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1: 世界@名無史さん 03/08/20 22:18
大皇帝でも奴隷でも、人間いつかは必ず死ぬ。
畳の上か、はたまたベッドの安らかなる死。もしくはあえ無い事故死惨死。
死ねば葬送。土葬火葬水葬ミイラ、鳥につつかせ死体消滅。
墓は殉死と副葬品の山、宝狙って墓泥棒。墓泥棒は考古のあけぼの。

古今東西、「死」に関連するあらゆることについてうらめしく語ろうではありませんか。

関連記事死と葬礼、墓の文化史







7: 山野野衾 ◆F6mxNHihgE 03/08/21 10:03
「樹上葬」は古代・中世の日本や朝鮮半島(近世まで)にもありましたが、死後祟りそうな異常死を遂げた人間を葬るために利用された葬法であったようです。インドなどで行われたものはどうだったか分かりませんが。樹上が祖霊が伝って帰って来るところ、新しく生まれて来る命が来るところとみなされた例もあります。
なおアイヌや南太平洋の例では生まれて間もなく死んだ子供の遺骸は戸口に埋めてまた生まれて来るようにしたそうです。日本でも生後一年未満で死んだ子供は縁の下に埋めるとか、七歳未満で死んだら葬式を出さず墓もつくらないということがありました。
アボリジニーの間では13歳までは精霊の世界に属しているものとみなされて権利も義務も認められなかったそうですよ。

9: 世界@名無史さん 03/08/21 20:29
台湾のアミ族でも、幼児は人格を認められておらず、罪を犯しても罰せられず、死んでも葬式出してもらえなかった筈。

堕胎、間引きで死んだ胎児、赤子は東北地方では土間の藁打ち石の下に埋めたそうな。

13: 山野野衾 ◆F6mxNHihgE 03/08/21 22:11
>9
日本列島も含めた西太平洋側では割りと一般的な考えなのでしょうか。土間の藁打ち石の下ですか・・・。
異常死といえば欧州などでは遺骸が殺した人間を告発する(死体がなにかしらの反応を示す)という事が言われていましたね。
告発とは別に死体を持ち出して原因となった家に押しかけて金銭をせしめる習慣があったのが清代の江南。日本の落語「らくだ」との影響は不明ですがやっていたことは似たようなものでした。

10: 世界@名無史さん 03/08/21 21:00
ニューギニアのある部族は死人がでるとその遺体を食べてしまう。
彼らが言うには、
「遺体を冷たい土に埋めたり、焼いてしまうなんてかわいそう。食べれば死者は我々の中で永遠に生きつづける」なんだそうな。
しかしこの風習ゆえにクールー病大流行。

日本にも遺体を食べる風習はあった、と聞いたことある。
死者の遺品を分ける「形見分け」は、本来は遺体を解体して皆で分ける「片身分け」なんだそうな。

16: 山野野衾 ◆F6mxNHihgE 03/08/22 15:22
>>13で述べさせていただいた江南の習俗ですが、明代からありました。「図頼」(頼を図る)と呼ばれたものでこの場合の頼は「言いがかりをつける」といった意味をもった言葉。
荻生徂徠は「図頼はねだることなり」と記しましたがこれには死、ないしは死骸がつきものとなっていました。以下は各時代の役人のコメントです。
16世紀末に福建省の巡撫(長官)を勤めていた許フ遠「福建の無頼の輩は、ちょっとした諍いを原因として、すぐに服毒したり、首を吊ったり、或いは奴婢や子孫を殺したりする。ひどい場合には年老いた病気の父母を無理やり自殺させ、それによって相手の家を責め立て、財物を掠め取ったり、或いは人を傷つけたりする。さらには殺人事件として御上に告発すると、書類係や検死役、下っ端や村役などが何かと脅し取り、その家はたちまち破産してしまう。こうした風潮を助長してはならない。」
18世紀の前半に河南省の巡撫を勤めていた田文鏡
「河南省の習俗では、女性たちの自殺が多い。ある者は舅・姑に罵られたことによって、ある者は夫との齟齬によって、ある者は兄嫁との不和によって、そしてある者は隣近所との喧嘩によって、いともあっさりと自殺する。父兄たちは常日頃から教え諭すこともせず、向こう見ずな行為を勝手にさせており、逆に死んだ後で金儲けを企て、この死にかこつけて誰かからむしりとろうとする。」

18世紀の末に江西省の司法長官を勤めていたオウ(さんずいに王)志伊
「もし地主が田んぼを取り上げようとしたならば、その佃戸は婦女子に騒ぎ立てさせるのでなければ、老人に命を捨てさせて無理やり田んぼを自分のものにしようとする。」


153: 世界@名無史さん 04/05/27 18:47
韓国では葬式のとき大声で泣き叫ぶけど、東南アジア諸国はどうなんだろうね?
あんな大げさな泣き方するの?

154: 世界@名無史さん 04/05/28 09:24
台湾もそうだったと思いますが、儒教でしょう。
ご先祖様が繁栄を与えてくれるんで、ご先祖様に態度であらわさにゃ 韓国では、数年後、法律で火葬に変わるんで
土饅頭(土の墓)から、石の墓へ400万円~500万円で作り直しているようです。
中国でも、石の墓がはやり、200万円くらいのお墓がよく売れているそうで、中国製だと思うんですが。
どちらも、貧乏人は無理でしょうが

日本でも、戦前まで年寄りはご先祖様になっておまえらを守ってやると
胸をはって死んだそうですが
今は、ご先祖様にもなれなく一人寂しく死ぬしかないですね。
今の日本人は泣かないね。きっと。

162: 世界@名無史さん 04/09/30 13:37:56
>>153-154
まあ、人が死んで悲しい、なんて本当に悲しいんじゃなくて「自分は悲しんでいます」ていう社会的儀礼を果たすための機能的な行為なんだろうね。

156: 山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM 04/05/28 13:22
>日本でも、戦前まで年寄りはご先祖様になっておまえらを守ってやると
>胸をはって死んだそうですが

平安時代からの伝統で、今でも無いともいえませんが、減少しているのは確か。
仏壇も神棚もない家が増えていますから仕方が無いともいえますが、残念です。

170: 世界@名無史さん 05/02/08 17:07:54 0
冷凍葬に処された元首というと、


レーニン/スターリン/毛沢東/ホー・チミン/金日成

こんなところでしたっけか?

171: 世界@名無史さん 05/02/08 20:13:59 0
偶然か意図的かは分からないが、真っ赤な人ばっかだな

172: 世界@名無史さん 05/02/12 12:09:28 0
元祖のレーニンにあやかった結果では?

173: 山野野衾 ◆a/lHDs2vKA 05/02/12 19:53:04 0
彼らの「信仰」だという人もいましたね。崩壊前に聞いた話ですが。

175: ハリネズミ ◆qBLXpo7Q9Y 05/02/14 22:45:59 0
上田一生『ペンギンの世界』岩波新書
で、青柳昌宏氏がペンギンのコロニーは実は死屍累々の世界と言っていたことを思い出してしまいました。氷漬けペンギン!

176: ハリネズミ ◆qBLXpo7Q9Y 05/02/21 22:40:54 0
「両墓制」の話が出ていないようなので、
一人の死者に対して、死体を埋める「埋め墓」と、石塔をたてる「詣り墓」と二重に持ち、死体は穢れたものとして「埋め墓」に葬り、霊だけは別に「詣り墓」の方でまつる。

177: 世界@名無史さん 05/02/22 01:35:11 0
なるほど
ひとつの洗練された形式だね。

178: 世界@名無史さん 05/02/22 01:37:31 0
中国地方に多いんだったな。両墓制は。

179: 山野野衾 ◆a/lHDs2vKA 05/02/22 15:43:55 0
四国や若狭・滋賀にもありますよ。実見した事もあります。
「埋め墓」は遺骸を葬った後に放置される事から、「両墓制」という表現には異論も出ているので、軽々しく使えませんが。現地では「墓」とは考えられていない場合も多かった筈。
中世前期には、庶民は基本的に墓を築かず、遺骸は野ざらしにしていましたね。地域によっては、明治時代まで曝葬が行われていました。死体を野に運ぶだけ。
葬送に参加出来たのも基本的には家族だけで、近世に続く「村」という組織が成立し、地域ぐるみで葬送が営まれる様になるのは戦国期からです。

180: 世界@名無史さん 05/03/02 23:40:58 0
ヨーロッパの広場や公園でみかける「無名戦士の墓」などの慰霊碑的な墓碑に多いのですが、路面に埋め込んで一体化している種類のがありますよね。パリのなどは通行人が踏みつけにするような立地ですが、欧州の人は気にしないのでしょうか?

181: アクィラ ◆0fUIPC892c 05/03/02 23:52:10 0
ヨーロッパでは、教会の境内の床(誰でも踏まれる所)に、寄進者なり有力者の墓らしきものが、あったりしますね。

183: 世界@名無史さん 05/03/03 14:26:33 0
>>181
ヒエー、やっぱりあれ、墓だったんですか。
てっきり無縁仏の墓碑を教会改装時に流用したのだとばっかり。

182: 世界@名無史さん 05/03/03 00:02:30 0
サルバドール・ダリの墓も、美術館の入り口付近の床にあるね。

184: 世界@名無史さん 05/03/13 00:53:57 0
故人の墓を踏み付けにすることに抵抗はないのでしょうか?

191: 世界@名無史さん 2005/05/25(水) 18:50:14 0
葬儀の儀式なんか見るとキリスト教の方が仏教、神道より比較的簡略というかドライだな。

193: 世界@名無史さん 2005/06/10(金) 21:56:26 0
>>191
祖先崇拝色が薄いせいもあるかも。

192: 世界@名無史さん 2005/05/25(水) 19:00:06 0
葬式儀礼は地域性に流されるので宗教単位じゃ比較できないんじゃない?
同じ仏教でも原始仏教と日本の葬式仏教じゃ全然違うだろうし

195: 世界@名無史さん 2005/07/17(日) 07:25:07 0
あぐらの姿勢で天地逆さま、頭を下にして埋葬したのはシカン文明の墳墓だったな。
天井に階段が彫られてたのもこの文明だったかな。
天地逆さまという発想はなにか意味がありそう。
現世と来世は鏡写しのように対称を成しているという発想からだろうか。

196: 世界@名無史さん 2005/07/17(日) 13:04:41 0
日本の場合は姿がなくなっても魂となって側にいるって考えだし
他の地域では埋めた場所にいるって感じてるじゃん?
その差は結構でかいと思うよ

198: 世界@名無史さん 2005/08/08(月) 14:45:51 0
仏もヒンドゥーもイスラムもキリストも死んだら魂は肉体を離れます
日本の考えでも、いつもそばにいるわけではありません

祖先の霊(死霊)は時とともに祖霊、神霊へと変わります。

また、穢れとはけして汚いもの悪いものだけを指すのではありません。
多くの民族学者が昔の人は死体を恐れていたような解釈をしていますが、
あなた達は親が死んだ時いきなり汚らわしいもののような扱いができますか?
野っ原にうち捨てて平気ですか?
昔の人はそんなに情がなかったと思いますか?
上の方に両墓制の話が出ていましたが、もっと別の方面からの考察も
必要だと思います。

218: 世界@名無史さん 2005/12/31(土) 10:59:27 0
ローマでは市内の墓地は禁止で、市外に設けていた。のちに、教会が墓地を市内にもちこんだんだよね

219: 世界@名無史さん 2006/01/03(火) 01:53:14 0
西洋式の墓だといつかいっぱいになるだろ。
日本も最近は永久墓が多いのでいつか問題になるだろうけど。

221: 世界@名無史さん 2006/01/12(木) 15:45:26 0
>>219
中世以降のヨーロッパのお墓だと掘り返しては再利用です。
「ハムレット」の墓場の場面がそれで、シェイクスピアの墓碑銘の「わが骨を動かすものに呪いあれ」というのは再利用禁止ということらしい。

226: 世界@名無史さん 2006/01/28(土) 17:29:47 0
ケルトの墓では、男性の墓も女性の墓も対等な規模・形式で副葬品も同等に豪華。

228: 世界@名無史さん 2006/01/28(土) 18:29:11 0
>>226
車輪の副葬品が特徴的す。

231: 世界@名無史さん 2006/03/09(木) 01:31:42 0
こないだ見た「謎のアマゾン古代文明」、モホ文化の特番ね。
複数の被葬者がキオツケの姿勢でうつぶせに埋葬されていたのが珍しかった。
仰向けはわかるがうつ伏せ、ってのはいかなる由来なんだろうな。

232: 世界@名無史さん 2006/03/25(土) 20:53:08 0
魂が抜けないようにとか?

235: 世界@名無史さん 2006/04/13(木) 00:59:50 0
>>232
シカン文明の墳墓から見付かった首長らしき男性の遺骨も、頭を真下にした「天地逆さまあぐら座り」という不思議な埋葬姿勢。

モホの遺骨と併せて想像するに、大地に帰るという発想なんだろうか。

237: 世界@名無史さん 2006/05/30(火) 23:35:22 0
ところで、何で埋葬するの?

238: 孟軻 2006/05/31(水) 01:51:41 0
>>237
確かに昔は埋葬とかせずに野ざらしだったんだよ。
でもな、野ざらしにしとくと死体に蛆やら何やら沸いたりとか、野良犬とかが死体を食いちぎってバラバラになったりじゃん。たとえば自分の親が死んでそんなになってんの見るのイヤだろ?
だから土やなんかを死体の上に盛り上げて覆い隠したのが埋葬の始まりなんだよ。

258: 世界@名無史さん 2007/03/11(日) 21:58:43 0
鍋被り葬ってなに?

261: 世界@名無史さん 2007/03/15(木) 04:01:13 0
>>258
鍋被り葬って、ハンセン病などの伝染病で亡くなった人の頭に鍋を被せて埋葬すること。

おそらく日本独自だろう。もし中国や東南アジアの事例があったら教えて!

262: 世界@名無史さん 2007/03/15(木) 17:53:25 0
しかし北海道のオホーツク海沿岸で10世紀ごろ栄えた「オホーツク文化」では、遺体の顔の部分に甕を伏せてのせ、葬る例もある。

ちなみにらい病患者の埋葬法に、「墓に炒り豆を蒔き、『この豆が芽生えたらまた来る』と言い残こす」ものもあった。当然炒り豆が芽吹くはずがない。

それだけらい病は嫌われていたのだ。

277: 世界@名無史さん 2007/07/15(日) 13:58:16 0
>>262
たしか一様に被葬者の頭が北西を向いているというのはオホーツク文化でしたっけ?

263: 世界@名無史さん 2007/03/16(金) 02:57:09 0
日本のハンセン病死者に対する「鍋被り葬」みたいな特殊葬法は、ヨーロッパや中国などでは、どのような死者に対して行われていたのでしょうか。

266: 世界@名無史さん 2007/04/14(土) 18:09:43 0
珍しいところでは平原インディアンの樹上葬。
映画「ウォー・パーティ」で登場する。

267: 山野野衾 ◆CXSSL1llHI 2007/04/14(土) 18:56:12 0
>>263
>特殊葬法
ハンセン病以外の例でしたら、中世の西欧では、刑死者の死体を十字路に埋めたようです。日本でも悪党の死体を十字路に埋めた例がある。

>樹上葬
東南アジアにもあったと思いますし、仏典にもインドの習俗として登場していますが、我が国でも古代から中世にかけて、神罰や病気で異常死した人間に対して行われました。木の枝に棺桶をかけたりしたものです。
異常な赤ん坊(奇形など)も同様の処置がとられており、木にかけるという行為は再生を意味していました。中世ヨーロッパの絞首刑も、罪人を果実に見立てて再生を祈願したという説があるくらいです。

269: 世界@名無史さん 2007/04/15(日) 16:09:41 0
ニューギニア高地民族にも、火葬とともに樹上葬がある。
木の上に小屋を作り、そこに遺骸を納めるのだ。

ホンカツの「ニューギニア高地人」に書かれている。
この当時のホンカツの本は面白いんだが・・・

271: 世界@名無史さん 2007/04/16(月) 02:22:52 0
葬儀ではないがヴァイキングは生贄の死体を木に引っ掛けたとか罪人だったかな

268: 世界@名無史さん 2007/04/15(日) 16:05:51 0
悪人は、四肢をばらばらにして、それぞれ別の場所に埋めるという風習の一部が、首塚だと聞いたことがある。

胴体塚とか足塚とか手塚などはあるのだろうか?
将門にはなんかそんなものがあったような・・・。

270: 世界@名無史さん 2007/04/15(日) 16:31:57 0
神奈川の伊勢原には、太田道灌と将門の首塚と胴塚が、それぞれある。

281: 世界@名無史さん 2007/10/28(日) 11:07:15 O
西洋だと中世~近世まで魔女や吸血鬼とされた人の死体は心臓に杭を打ち込んだり首を胴体から切り離して埋葬してる。
今でもハイチでは心臓に杭を打ち込んだりしてるそうだ。

272: 世界@名無史さん 2007/05/01(火) 17:21:32 0
日本の墓石の歴史は下記のようなものだったらしいが、西洋の墓は基本的に個人銘記の墓なの?
プレート型の墓石や木の十字架の形が多いの?。


平安時代→五輪塔(名前は刻まず)
鎌倉時代→宝篋印塔(名前は刻まず)
南北朝期→宝篋印塔(法名を刻む)
室町~戦国期→五輪塔か宝篋印塔(名前あったり、なかったり)
江戸初期→箱形、河原の丸い石(法名のみ刻む。個人単位)
江戸中期→箱形、河原の丸い石(法名・歿年月日を刻む。個人単位・夫婦単位)
江戸後期→屋根付き位牌形、箱形(法名・歿年月日・俗名を刻む。水鉢に家紋を入れる)
江戸末期~明治初期→位牌形、角柱形(現在の形) (法名・歿年月日・俗名を刻む)
明治初期→角柱形 (俗名・歿年月日のみ。法名を刻まず) 廃仏棄釈の影響
明治中期~大正→角柱形 (俗名・官位・歿年月日。法名を刻む場合もあり)
大正~昭和→角柱形 (「○○家之墓」が流行、法名・俗名・歿年月日。戦没者は官位を
     刻む場合もあり)
戦後日本→角柱形 (「○○家之墓」、法名・俗名・歿年月日。傍らに法名碑を建て
     法名を列記。官位を刻むものは皆無)
平成→角柱形、モニュメント型(「○○家之墓」と刻みつつ内容は核家族化に伴い
     夫婦墓が多い。公園墓地が一般化。墓の形でない、モニュメント型が増え
     横長で「やすらぎ」などと刻んだ無宗教墓、二家を合祀した合祀墓も増える。

のような状態が各時代のスタンダード。(地方や財力の差により若干のズレがあるが)

273: 山野野衾 ◆CXSSL1llHI 2007/05/02(水) 12:03:34 0
横入りで失礼しますが、平安時代には厚みのある角卒塔婆で、良源のように石で作らせた石卒塔婆もあり、鎌倉時代中期には五輪塔も墓標とされるようになり、鎌倉時代末期には既に伝来していた宝篋印塔や板碑も墓標に加わり、南北朝時代には法名も刻むようになったというのが、私の認識ですね。勿論、江戸時代まで卒塔婆や五輪塔も墓標に使われている。

寺院の境内に墓地が見られるのは15~16世紀に発達して地方に広まったもので、現在に残る墓石が多く見られるようになるのは、論者にもよりますが、大体享保以降でしょう(少数であればそれ以前のものもあります)。位牌型は江戸後期。神道家や庶民は自然石が多く、庶民は単に銘のない自然石か木製の卒塔婆を墓標として、数年で土に返していた。

明治~戦前は>>272氏の言われる角柱型(江戸後期からあり)が多く、資産家だとエジプトから運ばれたような尖塔型の角柱が置かれている場合もありますが、田舎は位牌型も多く、腰より低い大きさのものが目立ちます。自然石を加工して戒名を刻んだ境内墓地もあり。○○家之墓は、「神道に由来する祖霊信仰」を喧伝した明治政府の影響を受けて、明治20年代以降に流行したようです。それまでの墓は個人のもので、参る対象も見知った範囲内。
イエ制度の整備(イエ自体は以前から存在した)に加えて、知識のない「先祖」の霊やその先に存在する八百万の神々に対する信仰を喧伝し、神道は宗教を越えた日本国民の習俗であって、神仏分離後の仏教徒やキリスト教徒も神社に参拝すべきであり、ひいては皇室を崇敬すべきであるとしたものです。

292: 世界@名無史さん 2008/11/25(火) 14:36:56 O
私の家系の墓は共同墓地とかではなく、父親が子供の頃に育った家の敷地内にあるんですが、よくある事なの?

294: 山野野衾 ◆09Xc/lRh7Y 2009/01/17(土) 18:36:49 0
>>292
地方や宗派にもよります。中国地方以西の非真宗などでは、家と家族の墓が隣接しているところもありますね。

295: 世界@名無史さん 2009/01/21(水) 18:35:19 0
>>294
うちは東京都の最果てだけど、屋敷の敷地内にお墓のある家なんてゴロゴロあるぞ
田舎の旧家じゃふつうじゃね?

296: 世界@名無史さん 2009/01/22(木) 04:43:50 0
敷地内は、普通じゃないと思うが。
地方によるんじゃ?

298: 山野野衾 ◆09Xc/lRh7Y 2009/01/23(金) 19:22:35 0
家に隣接して複数の墓を建てるところもあれば、区切った庭の角にその家を建てて土地を開いた人の墓を建て、守ってもらっている場合がありますね。屋敷墓というもので、少なくとも10世紀には存在したようです。民俗学の概説書には青森県から高知県にかけての分布とありますが、集団墓地や両墓制の土地もあります。両墓制は近畿~瀬戸内に多い。
小林よしのり先生も、数年前にギャグ漫画で扱っておいででした。
もっとも、後者でも詣り墓を敷地内に建てることは可能でしょうが。
集団で葬り、墓標に拘泥しないのは真宗に多かった。

ttp://qanda.rakuten.ne.jp/qa3476550.html
法的な面も含めた説明は、こちらにあります。
ここで曹洞宗の方が仰っておいでの屋敷墓というのは、各家に隣接した形で 複数の墓標が並んでいるもので、通常民俗学などで言う屋敷墓よりは広い意味で使用されているようです。
>>295氏のお宅のものも、こちらでしょう。

299: 世界@名無史さん 2009/02/11(水) 16:55:54 0
長野県で、神社の境内、参道の脇に墓が建っているのを見たことがある。
普通の家墓だったけれど、神職家の墓なのかな?

引用元: ・死と葬礼、墓の文化史

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