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1: 世界@名無史さん 03/04/14 06:58
湯名なのだと女王とか結構いるけど
そんなに規模が大きくない場合
女の子が領主や一族の当主になったりすることって
どの程度あったんですか?
また、どんなの人がいたのか知りたいです








6: 世界@名無史さん 03/04/14 07:35
イモラ城主カテリーナ・スフォルツァー(1463-1509)

ルネサンス期の女傑。飽きた亭主を刺客を使って処分するわ、自分の身代わりで人質となった子供を平気で見殺しにして、ここ(お腹)からまた生んでやると啖呵をきるわでやりたい放題。

9: 世界@名無史さん 03/04/14 08:43
しかしやはり仕えるならむさいおっさんやバカ殿より
美少女お姫様のほうがいいよな>>6見たいのはやだけどw
弱小国の可愛いお姫様とかが理想
すごい忠臣になりますよ?おれは

23: 世界@名無史さん 03/04/14 18:18
>>9
残念ながらそんな娘は領主など務まらない罠。
だいたいが、カテリーナ・スフォルツアとかバートリ・エルジェベトのようなパターンだわな。

24: 世界@名無史さん 03/04/14 18:38
バートリ夫人は奥さんであって領主ではないのでわ

11: 世界@名無史さん 03/04/14 09:05
アルバ公爵夫人
スペイン第一の貴族ですた

16: 世界@名無史さん 03/04/14 09:40
>>11
スペインは女性でも爵位を継げるからね。

13: 世界@名無史さん 03/04/14 09:25
立花誾千代

15: 世界@名無史さん 03/04/14 09:40
トスカーナ女伯マティルダ


マティルデ・ディ・カノッサ( 1046年? - 1115年7月24日)は、トスカーナ女伯。所領のカノッサ城でいわゆる「カノッサの屈辱」事件が起こった。

17: 世界@名無史さん 03/04/14 13:32
アリエノール・ダキテーヌ

フランスの女領主で仏王と英王の両方とケコーンしたと聞いている。


アリエノール・ダキテーヌ(1122年 - 1204年4月1日)は、アキテーヌ公ギヨーム10世の娘でアキテーヌ女公。トルバドゥールで知られるギヨーム9世は祖父。自身もベルナール・ド・ヴァンタドゥールら吟遊詩人を庇護して多くの文芸作品を誕生させ、洗練された宮廷文化をフランス、イングランドに広めた存在として知られる。はじめフランス王ルイ7世の王妃、次いでイングランド王ヘンリー2世の王妃。
中世盛期の西欧における最強・最富な女性の一人であった。


19: 世界@名無史さん 03/04/14 15:28
女大名・今川寿桂尼

20: 世界@名無史さん 03/04/14 17:32
本来の封建制では従軍義務と封の授与とが引き替えだったため、従軍能力のない女性は封臣にはなれなかった。これは未成年の男性についても同じ。
しかし、次第に封が世襲のものとして観念されるにつれて、女子供でも封を与えられるようになった。したがって西欧では中世中期ごろから女性領主は多く見かけられるようになる。

27: 山野野衾 ◆F6mxNHihgE 03/04/14 20:55
立花誾千代・今川~なんてのが出ているので南部ねねを挙げておきます。
遠野三万石の女大名。但し未亡人で息子が成長するまでの中継ぎ。

28: 世界@名無史さん 03/04/14 21:11
女の子ですよ!女の子、少女。十八歳まで。のびても二十歳。

35: 世界@名無史さん 03/04/14 22:59
女王ではあるが、卑弥呼、台与の頃の場合、国家の規模はたいして大きく無かったと思わ
れ。
台与なら年齢的にも文句無いのでわ?

36: 山野野衾 ◆F6mxNHihgE 03/04/15 00:15
>35
連合体の首長とか、魏晋に使いを送ったということを考えると「小」では無いかと。萌えるか否かはまた別問題ですが。

37: 世界@名無史さん 03/04/15 00:59
武則天

39: 世界@名無史さん 03/04/15 22:36
スウェーデン女王クリスティナ。グスタフ2世アドルフの娘。
30年戦争で父王が戦死したため5才で即位。
オクセンシェルナ他の摂政団が実権を握り、30年戦争の後半を優勢に戦った。クリスティナは18才より親政を開始し、ウェストファリア条約でスウェーデン領土を拡大した。28才で退位。カトリックに改宗し不評を買う。
男装を好んだが余り美人ではなかったようだ。

43: 世界@名無史さん 03/04/16 23:57
八条院暲子。
12世紀の日本で230箇所の荘園を所有。
源頼盛の黒幕。

44: とてた 03/04/17 00:01
ハワイイの最後の王、リリウォカラニ陛下。

若い頃に結婚(その後離婚)した旦那さんは、アメリカ人。
アロハ・オエの作者でもあります。

45: 世界@名無史さん 03/04/17 00:18
ヨーロッパじゃ、女性が領地を継承することもけっこうあったみたい。
イングランドがアキテーヌを得たのは、その領主だったエレアノール(アリエノール)とヘンリー2世が結婚したからだし。
こりゃ、ヨーロッパで政略結婚が盛んになるわけだ。

46: 例の170 ◆vBOFA0jTOg 03/04/17 01:17
領主・当主ではないかもしれないが・・・。
チュン・チャック(徴側)andチュン・ニ(徴弐)姉妹

ベトナムの国民的英雄。メーリン州(現在のハノイ北西部)出身の土豪の娘。
この頃のベトナムは無能な太守 蘇定による暴政に苦しめられていた。彼女らは、AD40年にとうとうチュンの夫が殺されるに至って、ついに後漢に対して反乱を起こす。
この反乱はあっという間にベトナム全土に広がり、土豪達はこぞってチャック姉妹に追従した。後にハイ・パ・チュン(徴姉妹)の乱と呼ばれる事件である。蘇定が抵抗もせず逃げ出すと、一方的に独立を宣言し、翌年にはチュン・チャックを王とした「徴」を建てた。

42年に光武帝によって派遣された将軍馬援と十万(2万とも)をさんざん苦しめたが、最後には43年にチャック姉妹は頸をはねられ、独立は失敗に終わった。
なお、彼女らは霊廟に祭られ神となり、ハノイでは年に一度、三月にハイ・パ・チュンの祭りが盛大に執り行われている。

珍品として鹵獲されたチュンの愛用した竹笛は本国に送られた後、その音色を聞いたものが次々と病に倒れたとか光武帝があわててベトナムの寺院に納めたとか何とか。

47: 世界@名無史さん 03/04/17 07:15
>>46
当時のベトナムでは女性の実力者が多かった。
その女性たちも姉妹を支持した。

50: 世界@名無史さん 03/04/17 12:39
「女の子」というには厳しいけど。

敏宮淑子(ときのみや・すみこ)内親王 文政12年生明治14年没

仁孝天皇の皇女で、将軍家に降嫁した和宮とは異母姉妹。
34歳の時、四親王家のひとつ桂宮家の当主に迎えられる。
桂宮家は弟の節仁親王が養子に入り相続していたが、すぐに亡くなってしまい、長年空主が続いていた。皇女による親王家相続は、女帝のいた江戸時代においてもこの敏宮のみで、極めて異例のことであった(当主の妃や母が家督相続した例はあり)。
ちなみに桂宮家は淑子内親王の薨去した後、継嗣を得られず廃絶に至る。

52: 世界@名無史さん 03/04/17 13:00
クレオパトラ7世フィロパトル
即位時の年齢は17歳、カエサルと組んで単独でエジプト女王になったのが19歳だね。

56: 世界@名無史さん 03/04/17 16:04
定番だけど……
ポーランド女王ヤドヴィガ

即位したとき10歳くらいで、しかも絶世の美少女だったとか


ヤドヴィガ・アンデガヴェンスカ(373年10月3日/1374年2月18日 - 1399年7月17日)は、ポーランド王(在位:1384年 - 1399年)。

女性の君主でありながら女王ではなく王の称号を持つが、これはヨーロッパでは非常に稀な例である。ハンガリー名はヘドヴィグ。カトリック教会の聖人で、女性君主、王妃および統合ヨーロッパの守護聖人である。


88: 世界@名無史さん 03/04/19 17:21
>>56
姉のマリアはハンガリー王ですね。
夫のジギスムントが王と書かれることが多いですが・・。

59: 世界@名無史さん 03/04/17 21:11
鎌倉時代にどっかに女領主っていたよね。
あの時代「ご恩と奉公」だったのに何で領主になれたんだろう?

62: 山野野衾 ◆F6mxNHihgE 03/04/17 23:54
>59
普通に女子(というか全ての子供に)相続権があったのですよ。東北の安東氏から九州の大友氏まで色々と例があります。名前は虎、犬など。
なお女性は結婚時に所領を持参して嫁ぎましたが、原則として一代限りでした。御家人制度は惣領(一門の当主)制が基盤。軍役を果たす際には惣領が一門を率いて戦いました。
詳しくは石井進先生の「鎌倉武士の実像」(平凡社)をどうぞ。

76: 59 03/04/18 22:52
>>62
なるほど、軍役は惣領単位だった訳ですね。
非常に明快な回答に長年の疑問が完璧にとけました。
ありがとうございましたm(_ _)m

63: 世界@名無史さん 03/04/18 05:23
女の子が領土の相続人で、しかも器量良しとかだと近隣の領主の政略結婚の最優先目標になっちゃうんでしょうね。
戦わずして勢力が増える機会になるわけですから。

ハプスブルク関係だと、そういうの一杯ありそう。

64: 世界@名無史さん 03/04/18 09:30
>>63
>女の子が領土の相続人
>ハプスブルク関係

ぱっと思い出したのはマリア・テレジア女帝(日本ではマリー・アントワネットの母として有名)
政略結婚の最優先目標になってたのかもしれないけど、実際にケコーンした相手は初恋のフランツ公子。
当時の王族にしては珍しく恋愛ケコーン。
まあ下手に釣り合いの取れた隣国の王族とかを婿養子に貰っちゃったら、そのまま乗っ取られかね
なかったので、小国の公子の方が都合よかったのかもしれませんね。

68: 世界@名無史さん 03/04/18 15:41
>>64
その結婚、当時のハプスブルクを代表する名将のオイゲン公は徹頭徹尾反対してたらしいね。結婚式にも欠席したとか。カール六世の死後に、周辺諸国が攻めてくるのが読めてたんだろう。ただ一つ、マリア・テレジアの器量だけは読み違えていたらしいけど。
或いは彼女としては、自分の結婚そのものに批判が及ぶのが嫌で、必死だったのかも知れないが。

それにしても、随分勿体ないことをしたなあという印象。ドイツ方面に戦わずして進出する好機だったと思う。彼女くらいの才気なら、そう簡単に乗っ取られることもなかったろうに。

マリア・テレジアを巡る関係というのは、一流の女は自分より器量が下の男を支配して満足することが多いが、超一流の男に敗れ去るというパターンの亜種だと思う。フリードリヒが文字通りの超一流かどうかはともかく、何か似た雰囲気を感じる。

87: 03/04/19 15:17
>>68
オイゲン公は、「プロイセンのフリードリヒと結婚しる!」って薦めていたと聞いた。

90: 世界@名無史さん 03/04/19 20:31
>>87
もしフリードリヒ大王とケコーンしていたら、18世紀中にドイツは統一されていたかも。

80: 世界@名無史さん 03/04/18 23:12
マルグリット。
16世紀スペインに占領されていた小国ナヴールの女王。
名目だけの女王だったが文才があり「エプタメロン(七日物語)」を書く。

85: 世界@名無史さん 03/04/19 11:14
おね、淀殿、春日局なんかも数千石~数万石の自分の領地を持ってたよな。
現地の統治は代官がやってたにしても。

91: とてた 03/04/19 22:00
うろ覚えですが、トンガにも女王様がいたような。
ニュージーランドのマオリ王も、今は女王様ですし。

あとは…マダガスカルのメリナ朝にも何人かいたとか。

92: 世界@名無史さん 03/04/19 22:08
マイナーなところではハウザ王国(北部ナイジェリアのあたり)は10~11世紀、連続17人の女王によって治められていた。
アフリカ南東部のロベドゥ族は代々、シャーマンな女性を長としている。
最後は自殺する義務がある。

93: トトメスⅢ世 ◆prgqkIQ406 03/04/19 22:16
>>92
ヨルバと違って北部の方は女権が強かったのですかね?
ヨルバ・ベニンなら女性の支配者はまず考えられないのですが。

96: 世界@名無史さん 03/04/19 22:31
>>93
アフリカ史は詳しくないのですが、たまたま手元にある本にこう書かれています。
「1千年以上も昔、現在のガーナ、ニジェール、チャド、ナイジェリア、カメルーンにあたる地域では、女性が移住者を先導し、都市を建設し、統治した」。

97: トトメスⅢ世 ◆prgqkIQ406 03/04/19 22:35
>>96
成る程、確かにヨルバ文明(中部・南部ナイジェリア)でも女性は支配者にこそなれませんでしたが、社会的な地位は高かったですね。
地域によっては女権が強かったという事なのでしょうね。

94: 山野野衾 ◆F6mxNHihgE 03/04/19 22:19
いい加減小領主というものの話では無くなって来ていますが、小国の女王といえばタンザニア、マダガスカル、ハワイが思い浮かびます。
タンザニアの女王は交渉時にフランス人が椅子を出してくれなかったので男の奴隷を椅子代わりにして話したらしい。おっと、念の為言っておくと女王はいい年で太っちょだったようですよ。

95: 世界@名無史さん 03/04/19 22:21
に、人間椅子・・・
(;´Д`)ハァハァ

98: 例の170 ◆vBOFA0jTOg 03/04/19 23:41
ハッ∑(;´Д`)
ラクシュミー・バーイーは?

99: 世界@名無史さん 03/04/20 01:32
>>98
15歳で結婚し、26歳で夫が死去。ジャーンシ国を何とか護ってきたが、イギリスの圧力は目に余るものが。後家のがんばりというか、戦わざるをえなかったというべきか。

アジアならベトナムのチュン姉妹は事実上、女王でしょう。

123: 世界@名無史さん 03/04/20 19:19
イギリスやスペインには女性領主もいたらしいけど、フランスの女性領主は知らない

126: 世界@名無史さん 03/04/20 19:48

>>123
フランスでも、たとえばエレアノール・ダキテーヌはアキテーヌの領主。
だからこそ、彼女のルイ7世との離婚・ヘンリー2世との再婚は、アキテーヌをイングランド領にしてしまうことになった。

128: 世界@名無史さん 03/04/20 20:47
ポンパドゥール夫人はポンパドゥール侯爵領の領主だったわけ?
夫のル・ノルマンはエティオールの領主だけど爵位持ってないし。

129: 世界@名無史さん 03/04/20 21:11
ポンパドゥール夫人は侯爵だったの?

130: 山野野衾 ◆F6mxNHihgE 03/04/20 22:31
ルイ15世が侯爵領を買い取って与えていたような。

132: 世界@名無史さん 03/04/21 10:16
西欧では、個人の所有という概念が非常に早くからあり、夫人が実家から領地を相続していた場合、いくら夫婦といっても、夫や夫の一族は、その領地を自由にはできませんでした。
その一例。
英国王スティーヴンの王妃マティルダは同名のマティルダ(神聖ローマ帝国皇帝に嫁いだので、区別のためよく皇妃マティルダと表記されます)と抗争しましたが、彼女が夫スティーヴンを捕虜にされてもなお抗争をあきらめなかった理由は、皇妃マティルダが王妃マティルダ個人の領地ブローニュまで要求したからです。
皇妃マティルダは前王ヘンリー1世の娘であり、その時点での唯一の嫡出子なので王位を請求する正当性はある(ちなみにスティーヴンはヘンリー1世の甥)が、実家から相続した王妃マティルダの領地まで差し出せというのは正当性のない無分別な要求だったわけで、皇妃マティルダは、この時点で王妃マティルダ派と有利な講和を結ぶことができず、けっきょく王位を手にすることができなかったのです。
(まあ、最終的には、皇妃マティルダの子ヘンリー2世がスティーヴンの跡を継いでプランタジネット朝を開くことになりますが。)

134: 世界@名無史さん 03/04/21 11:35
ルイ十四世の愛妾だったモンテスパン侯爵夫人には夫はいたの?

139: 世界@名無史さん 03/04/21 23:27
ルイ王朝時代の侯爵夫人というのは便宜上のものだよ
当時は今とモラルが違う
未婚女性が男性と交際することは厳禁
王が目をつけた女には誰か適当な男と形式上の結婚をさせた
既婚女性の浮気は既婚男性の浮気と同様に認められた

140: 山野野衾 ◆F6mxNHihgE 03/04/21 23:29
>139
夫人の部屋は聖域であり、夫は妻の部屋に入って間男と居るのを見ても突然入った無礼を詫びて退室したほどであったとか。

145: 世界@名無史さん 03/04/23 21:45
十字軍がつくったエルサレム王国はやたら女王が多い。例えば
マリー・ド・モンフェラは14歳で即位。
イザベル2世は生まれてすぐ王位継承。
2人とも、出産の後、若くして死去。

156: 世界@名無史さん 03/05/10 05:51
ベルサイユのばらの断層の麗人の近衛隊長オスカルのモデルは居たのですか?

160: 世界@名無史さん 03/05/18 14:52
>>156
>オスカル
なんかのスレで実在の男性がモデルだという話が出ていた。思い出せずスマン。

165: 世界@名無史さん 03/05/27 02:20
>>160
オスカルみたいな男装の美女がいたかどうかは知らないけど、ルイ王朝末期に、女装の美男(?)外交官は実在した。

168: アマノウヅメ ◆4cna7XPsQo 03/05/27 15:51
>>165
シュバリエ・デオンでしょう。
女装して活躍したけれど、根っからの女装好きだったらしく、晩年はイギリスでくらしたけれど、死ぬまで女装だったそうです。
おかげで、死後、遺言状は「自分を女と考えている男は精神異常者である」とかで、裁判所で破棄されたそうな。

206: 世界@名無史さん 03/12/23 01:11
>>165、168 
かなり遅レスですが、ミシュレの「フランス革命」には、バスティーユ襲撃を指揮した将校は女性のように美しい金髪の将校だった 、という記載があった記憶があります。
(間違いだったらすまん)。これがオスカルのモデルの一部を構成していたことは間違いあるまい。

175: 世界@名無史さん 03/05/30 05:49
平安時代の日本では女子が財産を相続していたと聞いたが?


男は女のところに通いつめてっていう恋愛話が多いのも納得できる。

176: 山野野衾 ◆F6mxNHihgE 03/05/30 17:07
平盛子が夫であった摂政藤原基実の財産を相続出来たのは跡取り(夫が別の女性との間に設けていた基通)の後見人になって管理し、摂政を継いだ基実の弟基房にはいくばくかを相続させたため。実質的には盛子の父清盛の管理下におかれたわけですが、言い換えればそうでもしないと相続出来なかったという事では。もっともこれは未亡人の話ですが、女子が中心となって継いでいたというのは初耳です。平安時代の貴族の結婚制度は基本的に婿入り(のようなもの)。付き合う女性が男性の出世を決める事もあり、女性の実家は夫に対する援助を惜しみませんでした。ところで通いつめても何も当時は通い婚・恋愛が中心では。

177: 世界@名無史さん 03/05/31 19:27
リ朝(ベトナム)最後の君主、昭皇は7歳の女帝。
最期は殺されたのか?

196: 世界@名無史さん 03/11/16 10:05
>>177
陳朝の初代・太宗の妃となりましたが、李朝一族を根絶やしにすると家臣に払い下げられたようです。

185: アマノウヅメ ◆2atuWPtiaQ 03/10/09 10:54
フランスの女領主というとルイ14世の従姉のグラン・マドモワゼルことオルレアン女工が
まだ出ていないような。
ルイ14世は愛妾に公爵領や侯爵領を与えています。
ラ・ヴァリエール女候、フォンタンジュ女公は未婚のままだし、マントノン夫人はスキャロンの未亡人でマントノン侯爵領は自分が貰った物。

190: 世界@名無史さん 03/10/09 19:28
>>185
>フランスの女領主というとルイ14世の従姉のグラン・マドモワゼルことオルレアン女工が
>まだ出ていないような。

オルレアン女工哀史ですか。

187: 世界@名無史さん 03/10/09 14:35
スレタイとはちょっと違うんだけど、質問させてくださいな。
公爵、伯爵、子爵って貴族の階層ってありますね。
それはわかるんですけど、よく出てくる大公とか国公ってどういう地位なんでしょう。
爵位とはまた別なんでしょうか?
皇帝の血族かなんかでしょうか?

192: 世界@名無史さん 03/10/09 23:50
>>187
「大公」って言っても二種類あって、英語だと Grand Duke と Archduke。
Grand Duke は単に、公の一個上の位ということ。

Archdukeはハプスブルク家のルドルフ四世が自称したのが始まりで、ハプスブルク専用。
何かの本(題名忘却。たしか講談社新書)に顛末が書いてあったんだけど、笑えた。
皇帝の勅書を偽造したけど、一発でばれたとかそういうエピソードがあったと思う。

194: 世界@名無史さん 03/11/14 21:31
グランド・マドモワゼルはフロンドの乱で国王軍に大砲をぶっ放す女傑だったとか。

202: 世界@名無史さん 03/12/19 22:53
ところでヨーロッパの女領主は、どういう手続きで処女権を行使したんでしょうか?

207: 世界@名無史さん 03/12/23 01:30
>>202
「処女権ではなくて初夜権」とつっこんでみる。通常は、伝説で、実質、結婚税。
無論、幻想の世界に浸りたいのならばとめんが。

209: 202 03/12/23 21:29
>>207
あ、本当だ。恥ずかしい。>初夜権

いや、実質的には結婚税であったことは知っています。
ただ、手続きとして、花婿が領主から初夜権を買い取る、という形式を取っていたと聞きます。
では女領主の場合はどのような形式を取ったのだろうか、と思いまして。
やはり差は無かったのでしょうか?

203: 世界@名無史さん 03/12/22 12:38
税金取るだけだから、関係なかったんじゃ。

205: 202 03/12/22 20:14
>>203
いや、花婿が領主から処女権を買い取る、という形式をとったと聞いたので、女領主はどういう手続きを取ったのかな、と。

236: 世界@名無史さん 04/01/19 15:34
ロシアの女帝エカチェリーナ
オーストリアのマリア=テレジワ
イギリスのエリザベス1世
の3人が有名かな。エリザベスの姉
スコットランドの女王メアリー・スチュワート(エリザベスの従姉妹)
エリザベス女王の姉も、メアリー女王だった。

238: 世界@名無史さん 04/02/07 14:32
ブルターニュ公国のアンヌ・ド・ブルターニュ



アンヌ・ド・ブルターニュ (1477年1月25日 - 1514年1月9日)は、ブルターニュ女公(在位:1488年 - 1514年)。フランソワ2世と2度目の妃マルグリット・ド・フォワの子。また、シャルル8世、ルイ12世の2代のフランス王の王妃でもあった。

彼女の死後に起きたフランスによるブルターニュ併合は、生前の彼女の中心的な課題であり、闘争であった。彼女はまた、貪欲な隣国から公国の独立を守ろうとした人物として、ブルトン人の記憶の中で生き続けている。

239: 世界@名無史さん 04/02/07 22:52
>>238
それならブルゴーニュ公国のマリアもそうなりますね。
しかもこちらはかなりの美少女だったようですし。
ちなみに両方ともフランス王に略奪婚されそうになってマクシミリアンに求婚の使者を送った事まで一緒ですね。アンヌはフランス王に取られちゃいましたけど。

240: 山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM 04/02/07 22:58
しかしマリアと家族の肖像画を見てみましたが・・・マリア以外はほとんど人外の顔してましたよ。マリアは綺麗でしたが、他は肖像画家が修正してあれとは。

244: 世界@名無史さん 04/02/08 09:24
スウェーデン女王クリスティナ(グスタフ・アドルフの娘)
は5才で即位。30年戦争を戦った。

255: 世界@名無史さん 04/02/11 23:28
儒教圏では女の当主はいなかったんですかね、やはり・・・

258: 世界@名無史さん 04/02/12 00:42
>>255
則天武后

266: 世界@名無史さん 04/02/16 23:27
>>255
新羅
善徳女王
眞徳女王
眞聖女王

278: 世界@名無史さん 04/03/06 03:08
ノルウェーの少女、スコットランド女王マーガレットはどうかニャ。
1286年にスコットランド王アレクサンダー三世が死んで、王位を継いだニャ。
ノルウェー王に嫁いだアレクサンダー三世の娘のマーガレットの娘だニャ。
母マーガレットは1283年に死に、アレクサンダー三世の二人の息子は1281年と1284年に死んだせいで王位を継承する事になったニャ。
御歳、3歳だニャ。
6歳の時にイギリス王エドワード一世の息子のエドワードと婚約したニャ。
7歳の時にノルウェーからスコットランドへ向かう途中で死んでしまったニャ。
詳しくはこの本にあるニャ。
michael prestwich, edward I,london,1988,pp.358-362

287: 286 04/03/07 20:32
マーガレットというと
確か船酔いが過ぎて死んだとか水死したとか、死にいわくがある人物でしたよね?
彼女が生きてスコットランドの地を生きて踏んでいたら、両国の連合がもっと早くに実現していたかも知れませんね。

288: 世界@名無史さん 04/03/07 20:58
>>287
両国というのは、スコットランドとイングランドを指す解していいのでしょうか?

290: 286 04/03/08 01:16
>>288
仰る通り、両国とはイングランドとスコットランドです。
曖昧な表現で申し訳ありませんでした。
さすがに北海帝国の再現、なんて事にはならないでしょうね、やっぱり。

294: 世界@名無史さん 04/03/09 01:48
>>290
たしかに、そうだニャ。
マーガレットと婚約した時にエドワードは6歳だったから、まだ同性愛に目覚めていないかもしれませんね。
スコットランドではエドワード一世の侵攻に対して団結する事ができなかったくらいですから、マーガレットが生きてたら、より一層バラバラになってしまうかも。

280: 世界@名無史さん 04/03/06 16:23
異朝の話がさかんなようだが、本朝において「少女君主」と言えば、まずは江戸時代の明正天皇でしょ。後水尾天皇が幕府への不満から突然退位したのを受けて寛永7年に7歳で即位して、同20年20歳で退位。
74歳まで生きるが結婚歴はなく、おそらく生涯(ry
山田風太郎の「柳生十兵衛死す」に登場。退位後だけど。
石川賢のマンガではアニメ風の装甲をまとっていたがW

282: 世界@名無史さん 04/03/06 21:55
結局即位はしなかったけど、本朝では平安末期に八条院が女帝として即位する可能性があった。

304: 世界@名無史さん 04/05/15 03:02
シバの女王 ビルキスは?
前10世紀、15歳で 4人の異母兄を殺して即位。
美貌、独身の彼女は香料を全身にまとって エルサレムのソロモンを訪問した。
彼女は2週間滞在し
「ソロモン王は彼女の望みにまかせて、す べ て その求めるものを贈った」
帰国したビルキスは 9ヶ月後男子メネリケを産んだ。
メネリケはエチオピア王朝の創始者となった。

305: 世界@名無史さん 04/05/16 00:14
ソロモン当時のイスラエルはせいぜい軍閥程度の勢力だったと読んだ事があるんですが、実際はどんなもんだったんでしょうね?

クレオパトラもそうですが、一国の権力者に裸一貫で迫られたらそりゃ、イカれてしまうような気がしますねぇ。(笑)

306: Ryuju ◆RlujhF6VrA 04/05/16 13:43
どうでもいいが、ソロモンと会った時のビルキスは処女だったんだろうか?
十五歳で即位ってのが微妙だな。
クレオパトラはカエサルと会った時点で、十中八九処女ではないと思うが。

307: 世界@名無史さん 04/05/18 02:11
>>306
こういうのは処女じゃないほうがいいんじゃね?

313: 世界@名無史さん 04/06/17 06:31
クレオパトラは夫(弟)と共に即位してるから処女のはずはないでしょ
プトレマイオス朝は王家の高貴性を保つために兄弟姉妹婚を繰り返してる

316: 世界@名無史さん 04/06/17 12:00
ポンパドゥール夫人の様に、爵位のおまけというような形で
領地を得た人は多い。

319: 世界@名無史さん 04/06/29 16:56
イスラム圏のスルタンでは
マムルーク朝(エジプト)のシャジャル・アッドゥール以外
誰かいますか?

320: 世界@名無史さん 04/07/14 01:04
ファーティマ

321: 世界@名無史さん 04/07/14 01:08
ファティマはスルタンでもなんでもねーだろ。

332: 例の170 ◆vBOFA0jTOg 04/07/24 00:32
インド奴隷王朝はムィッズィー朝の5代目女スルタン ラディーヤ(1236~1240)
この人もまた男勝りな男装の麗人だったそうだが、エチオピア人奴隷との不謹慎な
仲を疑われて廃位されたという。その後、とある土侯と手を結んで政権奪還を狙うが、
敗死した、と。
323: 世界@名無史さん 04/07/14 01:47
日本の女帝が即位するときの礼装ってどういう感じなんですか?
まさか十二単じゃないですよね、衣冠束帯ですか?

325: 山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM 04/07/14 21:09
十二単は俗称ですが・・・女房装束というやつでしょう。
ハレの場には領巾と裙帯を加え、髪上げして釵子を挿したようです。唐装束、或いは物の具と呼ばれました。
明正天皇や後桜町天皇は近世の方々ですが、おおよそこんなものかと。


360: 世界@名無史さん 04/10/02 09:13:23
ヨーロッパでは嫡男子がいなければ嫡女子が当主ですよね?

メアリー・スュツアートには庶子の兄がいたけど、女王になった。
(庶子といっても母親は貴族の出)

361: 世界@名無史さん 04/10/02 14:22:00
ヨーロッパでひとくくりにしてはいけない。
フランス王家では、サリカ法典から強引に土地相続の部族法を取り入れ、女子系統には相続権が
生じないように立法化してしまっている。

363: 361 04/10/03 01:31:09
語弊があるかもしれないので、ひとつ付け加えるけど「王家」だけね。

370: 世界@名無史さん 05/01/10 05:14:12
俺ん家の次の当主は女になりそうだな。。。

163: 世界@名無史さん 03/05/27 01:15
既婚男性はみな女領主を一人もってるじゃないか

164: 世界@名無史さん 03/05/27 01:26
>>163
ワラタ。しかも暴君?


引用元: ・領主・当主が女の子だったことってあるの?


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