51C3GX7GECL (1)



1: 田完 ◆yendvfOuQs 2010/11/07(日) 15:06:20
春秋戦国時代の王家・公家の子孫はどうなったんでしょうか。
太公望の子孫はどこへ?
晋の文公の子孫はどうなった?
なんでいきなり、呉とか越が興るんだよ それまで何やってたんだ?







19: 無名武将@お腹せっぷく 2010/11/10(水) 22:16:14
>>1
呉越に関しては、周辺の民族が集まって国家形成された感じだな
呉の方は、周の血統が流れて建国したという伝説もあるみたいだが

8: 無名武将@お腹せっぷく 2010/11/07(日) 17:48:24
田一族もひどいよね
陳から亡命したのを心が広い斉の国が受け入れたのをいいことに長い年月をかけて卑怯な手段で簒奪しちゃうんだから
後宮の解放とか、あり得ない

15: 無名武将@お腹せっぷく 2010/11/09(火) 07:01:40
太公望の子孫はどーなったの?

16: 無名武将@お腹せっぷく 2010/11/09(火) 23:23:32
皆殺しか?

17: 無名武将@お腹せっぷく 2010/11/10(水) 13:56:09
皆殺しでは無いと思うが、追放後に家系は断絶してるな

20: 無名武将@お腹せっぷく 2010/11/11(木) 08:33:53
この頃の華北はコーカソイド?

21: 無名武将@お腹せっぷく 2010/11/11(木) 10:46:33
>>20
出土した骨の遺伝子は、ヨーロッパ系のそれと酷似していたらしい
中原はコーカソイドの血が濃く、長江流域はモンゴロイド系というのが定説
斉や燕なんかは、特にコーカソイド系が強かったんじゃないかな・・・・・
秦楚呉越なんかは、モンゴロイドだったかと

22: 無名武将@お腹せっぷく 2010/11/11(木) 14:51:28
陝西甘粛青海・・・比較的高身長、高鼻二重瞼の濃い顔が多い
四川・・・チベット人や羌族、日本人に近い
揚子江中・下流域・・・鼻が低くのっぺりした顔
北京及び河北・山西・・・モンゴル人ぽい顔立ちの人が多い印象
広東江西・・・くどすぎ
東北三省・・・高身長鼻は高いが目は二重瞼であっても細い場合が多い
新彊・・・人口の半分がウイグル人のためとんでもない美男美女がたくさん

25: 無名武将@お腹せっぷく 2010/11/21(日) 17:57:20
五胡十六国に隋唐、元に清・・・ もう混ざりまくりでしょ

27: 無名武将@お腹せっぷく 2010/12/12(日) 18:54:08
晋ってイマイチだよね

28: 無名武将@お腹せっぷく 2010/12/13(月) 11:18:35
何故?
春秋時代の大半は晋と楚の二強時代だったのに

30: 無名武将@お腹せっぷく 2010/12/13(月) 20:17:16
家臣にやられちゃったから

37: 無名武将@お腹せっぷく 2010/12/16(木) 02:50:09
・周の幽王、暴政により諸侯に殺害される
・幽王の子、平王が周を再興(東周) 「春秋時代の幕開け」
・平王の孫、桓王が鄭を攻撃して敗退、周王権は影響力を失って行く
・楚が中原の諸小国に侵攻、これを斉が抑えた事で、斉の桓公は覇者となる
・桓公没後、宋の襄公が覇権を志すも楚との争いに敗れる
・晋の文公が即位、楚を破って覇者となる
・楚が北上、鄭を包囲した上、晋の援軍を破って中原の諸小国を併呑
・孔子が儒教を起こす
・呉、楚の首都を陥落させる
・越が呉を破り、滅亡させる
・斉が田氏に乗っ取られる(田氏斉)
・晋が趙・魏・韓に分裂、周王室に国として認められる 「春秋時代の終焉」

38: 無名武将@お腹せっぷく 2010/12/17(金) 00:41:40
春秋時代の説明で晋が楚に敗れた後、晋が再び力をつけて覇権を奪い返すことや晋と楚の和平とか飛ばされることが多いな

42: 無名武将@お腹せっぷく 2010/12/21(火) 23:46:44
趙一族って一回滅びかけたのに
復活してすごいよね

韓って
晋と同じ姫姓なんだから、晋を名乗ってもよさそうなのに

43: 無名武将@お腹せっぷく 2010/12/22(水) 06:56:40
そうすると、桓叔の廟堂がある曲沃を確保してる魏と真っ向から対峙することになるから
名乗りたくても名乗らないんじゃない?
晋と名乗っておいて、先祖の廟堂がないんじゃカッコつかないし。

44: 無名武将@お腹せっぷく 2010/12/22(水) 21:44:05
韓はモーターマンみたいなもんだろ、秦がバイクマンとしたら

46: 無名武将@お腹せっぷく 2010/12/27(月) 20:07:36
>>44
よくよく考えたら、韓非子に治水工事か・・・
なにやってんだろな韓は

48: 無名武将@お腹せっぷく 2010/12/28(火) 12:54:06
秦の隣国だから、必死だったんだろうけどね
韓非子の理論もまともとは思えんし、それを実践した末路は一代のみの栄華
魏、趙、楚辺りと同盟結んで防衛線作ったりすれば良かったのに

57: 無名武将@お腹せっぷく 2011/02/03(木) 16:45:27
日本の天皇みたく周王あたりを祭祀王みたいにして権威付けしてずっと祭り上げておけば、あんなにしょっちゅう血みどろの権力闘争が起こることもなかっただろうという意見を見た。
でもたぶん無理だったと思う。始皇帝みたいなのが出てくるし異民族に侵略されてるしね。

62: 無名武将@お腹せっぷく 2011/02/04(金) 21:31:12
>>57
それの限界が春秋から戦国にかけてなんだろうけどな。
てか周王どころか、その下の各諸侯すら権威が落ちて大夫が台頭してきてるんだからもうどうしようもない。

63: 無名武将@お腹せっぷく 2011/02/04(金) 23:44:59
>>57
形骸化した周王朝が始皇帝の時代まで残るとしたらこういうシナリオになるでしょう。

周王が覇権奪回を工作し始皇帝の逆鱗に触れる→始皇帝が周王室を廃止を示唆→李斯が始皇帝を暗殺→項羽が李斯を討つ→項羽が朝鮮に出兵→(略)→劉備が天下統一

64: 無名武将@お腹せっぷく 2011/02/05(土) 02:19:09
殷が夏を倒し、周が殷を倒したことから当時すでに易性革命思想はあったんじゃないかな
でも春秋戦国が何百年も続いたことを考えるとその思想が生まれたのは始皇帝以後なのかな?

65: 無名武将@お腹せっぷく 2011/02/05(土) 02:23:42
>>64
いやいや、単に諸侯国の力が拮抗してて称帝したらフルボッコされそうで自重してたってだけ

一時期斉が東帝、秦が西帝を名乗ってるし
易姓革命思想は勿論その時にもあった

67: 無名武将@お腹せっぷく 2011/02/05(土) 02:27:14
易姓革命は、古代中国において、孟子らの儒教に基づく、五行思想などから王朝の交代を説明した理論。

68: 無名武将@お腹せっぷく 2011/02/05(土) 10:07:50
易姓革命は後付設定で、その設定を利用して正当化しようとしたのが後漢の魏ってところか。

70: 無名武将@お腹せっぷく 2011/02/05(土) 12:45:53
>>68
周の成立もだろ。後世周王朝が理想化されると、周の成立が正しいものであることにしなくちゃいけなかった。

84: 無名武将@お腹せっぷく 2011/02/07(月) 02:28:52
現代人の俺には史記列伝冒頭の兄弟の何処が義人なのか分からん。
「家臣なのに主人討って良いと思ってるのか!」
対案を出せ。

85: 無名武将@お腹せっぷく 2011/02/07(月) 16:32:09
現代人だけどお前が言ってることがわからん。
伯夷叔斉が主君を討っただと?

86: 無名武将@お腹せっぷく 2011/02/07(月) 18:46:48
いや暴政を敷くチュウ王を討とうとする武王を、
「家臣なのに主人を殺そうとするのは仁とは言えない」と止めようとするが、
じゃチュウ王の暴虐は構いはしないのかと小一時間問い詰めたい。

87: 無名武将@お腹せっぷく 2011/02/07(月) 18:55:36
伯夷と叔斉は殷王室の支族、墨胎氏が治める孤竹国の王子
つまり殷の親戚な訳だから、その辺りの感情はあったかもしれない

88: 無名武将@お腹せっぷく 2011/02/07(月) 19:03:50
長幼の順を守ることを政治を行うことより上位に持ってきてる兄弟だから、民草の命なんて何とも思って無いんだよ。
それを持って「天道は是か非か」と問うている司馬遷も同じ様なもんだろう。

93: 無名武将@お腹せっぷく 2011/02/08(火) 18:03:03
始皇帝って日本でいうと信長に似ているかなぁ。

94: 無名武将@お腹せっぷく 2011/02/08(火) 18:06:54
あの広大な中華を統一した訳だから、島国一つ統一できなかった信長よりは能力あるだろうけどね

95: 無名武将@お腹せっぷく 2011/02/08(火) 21:47:11
超大国の秦と尾張の片田舎、君主になった時点での国力が違いすぎる。

97: 無名武将@お腹せっぷく 2011/02/08(火) 23:25:23
始皇帝は何がすごかったかわからん。
すごかったのは歴代の宰相だろ?

101: 無名武将@お腹せっぷく 2011/02/09(水) 02:00:57
>>97
とりあえず、中国史上初の統一国家建設。
始皇帝だけの功績では無いが、統一事業を王として率いたのは事実。
中央集権で国力を強化し、個人の能力を正当に評価出来た。
統一後、封建制よりも中央集権の郡県制のまま統治した点は、儒教思想より法治を重視した合理的な判断だったと思う。
車道整備や巨大な建築物を残したのは、当時の民衆には苦痛だったと思うが巨大独裁国家ならではの遺産か。

102: 無名武将@お腹せっぷく 2011/02/09(水) 13:09:59
>>101
>中国史上初の統一国家建設
政以前からの流れに乗っただけじゃないか?政がなにかしたことが重要な契機になった、と言えることはある?よかったら教えてくれ。

>個人の能力を正当に評価出来た
これは確かに君主としての実績だ。

>合理的な判断
>巨大な建築物

よくも悪くも、って感じだな。どっちも強力な支配に必要だったかもしれないが、崩壊の原因との印象も強い。
ところで郡県、法治は政が始めたことなの?

108: 無名武将@お腹せっぷく 2011/02/16(水) 16:02:26
>>102
統一は、流れに乗っただけで出来るものではないと思う。
郡県制は、李斯の進言だったはず(全土に郡県制を敷いたのも同じ)。
政が統一における決定的な契機になったのは、歴史的に大局を見た場合だろう。
だが、他国を9年で征服して統一した原動力は、父祖の土台を昇華して王権を行使し、時勢を読んで好機を逃さなかった政の才能も大きい。

仮に政の先代、その又先代の頃の国力でも統一出来たと仮定する。
だが、統一したのは政。
そういう意志と行動力があったというのが、最も重要な気がする。
巨大建築物や皇帝専用道路などについては、暴政だが崩壊の直接的な原因というより崩壊したからそう思えるだけかも知れない。
結果論みたいなもん。

99: 無名武将@お腹せっぷく 2011/02/09(水) 00:18:11
どんなに宰相がすごかろうが君主が盆暗ならコロッと倒れちゃうような時代です。

103: 無名武将@お腹せっぷく 2011/02/10(木) 03:31:45
政治家って戦場で活躍する将軍とか実働担当と違って仕事が見えにくいからなぁ、
ただ毎日30キロくらいの書類を決裁するのを自分に課していたというからかなり働き者だったみたいだぞ。
竹簡の時代の30キロが原稿用紙何枚分に相当するのかは知らんが。

107: 無名武将@お腹せっぷく 2011/02/11(金) 23:30:08
竹簡の重さから情報量を知るのは難しいから、他の人の「○kgを裁いた」
みたいな情報があればいいんだけど。
あるいは時間換算。

110: 無名武将@お腹せっぷく 2011/03/05(土) 12:30:00.45
始皇帝による中国統一がなかったら
今の中国はヨーロッパみたいになってたかもね

111: 無名武将@お腹せっぷく 2011/03/17(木) 01:18:30.24
「朕」は始皇帝が自分専用にするまでは割りとありふれた一人称だったらしいが、始皇帝以前はどういう地位の人間がどういうニュアンスで使ってたの?

112: 無名武将@お腹せっぷく 2011/03/17(木) 11:42:56.93
庶民でも使えてた

113: 無名武将@お腹せっぷく 2011/03/18(金) 17:34:06.92
何でそんなの選んだのやら?
その後の「真人」ってのは中二病的だよね、

114: 無名武将@お腹せっぷく 2011/03/20(日) 20:43:18.72
文公とか桓公とかあっちこちに居るんだけど、何か決まりがあるの?

115: 無名武将@お腹せっぷく 2011/03/21(月) 08:33:04.54
>>114
諡号

116: 114 2011/03/21(月) 21:32:06.10
諡号なのは分かってる。
なんで同じ諡号がアッチコッチにゴロゴロ居るのかと?
諡号にはこれをつけないといけない的な規則でもあるの?

117: 無名武将@お腹せっぷく 2011/03/22(火) 17:51:27.18
>>116
基本的に諡号は生前の業績に則って贈られる
もちろん例外や皮肉をこめたものもある
ただし、ひとつの国において一度贈られた諡号は欠番になる
これも例外は皆無じゃないが
つまり同じ諡号が同時期にみえるのは単なる偶然に過ぎない

120: 無名武将@お腹せっぷく 2011/03/31(木) 02:53:40.38
>>116
死んだ後にその人の業績に合ったものを選んで贈られる。

国単位のものなんで、晋に文公がいて斉にも文公がいてもおかしくない。
122: 無名武将@お腹せっぷく 2011/04/01(金) 07:45:07.36
哀とか恭とか
贈られたくないね

123: 奇矯屋onぷらっと ◆a..l..g..o 2011/04/01(金) 22:42:49.10
隠とか幽も結構イヤだな。

133: 無名武将@お腹せっぷく 2011/04/09(土) 15:53:53.54
廃帝ってのもやだね

134: 無名武将@お腹せっぷく 2011/04/09(土) 22:01:53.05
個人的には、殤がいやだけどな

135: 奇矯屋onぷらっと ◆a..l..g..o 2011/04/09(土) 23:37:08.19
オレは存在から否定される哀が嫌いだな。

140: 無名武将@お腹せっぷく 2011/04/11(月) 06:38:44.23
秦の穆公だけ、地方の覇者で他の覇者に比べて格が下って感じがするなあ

141: 無名武将@お腹せっぷく 2011/04/11(月) 21:20:28.33
春秋五覇って括りだと、斉桓公、晋文公は鉄板で、あとは、宋襄公、秦穆公、楚荘王、呉王夫差、越王勾践のどれかだと思うけど 個人的に、夫差は徳で、宋襄公は武力で足りない気がするんだよな。

周王に影響与えたって理由だと、趙鞅とかもいるし。

146: 無名武将@お腹せっぷく 2011/04/12(火) 20:01:12.62
>>141
闔閭は候補にならんのか…

147: 無名武将@お腹せっぷく 2011/04/12(火) 20:25:29.19
>>146
考慮してなかった・・・

143: 無名武将@お腹せっぷく 2011/04/12(火) 13:45:16.22
五という数字に拘るなんて愚かなこと。
数字と関係なく行跡から選べばいいじゃない。

145: 無名武将@お腹せっぷく 2011/04/12(火) 18:13:02.42
春秋五覇という単語のせいで勘違いしている人がいるけど
実際は晋の文公が覇者になってからは晋と楚が覇者の座を争っていた春秋時代

151: 無名武将@お腹せっぷく 2011/04/14(木) 09:53:25.93
>>145
五胡にその馬鹿らしさが表れてるよな。

148: 奇矯屋onぷらっと ◆a..l..g..o 2011/04/12(火) 23:48:06.64
五に拘るからには東西南北中央なんだろうけどね。

中央が宋とか無理ありすぎorz

149: 無名武将@お腹せっぷく 2011/04/13(水) 05:47:59.65
方角は関係ないっしょ。
何でもかんでも五に当てはめて物事を説明したいという五行説が流行ったからだけで。

154: 無名武将@お腹せっぷく 2011/05/02(月) 17:28:26.02
五覇は斉桓公・晋文公・楚荘王は確定として
秦の穆公は五覇候補でも名君だけど晋外交政策を捻りすぎて中原進出に失敗してる感があるのが痛い
宋の襄公はジャイアン気質な楚(成王)さえ居なければ斉の後継になれた…と思う
呉王闔閭は強国の楚を破ったりととにかく惜しかった越さえ居なければ五覇当確だった
呉王夫差は何で越を舐めたの?バカなの?宋襄公のがマシ
越王勾践は後年こそ残念だけど忍耐の末に覇を唱えたから候補の中じゃ最有力

155: 無名武将@お腹せっぷく 2011/05/02(月) 22:17:52.70
厳密には確定は斉桓・晋文の二人だろうな

167: 無名武将@お腹せっぷく 2011/05/08(日) 06:44:03.13
で?
重耳や太公望の子孫はどーなったの?

168: 無名武将@お腹せっぷく 2011/05/08(日) 06:45:31.16
漢の武帝に仕えた韓王の子孫がいたね
確かその代で絶えたけど

169: 無名武将@お腹せっぷく 2011/05/08(日) 19:26:26.32
直系が絶えただけで、傍系ならいくらでもいるんだろう。
陳勝の乱の後、王様候補がポコポコ出てくるし。

170: 無名武将@お腹せっぷく 2011/05/08(日) 19:59:46.99
漢代以降の歴史に名を残した子孫っている?

172: 国士焼肉ぷらす 2011/05/09(月) 11:28:54.25
陸遜が陳の末裔だとか荀氏が六卿の後裔というのはそれにあてはまるのかな?

173: 無名武将@お腹せっぷく 2011/05/09(月) 14:03:11.52
てことは
田氏と親類?

176: 奇矯屋onぷらっと ◆a..l..g..o 2011/05/09(月) 19:11:18.22
>>173
陸氏は田斉の宣王の庶子から始まっているらしいので。

174: 無名武将@お腹せっぷく 2011/05/09(月) 17:07:34.90
血が入ってさえいればいいのなら、魯の荘公は、太公望の子孫である斉桓公の甥で、後の魯公は荘公の系統だから前249年までは続いてる。

175: 無名武将@お腹せっぷく 2011/05/09(月) 18:13:36.00
家社会の中国に母系の概念を持ち込んだら訳わからなくなるだろ
秦と楚なんか祖父と孫がそれぞれ王位にいるときに激しくドンパチしてたし

177: 無名武将@お腹せっぷく 2011/05/13(金) 01:59:05.84
>>175
特に秦や楚みたいな中原以外の国の場合は母系の繋がりは弱かったみたいだな。

178: 奇矯屋onぷらっと ◆a..l..g..o 2011/05/13(金) 23:34:58.48
公女自体が親元の工作員だろうからな。

193: 無名武将@お腹せっぷく 2011/05/18(水) 16:03:08.41
韓氏って、晋王と同族だったよね
だったら晋って称してもよかったんじゃね?

202: 無名武将@お腹せっぷく 2011/05/21(土) 01:39:29.21
>>193
名前の元になった晋も領有してないのにか

194: 奇矯屋onぷらっと ◆a..l..g..o 2011/05/18(水) 19:22:34.43
六卿でも弱そうな組の韓氏が晋を称したら、実力者知氏や公族筆頭趙氏がタダで済ませてくれなかっただろう。

実力でなく血縁で考えても韓氏より羊舌氏のほうが公室に近いし、やはり無理があるかと。

195: 無名武将@お腹せっぷく 2011/05/18(水) 21:11:29.15
趙氏って公族?
そもそも公族ってなんだっけ


197: 奇矯屋onぷらっと ◆a..l..g..o 2011/05/18(水) 21:57:13.65
晋ではニセモノ風公室一門のこと。

本来の晋の一門配下は郤氏・欒氏・韓氏・羊舌氏あたり。先氏が灰色くらい。

引用元: ・【覇者】春秋戦国時代スレ【始皇帝】




史記・春秋戦国人物事典 (Truth In History)
小出 文彦 瀬戸 慎一郎
新紀元社
売り上げランキング: 93,105