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1: 世界@名無史さん 2009/12/26(土) 19:52:44 0
マッカーサーが去って、再び上陸してくるまでの3年間、フィリピンでは日本軍とフグハラハップ、ユサッフェゲリラ、モロ族との戦いが繰り広げられていた。

あまり知られていないフィリピンの日本の軍政とゲリラとの戦いを語る

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3: 世界@名無史さん 2009/12/26(土) 20:03:13 0
日本軍が比の気候風土を無視した農作物を強制したせいで餓死者が戦死者以上に。
インパール級の災難。

4: 世界@名無史さん 2009/12/26(土) 20:05:23 0
日本人がイタリア人のことをへたれ扱いしているのをフィリピン人が聞いたら鼻で笑うだろう
フィリピンゲリラには歯が立たなかった(特にモロ族)

7: 世界@名無史さん 2009/12/26(土) 20:26:49 0
占領支配なんてもんじゃない

あれはもう戦争だ
フィリピンとの戦争だったんだ
アメリカ軍が上陸しなくても
フィリピンからの撤退を余儀なくされたのではないか

10: 世界@名無史さん 2009/12/26(土) 20:53:56 0
フィリピンて1946年に独立する予定だったんだな

11: 嗚呼・大東亞聖戦 2009/12/26(土) 21:31:59 O

それよりも早く昭和18年5月5日、東條首相はマニラを訪問して
数万の観衆の前で独立の公約を行い、10月14日、大東亞共栄圏の一国

比律濱共和國は、ホセ・パシアノ・ラウレルを大統領として正式に独立宣言を行い、
独立戦争の勇者、アギナルド将軍によって国旗の掲揚が行われた。

国会議事堂を取り巻いた30万にも及ぶ大観衆は独立の喜びにあふれた。


13: 世界@名無史さん 2009/12/26(土) 21:53:44 0
1946年に独立する予定だったフィリピンにとって
日本は侵略者にしか思えなかった

14: 世界@名無史さん 2009/12/26(土) 22:24:12 0
NHKの特集で、頭を前後左右に振りながら朦朧として目を文字通り泳がせていた日本兵の映像が忘れられないよ。ゲリラに捕虜になった時の映像。

あの兵隊さん、生きて日本に帰れたんだろうか?
それとも処刑されてしまったんだろうか?

フィリピン侵攻については美化しようがない。
フィリピン人にとっては「大きなお世話」なんてもんじゃなかったろう。

大岡昇平『俘虜記』によると、山下大将は戦後法廷で、残虐行為について知らないことと述べて、それがラジオ中継されて一挙に捕虜将兵の間で人望を失ったらしい。
処刑されたことで美化されることも多い大将だけどあれだけ死者が出ていて「残虐行為について何も知らなかった」はやはりないだろうよ。

32: 世界@名無史さん 2009/12/27(日) 15:00:14 0
アメリカ植民地の下マニラは発展していた結構経済的に裕福だった
戦争とその後の独裁政権による腐敗によって没落した

33: 世界@名無史さん 2009/12/27(日) 18:10:14 0
フィリピンじゃ日本軍雑魚扱いされてそ

34: 世界@名無史さん 2009/12/27(日) 18:54:12 0
つうか、恨みに思ってる人はいる。
そしてそれ以上に、普通に接する人もいる。

35: 世界@名無史さん 2009/12/28(月) 09:43:35 0
小野田さんは彼の地では知られているの?

38: 世界@名無史さん 2009/12/28(月) 20:33:56 0
>>35
フィリピンでも「軍人の鑑」だとそれなりに高く評価されているらしい。
フィリピン政府としては日本との外交関係を考慮して、訴追を見送ったので悪く言うと政府批判に繋がりかねない。と言うワケで「英雄」と言うことにした方が都合がいい。

36: 世界@名無史さん 2009/12/28(月) 15:58:50 0
小野田さんもフィリピンにとっては迷惑千万どころじゃない人だったな。
何人も軍や警察の人が殺されているんだろ。

諜報機関の将校としてあの振る舞いは評価できるのか?
戦後何十年もの間、帝国陸軍はとうに解体しているのに宙に浮いた命令に固執して。
それに感激する人もいるんだろうが、俺は無理だ。

37: 世界@名無史さん 2009/12/28(月) 16:11:33 O
小野田氏の場合は、現地の生活を続けながら、日本の繁栄や新幹線の開通まで把握していたという情報収集能力も驚きだが、それ以上に、それだけの情報を得ていながら、「日本の敗戦」だけは、敵国によるデマだろう、と最後まで全く疑っていなかった、というのがすごい。
まあ、「もし戦争が終っているのなら、軍から何らかの命令が下るはずだ」という判断自体は正しいんだが、軍そのものがなくなってしまう、とまでは思わなかったんだな。

そういう点で根本的に判断を誤っていた、というのは勿論だが、しかし本人がそう認識していた以上、「宙に浮いた命令に固執した」というのは違う。
もし彼が「宙に浮いた」と思ったなら、彼とてもそれ以上に固執はしなかったはずだ。

41: 世界@名無史さん 2009/12/28(月) 21:53:49 0
第二次大戦終了後に何十年もジャングルで戦い続けた日本人が何人もいた、っていう話は欧米でも小ネタとしてそれなりに有名で、何度かいろんな場所で引用されるのを聞いたことがある。
勿論、それは肯定的な文脈で語られるのが普通。
(アッホじゃねww でもすげーな、って感じ)
「現地の人々に迷惑」とか「軍国主義賛美イクナイ!」って反応は、日本人からしか聞いたことないな。

45: 世界@名無史さん 2009/12/29(火) 08:53:58 0
小野田少尉が帰還したときに、アナウンサーで
「小野田さん、あなたは現地で人を殺したんですか?!」ってマジで聞いた奴がいたらしい。
日本人は平和ボケしてしまって、戦争ってものがどういうものか、全然わかってない。
小野田氏の落胆は察するに余りある

46: 世界@名無史さん 2009/12/29(火) 10:02:19 0
小野田氏がいたルバン島では、現地の人々からは、「あの山には主がいるから、近づいてはいけない」と言われていたそうな。でも戦後何十年も経って、そんなの都市伝説(山村伝説か)だろう?って思われたころに小野田氏と小塚一等兵が現地の警察と遭遇、小塚一等兵が射殺される、という事件が起きる。
射殺された日本人の死体、という明らかな証拠があれば、これはただの都市伝説ではない。
ってことで再度、捜索熱が高まり、ついに発見された。
まあ、すごい話だな。

54: 世界@名無史さん 2009/12/29(火) 21:35:44 0
福留中将の海軍乙事件は恥そのものだな。

「生きて虜囚の辱め」以外の何物でもないのに訳分からん理屈を捏ねて何らお咎めなし。

下級兵士にも同じように辻褄合わせていたのならいいけどさ。
開戦直後に搭乗機が撃墜されて米軍の捕虜になりマニラに収監されて進撃してきた陸軍に救出された海軍飛行兵らは全員自殺同然の戦死を強要されている。

何度も何度も全員死ぬまで死地へ出撃させられたそうな。
監視役の僚機が付けられて。
福留繁

1944年(昭和19年)3月31日、海軍乙事件発生。連合艦隊は内南洋の拠点としてパラオを利用していたが、3月に連合軍の大空襲を受け、福留ら司令部要員は3月31日、ミンダナオ島のダバオへ飛行艇(二式大艇)で移動を図ったが、途中で低気圧に遭遇し、連合艦隊司令長官・古賀峯一の乗機は行方不明となり、福留の乗った二番機はセブ島沖に不時着し、搭乗していた9名は泳いで上陸したが、ゲリラの捕虜となり、3月8日に作成されたばかりの新Z号作戦計画書、司令部用信号書、暗号書といった数々の最重要軍事機密を奪われた。ゲリラに対して警戒心を抱かなかった福留らは拘束時に抵抗や自決、機密書類の破棄もしなかった(かばんを川に投げ込んだが、すぐに回収された)。

日本はゲリラと交渉して福留を解放させ、帰還した福留は海軍次官・沢本頼雄中将らから事情聴取を受けることになるが、本人が徹底して機密書類紛失の容疑を否定した。当時の日本では敵の捕虜となる事をこの上ない恥としており、福留がゲリラに捕縛された事を敵の捕虜になったとみなすかどうかが問題となったが、戦時は捕虜にならなかったという見地で不問になった。戦後も福留は、GHQで戦史編纂の仕事をしていた大井篤のところに出向き、「君や千早が機密書類が盗まれたと言っており、迷惑している。こんな事実は全くないんだ」と述べたが、大井は「盗まれたのは事実です。お帰り下さい」と追い返したと言う。


56: 世界@名無史さん 2009/12/29(火) 21:58:03 0
フィリピンじゃないがトラック島の司令長官も大空襲の時に呑気に海で魚釣りしていたとか。
真珠湾の被害どころではない帝国海軍根拠地壊滅。

既に明らかに負け戦に入っていたのに黒田にせよこの緊張感の無さって何だろうな、と思う。
或いは現実逃避?

58: 世界@名無史さん 2009/12/30(水) 02:49:53 0
危機におちいった時に現れる人間の本性というのはこういうものなんだろうな
と思えてくる
勇敢な行動を取れるのは一握りだけである

68: 世界@名無史さん 2009/12/31(木) 11:10:44 0
フィリピンって旧スペイン領のわりに、メキシコとか南米と比べたら、スペイン系白人がほとんどいないよね。ぱっと見た感じは、白人系混血よりも先住民や華僑の割合が高そう。

アヤラ財閥のアヤラ家みたな純白人みたいなのは例外中の例外だし。

86: 世界@名無史さん 2010/01/01(金) 21:54:45 0
>>68
http://blog.goo.ne.jp/debuo2006/e/d720435228347304e73a0b8450834457
南に行くほどスペイン系のメスティーソが多いのだとか

69: 世界@名無史さん 2009/12/31(木) 16:39:17 0
アメリカ領でもあったのにやはり白人少ないな

87: 世界@名無史さん 2010/01/02(土) 08:21:53 P
>>69
どっちかというと、移住先というよりは、労働者の供給地だったから出超なんだろう。
アングロ系は、経営に関して、最終的な決定権は手放さないけれど、結構、現地の中ボスに権限もたせて儲かっている限りはあまり口出さないというやりかたをするから、プランテーションやなんかでも、整地と作付と最初の収穫が済んで軌道に乗った時期あたりから不在地主化してしまうだろうし。

75: 世界@名無史さん 2010/01/01(金) 00:07:10 0
フィリピン人って日本軍にたいしてゲリラ戦までしてるくせに
日本軍上陸以前の白人占領者には手も足もでなかったんだな

76: 世界@名無史さん 2010/01/01(金) 00:11:22 0
アメリカはまあ善政をしいていたからな
何もなければ1947年に独立する予定だった

77: 世界@名無史さん 2010/01/01(金) 00:29:53 0
米軍基地だ軍事政権だなんだと色々あったが、似た境遇の他の国々は経済発展してもフィリピンだけは置いてけぼりだな。

78: 世界@名無史さん 2010/01/01(金) 09:11:51 0
日本とちがい農地改革せず日本のように中央集権化できず各地の実力者が私兵集団を養って独立国家状態で中央政府が把握できてないのに発展できる訳ないだろ。

89: 世界@名無史さん 2010/01/14(木) 20:06:48 0
中国は日本軍を追い出したがそれは大きな犠牲があってのことだった
だがフィリピンゲリラは完全に戦闘で日本軍を圧倒し戦うたびに日本軍を殲滅していた

反日度合いはその差だと思う

105: 世界@名無史さん 2010/01/25(月) 13:58:17 0
実際フィリピンゲリラは強かったらしいな。
日本軍が歯が立たないとは言いすぎだが。

日本軍による討伐も残酷だった。
大岡昇平が『俘虜記』で言ってたと思うが作戦では現地で道案内させた一般のフィリピン人ですら必ず殺害していたと。それを「戦時だから情報漏れを防ぐ為に仕方ない」と正当化するなら大東亜諸民族の解放だのと言う資格もないな。


106: 世界@名無史さん 2010/01/25(月) 14:41:02 0
>>105
ほう、日本も結構残虐なことやってたんだな。
戦争中とはいえ、ひどいもんだ。

114: 世界@名無史さん 2010/02/04(木) 12:50:15 0
まあ作戦の案内人を解放すれば、情報漏れるのは当然だからな
その案内人に悪意があろうとなかろうと、その日の晩に家族に話すだろうしな

115: 世界@名無史さん 2010/02/04(木) 14:45:06 0
そんな戦争する連中が「フィリピン人を解放する」
なんていう資格はねえだろ。

109: 世界@名無史さん 2010/01/27(水) 18:15:33 0
アメリカ軍上陸前のフィリピンゲリラは武装も完全に日本軍を上回っていたという
何でかって言うとアメリカ軍が武器を渡していたから

130: 世界@名無史さん 2010/02/07(日) 00:11:08 0
アメ公には負けたが、フィリピンに負けた覚えはない。

131: 世界@名無史さん 2010/02/07(日) 00:13:15 0
実質フィリピンゲリラに負けてましたが?
フィリピンをほとんどまともに統治できてませんでしたがマッカーサーが去ってからもフィリピンの大部分はゲリラの勢力下でしたが?

134: 世界@名無史さん 2010/02/07(日) 00:16:41 0
>>131
ベトナムやアフガンと同じだろ。
民衆の陰にかくれてコソコソ撃ってるだけ。
そんな戦い方してるから案内人を殺されるんだよ。

ま、ベトナムやアフガンはそれでも自力で侵略者を追い払ったが、フィリピンの場合は単にアメ公の尻馬に乗っただけ。そんなんで勝利面された所で臍で茶が湧くわ。

135: 世界@名無史さん 2010/02/07(日) 00:19:16 0
ベトナムやアフガンはそれこそ
前者は中国、ソ連。後者はアメリカが後ろ盾だったろ
フィリピンも米軍が潜水艦で武器送ってたらしいがマッカーサーがこなくても日本軍はフィリピン撤退してたんじゃないかってぐらい激しいゲリラ活動してたぞ

139: 世界@名無史さん 2010/02/07(日) 00:24:45 0
>>135
何を基本的な事を。
なんの後ろ盾も無い戦争の方が珍しいわ。
後ろ盾や援助があろうが、戦ってる主体がベトナムゲリラで有った以上、ベトナムの勝利だろうが。
中国軍やソ連軍が大軍をもってアメリカ軍と対峙したかあ?

フィリピンはアメリカ軍がバカスカ爆撃して侵攻して日本軍を破ったんだよ。
戦闘の主体は完全にアメリカ。誰がどう見てもアメリカ。
フィリピンなんて民衆とアメ公の陰でちょこちょこ動いてただけ。
1941年からのフィリピンの戦いはアメリカと日本軍との戦争というのが常識だ。


140: 世界@名無史さん 2010/02/07(日) 00:34:23 0
>>フィリピンはアメリカ軍がバカスカ爆撃

それをやったのは1944年からだな
それ以前は?
42年にマッカーサーがI shall returnとか言って去った後もフクバラやユサッフェなどが健在で日本軍は連中を鎮圧できず討伐を試みては損害を出すばかりだったが結局フィリピンのほんの少ししか制圧できなかったわけだが?実質的にフィリピンに負けていたが?

142: 世界@名無史さん 2010/02/07(日) 00:42:13 0
>>140
お前が言ってる事は抽象論ばかりだな。
フィリピンのほんの少し?
ルソンもミンダナオもサマールもセブも、主要な島は全て占領してマニラもケソンもダバオもカガヤも、主要都市は全部支配下に置いて「ほんの少し」ってんならほんの少しで結講だわ
何の戦略的価値も無いジャングルの奥まで枯葉剤撒いてナパームで焼き払って逃げ隠れしてるゲリラを軒並み殺すなんて物量作戦は米軍くらいしか不可能だし、アメリカだって失敗してるしな。

大都市から追い出されてジャングルでちょこちょこゲリラ戦してそれで「勝ってた」とほざけるんなら安いものだな

ベトナムやアフガンでは、それでも最期に自力で侵略者を追い出したが、フィリピンじゃ他国の軍(アメリカ)に駆逐してもらっただけ。


143: 世界@名無史さん 2010/02/07(日) 00:52:26 0
ほんの少しだよ
日本軍の占領の報告書見ても日本軍の征圧下を示す青色で塗られた土地は少しだけ
あとは全部ゲリラの勢力地を示す真っ赤に塗られている

ああ、確かにダバオやマニラといった主要都市は日本軍が抑えてたなだから?仏印戦争のころのフランス軍も主要都市部は抑えていたが 最終的に撤退に追い込まれた。
たとえマッカーサーがこなくても、1944年よりは開放は遅れたかもしれないし。
もしかしたらベトナムのように何十年もかかったも知れないがフィリピン人は自力で日本軍を撤退させただろうよ

144: 世界@名無史さん 2010/02/07(日) 00:56:15 0
フィリピンの日本軍て
中国の日本軍やベトナムのころのアメリカ軍と同様に都市部と通路という点と線は抑えたが面は占領できなかったという感覚でいいの?

145: 世界@名無史さん 2010/02/07(日) 00:58:09 0
そもそもスペインだって
南部のイスラム勢力は征圧できなかったし
フィリピン人を押さえ込んだアメリカもモロ族には
苦戦して完全に占領できなかった

イスラム教徒のモロ族っていうのは別格なんだよ
日本軍も苦戦して当然

149: 世界@名無史さん 2010/02/08(月) 05:28:00 0
モロ族ってなんでそんなにつよかったの
火器で武装でもしてたの

151: 世界@名無史さん 2010/04/23(金) 20:59:16 0
>>149
拳銃弾ぐらいではモロ族戦士の突進を止められない
強靭な肉体と狂信と麻薬が強さの理由
槍や蛮刀を持っているだけでも怖い連中に米軍が銃器を渡したから
文字通り鬼に金棒

152: 世界@名無史さん 2010/06/11(金) 02:52:58 0
義和団の乱じゃああるまいし、実際に有効な戦法なんかそれ?
そういうやり方は列強の軍隊には全く通用しなかったんだが。


引用元: ・フィリピン(1941年~1944年)


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