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1: 無名武将@お腹せっぷく 2009/01/17(土) 18:02:50
孔明一人では北伐は無理だったがホウトウが生きてたら長安は落ちてた








5: 無名武将@お腹せっぷく 2009/01/17(土) 18:21:09
ホウ統が戦死せずに長生きしたり、徐庶がそのまま劉備に仕えていたりして、軍事を他人に任せられる状況下であったならば、孔明は政治に専念できたわけで、もっともっと蜀の内政を充実させれていただろうし、軍事と内政の両方に責任を持っていたために心労が重なり、
過労状態になり亡くなったと評価されています。軍事面では戦場の前線で指揮を振るうよりも、後方支援の方が才に見合っていたと評価されています。
(慎重すぎる部分が、このような評価につながっているのだと思います。)

122: 無名武将@お腹せっぷく 2009/10/04(日) 18:29:19
水鏡に見出されるまでは容姿も達振る舞いもトロそうでパッとしなかったんじゃなかったっけ、確か。
功を急ぐ辺りも、さち薄い人生を歩んできたような印象を受けたが。

123: 無名武将@お腹せっぷく 2009/10/04(日) 19:49:04
そういう意味では、水鏡先生に助けられた人物だよな。
おかげで、寿命は縮んだが。

130: 無名武将@お腹せっぷく 2009/10/10(土) 10:29:04
龐統は呉に仕官する気はあった
魯粛に頼まれて孫権に会ったときの仕事はシュウユの遺骸を届ける大任だったが孫権が任官を拒否
仕方なく魯粛は当時味方だった劉備に紹介、任官したが県令をさせられて罷免になった
これを聞いた魯粛は劉備への手紙の中で「龐統は大役を与えてこその人物」と薦め、諸葛亮も取り成したので再び劉備に召し抱えられ、諸葛亮と同じ役職である軍師中郎将に任命される。
よほど魯粛とはウマがあったようだ。劉備は孫権に妹との結婚で会ったあと孫権については大人の器でないと酷評しているのだが・・・

131: 無名武将@お腹せっぷく 2009/10/10(土) 17:32:20
漢中
劉備、馬超、黄忠、趙雲、魏延、法正

益州
劉禅、張飛、糜竺、糜芳、陳グン、張松

荊州(中央)
諸葛亮、陳珪、陳登

荊州(北伐)
関羽、関平、徐庶、馬良、ホウ徳

荊州(対呉)
劉封、ホウ統、士仁

上庸
張任、孟達

その他は史実に従う

それでもこんな感じで実現していたら…
実現していたらきっと何とかしてくれる…!!

136: 無名武将@お腹せっぷく 2009/10/10(土) 19:29:33
>>131
ホウ徳や陳羣がいるのが涙ぐましいなw

132: 無名武将@お腹せっぷく 2009/10/10(土) 17:39:19
荊州の対呉メンツひどすぎ。
相手は呂蒙と陸遜だぞ?

133: 無名武将@お腹せっぷく 2009/10/10(土) 18:27:25
>>132
対呉はあくまでも戦わないこと、寝返らないことが主眼だす。
そして最悪の事態(呉の侵攻)でも少しでも時間を稼ぐことだす。

135: 無名武将@お腹せっぷく 2009/10/10(土) 19:01:51
対呉なら龐統たちはむしろ寝返りやすい面々なんだが…

138: 無名武将@お腹せっぷく 2009/10/10(土) 20:22:35
>>135
劉封の頭には、はなから寝返りの選択肢はないだす。
史実でも素直に成都に戻るくらいだすから。
逆にちゃんと情勢を把握し戦略を立てられる頭脳(ホウ統)があれば優秀な武将だす。

134: 無名武将@お腹せっぷく 2009/10/10(土) 18:41:00
呂蒙と陸遜相手じゃ誰が相手でも勝ち目ないよ
田舎者相手に流れ矢(笑)で死んでるような奴じゃ尚更

138: 無名武将@お腹せっぷく 2009/10/10(土) 20:22:35
>>134
鳳雛と呼ばれるだけの実力があることを前提とすればホウ統がいれば呂蒙の仮病も見抜けるはずでそうなれば呉との開戦がまず延びるはずなのだす。

139: 無名武将@お腹せっぷく 2009/10/10(土) 22:14:19
呂蒙はまるきりの仮病ではない。
彼はもともと病がちだったのでそれが重くなったと称した。
そこまで見抜くのはだれでも無理だろう。むろん龐統でも。
自分の病すら策に使うのが呂蒙の凄み。

140: 無名武将@お腹せっぷく 2009/10/11(日) 01:05:49
っていうかさ、ホウ統が生き残ってる前提で法正は抜擢されるのか?
確かに蜀入りの功績は大きいし、本人の才覚もあるだろうが
蜀入りに劉備の新規参謀として抜擢されたばかりのホウ統がいるんだし
先にこっち使うだろう。周りに認めさせるにしても、実績にしても

141: 無名武将@お腹せっぷく 2009/10/11(日) 02:53:13
215年に魯粛と呂蒙に侵攻されたさいも、荊州に関羽がいて劉備も援軍に駆けつけれる状況で長沙・桂陽・零陵が奪われている。
また、呉は荊州の所有権を主張してるが、そもそも荊州の所有権は劉備の同盟者である劉表の子の劉琦にあり、劉琦の死後、荊州牧になった劉備にある。呉が主張できる理由は劉備が涼州を手に入れたら荊州の全領地を返しますって言葉のせい。

正面から侵攻されても防げる可能性は低く、政治的にも呉の侵攻に正当性があるかのようになってしまっている。
ぶっちゃけ魯粛のせい。

ホウ統がいるなら呉に使者に行ってそのまま呉の張鉱のように呉の劉備派の人間として孫権助けるのがいいのではないだろうか。
呉が北に侵攻するさいも蜀から劉封・趙雲・麋芳を使い捨てられるの覚悟で援軍として派遣して呉の勢力拡大助ける。
劉封・趙雲・麋芳は将軍としても有能で裏切る可能性が低い。裏切っても呉の劉備派と活動してくれそうだから。

一番の問題は劉備が孫権をなめてる事。関羽もなめてたし、後の歴史を知らない限りは呉に譲歩する気はないかもしれない。

143: 無名武将@お腹せっぷく 2009/10/11(日) 19:40:36
年齢的なものもあったんじゃないか。
諸葛亮は若かったにせよ劉備や関羽は孫権や呂蒙、陸遜とは一回り以上離れているしな。
しょせんは若造だとあなどっていたのかもしれん。

147: 無名武将@お腹せっぷく 2009/10/14(水) 20:14:21
荊州で両面作戦をやらかすことだけは避けなければならない。
かつ、呉の生命線は長江の防衛ラインなので、「いつかは」荊州は確実に獲りにくる。

つまり荊州からの北上という戦略自体が非常にリスキーということ。安全策としては、関羽に北上させず専守防衛に徹せさせることが望ましい。それでもなおリスクを犯して荊州からの北上を成功させるには、呉による荊州侵攻を断念させる何かが必要。

外交的手段ないしは取引により荊州侵攻の意欲を失わせるか、戦術的に決定的な優位を見せ付けて勝ち目がないと断念させるか。それがかなわなければ両面作戦となるわけで、江東方面に対する防御体勢を整えて凌ぐしかない。

とはいえ、もはや取引云々ではどうにもならない段階というか、そもそも劉備陣営が孫権の本気度を大きく見誤っている以上、取引をして譲歩してでも孫権にこらえてもらわなければいけないという危機意識が劉備陣営にない。大体その「いつか」がまさにこの時なんだから、交渉が成功するというか交渉そのものに応じてもらえる見込みが、ない。


荊州失陥の最大の要因を、手際のよい速攻を許したこと、つまり呉の侵攻のリスクを軽視して備えが甘かったことに求めるならば、ホウ統が生きていた場合の役割の第一は、そのリスクをあらかじめ警告してもう少し呉方面への防衛体制を強化させる、ということにある。
具体的には、荊州の戦力の割り振りの見直しであり、あるいは益州方面からの増援(必然的に、征服して間もない益州方面の統治に負担はかかる)をやりくりしてもらうようにすること。

もちろんそれで荊州を守りきれるとは限らないが、呉の急襲に対していくらかでも有効な抵抗(最低限時間稼ぎ程度でも)ができれば、北方の関羽が戦線を再構築する余裕も出てくるので、多少は見込みが出てくる、かもしれない。

148: 無名武将@お腹せっぷく 2009/10/14(水) 21:35:26
しかし関羽がその意見を聞き入れるとは思えない。
彼も呉をなめきっているから。

150: 無名武将@お腹せっぷく 2009/10/15(木) 00:35:10
魏の援軍が来る前に襄陽だけでも落ちていたら、長江を天然の堀として関羽も戦力を温存したまま防衛に専念でき、呉に進出を躊躇わせて益州からの援軍を待つ猶予を稼げた・・・
かもしれない・・・

151: 無名武将@お腹せっぷく 2009/10/15(木) 00:36:52
↑訂正
漢水だた・・・

152: 無名武将@お腹せっぷく 2009/10/15(木) 01:10:46
満寵が余計な進言をせずに曹仁がさっさと退却してれば徐晃が撃破するのも難しかったかも

154: 無名武将@お腹せっぷく 2009/10/15(木) 12:14:59
どうせ荊州取られるんだったら、蜀入りした時に全郡を呉にくれてやって、同盟結べば良かったね。
それなら呉も誠意を感じて、春秋の晋と宋みたいに長期に渡る信頼関係を築けたかも知れない。
そうなれば東側の心配は無くなるし、関羽や馬良のような優秀な人材を失う事もなく、魏とももう少しいい勝負が出来たかも知れん。

155: 無名武将@お腹せっぷく 2009/10/15(木) 20:53:49
関羽や馬良や諸葛亮その他大勢が大反対するだけ
いくら劉備でもそこまでして士大夫の支持を得られるだろうか

156: 無名武将@お腹せっぷく 2009/10/15(木) 23:44:13
しかし、劉備軍側で能動的に出来ることで一番実現可能なのが荊州撤退なんだよな。
少なくとも曹仁撃破や呉撃退よりは・・・。

もし荊州陥落や夷陵で失った人材と兵が諸葛亮の第一次北伐で存続していたら歴史は変わっていたかも知れない・・・。その時は呉とももっと友好的で連携行動もずっと上手くいっていたかも・・・。

157: 無名武将@お腹せっぷく 2009/10/16(金) 00:14:08
まあ、その辺は結果を知ってる後世の人間だから言える事であって、実際にはかなり無理があるでしょ。他の人間が納得するとは思えない。
劉備も荊州の名士層は取り込んでおきたいだろうし。

158: 無名武将@お腹せっぷく 2009/10/16(金) 00:23:05
>>156
実力相応に利口な選択なんだろうが、理屈と感情は別物だから部下の求心力を維持出来ないだろう。呉蜀の仲たがいは必然なんじゃないかな
どっかで折り合いつける切っ掛けが夷陵の負けと関羽、劉備の死というだけでこれが夷陵の勝ちや陸遜、孫権の死だった可能性もある

蜀の理想としては呉を併呑するか徹底的に去勢して揚州をおいしく頂くまでしっかり専守防衛だけさせておくような状況

160: 無名武将@お腹せっぷく 2009/10/16(金) 14:11:13
関羽は士大夫嫌いだったらしいが、外見で割り食って出世の遅れた龐統なら、案外嫌われないかも知れないな。孫権に仕官断られた事を根に持っていれば、対呉でも関羽と意識が共有可。
さらに、龐統の人物評が的確な才能であれば、蜀陣営の孫権に対する甘さを指摘する大きな役割も担えるだろう。
この人、関羽と北上したりするよりも、荊州本拠で権謀術数を操ってる方が 良い気がするな・・・・・流矢もあるが、客観的・大局的に戦局を捉える能力は結構高いと思うので。

魯粛が推挙した理由として、そういう戦略性の高さがあると推測してみる。
魯粛自身が希代の戦略家なので、同種の龐統を計る物差しは的確だと思う。
軍事に長けているとして、龐統は戦の実績も無く、説得力に欠ける気が。

175: 無名武将@お腹せっぷく 2010/03/08(月) 07:14:56
>>160
それ以前にホウトウは劉備に高く買われて孔明と同じ地位を与えられてたから関羽も邪険には出来ないだろう。
フシジンやビホウとは扱われかたが違う。後ホウトウはせっかく高く買われているのに劉備にたいしても歯に衣を着せぬ言い方するし、関羽に対しても言いたいことがあれば何でも言うだろう。

178: 無名武将@お腹せっぷく 2010/03/08(月) 11:04:35
>>175
無理。
ホウ統がなんとかできるのなら潘濬がしてる。
むしろ潘濬クラスがいてもどうにもならないのが関羽。

181: 無名武将@お腹せっぷく 2010/03/08(月) 11:42:03
>>178
潘濬ってそんなにすごいの?
なんか業績あったっけ?

183: 無名武将@お腹せっぷく 2010/03/08(月) 12:00:24
>>181
ホウ統が魯粛と諸葛亮に推挙されてやっと冶中従事になったがそれより前に冶中従事になってるな。

185: 無名武将@お腹せっぷく 2010/03/08(月) 12:37:01
>>183
ホウ統は流浪の人だったから最初はその真価に気がつかなかった劉備が県令にしたのも無理はない
推挙でいきなり治中従事になった事がむしろ非凡
それ以前から官職にあったものは比較的高位にいられるだろう
黄忠はそれまでのキャリアで張飛よりもずっと早く将軍位にいるけど
黄忠>>>>>>>張飛なんて事にはならないだろう

186: 無名武将@お腹せっぷく 2010/03/08(月) 14:09:45
>>185
>ホウ統は流浪の人

ああ、ごめん演義の話か。
正史なら名声が高く、人が集まってくるほどだし。

189: 無名武将@お腹せっぷく 2010/03/08(月) 16:23:56
>>186
正史でも無位無官だったよ
名声の事は別にいってないし
少なくとも長年官位にあったキャリアを持つ人じゃない

198: 無名武将@お腹せっぷく 2010/03/08(月) 21:45:11
>>189
史実のホウ統は南郡太守周瑜の功曹。簡単にいうと「地元代表官吏ナンバーワン」
南郡が劉備の支配化に入ったのでそのままスライドして荊州牧に所属し、従事兼耒陽令となる。
つまり側近の地位を確保したまま県の行政長官になるという厚遇ぶり。
劉備はホウ統の実務処理能力に期待したと考えられる。
しかし、ホウ統は県令のような煩瑣な統治実務に向いた人間ではなく、行政理論・戦略理論に秀でた 間だったので治績が上がらず免官となった。
そこで諸葛亮や魯粛が慌てて「それは適材適所じゃないっすよ」と、従事のポストに戻した、という流れ。

ちなみに治中・別駕などの従事は秩百石。県令は秩六百石。

200: 無名武将@お腹せっぷく 2010/03/08(月) 22:39:49
>>198
>后郡命?功曹

だから周瑜のというより、荊州が落ちる前から功曹でそのまま周瑜に仕えたんだろう。

201: 無名武将@お腹せっぷく 2010/03/08(月) 23:10:02
そこまでは断定できないね。
劉表>曹操>孫権(太守周瑜)と軍事占領によって支配権が移っているのだから功曹という幹部筆頭が全く変わらないとは考えにくい。
孫権から劉備に移ったときでさえ南郡太守府の要員は替わっていると考えられるのに。

161: 無名武将@お腹せっぷく 2009/10/16(金) 16:01:33
劉備が孫権を騙して蜀を取ったって事を忘れてる
劉備の発言が無ければ、呉は蜀を攻めてた訳だし、蜀入りの時点で呉との関係は相当険悪なものになってたんじゃなかろうか
だから荊州返したくらいで、信頼関係が結べるとはとても思えないんだが…

162: 無名武将@お腹せっぷく 2009/10/16(金) 17:41:00
呉の立場では長江を防衛ラインにするなら最終的には益州まで確保しなければ意味がない
(現に、呉を下した晋軍の進軍ルートは益州荊州から長江を下るルートだった)

荊州を呉に「返還」して和を乞うのは、鶏を狼に与えて羊の番を頼むようなもの

どうして同盟をうまく維持できるだろうか


また、益州からの北上は険しい山岳に、江東および江南からの北上は広い大河に阻まれる

劉備にとっても孫権にとっても中原を目指すのに比較的進軍がたやすいのが荊州である

荊州こそが攻防の要だった

むしろいかなる犠牲を払ってでも守り抜かなければならない
(あるいは奪い取る必要がある)

164: 無名武将@お腹せっぷく 2009/10/17(土) 21:22:45
周瑜の策では呉は蜀を攻める計画だったが、周瑜があぼーんして計画は中止
劉備の発言が無くても、当時の孫権に蜀を攻める気は無かった
でも劉備が約束破って蜀取ったので、孫権は労せずして荊州攻める口実得たのでメシウマ
こういう事でしょうか

173: 無名武将@お腹せっぷく 2010/03/07(日) 23:33:42
ホウ統が死ななかったら、まず荊州の守備をホウ統や関羽に任せます。孔明、張飛、趙雲、黄忠などは蜀に行きます。まず蜀の本隊が長安、涼州方面に攻め入ります。また呉との関係は、呉は荊州を欲しがっているので出来るだけ漢中、長安、涼州が統一するまで話を延ばします。(これは実際にやっていた事)そうすれば漢中や長安方面も簡単に統一されて、中原にも、もっと早く攻め込めたはず。

もし荊州を返さないつもりなら、ホウ統が関羽を論破して関羽の娘と孫権の子を結婚させ、呉との関係を良くすれば良いと思います。その後は、呉に使者を送り、「蜀が長安に攻め入るので、孫権殿は合肥~徐州へと攻め入ってください。そうすれば曹操は二つの方面に兵を分担しなければいけな
くなるので、我らは魏の軍を蹴散らし、共に国賊曹操を討とうではありませんか」と言って共同で魏を倒そうと言う事を申し込みます。
その後蜀は、長安の劉備本隊と、荊州からの軍勢で魏の軍勢を打ち破り、そして呉は合肥に攻め込んで徐州に攻め込めば、さすがに三方面から攻め込まれれば兵法の強い曹操でも、耐え切れなかった事でしょう。

233: 無名武将@お腹せっぷく 2013/06/30(日) 22:10:06.69
ホウ統は呉に友人が多かったのでもし生きてて荊州の守備を任されていたらうかつに呉も攻められなかっただろうな。
呂蒙や陸遜のこともよく知っていただろうし、虞翻とも面識があるからな。

234: 無名武将@お腹せっぷく 2013/06/30(日) 23:38:19.44
親族が呉の重鎮やってる諸葛亮が宰相やってて攻められてるのにそりゃねーよ

237: 無名武将@お腹せっぷく 2013/07/06(土) NY:AN:NY.AN
>>234
孔明は最前線で防衛にあたってた訳じゃないからその反論はおかしい

外交のガの字も知らない関羽が前線を張ってたために呉の侵攻を招いたが呉を良く知り、海千山千の謀士たる龐統なら呉の侵攻を招く隙を与えないだろ

238: 無名武将@お腹せっぷく 2013/07/07(日) NY:AN:NY.AN
外交のガの字も知らないんじゃなくて外交する権限がない
勝手に関羽の地位を高く見積もるのやめたら?

239: 無名武将@お腹せっぷく 2013/07/07(日) NY:AN:NY.AN
>>238
権限がないならないで縁談話を勝手に断ってる(しかも暴言付きで)時点でさらに最悪
同盟国の国主との縁談が外交と無関係である筈がなく、であれば勝手に断る権限がない事になる
外交を解っていたら上に判断を仰いだり、やんわりと返答を引き伸ばしたりできる
少なくとも暴言なんて吐けない

また、国境を任された者が外交と際限の有無に関わらず、全く無関係でいられるはずがない

240: 無名武将@お腹せっぷく 2013/07/07(日) NY:AN:NY.AN
>>239
勝手に縁談断るな、じゃなくて縁談持ち掛ける相手を孫権が間違えてるから不味い
こんなもん孫権の切り崩し工作だから関羽が無碍に断る以外の選択肢がない
他なにやっても身内から裏切りの嫌疑が掛かるだけ

243: 無名武将@お腹せっぷく 2013/07/12(金) NY:AN:NY.AN ID:9o+SZ0Pw!
断るにしても、言い方ってもんがあるんでないの?
演義的で傲岸キャラとして統一させるためかもしれないけど、
無意味に相手を怒らせるような事を言うのは烈士では合っても国士ではない気が

245: 無名武将@お腹せっぷく 2014/07/15(火) 21:31:32.06
虎の子を犬の子にやれぬ!(キリッ

248: 無名武将@お腹せっぷく 2014/09/03(水) 23:33:17.61
ホウ統って孔明に嫉妬してたみたいだし、プライド高そうだから、結局ある程度までいったら、野に下って田舎でのんびりしてた可能性もある。

254: 無名武将@お腹せっぷく 2015/04/16(木) 01:45:58.33
丞相の寿命が五年は延びてる

246: 無名武将@お腹せっぷく 2014/07/15(火) 22:04:56.18
>もしも蜀でホウトウが死ななかったら

蜀の幕内がもっと酒臭くなっていた

引用元: ・もしも蜀でホウトウが死ななかったら!

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