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1: 世界@名無史さん 03/03/09 19:42
偉大な宰相チャーチルについて語りましょう。
戦争には  決断
敗北には  闘魂
勝利には  寛大
平和には  善意
「第二次世界大戦」冒頭より









3: 世界@名無史さん 03/03/09 20:33
アメリカで交通事故で死にかかったんだってね。
イギリスと車の通行方向が反対だということに気づかなかったからだって(笑)

10: 世界@名無史さん 03/03/09 21:56
>>3
下手すると交通事故が歴史を変えてたかもな。
もう少し激しくはねられてれば今頃西欧州くらいはドイツのものだったかも‥‥

5: 世界@名無史さん 03/03/09 21:02
>敗北には  闘魂

ダンケルクから何とか逃げ出した祖国存亡のとき、ヒトラーからの提案を一顧だにせず一蹴したのは全くもって凄い。

11: 世界@名無史さん 03/03/09 22:24
・・慎重と自制の助言が、如何に致命的な危険の主因となる可能性が有るか、 或いは、安全と平穏な生活の為に採用された中道が、逆に如何に災害の中心点に直接結びつくものであるかを、我々は知るであろう。

第二次大戦回顧録

17: 世界@名無史さん 03/03/11 21:10
平和賞以外のノーベル賞を受賞した唯一の政治家ですな。

129: 世界@名無史さん 03/05/16 19:30
>>17
エガス・モニス(1949年医学賞)がいるじゃないか。
ノーベル財団は、無かった事にしたいかもしれないけどさ。

20: 世界@名無史さん 03/03/11 21:15
この人、もともと良家の生まれで、最初からジャーナリストとしてそこそこ成功してるから、サクセスストーリーとしてはあんまり面白くないんだよなぁ。

22: 世界@名無史さん 03/03/11 21:19
まぁでも捕虜になったり干されたりした不遇の時代もあるわけで結構面白いよ。

真面目な話しが米国はローズベルトでなくても戦争に勝っていたと思うけど英国はチャーチルでないと駄目だったろうな。

24: 世界@名無史さん 03/03/11 21:21
良家というか何というか。
チャーチルの生家です。僕のうちより、ちょこっとでかいですね


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ブレナム宮殿

ブレナム宮殿は、イギリスのオックスフォード近郊のウッドストックにある宮殿。

マールバラ公ジョン・チャーチルが、スペイン継承戦争中のブレンハイム(ブレナム)の戦いで立てた戦功によって当時のアン女王から、ウッドストックに建設中だった宮殿が下賜された。
本館と柱廊でつながった2つの翼棟からなるイギリス・バロック様式の屋敷は部屋数200以上をもち、庭園の総面積は4600ヘクタールに及ぶ。建築家ジョン・ヴァンブラの設計により17年の年月をかけ、1722年に完成した。


26: 世界@名無史さん 03/03/11 21:29
生家といってもそこで育ったわけではなくて旦那の実家に遊びにいってて奥さんが急に産気づいて出産したって事ですな。

ご先祖のマールバラ公はドイツのブレンハイムという所で大勝したのでそれを記念してブレニム宮殿(ブレンハイムの英語読)をぶったてました。
なぜドイツで戦争したかというとハノーバー王家だったからですね。

35: 世界@名無史さん 03/03/11 23:15
「世論におもねない」の小泉発言のとき、チャーチルや吉田茂が例にあがったけど、どんなものだろ?

対ドイツ開戦は別にチャーチルじゃなくハリファックスのお膳立てでしょ?

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エドワード・ウッド

初代ハリファックス伯爵エドワード・フレデリック・リンドリー・ウッド1881年4月16日 - 1959年12月23日)は、イギリスの政治家、貴族。

戦前の保守党政権下で閣僚職を歴任した。

1939年9月1日にドイツ軍のポーランド侵攻があり、9月2日の閣議でハリファックス卿をはじめとする閣僚たちはイギリスの立場を明確にする必要があるとチェンバレン首相に迫った。最終的にチェンバレンはドイツに最後通牒を送ることを決定し、ハリファックス卿はフランス外相ジョルジュ・ボネと連絡を取った後、駐独イギリス大使を通じてドイツに最後通牒を発した。その期限が切れた9月3日午前11時にイギリスはドイツと交戦状態に突入し、第二次世界大戦が勃発した。

チェンバレンは本格的な戦争に発展するのを嫌がっており、経済圧力を主眼として早期講和に持ち込むことを考えていたが、1940年5月に北欧戦の惨敗で彼は退任を余儀なくされた。後任には海相チャーチルか外相ハリファックス卿が考えられたが、チェンバレンは宥和政策を共有するハリファックス卿を後任の首相にしたがっていた。しかしハリファックス卿自身が「貴族院議員の自分には庶民院を統制できず、政権運営は難しい」と辞退したため、徹底抗戦派のウィンストン・チャーチルが首相になった。


37: 世界@名無史さん 03/03/11 23:23
チェンバレンがいなければただのタカ派政治家だろ
チャーチルの主戦論が正当化されるのはチェンバレンが失敗した上に乗ってだろ

もし1938年の首相がチェンバレンじゃなくチャーチルがいてそのまま戦争に走っていったら、「平和的解決もあったのに、むやみやたらに戦争を主張したために第二次世界大戦が起こった。なぜ和平的解決を目指さなかったのか?
その点ではヒトラーもある意味被害者だ。」といわれてるんだろうな

42: 世界@名無史さん 03/03/11 23:58
念のためにいうが、チェコ会談のときチェンバレンが融和策をとったのは対独開戦のための軍備が整ってないからだよ。

でもって、そのときチェンバレンが「対独融和策をとるがOKか?」と野党領袖に了解を事前にとりつけている。つまりチャーチルからね

39: 世界@名無史さん 03/03/11 23:48
この人、鬱病だったと言われてるけど本当なのかな

40: 世界@名無史さん 03/03/11 23:50
鬱病?どっちかというと躁病的な感じだけど。どこから出た話?

41: 世界@名無史さん 03/03/11 23:53
>>40
「チャーチル」 「鬱病」で検索すると腐るほど出てくるよ

43: 世界@名無史さん 03/03/12 00:02
>>41
へー、正直びっくりしました。享楽的なイメージが強かったもので。

44: 世界@名無史さん 03/03/12 00:11
最近、うちの職場でも、ちょっと失敗あってテンションあがらないと鬱病だ鬱病だとわめいて仕事休もうとする人多い。
多分、大半が「エセ鬱」なんだろうけど。
それがホントの鬱病耐えながらあれだけの激務で、一国のリーダーやり抜いたチャーチルは偉い!
ますます好きになった。

45: 世界@名無史さん 03/03/12 09:23
アルコール依存度が高かったのは間違いないはず

46: 世界@名無史さん 03/03/12 11:29
葉巻依存度も高かったのは間違いないはず

47: 世界@名無史さん 03/03/12 11:34
しかし、カツラに依存しなかったのは驚嘆すべき事実である

49: 世界@名無史さん 03/03/12 19:50
ヤルタ会談後のウォッカの飲み比べでスターリンを撃破したよね。
スターリンは軽い心筋梗塞を起こしたという。

52: 世界@名無史さん 03/03/12 20:52
葉巻+山高帽+ステッキ=チャーチル

53: 世界@名無史さん 03/03/12 20:55
ルーズベルト大統領はチャーチルを植民地主義者としてあまり信用していなかったらしい。むしろスターリンを新時代の人物として評価していた。

65:    03/03/13 19:11
チャーチルは大物や。

"金を失うことは小さな事である。名誉を失うことは大きく失うことである。しかし勇気を失うことは全てを失うことである”

すみませんが俺勇気ありません。でも彼は持っていた。素晴らしい人だと思う。

90: 世界@名無史さん 03/03/18 05:08
>>65
生涯と照らし合わせると感銘を受ける言葉なんだが、よく考えると

金→富豪だから失うことはまずない
名誉→何度も失ってるからどうってことはない

おそらく彼は「勇気」だけで生きてきたのではないかな。
そして勇気の大切さを国民に示し、勇気を与えた。
新時代の勇者だったのかもしれない。

55: 世界@名無史さん 03/03/12 20:58
戦争大好きなDQNってことを忘れてるやつ多すぎ。
ボーア戦争に好きこのんで行ってきたんだぞ、チャーチル。

56: 世界@名無史さん 03/03/12 21:05
戦争大好きなのは確かだし、戦争以外の業績もあまりない。
1951年に首相に返り咲いて、55年までつとめたけど、たいしたことはしていない。
本人も「戦争がないとつまんないね。」とこぼしていたらしい。

59: 世界@名無史さん 03/03/12 21:40
終戦直後に労働党のクレメント・アトリーに負けたのはショックだったらしい。

60: 世界@名無史さん 03/03/12 21:44
>>59
奥さんのクレメンティーンいわく
チャーチルは国民に感謝されているからこそ落選したそうだ。

72: ナポレオン 03/03/14 01:49
ちょっと一言。
45年の選挙では、保守党が大敗して首相の座を失ったのであって、別にチャーチル自身は落選してませんので念のため。

61: 世界@名無史さん 03/03/12 21:50
労働党は政策を持って保守党は写真をもって選挙戦を戦ったからさ。
写真ってのはチャーチルの写真ね。
ただ、あれだけ頑張ったんだからもう休んだら?
って感想もあったらしい。

66:   03/03/13 19:41
>>60-61
負け犬の遠吠えにしか聞こえない
負けは負け、支持しない人のほうが多いって事

68: 世界@名無史さん 03/03/13 20:36
>>66
いや、クレメンティーンはチャーチルに向かって言ったんだよ
落選した夫をなぐさめるために。
チャーチルは、(国民の感謝が)遠まわしすぎてわからない、と嘆いたそうだ。

67: 世界@名無史さん 03/03/13 20:02
戦時内閣でも内政の中心は労働党が担っていて、その後の福祉国家の基盤をつくっていた。
戦争が終わればチャーチルの役割も終わりと英国民が冷静に判断したということだろう。

69:       03/03/13 20:43
>>チャーチルは、(国民の感謝が)遠まわしすぎてわからない、と嘆いたそうだ

スマソ笑ってしもた。

70: 世界@名無史さん 03/03/13 20:48
ヤルタ会談の時、スターリンがチャーチルに向かって、
「あなたは下院と次の選挙を恐れているようですな」
とからかったのに対して、チャーチルは、
「三人の中で私だけが、いつ地位を失うか判らない存在ですよ。私はそれを誇りに思っていますがね。」
と答えたという。図らずもそれを証明してしまったわけだ。

71: 世界@名無史さん 03/03/13 21:11
如何に自分の国が戦功より民主主義と議会政治を優先してるかという自負からか
国内がスターリンのような独裁体制なら、チャーチルも戦後10年は宰相の座に安泰してたろうに

73: 世界@名無史さん 03/03/14 01:54
戦争に勝ったといっても破産するほど大英帝国の遺産を売り飛ばしまくっての勝利だろ。戦後はフランスの方が逆に豊かだったし。

75: 今夜自由を! 03/03/14 01:56
インド・パキスタンの独立ですな。
47年8/15?、48年8/15?

76: 世界@名無史さん 03/03/14 02:05
インドとパキスタンの分離独立は47年8月。ただチャーチルはインド独立に反対だったはず。独立を承認したのはアトリー。

77: 世界@名無史さん 03/03/14 02:13
はっきり言ってチャーチルは大英帝国を没落させたA級戦犯。
「ナポレオンを破ったピットのようになりたい」という個人的野心からなんども講和を求めたヒトラーの和平提案を蹴った売国奴。
その結果英国はすべての国力を使い果たした

78: 世界@名無史さん 03/03/14 02:19
チャーチル自身は「自分は大英帝国の精算人ではない」と言って帝国の維持に執着していたけどね。たしかにヒトラーと結んでアメリカを押さえた方がイギリスの勢力維持には良かったかもしれない。

81: 世界@名無史さん 03/03/14 02:55
>>78
イギリスの伝統的な戦略は大陸諸国のバランシングですが、それを踏まえてのご発言ですか?

82: 78 03/03/14 03:05
>>81
いや>>80も俺の発言なんで、現実的にはありえないと思ってます。
ただヨーロッパの外に米ソという超大国が出現したことで、伝統的な勢力均衡政策はもはや通用しなくなってしまったということは 言えるでしょう

79: 世界@名無史さん 03/03/14 02:34
あの時点で、
「欧州を軍事制圧した不安定な政体(ナチ)と手を結べ、講和しろ」
いっても、チャーチルならずとも
「お断り(冷笑・門前払い)」
の可能性ってないですかね?

すでにルーズベルトが膨大な対英軍事秘密援助約束してるし、ダンケルクと対ソ開戦のあいだなんて、1年かそこらでしょ。
ヒトラーがラブコール送ったって、まともな感覚なら
「(どうせ将来の)負け犬とは組みたくない」
思うんじゃないかなあ


80: 世界@名無史さん 03/03/14 02:51
いや実際問題としてイギリスがドイツと組めるはずはないでしょう。
イギリスの没落は運命と言うしかない。

84: 世界@名無史さん 03/03/14 09:32
チャーチルが「ヒトラーを倒すためなら地獄の悪魔とでも手を結ぶ」と言ってた
ドイツと仮に一時的でも和平に応じたとしても、東南アジアで日本が植民地を狙わなかったとは言い切れないし、戦後の仏や蘭の場合と同じようにアジア・アフリカ独立の動きは止められなかったと思う。

ソ連は戦争で疲労してて、よもやあんな大国になるとはチャーチルならずとも当時西側で想像できた人はほとんどいなかったでしょう

85: 世界@名無史さん 03/03/14 20:33
チャーチルが干されていた時に欧州を旅行するわけですが偶然ヒトラーと会見しそうになった時がありました。

予定が変わって会見はなくなりましたがもしあっていたら同じ反共の士という事で仲良くなっていたかもしれませんな。

86: 世界@名無史さん 03/03/17 01:27
>>85
部下は合わせようと努力したらしいがヒトラーが色々難癖つけて会わなかったらしい。

91: 世界@名無史さん 03/03/18 23:41
最盛期の英国を知ってただけに晩年は不本意だっただろうね。

95: 世界@名無史さん 03/03/19 22:35
実はそんなに裕福ではなく奥さん晩年はチャーチルの描いた絵を売ったりして生計を立てていたそうな。

97: 世界@名無史さん 03/03/27 04:28
>>95
その絵って、風景写真を映写機で壁に映し出したのをなぞって書いてたんだよな。

98: 世界@名無史さん 03/03/27 11:44
>>97
カメラ・オブスキュラの技法は一般的じゃない?

100: 世界@名無史さん 03/03/27 17:01
ヒトラーもウィーン時代、その伝で観光客用の売り絵量産したそうだ

104: 世界@名無史さん 03/03/28 01:57
ノーベル賞の賞金は何に使ったんだろ
政治家はやはり出ていく金が多いんだろうな

106: 世界@名無史さん 03/03/28 02:38
昔からの貴族だろ? 何で金ないんだ。

107: 世界@名無史さん 03/03/28 06:24
>>106
英国貴族は長子相続制度だからマルバラ家の次男だったチャーチルの父にも金はあんまりなかった。
チャーチルがロイド・ジョージと組んで貴族への課税にやっきになったりマルコーニ事件のような金銭疑惑に絡んでいるのはチャーチルは家柄がよくても金がなかったため。

138: 世界@名無史さん 03/05/24 08:47
中公新書の「チャーチル」買いました。
兵隊時代に酒と葉巻を覚えたのか~

157: 世界@名無史さん 03/08/02 20:46
文才がある政治家って得だよな。自著で失政をいかようにも美化できるし。

161: 世界@名無史さん 03/08/20 00:49
毎日新聞朝刊にチャーチルとアトリーの笑える小話が載っていた

162: 世界@名無史さん 03/08/28 09:16
>>161
どんなの?

163: 世界@名無史さん 03/08/28 16:43
アトリーが首相になった直後、議会のトイレでチャーチルが用を足そうとしたら、隣にアトリーが立った。
チャーチルが別の便器に変えたので、アトリーが
「何故私を避ける?」ときくとチャーチルは
「お前たちはでかいモノを見るとすぐ国営化したがるからな」
と答えた。

164: 世界@名無史さん 03/08/28 19:01
イングリッシュジョーク!

165: 世界@名無史さん 03/08/28 19:24
うほ。良いジョーク。

166: 世界@名無史さん 03/09/11 09:20
チャーチルって、結構おもしろい人だったのね・・。

167: 世界@名無史さん 03/09/13 21:47
結構・・というより、屈指の面白い人だったんではないかと。

170: 世界@名無史さん 03/09/20 09:23
若い頃の写真はなかなか格好いいよね。

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171: 世界@名無史さん 03/09/20 09:51
イギリス史では最悪の宰相だったろうね。
イギリスだけでなく、全世界に災厄をもたらした。
生まれなかったら良かったのに、本当に悔やまれる。

この人、人格的に最低だし、戦争は好きだが将才はなかったし、もちろん政治的能力などゼロ。
自分を美化する能力だけは最高だったけどね。

広島・長崎とならぶ蛮行といわれたドレスデン空襲を一人で決めたのがこいつ。
ともかく一人でもたくさん死ぬように指示した。
第一次大戦のイギリス軍側最大の失敗ガリポリ上陸戦はこの男が一人で主張したもの。
この作戦のひどい失敗のため、チャーチルはしばらく閣僚から外された。

第二次大戦はこの「戦争屋」にとっては嬉しくてたまらなかったろうが、この戦争でイギリスは過去の遺産をすべて失い、アメリカの衛星国家に転落した。
興味深いのは、この無能低劣宰相が、一般には偉大な人物として認識されていること。

179: 世界@名無史さん 03/09/23 15:27
戦争以外じゃ使い物にならねえ、てのはイギリス人もよく判ってたんじゃね?
次の選挙で労働党にあっさり負けてるし。


180: 名無しさん@Emacs 03/09/23 18:08
でも、戦争に勝つってのはブッちぎりの最優先事項だと思わないか?

173: 世界@名無史さん 03/09/22 00:44
ヒトラーに出し抜かれっぱなしのチェンバレンよりはマシなんじゃないの?

まぁ、
「あの無駄口ききの、飲んだくれのチャーチルめ、奴が全人生で成し遂げた事などあるか?偽りの標本め。第一級の不精者め。」
…と、言ってた人も居ますが。

174: 世界@名無史さん 03/09/22 07:17
でも、チェンバレンの対独融和ってイギリスの軍拡の時間稼ぎの側面が非常に大きかったのを無視しちゃいけない。

182: 世界@名無史さん 03/09/23 21:23
鉄のカーテン演説も
「そろそろ東西対立による戦争が始まるからオイラの力が必要だぜ」
という内外に対するアピールだったそうな。

183: 世界@名無史さん 03/09/25 00:24
早々に講和していたとしても大英帝国は二流国になってたような。
ちがうかなぁ。

184: 世界@名無史さん 03/09/25 16:08
ダンケルクの撤退後に講和しなかったということただ一点だけでも神だろ。

185: 世界@名無史さん 03/10/09 14:27
福田和也はチャーチルにかなり辛い点をつけているね。
「ロイド・ジョージに比べりゃ小物。未来においては、両者の評価は逆転している」とバッサリ。

第二次大戦の歴史的意義からあえて目をそむけているのも気に入らないとか。
まあチャーチルは時代に乗り遅れた滅びつつある帝国のなかでさえ、滅ぼされつつあるタイプに属していたのは確かだ。だがあのキャラクターと波乱の人生と歴史に登場したタイミングから考えて、歴史学上の評価はともかく英国民衆の記憶に残る政治家になったのは覆せまい。


引用元: ・W.S.チャーチル


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