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1: 1 2007/12/15(土) 04:22:23 ID:qucs5aCX
プリーズ
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472: 名無し三等兵 2008/02/27(水) 00:55:54 ID:???
アントニウスは戦術レベルの能力は十分だけど
戦略を考える能力はない

473: 名無し三等兵 2008/02/29(金) 01:34:09 ID:???
キケロに女好き、酒好きの剣闘士並のアホってさんざんに書かれてたからなあ、そう書かれるエピソードを入れたかったんだろう。アントニウスもキケロ殺した時、首だけでなく手も持ってくる様に言ったらしいから憎んでたんだろうな。

479: 名無し三等兵 2008/05/09(金) 13:50:58 ID:???
ローマ人の物語で褒め称えられているローマ人気質ってのはどっから来たんだろう。

480: 名無し三等兵 2008/05/11(日) 01:42:32 ID:???
>>479
対カルタゴで散々に負けても、しみじみ負けても挫けなかったところ。

481: 名無し三等兵 2008/05/11(日) 09:08:50 ID:???
それがどこから来たか聞いてるんだと思いますが・・・・

483: 名無し三等兵 2008/05/12(月) 14:27:30 ID:???
>>481
多分、共和制。

素人が後ろにいて国民向けにいい格好しいの命令出していたから、敗将の首を切って新しい軍隊を送り込むなんていう、グダグダがいつまでも続けられたんだと思う。

王政の国だと、王様が戦争の戦闘に立っていたわけで、彼が負けたり戦死したりすると、国内で後継者争いになったりするでしょ。
そうなると戦争を継続できないわけ。

498: 名無し三等兵 2008/05/24(土) 00:36:17 ID:nQMWD+uq
>>483
ローマは敗軍の将の首は切らないよ
生かしといて生き恥さらそうって思想の国だからw


499: 名無し三等兵 2008/05/24(土) 05:58:58 ID:???
>>498
凱旋パレードの後、神へ生贄にされてただろ
少なくとも共和制までそうだった筈

501: 名無し三等兵 2008/05/25(日) 19:36:25 ID:???
ええ、敗戦の将でも何年か後普通にコンスル再選されてたような

502: 名無し三等兵 2008/05/26(月) 16:45:01 ID:???
話が噛み合ってないぞ。カエサルと小カトーの会話みたいだ。w

503: 名無し三等兵 2008/05/27(火) 00:37:31 ID:???
というか凱旋って敗者の将でもやったのか

504: 名無し三等兵 2008/05/27(火) 08:20:12 ID:???
>>499だけど
>>503
敗者の将=敵将で話してた、道理で話が噛み合わない筈、失礼した

485: 名無し三等兵 2008/05/12(月) 16:01:50 ID:???
最初期のローマって敗将の首切ってたのか

486: 名無し三等兵 2008/05/12(月) 18:17:54 ID:???
切ってないだろ?指揮官=執政官だぞ?

487: 名無し三等兵 2008/05/12(月) 19:09:44 ID:???
軍団の指揮は執政官か執政官経験者しかできなかった
(スキピオ・アフリカヌスが最初の例外)
だから政治のトップが先頭に立って何人も死んでるぞ

ありがちな答えで済まないが、市民兵だからだろう
フランス革命の時もフランスは世界中を相手に戦争をやりながら決して挫けなかった
と言うか他の国なら崩壊するほどの大量の軍隊を動員できた
経済発展を優先して傭兵に戦いを任せてるとこうはいかない

ってニッコロ君が言ってた

488: 名無し三等兵 2008/05/13(火) 00:33:22 ID:???
敗死と敗将に責を負わせて殺すのは全然違うだろ

フランスはすでに大国(人口が多い)だったからナショナリズムと徴兵制で兵を補えたが
ローマも小さいころならむしろ兵力不足で困りそうだ」
あとギリシャも市民兵だろ

492: 名無し三等兵 2008/05/13(火) 02:30:19 ID:???
>>488
いや、動員数より士気の問題ね
市民兵は傭兵に比べて非常に士気が高い
ギリシャもアテネやスパルタがブイブイ言わせてた頃は強かった

もっともそのローマをフルボッコにしたハンニバルの軍は傭兵メインだったから
傭兵が常に弱いってわけでもない
共和制と市民兵というシステムがうまくマッチしてたってことじゃないかな
帝政になった後も建前上は市民兵だけど、実際は職業軍人化していったしね

489: 名無し三等兵 2008/05/13(火) 01:14:21 ID:???
平民と貴族の抗争が200年も続いたのとケルト人に一度ボッコボッコにやられたのが原因だろう。最高指揮官(執政官)の責任を問うと両派の抗争原因になって内戦になりかねない。そして国内が分裂すると外敵に負ける。これをローマ人が学んだからだろう。ローマ市民になると一生に5回は戦争にでなければならない時代、軍人なら指揮系統の分裂が敗戦に繋がるのは馬鹿でもわかる。敗戦の上に国内が分裂してちゃ国が壊れちゃうから、だったら罰金とか自主亡命とか、敗将は勝つまで前線配置させるで済ませた方が合理的だったんだろう。

491: 名無し三等兵 2008/05/13(火) 02:12:51 ID:???
つまり、ローマの性質として生得的、民族的にあったわけじゃなくて、後天的に制度が形作られていく上でたまたまその路線で成功して定着していったというような見方なんでしょうか。

とすれば、ローマと似ているけど滅んじゃったり吸収されちゃった他のラテン民族という失敗例が豊富にあってローマの成功例が一つだけ輝いている状態なのかもしれないなぁ。

493: 名無し三等兵 2008/05/13(火) 08:55:54 ID:???
マリウスの頃からもう職業軍人だろ

マリウスの軍制改革

マ リウスの軍制改革とは、紀元前1世紀にガイウス・マリウスによって施行されたローマ軍における改革。この改革により軍事だけでなくローマ社会でも大幅な変 革が起こり、やがてはローマ社会の覇権的性格、ローマ軍の侵略的傾向を促し、間接的に帝政ローマを創設する土台を作り上げた。

軍制改革の内容

改革するに至ってマリウスは今まで自前で武具を賄えない貧民階級に注目する。そして以下の事を取り決めた。

1.国が武具を支給する。
2.戦闘に従事する者の給料も国が支給する。
3.従軍期間を25年とする。
4.退役後、兵士たちに土地を与える。また司令官より年金を給付される
5.従来からの司令官が指揮可能な軍の制限を撤廃する。

そして赤貧にあえぐ者の中で社会的な成功にわずかな望みをかけて大量の人員がマリウスのもとに走った。
端的に言えば、徴兵制を志願制に変えただけの事である。しかしながらこの単純な改革によって、困窮した農民は兵役から解放され、失業者達は職を得る事になった。


494: 名無し三等兵 2008/05/13(火) 10:52:34 ID:???
>>493
マリウスが職業軍人制度始めたんだろ。

495: 名無し三等兵 2008/05/14(水) 05:48:09 ID:???
マリウスの改革で志願兵制度にはなったけど、市民兵の性格は残していたよ
五賢帝の時代が終わったあたりから職業軍人と言うか、軍閥的性格が出てくる市民の職業の一つに過ぎなかった兵士が、軍人という特殊な階級に変化し始めてミリタリーとシビリアンが渾然としていたというローマの特色が失われていく

まぁマリウスの改革も要因の一つではあるけどね
(要因と言うか階級の分化の現れの一つか)

496: 名無し三等兵 2008/05/14(水) 14:09:57 ID:???
軍閥化はマリウス直後から始まってるだろう。スッラとかポンペイウスとかカエサルとかは彼等に従う兵士達がいなければ活躍できなかっただろう。五賢帝以前にもティベリウス帝は軍団兵からの忠誠拒否にあってるし、ネロ自殺直後の混乱期にはライン軍団がウィテリウスを皇帝に担ぎ出したり、それを打倒したウェスパシアヌスが皇帝になってフラァウディア朝を開いたりしてる。だから問題はローマが衰退期に入ってから政治が軍事をコントロールするのではなく逆になって それが常態化したのがいけなかったんだろう。

497: 名無し三等兵 2008/05/14(水) 15:56:50 ID:???
だなぁ
カエサルやウェスパシアヌスらはあくまで政治の道具として軍閥を使ったけどセプティミウス・セウェルスからは軍が政治を利用していく傾向が出てくる
(それまでも親衛隊によって一時的にそういう状態になったことはあったけど)

まぁ経済的に豊かになってくると、わざわざ兵隊になりたがる奴も減ってくるし戦争が利益を生むことも少なくなってくる
そうなると軍のための軍になってしまうのがお決まりのパターン
今のアメリカもそうだな
ローマの場合、それによって逆に防衛力が低下してしまったというのが悲劇なんだが

506: 名無し三等兵 2008/05/29(木) 02:20:02 ID:???
まあ総合するとローマ人の敗将の場合、敗戦だけでは罪には問われない。勝つまで前線配置などに付けさせられたりする。ただ指揮官にあるまじき行為をした場合は罰金や自主亡命させられたりする。
 
ローマに敗れた相手の指導者や王、敵将の場合。たいてい凱旋式の見世物にされた後、ローマの有力者の元で人質生活する。優遇されると客人扱いになる。ローマ派になったと看做されると現地人の王に据えられたりもする。ただローマにとってあまりに有害で政治的活用法無しとみなされると処刑される。

508: 名無し三等兵 2008/05/30(金) 04:10:02 ID:???
共和政時代の高級指揮官(元老院階級)は従者の形で自家の奴隷やクリエンテスを連れて行ったらしいから何年も戦場に貼り付けられたら出費も莫迦にならなかっただろう。

509: 名無し三等兵 2008/06/02(月) 01:39:56 ID:???
大敗して処刑された執政官っていなかったっけ?
処罰の理由は、直接責任を問われた訳でなくて、鶏の餌占いの儀式を軽んじたからだとかだけど、どう考えても死刑に値するとは思えない。
難癖つけようと思えばいくらでも方法はあったんではないの?

510: 名無し三等兵 2008/06/02(月) 13:58:50 ID:???
クラウディウス・プルクルスの事言ってるなら彼は死刑になってない。1万2000デナリウスの罰金刑になってる。親戚・縁者が支援して家は手放さずに済んだらしいがこの程度で破産ギリギリなんだから当時のローマがいかに貧乏かが判る。 
 
執政官は共和制末期まで戦死以外は死刑にも暗殺にもあってない。2名同時就任だし任期は1年、前執政官やら法務官やら前法務官やら財務官やらがごろごろいるから暗殺による政変って感じにはなりにくい。元老院議員が大隊長クラスや高級幕僚の感じで付いていくのがざらの時代。作戦もミニ元老院会議みたいに決まる例も多い。
こんなんでは指揮官だけ処刑して済ますって訳にはいかなかったんだろう。

511: 名無し三等兵 2008/06/06(金) 06:18:25 ID:???
指揮官に責任を取らせる=全権があることを認めるわけだから敗将を処刑するのは共和制に反するんだよ
共和制の理念では、責任はあくまで指揮官を任命した元老院にある、ということになる

546: 名無し三等兵 2008/06/13(金) 01:41:27 ID:???
鐙が発明されたのは7世紀頃だそうだけど、鐙無しで馬上戦闘って可能なの?

550: 名無し三等兵 2008/06/13(金) 03:02:09 ID:???
>>546
某所で見つけたyoutubeの動画
鐙も鞍もつけずに馬上で模擬戦をする海外のマニア
(一分二十秒頃から)
http://jp.youtube.com/watch?v=EP_XiTmJxrg&feature=related


http://jp.youtube.com/watch?v=EVx2J1jhhYw&feature=related

(三分二十秒頃から)
http://jp.youtube.com/watch?v=NK8zOlCxyrM&feature=related

(二分四十秒頃から)

547: 名無し三等兵 2008/06/13(金) 02:30:42 ID:???
可能、つか、可能でなかったらそれまで騎兵が活躍なんて出来ないだろ。

パルティアがクラッスス破ったカルラエの戦いでは、パルティア側の弓騎兵が活躍してるし、ハンニバルがヌミディア騎兵を活用していたのは言わずもがな。

農耕民の馬になれてない連中が騎射するのが無理とか、あと、ランスによる突撃は鐙がないと無理だがな。

551: 名無し三等兵 2008/06/13(金) 04:40:53 ID:???
>>547
まあ、素人には鐙無しの騎乗戦闘は困難だったからこそ、大スキピオがマシニッサとヌミディア騎兵を欲しがったってのはある

554: 名無し三等兵 2008/06/13(金) 11:23:24 ID:???
騎兵って追撃と騎射以外は役に立ったのか疑問なんだけどさ
ファルサロスでポンペイウスは歩兵も騎兵も相手より多かったけど蹴散らされてるわけでさ。
単に指揮官と練度の差なのか?

557: 名無し三等兵 2008/06/13(金) 11:50:55 ID:???
>>554
指揮官と練度と戦術の差。
騎兵の本領は機動力にあり。
ファサロスでポンペイウスは騎兵の機動力を活用できなかった。
アレクサンドロスやハンニバル、大スキピオは、騎兵の機動力を活かして、”鎚と鉄床”戦術や包囲戦術を行ってる。

555: 名無し三等兵 2008/06/13(金) 11:45:47 ID:???
鐙がないと、膝で鞍を挟んだまま戦うなど高度なスキルが要求されるため子供の頃から馬に乗っているような遊牧民や一部の金持ちしか騎兵になれない
そのため一部の遊牧民族を除いて常に少数だし育成に時間がかかるのでおいそれと消耗できなかった

加えて鐙がないと衝撃力を活かすことができないので中世の騎士のように人馬一体となって歩兵にぶつかっていくような戦闘はできない
あくまで「移動力の高い軽歩兵」という感じ(カタフラクトとか一部の例外は除く)

もっとも鐙が出てきてから重装甲重武装化が進んで肝心要の機動力を喪失した騎兵は戦術の硬直化を招いてしまうんだけどね
中戦車→重戦車→MBTの流れに似てなくもない

カタフラクト

カタフラクトは、古代末期のローマ帝国ないし東ローマ軍で考え出された複数の武器と重装甲を持った重騎兵。特に突撃の際に重要になる軍馬の前方のみに装甲を施した騎兵をいう。ギリシア語で「甲冑に囲まれた(もの)」に由来する。また、彼らと戦ったサーサーン朝ペルシャやその周辺国家の同様の重騎兵に対しても呼称する。

サーサーン朝ペルシャとの戦争を教訓にし、重装歩兵によるそれまでの戦闘教義が維持不能と判断した東ローマが、ペルシャ風の騎兵を使った新しい戦闘教義として生み出だした。


558: 名無し三等兵 2008/06/13(金) 12:07:59 ID:???
>>(カタフラクトとか一部の例外は除く)

その一部の例外がどうやってランスチャージをしていたのかが気になる。
アレクサンドロスの近衛騎兵なんて鐙どころか鞍もつけずに突撃したそうだし。

559: 名無し三等兵 2008/06/13(金) 12:08:58 ID:???
>>558
鐙有りの中世の騎士のようなランスチャージはしてない。

560: 名無し三等兵 2008/06/13(金) 12:18:57 ID:???
もう少し補足すると、中世のランスチャージですら、長柄の武器構えてちゃんと陣形組んだ歩兵の戦列に突撃しても騎兵は撃退される。

密集陣形の側面を突いたり、投射武器によって相手が陣形を崩したところに騎兵が突撃するなどが主な用法。

前者は陣形を崩すのが目的、後者は陣形を解体するのが目的。
大体マケドニア騎兵(ヘタイロイ)の槍はランスのような突撃特化じゃない。
ヘタイロイの武装は突き槍(クシュストン)と剣、それに兜と胸当て。

ランスは鎧のランスレストに固定して、人馬一体で突撃して突破力にする。

569: 名無し三等兵 2008/06/13(金) 13:45:52 ID:???
>>560
ん? ランスレストって、突撃時の槍の固定にも使えるの?
行軍時の負担軽減だけじゃなくて?

571: 名無し三等兵 2008/06/13(金) 13:48:42 ID:???
>>569

>鎧のなかには、騎兵が突撃する際にランスをそこへ乗せるための引っ掛けるパーツがあり、
>この部分を「ランスレスト」(Lance Rest)という。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9_(%E6%A7%8D)

Wikipediaからの引用で悪いが、一応傍証な。

561: 名無し三等兵 2008/06/13(金) 12:34:30 ID:???
あれ、カタフラクトって鐙使ってたっけ・・・ちっと曖昧ですまん

当時の歩兵は基本的に密集隊形だから迅速に方向転換ができず
側面や背面を衝かれると容易に潰走したって事情もあるね

568: 名無し三等兵 2008/06/13(金) 13:44:53 ID:???
>>561
東ローマのカタクラフトは使ってただろう。
古代のパルティアやバクトリアの重装騎兵は使ってないかも。

古代ローマは鐙がないとはいえ、4方に御者を固定する角が付いた鞍を使ってたから、結構安定してたはず。
ただ、足を長時間ぶら下げておく事による健康被害は解決できないけどね。

566: 名無し三等兵 2008/06/13(金) 13:43:51 ID:???
普通の槍の場合鐙がないと踏ん張れないから刺さる瞬間手を離したんじゃないかという説もあるな
4m以上の槍って相手に刺さったら抜くことできないよな、日本だったら刺すんじゃなくて叩くのが主流のようだったけど

プリュビオスの歴史読んだらカンナエだったかヌミディア騎兵は下馬して戦って激戦だったとか書いてあって吹いた
イメージが全然ちげー、歴史的にはドラグーンとかいるからおかしくはないけどさ

567: 名無し三等兵 2008/06/13(金) 13:44:16 ID:???
プリュビオスじゃないポリュビオスだ

575: 名無し三等兵 2008/06/13(金) 14:52:57 ID:???
カタフラクトイやヘタイロイがどの様にして落馬せずに突撃を実行したのかは俺も興味があるので海外の古代戦マニアが集まる掲示板で聞いてみよう。

581: 575 2008/06/13(金) 15:41:40 ID:???
http://www.romanarmy.com/rat/
で質問してみた。
もうすぐ答えが解る。

584: 名無し三等兵 2008/06/14(土) 00:00:18 ID:???
>>581
どれかさっぱりわからん
誰か教えてくれ

585: 名無し三等兵 2008/06/14(土) 02:34:45 ID:???

586: 名無し三等兵 2008/06/14(土) 02:51:44 ID:???
>>585を翻訳

Cipher
最近ヘタイロイやカタフラクトイなどの重装騎兵がどうやって突撃を実行していたのか疑問に思っています。
鐙の助け無しにどうやって出来たかのかが解りません。鐙抜きで歩兵に突撃したら衝撃で落馬しちゃうと想像するんですが。
最初は角つきの鞍を使ったのかと思いましたがクシュストンは両手で扱っていたそうなのでそれは出来ません。
どうやって足を鐙に乗せずに突撃の衝撃を吸収したのか解ってるんでしょうか?

Marcvs75
もし古代戦で騎兵突撃が可能だったか詳しく知りたいならPhilip Sidnell著のWarhorseをお勧めするよ。
その本で彼はヘタイロイの衝撃戦術がどうやって可能だったかを説明している。

hoplite14gr
"ギリシャ騎兵"と"ギリシャ馬"スレをチェックしる。
スコットランドの女性(リエナクター?)が裸馬に乗って突撃を実行し、写真もある。
(鐙無しでも)完全な突撃は可能だ。
多くの人がハリカルナッソスのディオニュシオスの記述のおかげで古代騎兵は騎乗した歩兵だと信じていたがこの女性がその考えの間違いを証明した。
4世紀にはフェルトの鞍が現れた(?)

hoplite14gr
その女性のサイトが見つからん。
誰か他にいい写真を出してくれないか?

613: 名無し三等兵 2008/06/24(火) 19:34:37 ID:IDpJlVQv
>>585のスレに興味深いレスが幾つか出てるので翻訳してみる

Ioannes_Ahenobarbus
カタフラクトイに関しては、どこかで(ソースを思い出せなくてすまない)彼らはいわゆる突撃ではなく、キャンターかトロットで前進して敵陣に密集隊形で進入するとあった。
ゆっくりと動く巨大な波が海岸にぶつかるのを想像するといい。
(カタフラクトイの)重装甲、メイスとランスを考えればこれは隊列を組んだ精強な歩兵に対しても有効だ(971年のDorostolonの戦いを参照)
むろんこれは一般化だが大筋では正しいだろう。

Kineas
私もこのスコットランドの女性には興味があるが、既に二人の有名な古代騎兵の研究家LittauerとCrouwelが鐙ありで出来る事は、ランスの使用も含めて全部鐙なしでも出来る事を実験で証明している。

ただし、馬に乗れる軍事史研究家なら誰でも隊列を組んだ歩兵が騎兵の突撃によって崩された事は歴史上一度も無い事を証言するだろう。
だから君が騎兵がホプリタイ等に突撃するのを想像してるなら――そんな事は有り得ない。
まあ怪しい幾つかの例外はあるが…
この件に関してはBrent NosworthyのAnatomy of Victoryをお勧めする。
騎兵は歩兵が何らかの理由によって隊列を崩してる時にのみ有効だ。
崩れていない槍の壁の前にたった馬は――18世紀の兵士は42インチの「槍」、17インチの銃剣と2、3列程度の厚みしかなかったのに一度も正面からの騎兵突撃で崩れた事はない事を思い出して欲しい――前進する事を拒否し反転してしまう。
馬とマスケット時代の幾つかの絵画に描かれてる通りに。
もっとも、もし歩兵の一部が馬が反転する前にパニックを起こすのなら事態は急転するがね。

プロイセンの参謀本部が1870年代に行った研究では騎兵戦では武器自体は全く重要ではなく、重要なのは馬のサイズ、凶暴さ、そして騎手の技術だと結論された。
我々の様な現代人は技術が重要だと考えがちだ。
だがそうじゃなかった時もあったと考えて欲しい。
テッサリア、マケドニア騎兵が精強だったのはランスや投槍や剣のせいではなかった。
これは私自身のと19世紀のインドで戦った多くのイギリス人騎兵の経験からだ。
ランスは確かに恐ろしいが、穂先を防いでしまえばそいつはおしまいだ。だがもし馬が大きければ…

615: 名無し三等兵 2008/06/24(火) 19:36:01 ID:???
hoplite14gr
心理は戦争において全てに優先する!
例え槍衾の真ん中にいても稲妻の様な馬の足音を聞き、地面の振動を感じるのは簡単な事じゃない。
私はモロッコでショーに参加した(?)
そりゃ観光客の為のショーだし彼らは軽騎兵だったが、馬が向かってくる方の席にいるのは怖い事だった。

Paralus
Minor M Markleの記事を幾つか読んだ方がいい。
彼の騎兵槍の扱いに関する研究は深いし情報も多い(私は彼の騎兵がサリッサを用いたと言う説には賛成しないが)
クシュストンは片手で扱う物だ。これはKinchの墓、SidonのSarcophagusとアレクサンドロスモザイクで明らか。

Nicholas Gaukroger
このリンクが参考になるかも。
http://www.classicalfencing.com/articles/shock.php

Kineas
Stefanos、私は何十回も騎兵に突撃されたが未だに慣れる事が出来ない…だから賛成する。
心理面は重要だ。
テクノロジーは重要じゃない。歩兵が恐れるのは槍やランスではなく(少しは怖がるだろうが)ヒヅメの化物だ。
もっとも、おかしな事に化物の方も恐れている。

616: 名無し三等兵 2008/06/24(火) 19:37:57 ID:???
PMBardunias
ルネッサンス期のポーランド騎兵は長いランスを有効的に使っていた。 (http://www.jasinski.co.uk/wojna/comp/comp06.htm)
スイスパイク兵すら突破されたと言う話しもあるが、私の意見では他のあらゆる「騎兵が歩兵を蹂躙した」話しと同じくスイス兵は突撃前に隊列を崩していた筈だ。
「突撃」と言う物自体が何なのか考える必要もある。
私の記憶が正しければ、ナポレオンのポーランド騎兵とプロイセンの歩兵が雨の中戦った事があって(だから銃は無し)、騎兵はゆっくりと近づいて槍でチクチクと刺していただけだった。
どっちが勝ったのはか記憶してない。

Strategos

1813年のGro?g?rschenの戦いの事?
私の考えも堅固な戦列には馬は突撃しないと言う物だ。
もしこれが事実じゃないならワーテルローのウェリントンはネイ将軍の騎兵がイギリスの方陣に突撃した時に敗北した筈だったし、
ガウガメラの戦いではマケドニア軍が戦車を中におびき寄せる為に戦列に穴を開ける必要も無かった。

601: 名無し三等兵 2008/06/17(火) 15:01:50 ID:???
流れをぶった切るけど、ローマ軍の兵士が身に着けていた甲冑(↓の奴)が中世で使われなくなったのはなんで?
http://www.exeter.gov.uk/timetrail/object_images/2_58.jpg

リンク切れ
Roman_soldier_in_lorica_segmentata_1-cropped


603: 名無し三等兵 2008/06/18(水) 01:04:23 ID:???
>>601
その鎧、ロリカ・セグメンタタ(以下LS)は中世どころか3世紀の終わりには姿を消している。
理由はこの鎧の利点と欠点を挙げれば解る。
LSの利点
・メイルより矢や槍などの刺突に強い
・メイルよりある程度軽い
LSの欠点
・製造に大きく手間がかかる
・打撃で変形しやすい
・打撃で板が欠落してしまう事がある
・メイルと違いサイズを変える事が出来ない
・メイルと比べてすぐに錆びる

見ての通り欠点が利点を上回っている。
ローマ兵と言えばこの鎧と言うイメージが強いが、実際にこの鎧を装備したのは西方の軍団兵のみでローマ兵の大多数はメイルかスケイルアーマーを使用していた。
このイメージは恐らく軍団兵が全員LSを身に着けているトライアヌス帝の戦勝記念柱に由来していると思われるが、一つ面白い話がある。
ルーマニアのアダムクリシと言う場所に、ダキア戦争に従軍した元ローマ兵達が建てさせた記念碑が残っている。
この記念碑はトライアヌスの物と同じくダキア戦争の模様を描いた物だが、ここに描かれているローマ兵でLSを身に着けている物は1人もおらず、皆メイルかスケイルアーマーを装備している(ただこの記念碑はLSを装備しなかった補助兵部隊が建てたと言う説もある)
だからそもそも大きく使用されたのかどうかさえ疑問になっている。

結局、この鎧が登場したのは紀元前一世紀の終わり頃で、消えてなくなったのが3世紀の終わり。
使用されたのは約250年。
大してメイルの方は紀元前三世紀から西ローマ帝国の崩壊までの約750年。
そして言うまでも無くメイルはその後も各地で使用され続けた。
見た目は格好よくても鎧としてはメイル以下と言ったところだろう。


604: 名無し三等兵 2008/06/18(水) 10:47:43 ID:???
>>603
ロリカは1~2世紀じゃなかったっけ
アウグストゥス~五賢帝あたり

トライアヌスの円柱(EURにあるコピーの方)じっくり見てきたけど
あれの軍団兵がロリカを着てるのは絵的に分かりやすいってのもあると思う
どこを見ても木を切ったり地面を掘ったりしてるロリカ姿で一杯だった

605: 名無し三等兵 2008/06/18(水) 12:19:35 ID:???
>>ロリカは1~2世紀じゃなかったっけ
>>アウグストゥス~五賢帝あたり

最も古いセグメンタタはドイツのDangstettenで発掘された物で紀元前9年の物だと言う事が判明している。
最も新しいのがスペインのレオンで見つかった物で三世紀中ごろの物だと推定されている。

606: 名無し三等兵 2008/06/19(木) 16:19:55 ID:???
>>605
ということはセグメンタタはローマで開発されたものではなくて、どこか他に由来するものだったってこと?

607: 名無し三等兵 2008/06/19(木) 16:44:56 ID:???
>>606
ドイツで見つかったのは軍団の砦の跡地からの物。
ゲルマン人が開発したわけではない。
セグメンタタ自体はローマ人の技術者が東方の重装騎兵が使用していた篭手↓を基にしたと言われている。
no title

608: 名無し三等兵 2008/06/20(金) 02:16:19 ID:???
>>607
スマソ。紀元前9世紀と読み違えてて驚いたんだ・・・orz
でもセグメンタタが東方の重装騎兵にルーツがあるのっていうのは初耳だ。
貴重な情報さんくす。

626: 名無し三等兵 2008/06/26(木) 23:43:50 ID:fxPnEoPL
大学のレポートのタイトルが「古代ローマの人口問題」というものなのですが、
浅学ゆえ何から手をつけてよいか分かりません。

アプローチの仕方など何でも構いませんのでどなたかご教示ください。

627: 名無し三等兵 2008/06/27(金) 00:02:27 ID:???
首都ローマの人口推移を王制期から時代とともに追ってみれ。
軽くデータを集めたら、次に人口問題と何をからめてレポートを書くかを決める。
水資源なら水道開発だろうし、食糧なら小麦供給戦略だろう。
政治ならば参政権と兵役の義務の移り変わりは欠かせないだろうし、
他のラテン民族の諸都市との市民権制度上の確執は押さえておくべき基本問題だ。
あるいはパンとサーカスに代表される社会福祉と市民買収の歴史を追う王道に挑んでみるのも面白い。
奴隷と解放奴隷と市民権保持者の増加問題は、共和制ローマの時代から問い質されてきた市民権制の命題でもある。

ま、要するに興味がある事に重点絞って好きにやれ。
授業を受けてきたのなら課題が真に何を問おうとしてるのかも分かるはずだしな。

629: 名無し三等兵 2008/06/27(金) 00:20:42 ID:???
帝政ローマだったら
軍団の退役兵による殖民都市の変遷とか、 皇帝の出自と支えた軍団とか。

古代ローマだったら、サムニウム人とかエトルリア人との関係あたりとかは
既に出ているのでエピソードを紹介して攻める方向で、ネットで史話を探して
訳出するとかでしょうか。

変わったところでは、ハンニバルと戦っているあたりの共和政ローマをいれて
いいならば、敗北にも拘らず動員できた軍団数から当時の人口と戦争による
人口に対する圧力を考察してみるとか。

あと、論文を探して紹介するのが色々出来ます。例えばローマの碑文から
家族構成を再現して紹介するとか、ポンペイあたりの世帯構成とか。

633: 名無し三等兵 2008/06/27(金) 02:48:45 ID:???
しかし人口の資料ってそんなに豊富にあるのかねぇ

634: 名無し三等兵 2008/06/27(金) 03:00:06 ID:???
 ローマ市民権保有者に関して良く残ってる方じゃねえ。属州民とか奴隷とか自治都市
とか同盟国の住人とか加えた総合的な人口統計になるとかなり怪しくなるけど、近代国家
じゃないから仕方無いだろう。現代だって本当にその人口であってんのか?と
言いたくなる国がいくつもあるんだから古代では相当緻密な調査やってる方だと
思うぞ。

635: 名無し三等兵 2008/06/27(金) 03:06:07 ID:???
ローマ在住の市民権保有者数なら結構残ってるぞ
当時から統計とってるしな

636: 名無し三等兵 2008/06/27(金) 10:35:51 ID:???
今でも国勢調査をcensusって言うくらいだしな

財政や軍事力が常にかつかつでやってたから統計が不可欠だったとかいう理由もあるが
今のイタ公に比べるとローマ人は異様に几帳面だな・・・

引用元: ・古代ローマの戦闘を手取り足取り教えてくれるスレ


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