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纏足

纏足(てんそく)は、幼児期より足に布を巻かせ、足が大きくならないようにするという、かつて中国で女性に対して行われていた風習をいう。より具体的には、足の親指以外の指を足の裏側へ折り曲げ、布で強く縛ることで足の整形(変形)を行うことを指す。纏足の習慣は唐の末期に始まった。清の時代には不健康かつ不衛生でもあることから皇帝がたびたび禁止令を発したが、既に浸透した文化であったために効果はなかった。辛亥革命以降急速に行われなくなった。

中国大陸からの移住者が多く住んでいた台湾でも纏足は行われていたが、日本統治時代初期に台湾総督府が辮髪・アヘンとならぶ台湾の悪習であると位置づけ、追放運動を行ったため廃れた。なお、客家人の女性は働くことが奨励されていたため纏足をせず、「大足女」と揶揄されていた。






4: てんそく 03/02/28 13:27
纏足に関して日本ではあまり、本がでていないようです。
「纏足物語」
これが基本でしょうか?
とても、痛そうな内容です。

7: 世界@名無史さん 03/02/28 22:30
なんで日本にはこの習俗は輸入されなかったのかな
それともされたが定着しなかったのか

12: 世界@名無史さん 03/03/01 18:39
>>7
日本だけじゃなくて、朝鮮半島やベトナムにも無いと思う。

14: 世界@名無史さん 03/03/02 15:44
>>12
私の知る限りでは、中国以外にはこの風習はないようです。
宦官などは他の大陸国家にも見られるようですが、この習慣だけは中国独自のようなものです。
誰か中国以外でこのような風習があった事実を知っているならば、教えてください。

纏足の風習は「宋」の時代から始まったとされています。
(それ以前にもあったが、流行したのはこの時代からとされている)
弱国家「宋」の国粋的な風土から生まれたとされるこの風習。

「宋」ということで、もとは中国の南の風俗と思っていましたが、何かの本で、北方の騎馬民族が纏足の女子を好んだとあった。
誰か詳しい人がいたら、教えて下さい。

11: 世界@名無史さん 03/03/01 14:40
南唐後主が考案したってほんとなの?

この話聞いてから
「悲劇の詩人君主?他人の苦痛をかけらも想像できず、自分の変質的慾望に忠実なだけな男ではないのか?」
って思ってるんだが。

足を締められる方にしたら、単なる苦痛なんてものじゃないだろ?

13: 世界@名無史さん 03/03/01 21:26
昔、新聞に当事者女性のインタビューが掲載されてました。それによると

1)家から遠くへ行けない(長距離歩け無いので)のが辛かった。
2)(女友達の間で)足の小ささを競い合った。
3)昔は「テンソクっしている=良家の子女」という風潮があり、
 自慢だった。

とのことでした。

16: 山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM 03/03/02 15:48
以前纏足をしたお陰で地主の家に嫁ぐことが出来たという女性がテレビに出ていました。結婚から数年後に中華人民共和国が成立してしまったそうですが。

17: 世界@名無史さん 03/03/02 18:12

起源については、殷のの紂王の妃の妲己が狐の変化で、足だけが人でないのを隠すために布で足を包み、これを宮中の婦人に倣わせたなどの伝説があるが、実際には宋代以後に流行したものといわれる。それ以前に歌舞を事とする女性の間に行われ、また唐代にみられる女性の足への嗜好が背景にあったと考えられる。

18: 世界@名無史さん 03/03/03 13:14
>>17
なるほど、纏足の起源は伝説もふくまれるが、かなり、昔にさかのぼることができるのか。
そして、この風習は中国(辺境ではない)の一部というほんとうに、限られた世界でのものなのか。

その特異性ゆえに、興味がそそられます。
異常なほどの苦痛をともなうのですね。

19: 世界@名無史さん 03/03/03 13:32
>>18
一般庶民にまで広まったのは南宋時代みたいですね。
ひょっとしたら貴族や宮廷文化に対して憧れて真似したんでしょうか。

20: 世界@名無史さん 03/03/03 13:42
がいしゅつだが、岡本隆三『纏足物語』(東方書店)は良い本だよ。
凄く詳しい。中国史の暗部をさらけ出した名著だ。凄惨な話が続くので読んでいて欝になるけどね・・東京の神保町にある東方書店の本店に行けば買える。

>一般庶民にまで広まったのは南宋時代みたいですね。

南宋で流布した原因は、朱子学者が女性を束縛するために奨励したからという説がある。政治的な強制が纏足流行の原因の一つなんだよなぁ。

21: 世界@名無史さん 03/03/03 14:26
パール・バックの「大地」を読むと、19世紀から20世紀にかけての中国民衆の風俗が良く判る。纏足をしてヒョコヒョコ歩く女性は美しい、という価値観が、男性にも女性にも強くあった。

ハイヒールや厚底履いてる現代女性も、纏足の発想と大して変わんないような気もするが。

22: 世界@名無史さん 03/03/03 19:46
西洋のコルセットも、女性を束縛するという点では纏足に似ているね。
あんまりウェストを締め付けすぎて、内臓の位置が変わってしまうようなこともあったらしい。

25: 世界@名無史さん 03/03/04 13:16
盲妹の情報も
盲妹

盲妹(まんめい、もうまい)は、中国の広東に存在したと言われる、人為的に視力を奪われた盲目の娼婦である。幼女のうちに目を潰して育てると集中力が増し、踊りや音楽などの芸が上達するといわれる。ただし、盲妹は芸妓や舞妓とは異なり、明確に娼婦の一形態である。目が見えないため、客を選り好みせず、逃げることも出来ないという利点があった。
盲妹の存在自体を都市伝説と見る向きもあるが、史実であることを窺わせる話も伝えられており、坂口安吾のエッセイ集『日本文化私観二』には、伝聞としてその存在に関する短い記述がある。


26: 世界@名無史さん 03/03/04 13:26
>>25
ある意味で、もっとマニアックで、中国的なものかもしれませんね。
「盲妹」については、興味はありますが、残念ながら、詳しい情報が分かりません。


27: 世界@名無史さん 03/03/04 13:38
>>26
少女の両目を潰して芸者として育てるというものです。

30: 世界@名無史さん 03/03/04 21:42
よく纏足だの宦官だの、中国人の肉体をつくり変える風習を「遊牧民との接触」に求める人がいるけど、全部がそうだというわけではないようですね。

32: 世界@名無史さん 03/03/05 01:29
>>30
病的な身体改造フェチは都市文明のストレスからくるんだろう。
遊牧民にはあまりきいたことないぞ。

31: 世界@名無史さん 03/03/04 23:00
纏足にせよ、盲妹にせよ、中国人は肉体改造派だな。
西洋のコルセットに比べて、より、手術的、苦痛的に改造していくのか。ある意味、怖いな。
同じ東洋人でありながら、日本人は恵まれているな。

34: Peak 03/03/05 07:24
纏足って小さいときから始めるから、痛みはないって本当?
少女(4-5歳)から足を縛って、成長させないようにしたとか。
だから苦痛を伴う快感という意味では女性側は感じてないんだよね。
男の側は虐の喜びがあるのだろう。
貧しい家の女の子は働かなければならないからできなかったんだよ。
すべて召し使いが世話してくれるような家系のお嬢さんと言う事ね

36: 世界@名無史さん 03/03/05 13:52
>>34
>痛みはないって本当?

痛いに決まってるだろ。
纏足中の娘は、痛くて夜眠れない。可哀相に。
なお娘の足を縛るのは、普通は母親の役目。

40: Peak 03/03/06 03:49
>>36
いや言葉が足りなかったけど、一度その纏足になれてというか、そういうことになったあとはそんなにいたくないと言う話を読んだのだがまちがっているのかな。

35: 世界@名無史さん 03/03/05 13:44
「纏足」
別名、「三寸金蓮」、十センチ足らずの金の蓮
足が12、3センチ以上であれば、駄目らしい
結婚相手を選ぶときは、まずは足の大きさを見たらしい

49: 世界@名無史さん 03/03/09 09:58
日本でお歯黒といっても、もう、遠い昔の異世界の風習くらいにしか、感じないが、現在の中国において、纏足はどのようにとらえられて、いるのだろうか?
私見ですが、日本のお歯黒より、中国の纏足のほうが、より人口に膾炙し、土着的な風俗に感じます。

誰か中国人か、分かる日本の方、いませんか?

50: アマノウヅメ ◆3O/knRokaQ 03/03/09 11:04
>>49
文久3年生まれ(泉重千代さんと同い年)の曾祖母は80歳過ぎてで死ぬまでお歯黒つけてたそうです。戦後すぐの頃はお歯黒のバアサマは結構いたのでは?
普及率ならお歯黒の方が上です。明治初期まで人妻、未亡人は皆つけていた。
独身でも御殿女中と遊女はつけます。
纏足は中流以上の女性に行われたものです。貧乏だったらしない。働けないから。

52: あやめ 03/03/09 12:05
祖母は日露戦争当時に横浜関内居留地の英何番だかの銀行でカンプしてた華僑の鎌倉の別荘で、正夫人づきの阿媽(女中)をしていたことがあって、浴室に届け物をした機会に一度だけナマ纏足を見たことがあるそうです。足先が握り拳状になっていて豚の足を連想したそうです。
但し纏足してたのは本妻さんだけで3人いたお妾さんは大きな足だったそうです。農家生まれで買われて来た人たちだったんでしょう。カンプ大人は革命党シンパだったためか娘たちは天足のままにしていたようです。「カンプ」というのはcompradoreの横浜語で即ち買辨です。銀行手代とも呼ばれ莫大な収入を得ていたようです。
数年前に朝日新聞に白石という海洋活劇物の作家が「異人館」という小説を連載していましたが、その中でカンプに「関夫」という字を当て沖人足みたいな描き方をしてましたが、全く解ってないみたいです。

53: あやめ 03/03/09 12:24
この祖母はおしんのモデルみたいな人で語るべきことが一杯ありますが、明治末年に世帯もった当座は何年か丸髷にお歯黒スタイルだったとのこと。
しかしさすがに眉を落とす人はもういなかったようです。お歯黒用の道具耳盥(祖母はミミダレと訛った呼び方をしてました)や房楊枝などは戦災に遭うまで押入れに保存してあったようです。

54: 世界@名無史さん 03/03/10 18:07
なるほど、お歯黒の普及率とは、そんなにすごいものだったのか?
纏足は上流階級だけですものね。

68: 世界@名無史さん 03/04/23 01:18
水滸伝は時代的にかぶる筈ですよね?
登場する女性達がみんな纏足だと考えると、もしも一丈青扈三娘が纏足ならば、旦那の王英はやはり挟んでもらうのかなと妄想しちまいました。

69: 世界@名無史さん 03/04/29 03:10
纏足してたら武芸をやったり馬に乗ったりしにくいと思うので、してなかったのかな?

72: 世界@名無史さん 03/05/03 11:36
>>69
男の子だと育たないと占い師に言われて運命を偽装するため男の子に纏足することはあったらしい。

70: 世界@名無史さん 03/04/30 08:23
カストラチュラという漫画を読んだのですが、一部の宦官も纏足するのは史実なんでしょうか?
その漫画に出てた纏足の靴が綺麗だった。今もあるなら一足ぐらい欲しいものだ。

71: 世界@名無史さん 03/05/02 15:41
>>70
纏足の靴はどんなモノなのか見てみたいですね。
纏足って足の甲が盛り上がっていたらしいですが、その辺もセクシーポイントだったのでしょうか?

73: 世界@名無史さん 03/05/03 19:59
>>71
地元にある中国物産店に飾ってあるのを見たことがあります。
それは12cmくらいの中国風のペタ靴で、幅が狭いの。子供靴というよりはまるで人形用の靴みたいでした。その横に西太后のモノクロ写真も飾ってありました。別にその靴は西太后のものではないけれど。

75: 世界@名無史さん 03/05/08 14:53
纏足は臭いらしいですね。
年がら年中縛り付けてるんだから当然といえば当然ですが。

79: 世界@名無史さん 03/05/14 15:08
纏足は足の指の骨を折り(砕いたこともあるらしい)足の裏とともに包帯で巻くそうです。その後包帯を変えたり、膿まないよにしたりと手のかかる作業で、上流のように暇な人しか出来ないのではないでしょうか。清末期ではこれとピアスホールをつくることが、母親の役目的な部分があったのでは。

81: 世界@名無史さん 03/05/14 15:29
>>79
何故か家庭科の時間に纏足の勉強しました。
ちなみにコルセットの勉強もしたな・・。
ビデオで見たと思うんですが、母親が漬け物石みたいな石を娘の足にガツーーンっと何度も叩き落して、骨をぐちゃぐちゃに砕いてるシーンがかなり焼きついています。痛そうで可哀想でなんともいえない気分でしたよ。

88: 世界@名無史さん 03/05/15 02:32
>>81
うへぇ。
纏足の処置のさい、心臓麻痺で死んじゃう女の子も結構いたらしいよ。
ショック死ってやつ?

86: 世界@名無史さん 03/05/14 23:56
男性のため?
それとも玉の輿に乗るため?
または母親の見栄?
結局。纏足とかコルセットなどは誰のために行ったの?

87: 世界@名無史さん 03/05/15 01:50
最終的に纏足から利益を得るのは男性な訳だが、 母親も見栄も張れるという、そういう世の中だったんじゃないかなー。

91: 世界@名無史さん 03/05/15 10:29
ちょっと前のニュースステーションで、南京大虐殺に参加したとされるじ様が「逃げもできない纏足の女をレ○プした。」と言ってたけど、時代的にはやっぱりいなかったと見るべきなの?

103: 世界@名無史さん 03/05/16 09:59
>>91
1917年ごろに纏足がようやくほとんどなくなったと言われてるので、盧溝橋事件のあった頃はまだ纏足の女性がちょうど20代頃で残ってたよ。あ~あ。

92: 世界@名無史さん 03/05/15 10:45
纏足禁止令を西太后が出してるんだけどそのあとも細々と施術してたらしい

93: 世界@名無史さん 03/05/15 20:42
西太后は纏足してなかったの?

94: 世界@名無史さん 03/05/15 22:04
彼女はしてなかったはず

満州族は本来纏足しないんだけどさせる親もあったらしい

101: 世界@名無史さん 03/05/16 01:43
>>94
基本的に漢民族しかしないんじゃなかったでしたっけ?
だから生態号なんかはすんごい厚底の靴はいてヨチヨチ歩きをば演出。
いわゆる柳腰の風情が良いのですよね。

96: 世界@名無史さん 03/05/15 23:00
母親が、幼い娘に纏足を施すのがあまりに不憫で辛くて親族の女性が代行することもあったって何かで読んだな。中国の春画の女性ってみんなちっちゃい足してますね。
ほどいた布もプレイに使用したってね。

102: 世界@名無史さん 03/05/16 09:52
「祖母は、二才のときに纏足をはじめた。祖母の母親(彼女自身も纏足されて育った)は、まず祖母の足の親指をのぞく四本の指をぜんぶ足の裏側へ折り込むように曲げ、六メートルほどの白い布でぐるぐる巻きにした。そして、上から大きな石をのせて、足の甲をつぶした。祖母は、激痛に大声をあげ、おかあさんやめて、と叫んだ。母親は、娘の口に布を押しこんで声を封じた。祖母は、あまりの痛みに何度も気を失ったという。」
***************
ユン・チアン『ワイルド・スワン』から抜粋
この後も恐ろしい話が続くので、興味のある人は読むといいかも。
2歳か…かわいそうにな。

112: 世界@名無史さん 03/05/24 13:40
1978年の大連で纏足女性を見たと旅行記に書いてありました。

121: 世界@名無史さん 03/05/26 00:11
西洋は足(特に足首)に興奮したって言う話も。
胸は見慣れてるから、それほどでもないと。
ビクトリア時代には足首がチラッと見えただけで気絶した人もいるそうです。

今月の芸術新潮にそういう話が載っていたよ。

122: 玉筍 03/05/26 10:13
足フェチというのは東西共通だ。
ただ、その対象を「足首」や「靴」に向かわせるか肉体を改造させた「纏足」というものに昇華させるかそれが「文化の違い」なのだなと思う。
自然な形をヨシとする=日本
珍奇な形をヨシとする=中国
と思うがどうでしょ?

124: 世界@名無史さん 03/05/27 22:44
>>122
美意識の違いだね。
おっしゃるとおり、日本は総体に自然、未完成なものが好まれるけど中国のそれは(日本人から見ると)人工的な美をよしとするところがある。

126: 世界@名無史さん 03/05/28 19:50
>>124
宦官も人工美ですね

137: 三寸金連 03/06/02 11:19

宦官は纏足と違い、中近東やヨーロッパ(カストラートの例がある)など他の国にも見られた風習だが、さすがはフェティシズムの発達した中国らしく、当の宦官達は切り取った玉茎への愛着を独特の方法で表現していた。彼らは体から切り離されたそれを「宝」と呼び、腐らないよう油で揚げ、油紙に包んで死ぬまで大事に保存したという。
彼らにとってそれをなくす等はとんでもない事で、もし紛失したならば来世では雌のロバにしか生まれ変われないと考え、非常に恐れていた。

127: 世界@名無史さん 03/05/29 22:53
宦官は別に美しくはないのでは

131: アマノウヅメ ◆4cna7XPsQo 03/06/01 21:14
>>127
幼少の時去勢した若い宦官には、容姿端麗なのが多かったそうです。
西太后のお気に入りの安得海は美貌だったとか。26歳で殺されてますが、長生きしてたらやはり妖怪変化的容姿に成り果てたでしょうけど。

133: 世界@名無史さん 03/06/01 21:49
>>131
今のニューハーフと同じだね。
10代のうちに玉抜き、女性ホルモン投与をした人は本当に奇麗になる。
30過ぎでやり始めた人は結構悲惨。

135: アマノウヅメ ◆4cna7XPsQo 03/06/01 22:39
>>133
男性ホルモン出だしてから去勢すると、髭が抜けてなんとも異様な御面相になるとか。
司馬遷大先生はお気の毒な有様になられたらしい。手紙が残ってます。

地方の領主などが献上する宦官は、10歳くらいの聡明な美少年から選び抜くので歌舞伎の女形か宝塚の男役か、というようなのがそろっていたそうですが。

134: 玉筍 03/06/01 21:56
幼児のうちに宦官にしてしまう例もあったそうです。
纏足は残酷だという人も多いでしょうが美を得るために親からもらった身体を
傷つけてもいいという現代の風潮とどちらも根っこは同じだと思います。

170: 世界@名無史さん 03/10/13 19:19
爪切りなんかはどうしてたのでしょう? もちろん伸びますよね?
布をほどいて洗う時に、一緒にきちんと切ってたのかな。
普通に生活してても、ちょっと伸びて左右から食い込んだだけ(←巻爪状態)ですごく痛いってのに・・・纏足の痛みなんて想像したくないよ。


173: 世界@名無史さん 03/10/26 15:28
>>170
時々切らないと食い込んで血が出るらしいよ。
フロにあまり入らないので、グルグル巻きの布を取って足だけ洗ったりするらしい。
死んだ爺さんにも聞いたけど、駒田信二の小説にもそういうシーンがあったような気がする。

金持→普通に纏足
中流~貧乏人→なるべく金持と結婚できるようにという親心つうわけで、結局貧富にかかわらず纏足はやるんじゃないかな。

纏足だとそりゃオリンピック選手にはなれないかもしれないが普通に生活したり野良仕事したりはできるみたい。つかやらないと生きていけないしね。

175: 世界@名無史さん 03/11/04 14:26
一生家からほとんど出なくていい生活が保障されてるなら纏足でも困らないかもしれないけど、
いざ嫁ぎ先が落ちぶれたりして働かなくちゃならなくなった時、纏足じゃ辛いだろうな。
コルセットやきついストッキングで体を締め付けても、外せば楽になるけど
纏足は骨格を変形させちゃうんだもんね。「纏足のおかげで良家に嫁げた」って
いう女性も多かったみたいだけど、脚の大きさで人権を左右されてた当時の女性は本当に気の毒だ・・・。

185: 世界@名無史さん 03/12/05 07:27
足の爪の手術を受けた直後、担当医が
「こういうのは中国の人が上手いんですよ」と呟いた。
現在中国医術にも脈々とつながっているのだろうか?>纏足施術

197: 世界@名無史さん 03/12/13 21:46
纏足時代の中国から見た日本人の足はどのように映ったのだろうか?
纏足は無いが中国同様沓文化の韓国には昔カラ日本人そのものを指し示す言葉(罵語)として「チョッパリ」(豚の足)という言葉があるが、これは「わらじ、ぞうり、下駄、たび」の文化である日本人の足を表現したもので、「足が日本人の特徴」「足に注目」している点が興味深い。

200: 世界@名無史さん 03/12/14 22:03
「足についての美意識」と、「美意識の転換の歴史的出来事」を結びつけて。

オードリー・ヘプバーンの出現は、その前のハリウッド的グラマー美とは異なる美の存在を示した衝撃的出来事だったようですが。その当時の女性として背も高く足も大きめだったオードリー・ヘプバーンが、「ローマの休日」の王女の姿の時、全体のバランス的に自らのアイディアでさらにサイズの大きい靴を履いたそうです。

こういう美意識。ちなみに、その映画の中では靴を脱ぐ場面があり、それを見た日本国いち成年男子は「靴でか~い、興冷め~」と申しておりました。こういう美意識。
(この場面、ユーモラスな可愛さを感じるだけの人がほとんどだと思いますが)

※日本の言い回しでこういうのがありますね。
「馬鹿の三寸間抜けの五寸丁度いいのが私の足」
大きいのが良くないだけでなく小さすぎるのも良くないとしてる点が中国の纏足の美意識とは異なるようですね。

201: 世界@名無史さん 03/12/28 23:57
鳩山郁子の「カストラチュラ」っていうマンガは纏足の去勢歌手の話です。
男の子の纏足もあったんですね・・

203: 世界@名無史さん 03/12/29 08:05
>>201
昔の京劇の女形や崑劇の女性陣等も纏足していたのでしょうか
少し調べてみた程度では出てきませんでしたが

221: あやめ 04/03/30 00:06
>>203
大正時代に上海で出版された井上紅梅(魯迅全集の最初の翻訳者)著「支那風俗」の中の「芝居の研究」で次のように述べています。
「次に花旦の稽古に移ります、これは先づ第一に蹺といふことをやるので、蹺は纏足の形つまり男は足が大きいから一種の義足を用ゆるわけで、その義足は木製の纏足と同じ形、底の長さ三寸ばかり踵の上の方を鋭角に六寸ばかり延長した物で、その義足の上部に布の袋をつけてあります。さて花旦は足をこの袋の中に入れて布で固く義足に巻きつけ、蹺を穿きその上に小さな鞋を穿き、始終爪先で立ってゐる始末、稽古は最初これを穿いて歩かせる、歩くと言っても肩を少しも動揺させず早く歩くことを稽古する、それが済むと今度は真直ぐに立つことを習ふ、これも中々困難のことで、少し長く続けると顫えが出て来て、全身から冷汗が流れるのを、師匠は構はず強迫的に訓練して強いて続けさせる、そいつもどうやら物になれば、今度は瓦の上に立たせる、瓦の上に長く立ってゐられるようならモウ大丈夫、これで蹺は卒業済み、蹺が漸く終ると今度は逆トンボの稽古、逆トンボは力さへあれば誰でも出来るので、決して六ヅかしい物ではありませんが、花旦は蹺を穿いたまま逆トンボを打つので、外の者よりは一層骨が折れます」

222: あやめ 04/03/30 00:16
ここでは妓女や淫婦など色っぽい女性を演じる役柄の花旦について述べてますが、纏足をする点は奥様やお嬢様に扮する青衣の場合も事情は変わりません。バック転の訓練は言うまでもなくアクロバティックな立回りのためで、現代の電影の女優もみな京劇風の殺陣に習熟してるという話です。纏足でじゃ勿論ありませんけどね。

244: 世界@名無史さん 04/10/04 03:23:39
そういや客家には纏足の風習が無かったとも言うな。

247: 世界@名無史さん 04/10/06 01:18:54
>>244
纏足じゃ重労働できないから・・・

250: 世界@名無史さん 04/10/24 14:26:20
近隣の朝貢国は纏足を真似たことはあったのかな。
朝鮮・ベトナムなどでは聞いたことはないが・・・

260: 三寸金蓮 ◆83EIepTgpM 05/01/12 20:05:53
>>250

亀レスだが、近隣諸国の中では李氏朝鮮において纏足に準じた風習があった。
朝鮮においても大陸からの影響で足はほっそりしている方が上品で高級だという美意識があり、上流階級(両班)の女子はわざとつま先を細く作った硬い麻の靴下(ポソン)を履いてから靴を履き、足のひとさし指と薬指を中指の下に敷き込むようにして足の幅をなるべく狭くした。

この基準はまた貴族男子にも適用され、だだっぴろい締まりのない足は「牛泥棒のような足」と呼ばれ、下賤な足と蔑まれた。
(以上ソース:ハワード・リーヴィ著『Chinese Footbinding』p253-254)

このような感覚からすれば指先が割れた足袋をはいた日本人の足が下品な豚足同然とみなされ、有名な「チョッパリ」という蔑称を用いてからかわれて来たのも頷ける。

261: 世界@名無史さん 05/01/12 23:57:37
>>260
そうかなるほどー。
足袋を履いた足先がなぜ蔑称になるのか前から不思議だったのですがそういう背景があったためなんですな、納得。

そういや朝鮮では木靴が履かれていたので足先が広がりようがなかったのかも知れませんね。

262: 世界@名無史さん 05/01/13 00:46:07
日本でも、30年位前までは「大きな足は下品」ということになっていましたが。
上方歌舞伎の立役の坂田藤十郎は、舞台で履くぞうりを二周りほど小さく作らせていた、と伝えられています。脱いだぞうりが大きいと色男台無し。

263: 三寸金蓮 ◆83EIepTgpM 05/01/13 10:01:56
う~んなるほど。確かにわが国にも昔から「バカの大足」という俗諺がありましたからね。

しかし日本では何故か草履・下駄ではなく「靴」(沓)が正装の主流だった歴史は平安期の衣冠束帯までで途絶えてしまい、その名残は神主さんの沓や天皇家の正装に残るのみ。
以後はやはり草履・下駄をはいてつま先を鼻緒に引っかけて割り、素足または足袋をはいた足の大部分を平気で露出するようになってしまった。それ以来日本人の足に対する感覚は中国や欧米諸国の人々に比べると随分大雑把で素朴なものになってしまったのではないだろうか。

例えば靴文化の本場の人々は靴をも衣服の一部と考えるあまり屋内でも靴を脱いだ足をさらす事を嫌がる(従って日本式の茶室などはその実、彼らにとってはかなり居心地が悪いと思われる)

更に面白い事に欧米の娼婦が客の前で最後に脱ぐ衣装と言うのは他でもないハイヒールで、しかもしばしばそれすらはいたまま行為に及ぶことがあるという。これはまさに中国の春画の中で、全ての女性が全裸なのに纏足靴と脚絆だけは脱いでいない姿と奇妙に一致する。

264: 世界@名無史さん 05/01/13 13:16:28
雪駄はぴッたしか踵がちょい出るくらいが粋だったりするけど、逆に作務衣や甚平などはワンサイズ大きめをダボっと着るのが恰幅がよく見えて様になるっていうよね。

>>263
女郎の足袋履いたままってのは映画の脚色ですかね?

265: 三寸金蓮 ◆83EIepTgpM 05/01/13 13:55:34
>>264
>女郎の足袋履いたままってのは映画の脚色ですかね?

うーん、一概にそうとは言えないでしょうね。ただ現代の巷の女子高生好きにも
「裸にソックスとローファーだけというのが(・∀・)イイ!!」という人がいるように(w、
あるいは「着ている物もそのままで慌ただしく事に及んでいる」感じを出して
興奮する為に、昔の嫖客の中にも女郎に足袋をはかせたままという者もいたのかも。

浮世絵を見てみると、女や遊女は裸足というのが多いですね。(「旅姿で」という
設定の絵ではもちろん足袋にわらじをはいたままですが)そして大きな特徴は
性の絶頂で必ずつま先をきゅっと縮めている事。もしかすると日本人なりの「足への
こだわり」は伝統的にそういう所に表れていたかも知れない。

271: 世界@名無史さん 05/02/15 03:11:29 0
>>264
岡場所ならともかく、吉原では足袋をはきません。素足が粋ってことで。
事実、よほど磨きあげて大事にしてないと、大人の足は人前には出せません。
かわりに、上草履と言うスリッパみたいなものを履きます。
この音がすると、あ、来たか、というのでわくわくしたとか。
かむろは足袋です。これは夜寝る時もはかせたままで、足が大きくならないようにしていた。
かむろでなくても、京都あたりの野心家の親は、器量のいい子には足袋を脱がせなかった。
とんでもない所から、ご側室の話がくるという例が多いので。

374: 世界@名無史さん 2006/11/12(日) 23:54:55 0
自分、足の薬指を骨折したとき、一晩中眠れないほど激痛であったが、翌日整形外科に行くと、
「包帯で固定して放っておけばそのうちくっつきますよ」と言われた。
「ただ、変な形で固定すると、ずっと曲がったままで固まるけど」って・・。

「骨折」なのにそんなんで直るんかい???と思ったが、1ヶ月ほどで元通りくっついた。

足の骨って案外柔軟に出来ているのかもしれないですね。

でも、私自身、纏足はごめんだなあ・・・。痛そう。

392: 世界@名無史さん 2007/06/28(木) 11:37:06 0
昔の中国人は、相当な足フェチだったんだね。

引用元: ・纏足専門 [纏足スレ]


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