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1: 世界@名無史さん 2009/03/30(月) 19:57:34 0
米比戦争(べいひせんそう, 1899年-1913年)は、アメリカ合衆国とフィリピンの間で起きた戦争である。

1896年以来スペインからの独立のために戦ってきたフィリピン人たちは、エミリオ・アギナルドの下で1898年6月12日に独立を宣言したが、1898年12月に、アメリカ合衆国は米西戦争でフィリピンの独立を援助するためにスペインを破ったにも関わらず、パリ条約において2,000万ドルでフィリピンを購入し、自国の植民地にしようとした。
1899年1月1日にアギナルドが初代大統領に就任した。
彼は、その後マロロスで議会を組織したが、アメリカ合衆国からは8月14日に11,000人の地上部隊がフィリピンを占領するために送られた。
アメリカ合衆国はフィリピン侵略のために残虐の限りを尽くし、反抗するフィリピン人60万人を虐殺した。

http://ja.wikipedia.org/wiki/米比戦争








3: 世界@名無史さん 2009/03/30(月) 20:09:25 0
米比戦争の風刺画

フィリピン人を銃殺しようとするアメリカ兵の背後には「10歳以上の者は皆殺し」と書かれている。



Editorial_cartoon_about_Jacob_Smith's_retaliation_for_Balangiga

5: ウーゴ ◆eaYqa3SeLE 2009/03/30(月) 20:25:55 O
立ったか。スペイン語版のトップ画像が>>3の風刺画だったから、その絵を持ってきたんだけど、西語版をざっとみる限りじゃスペイン語話者にとっては扱い低い戦争みたいね。
ちなみに>>1のトップ画像「パセオの戦い」でフィリピン側に描かれてる現地人っぽいのは、アメリカのインディアンを踏襲してるから考証的にはダメダメなのだとか。

22: 世界@名無史さん 2009/03/31(火) 03:09:14 0
>>3
サマール島虐殺はアメリカの黒歴史だから知らない人も多い。
「10歳以上の者は皆殺し」というのは米軍の指揮官ウォーラー少佐が1898年9月サマール島バランギガに駐屯していた38人の米兵が殺された報復として住民の大量虐殺を命令。
「10歳以上の男子はみな戦闘員とみなして「殺し、焼き払い、捕虜は取らず、サマール島内を『人気のない荒野(howling wilderness)』にせよ」(軍法会議におけるウォーラー少佐の証言。ちなみに判決は無罪)サマール島とレイテ島の住民二万余人が殺されたとされる。

米比戦争での虐殺者数は米上院報告書で20万人。病死まで含め60万6千人とかある。

こういう米比戦争について、アメリカ、フィリピンでおおっぴらに研究語られるようになったのは政治的締め付けがゆるんできたマルコス体制末期から。
1997年になってフィリピン政府は虐殺事件のときアメリカ軍によって持ち去られたバランギガ・カトリック教会の鐘をアメリカ政府に返還を要請したが、アメリカ政府はこれを今も拒否している。

31: 世界@名無史さん 2009/03/31(火) 16:26:02 0
>>22
>米比戦争での虐殺者数は米上院報告書で20万人。病死まで含め60万6千人とかある。

デイビッド・J・スタインバーグ『フィリピンの歴史・文化・社会』(明石書店)には、この時期について、

「フィリピンはこの数年間に痛々しいほど苦しんだ。何万人もの戦闘員と何万もの一般人が命を落としていった。飢餓と病気が何人もの命を奪っていった」

と記述されているけれど、これは過小評価?

4: 世界@名無史さん 2009/03/30(月) 20:10:02 0
そんなアメリカもその後は善政をしいたのでフィリピンは親米国

7: 世界@名無史さん 2009/03/30(月) 23:39:16 0
バターンで歩かされた米軍捕虜に同情したフィリピン民間人が花をやったり水をやったりしたという逸話がある


37: ウーゴ ◆eaYqa3SeLE 2009/04/01(水) 01:37:40 O
フィリピン人は白人の血が沢山入ってる方が偉いと本気で思ってるとどっかで聞いたことある。
ラ米も未だにそんな感じで多くの国じゃ言葉さえ存続が危ぶまれてるけど、一応アルゼンチンやチリ、コスタリカを除いたほとんどの国のナショナルアイデンティティはメスティーソ国家だし、インディヘニスモ運動やインディオ運動などルーツとしての先住民を評価する運動がある分、どっちがマシなのか判断しかねる。
それとも俺が知らないだけでタガログ・ルネサンスとかやってるのかな。詳しい人情報キボン

39: 世界@名無史さん 2009/04/01(水) 16:24:31 0
>>37
一応、アキノ大統領の時代に英語と並んでタガログ語を公用語とし、大学でもタガログ語を使うように指示が出されたが、その後どうなったかはわからん。
タガログ語を公用語化すると、セブアノ語話者やイロカノ語話者から不満の声が出るので、なかなか難しい問題を含んでいる。

40: 世界@名無史さん 2009/04/01(水) 17:19:41 0
西洋諸国による植民地支配を経験したのは他のアジアの国々も同じだが、インドネシアやタイやベトナムには、西洋人がやってくる前に土着の王朝・王国があったのに対し、フィリピンにはそういうものがなかったから、余計にアイデンティティの問題がややこしくなっているのかもな。

ttp://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/wildplus/1236613221/l100
【フィリピン】「英語で授業」促進法案、学力低下で歯止め策
(前略)
アジア有数の「英語国」フィリピンは、英語と、マニラ周辺のタガログ語を基本とするフィリピン語の両方を公用語とする。
小学校から英語、算数、理科の授業を英語で、残りをフィリピン語で行う「バイリンガル方式」を採用してきたが、近年は二つの言語を混用する例などが増え、国民の英語力低下が問題となっていた。

42: 世界@名無史さん 2009/04/01(水) 17:46:37 0
中世ヨーロッパでは、学問をするには完成度の高いラテン語に頼り続けるほかはなかった。
そして当時のラテン語は、キリスト教会の聖職者の専売特許といってよかった。
この状態がつづくかぎり、知的な分野であればあるほどローマ教会の影響から脱することが困難になる。西ローマ帝国滅亡後、約1000年経ってから、ダンテによって高尚な思想や繊細な感情が表現可能なイタリア語がつくりあげられる。

現在のフィリピン人やインド人は、
「英語ができないのになぜ日本が発展できたのかわからない」
といって不思議がっている。
彼らにとっては、学術論文も書くことができる非西洋の言語が存在するなどと、想像を絶したことなのだ。
45: 世界@名無史さん 2009/04/01(水) 21:06:21 0
>>40
>西洋人がやってくる前に土着の王朝・ 王国があったのに対し、
フィリピンにはそういうものがなかったから


スールー王国をスルーするなよ
15世紀に成立したスールー王国が米領フィリピンに併合されたのは1898年。
その間、西洋船相手の海賊や奴隷貿易で栄てた。併合された後もアメリカに反乱を起こすは、進駐してきた日本軍にゲリラ活動するは、最近ではモロ・イスラム解放戦線がフイリピン軍に戦闘行為を起こすはでスパルタンな奴ら。
他にも13世紀に成立したマギンダナオ王国がスペインに併合されたのも19世紀で、フィリピン南部イスラム諸国は、かなり長い間独立を維持していた。

46: 世界@名無史さん 2009/04/01(水) 21:39:55 0
no title

スールー王国の支配領域

no title

スールー諸島の中心地、ホロ(JOLO)島の地図

49: 世界@名無史さん 2009/04/02(木) 10:08:01 0
《スールー王国の歴史》

13世紀末 外来商人のイスラーム・コミュニティが形成される
15世紀中頃 アラブ人アブー・バクルが島の内陸部住民を改宗させて、ホロ島
全体にスルタン制度を樹立
1645年 ボルネオ島のブルネイ王国の内紛に介入し、同島北部の領有権をも獲得
16世紀後半 スペイン人との戦いが始まる
1915年 カーペンター=キラム協定により、アメリカ合衆国の支配に服す
61: 世界@名無史さん 2009/04/05(日) 00:54:17 0
>>45
まあスルーしてもいいんじゃないかなあ。

日本で言えば、こんな話に近いわけで。
在野の某古代研究家の説のようだがw、
九州島だけに王朝が出来て、大宰府を首都とし仏教と律令を取り入れ、中央集権体制の古代国家を整えたが、本州・四国以東は、まったく弥生時代のままだった。

この状態で、「日本に土着の王朝・王国があって、西欧勢力に対抗できたか」
と問えば、「無かったから対抗できなかった」と言わざるを得ない。

フィリピンは、「九州王朝だけあった。あとは弥生時代の部族制。山奥は旧石器時代」のような状況で、スペインの進攻を受けることになる。

62: 世界@名無史さん 2009/04/05(日) 02:48:36 0
>>61
なんか凄い誤解をしているが、フイリピン北部はルソン島は弥生時代レベルではなくて、16世紀初頭のスペインの来航よりも621年も早い900年前の古代ジャワ文字が刻まれた銅板が、マニラ近郊で発見されてる。もう、その頃から中国、東南アジアと交易をし、スペイン人が着た頃はマニラは、すでにアジアの一大交易地だった。
 
北部フイリピンがスペインに支配されたのは、国土が島と山に隔てられて、いくつもの小部族国家が分裂して存在し、統一してなかった事による。まあ、形態としてはイギリスによる初期のインド侵略や北アメリカ侵略に近いか。
 
武力によるものもあったが、たいていは平和的交渉での保護条約締結という形。南米を侵略したときとはだいぶ異なっている。

66: 世界@名無史さん 2009/04/08(水) 04:05:16 0
>>61
てか19世紀後半までミンダナオ島を支配していたマギンダナオ王国もあるぞ
北半分と違いフィリピンの南半分が植民地だったのは6、70年でしかない。

マギンダナオ王国

マギンダナオ王国は、かつてフィリピンのミンダナオ島西部にあったイスラム教国。16世紀の初頭以来ミンダナオ島に勢力をもち、マラウィを首都としてスペイン人による植民地支配を退けてきたが、19世紀にスペイン領東インドに征服されその一部となった。

17世紀の全盛期にはミンダナオ島全域および周囲の諸島を支配した。マギンダナオ王国の歴史的影響は、ミンダナオ西南端のサンボアンガ半島からミンダナオ南部のサランガニにかけて残り、一帯はフィリピンでもムスリムの多い地域になっている。




51: 世界@名無史さん 2009/04/02(木) 19:32:51 0
中南米にはウルトラバロックという、先住民の文化の影響を受けて変容した
ヨーロッパ式建築というのがあるんだが、フィリピンにはそういうものは
ないのかなあ?

54: 世界@名無史さん 2009/04/02(木) 22:11:43 0
フィリピン(だけではなく他の発展途上国)が救われるには、西欧文明の衰退を待つしかないんじゃないかと、最近思うようになった。

前近代には複数の文明が並存・競合していたが、現代は、西欧近代の思想・価値が地球全体を覆っており、どの文明も西欧近代文明との関係を問われている。
圧倒的な普遍力でもって押し寄せてくる、モンスターのような西欧文明の前に、弱小国はねじ伏せられるか、骨抜きにされるほかない。

55: 世界@名無史さん 2009/04/02(木) 23:40:55 O
非西欧の小国は無理に覇権国家を目指さなくとも、コスタリカみたいに(比較的)上手くやってけるようなモデル体制があれば良いんですけどねえ
フィリピンに限らず、アフリカとかでも西欧国民国家体制で既存の部族主義をまとめようとすると往往にしてとんでもないことになるから、ここらへんは上手く非西欧っぽさを取り入れて・・・ってやると「私がいないと部族主義で国が崩壊する」って言いながら独裁してるムガベみたいになっちゃうわけだけど

56: 世界@名無史さん 2009/04/03(金) 08:43:58 0
フィリピンには強力な指導力を持った独裁者が必要だという人は多いけど、シンガポールのリー・クアンユーみたいに、有能な独裁者が都合よく出てくる保証は無いしなあ。

インドネシアも、金持ちにとって有利な経済構造になっていることに変わりはないけれど、フィリピンの場合、国民がみんなバラバラという感じ。いったい何が違うんだろう?

58: 世界@名無史さん 2009/04/04(土) 05:17:08 0
>>56
つ 地下資源

自国ではどうにもならないから、出稼ぎするか金持ちにたかるかになる。
結果、人材流出と政治腐敗が進行。

もっとも、以前に比べれば中産階級が増えてきて、マシにはなってきているけど。

60: 世界@名無史さん 2009/04/05(日) 00:33:50 0
米比戦争と日本の関わりと言えば「桂・タフト協定」
1905年内閣総理大臣兼臨時外務大臣であった桂太郎と後の第27代アメリカ大統領ウィリアム・タフト陸軍長官との間で交わされた協定で、日本が大韓帝国を、アメリカがフィリピンを支配領域に置くことを相互に認め、干渉しないという物。
アメリカ史観で言えば、フィリピン住民の思わぬ抵抗により、カリフォルニア、ハワイと順調に続いてきたマニフェスト・デスティニーによる西漸運動が第一次大戦後まで一旦停止したといえる。
日本史観で言えば、後のハーグ密使事件を潰せて外交的GJ。
ウリナラ史観で言えば、お前ら土人が中途半端な抵抗をするから、韓国が併合されたニダ
フィリピン政府は韓国政府に謝罪と補償を(ry

63: 世界@名無史さん 2009/04/05(日) 14:16:48 0
ハワイも似たように滅ぼされているな

64: 世界@名無史さん 2009/04/06(月) 06:54:26 0
ハワイは統一国家だったのがフィリピンとの大きな違いか。
もっとも、国土の広さが大違いだから、フィリピン全体ではなくスールー王国と比較すべきなのかも。

68: 世界@名無史さん 2009/04/18(土) 08:57:03 0
フィリピンを領有したアメリカがまず貿易面でしたことは、アジア貿易を有利に進めているイギリスをフィリピンから閉め出し、独占することだった。

そのためにペイン=オルドリッチ関税法、ならびにアンダーウッド=シモンズ関税法を成立させ、フィリピンとアメリカの間に完全な自由貿易を体制を完成させた。

これによりフィリピンはアメリカに従属する貿易体制を強いられることになった。

69: 世界@名無史さん 2009/04/18(土) 10:17:55 0
やっぱりアメリカも黒い

70: 世界@名無史さん 2009/04/18(土) 13:41:23 0
フィリピンという名前がすごい。

オレが国民なら耐えられない。

72: 世界@名無史さん 2009/04/18(土) 16:48:27 0
フィリピンは侵略者の総大将の名前だもんな…

戦後、日本がトルーマン国、東ドイツがスターリン共和国という名称で独立するぐらい屈辱的なこと

76: 世界@名無史さん 2009/04/19(日) 18:41:42 0
地図で見るとフィリピンって台湾についで日本(沖縄)に近いんだよな。
全然そんな感じしないが。

80: 世界@名無史さん 2009/04/20(月) 07:41:50 0
アメリカ=美しく高貴で手の届かない女性
フィリピン=その女性に憧れながらも、常につれなくされ続けている男

あれだけアメリカに期待を裏切られ続けながら、なおも諦めないフィリピン人は
すごいと思う。
日本人だったら嫌気がさして諦めると思うけどな。

81: 世界@名無史さん 2009/04/20(月) 08:04:36 0
その辺、ピノイに言わせると、原爆落とされても日本は云々という話になる。

85: 世界@名無史さん 2009/04/30(木) 16:49:32 0
19世紀以来、西洋に憧れてきたという点では日本もフィリピンも同じだが、最近疑問に思うことがある。

丸山真男や川島武宜のような知識人は、欧米に比べて日本が遅れていると論じてきたが、彼らはその「遅れ」を取り戻しさえすれば、日本が欧米諸国に受入れられると思っていたんだろうか?

86: 世界@名無史さん 2009/04/30(木) 17:55:14 O
受け入れるが、文化的にも同質みたいな意味なら
受け入れられる事を望んでもいないだろうし
受け入れられるとも思ってないだろう。

87: 世界@名無史さん 2009/04/30(木) 21:27:19 0
自国より科学技術が発達した国に純粋に見習おうと思うのは自然な感覚。
それの行き過ぎで文化や社会制度まで同質化しようとする原理派が出てくるのも必然。

88: 世界@名無史さん 2009/05/01(金) 10:09:52 0
明治初期には公用語というか共通語というかに、英語を使うのはどうよと主張した人もいるしね。

実際、各地方でばらばらな言葉を使っている国だと、全くの外国語を共通語にしてしまったほうが便利だし。アフリカ諸国、インドなどの旧植民地では宗主国の言語を共通語、もしくは公用語にしている。

フィリピンも同様。ただ、長いこと宗主国だったスペイン語はあっという間に消滅して、すぐに英語が主流になったけど。

89: 世界@名無史さん 2009/05/01(金) 11:38:53 0
日本が勝っていれば英語が衰退して日本語が使われるようになっていたわけだな。

90: 世界@名無史さん 2009/05/01(金) 12:26:13 0
>>89
と思うよ。しかも、日本の植民地支配は南洋諸島にみられるようにフランス的で、同質化傾向が強いし。

94: 世界@名無史さん 2009/05/01(金) 21:01:15 0
フィリピン併合推進論者のウィリアム・チャンドラー上院議員が1899年に上院で行った発言

先日この「慈悲深い同化」に対する根拠のない怖れが上院で問題になったときに、私はウェブスター辞典で言葉の定義を調べてみました……それは類似性や似ていることを意味しているのであって、必ずしも混血や吸収を意味しているわけではありません
……大統領は、われわれがこれらの人々フィリピン人をわれわれと適度に類似した状態にするべきだと考えているのであって、必ずしも彼らを完全に合体しようと言っているわけではありません……大統領が言葉をどう定義しているか私が責任を負うわけにはいきませんが、この「同化」という言葉は、破壊や併呑を意味しているわけではなく、似ていることや同一性などを意味しているのです。

98: 世界@名無史さん 2009/05/08(金) 16:08:24 0
ネオコンの一人、マックス・ブートによると、米比戦争は、
「近代において西欧軍が遂行したゲリラ反抗平定作戦として最も成功したものの一つ」
なのだそうでつ。

113: 世界@名無史さん 2009/10/11(日) 18:37:17 0
米国は中南米の国を直接の植民地にしようとはしなかった
しかしフィリピンについては一時的ではあるが植民地にしようとした
この違いは何だろう

116: 世界@名無史さん 2009/10/13(火) 19:16:37 0
>>113
マハン『海上権力史論』みたいな、当時のシーパワー重視な風潮が背景にあると思う
フィリピンを制圧するのは太平洋を東西から押さえるための布石。
中米でもパナマは海洋戦略上重要だからほとんど保護国にしてるし。

114: 世界@名無史さん 2009/10/11(日) 20:38:43 O
>>113
中南米は人口の90%以上が有色人種でも、支配階級は白人だった。
フィリピンはヨーロッパからやって来た官僚、軍人、商人を除けば、全て有色人種だった。
有色人種の社会は植民地支配してオッケー、つーか支配しろは、当時19世紀、西洋人の常識

115: 世界@名無史さん 2009/10/11(日) 21:05:44 0
いや支配層がスペイン系なのはどちらも同じだし

120: 世界@名無史さん 2009/10/16(金) 18:17:19 0
フィリピンの白人系支配層の頂点、アヤラ財閥

128: 世界@名無史さん 2010/05/23(日) 01:03:22 0
米比戦争の真っ最中だというのに北清事変が勃発して、
日英伊墺独仏露と共同とはいえ並行して清にも派兵することになったな。

129: 世界@名無史さん 2010/05/23(日) 02:30:37 0
ベネディクト・アンダーソンの『比較の亡霊』によれば、当時の清人はフィリピンとキューバの独立戦争にかなり入れ込んでて、ああいう独立軍が出てきた小国に比べてさえ自国が遅れてることを意識したそうな。
独立運動家は無政府主義者のネットワークであちこち繋がってたみたいね。

130: 世界@名無史さん 2010/06/17(木) 22:33:34 0
第二次大戦中フィリピンが日本に協力して独立宣言をしたのはこの時のアメリカの裏切りに対するあてつけの意味も若干ある。

引用元: ・【フィリピン】 米比戦争 【アメリカ】