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1: 日本@名無史さん 2006/01/20(金) 01:36:38
鎧ヲタ集え。








6: 日本@名無史さん 2006/01/20(金) 17:03:44
大鎧のかっこよさは神

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28: 日本@名無史さん 2006/01/22(日) 19:50:47
畠山重忠の赤糸威大鎧にはうっとりする。

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7: 日本@名無史さん 2006/01/20(金) 20:32:43
大袖は神

9: 日本@名無史さん 2006/01/20(金) 22:18:01
大鎧は昔の絵巻に描かれているのを見ると異様にカッコイイのだが
大河の義経などで実際に大鎧を着用している映像を見るとなんか微妙。

11: 日本@名無史さん 2006/01/21(土) 00:17:58
>>9
確かに。
大鎧は腰が窄まってないから立つとあんまりかっこ良くないよね。

17: 日本@名無史さん 2006/01/21(土) 00:59:11
大鎧でも時代によって変化が出てくる訳ですが、専門書とか読むと腰の部分に関しては、南北朝時代には僅かに裾窄まりに、室町時代には完全に裾窄まりになって、腰の部分に重量を受けて苦痛を少なくするという方法が採られたとの事ですね。
(「甲冑のすべて」著:笹間良彦 より)

ただ、実際のところ大河なんかで、そこまで正確に考証した甲冑とか出すような事なんて、そうそう無いでしょうしねぇ…

ところで江戸時代の錦絵の武者絵って、各時代の甲冑の特徴がごっちゃになってて考証的には思いっきり間違ってるにもかかわらず、なんかそこに萌えるんですが…
もしや自分だけですか?(;´Д`)


24: 日本@名無史さん 2006/01/21(土) 16:47:51
絵だけじゃなしに江戸時代の鎧の現物も、いろんな時代の要素がごちゃ混ぜになってて派手。
見栄え良くするためでしょうかね。

26: 日本@名無史さん 2006/01/21(土) 17:25:02
>>24
合戦の無い時代だから、甲冑も権威の象徴みたいな感じで、見栄えの良い復古調の物が多く作られたんじゃないかな。

19: 日本@名無史さん 2006/01/21(土) 05:12:07
我が家にも甲冑一揃えあるんだけど部品がバラバラなんだよね
部分的に壊れるとその部分だけ買うからそうなるらしいけど色まで違うんだよ…
働き者の御先祖様だったのかもしれないがちとセンスに問題有りだな

22: 日本@名無史さん 2006/01/21(土) 14:14:23
>>19
他にも博打の形に取られちゃって、仕方なしに鎧なし兜なしで戦う羽目になった人もいたとか。
(適当な鎧兜を戦場で現地調達する奴もきっといたでしょうね。)
でも戦場で高名を立てるのはむしろそういう連中に多いと「塵塚物語」には書いてあります。
 

23: 日本@名無史さん 2006/01/21(土) 16:38:21
>>22
元寇で有名な竹崎李長は戦場で兜がなくなったんで脛当を頭にかぶって戦ったなんて話もあるしね。

31: 日本@名無史さん 2006/01/23(月) 00:17:15
映画とかドラマでは鎧を装備した人が一発でやられちゃうけど実際そんなに防げないのかな……………(。・ω・)

34: 30 2006/01/23(月) 01:44:36
>>31
先日買った本に火縄銃による射撃実験が出てたんですが口径9ミリ/火薬量3グラム/厚さ1ミリの鉄板の二枚重ね という条件で30メートルの距離から撃った場合は貫通、50メートルの距離からでも鉄板2枚をめくり上げたが貫通せず食い込むという結果が出ており、実戦場に置き換えた場合2ミリ厚未満の鉄製胴丸を着用した足軽だと、50メートルの距離から狙撃されたら胴に風穴が開く可能性が高い、もしくはかなりの深手を負うとの事でした。

56: 日本@名無史さん 2006/01/29(日) 03:39:49
ある博物館で見た甲冑は遠目では鉄に見えるが、近くによって見ると布製。

年寄りの殿様着用の品だそうな。

58: 30 2006/01/30(月) 00:24:23
>>56
もう10年近く前の話ですが、箱根の仙石原にある「武士の里美術館」で大阪の陣で使用されたという古文書が一緒に付属している、張り子のように、紙を何重にも貼り重ねた上から漆を塗って堅固に補強した具足一式を見たことがあります。(兜から脛当てまで揃った完品でした)
…ただ、紙製って言われても、パっと見は鉄製にしか見えませんでしたが…

そういや、伝小西行長と言われてる仏胴の胴丸って、本体は革だそうですね。

62: 日本@名無史さん 2006/01/30(月) 02:43:42
兜鉢以外全て革製の甲冑も確かあったはず。
対鉄砲の耐弾性能は落ちるけど、槍や矢が相手ならそれなりに使えたらしい。
むしろ軽い分、機動力が上がったんじゃないかな。

63: 2006/01/30(月) 08:29:25
「漆で固めた和紙」って、かなり丈夫ですよ。
刀や槍の一突きぐらいならは、軽く守れるでしょうね。
ましてや布+漆だったりしたら・・・

安土桃山の頃の派手な飾り兜って、
・木製(それも中空)
・紙もしくは布の上から漆塗り
とか多いんですよね。

簡単に言えば、「仏像作りの技術」。
ブーム以前からノウハウがあったので転用、ということですね。
なんせ首の上の話ですからねぇ。重いと辛いでしょうし。


合戦の後半には
「あーもうせっかくの俺の飾り、折れちゃった・・・」
「あとでご飯粒で貼っとけよ」
「いやーでも、さっき倒した敵のこの飾り、かっこよくね?」
「おーいいね」
「ここだけもいでって、交換しーようっと」

こんな感じもあったかと。

66: 日本@名無史さん 2006/01/30(月) 12:46:18
小田原城に紙でできた甲冑が展示してたような気がする。

72: 日本@名無史さん 2006/02/03(金) 23:38:46
鉄革一枚混ぜとか革包みとかはよく聞くけど全部革や紙製、布製なんてのもあるのか。
ほとんどが江戸時代のものかな?

81: 日本@名無史さん 2006/02/07(火) 12:50:04
>>72
足軽とか身分の低い人用にはあったんじゃない?
和紙を重ねて漆で固めればそれなりの強度は出るはず。
変わり兜なんかも紙で作られてるのが多いし。

73: 日本@名無史さん 2006/02/04(土) 01:20:51
豊臣秀吉所用
銀伊予札白糸威胴丸具足は革札で胴と草摺をあしらえてる

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75: 日本@名無史さん 2006/02/04(土) 19:21:40
>>73
ああ、伊達政宗にやったヤツね。

76: 日本@名無史さん 2006/02/05(日) 14:44:09
大阪城で見たけどあれかっこ悪いよなw

それより、立て物なしの頭成兜に桶川胴
このシンプルな出で立ちこそが最高

82: 日本@名無史さん 2006/02/10(金) 21:59:31
鎧重いの?
>本物の鎧を着た事のある人

83: 日本@名無史さん 2006/02/11(土) 05:20:47
変わり兜は全て鉄で出来たやつとかベースとなるの兜に和紙をかぶせたやつとかも多いよね

鎧は重いですよ!帯を絞めると軽くなるケド
兜は重い!クビが痛くなる!

自作鎧を作る予定です。 兜は実形鉢に日根野シコロ胴は桶川二枚胴
草ずりは五段
小具足・喉輪・櫃も製作する
袖は製作しようかしまいか考え中。 漆塗りにしたいけど予算の問題が有るのでペンキで我慢するつもりです

91: 日本@名無史さん 2006/02/15(水) 12:23:37
日本の鎧って、鉄板の厚さどのぐらいあるのかな?
世界的にみたら厚いのかな?
鉄砲相手のため、軽量で動きやすいとは聞いてるけど

92: 日本@名無史さん 2006/02/15(水) 13:03:55
1~2ミリじゃね?

94: 日本@名無史さん 2006/02/16(木) 01:02:13
小札は、鉄製は1~1.5ミリ、革製は4~5ミリで平安時代~江戸時代までほぼ変わらないそうだ。
当世具足の板札はだいたい2ミリ前後らしい。
火縄銃で実際に当世具足の胴を撃って実験したサイトを見たら、
50メートルから撃って完全に貫通したって書いてあった、と思う。
南蛮胴は普通の具足より重かったそうだから、もっと厚かったのかな?

96: 日本@名無史さん 2006/02/16(木) 01:25:37
真田幸村の兜に鹿の角


あれは、戦で標的になるW

97: 日本@名無史さん 2006/02/16(木) 01:32:38
兜に変な飾りが付いてると組討ちになったとき てこの原理を応用して首を逆さ(背中)の方にねじって殺すのもはやっていたらしい

98: 日本@名無史さん 2006/02/16(木) 10:46:24
柔術なんかじゃ今も残っているからね。兜を被っている相手を、てこの原理で殺す奴。
まあ、練習とかしないけどさ。鎧着た相手を失神させる技もある。

111: 日本@名無史さん 2006/03/08(水) 10:51:54
奈良時代の甲冑がどんな風に平安時代の大鎧に変化したのか、その過程が知りたいけど資料無いのかなあ?

そもそも平安時代っつても400年ぐらいあるから、そのあいだに甲冑に限らず服装とか建築とかすごく変化しているはずなのにドラマとか映画では平安時だっつうとみんな、源氏物語絵巻や伴大納言絵巻になってしまうのが、すごく不満。
まあしょうがないのかな?

119: 日本@名無史さん 2006/03/10(金) 00:35:06
>>111
奈良時代の甲冑に関する資料が少ない理由のひとつの内に、こんな話が。

正倉院には、楽器や宝物などに混じって大量の武具が納められていたものの恵美押勝の乱の際に、孝兼上皇側が納められていた武具を持ち出したからとの事。

何故かというと、なにぶん唐突に戦争になったので両軍とも準備が整っておらず早急に武備を整える必要があったので、手っ取り早く装備を強化するためだったらしい。

なお、持ち出された武具の中には甲冑が九十九領が含まれたといわれているけどこれらは結局、借り倒されたまま、ついぞ正倉院には戻らず行方知れずに…。
ちなみに、現在の正倉院には甲冑の残欠が1点のみ残っているとの事。

125: 日本@名無史さん 2006/03/10(金) 18:13:48
>>119
それ面白い話ですねー。
他の神社でも奉納された鎧のいくらかがそうやって失われたかも知れないですな。

124: 日本@名無史さん 2006/03/10(金) 17:59:13
>>111
笹間先生の本によると大鎧は「うちかけ式挂甲」から進化したと考えられている。
左脇が一続きになり、肩鎧から鳩尾板やせん壇の板、大袖等に変化していったと推測されるらしいが、その過渡期の遺物も記録もないそうだ。
地方の武士の実戦経験から改良が重ねられ、平安中期頃に大鎧の形式が完成されたと推測されている。

113: 日本@名無史さん 2006/03/08(水) 15:06:30
ハニワが着てる鎧から進化したのかな?

なんか革っぽい気がするけど

114: 日本@名無史さん 2006/03/09(木) 01:41:29
たしか皮製の挂甲の出土例もあったかに思うが発掘されるのはまず鉄製だね、
皮は有機質で残りにくいってのあるけど。

115: 日本@名無史さん 2006/03/09(木) 09:38:11
フルアーマーで包んだ埴輪さんは
金属製のをまとったそれなりのか身分か、戦闘のプロを模したんじゃないの?

ある日を境に大鎧胴丸に代わるわけは無いから
丁度>>111が言う様な過程の時期での混ざった甲冑なんて見てみたいわ。

116: 日本@名無史さん 2006/03/09(木) 19:16:45
中には奇抜なセンスの鎧とかもあったりしてなw

128: まる 2006/03/11(土) 21:35:22
蝦夷の武具の影響は ないんですかね?

129: 日本@名無史さん 2006/03/12(日) 02:01:11
いわゆる古代における蝦夷ではないけど、アイヌも腹巻みたいな形式の皮鎧は持ってた。
ただし、腹巻は後ろだけど、アイヌのものは前で綴じるタイプで草摺が長くて足元まである。

なお、北海道のアイヌの鎧は現存してないけど、アイヌの生活を記した文献等には記述があるので
本島の方でも使用されてたのは、ほぼ確実らしい。(↓の画像は樺太アイヌのもので昭和初期の撮影)

ttp://ambitious.lib.hokudai.ac.jp/hoppodb/photo/image/l/0B027560000000001.jpg(正面)
ttp://ambitious.lib.hokudai.ac.jp/hoppodb/photo/image/l/0B027560000000002.jpg(背面)
※リンク切れ

131: 日本@名無史さん 2006/03/12(日) 02:26:51
>>129
ほんとだ、前引き合わせなんですねー。珍しい。
古墳時代の挂甲や江戸時代の具足に例があるようですが、
江戸時代のものは装甲した陣羽織から発展したものらしいです。

132: 日本@名無史さん 2006/03/17(金) 17:32:56
以前どこかで、龍を模った前立ては存在しなかったという話を聞いたのだが本当だろうか

135: 日本@名無史さん 2006/03/17(金) 22:56:17
>>132
それはガセビア。
龍の立物は平安時代から使われている。
龍の姿全体を立体で象る事も南北朝時代から行われている。
江戸時代の兜にはよく見られる。

134: 日本@名無史さん 2006/03/17(金) 18:45:22
その時は「へ~」としか思わんかったからね
あとで源義家の前立てが龍なのを思い出した

141: 日本@名無史さん 2006/03/21(火) 21:46:25
昨日「箱根武士の里美術館」に行ってきたけど変り種の具足がいくつかあって(;´Д`)ハァハァした。

個人的に一番気になったのは、形式としては腹巻みたいな後ろ綴じ(だったはず…)
胴の全てと草摺の上部が、鎖帷子みたいに布地に編み鎖を縫い付けた状態になってて丁度、鉄板の付いて無い畳具足みたいな感じという胴。(草摺の下部は小札)

あと、畳具足っていうと足軽みたいな下級武士が着用するようなイメージがあるけど展示品の中には、恐らく大身の武士が着用したんだろうな…というような立派な作行のモノもあった。

展示数の割には入館料が高めな気もしなくもないけど、気になる人は行って見るとイイかも。
フル装備で甲冑の着付けもしてくれるしw(有料だけど)

143: 日本@名無史さん 2006/03/22(水) 22:46:34
>>141
そりゃおもしろそうな所ですね。
是非見に行きたい。

142: 日本@名無史さん 2006/03/21(火) 23:56:17
甲冑の着付け?!うは!是非とも行ってみたい!!
しかし箱根か・・・・遠いな

144: 141 2006/03/23(木) 00:33:01
>武士の里美術館
 
ちなみに、美術館の館長氏が経営してる骨董屋の甲酔堂のHPにも甲冑画像がいろいろ出てるので、気になる人は、そっちもチェキw

151: 日本@名無史さん 2006/03/32(土) 20:32:49
千葉市郷土博物館で鎧を見て来た。
多くは江戸時代のものだったが、室町期の腹巻とか安土桃山時代の革包丸胴とか面白いのもあってよかった。

169: 日本@名無史さん 2006/04/29(土) 18:37:08
ググッても越中頭形と日根野頭形の違いがいまいちよく解かりません。
御教示お願いします。

170: 日本@名無史さん 2006/04/30(日) 23:41:41
>>169
越中頭形は頭頂部を覆う板が眉庇の上に重なっていますが、日根野頭形は逆に眉庇が頭上の板の上に重なっています。ビミョーな違いですが。
あと、越中頭形の眉庇の下端は上下に曲がらず、鉢の下部と平行にまっすぐで、日根野頭形のシコロは肩の上にあたる部分が曲線になっている日根野錣が多いです。

800px-Etchu_zunari_kabuto
越中頭形兜



800px-Zunari_kabuto1
日根野頭形兜



172: 日本@名無史さん 2006/05/01(月) 17:18:47
>>170
やっぱり微妙な違いだけなんですね。
細川越中が好んで使ったというから何か特長があるのかと思ってました。

203: 日本@名無史さん 2006/05/28(日) 04:16:07
>>170
私もイマイチ違いが判りませんでした。
・日根野→(小さい)吹返アリ
・越中→吹返ナシ
だと思っていました。(笑)

尾張具足or彦根の赤備えで...
越中の様式で板を張り合わせた兜でも
日根野としているものがあった気がする...

素人志向でスイマセン。

175: 日本@名無史さん 2006/05/03(水) 22:49:05
越中具足は細川忠興が作ったという話もあるが、
実際にはそれ以前からあったそうだ。

179: 日本@名無史さん 2006/05/12(金) 15:21:30
一の谷なんて前から槍で突かれたら的がでかいし、首が後ろのけ反りそう、実戦向きでないよね?
組み合った時に頭突きで痛いのや、面打たれて相手の刀が破損しそうな江戸時代のデボ付きが良いかな?

テレ東お正月時代劇で斎藤道三(津川雅彦)の黒ずくめの南蛮兜+マントが格好良かった。 


e0040579_239468
銀箔押一の谷形兜


182: 日本@名無史さん 2006/05/13(土) 00:30:25
一の谷形、多くの場合和紙や革だよあれ。
だから見た目程重くないらしい。

185: 日本@名無史さん 2006/05/18(木) 07:11:44
初歩的な質問ですまん。
先祖伝来の鎧とかってよくきくけど、
先祖と子孫でも体格が違う場合、ちゃんと着れるものなの?
キツいとかぶかぶかにならないものかね?

186: 日本@名無史さん 2006/05/18(木) 14:54:15
森忠政が兄長可の遺品の甲冑について、サイズが小さく腹部が出ていたと語っている。
おそらく長可用の小柄で出っ腹な体型に合わせて作られたのだろう。

187: 日本@名無史さん 2006/05/19(金) 22:06:05
いい鎧はオーダーメードだけど、
そうじゃない鎧は、体の方を合わせろ式だろうね。

188: 日本@名無史さん 2006/05/20(土) 03:07:48
先祖伝来の鎧はただの家宝で本人は本人専用鎧がある。

190: 日本@名無史さん 2006/05/20(土) 12:35:41
鎧着ても刀や弓は防げても鉄砲で軽くやられるからなー。

191: 日本@名無史さん 2006/05/20(土) 12:41:53
>>190
露出部分を撃たれると確かに軽くやられるけど、胴とかだったらそこそこ耐えられる。
試し撃ちの痕が残ってる甲冑は結構多いし

194: 日本@名無史さん 2006/05/21(日) 00:10:55
>>191
様具足(ためしぐそく)ね。
あれは持ち主や作り手が鎧の強度を視覚的にアピールする為にやったもので、
あえて火薬の量を減らして、威力を弱めて撃った可能性がある。
だから実戦でどうだったかは分からないと言われている。
実際に実験した記録では
桶側胴を50メートルくらいから撃ったら
簡単に貫通したというのを読んだ事がある。

192: 日本@名無史さん 2006/05/20(土) 13:01:47
当時のヨーロッパの胴鎧でも銃で撃って品質保証してたね。

223: 日本@名無史さん 2006/06/05(月) 22:40:23
西欧の甲冑は鉄で出来ていてカッコイイのに、日本の甲冑は紙で出来ている。
やはり複数の国々による共作と、日本単独の作とでは、到達点が段違いですね。

224: 日本@名無史さん 2006/06/06(火) 01:14:34
日本の鎧は紙も使われてますが、革、鉄(ハガネ)の方が断然多いよ。

225: 日本@名無史さん 2006/06/06(火) 04:25:19
起伏の激しい日本の地形だからこそ、越中具足のような軽量な甲冑が産まれたのでは?
重い西洋甲冑では移動辛いだろうし。
南蛮具足は、また別物だけど、和洋折衷の良いトコ組み合わせで面白いと思うけど。

229: 日本@名無史さん 2006/06/06(火) 23:48:04
和紙は厚く重ねて漆で固めてたので、強度は皮並。
そして軽い。そのうえ漆効果により撥水性は抜群。
湿気の多い日本ならではの発想だと思う。
甲冑の強度云々より、和紙という材料で鎧を作ってしまうのがすごい。

233: 日本@名無史さん 2006/06/08(木) 00:42:49
極端なはなし和紙は御貸具足の陣笠と変わり兜のみに使われたと考えた方がよい。
西洋甲冑がかっこいいと言う奴がいるが実際に着用しているところを見ると日本の甲冑の方がかっこいいし美しい。下級武士の甲冑でさえ作りが良く美しい。
それに機動力に関しても日本の甲冑のほうが優れている。

234: 日本@名無史さん 2006/06/08(木) 02:09:34
>>233
変わり兜の中で、鉄鉢に和紙で張子状にした物を加えて漆で塗り固める形式は知っていますが、
和紙+(漆)のみの形式もあるのでしょうか?
もしかして加藤清正の烏帽子形兜あたりが、それに該当しますか?
あの蛇目の烏帽子形兜は防具としての機能は無さそうですね。

235: 日本@名無史さん 2006/06/08(木) 20:24:12
233だが
長烏帽子形兜は張懸兜の一種で頭形・桃形・突貝形などの上から鉄・革・和紙などで張ったもの。
つまり俺がいいたかったのは変わり兜の一部を紙製であること。
兜・胴・三具すべて紙製は聞いたことがないが、すべて革製ならある。錬具足と呼ばれている物で軽量でそれなりの強度もあったが鉄砲には弱かったそうだ。
和紙製も錬革も強度にかんしては鉄製に劣る。


238: 日本@名無史さん 2006/06/09(金) 13:36:19
>>235
確かに全部紙で出来た甲冑って聞かないな。
紙製の胴は小田原城だったかな?北条関係で見た記憶があるけど。

351: 日本@名無史さん 2007/06/11(月) 09:19:23
>>238
中国には「紙甲」があったけど。
"Oriental Armour"って本によると、10~15枚の紙を縫い合わせたものが軍用に最適とされ
Hsu Shang将軍(詳細不明)が作らせたものは強弓の矢でも貫けなかったそう。
また南方で対倭寇戦に動員された兵士も装備していたらしい。


引用元: ・日本の鎧兜について語る


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