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1: 日本@名無史さん 2007/02/20(火) 02:21:45
ここは、日本史上の学者について語りましょう。

ジャンルは問いませんが、業績やその人となりその他諸々。
学問を探求するとは、かくあるべし? かくはあるべからず?
先人たちに思いを馳せつつ、今の日本史の現状を憂えるのもありです。
それでは、どうぞ!








2: 日本@名無史さん 2007/02/20(火) 02:24:28
新井白石とか?

3: 名無し募集中。。。 2007/02/20(火) 06:53:24
貝原益軒先生とか?

8: 日本@名無史さん 2007/02/21(水) 23:24:20
井沢元彦が逆説の日本史書いてるが、新井白石をえらく持ち上げている。
学者が政治すると、ろくでもない。

9: 山野野衾 ◆CXSSL1llHI 2007/02/21(水) 23:25:55
>学者が政治すると、ろくでもない。

水戸とか、保科とか、池田のことですか。

10: 日本@名無史さん 2007/02/22(木) 00:05:29
荻生租徠については、いくつかエピソードがある。
弟子に、
「こんにちの学者の中で博識と申すはどなたですか?」
と問われ
「第一貝原益軒、第二新井白石、第三伊藤東涯」「では先生は…?」
「なかなかどうして及ばぬわ。自分とは同日の断ではない」
と。

それから、赤穂浪士処分につき
「あくまでも法をもって処分すべしと申し上げております。法は天下の大綱。法を一日廃すれば、ご政道は成り立ちませぬ。
断々乎として、切腹申しつけるべきと考えまする」
「大学どのは、それがしを血も涙もない法制論者のように思うておられるかもしれませぬが、我とて、赤穂のものどもを惜しむ心は同じでござる…
彼らの忠誠心を惜しめばこそでござる。彼らも人の子。いたづらに生き長らえて生き恥を晒すよりは、美しい華は美しく散ってこその、華ではござらぬか」
「推し見て余りある忠義のものどもなれど、あの日の雪のごとき純白の忠誠心を、世俗の垢に汚しとうはない。
いまここで、法に従い命を捨ててこそ、彼らの忠誠心は未来永劫、絶えることなく永久に、この国の人々に語り継がれてゆくことでござりましょう…大学どのは、そうはお思いになりませぬか?」

15: 名無し募集中。。。 2007/02/22(木) 04:53:05
>>10
益軒先生マジで物知りですよね
一日二十時間以上勉強しとったんじゃないかってくらいに

17: 10 2007/02/22(木) 14:36:02
>>15
 荻生先生と新井先生についてはある程度知ってるつもりですが、益軒先生の凄みはどの辺にあると感じましたか?

54: 名無し募集中。。。 2007/03/14(水) 06:24:20
>>17
なんといっても一人の人間とは思えないくらいの博覧強記な点です
儒学はもちろん医学・農学・地理・歴史・語源・教育・道徳・生活の知恵etc…と実にさまざまな事に一家言を持っています

また70歳で隠居した後になっても老け込むどころか85歳で亡くなるまでますます盛んに著述に励んでいたことも凄みと言えるでしょう

20: 日本@名無史さん 2007/02/24(土) 23:00:55
>>17
俺が益軒先生に感心したのは、朱子の理気説の根本矛盾を指摘したこと。
俺自身、益軒先生の原文を未読なのでこれ以上言えないのが悔しいが、新日本出版「近世思想史」で、
「朱子の理気説が実は禅宗の影響を強く受けている!」
と、益軒先生が指摘したと書かれていた。
前掲書は上下各500ページぐらいある大著だが、白石、益軒、契沖といった、そうそうたる顔ぶれに言及していて面白い。500ページあるとはいっても、各50ページぐらいの論考を集成したもの。
たぶん図書館にあるので、その益軒・白石先生の章だけでも読んでちょ(^^;

岩波文庫も、益軒先生や会沢正志斎『新論』なんかを刊行すべきよ。
本居の自説著や平田篤胤なんかより、よっぽど学問に寄与すると思うのだが。。。

21: 日本@名無史さん 2007/02/25(日) 15:52:44
日本史上の学者って、どうしても儒者系になってしまうね。

22: 日本@名無史さん 2007/02/25(日) 16:22:34

時代や価値観が変わっても、あまり評価に変動がないのが本草学者・博物学者

23: 日本@名無史さん 2007/02/25(日) 19:31:37
そうだと思う。

けれど、自然科学系は、新発見やレベルの上昇で、業績の絶対的価値は次第に減少していく。

24: 日本@名無史さん 2007/02/26(月) 00:23:34
うむむ、、江戸時代以前はどうしても漢学の力が絶大だったから。
江戸時代の学者って、1.漢学、2.国学、3.蘭学、みたいな分け方するしね。しかも、ほぼ全員が何らかの形で中国学問の影響を受けているから、どうしても「漢文読めないと、、」みたいな面がある。

思想は特にそうだね。中国哲学に知識ゼロの人だと理解しようがないからね。そうすると、江戸時代の学問研究、以前に古代中国哲学の基礎を、、となる。これでけんことには、儒者はおろか、会沢正志斎や本居宣長も「読解」不能だろ。これプラス、仏教の知識もある程度ないと、北畠親房の『正統記』だって読む以前だもの。

これ、欧米学問が輸入されるようになってからも根本的には変化ないが、日本はやっぱ借用学問の国だからね。学問とか技術は「世界水準」で争われるものであって、どこのオリジナルかは二次的な問題に過ぎないから。

自然科学だと、吉宗将軍の命じた博物学の研究とかぐらいかな、今も価値あるの。漢方とか、今でも研究価値大と思うんだがダメかな? 医薬品開発とかに。中国は当然(台湾もそうかな?)漢方医学を研究しているし、韓国でも「韓医学」(←こういう呼び方するのが韓国人だなぁw)学部がある。日本も、そういう方面を考えてみる価値あると思うよ。だって漢方医学の水準では世界2位か3位の国だったわけだろ?

25: 日本@名無史さん 2007/02/28(水) 00:17:59
日本史で「学問」が分野として出来たのっていつからですか?

27: 日本@名無史さん 2007/02/28(水) 08:05:57
>>25
一応明治時代。もっともその頃の研究の主眼は日本が他の劣等アジア床となり近代化できたのかという事だったけどな。封建制を「発見」し、西洋のフューダリズムと同一視したこととかね。
最も、戦前はいろいろと制約やタブーがあったけど。
現代の史料を基に実証的に検証するスタイルは戦後に広まって定着した。

29: 日本@名無史さん 2007/03/03(土) 14:59:32
>>27
それって「ランケ」の影響でしょうか?
歴史を学問として考えたときに、そうなるのでしょう。
歴史が学問の範疇で収まるかは別として。

日本史板を見ていると、その範疇の内外で争っているような気がしますね。

32: 日本@名無史さん 2007/03/03(土) 17:11:25
>>27
学問なんぞ所詮は政治の道具に過ぎんのだよ。
もっとも大事な道具だけど。

やっぱり現代は制約というものはほとんどないかもしれないけど、何を重視するかはそうとう時代に影響されるよね。

34: 日本@名無史さん 2007/03/03(土) 18:55:19
>>32
学問へと至る「教育」は、モロ国家政策の延長であると同時に、現代でも制約がある。
時代の影響も大きく受ける。

28: 日本@名無史さん 2007/02/28(水) 12:17:39
そうさのお、太宰春台先生は?
荻生租徠の高弟で、「経済」という語を創案した人でもある。(経済:経世+済民の略)

日本人が作った漢語は数知れないが、おそらく最高傑作に属する「経済」。岡田英弘も、どうでもいいレベルの和製漢語を「ジャパナイゼーション」と誇示するより、春台先生の爪の垢でも煎じて飲んでほしいものじゃのw

30: 日本@名無史さん 2007/03/03(土) 15:02:14
>>28
あ、そうなんですか。私は「経済」って熟語は森鴎外がドイツ語のイコノミーを翻訳する際に経世済民から造語したものと思っていました。

31: 28 2007/03/03(土) 15:34:09
>>30
いや、太宰春台が最初ですよ。
「経済録」という著作もあるから。
数字に弱かった鴎外先生が「経済」なんて概念を把握できたかなぁ?w

33: 日本@名無史さん 2007/03/03(土) 18:52:37
>>31
どうも有難うございます。誰かの妄言を信じてしまっていました。
ちなみに「自由」という言葉を創造したのは西周であってますか?

35: 28 2007/03/04(日) 06:05:37
>>33 
「自由」という語自体は古典にもあるので、そこに欧米の LIBERAL の概念を付け加えたのが西周ということではないでしょうか?
「自然」も古典に登場します。
「人間」も、もともと仏教語で「六道の一」人間道(>>0に由来します。明治の学者さんの字への造詣は凄い(!)です。

>>>0仏教では世界を6分して、下から順に無間道、餓鬼道、畜生道、修羅道、人間道、天道/天上道という。下が最も苦しい。

47: 日本@名無史さん 2007/03/05(月) 22:39:42
>>33
明治以前の「自由」は「自分勝手に」と言う意味だった
たしか「liberty」を「自由」と訳したのは似非啓蒙主義者の福沢諭吉

36: 日本@名無史さん 2007/03/04(日) 06:43:11
「平等」も仏教用語だね。
これはまだ意味が近いからいいけど、仏教用語の「知識」を「information」と思ったら誤解するね。
特に、「God」を「神」と訳した奴だけは許せん。

38: 28 2007/03/04(日) 16:42:07
>>36
「神」という字の意味を「どう捉えるか」って点で日本人と中国人に差があるからw
中国語で「神」って字は、精神みたいなニュアンスある場合が多くて、(古代?)中国人の世界観に由来するもんだと思う。これは「命」とも同次元の問題だと思う。
普通、中国人は「神」「命」単独で使わないから(性命、救命などで使う)。
「知識」もね~、「知事」と同じで中国人の用法がそのまま入ってきてるんだ。
だから字面だけ見ても、なぜその意味になるのかは説明が難しい。。。(・ω・)ポ

44: 日本@名無史さん 2007/03/05(月) 01:27:31
>>38
>「神」という字の意味を「どう捉えるか」って点で日本人と中国人に差があるからw
>中国語で「神」って字は、精神みたいなニュアンスある場合が多くて、
(古代?)中国人の世界観に由来するもんだと思う

言いたいことは十分わかるんだけど、「God」まで「神」と訳しちゃったおかげで、漢字本来の概念と日本で発達した「カミ」の概念に、一神教の「God」の概念まで加わってしまい、それが混然となってしまってる現状に不満なわけ。

多分、「God」の中国語訳は「天主」だったと思うが、日本の「神」みたいに和漢洋の概念が同時に詰まってると、三種類の概念の区別が一つも理解でき無くなり易くて、説明するのもめんどい。

45: 28 2007/03/05(月) 08:57:36
>>44
まず、「神さまは一人しかいない」という考え方自体が日本人に普及してない。
そうでないと、氏神さまも拝めないし、八幡さまとお伊勢さんもw
だから、ユダヤ系の宗教の神さま概念を日本に適用するのは不可能。
でも、英語・ラテン系諸語にも「女神」を表す語はあるんだ(英語ではGoddess)。
だから、「God/Deus/Dios」も本来は「多神教の神さま」を表す語だったのが、
キリスト教の普及によって、ユダヤ人の神さま=唯一神、を表す語になった。

混乱するのは、もともと文化的に遠い世界の概念をむりやり訳したからです。
今は昔と違って多文化並立主義の時代です。
19世紀の欧米人は、本気で(!)キリスト教が最も優れた宗教で、
全世界がキリスト教になってゆく、、、と信じていたけどw

37: 日本@名無史さん 2007/03/04(日) 09:20:09
みなさん、どうも有り難うございます。
私は創造されたと思っていたのが、実は従来の言葉を如何に使うか、ということだったと。
やはり、明治時代は日本の学問が西洋の学問と出会った時期で、その擦り合わせがあったのかも知れませんね。
今と違うのは、情報や人材が限られているので、広く検討がされていないということでしょうか。

ただ、一種の共鳴現象であって、本質を擦り合せていない部分から来る誤解はあるのでしょう。
昨今は、横文字がそのまま入ってきて、やたらとそのまま使われていますが。

39: 28 2007/03/04(日) 16:57:37
>>37
>昨今は、横文字がそのまま入ってきて、やたらとそのまま使われていますが。

これに対しての、私的一考ですが、「英語の地位が飛躍的に上昇した」からだと思います。
戦前は今ほど「英語一辺倒」ではなかったんですよね。
国民の90%以上は小学校しか行ってないので、ローマ字を知らなかった公算も大、
インテリは必ずしも英語を学んでいたのではなく、陸軍幼年学校などでは独仏露が重視されてた。

学校制度が充実する前は、各個いろいろな外語を学んでいました。
横須賀製鉄所ではフランス人技師を招聘していた関係で、フランス語教育から過程が始まっていた。
今に比べると、フランス語とドイツ語の地位が非常に高かったわけです。

では本題に。たとえば「集中」に該当する語の表記・発音は

英)concentration、コンセントレイション
フ)concentration、コンサントラシオン
ド)Koncentration、コンツェントラツィオン

となります。語源が同じで、意味も用法も全く同じ。でも発音はこれだけ違う。
英語「objectオブジェクト」はフランス語で「objetオブジェ」。
意味は変わりません。「デルマ=ダーマト」と同じ理屈。
とすると、こういう語を「紙に書く」時、カタカナで音を拾って転写するより、
ローマ字をそのまま書いてしまうか(音写。森鴎外は多用しています)、
漢字に翻訳してしまったほうが解り易かったのでしょう。

第一、戦前は音写の表記基準が定まっていなかった。
森鴎外は、Goetheを「ギョオテ」と書いていた。
「ソビエト」という語は、ソベート・サベート・ソヴェトなどが並立していた。
何語でも、日本語にない音を表記する方法が不安定だったのです。
しかも、外来語が英独仏から大量に入って来るとなると、音写だけでは大変だったのでしょう。

51: 28 2007/03/07(水) 14:29:23
「上げ」ついでまでにw。>>39で書いたことの繰り返しになってしまいますが、最近ちょっとフランスの戦後哲学(社会学?)に関心あって、訳書をちょこちょこ読んでるんですが、ピエール・ブルデューの用語「DISTINCTION」がそのまんま「ディスタンクシオン」と書かれているのを見ると、どうしても「そのまんまローマ字で書けば?」と思ってしまいますね。微妙なニュアンス差を度外視すれば、英語でも同じ語義だものね。こういう訳語の問題って、どうしてもありますね。日本語に入ってきている漢語由来の語彙の問題も考えてしまいます。なまじ漢字で書かれているために、日本では中国語ってそのまま入れてしまうんだよね。

たとえば「白話」と「俗語」を見てみます。
白話とは中国語で「話されることば」の義、文言=文語に対置される語。30年ぐらい前までは、俗語、と訳されていました。この白話=俗語が何故重要かというと、白話で書かれた本も大量にあるからです。水滸伝が最も有名でしょう。平凡社百科事典には「俗語で書かれ」た小説とあります。
この「俗」という字の感覚も、日本と中国でズレがありますね。中国では、俗=高度な教養人ではない一般~中級知識人のもの、ぐらいの意味でしょう。
これに対するのが「雅」。貴族や高級知識人の文化をいいます。ですから、「通俗小説」=さほど教養のない人でも分かる小説、「俗語」=文言でないことば、つまり白話という意味になり、そんなにネガティブな語感はない(と思う)のですが、これが日本に入ると、通俗=低レベル、俗語=汚い語、みたいな感じで捉えられちゃう。高島俊夫さんは吉川幸次郎先生の『水滸伝』訳を批判してらして、

「水滸伝は俗語だ。古典の研究に生きてきた吉川氏には卑俗なものだろう。
「でも、口語体の中国語としては最高の名文なんだ。この辺を誤解している!

と書いてましたね(『日本人と水滸伝』ちくま文庫が去年出ました)。
吉川先生でさえ誤解することを考えると、意外と間違いだらけの漢語を使っているかも知れません。

55: 日本@名無史さん 2007/03/15(木) 01:18:05
博学な人って長寿?

56: 28 2007/03/16(金) 00:55:00
>>55
雨森芳洲という学者も享年85だったかな?
水戸学の大家、会沢正志斎もたしか80ぐらい。
徳富蘇峰も90以上(中曽根康弘首相は会ったこともあるとか!)。

学者でも短命・薄幸な方は多くいますが、偉い学者ほど最晩年まで頭脳労働できるようです。
皆さん、頑張って頭を使いきるような人生を送ろう(ははは)

72: 日本@名無史さん 2007/05/22(火) 01:27:18
朱子学者とか、昔の学者って何か意味があるかな?

73: 日本@名無史さん 2007/06/16(土) 12:46:28
ない。現代は自然科学者以外は学者ではなく、昔の学者はほとんどがトンデモ。

79: 日本@名無史さん 2007/07/10(火) 01:19:21
>>73
自然科学者だけじゃなくて、たとえば国学者が発見した古文の法則は、現代に多大な功績を残している。

91: 日本@名無史さん 2007/10/16(火) 16:03:30
塙保己一

盲人なのに、どうやって、近世最大の叢書である「群書類従」が編纂できたのか不思議。
7歳で失明したのだから、書物なんてほとんど読んだ体験がないはずでは。

92: 日本@名無史さん 2007/10/16(火) 16:24:25
聴力 記憶力 

93: 日本@名無史さん 2007/10/16(火) 17:22:00
>91
記憶力は並外れていたようだ
賀茂真淵に入門したりもしている
水戸藩主や幕府の庇護もうけたようだね
http://www.onkogakkai.com/hanawa_life.htm

95: 日本@名無史さん 2007/11/20(火) 17:38:57
古文辞学派の荻生については、父が赦免を受けた元罪人で金がなく食べ物買えないものだから、近くの豆腐屋からオカラを分けてもらっていたそうだな

96: 日本@名無史さん 2007/11/20(火) 18:34:19
徂徠は柳沢家に仕官したあとも豆腐屋には盆暮の挨拶は欠かさず店にもたまに行っていたみたいだ

108: 武陽隠士 ◆UCfK2Lx59s 2008/03/18(火) 23:19:27
高野長英、 間宮林蔵。
誰も挙げていないし絶対挙げない二人だ。

109: 日本@名無史さん 2008/03/25(火) 21:48:04
>>108
そのふたりを何故挙げるかは歴史難民板の逆説スレを読んだから大体理解できるけど、長英はともかく間宮林蔵は学者じゃないやん?

110: 武陽隠士 ◆UCfK2Lx59s 2008/03/25(火) 22:07:37
>>109
たぶんそういう反駁が来るとは思ってた。
「実学者」だよ間宮。
伊能門下だしさ。
アカデミーが整ってる近現代なら地理学博士号授与されること間違いなしね。

111: 日本@名無史さん 2008/03/25(火) 23:56:09
まあ地理学や探検などは朱子学や国学とは趣が全然違うのは認めるけどね。
ただし、間宮林蔵は知識や教養は持っていただろうが、やはり本職はプロの隠密なのでは?

112: 武陽隠士 ◆UCfK2Lx59s 2008/03/26(水) 00:07:59
>>111
間宮は元々農民。別に隠密の家柄じゃない。
子供の時から計数に明るかったら身上がり出来た。
間宮の業績を単純によく見直して。基本書も参照のこと。
洞の書いた人物叢書は問題多いが、取りあえず入手しやすいから読んでちょうだい。
君の見方は偏ってるよ。
隠密は間宮の一面。まあ探検は隠密に重なるんだけどさ。
君のレスには何かめちゃくちゃガッカリした。
別に隠密を差別する気はないが。
しかし間宮が測量術に掛けた情熱とか知らない発言には疲労させられたよ。
君のは紳士的なレスで悪意はないのは分かるんだが。

113: 武陽隠士 ◆UCfK2Lx59s 2008/03/26(水) 00:25:36
日本で虜囚になったゴロヴニンは間宮に会見したんだけどその間宮を手記中で「これは日本の首都から派遣されて来た測量家で、天文学者の間宮林蔵と名乗る男であった」云々。

114: 武陽隠士 ◆UCfK2Lx59s 2008/03/26(水) 00:41:41
“…すると間宮はむっとして、「日本人は戦争にかけてはいかなる外国にも負けない」と強弁するのであった。
この男は我々の目前で日本の戦術を自慢して、我々を威嚇した最初の日本人であったことを特記して置かねばならぬ。”
ゴロヴニン『日本幽囚記』より

115: 日本@名無史さん 2008/03/29(土) 06:57:37
間宮林蔵が出てくるのなら、伊能忠敬と行きたいところだがw
ただその趣は全然違う。伊能は醤油業者の楽隠居が趣味で勉強を始め、測量もどちらかといえば弟子を引き連れてのイベントみたいな感じ。

間宮は北方の厳しい環境でほぼ単身で半ば現地偵察を兼ねた探検行。間宮が本格的に隠密になったのは、この一連の活動をレザノフとの交渉で能吏として認められていた遠山景晋(遠山金四郎の父)に見出されてから。

116: 武陽隠士 ◆UCfK2Lx59s 2008/03/30(日) 01:14:23
>>115
間宮は技官だな。
間宮の有名な肖像画よくごらん。
手にしてるものは武器ではない。
ただ晩年の間宮は武具収集が趣味。
ロシアとの実戦も経験してるし、肉体的にも強壮だったんだろう。

118: 日本@名無史さん 2008/04/12(土) 12:08:14
>>115
それは分からなくもないが、伊能忠敬の測量はある意味宣伝活動もある。
それは、国防は国境や海岸線を調べることが基本で、また当時の日本はそれを意識しなければならないという事情があり、それを広める必要があった。
間宮林蔵がさかんに出てくるが、彼の行動もとても重要なものだ。だが、間宮の行動範囲である北方は多くの人が住んでいないので広報的効果は少なかった。
違いはそれ。重要度はどちらも同じというか、地勢的には間宮がより重要ではあるが、幕府としては国防意識は全国的な視野があった。

ただし。
幕府という政権はいつもそうなんだが、全国を完全に支配している訳ではない。
だから、国防が問題になると必ずそこが問題になる。
全国がさまざまに領地が分かれていて、一律の対応が難しい。

144: 武陽隠士 ◆UCfK2Lx59s 2008/04/21(月) 22:58:08
地理学での世界的なレベルの素晴らしい業績。
当時の外国人には間宮は学者として最大限に評価されてる。
江戸時代に世界的なレベルの学者など他にはいない。
和算etc.を出して、「いたじゃないか」という反駁が来そうだが、世界の学界の関知するところ業績ではない。
現代的な意味での学者には、和算etc.の実学者及び儒者国学者連中よりも間宮にふさわしい(いわゆれ学界での評価と、儒教的朱子学的な訓古学とは違う学問という意味で現代的。つまり人文科学)。
本人も学者としてゴロヴニンの尋問に臨んでいる気配が濃い。
間宮が隠密だったというのは事実だが、始めから隠密だった訳ではない。
あの「探検」は地理学の知見(測量術)がない人間には勤まらない。
もちろん気迫体力も常人以上のものが必要だろう。
最上徳内、近藤重蔵などは探検はしたが隠密ではないことを想起されたし(身分断然間宮が下だが…)。


145: 武陽隠士 ◆UCfK2Lx59s 2008/04/21(月) 23:13:54
しつこいが遠山と間宮は関係ない。
間宮を抜擢したのは勘定奉行の遠山の同僚で同じ勘定奉行だった村垣淡路守。
村垣は松前奉行だったときに、ロシアとの争闘における間宮の活躍を認めて、間宮の樺太探検の希望を認めた。
ちなみに村垣淡路守は御庭番の家系。
村垣自身、幕政の諜報部門を担当していた。
間宮の隠密化は実は、村垣淡路守のせいと言える。
もちろん間宮本人の性向も隠密向きだったのろうが。

162: 日本@名無史さん 2008/05/06(火) 19:02:29
地理学というのは19世紀頃までは重要な学問だったと思う。
でももうその全盛期は過ぎただろう。学問的使命を終えたのでは?

186: 日本@名無史さん 2008/07/22(火) 03:08:22
土井大炊頭利位も学者でOK?

187: 日本@名無史さん 2008/07/22(火) 12:34:05
雪の研究した人だっけ?

188: 日本@名無史さん 2008/07/22(火) 12:53:40
雪花紋の殿様だね
古河の街に雪華紋をよく見かける

189: 日本@名無史さん 2008/07/22(火) 14:05:38
たしか日本で初めて雪の結晶を観察した人

190: 日本@名無史さん 2008/07/23(水) 03:42:22
学者っていうか従四位侍従の殿様だから家来がいたれりつくせりでやってくれたんだろうな…雪かき集めて

191: 日本@名無史さん 2008/07/25(金) 00:37:19
鷹見泉石て優秀なプレーンがいたからな
老中としても忙しかったみたいだし

193: 日本@名無史さん 2008/07/25(金) 19:48:24
プレーン?
鷹見泉石って華山画の写実的な侍烏帽子・素襖姿の肖像画がかっこいいよね!

194: 日本@名無史さん 2008/07/27(日) 14:24:09
ごめんブレーンの間違いだったww

引用元: ・歴史上の学者について語ろう


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