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1: 日本@名無史さん 04/07/17 03:57
史実では1609年、島津氏の侵略を受けて制圧された琉球王国。
だが琉球王国が当時適切な対応をしていれば、独立を守ることができたかもしれない。
そこで室町幕府が滅亡した1573年に時代設定をして、おまいがやる国策を考えろ。










2: 1 04/07/17 04:08
(史実の情報)
1540ごろ 種子島に鉄砲伝わる
1556    琉球国王尚元、島津貴久と親書を交わす
1560    桶狭間の戦い
1571    奄美制圧
1573    室町幕府滅亡
1575    長篠の戦い
1579    琉球国王尚永即位
1581    本能寺の変
1582    秀吉、書面上で亀井氏に琉球を下賜
1589    琉球国王尚寧即位
1591    秀吉、朝鮮侵攻に際して琉球に軍役、夫役を命令。琉球は拒絶、兵糧提供のみ。
1592    文禄の役(朝鮮出兵)
1600    関が原の戦い
1606    徳川幕府、島津氏に琉球侵攻を許可
1609    島津氏、3000の軍勢で琉球侵攻。降伏。幕藩体制に編入。8万9千石。

3: 1 04/07/17 04:14
(補足情報)
琉球王国は、徳川幕府に先駆けて強力な中央集権体制を確立しており、有力者は首都、首里近郊に住まわされていた。武装はすべて王国が集中一括管理をしていた(非武装というのはウソ)。
国王が政治を、聞得大君が宗教をつかさどる擬似政祭一致体制をとっていた。
中国(明)の属国であり、その地位は高かった(琉球王は中国皇帝の孫と同格の扱い)。
1570年ごろまで、マラッカなど南方の島々とも交易をしていたことが確認されている。

10: 1 04/07/17 05:23
ターニングポイントは

>1582    秀吉、書面上で亀井氏に琉球を下賜

ここだと思うわけよ。亀井とかいうのは九州の戦国武将だと思うが、秀吉が勝手に主権国家だった琉球を日本の属国とみなすようになった。にもかかわらず、琉球は日本は友邦だと思っていた。
もちろん明の後ろ盾があると安穏としていたんだろうが。
これがマヌケすぎだと思う。

ただ、島津もまさか3000の兵力で琉球が落とせるとは思っていなかった。1度失敗したらやめようと思っていたというのも史実らしい。
島津のそもそもの侵攻動機は財政難だったから、琉球が跳ね除けていたら島津は勝手に衰退した可能性もある。

12: 日本@名無史さん 04/07/17 05:38
どうでもいいけど亀井茲矩は尼子の遺臣で出雲の武将。
山中鹿之助らと尼子再興をはかるが播磨上月城で尼子勝久自刃後は秀吉に従い鳥取城落城後、因幡の鹿野城主になった。城の名前や地名をインド風に改めるような物好きだったらしい。

19: 1 04/07/17 12:21
おおすまん。調べもせず書いてしまったので。
ちなみに亀井が琉球への侵攻を企図したのを島津が抑止した事実もある。
とりあえず亀井がどうこうということにあまり意味はないので、テーマに即した話をしてもらいたい感じ。

20: 日本@名無史さん 04/07/18 02:48
たった3000人の兵であぼ~んしちゃったの?

21: 1 04/07/18 03:56
そう。たった3000。
とはいえ、琉球はかつて独力で元寇も跳ね除けたし、倭寇も撃退した。
東アジアと交易していた西欧国が残した文献でもレキオス(琉球人)は敵に回すと恐ろしいと言わしめている。もともとは決して一般に言われるような弱兵ではなかった。

しかし沖縄本島での戦乱は約200年間存在しなかったし、鉄砲戦の経験はなかった。
それに比べて島津は戦国時代を経験し、当時世界最新鋭ともいえる武装と鉄砲戦を習得していた。17世紀初期において、日本の陸兵が世界最強だったのは多くの歴史家の意見の一致するところだと思う。

また、琉球は日本がよもや侵略してくるとは本気で思っていなかったらしい。
確かにバックには明があるし、日本とは長らく交易を通じて友好関係にあり、友邦だと考えていたようだから。

ただし、島津も自身もよもや3000で落とせるとは考えていなかったらしく、失敗したら失敗したでいいと思っていたらしいという史料も存在する。

それだけに琉球侵略は琉球側の手落ちに思われる点が多いのでこういうスレを立てたのだ。

23: 日本@名無史さん 04/07/18 07:25
しかも島津の琉球侵攻軍の将は樺山とかいう
無名の男だったからあんまり本気ではなかったみたいだな。

28: 日本@名無史さん 04/07/18 08:59
昔大河ドラマ見てたら、琉球王朝って武器を持つことが禁止されてて、カンフーみたいなのが奨励されたと聞いてたんだが、それもあるんじゃ?

29: 日本@名無史さん 04/07/18 09:06
確か空手は沖縄だよな

32: 日本@名無史さん 04/07/18 11:24
薩摩兵ははるばる海を渡って来てかなり疲労が溜まってるはず。
そんなもんに負けるとは情けない。

本当に繁栄してる国ってのは防衛に関してもしっかりしてるもんだ。

37: 1 04/07/18 20:45
>>32
陸戦を200年も経験してない交易中心の海洋国と半世紀も戦争に明け暮れてきて最新鋭の装備を整えた軍隊では勝負にならん。
そもそも琉球にしてみれば不意打ちだからな。

39: 日本@名無史さん 04/07/18 21:20
>>37
答え自分でだしてるじゃん。
要するに1573年の時代設定だとしたら、その時期から軍備整えても、九州を制圧したほどの強兵で知られる
実戦経験豊富な薩摩兵には勝てるわけもなし。
傭兵雇うにしても、日本兵より強い兵隊がアジアにいるとは考えにくい。
ようするに、日本に逆上陸するほどの戦意なり武力なりがないと、勝つのはむずかしいだろ?

41: 1 04/07/19 00:38
>>39
軍事力でしか対抗できないという発想しかないのだろうか?

40: 日本@名無史さん 04/07/18 22:58
琉球だって、沖縄本島ではなく、奄美や先島を征服してからなら、100年も経ってないだろうに。
どうしてそんなに弱くなっちゃってたの?

41: 1 04/07/19 00:38
>>40
わからない。ただ琉球の先頭支配の多くは武力によるものではなく現地有力者に琉球王への入貢をさせるという、つまり中国と同じ冊封なので、大きな軍事力を要したわけではないと思われます。
というか、当時アジアで戦争狂だったのは客観的に見て大和だけだったのよ。
中国も文治主義が根付いてたからね。

42: 日本@名無史さん 04/07/19 10:51
おととい、世界遺産の今帰仁城に行ってきました。
本土でいう鎌倉期に造成したものとは思えない立派なものだった。
「三山鼎立」時代の息吹が感じられ、蒙古を撃退したのも頷けられる。
しかし、三山統一後尚真王(在位1477~1526)の時代に、琉球は武器を撤廃し「武」から「文」の国になった。軍備なき王国という世界史上でも特異な国になってしまった(兵士と呼べるのは首里城の門番たち十名ほどだったという)。⇒これでは薩摩に負けるのは当然だ。
やはり他国の情報をいち早く掴んで、外交的にうまく立ち回れなかったのか悔やんでならない。
その原因として中国王朝の冊封国(しかもランク的に低くない)としてのプライドが邪魔したのかもしれない。

52: 日本@名無史さん 04/07/21 02:55
琉球って、どうして先島まで併合しておきながら、台湾を領土に加えようとしなかったのだろう?
もし、あの段階で台湾を征服しておけば、奄美諸島や沖縄諸島を薩摩に征服されても、台湾に本拠地を移して、台湾と先島諸島くらいは、独立国として維持できたんじゃないかな?

53: 1 04/07/21 16:35
当時の台湾は宗主国の領土でしょう。

54: 日本@名無史さん 04/07/21 16:54
>>53
鄭成功以前に中国本土の政権が台湾を支配していたとは思えない。

55: 日本@名無史さん 04/07/21 16:55
中国の支配が及んでいないから、オランダの植民地になりかけたわけだし。

56: 1 04/07/21 18:44
実効支配していなくても、中国側の華夷主義からしたら、明への敵対になると思われ。
明との交易のメリットを失うことは琉球王国にとって死活問題だったでしょう。

58: 日本@名無史さん 04/07/22 14:19
>>56
明の領土でない場所を征服すると、どうして明への敵対になるの?

59: 1 04/07/22 14:29
>>58
明が領土と認識していれば支配の実効は関係ありませんよ。

60: 日本@名無史さん 04/07/22 18:34
>>59
鄭成功は明末期にオランダが占領した台湾を攻め落としそこを根拠地にして反清運動を繰り広げたワケですが…?

中国の冊封体制と近代以降の国家支配体制とを一緒にすんな、と。そして中国は隣国日本が明治維新を経て国境管理をきっちりし出すまで台湾を「化外の地」として事実上放置してました。 民間の移住はあったけど。

64: 日本@名無史さん 04/07/23 12:05
台湾は中国海賊の密貿易の地だった。そこに行って、荒くれどもを退治できるのか、先住民をどうするのか。むしろ、中国海賊が琉球を占領しなかったのが自分は不思議。
交易国家だから占領する必要がなかったんだろうけど。

66: 日本@名無史さん 04/07/23 23:17
明治初期の琉球処分のころには、先島諸島分割案ってのもあったらしいね。
清は先島の領有権を主張していたとか。
最終的に日清戦争によって、こうした議論は消滅するけど。

こういう経緯があるんだから、もしカイロ宣言が台湾と澎湖諸島だけでなく先島諸島についても言及していたら、戦後ここを中国(といっても中華民国だが)が手に入れることも可能だったと思う。
そうすれば、尖閣諸島だって当然先島に含まれるわけだから、文句なしに中国領だったのに。
そういう点では、中国ってアホだよな。

67: 1 04/07/24 01:47
いやそれはちと違う。
先島初頭の分割は清が言い出したものじゃなくて、日本の明治政府側の提案で、事実上あとは調印するだけって所まで話はいってたはず。明治政府は琉球の扱いについて属国を制圧した負い目があったのか、中国に強く出られなかったらしい。
でも、中国側はあまり先島に魅力を感じてはおらず、単に宗主国のメンツをたてるということで、この案がでてきたということらしいね。

70: 日本@名無史さん 04/07/24 10:15
日清戦争は朝鮮を巡る争いであるというのが一般的な認識だけど、沖縄の領有問題もそれと同じくらいに重要な問題だったワケで。

旧琉球王国の士族層の中に蔓延していた反日親清の空気はこの日清戦争によって消滅し、沖縄全体の日本帰属が確定したともいえる。

71: 1 04/07/25 05:42
というか、中国帰属を訴えた士族たちの一部は清に亡命したんですけどね。

74: 日本@名無史さん 04/07/25 11:36
先島って無人島ですか、地図に乗ってるの?
何処を探しても見つからないんだけど。

76: 日本@名無史さん 04/07/25 12:24
>>74
既出だけど、宮古諸島、八重山諸島を先島というんだろ。
宮古諸島=宮古島、伊良部島、多良間島など
八重山諸島=石垣島、竹富島、西表島、与那国島、波照間島など

沖縄本島とその周辺の島々からなる沖縄諸島とは、
その間は300kmぐらい離れているよ。

77: 76 04/07/25 12:25
>>74
宮古諸島と八重山諸島を合わせて先島諸島ね。

105: 日本@名無史さん 04/08/02 00:22
薩摩の琉球侵攻の原因。

第一に外的な要因として、江戸幕府への琉球使節を派遣するという来聘問題があげられる。島津家が旧来有していた琉球との独占的交渉の地位が松浦氏に脅かされだしたのである。

第二に内的要因として、島津家の権力一元化の問題と一万三千人にのぼる膨大な家臣団への知行問題があげられる。十七代目当主の義弘、十八代目の家久父子の勢力と十六代目当主義久の血筋を引く者を当主へ擁立しようとする勢力との間で権力闘争が見られたのである。
そのため大島侵攻計画に非協力の姿勢を示していた義久勢力を封じ込めるかたちで、家久勢力は琉球侵略を断行したのである。

(図説 琉球王国 河出書房新社)

108: 1 04/08/02 03:43
>>105
それに加えて、当時、島津家の藩財政が逼迫していました。
そこで琉球を制圧して中国との貿易で設けようという発想が出てきたようです。
ですが、一方で琉球侵攻に乗り気でなかったのも、財政面での事情があったようです。

109: 日本@名無史さん 04/08/02 06:05
従来の(琉球に対する)独占的地位を失いかねない状況の中で1606年4月、領国の20%にものぼる11万8000石の隠知行の存在が発覚。

1607年日朝が国交が回復すると、家康は薩摩に琉球との来聘交渉を促し、琉球側が応じる様子をみせないと、8月、琉球出兵の準備をさせた上で、最後の来聘交渉を命じた。

9月薩摩は最後の交渉。王府にかつての明出兵の軍役を完納するか奄美大島を割譲するかの二者択一を迫った。

島津氏の大義名分は、明国との通商回復交渉の仲介を狙う家康への聘礼使を派遣しない不義にあったが、真の目的は、積年の対琉球関係の清算と隠し知行という藩内部の矛盾の解決を図ることにあった。



139: 日本@名無史さん 04/08/28 00:07
>>1
本を読んだら、1570年のシャム通交を最後に東南アジアから撤退しているらしい。
1570年には薩摩の要求を拒否するも、1575年には既に薩摩の要求には逆らえない状態みたい。
1573年の設定は困難だなぁ。

140: 1 04/08/28 01:32
>>139
シャムとは記録上その後がない、ということなんですが、実際のところはどうだったのかよくわからないですね。

あえて1573年にしているので、方策を考えてみて欲しいです。

199: 日本@名無史さん 04/09/06 04:19
交易が1500年代末で終息するのは、オランダ、ポルトガルなどのヨーロッパ諸国がアジアでの貿易を支配してきたからだと考えられていますね。

209: 日本@名無史さん 04/09/23 15:42:42
>>199
ヨーロッパよりも日本と大陸中国、東南アジアとの交易が激減したことで中継貿易地点としてやっていけなくなったんだろ。
鎖国前のの日本や明の貿易量は莫大だったからな。
日本の商人が鹿の皮を求めたために東南アジアのある一帯の鹿が絶滅しかけたとかいう話もある。

210: 日本@名無史さん 04/09/24 12:53:29
>>209
そういう意味では、むしろ薩摩は不良債権をつかまされたのではないか、という見方が成り立つ。
侵攻に対する抵抗が意外に弱かったのも、実は薩摩の保護領化を琉球側が望んでいたためかも。
というわけで、スレタイトル「戦国時代の琉球国王はどうすべきだったか」への解答:
  
琉球国王はなすべきことを巧妙にやりおおせ、薩摩はすっかりだまされた。

212: 日本@名無史さん 04/09/28 18:52:44
>>210
密貿易拠点として、日本で収穫できない砂糖の産地として、商業的に琉球は薩摩藩の経済に絶大な貢献してましたよ。

ぶっちゃけて言えば琉球侵攻してなかったら明治維新は起きなかった。

213: 日本@名無史さん 04/09/30 03:23:49
平戸の外国人から、せっかく中国から商品を持ってきてもすでに流通してるので商売にならないとクレームがついたのが記録されてる。
薩摩の密貿易は大活躍だったんだね。

227: 日本@名無史さん 04/11/21 02:12:39
俺が琉球王なら台湾取るな
南西諸島は狭すぎる

268: 日本@名無史さん 05/03/20 03:46:48
琉球は独立してたでしょ
大陸から使者が来れば、大陸風
日本から来れば、日本風と言った具合でどちらの属国でもあるという態度で
ある意味、独立(王様も居る)しているし、あれが最善だったと思う

273: 日本@名無史さん 2005/03/29(火) 11:57:58
>島津氏の侵略を受けて制圧された琉球王国。

国防を軽視した権力者の責任

277: 日本@名無史さん 慶長410/04/01(金) 18:21:33
>>273
琉球王国がいくら国防を強化しても島津相手じゃ勝てないだろ。
中継貿易で栄えていただけあって地力がない。火力面ではなおさら駄目。

279: 日本@名無史さん 慶長410/04/01(金) 19:49:19
三千の島津軍に敢え無く敗れた訳ね。明軍でさえ恐れた島津軍だから仕方ないよ。

280: 日本@名無史さん 慶長410/04/01(金) 23:20:32
インカ帝国は、たった108人のフランシスコ・ピサロの兵士に滅ぼされてしまった。

282: 日本@名無史さん 慶長410/04/02(土) 02:55:30
倭寇を雇って対抗することも出来なくはなかったと思うが…。
まあどっちみち日本と明が鎖国しているから独立国家として生き残るのは無理。

284: 日本@名無史さん 2005/05/03(火) 16:15:11
琉球史、よく知らんのだが
第二王朝第三代の尚真王ってのが琉球王朝の全盛期みたいに言われてるがこいつが刀狩なんかして、自ら武力を弱めたのが災いのもとでは。
蒙古軍を撃退した人々が島津に対して殆ど無抵抗で島を明け渡した、というのはあまりにも情けない。

で、もし島津に侵攻されてなかったら
やはり明治政府によって支配されて、日清戦争で正式に日本のものになって終り。

286: 2005/05/03(火) 17:24:22
>>284
まあ国内固めるためには刀狩はやむえないわな。
外から攻められたら宗主国様に頼ればいいわけだから。
そのための「朝貢」なわけでしょう。
まあ島津がやってきたとき明がどーしょうもなくなってたっていうのは不運だったわけで。
もっともほとんど無抵抗だからねえ。
どーも琉球側はほんとに島津がやってくるとは思ってなかったみたい。
そこらへんの呑気さってのは今のウチナンチュウに通ずるなあw。

288: 日本@名無史さん 2005/05/06(金) 00:00:22
>>286
確かに、秀吉の出兵から間もないわけだからねえ。
明がたかが琉球程度の島国のために、日本を更に挑発するような出兵をするわけがないw

ていうか、そもそも明が琉球程度のために、わざわざ兵を出してくれるわけはないよ。
その辺、今のアメリカよりも薄情。

285: 日本@名無史さん 2005/05/03(火) 16:21:00
ていうか、数百年間戦争をしてなかったってのは維新期の日本だって同じだ。
島国なので他の国が攻めてくるとは思ってもなかった、というのも同じ。

こう考えるとつくづく、琉球王の対外的失政が目立つ。

309: 日本@名無史さん 2005/07/05(火) 00:06:30
陸では薩摩に勝てないけど海戦ではどうよ?
薩摩が沖縄本島の手前の島とかに寄港してる時に船を奇襲すれば
勝てたんじゃね。
海洋貿易国家だったんだから船とかいっぱい持ってるんでしょ

314: 日本@名無史さん 2005/07/17(日) 11:07:04
>>309
海戦で勝ち続けるのが最善だろうね。
朝鮮の役でも露呈したが、日本側の弱点として
外洋に出られないショボい安宅船しか持ってないってところがあるから。
対して琉球人が使う進貢船は、中国式の本格的なジャンク船。
大砲を輸入して進貢船に搭載し、なるべく接舷戦を避ければ
それなりに善戦できると思われ。

331: 日本@名無史さん 2005/08/25(木) 18:10:02
兵力3000って一個師団だよな。
銃火器で武装もしてるわけだし、少ないってこたーないんではないかと。
当時の琉球で再軍備しても、どれだけの兵と武装を整えられたか。
李氏朝鮮も緒戦は鎧袖一触で蹴散らされてるし。

引用元: ・戦国時代の琉球国王はどうすべきだったか

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