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1: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/05/28(月) 00:13:50 ID:Z2+AzKUR0

不求 同年 同月 同日 生

但求 同年 同月 同日 死

感動の名シーン・桃園三結義








3: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/05/28(月) 08:18:42 ID:XCvlMhTn0
破竹の勢い
杜預

杜 預(と よ、222年-284年)は、中国三国時代から西晋時代の政治家・武将・学者。魏・西晋に仕えた。

太康元年正月、杜預は総司令官として、胡奮らと共に遂に呉討伐に乗り出した。

建業の間近に迫った時、軍議では「気候は温暖になり、長雨の降る時期でもありますから、疫病が流行るでしょう。冬を待って、再び攻め入るべきです」との意見が出された。杜預は答えた。「楽毅は済水の一戦で燕を斉に比肩させた。今、兵威は振興し、譬えるなら竹を割くようなものだ(譬如破竹、譬えるに破竹の如し)。数節(=15日を一節と数えることと、竹の節をかける)も刀を入れれば、後は手を使うだけでよい。」こうして進軍は継続され、呉帝孫晧は間もなく降伏した。この逸話がのちに、破竹之勢つまり『破竹の勢い』という故事成語となった。



4: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/05/28(月) 13:40:46 ID:C5HPyJlK0
周郎小児妙計安天下
賠了夫人又折兵

5: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/05/28(月) 13:43:48 ID:C5HPyJlK0
此間楽、不思蜀也。

劉禅

劉 禅は、三国時代の蜀漢の第2代皇帝。

蜀漢が滅んだ後のこととして、蜀書後主伝の裴松之註に引く『漢晋春秋』には以下のような逸話が記されている。

司馬昭が劉禅に「蜀を思い出されますか?」と尋ねたところ「いいえ、ここは楽しく、蜀を思い出す事はありません」と答えた。これには家来のみならず、列席していた将たちさえも唖然とさせられた。



6: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/05/28(月) 13:45:30 ID:C5HPyJlK0
鞠躬尽瘁、死尓后已
参考諸葛孔明の「後出師表」 の原文と書き下し文です。


7: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/05/28(月) 13:46:19 ID:C5HPyJlK0
「寧教我負天下人、休教天下人負我 (我、人に背くとも、人、我に背くなかれ)」

8: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/05/28(月) 13:51:43 ID:C5HPyJlK0
曹操:「天下英雄、唯使君与操耳 (今天下の英雄と言えば唯使君と曹操だけだなあ)」

10: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/05/28(月) 18:54:58 ID:rvW/m4tD0
げえっ、関羽!

20100902002516


14: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/05/29(火) 18:21:20 ID:+TQueFmH0
水鏡先生「臥竜鳳雛得一可安天下 (臥竜鳳雛のどちらかを手にすれば天下を取れるぞ)!」


三国志最大の笑い草だよ

48: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/07/23(月) 13:34:08 ID:RS0NDsjAO
>>14
先生、その二人を手に入れた者同士が戦ったらどっちが勝つんですか?

こうして竜鳳は矛盾と同じ意味になりました

15: 国重高暁 2007/05/29(火) 18:31:54 ID:des+ou6W0
趙雲「国賊は曹操にして孫権にあらず」

20: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/05/30(水) 23:38:29 ID:dhgKAe640
魏延「誰が俺を殺し得んや!」

23: 国重高暁 2007/05/31(木) 14:51:58 ID:9r5Ij8xs0
>>20
馬岱「我こそ汝を殺し得め!」(スパッ)

29: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/05/31(木) 19:38:01 ID:OufDLF6d0
魏延「三声と言わず三万回でも叫んでやるわ。」「魏延在此、誰敢殺我!」

馬岱「我こそ汝を殺し得め!」と大喝一声するや、薙刀一閃、魏延を斬り落とした。

21: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/05/31(木) 05:00:20 ID:8Gmwm2w80
司馬懿が公孫淵の使者に言った台詞って原文では何て表記すんの?

24: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/05/31(木) 15:21:11 ID:OufDLF6d0
>>21
司馬懿の「公孫淵何不自来?殊為无理!」って台詞?

22: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/05/31(木) 12:46:47 ID:OufDLF6d0
何台詞?和文の台詞は?

30: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/06/01(金) 00:00:23 ID:GUfEMtii0
>>22-24 
「降伏もしなかったなら残るのは死ぬのみだ!」って奴です

25: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/05/31(木) 15:35:26 ID:OufDLF6d0
呂布様の名セリフ「詔により天誅を下す!逆賊・董卓、覚悟いたせ!」

28: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/05/31(木) 17:49:59 ID:+zYFriWqO
巍に張遼あれど、私には甘寧がある

33: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/06/04(月) 00:30:43 ID:C13KJQD90
セリフではないけど、伏兵が出てくる時のドラ
「ジャーン、ジャーン、ジャーン」

mig


36: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/06/06(水) 19:16:05 ID:Qx4uu2P00
黄権を失ったが狐篤を得たぞ。これぞ世には遺賢が少なくないとの証だ。

馬 忠

馬 忠(ば ちゅう、? - 249年)は、中国後漢末期から三国時代の武将。蜀漢に仕えた。

かつて母方の家で養われ、姓は狐、名は篤であった。後に馬忠と改めた。郡吏を務め、建安年間の末に孝廉で推挙され、漢昌県長となった。劉備が夷陵の戦いで敗れた際、巴西太守閻芝が諸県の兵五千人を徴発して馬忠に率いさせ、援軍として派遣した。劉備は永安で馬忠に会い、劉巴に「黄権を失ったが、狐篤を得た」と言った。


39: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/06/10(日) 11:03:18 ID:D7Yet/CJ0
孟徳には張遼がおり、わしには興覇があって 釣り合いが取れているようだな。

43: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/06/21(木) 21:22:55 ID:163Xfcb4O
むむむ・・・

何がむむむだ!

mumumu


45: 国重高暁 2007/06/29(金) 18:34:21 ID:VhRcxP110
「父の精、母の血。捨てるべからざるなり」

夏侯惇「左目パクリンコ事件」の時の名言。

52: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/12/27(木) 23:50:42 ID:8yaeH6hq0
「俺が天下に叛いても、天下の人間が俺に背くことは許さん。」

54: 名無しさん@お腹いっぱい。 2008/03/01(土) 13:14:27 ID:vXG4NBjR0
ならばよし!

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74: 曹氏 ◆FFuF8qXBFw 2012/09/07(金) 21:00:19.21 ID:BId/NHuz0
曹操「哀哉奉孝、痛哉奉孝、惜哉奉孝」
感動シターーー(^ω^;)

郭 嘉

郭 嘉(かく か、170年 - 207年)は中国後漢末期の武将・政治家。字は奉孝(ほうこう)。曹操自らが軍師と認めた人物であり、重要な局面で数々の優れた献策を行いその覇業を大いに助けたが若死し、曹操に惜しまれた。

その死に際し曹操は「哀哉奉孝、痛哉奉孝、惜哉奉孝(哀しいかな奉孝、痛ましいかな奉孝、惜しいかな奉孝)」とも言ったという(『傅子』)。



80: 名無しさん@お腹いっぱい。 2013/05/26(日) 12:32:58.10 ID:DQutFyEB0
張遼が関羽を降伏させ曹操に下るように説く三つの罪と
関羽が曹操軍に下るために出した三つの条件が興味深い

張遼、死に急ぐ関羽に三つの罪があると指摘し、
「貴殿は玄徳殿と兄弟の契りを結び、生死を共にと誓った。玄徳殿が敗れたと聞き貴殿も討死にすれば、もし玄徳殿が再び姿を現された時、貴殿の助けは得られない。これはその誓いを破るもの。これが一つ目の罪。玄徳殿は、貴殿に家族を預けられた。貴殿が死ねば、二人の御夫人は路頭に迷い、玄徳殿の信頼に背く。これが二つ目の罪。貴殿は武芸の達人であり、学問にも精通しておられる。にもかかわらず、玄徳殿と漢室を助けようとせず、みだりに血気の勇を振るわんとなされる。これが義といえましょうか。」


関羽、曹操に三つの条件を出す
「その一、私は皇叔と共に漢室を助けると誓った。天子に下るのであって曹操にではない。その二、二人の姉上には皇叔と同等の俸禄を与え、側近のものに至るまで安全を図る事。その三、もし皇叔の居所が分かれば、たとえ千里先の地でも馳せ参じることを許す事。」

第十六回 関羽、曹操に下る

81: 名無しさん@お腹いっぱい。 2013/10/04(金) 19:21:59.78 ID:tDMcCNZR0
鐘会「なぜ降伏が遅れたのかね?」
姜維「これでも早すぎた」

蜀への忠誠を魅せる個人的に好きなセリフです

89: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/10/29(土) 22:53:05.62 ID:5/tkikLG0
魏延:なんで一人(諸葛亮)が死んだぐらいで,天下の大事(北伐)を廃止するとは何事だ!
言ってることは分からんでもないが,少しは状況を弁えろと。

引用元: ・三国志の名セリフについて語ろう


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