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1: 世界@名無史さん 2011/10/18(火) 23:11:15.43 0
韓国では統一新羅とともに南北国時代を担う朝鮮民族による王朝と位置づけておりますが私たち日本人は世界史の授業で中国の一地方政権と教えられてきました。
どちらが正しいのかよくわかりませんがこの謎の国渤海について語ってみましょう。
関連記事 
【朝鮮民族の王朝?】渤海【中国の地方政権?】 






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渤海国

渤 海(ぼっかい、698年[1] - 926年)は、満洲から朝鮮半島北部、現ロシアの沿海地方にかけて、かつて存在した国家。大祚栄により建国され、周囲との交易で栄え、唐からは「海東の盛 国」(『新唐書』)と呼ばれ、統一新羅の8倍、高句麗の4倍の領土を誇った[要出典]が、最後は契丹(遼)によって滅ぼされた。

「渤海」の名は本来、遼東半島と山東半島の内側にあり黄河が注ぎ込む湾状の海域のことである。初代国王大祚栄が、この渤海の沿岸で現在の河北省南部にあたる渤海郡の名目上の王(渤海郡王)に封ぜられたことから、本来の渤海からやや離れたこの国の国号となった。




4: 世界@名無史さん 2011/10/19(水) 01:40:18.24 0
>私たち日本人は世界史の授業で中国の一地方政権と教えられてきました。

多分それは違うと思う。
手元にある高校時代の世界史の教科書(1999山川p79、古いけど)だと、渤海は「唐文化の波及と東アジア諸国」の項に入ってる。
そのことからすれば、渤海は「地方政権」とか「中央政権」とかなしに、東アジアの独立国として教えられている。

私見としては、近代国家の理屈をそれ以前の国家にあてはめて、その帰属を取り合うことはナンセンスだと思うので、この教科書のスタンスは正しいと思う。

7: 世界@名無史さん 2011/10/19(水) 19:03:42.88 0
よくわかんないのだけど渤海の創始者の大祚榮は高句麗の将軍だったんでしょ?

11: 世界@名無史さん 2011/10/20(木) 02:44:41.69 0
>>7
>高句麗の将軍

この言い方だと、高句麗王朝の武官だったようなイメージになるけど、これだとちょっとちがってて、大祚榮は高句麗に従属していた靺鞨の長だった。
彼が、滅ぼされた高句麗の遺民と協力して立てたのが渤海。

かといって渤海が靺鞨人だけの国家だったというわけではなく、支配下に突厥やら契丹等いった連中もいた。

8: 世界@名無史さん 2011/10/19(水) 21:12:22.38 0
渤海についてのビジュアルイメージが空白なところに、
これが刷り込まれてしまいましたよ↓
http://www.youtube.com/watch?v=-QrcKgM-2a4




まあなかなか面白かったけど

114: 世界@名無史さん 2011/10/31(月) 21:42:13.19 0
契丹は一部とはいえ北京周辺の「シナ本土」を支配していたし、モンゴル人は北シナ全体をキタイと呼び、その地の雑多な住民もまとめてキタイ(漢語文献では漢人)と呼んだ

シナ(あるいは中華)と呼ばれる歴史的領域には、漢語を話す人々(漢人)ばかりでなく、様々な言語・文化・民族集団が歴史上存在し、現在も存在している
非漢人がシナ地域に立てた国々は多々あるし、清朝は漢人の国ではなく満洲族の国であった
現代の中華人民共和国の支配領域を過去に投影して、その中の歴史を「中国史」と称するなら、満州も内モンゴルもジュンガル盆地もタリム盆地もチベットも雲南も「中国史」の範疇に入る

115: 世界@名無史さん 2011/10/31(月) 22:39:39.48 0
>>114
>現代の中華人民共和国の支配領域を過去に投影して、その中の歴史を「中国史」と称するなら、

これが許されるなら、渤海の一部も朝鮮領にあるから、渤海は朝鮮史といってもおかしくないということになると思うけど。

117: 世界@名無史さん 2011/10/31(月) 22:57:13.51 0
渤海国があった地域はロシア・北朝鮮・中華人民共和国にまたがっているから、各々の国が「歴史上わが国の領土に(も)存在した国」として調査するのは差し支えなかろ
一国が独占できるたぐいのものではないよ

120: 世界@名無史さん 2011/10/31(月) 23:45:41.25 0
>>117
おいどんもそう思うですたい。
現代の国とは違うのに、むりくり一国のみの歴史につなげられるもんでもないよね。


121: 世界@名無史さん 2011/10/31(月) 23:52:57.54 P
そもそも歴史はどこの国のものでもないからな。
「歴史を保有する」という感覚こそ「歴史を現政権の正統性主張の根拠」としか捉えていない前近代的歴史観の産物でしかない。

そりゃ、政治からすれば歴史は正統性の根拠になりうるだろうけど、歴史は政治によって決まってはいけない。

131: 世界@名無史さん 2011/11/01(火) 01:31:19.14 0
>現代の中華人民共和国の支配領域を過去に投影して、その中の歴史を「中国史」と称するなら、

これって、単に歴史を研究する側の立場で変わるってだけじゃ。
現代中国人が、満州地域を自国史で研究するのは自然だし、フランスでもフランク王国を自国史で教育するだろうし、 日本人は蝦夷・アイヌを日本史の一ジャンルとして研究するだろう。

外国の史学会ではまた別の分類がされているだろうが、日本ではフランクは「中世欧州史」の一ジャンルという面が強いが、日本以外の史学者がわざわざ蝦夷史を日本史から分離するとは思えない(良く知らんけど)。
などと、国と場合によって異なるから、結局統一的な分類の定義なんて存在しない。

133: 世界@名無史さん 2011/11/01(火) 02:31:58.04 0
>>131
すごく正しいと思うんだけど、渤海に関する当事国はそれでは納得できなくて、取り合いを始めてしまったんだよなぁ。

正直どっちでもいいと思うところもあるけど、中国が「琉球は中国の歴史」って教えてたら、「それってどうなの?」って思うだろうし・・・
(ちょっとこの場合とは違うかもだけど)

うーん、悩ましい

152: 世界@名無史さん 2011/11/01(火) 20:42:55.90 0
大祚榮が高句麗の末裔というのなら別に渤海は韓国(朝鮮)の王朝といってもいいんじゃないかな?
ただ南北国時代というのだったら統一新羅との交流をもっと明らかにしないといけないだろうけどね

154: 世界@名無史さん 2011/11/01(火) 21:51:54.55 0
>>152
大祚栄が高句麗の出身なら渤海王家は中国の王朝だし大祚栄が粟末靺鞨の出なら渤海王家は中国の王朝。
渤海の多数を占めていた靺鞨人は中国の少数民族だし渤海で一定の役割を担った高句麗遺民も基本的に中国の少数民族。

渤海に関しては韓国との縁故は何所にも無いでしょ
高句麗は末期に平壌へ遷都したから、まだ縁故を主張する取っ掛かりはあるが
それでも歴史的に見れば、まともな感性の持ち主なら中国の王国とするだろう。
大 祚栄

大 祚栄(だい そえい)は渤海の初代王。唐から与えられた称号は渤海郡王であり、忽汗州都督府都督の官職を受けた。ツングース系民族の韃靼族とされる。

万歳通天元年(696年)に営州地方で父の乞乞仲象と共に自立を画策し、聖暦元年(698年)には自立の動きに反対する武周軍を破って震国を建国した。

武周は震国を牽制するために、大祚栄に官職を与える懐柔策や、軍事的な圧力を加えることで緊張関係が継続していたが、神龍元年(705年)には復活した唐の招安に応じ、唐臣としての地位を確認、唐も結局先天2年(713年)に「渤海郡王」の称号を与え、同時に忽汗州都督府都督を兼任することで正式に冊封体制に組み込まれるに至った。

176: 世界@名無史さん 2011/11/05(土) 23:05:09.82 0
とりあえず朝鮮民族の王朝でもなけりゃ中国の地方政権でもない。

…ってことでいいんだろ?

177: 世界@名無史さん 2011/11/05(土) 23:44:30.50 0
確実に朝鮮民族の王朝ではないけど
絶対に中国王朝の地方政権でない、とは言い切れないでしょ

184: 世界@名無史さん 2011/11/06(日) 14:06:02.71 0
日本に対しても高句麗・夫余の後継と称した渤海だが、こないだ立ち読みした本では高句麗の統治機構取り込みの必要性も高句麗の後継を名乗る理由の一つに上げてた
たしかにあの辺で統治経験者となると元高句麗の役人ということになるだろうな

185: 世界@名無史さん 2011/11/06(日) 18:24:24.20 0
渤海が高句麗の後継を自称した事実は存在しないけどな。

当時のあの地域で渤海以前に国家制度のある大国は扶余と高句麗しかなかったのは確かだが

186: 世界@名無史さん 2011/11/06(日) 22:13:56.25 0
続日本紀の武芸王の国書に「復高麗之旧居、有扶余之遺俗」とあるのは?

187: 世界@名無史さん 2011/11/06(日) 23:24:07.34 0
高句麗の故地に在るよ、扶余っぽい習俗も残ってるよ。
それの何が高句麗の後継を自称したことになるのやら

198: 世界@名無史さん 2011/11/07(月) 17:03:37.28 0
歴史って、領土を持つ又は支配権者及び人達が語っていいという事だろ

琉球や蝦夷も元々独立国なのに、今では日本と日本人として語られているじゃん

200: 世界@名無史さん 2011/11/07(月) 17:10:33.23 P
>>198
とはいっても、渤海は全く中国の歴史に属するけど渤海が中国の一部だったかというと、それは違うだろ。
あくまで、唐の羈縻支配を受けた地方政権、と、冊封を受けた従属国
2つの間にある存在、地方政権に近いけどね

203: 世界@名無史さん 2011/11/07(月) 17:29:51.24 0
>>200
民族が独立国家を建てたとしても吸収されれば、その歴史は中国になるのでは?
現在では民族を主張しても国籍は中国。だから歴史的には中国になるのだ

206: 世界@名無史さん 2011/11/07(月) 17:47:11.33 P
>>203
あーなるほど、そう言われればそうか
古代の少数民族国家を中国と呼ぶのは、凄い違和感あるけどw

201: 世界@名無史さん 2011/11/07(月) 17:16:12.98 0
高麗、朝鮮も中国の歴史でいいんじゃね
完全に属国だったじゃん

202: 世界@名無史さん 2011/11/07(月) 17:24:07.93 P
朝鮮は中国の歴史だけど、高麗は一時期除いて違うだろ
モンゴルに征服された時代以外は属国だっただけだし

204: 世界@名無史さん 2011/11/07(月) 17:36:55.52 0
そうするとイランもモンゴルの歴史の一部?
143: 世界@名無史さん 2011/11/01(火) 06:34:18.72 0
で、肝心の渤海国の歴史になかなか入れないわけだが…

161: 世界@名無史さん 2011/11/01(火) 23:35:33.00 0
>>143 
なんで契丹に負けちゃったのかな

165: 世界@名無史さん 2011/11/02(水) 01:11:48.45 0
>>161 
宗主国の唐が倒れてしまい、後梁・後唐も自分の周囲で手一杯で、契丹と戦って遥か遠くの渤海国を救うような余裕はなかった。 
やむなく渤海国は新羅や日本と結ぼうとしたが、日本も遠すぎて海外遠征などできず、一番近い新羅も内乱により崩壊中で、契丹と結んですらいた。

213: 世界@名無史さん 2011/11/07(月) 23:14:56.42 0
渤海が契丹に滅ぼされたあとに出来た国が遼ですか?
女真族が建てた金国はもうちょっと後だったような記憶があるのですが

214: 世界@名無史さん 2011/11/07(月) 23:49:32.31 0
遼はモンゴル系の言語を使う契丹人が支配者だったよ。

215: 世界@名無史さん 2011/11/08(火) 00:01:57.66 0
契丹が建てた(国号を漢風にした)国が遼

216: 世界@名無史さん 2011/11/08(火) 00:53:52.46 0
渤海の靺鞨人と金・清を建てた女真人は別の民族?

218: 世界@名無史さん 2011/11/08(火) 15:36:28.04 P
>>216
渤海は主に粟末部と白山部、金は黒水部が中核。
靺鞨人と女真人は異音同義

219: 世界@名無史さん 2011/11/08(火) 16:11:22.75 P
あ、靺鞨ってモロ女真=満洲なんだ。

そりゃ地名としての満洲をムリヤリ「東北」に言い換える中国としては、後金、金とともに渤海も是が非でも中国史に組み込まなくてはならないモノだわな。
満洲支配、満洲人の漢化併合は現中華人民共和国の正当性の中でも重大な支柱の一つな訳で。

一方、歴史の事実というものは当然そんな思惑とは無関係な訳だが。

220: 世界@名無史さん 2011/11/08(火) 16:50:43.28 P
>>219
清の時代から満州は東北三省(東三省)と呼ばれてる。
満州人の建てた大清が中国王朝だった以上、渤海が中国史に含まれるのは当然。

222: 世界@名無史さん 2011/11/08(火) 18:23:36.01 0
>>220
当然も何も、過去に存在した国を、現代のどの国の歴史に属すかなど決める必要があるの?
貴方は中国の教科書編纂委員か何かなの?

223: 世界@名無史さん 2011/11/08(火) 19:18:29.66 0
>>222
何の為に歴史が存在するか考えれば解るだろ
渤海-金-清が同じ民族によって建てられた事実を敢えてボカす意味が解らない
そしてそれは明らかに中国史あるいは満州史に属する

224: 世界@名無史さん 2011/11/08(火) 19:36:12.39 0
>>223
> 何の為に歴史が存在するか考えれば解るだろ

人間が今までに積み重ねてきた様々な行いとその結果が「歴史」
「何か」のために歴史が存在しているわけではない

> 渤海-金-清が同じ民族によって建てられた事実を敢えてボカす意味が解らない
誰もボカしちゃいないと思うが

242: 世界@名無史さん 2011/11/25(金) 03:53:06.80 0
高句麗・渤海は中国でも朝鮮でもないだろう?

258: 世界@名無史さん 2011/11/28(月) 00:54:24.83 0
>>242
中国の史書に靺鞨の条と渤海靺鞨の条があるから 王朝の祖先の渤海と靺鞨は中国の歴史だね。
高句麗は中原を支配した事が無いから、細かく分ければ満州史か

259: 世界@名無史さん 2011/11/28(月) 01:05:08.00 0
>>258
史書にあるかどうかで歴史を決定するの?

264: 世界@名無史さん 2011/12/05(月) 04:00:03.75 0
渤海は靺鞨の建てた国であり金、清へ繋がる。
高句麗は何だろうな、生まれた地方が悪かったんじゃなかろうか
色々なものが発達して高度化巨大化した時代に、中原と辺境に挟まれて逃げ場が無く消えた

265: 世界@名無史さん 2011/12/05(月) 18:32:39.41 0
>>264
高句麗が消えたって言うなら、渤海だって消えたんじゃないの。

270: 世界@名無史さん 2011/12/09(金) 22:23:38.56 0
朝鮮とその周辺の歴史地図を見ると

・新羅の国境が大同江~清川江に北上している

・時代によって渤海が現在の平安道に当たる西部領土を失っている
(なお唐は平安堂全域または平安北道に当たる地域を支配)

・渤海の最初の首都は現在の黒竜江省

・渤海の首都は現在の咸鏡北道の清津市に移転するが咸鏡道の大部分は歴史的に満州の影響が強く朝鮮の文化圏に入ったのは李朝時代

という事を考えると
朝鮮よりも満州の歴史と考えた方がしっくり来るな
仮に渤海が西部領土を滅亡まで維持してきたなら朝鮮史の一部とも考えられるが沿海州も元々満州の一部でロシアに分捕られた地域だし

さすがに渤海=朝鮮史にするのは無理があると思う

今の国で言うなら現在のポーランド国土の大部分はドイツ・オーストリア領だったけどポーランドの歴史をドイツ史にするようなものだし

仮に李朝が咸鏡道の大部分を併合してなかったら
渤海=自国の歴史なんて考えは生まれなかった気がする

298: 世界@名無史さん 2012/03/12(月) 02:01:51.16 0
アメリカみたいに「地域研究」にしちまえばどうだろう
満州地域史なら問題ないだろ
ほとんど内容が中国史扱いだったとしても

299: 世界@名無史さん 2012/03/12(月) 18:42:58.24 0
日本でも中国でもそんな感じじゃないっけ?
征服王朝の清を建てた女真族的な者の歴史、の枠内で書かれてたような
まあ先住民絶滅させちゃった米国と違って中国の場合は地域より民族で分けてるけど

310: 世界@名無史さん 2012/04/09(月) 21:12:06.01 0
スレを眺めてみたけど、俺と似た見解を持つ人があんまりいないなあ。

地政学的意味での「朝鮮」なる民族の括りが形成されたのは、最も遡っても「西暦676年」だと思うんだよね。
それ以前は、朝鮮半島は、北の「亜寒帯大陸勢力」と、南の「亜熱帯島嶼(海洋)勢力」の草刈り場だった。
いうまでもなく、前者が高句麗、後者が倭国となる。
気候的にも地政学的にも、朝鮮半島はこの遷移地帯となり、独自のエスニシティを形成しづらい。
広開土王碑の記述も、記紀の記述も、普通に読めば、この「倭国vs高句麗の南北戦争」を明確に描写している。
これは、一種の文明間戦争で、倭国は南朝鮮では元気だが、北上するとどんどん力を失う。
高句麗は逆に、南部に達すると進軍が鈍る。どちらも、故郷とあまりにも風土が違うから。
この草刈り場に、高句麗が建てて管理人を置いた倉庫を、倭国が乗っ取ったのが百済。
草刈り場に倭国が建てた無人倉庫に、どこからともなくやってきた流民が居着いてしまったのが新羅。

この「南北の草刈り場」に我慢ならなくなった現地民が、南北に対抗するため、「西の中華に全面事大して、南北双方に対立するエスニシティを確立する」という行為を行ったのが、7世紀の新羅。
これにより、草刈り場の真ん中に、新しい民族領域が確立した。ここに朝鮮なる民族概念が始まる。

すでに、大韓3国=新羅&百済&高句麗、という韓国人の発想がそもそも間違いで、これは中国史書や大和朝廷の伝統的な理解である「三韓」のほうが正確。ただしこれは草刈り場の名称。

315: 世界@名無史さん 2012/04/11(水) 00:41:46.39 0
>>310続き。
この事実は、「朝鮮」という民族集団の定義と存立の条件そのものであって、現代史にまで繋がる問題となる。
朝鮮とは、
1、黄海の西に存在する中華に事大することにより、
2、北の満州と南の日本の双方を排斥して、地理上の朝鮮半島に確保される民族集団
というのが、定義そのものになる。
この定義を満たさない状態の場合、朝鮮(大韓)というエスニックグループ自体が、存在できなくなる。
A まず、「西の中華」に「事大しない」状態では、存立すべき領域を地政学的に確保維持出来ない。
B 事大したくても、「西に中華帝国がない、または劇弱な」状態だと大変に困る。
頼るべき西の中華がおらず、早晩南北勢の草刈り場に戻ってしまうからだ。
C また、中華が西に独立して存在せず、排除すべき南または北の勢力と一体化した状態でも存亡の危機に立つ。
南と一体化した例は無いが、北と一体化した例は歴史上2回ある(元と清)
朝鮮史を見れば、この事実は一目瞭然だと思う。

319: 世界@名無史さん 2012/04/14(土) 15:20:29.93 0
>>315
元は違うんではないのか?
支那の中華思想史観では「蒙古人から支那の皇帝が出た」だけれど、当事者的には(遊牧民世界観)では、支那はモンゴルの属領になった、蒙古本国を治める大ハーンの荘園の1つが支那、ということで、高麗もそういう属領の1つ。

320: 世界@名無史さん 2012/04/14(土) 16:03:54.53 0
元も完全に一緒だね。
元朝の首都はカラコルムではなく大都
冊封を受けて属国になった前後の宋代高麗や明代朝鮮と違い
元代半島が完全な直接支配地になった点は違う

323: 世界@名無史さん 2012/04/14(土) 18:15:26.32 0
>>320
カラコルムが本国首都
カンバリク(大都)が属領カタイの首都だよ。

321: 世界@名無史さん 2012/04/14(土) 16:21:48.02 O
元と高麗は別国。
税の徴収も別。
軍も別。

323: 世界@名無史さん 2012/04/14(土) 18:15:26.32 0
>>321
本国でなくて、属領で、在来の統治機構を利用したものだな。
モンゴル帝国は封建制だし。

322: 世界@名無史さん 2012/04/14(土) 16:34:24.57 0
税の徴収は一緒だよ、元領半島の徴税分は元朝廷の国庫に収められた。
軍も当然一緒、元領半島には元軍が駐留していた。

324: 世界@名無史さん 2012/04/14(土) 22:18:56.04 0
大元大蒙古国征東行省高麗国

325: 世界@名無史さん 2012/04/15(日) 00:18:49.97 0
大元大蒙古国征東行省、ここで終わり。(旧高麗国)が注釈に付くかな?
集史にも、高麗王は居るが彼は何も支配していない、とある。

327: 世界@名無史さん 2012/04/15(日) 01:50:14.15 0
何も支配してない状態から元が傾いたとたんに支配を取り戻すとは中々のやり手か

328: 世界@名無史さん 2012/04/15(日) 02:51:05.49 0
夫余とか高句麗とか百済は意地張って滅びたのになんだかんだで新羅以来生き延びてきた連中だしな。この場合はモンゴルの支配がざるざるってのもあるけど
てか渤海と何の関係も無いねw

373: 世界@名無史さん 2012/05/04(金) 16:33:24.44 0
粛慎→ユウ婁→勿吉→靺鞨→渤海→女真

374: 世界@名無史さん 2012/05/04(金) 18:31:26.56 0
粛慎→ユウ婁→勿吉→靺鞨→女真
じゃないか?      └→渤海

376: 世界@名無史さん 2012/05/04(金) 22:06:46.01 0
あと、靺鞨か渤海あたりが現在の朝鮮人につながる。

387: 世界@名無史さん 2013/09/13(金) 23:21:44.52 0
>>376
厳密にいえば

粟末靺鞨→女真→李朝じゃないかな?

377: 世界@名無史さん 2012/05/05(土) 01:48:12.46 0
李氏朝鮮の王と貴族が女真人だから
一般人民も文化的な影響を受けただろうが、直接的な繋がりは無いだろ

388: 世界@名無史さん 2013/09/17(火) 20:25:37.78 0
李朝は女真の征服王朝だけど
支配民族が圧倒的少数だからDNA的にはあまり関係無いんじゃないの
朝鮮民主主義人民共和国はともかく南韓は特に

391: 世界@名無史さん 2013/09/19(木) 20:08:35.67 0
渤海は旧高句麗の制度や軍政を元に構築してるし
高句麗遺臣が多く参加してるけど大祚栄自身は靺鞨人みたい
言語が高句麗語だったのか靺鞨語だったのかはわからない
ただ日本に来た渤海の使者は高麗人を名乗って高句麗の後継国家を自称してた

393: 世界@名無史さん 2013/09/19(木) 21:00:35.02 0
>大祚栄自身は靺鞨人みたい

高句麗遺臣じゃないんですか?

394: 世界@名無史さん 2013/09/19(木) 21:41:23.47 0
>>393
どっちなんだろーね
中国側は靺鞨人って認識みたい
高麗の言い分だと高句麗遺臣だね

395: 世界@名無史さん 2013/09/19(木) 22:46:44.16 0
旧唐書が「渤海靺鞨の大祚栄、本は高麗(高句麗)の別種なり」
新唐書が「本来高麗(高句麗)に付いていた粟末靺鞨の者で、姓は大氏」
か、いちおう高句麗側で靺鞨であるとの認識ではあるようだ
当時の中国から見てもスパっと分かり辛いのかもしれん
高句麗も渤海も文に漢語を使う多民族国家のようだし

396: 世界@名無史さん 2013/09/20(金) 02:59:18.10 0
渤海は公用語が漢語だったが後期になって靺鞨語に変えようとしたみたいだな。

高句麗は概ねワイ貊の単一民族と思う、漢人は多数居ただろうが
高度技能者としてだから、多民族国家という程居たわけでは無さそう

397: 世界@名無史さん 2013/09/20(金) 15:29:52.99 0
高句麗が朝鮮の政権か中国の地方政権かはなかなか難しいよな。どっちとも取れそう

朝鮮三国志に組み込まれているけど、中国からの干渉も受けてるしなぁ

引用元: ・【朝鮮民族の王朝?】渤海【中国の地方政権?】



渤海国 (講談社学術文庫)
上田 雄
講談社
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