51bE4vwqn9Lk



1: 名無しさん@おーぷん 2017/04/08(土)23:30:51 ID:ln6
スーツのそでのボタンがある理由みたいなのガンガン教えて欲しいンゴ









11: 名無しさん@おーぷん 2017/04/08(土)23:36:24 ID:ln6
梅毒のことをフランスではイタリア病、イタリアではフランス病と呼ぶ

12: 名無しさん@おーぷん 2017/04/08(土)23:37:18 ID:0wr
フランスのルイ13世が歯に挟まった食べ滓をナイフの先で取ろうとしている所を見たリシュリューがナイフに細工をしてこれを出来ないようにした

今日ナイフの先が丸いのはこのことが起源になっている

18: 名無しさん@おーぷん 2017/04/08(土)23:39:09 ID:ln6
>>12
リシュリュー全方向に有能やな草

14: 名無しさん@おーぷん 2017/04/08(土)23:37:39 ID:UQr
フィリピンという名前の由来はフェリペ二世
何した人かはしらん

20: 名無しさん@おーぷん 2017/04/08(土)23:40:16 ID:ln6
>>14
スペイン全盛期やんな
もしかしたらフィリピンまで支配してたんかも

30: 名無しさん@おーぷん 2017/04/08(土)23:43:40 ID:lcE
>>20
スペインの皇帝だかなんだかやで、フェリペ2世は

40: 名無しさん@おーぷん 2017/04/08(土)23:47:10 ID:zf6
>>30
もともとフィリピンはスペインの植民地やで
だから、フェリペ2世の名前から国名がつけられたんや
その後アメリカに譲渡のち独立しとるから、英語圏やったと思う

19: 名無しさん@おーぷん 2017/04/08(土)23:39:22 ID:y76
アンデルセンは死んでませんよというメモ書きを枕元に置いて、いつも寝ていた

27: 名無しさん@おーぷん 2017/04/08(土)23:43:10 ID:ln6
>>19
ビビりすぎで草

22: 名無しさん@おーぷん 2017/04/08(土)23:41:25 ID:l6G
コロンブスがアメリカ大陸を発見する前にアメリカに住んでいたヨーロッパ人がいた

24: 名無しさん@おーぷん 2017/04/08(土)23:41:45 ID:0wr
>>22
ノルマン人?

47: 名無しさん@おーぷん 2017/04/08(土)23:49:35 ID:l6G
>>24
10世紀辺りにノルマン人のバイキングが「ヴィンランド」と名付けて暮らしとったらしいで
その時の居住地も残っとるで

29: 名無しさん@おーぷん 2017/04/08(土)23:43:27 ID:ln6
>>22
詳しく知りたい

45: 名無しさん@おーぷん 2017/04/08(土)23:48:36 ID:4jY
>>29
カナダあたりにヴァイキングが渡っとって
12世紀ごろの居住地の跡が見つかっとるで

57: 名無しさん@おーぷん 2017/04/08(土)23:53:37 ID:ln6
>>45
国家ではなかったってことかな?
がっつり定住して範囲広げれば歴史全然変わってるかも

23: 名無しさん@おーぷん 2017/04/08(土)23:41:38 ID:UO5
トゥグリル・ベクは鼻血で死んだ

33: 名無しさん@おーぷん 2017/04/08(土)23:44:30 ID:ln6
>>23
おったなそんなん
何した人かぜんぜん覚えてないわ

36: 名無しさん@おーぷん 2017/04/08(土)23:45:35 ID:UO5
>>33
ワイもあんま覚えてない
セルジューク朝の宰相やなかったか
トゥグリル・ベク

トゥグリル・ベク( 990年 - 1063年9月4日)は、セルジューク朝の初代スルターン(在位:1038年-1063年)。

ブワイフ朝やシーア派を倒して小アジアからトルキスタンにかけて広大な支配圏を築き上げた。さらに東ローマ帝国とも交戦し、アッバース朝のカリフの後見人となってイスラム世界の権威を手にするなど、彼の代にセルジューク朝は大いに栄えた。

1063年、73歳で死去。鼻血が止まらないという謎の死を遂げた。


28: 名無しさん@おーぷん 2017/04/08(土)23:43:24 ID:otX
強健王アウグスト二世
驚異的な怪力の持ち主であったことから「強健王」「ザクセンのヘラクレス」「鉄腕王」などの異称で呼ばれ、素手で蹄鉄をへし折るのを好んだ。
なお、子供が365人から382人ほどいる
あっちの方も強健やったんやろうな

39: 名無しさん@おーぷん 2017/04/08(土)23:46:12 ID:ln6
>>28
無茶苦茶やな
でも結構すごい人やないっけ?

31: 名無しさん@おーぷん 2017/04/08(土)23:43:43 ID:Gh8
オスマン帝国の皇帝は失脚したときの保険にそれとは別の職を持っていた

43: 名無しさん@おーぷん 2017/04/08(土)23:48:19 ID:ln6
>>31
ええな、用心深くて
トップから失脚した時点で命も危ない気がするけども

42: 名無しさん@おーぷん 2017/04/08(土)23:47:36 ID:0wr
日本史も絡むけど失礼

サツマイモは中国→琉球→鹿児島→全国と広がった
そのため日本ではサツマイモをサツマイモと呼び、薩摩では琉球イモと呼び、沖縄では唐イモを呼ぶ

52: 名無しさん@おーぷん 2017/04/08(土)23:52:14 ID:ln6
>>42
面白い
場所由来で決まりすぎやろ草

54: 名無しさん@おーぷん 2017/04/08(土)23:52:24 ID:4tl
>>42
南米「あんのぉ…」

55: 名無しさん@おーぷん 2017/04/08(土)23:53:01 ID:4jY
ヨーロッパに100年も先駆けて、中国人のオカマが船団くんで南アフリカ辺りまで行っていた事実

65: 名無しさん@おーぷん 2017/04/08(土)23:56:58 ID:ln6
>>55
どういうことや?
漂着?

74: 名無しさん@おーぷん 2017/04/09(日)00:01:08 ID:Mln
>>65
鄭和船団といって設計図からやと1隻1隻がスペインの無敵艦隊の船より10倍でかい船団

なお海軍は金がかかるため解体

80: 名無しさん@おーぷん 2017/04/09(日)00:03:39 ID:xl8
>>74
それすげえな
中国が大航海時代の先駆けになっていたらってのも考えると面白いな

88: 名無しさん@おーぷん 2017/04/09(日)00:07:29 ID:Mln
>>80
鄭和がさったことで
ポルトガルやオランダ遅れてイギリスがインド洋にでかい顔ができた
アラビアならしょぼいヨーロッパも対抗できる

なお鄭和の経費は全部万里の長城建築資金へ

96: 名無しさん@おーぷん 2017/04/09(日)00:13:40 ID:xl8
>>88
そういうことやったんか
中国にしてみれば外よりも異民族への対処の方が重要だよな

219: 名無しさん@おーぷん 2017/04/09(日)01:14:33 ID:Fy3
>>74
その鄭和はアフリカから北京にキリンを連れてきたんやで

56: 名無しさん@おーぷん 2017/04/08(土)23:53:28 ID:Csa
キリスト教徒の連合軍がキリスト教の都市を攻め落とした事があってぇ

62: 名無しさん@おーぷん 2017/04/08(土)23:55:42 ID:UO5
>>56
十字軍?

63: 名無しさん@おーぷん 2017/04/08(土)23:56:23 ID:Csa
>>62
第四回十字軍やで

64: 名無しさん@おーぷん 2017/04/08(土)23:56:28 ID:ln6
>>56
ああ、聞いたことある
コンスタンティノープルやっけ?

59: 名無しさん@おーぷん 2017/04/08(土)23:54:30 ID:vTC
南極大陸にある南極半島より北に400kmの南米最南端のフエゴ島にはマゼランがマゼラン海峡を通過したときから人が住んでいた

70: 名無しさん@おーぷん 2017/04/08(土)23:59:06 ID:ln6
>>59
はえー、とはいえまあ南米なら原住民おってもまあ…

77: 名無しさん@おーぷん 2017/04/09(日)00:01:44 ID:Mln
>>70
クッソ寒いけどな

73: 名無しさん@おーぷん 2017/04/09(日)00:00:28 ID:HlI
ギネスブックに載っている在位期間が最短の王様はスペインのルイス・フェリペ皇太子でわずか20分

78: 名無しさん@おーぷん 2017/04/09(日)00:02:30 ID:xl8
>>73
すげえな
なにがあったんや草 予定調和なんやろな

79: 名無しさん@おーぷん 2017/04/09(日)00:02:51 ID:HlI
>>78
すぐに殺された

82: 名無しさん@おーぷん 2017/04/09(日)00:04:59 ID:mSz
最短ギネス関連で
世界で最も短い戦争は40分で終わった

90: 名無しさん@おーぷん 2017/04/09(日)00:08:36 ID:xl8
>>82
どういうことやねん
経過知りたいわ

94: 名無しさん@おーぷん 2017/04/09(日)00:12:15 ID:mSz
>>90
イギリス・ザンジバル戦争
まあ今まで政策に協力してきたザンジバルでクーデター引き起こしたスルタン相手にほぼ一方的にイギリス艦隊が砲撃撃ち込んだだけの話や

100: 名無しさん@おーぷん 2017/04/09(日)00:16:28 ID:xl8
>>94
なるほどなあ
当時のイギリスに喧嘩売るって厳し杉やな

85: 名無しさん@おーぷん 2017/04/09(日)00:06:33 ID:ifI
1280px-Swayambhunath_prayer_wheels


https://ja.m.wikipedia.org/wiki/マニ車

10世紀ごろのチベット人、車輪にお経を書いておき、一回りさせればお経を一回読んだことになる仏具を発明

楽したらアカンやろ……

92: 名無しさん@おーぷん 2017/04/09(日)00:10:18 ID:xl8
>>85
おもろいな
仏教って出自がめんどくさいせいか唱えるだけの宗派とかとにかく楽にして信者増やそうとしてる感あるわ

86: 名無しさん@おーぷん 2017/04/09(日)00:06:49 ID:GTj
第2次大戦で奇妙な艦歴を歩んだ艦のひとつに、「コマンダンテ・カッペリーニ」という潜水艦がある
イタリアで1939年に就役したコマンダンテ・カッペリーニは
1943年にイタリアが降伏した際にドイツ海軍に接収され「UIT214」と改名され
更に1945年にドイツが降伏した際に日本海軍に接収され「伊503」と改名された
最後まで撃沈されることなく、終戦まで戦い抜いた

93: 名無しさん@おーぷん 2017/04/09(日)00:11:17 ID:xl8
>>86
苦労人?やな
あれって元々イタリア軍のものやったんやな

97: 名無しさん@おーぷん 2017/04/09(日)00:13:51 ID:GTj
首都が法律上のものと、事実上のものと2箇所持つ国はたまにあるが
ブータンは1950年代までは季節で首都を使い分けていた

102: 名無しさん@おーぷん 2017/04/09(日)00:18:01 ID:xl8
>>97
なにがしたいんや草
首都コロコロ変えたらいかんでしょ

105: 名無しさん@おーぷん 2017/04/09(日)00:20:39 ID:GTj
>>102
ティンプーが標高が高すぎて冬寒すぎるという理由冬メインで標高の低いプナカを首都にしてた

日本人がひょっこり行って、はじめてティンプーが正式な首都だと国際的に初めて認知されたとかいうエピソードもあるで

112: 名無しさん@おーぷん 2017/04/09(日)00:24:13 ID:xl8
>>105
なるほどなー
やっぱ機能せんよな めんどくさすぎて

99: 名無しさん@おーぷん 2017/04/09(日)00:15:33 ID:FEi
天文学者ケプラーの師にあたるブラーエは、晩餐会中に催した尿意を我慢して亡くなった

103: 名無しさん@おーぷん 2017/04/09(日)00:18:46 ID:xl8
>>99
ええ…
トイレ行けや…最悪漏らせや…

104: 名無しさん@おーぷん 2017/04/09(日)00:18:53 ID:GTj
第2次大戦で廃墟になったワルシャワの街以前の画家や一般人の風景画をかき集めて元通りに再建された

110: 名無しさん@おーぷん 2017/04/09(日)00:23:22 ID:xl8
>>104
へー、オシャレな話やな
ポーランドって立地が詰み過ぎで草も生えない

106: 名無しさん@おーぷん 2017/04/09(日)00:21:35 ID:l3e
ロンドンにあるクラリッジスホテルのスイート102号室は一日だけユーゴスラビア領だったことがある

113: 名無しさん@おーぷん 2017/04/09(日)00:24:33 ID:xl8
>>106
なんとなく予想できるが詳細知りたい

115: 名無しさん@おーぷん 2017/04/09(日)00:25:46 ID:l3e
>>113
ユーゴスラビア王国の王位継承の為にホテルの一室が使われたって話やな
本国ではすでにチトーが実権握ってたし

126: 名無しさん@おーぷん 2017/04/09(日)00:29:55 ID:xl8
>>115
強引にそこを領土ってことにしたんやな
ティトー自体は超有能やったとは聞くな

131: 名無しさん@おーぷん 2017/04/09(日)00:32:08 ID:l3e
>>126
イギリスがユーゴ王国存続の為にホテルを貸したっていうのが正しいな
でもユーゴスラビア王国が復活する事は無かったんや

107: 名無しさん@おーぷん 2017/04/09(日)00:22:04 ID:BCA
唐の高名な文化人白居易と元シンは大の親友であった。
その約四百年後の元の時代、後に元曲四大家と称されることになる白居易の子孫白仁甫は一家離散の憂き目にあう。
その時、まだ幼い白仁甫を引き取り我が子のように愛し、養育したのが白居易の大親友元シンの子孫で高名な文化人であった元好問。

116: 名無しさん@おーぷん 2017/04/09(日)00:25:54 ID:xl8
>>107
道徳の教科書に乗りそうな話やな
友情って大事

109: 名無しさん@おーぷん 2017/04/09(日)00:23:09 ID:l3e
ピクニックが原因で滅んだ国がある

117: 名無しさん@おーぷん 2017/04/09(日)00:26:35 ID:xl8
>>109
はい気になる
詳細知りたいですー

125: 名無しさん@おーぷん 2017/04/09(日)00:29:52 ID:l3e
>>117
汎ヨーロッパ・ピクニックとかいう行事に参加してた東ドイツ国民がオーストリアへ亡命
それが原因で渡航自由化→ベルリンの壁崩壊→東ドイツ終了

136: 名無しさん@おーぷん 2017/04/09(日)00:34:44 ID:xl8
>>125
めっちゃ重要な出来事で草
なるほどなあ 亡命に近づく手段やったわけや

139: 名無しさん@おーぷん 2017/04/09(日)00:37:38 ID:XzR
>>136
墺帝国最後の皇太子が中心人物とかいう映画や漫画のような展開
250px-Otto_Habsburg_001


オットー・フォン・ハプスブルク

オットー・フォン・ハプスブルク(1912年11月20日 - 2011年7月4日)は、オーストリア=ハンガリー帝国(1918年に帝政廃止)の皇太子。
欧州議会議員や国際汎ヨーロッパ連合国際会長を務めるなど、汎ヨーロッパ主義的に活動した政治家でもある。戦時中には「ドナウ連邦」樹立を、戦後は欧州統合を提唱した。汎ヨーロッパ・ピクニックの中心人物の一人である。

1989年の夏、オットーは講演のためにハンガリーの都市デブレツェンの大学を訪れ、その夜に「民主フォーラム」の企画した食事会に参加した[78]。この食事会の際にハンガリーとオーストリア国境の有刺鉄線の話題が出て、同伴していたオットーの娘ヴァルブルガ(英語版)が「鉄のカーテンや有刺鉄線を取り払うべきその場所に、国境で皆でピクニックに出掛けましょうよ」と言った[78]。これがきっかけとなって、1989年8月、多数の東ドイツ市民がハンガリー・オーストリア国境を越えて西ドイツに亡命する汎ヨーロッパ・ピクニックが起きた。




119: 名無しさん@おーぷん 2017/04/09(日)00:26:57 ID:GTj
ベルサイユ宮殿はあまりに広すぎたため迷子が後を絶たず、
ある貴婦人が2週間迷子になって餓死寸前で発見されたなんてこともあった

127: 名無しさん@おーぷん 2017/04/09(日)00:31:00 ID:xl8
>>119
すげえな
あそこってそんな広いんや 行ってみたい

128: 名無しさん@おーぷん 2017/04/09(日)00:31:04 ID:BCA
19世紀フランスのトクヴィルって政治家がアメリカとロシアの台頭を予見してた。
著書『アメリカのデモクラシー』は今でもアメリカの歴史、民主主主義を学ぶ上で欠かせない教科書の一つ。

138: 名無しさん@おーぷん 2017/04/09(日)00:36:25 ID:xl8
>>128
トクヴィルは聞いたことあるな
アメリカ歩き回ってアメリカの民主主義の特徴分析したんだっけ
そこまで予見できるもんなんやな

134: 名無しさん@おーぷん 2017/04/09(日)00:34:14 ID:7cP
つい昔まで推理小説を書く際に中国人を登場させてはならないというルールがあった

141: 名無しさん@おーぷん 2017/04/09(日)00:39:27 ID:xl8
>>134
ノックスかヴァンダインであった気がする
あれなんでなん?

143: 名無しさん@おーぷん 2017/04/09(日)00:41:02 ID:XzR
>>141
超能力みたいなの使うイメージあったから、ノックスは冗談で書いてたらしいけどどうなんやろね

154: 名無しさん@おーぷん 2017/04/09(日)00:44:46 ID:xl8
>>143
なんやそれ草
持ってるイメージが胡散臭すぎるやろ

145: 名無しさん@おーぷん 2017/04/09(日)00:41:24 ID:7cP
ニコライ二世が皇太子時代に日本に来た時津田巡査に斬りつけられ重症をおった事件は有名だが、この時斬りつけた津田の動機は 実は西南戦争で死んでいた西郷がロシアで生きておりニコライとともに帰国するという噂が流れが津田が西南戦争の活躍でもらった褒章が取り消されると思ったから
そしてニコライは入院中毎日病院の前で土下座する日本人たちを見て日本人が気持ち悪くなったらしい

149: 名無しさん@おーぷん 2017/04/09(日)00:43:35 ID:2fy
>>145
津田巡査と言えば、司法権の独立だわ。

156: 名無しさん@おーぷん 2017/04/09(日)00:46:43 ID:xl8
>>145
津田アホ過ぎやろ…
でもこの事件で公平な判決下したことで海外から一目置かれたんよな

150: 名無しさん@おーぷん 2017/04/09(日)00:43:48 ID:HlI
プラッシーの戦いで活躍したクライヴのペットのカメは2006年まで生きていた
享年はなんと250歳

157: 名無しさん@おーぷん 2017/04/09(日)00:47:42 ID:xl8
>>150
すげーな
プラッシーって18世紀かそこらやろ

152: 名無しさん@おーぷん 2017/04/09(日)00:43:51 ID:7cP
安重根が伊藤博文を暗殺してハルビンで裁判にかけられたとき 暗殺理由として伊藤が孝明天皇を暗殺したから伊藤は日本に対しても逆賊だ と主張した

158: 名無しさん@おーぷん 2017/04/09(日)00:48:54 ID:xl8
>>152
まあヤバいやつはヤバいこと言うよ…
この辺の話題は深くなるとワイは怖い

164: 名無しさん@おーぷん 2017/04/09(日)00:51:48 ID:qvW
実はポエニ戦争は平和条約を結んでなかったので1985年に平和条約をローマ市長とチュニス市長が交わして改めて公式に戦争が終わった
戦争期間は2235年間、ぶっちぎりの一位である

170: 名無しさん@おーぷん 2017/04/09(日)00:56:22 ID:xl8
>>164
ポエニってローマカルタゴの時代やろ?
実際終戦しててもその条文がなくなっただけとかありそう

172: 名無しさん@おーぷん 2017/04/09(日)00:57:04 ID:2fy
>>164
日露戦争にかこつけて、ロシアの同盟国であったモンテネグロ公国は日本に宣戦布告していた。
しかし、日本ロシア両方から忘れ去られ、ポーツマス条約にも呼ばれなかった。

その後、モンテネグロはユーゴスラビアの一部になって、外交権がなくなったので交戦状態について不問になっていたがつい最近、セルビアと分離独立し、旧来のモンテネグロ公国を引き継いだ事によって交戦状態は復活。
それについて、どうやねんよ?といったのが誰あろう、坂田利夫…じゃなくて鈴木ムネオ。

これに対しての政府の公式見解は「そもそも宣戦布告についてこちらは受け付けた覚えが無いのでノーカン」戦争のはじまりも終わりも、爪弾き状態のモンテネグロであったという。

引用元: ・世界史のおもしろエピソードをワイに教えてくれるスレ