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1: 日本@名無史さん 2009/04/14(火) 23:23:35
悲劇の最後をとげたものの、直弼公の開国へのかじとりこそ近代日本の夜明けにつながったと思われる。その偉業を語り合うスレです。








7: 日本@名無史さん 2009/04/17(金) 21:02:38
桜田門外の変がなければ幕府権威をたもったままで公武合体が実現できたと思う
つくづく水戸の暴挙に腹が立つね

8: 日本@名無史さん 2009/04/18(土) 01:37:08
>>7
そんなことになってたら、日本の近代化は100年遅れたんじゃまいか

9: 日本@名無史さん 2009/04/19(日) 09:44:46
いや幕府の下で近代化をすすめればいいだけの話

14: 日本@名無史さん 2009/04/20(月) 00:53:17
>>9
武士っていう非生産的な特権階級を残して近代化しても、たかが知れてるだろ。
清国でも康有為とかがそれをやろうとしてみごとに失敗し、
結局辛亥革命に至ったわけだが。

10: 日本@名無史さん 2009/04/19(日) 11:23:20
外国の圧力に屈してよく調べずに不平等条約に調印
天子様に対し飛脚の使いで事後承諾という無礼
水戸烈公をはじめとする憂国の士を弾圧
ただの売国奴の逆賊である。

34: 日本@名無史さん 2009/05/02(土) 18:09:27
>>10
手こぎ船しかない日本が蒸気船の欧米と勝負して勝てると思う?
そして欧米に負けていたらその締結した条約よりもっと苛烈な条件を押し付けられていたのでは?
だからこそ直弼は「国力を付ける為の時間稼ぎ」として条約を締結するという苦渋の決断をしたんだよ。


16: 日本@名無史さん 2009/04/25(土) 03:09:49
そもそも
安政の大獄とかおおげさ。あんなの大獄でない。単なる犯罪者逮捕

明治新政府の自由民権取締りとか
福島事件とかのほうが死者も逮捕者も多かった。

17: 日本@名無史さん 2009/04/25(土) 03:12:19
井伊の安政の逮捕は、法律による適正な逮捕
一方、明治の大獄は選挙妨害という違法行為。

18: 日本@名無史さん 2009/04/25(土) 11:25:35
大獄と同時に開国派を失脚させたのはおかしいと思うけれどね。
大義なくぶれたら、批判されるのも仕方ない。

20: 日本@名無史さん 2009/04/30(木) 23:53:56
>>18
開国派が処分されたのではなく、勅許工作人たちが処分されたんだよ。
大老を辞めさせろ・将軍を慶喜にせよ・という2つのとんでも勅許を
圧力工作した犯人が処分されただけ。

41: 日本@名無史さん 2009/05/10(日) 00:58:48
> >>20
> 開国派が処分されたのではなく、勅許工作人たちが処分されたんだよ。
> 大老を辞めさせろ・将軍を慶喜にせよ・という2つのとんでも勅許を
> 圧力工作した犯人が処分されただけ。

結局政争を重視して有為の人材を殺しまくったわけで。
そんなやつに日本の将来をまかせられるわけないだろ。

65: 日本@名無史さん 2009/08/13(木) 20:55:17
>>41
それは一橋派も同じ。暗殺蜂起と逮捕処刑の差があるだけで。
卑怯とか言い出したら条約と朝廷を自分らの発言力強化のために結びつけたのが一番のルール違反だろ。


21: 日本@名無史さん 2009/05/01(金) 01:28:20
百歩譲って、安政の大獄は、社会(幕府)秩序を乱す過激派の処分で当然だとしても、継嗣問題で反対派だった大名(伊達宗城、徳川慶篤、徳川斉昭、松平慶永、山内豊信..)を処罰、やはり継嗣問題で反対派だった開明派幕府官僚の岩瀬忠震、川路聖謨、永井尚志、大久保忠寛らを追放し、処罰するなど、ただの私怨をはらすための報復人事にすぎない。
安政の大獄で処刑された橋本左内なども、評定所の罪案では国許に送り返して蟄居程度だったが、罪案に附箋して処刑したのは、左内が継嗣問題で、最も活躍した敵だったから。
情勢も考えず、ライバルの蹴落としに狂奔するバカオヤジで、その反動でコロリと浪人に殺られた。
福沢諭吉も言ってるが、直弼は攘夷主義であって、無勅許調印は成り行き。


22: 日本@名無史さん 2009/05/01(金) 01:42:20
>>21
逆に聞くが、なんで外交に天皇の勅許なんか得なければならないの?
尊皇派の立場からしか見ない意見だな。
そもそも勅許など、今の天皇と同じく形式手形でそれを悪用して
政治に参加する勢力が処罰されるのは当然では。

26: 日本@名無史さん 2009/05/01(金) 02:00:02
>>22
尊皇とか譲位とか関係なく、私怨をはらすために血道をあげるバカ殿という論旨のとうだが。

46: 日本@名無史さん 2009/06/07(日) 02:00:13
>>21
> やはり継嗣問題で反対派だった開明派幕府官僚の岩瀬忠震、川路聖謨、永井尚志、
> 大久保忠寛らを追放し、処罰するなど、ただの私怨をはらすための報復人事にすぎない。

ここらへんの官僚って積極的に一橋派だったもの以外も粛清されてるからな。
単に一橋派の阿部正弘に登用されたというだけで。
本当に単なる派閥争いだよ。
24: 日本@名無史さん 2009/05/01(金) 01:48:57
>>21
>>直弼は攘夷主義

どういう根拠なんだよw
攘夷主義なのに通商条約結ぶの?
開国したのを非難されて超攘夷派に斬られたんだろ。


25: 日本@名無史さん 2009/05/01(金) 01:54:23
いまどき戦前の史観で、井伊大老を貶めようとしても無駄だよ。

攘夷派が責めたてる無勅許も井伊大老が好き好んでやったわけでなく侵略をほのめかす外国の脅されて、ぎりぎりの線で行った行為だろ。
(本来なら外交は幕府の専任事項なんだから、勅許など必要ないのに)

開国勅許を政治的妨害工作した連中が、勅許を得ないのがおかしいというのはちゃんちゃらおかしいじゃないか。

27: 日本@名無史さん 2009/05/01(金) 02:06:12
>>25
なにも、知らないんだね。
「井伊直弼攘夷祈願祝詞」嘉永7年11月
神宮徴古館に行けば見られるよ。

31: 日本@名無史さん 2009/05/01(金) 02:12:44
>>27
薩長も同じじゃないか。
根本的には、鎖国をしたいが外国の文化を学ぶ必要があるから開国に転宗したんだろ。
井伊大老の場合、政治責任者として植民地化を避けなければならないからずっと進歩的に開国をしただけだろ。

28: 日本@名無史さん 2009/05/01(金) 02:06:36
そもそも勅許を得ないことが悪という論理自体が現代的史観ではない。
井伊大老は、勅許を勝手に振りかざすのが誰かが見抜いていたから処分したんだろ。
これは孝明天皇も同じで、自分の意見と反対な勅許がどんどん勝手にだされてしまうこと
を悩んでいたんだよ。

30: 日本@名無史さん 2009/05/01(金) 02:11:10
>>28
「筋を通さないのは邪道」
これは永遠の価値観ですよ?

32: 日本@名無史さん 2009/05/01(金) 02:14:32
>>30
政治参加ができないはずの外様や公家や浪人が私権で、勅許をたてに外国人嫌いを通そうとするのは筋が通らないね。

33: 日本@名無史さん 2009/05/01(金) 02:24:23
直弼は、安政5年、自分の本意は「従来の国法(鎖国)に復することである」と九条尚忠に述べたり、堀田正睦には同じ年に「外国人に一歩一歩譲歩するのは嘆かわしい」と述べたりで、本音は尊王攘夷(死後の手記には勅許を得なかったことの苦悩が書かれている)なのだが、開国は、薩摩や水戸などの幕政への介入を防止するための方便にすぎない。
幕府に実権が確立したら、再び鎖国をするつもりだった。

35: 日本@名無史さん 2009/05/04(月) 02:25:21
少なくとも井伊大老が幕府の実権を握っていてくれてよかった。
水戸のバカ親父だったらと思うとぞっとするよ。
吉田松陰なんてのも、あのとき斬っておかなければ
あとあととんでもないことやりかねないわけで
井伊直弼の判断はおおむね正しい。

36: 日本@名無史さん 2009/05/04(月) 03:36:14
>>35
まあ、勝てば官軍だからね。井伊直弼の一番の失態は、警備を怠って暗殺されたことではないか。
桜田門外の変の当日、水戸牢人に狙われてることを知っていながら家来にも知らせず丸腰ででかけたのは「自殺願望があった」という説があるくらいだから。

江戸城から、大勢の警備を呼び寄せ返り討ちにするくらいの周到さがほしかったね。
生き延びる・あるいは反対派の息の根を止めていれば幕府を守った大英雄の評価だったわけで。

37: 日本@名無史さん 2009/05/06(水) 12:09:09
>>36
たしかにそうですな
過信があったのか、規律意識があまりに高かったのか
いずれにしても桜田事変は歴史を変えてしまいました。
残念です。

39: 日本@名無史さん 2009/05/08(金) 12:56:27
>>37
歴史を変えてしまってよかったですな。
下級武士の主導で維新が成功したおかげで、ドラスチックな改革ができたわけで。

52: 日本@名無史さん 2009/06/21(日) 13:59:51
井伊直弼は開国の父?

開国の父ならば、何で開国したにも関わらず、老中阿部正弘が推し進めた開国路線を否定するような政策(開明派の官僚群の粛清、西洋式軍備→和式軍備の復活等)を採るんな?

井伊大老の政策を見ると、どう考えても、保守反動としか思えんような政策(幕府独裁体制の維持強化)ばかり行っているが…。

(もっとも、彼の出自を考えると、幕府独裁体制の維持が念頭にあるのは無理からぬ事ではあるが…。)

53: 日本@名無史さん 2009/06/28(日) 00:58:20
井伊にしてみれば、外様も夷狄も大差はないよ。
あくまでも幕府を支え、日本を守るのは三河以来の忠義の譜代と旗本八万騎

83: 日本@名無史さん 2010/01/19(火) 03:37:20
若手大老井伊直弼を中心とする開国派と、沿岸警備・市中見回りを厳にし、外国船は打ち払うべしとする御三家筆頭水戸斉昭を中心とする攘夷派が対立する嘉永・安政の政局において、みずからの位牌までつくって江戸に乗り込み、一刀両断に水戸家の朝廷工作を粉砕した手腕はほめられるべきだと思います。
おととい彦根城にいってきました

84: 日本@名無史さん 2010/01/24(日) 08:22:09
でも水戸派の主張の方が正当なんだよね
井伊は朝廷や将軍の意向を無視して独断専攻したわけだから暴挙であることは間違いない
しかも安易に不平等な条約を締結してしまった
その後、この不平等を覆す為に日本は多大な犠牲を払いながら戦争し続けたが
結局今でも覆す事ができないでいる
200年(継続中)に及ぶ負債を残した井伊の政治は日本史上類を見ない失策

85: 日本@名無史さん 2010/01/24(日) 08:55:18
>>84
ペリーも戦争にならないように厳命されていたけど空砲うって威嚇したりしてるし、井伊大老の立場で条約を結ばずに戦争にでもなったら腹切っても済まされない大失態。
薩英戦争や下関戦争のようなマネを幕府がやっていたら日本は列強の植民地になっていた。

>結局今でも覆す事ができないでいる

はぁ?

89: 日本@名無史さん 2010/01/26(火) 00:37:33
当時、井伊の選択以外により良い選択は無かった。攘夷を主張し幕府を
非難していた薩長が幕府の結んだ条約を引き継いだのは、その証明だよ。
ただし幕府では、武士階級の廃止、日本の工業化は不可能だっただろう。

幕府には、小栗のような優秀な官僚はいてもテロ組織(w)、革命政権に
ありがちなファナティックさといでもいうか、政策実現に邁進する果断さ、
蛮勇はなかったと思う。

93: 日本@名無史さん 2010/01/28(木) 01:22:59
そもそも外国船問題はペリー来航の20年も前からあり
海防論が持ち上がっていたのに幕府は何の対策も取らずに放置
アメリカが日本を狙っていると言う情報が入っても動かず
目の前に現れてから慌てると言う無能ぶり
しかも言われるがままにいい加減な条約を結んでしまった
スイスのような海もないような国とまで言われるがまま不平等条約を結んでるあたりもはや救いようがない

94: 日本@名無史さん 2010/01/28(木) 03:08:52
>>93
そのほとんどは直弼の責任じゃないだろ。


102: 日本@名無史さん 2010/02/13(土) 13:20:47
横浜の桜木町に掃部山公園というのがあって
そこに井伊直弼の銅像があった。
なんでも昔は反対運動が起こり銅像の首が切られたとか。
まぁ関係ない話だけどこのスレ読んで思い出したからカキコ。

106: 日本@名無史さん 2010/03/22(月) 19:53:53
開国したのは良いけど、
その開国に尽力した開明派官僚や外様大名を弾圧し、開国備えて海外事情を調査するために設立されていた蕃書調所を潰すなど、やってることが支離滅裂。

吉田松陰や橋本佐内の処刑なんて当時の刑法すら無視したものであり、どうやったって擁護できない。


引用元: ・井伊直弼は開国の父

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