかというと韓信の下で働きつつも韓信の不穏な動きを牽制し、監視するためにわざわざ劉邦が付けたんじゃないのかねえ

っていうかそこまで劉邦陣営って一枚岩なのか?
陳平なんか劉邦の臣下の大概は利益で動く節度なき連中だとか言ってたし
張良も酈食其案を却下した時、諸侯を王に立て力を持たせると
恩賞目当てで彼らについていくものが多数出て人材がごっそりいなくなることを危惧していた気が・・・
韓信抜きでも漢優位が動かないなら別に韓信を斉王に認める必要もないけど
実際は「漢は情勢不利なのに韓信が王になるの止められない(張良)」と渋々認めてる
漢が攻め込んだのなんて5諸侯を従え大軍を得た彭城の戦いと韓信・彭越の援軍を当てにした固陵の戦いぐらい
漢単独では攻められっぱなしでむしろ漢に甘すぎに見えるが

大体項羽に苦戦して身一つで逃げる状況が多かった劉邦にとって
有能でいざという時自分を守ってくれる忠実な部将はなるべくなら手元においておきたいものだし
(下手すりゃ自身の命が危ういわけで)
現地調達の兵で河北を平定するってのもかなり無茶なのに韓信から兵を取り上げ続けたのも
そっちより自分の戦線の戦力確保を優先したからだろう
数少ない忠臣でなおかつ良将を監視目的だけで多数つける余裕なんてあったのか?

557: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/02/13(土) 00:58:03 ID:6EkQlGZw0
>>552
要する張良・陳平の認識としてはケチな項羽だけが相手なら
劉邦みたいな無礼者でも恩賞目当てに欲深どもが集まってくるけど
他に恩賞を与える存在が出てくると劉邦の人材面でのアドバンテージは崩れかねないってところか
韓信もその項劉の長短は指摘していたし、もし独立ならそこら辺は意識してやるだろうな

558: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/02/13(土) 10:07:09 ID:Vr/7895u0
>>557
それでも実際には独立しなかったんだから、よほど義理堅かったのか(主君劉邦の足元見るような真似してるけど)、よほど劉邦を信頼できると思ってたのか、よほど独立が危険と思ってたのか、いずれかだな

564: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/02/13(土) 14:47:44 ID:s+dp5/EK0
彼が楚王になって淮陰に戻ってからのはしゃぎっぷり(?)
その後樊噲たちと同列にされたと落ち込んだことから
名声欲や地位欲は相当に強いけど王となって故郷に錦を飾ればそれはそれで満足するタイプと見た
ただ蒯通の案に迷ったということは帝位に全然興味がないわけでもないくらいか

550: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/02/12(金) 07:29:25 ID:vf95ZJXV0
>>546
史記の高祖功臣侯者表によれば孔煕・陳賀は韓信より先に劉邦の配下になっている古参
どっちかというと韓信の下で働きつつも韓信の不穏な動きを牽制し、監視するためにわざわざ劉邦が付けたんじゃないのかねえ
それを抜いても韓信にどこまでもついていくような将兵が多数いた可能性は無いとはいわないが、全体として韓信に甘すぎる予測だと思う
もしそこまで有利な情勢だったら韓信は独立の誘いに乗ったんじゃないか?
つまり現実はそこまで甘くなかったから乗らなかったんじゃないかと思うが

539: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/02/08(月) 00:37:56 ID:o0ztfPb70
ハンカイやショウリマイへの態度は長者ではないし
外様なのに処世に気を使わない姿勢は劉邦の不信感を煽るのは必至。
ちょっと性格的にだらしない印象

555: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/02/12(金) 22:07:09 ID:QSX7Rf5I0
曹参もちょと不思議だな
韓信刑死後に劉邦に保釈された蒯通を客分として迎えているけど
蒯通も死罪になりかけたってことくらい公然のところだろうし(もちろんその容疑内容も)
韓信に謀反を教唆し劉邦の天下をひっくり返すことをもくろんでいた人物に対してずいぶん好意的な気がする

曹参視点では自身や周りの部将の去就も含めた彼の天下三分の計の成算は
ある程度見えていただろうし
まったく成功の可能性がないなら蒯通は情勢認識の甘い人物だということになるけど
その辺どう考えてブレーンにしたんだろ

568: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/02/14(日) 19:16:58 ID:4eac9dNm0
盧綰、樊噲、蕭何でさえ猜疑心の対象なのに
韓信みたいな微妙なポジでは粛清されるのは当然だろうな。
劉邦は自分の度量以上の忠誠心を集めていた時期があったので
項羽に勝てたという印象

569: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/02/14(日) 21:28:47 ID:msv2MLRC0
その一方で義帝を殺したメンツの一人呉ゼイとか、劉邦自身に嫌われたはずのヨウ歯が平気だったりするミステリー

570: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/02/14(日) 21:51:40 ID:4eac9dNm0
いつでもぶっ殺せるという自信が持てない人間や
信じてたのによくも俺を裏切りやがったな、って感じの人々が
殺されるか殺されそうになったんだろう

571: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/02/23(火) 16:25:30 ID:xEweCAvR0
韓信の大将軍への出世っぷりって一体何なの?
異常すぎると思う
功を上げたとかそういうエピソード無いよね
天才オーラを発しまくってたんだろうか

572: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/03/05(金) 07:58:02 ID:veI190WvO
>>571
劉邦達もどえらい出世したから問題ないんじゃね

573: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/03/05(金) 14:31:01 ID:M0qcowzB0
劉邦は実績があったから出世した
韓信とは全く違うぞ
つーか劉邦は漢王じゃなくて本当なら関中ゲットできてたはずの実力者だからな
軍人として結果まだ一度も出してないのに下っ端から口だけで大将軍になった韓信はやばい

574: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/03/08(月) 11:16:20 ID:vxl2EObLO
あのへんの話は多分に劇的に簡略化されて伝わってるんじゃねえかなとは思うけど、口はある程度達者だっただろうな。
ところで韓信の年齢イメージって幾つくらい?俺は結構若くイメージしてて、
楚や漢でなかなか取り立てられなかった一因じゃないかと思ってるんだが。

576: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/03/08(月) 13:15:35 ID:4eWyGRTX0
つーか簡略化って言うけど
じゃあ何か実績あったのか?
あったなら何故伝わらない
むしろ功績を誇張して伝えたほうがより「劇的」だろ普通に考えてw

578: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/03/09(火) 19:59:19 ID:ZPI8ZdRbO
漢中からボロボロ脱走者が出るなか、韓信が漢に愛想つかして脱走したとき、蕭何が追い掛けて引き止めたって話しが史記になかったけ

韓信の大抜擢は蕭何や夏侯嬰といった重臣の強い推挙あってで、劉邦には冴えない男にしか見えなかったんだろうね

ただ、蕭何が韓信を強く推挙した根拠が何かって疑問は残るが
蕭何に人を見る目があったって言ってしまえばそれまでか

579: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/03/09(火) 22:49:32 ID:iZOnVD9X0
蕭何「韓信ktkr」
劉邦「ちょww股潜りの匹夫っておまwwwwww」

以上の会話からして劉邦も韓信の評判を聞く機会があったことになる。
陳平ほどではないにしても、楚陣営ではある程度名が売れていたのでは

587: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/05/30(日) 03:25:42 ID:GECwx8pj0
司馬遷は韓信がもうちょっと謙虚なら完璧な人間だったって言ってるが
韓信の強さってその我の強さと自信によるところも大きいんだと思う
指揮官ってのは命をかけた博打をやってる勝負師なわけで
自分の判断に全てを委ねられる絶対の自信が無いとやってけないでしょ
無謀とも言える戦況を当たり前のように何度もひっくり返したのだってその力があってこそなんだろうな
セイケイの戦いの前に勝ちを確信して一人で喜んでたってところがすげーと思う

588: 名無しさん@お腹いっぱい。 2010/05/31(月) 02:05:09 ID:8pieqlIY0
占領した地域で反乱起こされてないから、政治力もかなり高い方だったんじゃないかと。
ただ主君や同僚にどう思われてるかを察する能力が絶望的に低かった。


引用元: ・††国士無双††   韓信   ††背水の陣††


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